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「激闘! 学校対抗試合・中編(GS)」

いりあす (2006-08-13 16:35/2006-08-14 00:39)
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 〜〜全国高等学校霊能選手権大会・公式規約(案)〜〜

(趣旨)
第1条 本大会は、高等学校生徒の霊能力を競い、将来を担う霊能力者の人材育成と、相互の親睦を深めるために行うものである。
(参加資格)
第2条 本大会は、高等学校ごとにチームを参加させる。各高等学校ごとに3チームまで参加できる。
(チーム)
第3条 出場チームは、選手3名とコーチャー1名で構成する。
(選手)
第4条 選手は、参加高等学校において学籍を持つ者によって構成される。
第5条 試合は、選手による霊能格闘競技によって勝敗を決するものとする。
(コーチャー)
第6条 コーチャーは、競技場の外側のコーチャーズボックスから、競技中の選手に対して指示を下す事ができる。

・(以下略)


  『激闘! 学校対抗試合・中編』 Written by いりあす


 5月の第4週・土曜日、午後1時。都内の某スポーツ競技場。その控え室で、横島くんの高校(仮名)チームの面々が最後の打ち合わせを行っていた。
「最後に確認しておくわね。一チームは選手3人にコーチャー1人。競技に持ち込めるアイテムは、一人当たり三つまで。ただし、破魔札は消耗品だから大会指定の物を20枚で一組。横島くんの文珠はアイテム扱いだから、試合前に作った物は3個まで持ち込み可能。精霊石は強力すぎるので使用禁止」
 ルールのパンフレットを片手に、コーチャー役の愛子が選手の横島・ピート・タイガーに最終確認をしている。
「フィールド内で戦う選手は、両チームとも同数である事。数が合わない場合は、多い方のチームに5カウントがかけられるから気をつけてね。外からフィールド内の選手に指示を出せるのはコーチャーだけで、それ以外のチームメイトからの声は届かない。勝敗は、10カウントKO方式で行われるわ。フォールは5カウント、他発的なリングアウトは20カウント」
「基本は6人タッグって事か。向こうがどういうメンバーか、分からないのが辛いよな。おキヌちゃんの素振りからして、おキヌちゃん・弓さん・一文字さんの可能性が高いと俺は踏んでるんだけど……」
「うちの学校は選手が少ないですから、メンバーはあらかじめ予測されているわけですし……」
「ハンデを背負っているという点では、変わりないかノー」
「ま、大丈夫じゃないの? 別に相手がどんな相手であれ、持ち込む道具やシフトをあれこれ変える必要は無いと思うもの。横島くん達のチーム、どんな敵にも対応できる幅の広いチームだって思えるから」
 そう言って、事実上のキャプテンと化している愛子は三人の右手を順番に取り、一つに重ね合わせた。
「さあ、行きましょう! 霊能愛好会ここにありって、アピールするのよ!」
「はいっ!」
「合点承知ジャ!」
「やるからには、負けねーよ!」
 ニヤリと笑いあって、四人は重ねた右手を振り下ろした。


「ちょっと失礼な質問になるんだけどさ、おキヌちゃん」
「はい?」
 六道女学院チームの控え室で、愛用の木刀を軽く素振りしながら一文字魔理が口を開いた。
「最近さ……横島と、ケンカでもした?」
「は?」
 予想外の質問に、おキヌは破魔札を整理する手を止めた。
「だからさ、ひょっとしておキヌちゃんが横島とケンカしてて、それがこの試合にやたら熱心だった理由なのかな〜……って思ってさ」
「あ、もしそうだとしたら、わたくし達も横島さんを袋叩きするに吝かではありませんよ」
「い、いやだなあ、そんなんじゃありませんよ」
 手をワタワタさせながら否定してから、おキヌは天井を仰いだ。
「私、まだ幽霊だった時に横島さんと美神さんに出会って、ずっと三人でやって来ました。途中で私が生き返って、タマモちゃんとシロちゃんが後からやって来たり、色々あったけど……それでもやっぱり、三人で一組だったんです」
 初めて出会ったあの日、横島を殺そうとして必死で誘惑していた時の事を思い出して、彼女は苦笑する。
「でもね、三人の中で私の立ち位置って、美神さんや横島さんから二、三歩下がった所だったんですよね。二人で並んで身体を張っている後ろで、手助けするのが私の役目で、私が横島さんのためにしてあげられる事って、あんまり多くはなくて……もっと私に力があったら、って後悔する事もあって……」
 あの審判の日、最愛の人を失い号泣する横島を前にして、ただハラハラと涙するしか出来なかった自分。あの時、もし自分がもっと強かったら……あの二人と並んで戦う事ができたら、結果は違ったものになったのかも知れない……それが自分の失恋につながっていたのだとしても、横島の幸せにもつながっていたのなら後悔はせずに済んだかも知れない。
「だから私、もっとたくさん練習して、一人前のGSになろうって決めたんです。あの人の後ろで見守るんじゃなくって、一緒に並んで色々な事に立ち向かっていきたい、って。そしてその事を……横島さんにも美神さんにも、シロちゃんやタマモちゃんにも、みんなに認めて欲しいんです」
 そして、叶う事なら“あの人”にも認めてもらいたい。あなたがいなくなっても、横島さんは私が支えていくから。だから、安心して人間に生まれ変わってきて欲しい…………と。
「……そっか。まあその、裏の事情はよく分かんないけど、おキヌちゃんの気持ちは分かった。
 つまり、“成長した私を見て♪”って事だな」
「一文字さん、そんな単純な……」
「あはは……単純明快に言うと、そんなところです。それに、最近美神さんやシロちゃんの目が厳しくって、横島さんと二人っきりになる機会も無いですし……」
「ま、いいさ。こっちだって、タイガーにいいとこ見せたいって気はあるし。弓は、美神さん相手にだろ? 雪之丞が試合相手でないのが残念だろーけど」
「……まあ、氷室さんが横島さんと二人で独立した後、美神さんのアシスタントに収まるっていう進路もアリかも知れませんけれど」
 一方で、世渡りの下手な雪之丞の力になってやりたいという気持ちもある弓。乙女心は複雑だ……

 コンコン。
「おーい、三人とも支度は済んだか?」
「あ、はい、済んでますよ。入って下さい」

 ガチャ。 
「三人とも、そろそろ時間や。競技場の方に行ってくれ」
 控え室のドアが開き、鬼道達が入ってきた。
「確かに今日の相手チームは、手強い相手やと思う。何たって、三人のうち二人は見習いとは言っても既に現役のGSや」
 身支度を終えて整列した三人を前に、鬼道は激励の言葉をかける。
「せやけど、君ら三人かて実力的には一歩も引けをとらんと思う。まだGSでないのは、ただ単にウチの学校が3年生になるまでGS試験の受験を認めてないだけの事や。せやから、日頃の訓練の成果を100%発揮できれば勝てる勝負やと信じとる」
 そう言いながら鬼道は教え子達の凛とした姿を一渡り眺めた。
「よし、行ってこい! 自分の実力を、全部出し切って来るんや!」
「はいっ!」
「おう!」
「はい!」
「は〜い」
「頑張れや! ボクも観客席から応援しとるさかいな」
 そう言って、鬼道は廊下に出て行く彼女達の背中を叩きながら送り出すのだった。


 競技場の観客席は、大体三分されていると言っていい。六道女学院の教師・生徒達のエリア。反対側には、横島くんの高校(仮名)の教師・生徒たちのエリア。そして、その間に件の全国大会の実行委員会や来賓、学校関係でない観客達のエリアがある。ちなみに、来賓エリアの競技場を挟んで向かい側には電光掲示板がある。
「なかなか大勢の人が集まっているようでござるな」
 一般観客エリアの前から二列目で、ビーフジャーキーをかじりながら犬塚シロは感心したように言う。
「ただの練習試合のはずなのに、みんな物見高いみたいね」
 シロの隣で期間限定発売の“フライドトーフ”なる妙ちきりんなスナック菓子を咀嚼しながら、こちらは人の数には興味なさげなタマモ。
「でも、案外注目は集まってるみたいね。GS養成校の全国大会のための試金石とは言っても、高校レベルの試合だってのに」
 二人の前、つまり最前列の席には、美神令子の姿もあった。
「……あんたが来てるだろうってのは、予想してたけど」
「ウチのスタッフが出る試合を見に来るのが、なんかおかしいワケ?」
 三席ほど挟んで、小笠原エミと美神の視線が交錯する。
「お目当てはピートだって素直に言えばいいでしょーが?」
「ピート“も”お目当てなのよ」
 居直ってキッパリ言い切りましたよ、この人。
「で? 令子はどっちの応援? 横島? それとも横島がボコられる方がお望み?」
「……なんで横島クンがボコられるのを期待しなきゃなんないのよ」
「あれ? おたく、横島を手込めにしようとして失敗したんじゃないの?」
「「ブッ!?」」
 美神より先に、後ろのシロとタマモが口の中の物を美神の後頭部目がけて吹き出していた。
「なななな、なんでそーゆー話になるのよ!?」
「だっておたく、横島の身体二度ほど乗っ取ったんでしょ? その上で、わざわざ横島の学校にまで出てきたってピートもタイガーも言ってたけど? 後ろの二人も尻馬に乗ったとか聞いたワケだし」
「は、はははは、な、何の事でござろうか?」
「きっとエミさん、キツネかタヌキに化かされたんだわ」
 これまた美神より先に誤魔化すシロとタマモ。この三人はそろいもそろって、横島と入れ替わったはいいけど速攻で正体がバレた口である。なお、入れ替わっている間横島はふん縛られたり気絶させられたりしていた事も付け加えておく。
「ところで向こうの観客席におキヌちゃんが居ないようだけど、ひょっとして横島の相手っておキヌちゃん?」
「さあ、そこまでは分かんないわね。選手じゃなくても、セコンドって可能性もあるし」
「やっぱり、横島とおキヌちゃんが勝負ってなると、おたく達は内心複雑なワケ?」
「………まあね」
「いやいや、これは見ものでござるよ! 先生とおキヌ殿の果たし合いなど、初めて見るでござる!」
「ま、見ていてスリリングな勝負をしてくれるといいけど」
 美神だけが複雑だと答えたのは、彼女だけが横島とおキヌがデキているという事実を知っているからである。あとの二人は気楽なものだ。

「ただ今より、六道女学院霊能科と横島くんの高校(仮名)霊能愛好会による学校対抗試合を開催いたします」
 アナウンスが場内に響き渡って、場内のざわつきを静めた。と同時に、正面の電光掲示板にインフォメーションが表示され、そして両側のゲートが開いた。
「おおっ、先生が出て来られたでござる!」
「ホラ見てよ、シロに美神! 六女の選手、やっぱりおキヌちゃんだったわ!」
「ああ、ホントだ。あとの二人はクラスメートの……げっ!!??
 入場してきた六女のチームを見て、美神令子は顔色を変えた。
「あ、えっと……え、エミ? 帰ってお茶でもしない?」
「い、いいわね……私、最近ケーキの美味しい喫茶店を見つけたワケだし……」
「ちょ、ちょっと美神どのにエミどの!?」
 席を立って帰ろうとする美神とエミを、シロが止めた。
「なんで帰るのでござるか!? 試合はこれからでござろう!?」
「しかも示し合わせたように席を立つのは、な・ん・で?」
「だって、ほら、あんた達はよく知らないから呑気な事が言えるのよ!」
 そう言って、二人は期せずして同時に電光掲示板を指差した。指の先は、チームメンバーの表示を向いている。


 横高(仮)―――P・横島 ブラドー タイガー  C・愛子
 六女――――――P・弓  氷室   一文字   C・六道
 (Pはプレイヤー、Cはコーチャーの略らしい)


「頑張りなさいよ〜〜〜、冥子〜〜〜〜」
「は〜〜〜い、お母さま〜〜〜私がんばる〜〜〜〜」

「「なんでよりによって、六女のコーチャーが冥子なのよっ!!??」」
 彼女の恐ろしさを誰よりも知っているこの二人だからこそ、息の合った見切りっぷりを見せてくれるのだろう。
「何ゆえに冥子どのの事をそこまで恐れるのでござるか?」
「多少のトラブルがあっても、競技場と観客席の間に結界ぐらい張ってあるんじゃないの?」
「おたく達は冥子のプッツンをその目で見ていないから、そんな事を言ってられるワケ!!」
「あの子が本気で暴走したら、そんじょそこらの結界なんて屁の突っ張りにもならないのよ!!」
 この二人のえらい剣幕に、シロとタマモも顔を見合わせる。
「……だったら、二人ともなおの事ここにいなくちゃまずいんじゃないの?」
「「な゛!?」」
「だって、あの冥子がそのプッツンだか暴走だかをやらかしたら、美神やエミさんがそれを止めなきゃいけないんじゃない?」
「霊能力を持たない一般の観客を霊障から守るのも、GSの責務でござろう?」
「「う゛っ………!!」」
 こうしてこの二人は、危うきに近寄る羽目に陥ったのだった。


 さて、この恐るべきチーム構成に顔色を変えたのは、なにも美神とエミだけではない。
「言われてみるとこのルールだと、コーチャーが学生でないといけないなんて一言も書いてないわね……あれ? 横島くん?」
「おキヌちゃん達が対戦相手、ってのは大体読んでたけど……」
「これは全く予想外でした………」
「ある意味、考えたくなかったと言うべきですかノー……」
 美神やエミと同程度、いやそれ以上にゾッとしたのは対戦相手の横島達に他ならない。
「そ、そんなに怖い人なの? 噂でしか聞いた事が無いけど……?」
「噂でしか知らずに済んでいるというのは、幸せな事だと思います……」
「あのプッツンをまともに食らうと、トラウマもんだからな……」
「お、恐ろしいんジャー……」
 が、怯えてばかりもいられない。開会セレモニーが続いているうちに、四人は手早く対策を練る事にした。
「あっちの誰が冥子ちゃんをコーチャーに据えたかは知らないけど、作戦としては間違っちゃいない。一番やりそうなのは、冥子ちゃんのお母さんその人だと思うが……」
「どういう事?」
「冥子ちゃんがリングサイドのコーチャーズボックスに居るとなれば、俺たちはまず彼女を巻き添えにしない事を前提に試合を組み立てないといけない」
「もしもの事があったら、この競技場ぐらいあっという間に瓦礫の山じゃからノー……」
 想像したくはないが、想像せずにはいられない。そんな畏怖を生み出す要素が、冥子の式神・十二神将から繰り出される暴走攻撃にはある。
「でもそうなると、まず横島さんの文珠は、あまり派手な使い方はできません。自ずと、治療や防御を主体とした使い方がメインになると思います」
 例えば“爆”なんて以ての外だろう。
「次に、ピートさんのダンピール・フラッシュあたりも、霊波を放射する技だけに狙いが狂うと危険だと思いますケン」
「タイガーの幻覚だって、あまり冥子ちゃんにショックを与えるような映像を見せるのはヤバイ。となると必然的に、俺たちは戦い方を制限されているって事だ。対して相手チームは弓さんと一文字さんは格闘技で勝負してくるタイプみたいだし(去年のクリスマス合コンでの見聞に基づく)、おキヌちゃんのネクロマンサーの笛が変な効果を及ぼさない限りは向こうに制限はほとんどない」
 そう考えると、六道女学院側はそこまで読んでコーチャー・冥子という予想外な人選をしてきた事になる。
「だから、この試合の鍵を握っているのは……愛子だ」
「は? わ、私?」
 本来なら数合わせで登録したつもりだった愛子が、ここに来て鍵と呼ばれたので慌てる事になった。
「根本的な問題として、俺もピートもタイガーも女の子が相手だとどこかでブレーキを掛けてしまう可能性が高い。違うか?」
「……否定はしません」
「……右に同じジャー」
 不本意ながらうなずくピートとタイガー。
「次に、向こうは対戦相手が俺たち三人だって事は承知の上だ。つまり、俺たちの戦い方はかなり研究されていると見て間違いないはずだ。特に、俺がその点では一番危ない」
 苦い表情で、自分の胸元を親指でつつく横島。
「横島サンが?」
「とてもそうは思えないけど?」
「むしろ横島さんの能力ほど、読みづらいものは無いと思うんですが?」
「……弓さんや一文字さんが相手なら、五分以上にやれる自信はある」
 と、同じように打ち合わせ中の六女チームに視線を向ける横島。
「けど、おキヌちゃんに対してはどーにも分が悪い。と言うか、俺のする事はおキヌちゃんにとっちゃお見通しって気がする」
「そりゃ、一緒に仕事してきたんだからそうかも知れないけど……それって、その逆も真じゃないの?」
「実のところ……どうなんだろう?」
 横島の表情は苦い……というか、言うなればほろ苦い。
「俺にとって最大の理解者はおキヌちゃんだからな〜。でもそれと同じぐらい俺がおキヌちゃんの事を理解してあげてるかどうか、あまり自信がない。だから、駆け引き勝負になると、な」
「横島さん……それ、微妙にノロケが入ってませんか?」
「じゃあ、ちょっと聞いてみるけど」
 ちょっとジト目気味に、愛子が横島に指を突きつけた。
「おキヌちゃんの霊能の特技は?」
「ネクロマンサーの笛とヒーリングに幽体離脱。最近は破魔札も普通に使えるようになった。あと美神さんは“おキヌちゃん効果”って呼んでる、他人の力を120%にしちゃう才能があるってさ」
「霊力を数値や指数で表記すると、どのくらいですか?」
「こないだの春休みに隊長ンとこの測定装置で測った時には、72マイトぐらいだったな。ちなみに美神さんは96マイトで俺は90マイト」
「神通棍は使えるかノー?」
「前に一度だけ使ってたけど、美神さんのロボットに取り憑いてた時の事だしなー」
「身長」
「157センチ」
「100メートル走の成績は?」
「17秒を何とか切ったぐらいって言ってた。ちなみに俺は12秒フラット」
「基礎体力は?」
「運動オンチだけど、足腰はしっかりしてる」
「得意科目」
「現国に古文。英語は苦手らしい」
「性感帯」
「具体的にどこかまでは、俺にもわからんかった………って、おい!!
 誘導尋問(?)に引っかかった横島が声を荒げた。
「愛子テメー、最後の質問は何だ、最後の質問は!?」
「ジョーダンよ」
 トボケて口笛を吹く愛子である。しかも横島、“知るチャンスはあった”と白状してるようなもんだし。
「と、とにかく!!」
 大声を張り上げて、その場に漂う白くて生暖かい雰囲気を打ち消す横島。
「この試合、愛子が適切なコーチングをしてくれるかどうかにかかってんだ。この手の実戦経験はあまり無いとは思うけど、お前の判断力はアテにしてるからな」
「ちょ、ちょっと待って。アテにされるのは嬉しいけど、試合の進行スピードにコーチングがついていけるの?」
「そこはそれ、二、三手先を読んでくれれば何とか。それと、作戦はこうだ――」
 指であとの三人を招き寄せ、顔を突き合わせて何やら密談する横島達であった。


「みんな〜〜頑張りましょうね〜〜〜。私も〜〜お母さまに頼まれたからには〜〜〜精一杯頑張るから〜〜〜〜」
「は、はい……よろしく……」
 相変わらず呑気かつフレンドリーな態度の冥子に、試合前の緊張感をそがれる三人娘である。
「理事長のお嬢さんをコーチャーに推したのって、理事長みたいだな」
「GSとして一流なのは伺ってますけど……コーチャーとしてはどうなのかしら?」
「仕事でご一緒した限りでは、あまり人に指図するのに慣れてないと思うんですけど……」
 冥子をひとまず脇に置いておいて、ヒソヒソ話す一文字・弓・おキヌの三人。つきあいの長いおキヌの経験に基づいてハッキリ言ってしまえば、コーチャーには“向いていない”のだが、彼女はそこまでストレートには言えなかった。
「まあ、その辺はおおよそ把握しました。次の話題に移りましょう」
 人のいいおキヌの事だから、他人を酷評する事はできまい。そのあたりから冥子のコーチャー適性をおおよそ察した弓、話を切り替えた。
「あちらのコーチャーについて、何かご存じですか? あの机を小脇に抱えた、愛子さんという方ですが」
「あの人は愛子さんっていって、横島さんのクラスメートで霊能愛好会の部長さんです」
「抱えてる机って、一体何? 除霊道具なのかな?」
「いえ、愛子さんは、あの机なんです」
「「は?」」
 そりゃ机に魂が宿って妖怪になりましたなんて、この二人も実例を見るのは初めてだろう。もちろん説明するおキヌだって、彼女の詳しい身の上を知っているわけでもない。
「ふ〜ん、机が妖怪になって学校の生徒にねえ〜〜」
「人間そっくりとはいっても妖怪でしょう? そんな方を受け入れるなんて、襟度が広いと言うかいい加減と言うか……」
「いい事じゃないですか? それを言ったら、私だって似たり寄ったりですから」
 300年間幽霊をやってた自分がこうして生き返って、普通に学生をやっているのも滅多にある話ではない。そしてそれは、美神や横島達を通じて周囲の生きた人達に受け入れてもらえるようになったからこそだ、と彼女は信じている。
「人に悪意を持った妖怪は懲らしめる。相容れない存在だったらやっつける。人と一緒に生きていきたいと思っている妖怪は受け入れる。すんなりとはいかなかったり、その方法が分からない妖怪には橋渡しになる。GSの使命って、そういうものなんじゃないでしょうか」
「おキヌちゃんらしい意見だなあ」
「甘いと言えば甘い事ですけど……そういう風に社会が動けば、それはそれで一つの理想かも知れませんね」
 悪霊だけでなく、妖怪や神族、あるいは魔族とも深く関わり続けて、その結果おキヌが得た答えがこれらしい。そしてその答えを彼女にもたらしたのは、間違いなくあのモノノケに好かれる彼なのだろう。
「まあそれはともかく、33年間生きてきたとなると侮れない相手ね」
「あたしらの倍生きてる事になるもんな。しかも、ずっと高校生でだぜ」
「GSとやり合った事もあるでしょうし、コーチャーとして適任だわ」
 単なる地雷役にしかなっていない冥子とは雲泥の差……とはいささか冥子に対して酷だろうか。
「とにかく向こうにいいコーチャーがいるとなると、多人数同士の乱戦は避けた方が得策ですね。一対一でやり合ってる間は、後ろからの指示の有無も大きな影響は出ないはずよ」
「つまり、乱入とかはしないでタイマンに徹しろって事だな」
「ピンチだと判断したら助け船に入りますから、その辺は臨機応変に」
「たいまん、ですか……あくまで一対一で、ですね」
 昔はタイマンを“なまける事”と勘違いしてたなあ……とおキヌは内心苦笑した。
「一文字さん、タイガーさんの相手は任せましたよ」
「オーケー。任しときな」
 ニヤッと笑って、木刀の峰で肩をポンポンと叩く一文字。
「問題は能力の奥が読めない横島さんですけど……氷室さん、どうします?」
「弓さん、任せて下さい。私……精一杯やります」
「分かりました。では、横島さんは氷室さんが、ピートさんは私が引き受けます。向こうが5カウント内の乱入を使ってくるかも知れませんから、向こうのリング際には近寄らない事。よろしいですわね?」
「はい!」
 いつになく力強くうなずくおキヌであった。


「選手三人にコーチャー一人・多対多アリというルールは、若いGSがチームで動く事を前提にしたルールって事でいいと思うんだけど」
 と、こちらは貴賓席で並んで座っている美神美智恵・六道理事長・唐巣神父の席。なお、美智恵は次女・ひのめの世話を西条に押しつけての出席である。
「あの子をコーチャーに据えたのは、単なる横島クン達に対する抑止力ですか? それとも、別な魂胆でも?」
「あらあ美智恵ちゃん〜〜、魂胆なんて〜〜大したことじゃないのよ〜〜〜」
「すると、冥子くんの修行の一環か何かで?」
「そうなのよ唐巣ちゃん〜〜」
 娘の冥子同様にあっけらかんと笑いながらも、腹に一物あるのは確からしい。
「あの子もね〜〜、それなりに努力はしてると思うんだけど〜〜、まだまだ修行が足りないと思うのよね〜〜〜。だからね〜〜、若い子達の試合ぶりを間近で見て〜〜〜自分に足りないのは何かとか〜〜何をすべきなのか〜〜考えて欲しいのよ〜〜〜」
「まあ、あの様にしょっちゅう暴走されては、親としても気になるところですか」
「それにね〜〜、あの子もそのうち学園の経営とかに加わってもらわないといけないから〜〜〜、人を上手く使う事も覚えてもらわないと〜〜」
「あの子、経営者ってガラかしら?」
 この理事長の若い頃に比べると、子供っぽさがさらに際だっているように思える美智恵&唐巣の二人である。この二人は六道親子に20年以上関わっているから、その辺の対比はよ〜〜〜〜く心得ている。この母親だって昔は十二神将の暴走はザラだったが、それでも娘に比べたら一桁は回数が少なかったのだから……


 さて、各チームの紹介も終わり、いよいよ選手達が対戦用の法円(多対多を想定しているので、GS試験や六女のクラス対抗戦に比べて広い)の傍らに立つ。観客席の応援もヒートアップしてきているのだが、
「キャ――! ピートさ〜〜ん、頑張って〜〜!」
「ピートさーん、こっち向いて〜〜〜!!」
「「「せ〜の、ピートさ―――ん!!!」」」
 何故か六女側のスタンドからはピートへの声援ばかり。では横高(仮)のスタンドはと言うと、
「ピートお兄さま〜〜、ファイト―――!!」(プァ〜〜〜〜ン!!)
「ピートく〜ん、頑張れ〜〜っ!!」
 チアホーンを吹き鳴らすアン・ヘルシングを筆頭に、女子はこれまたピートコールの嵐。さらに男子は、
「弓さ〜〜ん! ステキだ〜〜っ!!」
「おキヌちゃ〜〜ん、頑張れよ〜〜っ!」
「一文字さん、イカスぜ〜!」
 対戦相手の女の子達をめいめい応援している。ちなみに内訳は、ルックスのいい弓が5、秘かにファンの多いおキヌが4、凛々しいタイプが好みなのか一文字コールも1ほどある。
「人気あるな、弓もおキヌちゃんも……」
「ま、まーまー…」

「女の子は揃いもそろってピートのグルーピーかよ……」
「横島さんはまだいいじゃないカノー……わっしに至っては……」
 いじけ気味な横島に対し、さらにいじけ気味なタイガーが観客席の二点ほどを指差す。
「横島さ――ん、負けないでくださ――い!!」
「先生〜〜、拙者は先生の味方でござるよ〜〜〜!!」
 少なくとも、小鳩とシロは横島の応援をしてくれている。ちなみに、一般観客席にいる美神令子とタマモは声援を送る気にはならないらしい。その近くのエミと来たら、
「くぉらぁ〜〜! ピートにミーハーな声援を送るんじゃな〜〜い! アレは私がいっとー先に目ェつけたワケ〜〜!!」
 ……結論。現在のところ、タイガーへの声援はゼロ。


「それでは、互いに礼!」
「「「「「「お願いします!」」」」」」
 GS協会から派遣された審判の指示で、選手6人は法円の中央で一礼して、それから握手を交わした。
「それでは、いい試合をしましょう」
「ええ。どうぞよろしく」
 ピートと弓が、紳士的に普通の握手を。
「タイガー、あたしは手加減なんかしねーからな!」
「わっしも目一杯やらせてもらうんジャー!」
 一文字とタイガーは、男っぽくヒジを立てた握手をする。
「横島さん、いい試合にしましょうね」
「ああ、お互い悔いの残らないように、かな」
 そして横島の差し出した右手を、おキヌが包み込むように両手で握った。


 そして、両チームが5メートルほど離れて向かい合ったところで、試合は始まった。

 チ―――――ン!!

「おキヌちゃん、頼む!!」
「はいっ!」
 最初に、六女チームが動いた。おキヌが法円の端まで下がり、ネクロマンサーの笛を構える。
「“勇気ある者の為の行進曲”(マーチ・フォー・ザ・ブレイブ)!!」

 ピュ――リリィ――ピュリリュリュ――ピリュリュピュ―リュリュリュリュ―――♪

 おキヌの唇と笛が紡ぎ出すのは、いつものコントロール波をまとった単調な音色ではなく、どこか勇気を奮い起こされる行進曲の一節である。そして、そこから発せられる霊波は前衛の二人の仲間を包み込み……
「来た来たっ! よーし、行くぜっ!」
「これで霊力のハンディはありませんわよ!」
 と同時に、一文字と弓の吹き出す霊圧が一段階強まった。
「これは!?」
「おキヌちゃんの笛の効果か? こんな技を編み出したのか!」
「横島サン! こっちもやるんジャー!」
「おう! 行くぞ、タイガー!」
 横島がタイガーに向けて、両手に一つずつ握った文珠を突きつける。込められた文字はそれぞれ“制”と“御”である。
「虎よ、虎よ! ぬばたまの夜の森に燦爛と燃えて……ってか!」
「ウオオオォォォォッッ!!」
 横島の霊力によるバックアップを受けて、タイガーは一声吼えると共に獣人の姿に変化する(いや、周囲の人間には変化したように見えるだけなのだが)。
「エミさんのようにフルパワーとはいかないけど、7割ぐらいの力は出せるハズだからな!」
「おう! 任せんシャイ!」
「横島くん、ピートくん! まずはタイガーくんに!」
「OK!」
 愛子のアドバイスを受け、横島とピートの二人は法円の外に出る。チラリと向こう側を見ると、ちょうどおキヌも法円から出たところだった。
「では一文字さん、手はず通りに!」
「よし! 任せろ!」
 最後に弓が抜けて、リング上は一文字とタイガーの二人が残された。
「行くケンノー、魔理サンッ!!」
「来い、タイガー! あたしは負けないぜっ!」
 木刀を正眼に構える一文字。そしてその直後、彼女の周囲は一面のジャングルと化した。

「氷室さん、これは!?」
「タイガーさんの幻覚です! 本当のジャングルになったわけじゃありません……あ、リングの中にはコーチャーズボックスからしか声が届かないんでした!」
 つまり、司令塔の弓の声は一文字には届かない。
「六道のお嬢さん! 一文字さんに、“幻に惑わされるな”って伝えて下さい」
「え〜〜? 私〜〜〜?」
「貴方コーチャーでしょうがっ!?」
 多少の頭痛を抑えきれない弓であった。
「一文字さ〜〜〜ん、それは〜〜幻なのよ〜〜〜、惑わされちゃ〜〜ダメだからね〜〜〜」
「冥子さん、せめてもうちょっと早口で……」
 その弓の隣で苦笑するおキヌである。

「前にも見た事はあったけど、ここまで真に迫った幻なのかよ……」
 過去にクラス対抗戦でハワイの幻覚に捕まった時の事を思い出し、精神を集中させて身構える一文字。恐らく、このジャングルがタイガーの最もイメージしやすい景色なのだろう。鬱蒼とした木々のざわめきといい、鳥や獣の時折立てる声といい、気分は東南アジアかアマゾンの奥地に放り出されたような感じである。視覚だけでなく音まで再現しているからか、両サイドのコーチャーの声すら聞こえない。
「さあ、どこから来る……? 気配ぐらいは感じ取れると思うけど……」
 木刀を握りしめながら、目を細めて周囲の霊気の流れに神経を集中させる。ちなみにこの木刀、知り合いの神社に奉納されていた宝刀の太刀に使われていた霊木の鞘だったもので、宝刀の正式な拵えを作って不要になったものを譲り受けたというなかなか霊験あらたかなものである。長さは握りを含めて三尺、刀身を収めるための空間には鉛を流し込んだ、まともに食らえば骨ぐらい折れる物騒な代物である(もっとも、法円の中では霊能以外の打撃は効果を発揮しないのであまり意味は無いが)。

 ジャリ!
「右か!」
 足音とかすかな気配を感じ、一文字は素早くその方向に向き直った。が、
「ぬぅン!」
「反対側!?」
 それは囮の幻覚で、タイガーは逆方向から一文字の背中に向けて拳を振るった。一文字も一瞬遅れて気付いたが、避けきれずに左腕で辛うじてガードした。
「ぐぅ……っ!」
 ウェイトの差が出て、僅かながら一文字の身体が宙に浮く。しかしそこはケンカ慣れした彼女の事、着地と同時にその反動で逆に飛んだ。
「そこだぁっ!!」
 僅かに姿を現したタイガーに、上段から木刀を一気に振り下ろす。その一撃を、タイガーは両腕をクロスして受け止める。
「ガァァッ!!」
 そして木刀を力任せに押し返すと、その反作用で後ろ跳びにジャングルの中に再び姿を消した。
「デカい割になんてスピードだよ……アイツ、GSより格闘技の方が向いてるんじゃねーのか?」
 まだ若干シビれている左手を軽く振ってから、一文字は姿の見えないタイガーを待ち構えた。その足下をネズミが這い回り、耳元を大きな昆虫が飛び交う。
「これは幻、これは幻……! タイガーの奴、ジャングルにリアリティがありすぎるぜ……」
 彼女とて、こういう光景に対して全く平気というわけではない。


「一体、リングの中はどうなっているのでござるか?」
「なかなか真に迫った幻術ね。私にも、ちょっと見えないわ……戦ってるのは何となく分かるけど」
 法円内に突如現れたジャングルの中で試合が行われているのは分かるのだが、その実況はシロにもタマモにも窺う事ができない。
「あんたの笛で制御しないと、タイガーの幻覚はコントロールできないんじゃなかった?」
「多分、横島の文珠で代用してるわね。別にアメリカ太平洋艦隊にケンカ売ってるワケじゃないし、フルパワーでなくても試合レベルなら充分って事」
 何たってタイガー、エミの完璧なコントロール下ではニミッツ級数隻を基幹とした大艦隊すら翻弄した実績がある。効果を絞ってもこの程度は出来る、といったところか。
「問題は、横島の文珠では時間的にどの程度制御できるかだけど」
「確かにアレ、数分置きに笛を鳴らす必要があったわね」
 時間切れでオーバーヒートしたタイガーがどうなるか知っているだけに、微妙な不安を隠せない令子とエミである。

「一文字さん、視界ゼロにしては上手く動いているわね」
「これは、最初のおキヌ君の笛が効いている、という事かな?」
「でも〜〜随分ゆっくりした〜〜試合運びね〜〜〜」
 貴賓席の三人は、三者三様の見方をしている。霊視ゴーグルをかけた理事長に、目を凝らして霊視している唐巣、逆に目を閉じている美智恵。
 三人が見ている光景は、幻に紛れて一文字の死角から襲いかかるタイガーと、それを受け止めつつカウンターで反撃している一文字、そしてまた距離を取って隙を窺うタイガー……という一連の流れ。

「何分経った?」
「……今、10分経過したわ」
 横島の独り言じみた質問に、愛子がストップウォッチ片手に答えた。
「この前の練習の時は、15分は持ってましたが?」
「アレは練習でこれは試合よ。戦いながら、しかも単調にならないような幻覚だと、どうしてもタイムリミットは短くなるわ」
「となると、そろそろ無理が出てくるか」
 すでにリングサイドの三人とも、幻覚に起きる変化を見逃すまいと視線を逸らさない。
「幻覚が少しでもブレたら、すぐにタイガーを呼び戻してくれ。それとピート、スタンバイ頼む」
「「OK」」

「タイガーさんの精神感応は、あまり長時間使うと暴走するんです。だから、今の状態は長続きしないと思います」
「つまり、遠からず交替するって事ね。その“暴走”というのが気になりますけど……」
 その質問には、おキヌは答えるのを避けた。何たって“げへへへへ、女ァァ――!”とか叫びながら痴漢行為に走るなんて事を、この場で語るには忍びない……いや、見るのも忍びないが。
「でも〜〜〜、いいのかしら〜〜〜?」
 ここで何とはなしに試合をボンヤリ見ていた冥子が口を開いた。
「? どうかしたんですか、冥子さん?」
「魔理ちゃん〜〜、だんだんあっちに向かってるけど〜〜〜、このままでいいの〜〜?」
「なんですってぇ!?」
「そ、そう言えば声が遠くなってるような……」
 確かによくよく耳を澄ませば、一文字の声や打撃音が次第に小さく……つまり、遠くへ移動している事に気付く弓とおキヌ。
「いけない! 冥子さん、一文字さんを呼び戻して……」
 おキヌが言いかけた時、リングを覆っていたジャングルの幻覚が僅かにブレた。

「捕らえた! 逃がすかよ、タイガー!!」
 ジャングルの中で姿を見せずに襲ってくるタイガーを迎え撃ち続けること10分以上。僅かに幻覚がブレた時、一文字はかすかながらタイガーのシルエットが浮かび上がるのを見逃さなかった。ケンカ慣れした故の判断の速さで、すかさず木刀を八双に構えて飛びかかる。
「どぉりゃぁ――っ!!」
「グワッ!?」
 思い切りのいい一撃は、タイガーらしき存在を切っ先だけかすめた。
「いける! 悪いなおキヌちゃん、この勝負もらうぜ!!」
 さらに返す刀で逆胴を叩き込もうとした時、周囲のジャングルは瞬時にかき消えた。目の前にいたのは法円のすぐ外に飛び出したタイガー、彼に文珠で治療をしようとする横島、そしてその脇のコーチャーズボックスにいる愛子の三人。
「ピートさんは!? どこだ!?」
 ピートが居ないことに気付いた一文字、慌てて木刀を構え直して左右と後ろを見回す。が、
「主よ、聖霊よ! 我が敵はあなたの敵なり!」
 声は上から聞こえてきた――と理解するより早く、
「アーメン!!」
 頭上2メートル足らずのところに浮いているピートの放った聖なる波動が、彼女の周囲で炸裂した。
「ぐぅっ!?」
「一文字さん!?」
「言わんこっちゃない! タイガーさんを深追いするから……!」
 色めき立つ六道女学院側のリングサイド。
「いいタッチワークだわ! タイガーが外に出るより3秒早く、ピートが中に入っていたわ」
「ルールに慣れる時間なんて無い割に、いい連携取れてるワケ!」
 急造ながら上出来のコンビネーションに、僅かながら瞠目する令子とエミ。
「もう一撃! 我が敵に、光の裁きを!!
「まだまだぁ―――っ!!」
 ピートが二発目を放つが、最初の一撃を辛うじて耐えた一文字はコンマ数秒のタイムラグに乗じてハイジャンプした。足下で炸裂した波動は彼女を直撃せず、逆に霊圧の余波で彼女をピートの高さまで押し上げた。
「でやぁぁっ!!」
「なんのっ!」
 一文字渾身の唐竹割りの一撃は、しかし一瞬早く霧に変化したピートを素通りした。
「くっそぉ! バンパイアだからって、あんなのアリか!?」
 そのまま着地した一文字、ヒザを崩して倒れ込みながらも前転してもう一度立ち上がった。
「一文字さん、しっかりっ!」
「早く戻って! ピートさんのお相手は、私がしますっ!」
「え〜〜〜と〜〜〜、かおりちゃんだっけ〜〜〜〜? かおりちゃんと〜〜〜交替して〜〜〜〜」
 六女側から必死のアドバイスが飛ぶが、法円の性質上一文字に聞こえるのは間延びした冥子の声だけである。でもまあ手招きしているのは見えているし、事前の打ち合わせを彼女が忘れたわけでもない。立ち上がった勢いで、そのまま彼女は三人の方へ駆け出した。だが、
「交替はさせない!」
「うっ…!」
 目の前、味方コーナーまで3メートルばかりのところに霧が集まり、それがピートの姿になった。
「残念ですが、ここで決める」
「どっけぇぇっ!!」
 走り込みながら木刀を突き出す一文字。さながらバンパイアの心臓に杭を突き立てるように、ピートの胸に狙いを定めて渾身の一撃!
「食らえぇっ!!」
「甘いっ!!」

 ピートは左腕でガードしてその一撃を外側に逸らし、ぶつかって来る一文字をショルダー・タックルで受け止めた。

「弓さん! 一文字さんが……!」
「分かってます! 氷室さんは、ヒーリングの準備を!」
「はいっ!」

 ぶつかり合った反動で軽い一文字の方がはね飛ばされ、尻餅をついた。ピートの胸中を、“勝った!”という意識が僅かによぎる。
「ぐっ……!!」
「もらった! ダンピール・フラッ……」

 ――危ない! 避けて!!――

「……バンパイア・ミスト!」
「うっ!?」
 弓愛用の薙刀が彼の背中をバッサリ斬るよりコンマ数秒早く、ピートの体は再び霧に変化した。
「一文字さん! 早く外に!」
「す、すまねえ……!」
 弓が立ち上がった一文字の手をつかんで思い切り引っ張り、法円の外に出したのが4カウント目を数え終わった直後。そして、ほぼ同時にリング中央でピートが実体化した。

「「「キャ―――!! ピートさ―――ん!!!」」」
「「「弓さ〜〜〜〜ん!!」」」
 この人気者同士が対峙すると、俄然スタンドが盛り上がり始めた。
「ったく、どいつもこいつも面食いばっかりかよ……」
「しょうがないんじゃない? 遠くから見てるだけじゃ、どうしても外見に目がいっちゃうもの」
 タイガーの回復状況をチェックしながら毒づく横島に、愛子がフォローを入れた。
「内面の、って言うかその人の本質の良さって、近くでよ〜く見ておかないと理解できないものよ」
「俺の欠点は内面に集中してるって、以前美神さんに言われたけどな……よし、さっきの出力で行けるぞタイガー。けど、ギリギリで幻覚を出さなくてもいいからな」
「了解ジャー」
 タイガーのコンディションの方に神経を戻した横島の横で、愛子も視線をリングに戻す。
(その欠点だらけの内面のそのまた奥に、横島くんの本当の魅力ってあるのよね……)
 本質的な横島の良さを知っている少数派に、自分が加わっていることに秘かな誇りを自覚しながら。

「Wooooooh!!」
「哈ぁぁぁぁっ!!」
 おキヌが一文字をヒーリングしている間は、弓の側に乱入は無い。そう判断したピートは、速攻でたたみかける事にした。そしてそれを、薙刀を構えて迎え撃つ弓。

 ガキン!!

 振り下ろされた薙刀の刃を、ピートは懐に飛び込んで柄の部分を腕で受け止めた。と同時に、がら空きになった脇腹を目がけて左フック! それを今度は、弓が右膝で受け止める。
「なんのっ!」
「やるなっ!」
 反動でパッと離れた二人。今度は弓が続けざまに薙刀で連続攻撃を仕掛ける。鋭い踏み込みからの連撃を三合まで後ろ跳びでかわしたピート、四合目はバンパイア・ミストで霧に変身して避けた。
「また霧に!? 今度はどこに……はっ!?」 
「こっちだ!」
 霧が流れた方向を向き直ると、ちょうどピートが自分の足下で、しゃがんだ状態で実体化していた。
「バンパイア・昇竜拳っ!!」
「くっ!」
 飛び上がりながらのアッパーが、飛びすさった彼女の胸・肩・顔面をかすめて上へ抜けた。しかし、ピートの攻撃は続く。
「バンパイア・サマーソルトキックっ!!」
 宙に浮いた状態からピートの身体は急速に後転、弓を追撃の回転蹴りが襲う。差し出した薙刀の柄が、霊力とスピードの二つに耐えきれずに、ついにへし折れた。反動をつけて後ろ跳びに距離を取った弓、ここで折れた薙刀を捨てて二つ目のアイテムに手を掛ける。
「弓式除霊術奥義・“水晶観音”っ!!」
「そうはさせるかっ! 主よ、聖霊よ!!」

 ――後ろから来るっ!!――

「ちぃっ!」
「また避けた!?」
 ヒーリングによる応急治療を終えた一文字がリングインして、ピートの斜め後ろから殴りかかるのを三度彼は霧に変化してかわした。その間に、弓は宝玉の鎧を身にまとい終わっている。
「一文字さん!」
「わかってる!」
 時間稼ぎを済ませた一文字がリングアウトすると同時に、弓とピートの格闘戦が再開している。
「霊力は消耗するけど、パワーで押し切る!」
「この技……あの“魔装術”と似ているのか?」
 水晶観音をまとった弓のパンチやキックは、先ほどの薙刀ほどの鋭さはないが重い。六本の腕から繰り出される連撃をガードしながらも、ピートはジリジリと押され始めた。

「よし、行ける! シャクだけど、ピートの奴押されてるぜ!」
「だといいんですけど……」
 ガッツポーズする一文字の横で、おキヌの緊張は解けていない。
「え〜〜〜? どうして〜〜〜?」
「弓さんって、時々弱音を吐かなすぎるところってあるじゃないですか? 特に、美神さんが見ている前だと張り切りすぎて後先考えなくなるかも……」
「確かに、そういうところ無いとは言えないよな……」
 特に、おキヌと出会う前の我の強すぎる性格だった頃の事を思い起こしながら、一文字は予備の木刀を取り出した。

「ピートさんが押されてるンジャー!」
「落ち着いて! ちゃんとブロックしてるわ!」
「後は、さっき避けた時のダメージが無いといいけどな……」
 反撃のチャンスを窺いながら交替するピートにタイガーが慌て、愛子がフォローし、横島が眉を寄せる。
「え? だって、霧になってキレイにかわしたじゃない?」
「あのバンパイア・ミストって、霧になった瞬間と実体に戻る瞬間は無防備に近いんだと。だから、霧になった身体に霊波をモロに食らうとダメージを受けるって前に聞いた」
 かつてピートが雪之丞と闘った時は雪之丞の霊波砲を無傷で回避できたのに、勘九郎の差し向けたゾンビにはダメージを受けたのは、そういう理論らしい。
「どうするの? タイガーくんがまた出る?」
「いや、今度は俺が出る。ピートがケガしてたら、これで治してやってくれ」
 と、横島は霊力を手に集中する。そして、10秒ほどして手の霊力の光は一つの珠として実体化した。
「文珠の使い方は分かるか? ひたすらその珠に“治”れとか“癒”えろとか念じて、字を浮かび上がらせるんだ。字を間違えないように頼むぜ」
 と、文珠をタイガーに手渡した。
「それからな、俺がお前を呼んだら法円に入ってきてくれ。そんでもって…………ヒソヒソ………」
 何やらタイガーに耳打ちする横島、それを聞いてうなずくタイガー。

「てぇぇぇ―――いっ!!」
「なんのぉ―――っ!!」
 両リングサイドの懸念をよそに、弓vsピートはヒートアップしている。息もつかせぬ弓のラッシュを防ぎつつ、カウンターの一撃を浴びせるピート。そしてそれを弓もガードして……すでにリング中央付近を行ったり来たりしながら激闘を繰り広げること数分である。
「ピートくん、下がって! 横島くんと交替よ!」
「分かりました!」
「そうは、させませんっ!」
 バックステップで飛び上がるピートに弓が追撃するが、それでもピートが霧に変化して法円から外に飛び去って行く方が早かった。そして、それと入れ替わりに横島がこちらに向かってきているのが見える。
「確かに横島さんの文珠の威力は大したものですけれど……でも、本人の実力はどうなのかしら?」
 彼の文珠の発揮する力は、かつて除霊実習中におキヌの持っていた横島の文珠で多くのクラスメートが助けられた一件を通じて周知されている(正確に言うとあの場にいたのはおキヌの身体に入った横島その人だったのだが、この事実はまだ六女の誰も知らない)が、同時に去年のクラス対抗戦や臨海学校で勝手に押しかけてきた横島の奇行っぷりに基づく評価の低さはそれを打ち消して余りある。
「だったら、氷室さんと交替する前に私が一撃入れて差し上げます!」
 横島の持つそうしたアンバランスさが、普段は冷静な弓をして事前の打ち合わせを逸脱させることになった。
「私に……服従なさいっ!!」
 横島が走り込んでくるところをカウンターの一撃で吹き飛ばそうと、弓は霊波を乗せた渾身の右ストレートを突き出し……空を切った。
「どわ――っ!!」
「速い!?」
 横島が自分のパンチをギリギリで方向転換してかわしたと理解するより先に、自分の右側に回り込んだ横島の右手から霊波刀“栄光の手”が閃いた。
「どりゃぁぁぁっ!!」

 バキィィン!!

 何かが砕けるような音が会場全体を走り、同時に“水晶観音”の宝珠で造られた右腕の一本が二の腕から断ち切られて宙を舞った。
「な……!?」
「悪いけど、弱点は徹底的に突かせてもらうっ!」
「弱点ですって!?」
 後ろに回り込もうとする横島から身をかわそうと、弓は振り向きながら一歩後退した。
「そんなの着っぱなしにしてたら、動きが鈍るだろ!」
「うっ!?」
 反撃のワンツーパンチを斜めに身をかわして避けた横島が、霊波刀で袈裟懸けに弓の肩口をバッサリ切り払っていた。

「かおりちゃん〜〜〜!?」
「な、何だありゃ!? 横島のヤツ、文珠無しでもフツーに強いじゃねーか!?」
 大概の事では動じない一文字も、目の前の光景には驚きを隠せなかった。あの去年のクラス対抗戦やクリスマス合コンや臨海学校の時のヘタレっぷりがウソのような強さで、学年首席の弓を一方的に押しまくっているのだ。
「おキヌちゃん、あんたあの横島に勝てるのかよ?」
「わかりません……でも、勝たなくちゃいけないんです」
 横島の動きを一瞬たりとも見逃すまいと、リング上を凝視したままおキヌは答える。
「それより一文字さん」
「わーってる。時間を稼げばいいんだろ?」


「おおっ! 先生はさすがに強いでござるよ!」
「あんまり格好は良くないけど、霊波刀だけでもジューブン強いのね横島って」
 はしゃぐシロの隣で、こちらは冷淡そうに見えて興味津々なタマモ。
「横島クンって、普段はアレでもやる時はやるのよね〜〜、まあ観客の四分の三が女の子なんで張り切ってるってのもあると思うけど」
「ま、伊達にアシュタロスと渡り合ってないってワケね」
 GSが多い一般観客席がザワつく中で、令子とエミは比較的冷静に試合を見ている。


 ピートと弓の攻防を見ていた横島が気付いた“弱点”というのは、雪之丞の魔装術に比べて弓の水晶観音は一ヵ所劣っている点がある、という事だ。
 魔装術とは、霊力を実体化させると共に自分の潜在能力を一気に引き出す特性を持った術である。もちろん陰念や勘九郎のように、引き出した力に押しつぶされて人ならざる存在に変わり果ててしまう危険性ははらんでいるが、パワー・防御力・スピードと全ての面でパワーアップする事の出来る恐るべき術なのだ。
 対して、水晶観音は宝珠を身にまとってパワーに変換する、言ってみれば純粋なバトルスーツのようなものだ。魔装術と違って術の暴走という危険は全く無いが、代わりに身体能力をブーストさせる力はない。つまり、水晶観音の使用中は攻・守共にパワーアップするが、スピードだけは鎧の効果で逆に阻害されるのだ。
「ま、ほんのちょっとだけ鈍くなるだけやけどな」
 弓とて六女や家での猛訓練を受けているだけあって、決して鈍重ではない。が、それ以上に横島の動きが速い。普通に走ればものすごい俊足というわけではないが、とにかくダッシュ力が尋常ではなかった。
「ゴキブリのよーに走り回り、ハチのよーに刺すっ!!」
 とでも言うべき戦法の横島の前に、すでに弓は防戦一方。彼女が体勢を整えるより先に、横島が死角に回り込んでしまっているのだ。

ガキンッ!!

「強い……! これ以上は保たない……!」
 二本目の宝珠腕が砕けると、さすがの弓も限界を感じずにはいられなかった。ここでついに水晶観音の鎧を数珠に戻し、おキヌ達の方へ一目散に走り出した。
「交替する気か?」
 というか、それ以外に考えられない。横島はごく短時間だけ逡巡したが、すぐさま弓を追って駆け出した。
「追いつかれる!?」
「そうスンナリとは、いかねーよ!」
 ほんの3、4メートル走っただけなのに、すでに真横に横島がつけている。その右手に、霊波刀がさながら鋼の剣のような輝きを見せている。
「やられる――!?」

 ――前を見て、前を!!――

「うおっ!?」
 前から飛んできたそれを、横島は慌てて霊波刀を霊波の盾“サイキック・ソーサー”に変えてはじき返した。
「弓、早く外へ!」
「後をお願いします!」
 予備の木刀を投げつけて横島の注意を引いた一文字が、リングアウトした弓に代わって横島と対峙した。すでに弓のところにおキヌが駆け寄り、ヒーリングを始めている。
「おキヌちゃんの手が空くまで時間を稼げったって、あたし一人で支えきれるのかよ?」
 と独りごちつつも一文字、木刀を横に構えて守りに徹する構え。
「うおおおぉぉっ!!」
「なんとぉ――っ!!」
 息もつかせぬ横島の連続攻撃を、辛うじて受け止め、受け流す一文字。それでも完全に捌ききる事ができず、霊衣……と言うか特攻服のあちこちが切り裂かれた。

「あらあ〜〜〜、あの子達負けちゃいそう〜〜〜、困ったわ〜〜〜」
「その気になると強いものね、横島クンって」
「あとは六道チームがチームワークでどこまでカバーできるか、ですか」
 貴賓席の三人も、身を乗り出して注目している。

「要するに、弓さんの手当が終わるまで時間を稼いでるのか!」
 一文字の渾身のガードを押し切れずに、横島はバックステップで二歩下がった。
「タイガーっ!!」
「おうっ!! グオオオオオオッ!!」
 横島の呼びかけに応じて、タイガーがリングに飛び込む。と同時に精神感応が発動し、リングは再び幻覚に覆われた。今度は先ほどのジャングルではなく、真っ暗である。
「な!? 横島のヤツ、どこだ!?」
 横島の気配が全く感じられなくなり、一文字も背筋が粟立つのを感じた。遠くにいるタイガーの気配はわかるのに、至近距離のはずの横島の位置が感じ取れないのだ。これは横島が日頃から美神に対するノゾキ行為にいそしむ事で培った隠行なのだが、裏の事情までは知らない。とにかく、先ほどのジャングルと違って相手の気配がまるでつかめない。幻覚は恐らく5秒で消えるだろうが、その前にやられる―――! そんな戦慄が瞬間的に一文字を捕らえた。

「“小悪魔達の狂詩曲”(ラプソディ・バイ・ザ・グレムリンズ)!!」

 ピュ――リュリュピュリュリリュ、ピュリュリュリィリュ〜〜♪

「おわっ!?」
「グオッ!?」
 その前に、周囲に調子の外れた笛の音が響き渡った。その変調な音色に乗った霊波は法円内の霊波を激しくかき乱し……気がつけば、暗闇は消えていた。そして法円内には、精神感応を破られて驚くタイガー、文珠が暴発して尻餅をついた横島、精神をかき乱されて片膝をつく一文字……そして、ネクロマンサーの笛から形のいい唇を離すおキヌの四人がいた。
「一文字さん、あとは任せて下さい!」
「お、おう!」
 おキヌが入った事で、今度は一文字が外に出る。それを見たタイガーも、作戦失敗を認めてひとまず外に戻った。
「おキヌちゃんか……!」
「行きます、横島さんっ!!」
 ネクロマンサーの笛を懐に戻し、代わって破魔札を右手に構えて横島に突っ込んでくるおキヌ。ネクロマンサーの笛だけでは決定打にならないから、どうしても破魔札で直接打撃を与えないといけないのは分かる。が、二人の適性をよく知っている観客席のメンバーにとっては驚きだった。
「おキヌちゃん!?」
「先生と接近戦をするつもりでござるか!?」
「あの横島クンに、本気で勝つつもりなの!?」
 タマモ・シロ・令子の三人も、意外な成り行きに腰を浮かせる。

「たあああ―――っ!!」
「おおっ!?」
 思い切りよくおキヌが正面からぶつけてきた破魔札を、横島はサイキック・ソーサーで受け止めた。二人の霊力がスパークし、小さな爆発のような反動が発生する。その反動に乗る形で、二人はパッと離れた。
「けっこう霊力が強い! 今度はこっちから……」

 ――避けて! おキヌちゃんが後ろに!!――

「なにィ!?」
 瞬間的に頭の中を走ったコーチングに、横島は瞬間的に反応した。斜め前にパッと飛び出した横島の後頭部を、コンマ2秒遅れて“おキヌ”の突き出した破魔札が素通りした。
「えっ!?」
「避けられた!?」
「あのタイミングでか!?」
 外したおキヌも驚いたが、それよりもチームメイトの弓と一文字がもっと驚いた。横島の様子からして、彼がおキヌの動きに気付いた様子はなかった。なのに横島は、後頭部への直撃を最後の最後で見事にかわしてしまったのだ。

「あ、あっぶねえ……さっきの衝突で弾かれた瞬間に、幽体離脱して後ろに回り込んでたのか……!」
「横島さん、すごいです……あのタイミングで、綺麗によけるなんて……!」
 前転一回ではね起きた横島の横で、奇襲に失敗したおキヌがひとまず身体に戻った。

「でも、どうやって気付いたのかしら? コーチャーのコーチング? でも、指示が飛んだ様子はないわ。大体あのコーチャーさん、咄嗟のところであまり指示が飛んでいない…………!?」
 リングサイドの弓が逆サイド、横高(仮)側のコーナーを何の気なしに眺め、そしてあることに気付いた。いつでもリングインできるように身構えているピート、虎モードを解かずに待機しているタイガー、そして机に座って言葉少なに試合を凝視している愛子。
「………そういう事でしたのね! 六道さん、氷室さんを呼び戻して!」
「あ、は〜〜〜い。おキヌちゃ〜〜〜〜ん……」
「ああ、もう! 氷室さん、戻って!!」
 冥子の指示を待ちきれない弓は、自らおキヌを手招きする。そして、その様子におキヌも気付いた。
「あ、はい!」
 おキヌとタッチして、再び弓がリングインする。

 さて、少しだけ過去のエピソードを想起して欲しい。
 おキヌと交流を持つようになってから、弓はだいぶ人当たりも良くなったし、嫌っていた一文字との仲も改善され、雪之丞という彼氏までできた。が、それまでの弓かおりという女性は、多少ダーティなところがあったのは否定できない。除霊実習中におキヌと一文字に対して行ったイヤガラセなどは、そのいい例だろう。
 そして、横島に追いつめられたこの状態で……彼女のそういう面が久しぶりに姿を見せた。

 コーナー際で横島と対峙した弓、両手を腰だめにしながら横に少し移動しつつ横島の隙を窺う。
「な、なんだなんだ……?」
「食らいなさいっ! 雪之丞直伝、特大霊波弾っ!!」
 弓が突き出した両手から、かなりの出力の霊波が飛び出した。確かにこれは、雪之丞の得意とする霊波砲である。
「ど、どわぁ――――っ!!」
 恐らくは彼女も不慣れなのだろう、その霊波弾は横島の身体のど真ん中からわずかに横に外れていた。だから、横島は直撃を避けるべく横っ飛びでかわす事が出来たのだが……
「……えっ!?」
 その霊波弾は法円内をまっすぐに横切り、法円を内側から通り抜けて………横島チーム側のコーナー、コーチャーズボックスに正確に飛び込んでいた。
「きゃあああああああっ!!!」
「あ、愛子っ!?」

 悲鳴に振り返った横島が見たのは、霊波弾の直撃を受けて机もろとも吹き飛ばされる愛子の姿だった。

「そういう事だったのね! タイガーさんの精神感応能力で、テレパシーで直接指示を出すなんて……道理で、後ろに目が付いたように動けるはずだわ」
「あ、愛子! 大丈夫か、愛子!?」
 合法的に愛子を巻き添えにして一息つく弓をそっちのけで、横島は自コーナーに一直線に走り出した。
「逃がすものですか!」
 背を向けた横島を追いながら、霊波弾の追い打ちを加えようとする弓。しかし、

「ウオオオオオオオオオッ!!!」
「なっ!?」
 リングインしたタイガーが、その霊波弾をフルパワーではじき飛ばした。
「弓サン……今のはやり過ぎなんジャー!! 選手でない愛子サンを攻撃するター……!!」
「横島さんを狙った霊波弾が、たまたま外れた結果に過ぎないわ! そちらこそ、コーチャーが霊能力で指示を出すのは反則でしょう!?」
「アレは、ワッシの精神感応で愛子さんをサポートしていたに過ぎんのジャー! ルールブックには、選手がコーチャーに霊力を使ってはいけないなんて一言も書いておらんケンノー! もし反則だとしても、5カウント以内ならOKなんジャー!」
「それを言うなら、法円の外の選手を攻撃してはいけないともルールには書いてないわ! 大体、リングサイドにいる以上は危険に巻き込まれる可能性だって充分あるでしょう!? その覚悟が足りなかったから、逃げられなかったんでしょう!」
 すでに、水掛け論と化しつつある二人の口論。
「とにかく、ワッシは弓さんを許しまセンっ!!」
「やれるものなら!」
 精神感応の幻覚なんてもう考えずに、ひたすら霊力全開で弓に殴りかかるタイガー。それを弓も受け止めつつ殴り返す。
「でも弓さん! 今のは僕も、納得いきません!!」
 そこへ、今度は霧になったピートが凄まじいスピードで二人の傍に飛んできた。そして、上空で実体化すると同時にダンピール・フラッシュの体勢に入る。
「二人がかりだなんて、やらせるかよっ!!」
 が、今度は一文字が走り込みながら木刀をピートに投げつけ、それがピートに見事命中した。体勢を崩して着地するピートに、そのまま一文字が跳び蹴りを食らわす。
「なんのっ!!」
「やるかっ!?」
 その跳び蹴りを受け止め、力任せに押し返すピート。その横では、激しく殴り合っている弓とタイガー。

 こうして、これまでの流れがどこへやら、学校対抗試合はいきなり泥仕合に突入した。


「横島さん!!」
 これまた試合そっちのけで、おキヌが横島のところに駆けつけてきた。
「おキヌちゃん……?」
 リングサイドで、横島は愛子を必死で介抱していた。
「横島さん、愛子さんは大丈夫なんですか!? まさか……」
「いや、死んじゃいない。こいつが死んだら、そもそも姿が残るはずがない」
 愛子はあくまで本体は机で、このセーラー服の少女は霊体が皮をかぶったようなもんなのだ。だから、彼女の死は机のみ残してこの少女が消滅することを意味する。
「俺は机の方を何とかする! おキヌちゃん、悪いけどこの子にヒーリング!」
「はい!」
 彼女の方はおキヌに任せ、横島は地面に転がる机の方に駆け寄る。机は地面に叩きつけられた衝撃で、天板にヒビが入って、脚も一本が折れかけていた。
「……よし、これぐらいなら文珠で修理できる」
 そう安堵しながら、文珠を一個手に生成させる横島。
「……死なせるかってんだ。この机には、あの“横島”の愛子ちゃんの気持ちだってこもってるんだ」
 かつて愛子から聞いた彼女のオリジナルの話を少しだけ思い出しながら、机の傷を直し始めた。
「横島さん、こっちの愛子さんは大丈夫です。目は覚ましませんけど、失神しているだけみたいです」
「分かった。机の方も直った」
 振り向いた横島は、修理の終わった机を持ち上げ、横たわって眠っているらしい彼女の横にそっと置いた。
「じゃあ私、戻りますね」
 ちょっと心にチクンとするものを感じながら、おキヌは横島に背を向けて歩き出した。
「あ、おキヌちゃん」
「はい?」
「サンキュ。おキヌちゃんがいてくれて、よかったよ」
「………はい」
 振り返って微笑んでから、おキヌは小走りに冥子のところへ戻っていった。


「グオオオオオッ!!!」
「Ryyyyyyy!!!」
「ハァァァアァァッッ!!!」
「んなろぉぉぉぉぉ!!!」
 とにかく、足を止めての凄まじい殴り合いである。拳や足に霊力を乗せて、ひたすら蹴る殴る!!
「さすがに強い……! そろそろ私の霊力も限界か……!」
 水晶観音をまとってピートと闘う弓も、さすがに息が上がってきた。すでに宝珠の鎧も、あちこちが砕けている。
「ならば、ここで勝負あるのみっ!」
 そう感じた弓は、水晶観音を解除して霊衣のポケットに手を入れた。
「とどめだぁっ!!」
 ピートが繰り出してきた渾身の右ストレートを、ほんの少し顔をひねってかわす弓。霊力で頬がザックリと切れ、血が噴き出すのも構わず、弓は右手に持った“三つ目のアイテム”の封を解き………
「反則御免っ!!!」
 それを、ピートの口に押し込んだ。
「む、ムググゥゥゥッ!!??」
「やった!?」
 途端に苦しみ出すピートの口から引き抜いた三つ目のアイテム……“おろしニンニクのチューブ”を、弓は投げ捨てた……しかし、
「バ……バンパイア・サマーソルトぉっ!!!」
「がっ!!??」
 最後の力を振り絞ってのピートの蹴り上げが、弓の顎をまともに捕らえていた。そして、そのまま二人とも地面に倒れたのだった。
「弓!?」
「ピートサン!?」
 二人が相打ちでダウンするのに気を取られた一文字とタイガーは、こちらも激しく殴り合っていた……そして、僅かに気が逸れた直後、
バキッ!!×2
 綺麗なクロスカウンターがお互いの顔面にクリーンヒットしていた。そのまま、二人はもつれて地面にヒザを突く。
「な、なあタイガー……」
「何ですかいノー……?」
「あたしら、おキヌちゃんと交替しようかと思うんだけど……そっち、どうする?」
「……わっし達も横島サンと交替するンジャー……」
「そっか……じゃ、この試合は、あとはあの二人に任せようか……」
「そうじゃノー……見苦しい試合をしてしまったケン、わっし達は退場しようかノー」
「………だな」
 そうして二人は立ち上がり、それぞれのチームメイトを肩に担いで自コーナーに戻り始めた。
「ピート! タイガー! だ、大丈夫か!?」
「弓さん! 一文字さん! しっかりして下さい!!」
 横島とおキヌがほぼ同時にリングインして二人をそれぞれ出迎える。しかし、

「横島サン……わっし達は、頭に血が昇ってしまったケン……後を頼むんジャー……」
 タイガーはそう言って、声も出ないほどグロッキー状態のピート共々法円から転がり出た。
「おキヌちゃん、悪い……後、任せた……」
「何とか、この試合……遺恨が残らないように………」
 そして一文字と弓も、法円を出ると同時にバッタリと倒れ込んだのだった。
「え、えっと〜……」
「あう………」
 そして、法円の中には横島とおキヌだけが残された。もちろん、チームメイトの治療のために外に出たら反則負けになる。


「ううっ……嫌な予感はしてたけど、やっぱりこうなるのか……」


 つまり、二人に残された手段は、一対一の真っ向勝負で決着をつける事だけである。逃げ道は……無い。


「……横島さん……!」


 そして、横島とおキヌの目が合った。


「まだ〜〜〜続くのよ〜〜〜〜」by冥子


 あとがき

 お読みの皆様、大変長らくお待たせいたしました。『激闘! 学校対抗試合』の中編をお届けします。あくまで試合ですので、!バ!指定はしていません。
 実のところ、前編で裏設定を色々作りすぎたかな〜〜と思わないでもありませんでした。なんか読者の皆さん、全国大会編で夏子が登場するのをものすごく期待していただいてるようで………(汗)いや、もし書く余裕が出たら書いてみたいし、その時は夏子を出してもいいなと思ってはいましたがw
 まあ、とにかくこの試合を描ききるのが先決ですね。自分で書いておいてなんですが、僕ってバトル描写下手だなあ…と思いますけど。あと、横島がチラリと口にした“愛子のオリジナル”については、だいぶ前に僕が書いた作品の設定を流用しています。


 では、前編でのレス返しをば。

>いしゅたる様
>横島がおキヌちゃんと戦うのをためらう理由は、前回のR−18指定な事情だけではなさそうですね。

 その辺の事情は、横島くんにその一端を語ってもらいました。でも、まだ何かあるかもw


>ヤンマ様
>おおっ今までありえなかった組み合わせですね!

 いや全く、我ながらよくこんな無茶な組み合わせを考えついたもんだw


>ゆん様
>愛子が燃えている!!
>すごい言い回しだったな〜・・・青春ですね(え?

 愛子はあーゆーのが絶対好きだと思う。というわけで、試合でもそこそこ目立ってくれました。


>長岐栄様、かなりあ様、kurage様、SS様
>天王寺……あぁ、ミナミの恐怖の軍団が……(意味不明

 ちなみに横島くんは小学生時代浪速在住だったんですよねー……天王寺の隣の。
 美神さんより金にエゲツない軍団が出てきたりしたらどうしよう(マテ

 って言うか、夏子登場がムチャクチャ期待されてる……大風呂敷広げた責任は重大です(汗)


>sirius様
>ちなみに自分の卒業校の1字違いが載っていたりします。

 意図的に一字違いの高校名をデッチ上げましたからね〜。金沢○丘とか、○立天王寺とか。
 最近は高校の一覧なんかもWebで調べられるので楽です。


>ダヌ様
>なんかいろんな意味でバッドそうで怖いですね…

 具体的には、弓さんがかなりバッドになりました。
 だって、おキヌちゃんに感化される前の弓さんって相当黒かったもん……


>みょー様
>こういう一対一のガチンコバトルでも横島が美神より強いって知ったらかなり腰が引けるだろうなぁ。

 おキヌちゃんはともかく、弓さんや一文字さんは横島の真価を知りませんからねぇ……そういうわけで、この二人は横島にしてやられました。


>参番手様
>おキヌちゃんて、実は目立たないけど、追い詰められると美神事務所のメンバーらしく、「反則技」を使うことがあるんですよねえ。

 と言うか、幽霊時代のおキヌちゃんって存在自体が反則じみてましたもんね……
 でも、本編中ではむしろ弓さんの方が反則技を使いまくってしまいました。


>スケベビッチ・オンナスキー様
>横島の高校の名前、雪之丞のママとともにGS美神の謎として語り継ぎましょう。

 この調子で七不思議ぐらいは欲しいところですがww


>T,M様
>な、何やってるんすか隊長!
>あれか?ストレス発散なのか?一度男の子になってみたかったのよねーとかそんなノリか?

 隊長の考えている事は、凡人には理解できませんwww

>この二人が横島の学校に転入する展開はあまり見たことないですし。

 そうなんですよね〜、いろんな二次創作読みましたけど、あの二人は六女の事が多いんですよね。
 GSとしての修行に専念するなら六女、人間と妖怪の交流を重視するなら横島んとこだと思うんですが。


>HEY2様
>そして一番のツボが「ハリウッド」あんな高ぇ音出ねぇよ! と嘆く元トランペット吹きがココに一人。なるほどそう言えば、冒頭の大会名もアレの正式名称なんですね。

 突っ込んでいただき、ありがとうございます。その通り、高校○クイズのテーマソングです。恐らく、愛子さんの携帯の着メロは『HOLLYWOOD』『栄冠は君に輝く』『振り向くな君は美しい』あたりが登録されているのでしょうw


>犬小太丸様
>『最近入手した生徒手帳』など、物語に奥深さを与える演出など。

 いや、単に伏線じみた事を書いておいて続きを書くためのとっかかりにしてるだけなんですがw


>亀豚様
>そしてアノコトがバレたらまた色々と・・・グフフ面白そうナコトニなりそうです。

 いや、もう横島くん、半ば語るに落ちたしwww


 それでは、後編でまたお会いしたいと思います。

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