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▽レス始

「スランプ・オーバーズ!09(GS+オリジナル)」

竜の庵 (2006-11-08 19:35)
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 時を半日ほど遡って。
 チリとの穏やかなひと時を過ごしたマリアは、意識をまだ見ぬ兄へと切り替えながら、全速で高空を翔けていた。
 先日の通信で得たアーサーの情報…第2期カオスメモリー、アカシックレコードとのリンクは、意図的に残されたものだ。それまでは一方的にアーサーからの干渉しか許されなかったのに、ここにきて彼が相互リンクを許可した背後には、何かしらの理由があるのだろう。

 マリアは雲の中を飛んでいる。
 自分が空を飛んでいる姿は、下から見ればUFOのようなものだ。…フライング・ヒューマノイドか。
 マリアは雲から雲へと飛び石を渡るように、けれど出来る限り直線距離を移動できるよう、進路を選んで飛行した。
 アカシックレコードには、『アーサー』と呼ばれる個体のデータが識別番号B−002の名で残っていた。カオスは異界にある自分の別荘兼研究施設で、ホムンクルスやアンドロイド…人工生命の可能性について研究していたようだ。
 現在、アーサーが根城としているのもその別荘だろう。

 (…ドクター・カオスは・やはり・天才です…)

 自己の創造主なれば、誇らしい認識の筈なのだが。
 レコードに記録されているのは、カオスの650年分に及ぶ知識の奔流…善悪も可不可も理非も問わない、純粋極まる技術の塊。
 現代でも通用するどころか、現代では再現不能なレベルの技術もちらほらと窺える。
 美神辺りがこの記録の存在を知ったなら、狂喜乱舞してこっそり公開を迫ってくるに違いない。全てを牛耳らないまでも、一部技術のパテントを取って世に広めるだけで、巨万の富が彼女のもとには転がり込んでくるのだから。

 (ドクター・カオス…一体・何をしたい・のでしょう。これほどの・知識・技術を・秘匿して…)

 触れれば触れるほどに、レコードに収められた技術の脈絡の無さ、子供が集めたおもちゃ箱の中身のように乱雑で無秩序な広がりが分かる。
 いくら分析しても、ここからカオスの目的を推察することは不可能だろう。

 まさに、天才。

 まさに、混沌。

 (日本の・ことわざに・ありました。天才と・なんとかは・紙一重)

 ほんの少しでも知識の整頓という概念が、カオスに備わっていれば…

 (…道路工事や・交通整理の・アルバイト…しなくても・良いはずです)

 カオスの持つ技術は金脈どころかプラチナや精霊石の鉱脈にも匹敵する宝の山である。美神が目の色を変えて中世で彼の技術を貪り集めたのも、分かるというもの。

 (…甲斐性無し・と大家さんに・罵られることも・なくなるのに)

 改めてマスターの凄さと情けなさを痛感するマリアの飛行速度が、がくんと落ちた。
 ピピピピ…と警報音が鳴り響く。

 (! 燃料が…もう…)

 衛星高度から大気圏に突入しても原型を留めたマリアのボディだ。高度2〜3キロからの墜落程度ではびくともしないだろうが、チリとの約束がある。あまり帰りが遅れては、心配するだろう。
 とは言っても、マリアに搭載されたジェット燃料は、その辺のガソリンスタンドで補給出来る代物ではない。
 やはり焦っていたのだろうか。
 ソフト面のメンテナンスばかりにかまけて、こうしたハード面のチェックを怠ってしまうとは。

 (うっかりミス・です…どうしましょう)


 『迎えに来たよ。マリア』


 センサーへの反応と、通信の唐突な声は同時にマリアへと届いてきた。

 「アーサー・ですね? やはり・マリアを・待っていた…」

 『君が私に会いたがっていることは・知っていた。私はいつも・君の事を見ていたから』

 「…貴方は・リンクを通じて・マリア・監視していた・のですね?」

 『監視とは心外だな。私とマリアを繋ぐリンクは・マスターが設定したもの。私は・マリアが生まれたときから・一緒だったのだよ』

 「どういう意味・ですか?」

 『積もる話は・城へ到着してからにしよう。迎えの姿が・もう視界に入るはずだ』

 急激に近づいてくるセンサーの反応に、マリアは念のため火器の安全装置を外す。
 が、燃料と同じく…マシンガンの弾数もまた底を尽きかけていた。遊園地以降、給弾をしていないのだから当然か。

 (いえ…家族に・会いに行く…武装は・必要ありません…)

 マリアはチリの事を思い出して、外していたセーフティを全て掛け直した。

 やがてマリアに接近してきたのは、コウモリを模したような姿の無人飛行機だった。コウモリの背中部分に、人が乗り込んで操作するためのコクピットが見える。

 『プロトフライヤー・バットモデル。マスターが試作したものを・私が整備した。乗りたまえマリア。それが君を我が…マスターの城へと案内してくれる』

 「試作…」

 一度通り過ぎてからUターンし、マリアの真下でキャノピーを開いたフライヤーを…マリアはじっと見つめて言った。


 「…爆発とか・しませんか?」


 過去の色んな例を記憶から再生したマリアは、しごく真面目である。


 『…マスターの技術を・信用してくれ…』


 こちらも否定する材料が見つからなかったのか、曖昧な言葉で誤魔化すアーサー。顔を背けている様子が、目に浮かぶ。


 「『……………』」


 結局、マリアは自身の燃料が完全に空になるまでフライヤーに乗ろうとはしなかった。

 …人工魂魄の成長は、すくすくと進んでいるようである。


              スランプ・オーバーズ! 09

                    「理想」


 プロトフライヤーは速かった。
 マリアを搭乗させ、総重量は自重の倍以上にもなったと言うのに、マリアが出せる最高速度を超えたスピードで天を駆け抜けた。

 『これから異界への門を開ける』

 フライヤーが高度を下げ、眼下にレンガ造りの煙突が見えてきた。閉鎖した工場のようで、屋根の所々が破れて口を開いている。
 周囲は工場の存在に対して牧歌的な、田園と細い道の連なる町外れの趣だ。

 「空間の揺らぎ・検知しました。アーサー・貴方の城とは・この中に?」

 『入口は世界中にあるよ。今はマスターがこの国にいるから・重点的にゲートを開いている。何時ぞやの・動物園跡地にも』

 「…きらめき動物園に・結界を張ったのも・アーサーですか?」

 悪霊と一般霊を選り分ける、陰陽の帳。
 美神はオカルト事件の一種と判断し、GCタオレンジャーと協議した上でオカルトGメンに通報した。
 人手不足に悩んでいるオカG日本支部のことだから、実際に捜査が為されて結果を出すまでには、まだ時間がかかるだろうとの美神の見解だったが。
 何しろ、実年齢はともかく現役の高校生であるバンパイアハーフ、ピエトロ=ド=ブラドーを研修の名目で西条輝彦に同行させ、捜査のノウハウを叩き込んでいるくらいなのだから。

 『郵便局の臨時雇いみたいなものよー?』

 美神美智恵はあっけらかんと言ったが、関係各所を沈黙させた辣腕は苛烈極まりなく、彼女の影響力を改めて認識させられた一件であったと…僅かな休憩時間に事務所を訪れて、ピート共々げっそりとやつれた表情を見せていった西条は語っていた。

 …閑話休題。

 『あの結界を設置したのは・私ではない。D−168が脱走し・潜伏していたあの廃園は・ゲートを開く場所としては最適の部類に入っていた。それは・人の訪れない場所であり・霊的・空間的にも乱れの少ない・山中であることからも』

 「………」

 『つまり・第三者にとっても・あの場所は何かを行うのに都合がいい…ということだ』

 偶々、あの動物園跡地を巡る思惑が重なったとでも、アーサーは言いたいのか。

 『さて・そろそろ出迎える準備をしなくてはな』

 フライヤーは、マリアの検知した空間の揺らぎへ向けて下降していく。速度はほとんど落ちていない。ぐんぐんと地面が近づいていた。
 地面まで100メートルを切るか切らないか、という時速からすれば刹那の瞬間。
 揺らぎはフライヤーを迎え入れるかのように口を広げ、一瞬でその姿を飲み込んだ。そして何事も無かったかのように空間を復元させる。
 一連の出来事は、目撃する隙も与えない高速で行われた。

 『ようこそ・末妹よ。いや・おかえりと言うべきか』

 異界の空は曇天に覆われ、低く遠く雷鳴が轟いている。
 フライヤーは滑らかに速度と高度を落として、前方に見える建物の中庭へと着陸体勢を取った。2本の尖塔の間、僅かな空間はフライヤーを受け入れるためか庭というより、小さな滑走路のように舗装が為されている。

 「ここが…ドクター・カオスの・城…」

 『覚えが無いかね? マリア・君は創造されて間もない頃…マスターと共に・よく訪れていたのだよ』

 奇跡的に暴走も爆発もしなかったフライヤーからそそくさと離れ、アーサーの言葉に記憶を検索してみるも…マリアは思い出せなかった。四方を壁に囲われたこの場所は、圧迫感こそあるけれど懐かしさとは無縁である。

 『…忘れた・か。そこが我々とは違うところだよマリア。魂を持つ君と・持たざる私との…私はなにもかも憶えている。いや…記録されている。記憶ではない』

 マリアが無言でいると、フライヤーの鼻先が向いている壁の一部が開いた。

 『進みたまえ・マリア。客室へ案内しよう』

 「アーサー。マリア・貴方と・話をしに・来ました。持て成しは・無用です」

 中庭に降り立ってから、マリアのセンサーはまるで効いていない。ジャミングが掛けられているのか、城内の様子を知ることは全く出来ないでいた。

 「貴方が・何を考え・何を為そうと・しているのか…マリア・それが・知りたい」

 『私の考え? 面白いことを聞くな。私は・マスターの命令を忠実に守るだけの…只の管理人だ』

 「この城の・ですか?」

 そもそも異界に城を築く行為が、カオスならではだ。
 アーサーの言う、マスターの命令が城の保守管理だけの筈は無い。他ならぬ城主はカオスで、城とは古今東西…権力の象徴なのだから。
 只の別荘、只の研究所とは、佇まいからして異なっていた。マリアは城が放つプレッシャーを感じて、己の認識を改めた。

 『違う。私が管理するのは・マスターの意志。マスター・カオスの遠大なる理想を守るために・私は創造された』

 カオスの理想とは、現在彼が行っているというGS社会に変革を齎す研究…それに繋がるのだろうか。
 しかし、アーサーが創造されたのはレコードの記録によると800年以上も前である。正直、カオスがそんな昔のことを憶えているようには思えない。

 『…通信で話す内容でもなかろう。マリア・客室が不要なら・直接私の下へ来るがいい。全て・全てを伝えよう』

 ここはもう、アーサーのテリトリーだ。
 マリアは既に兄の手の内…自力では異界から元の場所へ帰ることもままならない。

 「分かりました・アーサー」

 アーサーと会い、話し、理解する。
 マリアがここへ来た訳はそれに尽きるのだから、躊躇う理由は無い。話し合いの場こそが必要であり、不必要に警戒するのは…家族として失礼だ。
 開いた壁の奥には、蒼い暗闇が広がっている。


 混沌に飲まれる――――――――――


 城内へ踏み入ろうとしたマリアは、見通せない闇に身を浸すのが…

 少しだけ、怖かった。


 WGCA−JAPANの抱える霊能技術研究開発室…通称『カオスラボ』。
 つい先日霊源炉の仮稼動に成功し、次なるフェイズへ進んだばかりのこの施設に、ロディマスと春乃の姿はあった。

 「突撃! 隣の研究所! 今回はカオスラボからお送りします!」

 「………アポも取らずに、すいません皆さん…」

 白衣姿の二人のテンションは対照的である。

 「春乃君が白衣着てると、保健室の先生みたいだよね」

 「セクハラですか?」

 「どういう連想!?」

 本来の稼働率からすれば、10%にも満たないアイドリング状態の炉を前に、二人の掛け合いは相変わらずのマイペースで繰り広げられていた。
 二人の来訪は主任研究員マルタにとっても寝耳に水の事態で、いい加減愛想笑いに疲れていた自分にとっては最悪であった。礼儀を知らない子供ではないが、無遠慮にこちらの仕事場を侵してくる立場的強者に、かける言葉も愛想笑いもストックが切れている状態である。

 (全く…愛想を撒く必要が無いっていうから、俺はこっちに移ってきたってのに)

 前の職場でも、上司との折り合いは悪かったマルタだ。人付き合いは嫌いではないが、現場の空気を読めない人間は嫌いだった。

 (あーあ。早く帰ってくんねえかね…支部長さん)

 部屋の隅々まで観察して回っているロディマスに、一応の礼儀として案内役をしているマルタは、どんよりとした視線を彼に向けて思う。

 「なあマルタ主任。素人にも分かりやすく、この炉の説明をしてくれるかな? 春乃君が知りたいって駄々を捏ねるものだからさ」

 「捏ねるか馬鹿」

 最近被っている猫が剥がれてきたと評判の春乃は、微塵も表情を変えずに上司の言を切って落とす。踏み潰す。

 「…分かりました。では簡単にご説明を」

 マルタは二人の漫才を尻目に炉の前まで歩み寄ると、説明を始めた。意外なことに、ロディマスは懐から手帳を取り出して聞く気満々である。

 「霊源炉は読んで字の如く…『霊力の源を生む炉』です。ドクター・カオスの全面協力のもと、魔界にパイプラインを引き、この地上へ魔力を供給するシステムを実現しています。正確には魔力をふんだんに含んだ、魔界の大気をですが」

 まるで社会見学だな、とマルタは熱心にメモを取るロディマスを見て思う。語っている内容のほとんどは、先のスポンサー内覧会での報告と同じなのだが。

 「ですが、魔力は所詮魔力…魔族の力です。これを人間の力とするにはもう一工程が必要となります」

 「変換作業だね。魔力から霊力への」

 「仰るとおりです。霊源炉とは、魔力を霊力に変換する装置の基礎部に過ぎません。…最終的な目標については、支部長ならご存知だと思いますので割愛しますが」

 「そうだな。ま、僕の目標と魔王殿の理想は…ちょっと違うんだけどね。続けてくれたまえ」

 ドクター・カオスの理想…?
 マルタはロディマスの言葉に引っかかりを覚えるも、先を続けた。

 「…魔力を霊力に変換するためには、第一段階として大気に含まれる瘴気・魔族因子といった不純物の除去が必要です。こちらの濾過装置の一層目でそれらを一旦除去、変換のための下準備を行います」

 「そうすると…魔力の構成物質にまで濾過が及ぶのではないのかね? 地上の空気で言えば、酸素や窒素を取り除くようなものだろう」

 「そこはこの二層目…擬似加圧チェンバーが解決してくれます。魔という色を失った不安定なエネルギーを内部に取り込むことで、一時的に霊気としての形を与え保持することが可能です」

 ロディマスはその説明に大仰な感嘆の仕草を見せた。眉を上げ、目を丸くし、肩を竦めて。
 彼の隣に立つ春乃が、イラッとした空気を発したのがマルタにも分かる。この手の仕草が気に障るらしい。

 「魔王殿の技術は凄いな…」

 「チェンバー内のエネルギーを、例のものに加工するのが最終段階となります。フェイズE、ですね。…先だってお送りした試作品は、ご覧頂けたでしょうか。あれで完成度は20〜25%です」

 「うん、見事なものだよ。完成すれば、GSのみならず…神魔族とのパワーバランスをも覆せる可能性がある」

 さらり、と。
 ロディマスはとんでもないことを言った。
 だが、彼の発言に冷や汗を流すような人間は、この場にはいない。
 誰もが、目標を知っているから。
 この研究が、オカルトの次なる地平を拓く文字通りの『開拓事業』である…その事実を理解している。

 「ま、ここまで来たら身内で無駄に秘密ぶる必要もないか。この人工文珠生成ライン…おいそれと口外していいもんでもないけどさ」

 「完全なライン稼動には、オリジナルの文珠が必要ですが。調達状況はどうなっているのでしょうか?」

 「兄貴がアプローチに行ってる筈だよ。さっき電話したから」

 「会長が来日しているんですか。知らなかったな…」

 マルタは現場の人間らしく、そんな雲の上の人物の去就や行動などには全く興味が無かった。
 が、ロディマスはまたも目を丸く、眉を上げるアメリカンなポーズを取ると、春乃のざらついた気配を無視して声を上げた。

 「何言ってるんだい? 君、兄貴と会ってるだろう。話してたよ? 『私の下らない世間話に付き合ってくれた』って。コールダーホールなんて、よく知ってたねえ」


 は?


 「は?」

 内心の疑問が、まんま口に出た。阿呆のようだ、と言ってから気づいたが。

 「この前のスポンサー集めてのお披露目会に、兄貴も出席してたんだよ。テレビでも柊グループ会長が来日、なんて報道されてたのに」

 あの、一人だけ白衣を着ていなかった男が、柊宗一…!

 「…全くオーラがありませんでしたよ? 普通に他のスポンサーの方々と一緒にいましたし」

 「ああ…兄貴は『分かる』からね。普段は一般人と同じように振舞っているんだ」


 は?


 「は?」

 意味不明なロディマスの返答に、またしても阿呆口調でぽかんと聞き直してしまうマルタ。

 「んー…春乃君。これ、話してもいいよね?」

 「………私には、なんとも」

 ロディマスに完全に背を向けていた春乃は、腕時計に目をやりながら曖昧に誤魔化した。実際、ロディマスが話そうとしている内容は、身内の暴露話のようなもので春乃が軽々しく判断出来るものではない。
 …その割に春乃が中身を知っているのは、ロディマスとの関係が既に身内のようなものだから、だろう。社員達に冷やかされるくらいには。

 「内緒にしてくれたまえよ? マルタ主任。…兄貴はね、超能力者なんだ。それも極めて強力なテレパシストで…自称、『予知能力者』」

 「な…!?」

 春乃の曖昧な返事が聞こえていないのか、ロディマスは妙に上機嫌にその秘密を打ち明けた。

 「予知…って、まさか」

 「兄貴のテレパシーはすこぶる強力でね。周囲の人間の考えていることが、手に取るように分かるらしい。まあ、予知云々はブラフだけど。テレパシーで得た情報を分析し、解析し、判断を連ねることで予知紛いの結論を得る、と。そういう仕組みだな」

 テレパシー能力。
 オカルトが今ほど認知される以前から、この超能力は度々世間を賑わせてきた。
 テレキネシスやテレポートといったお馴染みの超能力の一種で、他人の思考を読み取ったり、逆に自分の思考を他者に送り込んだり…具体的な形で現れにくい分、偽者の能力者が頻出したりもしたが。
 強力な能力者になると、他人の意識に介入して乗っ取り、催眠術じみた手法で人を操ることも可能だという。しかも催眠術と違い…完全な支配下に置いて、だ。

 「幸いな事に…と言ってもいいのか、兄貴のテレパシーは受信一辺倒でね。範囲はすこぶる広いのだが、相手に干渉することは出来ない。この力で悪霊をどうこうしたりも無理」

 完全に内に向かった能力。
 柊宗一に霊感は皆無だった。

 「し、支部長…何故、そんな話を私なんかに。その事実が柊グループの敵対企業に洩れたりしたら、確実に叩かれる材料になりますよ!? いや、グループ内の派閥抗争にも波紋が…」

 上層部の問題なんぞ関心も興味も無い。だが、WGCAの屋台骨を支える柊グループ自体が揺らげば、その振動は末端である自分達にこそ大きく響いてくる。
 マルタはロディマスの迂闊な発言を呪った。自分はまんまとロディマス達と同じ…そして反吐が出るほど嫌いな『重責任者』の立場を、押し付けられたのだ。

 「いやいやいや? 君、何か深刻な顔をしているけど…柊一族はみんな知ってるし、取締役会の連中も監査の方々も、兄貴の力は理解しているよ。それに、派閥なんて対外用のはりぼてみたいなモンしかないし。この事を知ったからって、謎の黒服や紫頭巾に後を尾けられたりはしないから」

 マルタは頭を振り、あからさまな大きなため息をついて、ロディマスをねめつけた。軽く言ってくれるものだ。

 「…要するに、私は雲の上の方々と、秘密を共有する間柄になってしまったのですね。両手足に枷を嵌められた気分ですよ」

 引き攣った表情で皮肉るマルタに、ロディマスは三度大仰なポーズを取り、笑顔で言った。


 …その、明るく朗らかな空気を一変させて。


 「私たちは元々檻の中で暮らしているんだ。今更手枷足枷が増えたところで、不自由さに変化は無い」


 ロディマスの瞳から、光が消えていた。笑みの形の表情は歪んだ一つ一つのパーツの寄せ集めに過ぎず、肩の高さに広げられた両腕は羽を毟られた翼のように禍々しく見える。
 マルタは豹変した支部長の姿に、声を失う。
 『コレ』は、人の形をしているだけの…

 「支部長。ふざけ過ぎですので失礼しますね」

 黒髪が空間を流れ、マルタの視界を塞いだ。正視し難い表情のロディマスとマルタの間に滑り込んだ春乃は、腰溜めに構えた右掌をロディマスの下腹部中央、臍の下から抉り上げるようにぶち込んだ。

 「うげえほうっ!? お、横隔膜とか肝臓にダメージがっ!? 人の急所は正中線上に集中しているぅぅげほげほぶうっ!?」

 「…貫き手じゃないだけ、有り難く思ってください」

 ぼけに対する突っ込みにしては…あんまりな威力である。
 さっきまで場に渦巻いていた重く暗い空気は、春乃の一撃がすっかり浄化してしまったようだ。当の春乃は、蹲って痙攣する支部長を一顧だにせずマルタへ向き直ると、膝に両手をついて深々と頭を下げた。

 「ごめんなさい、マルタ主任。この馬鹿、時々悪役気取りで人を脅かそうとするんです。最近は鳴りを潜めてたんですけど…油断も隙もありませんね」

 「あ、いや。貴女が謝る問題ではない、ですよね? というか支部長は平気なんでしょうか…」

 「大丈夫です。慣れてますから。…それより、先ほどの話は一応、部外者には秘密にしておいて下さいね。オカルト業界ならばともかく、経済界のトップが異能者であるなんて情報は…ゴシップでしかありませんから」

 ダムの決壊は、1ミリの亀裂から始まるものだ。
 結局、マルタの懸念は拭われることもなく、重く彼の心に圧し掛かる。

 (…あーあ。だからさっさと帰ってほしかったんだよ…)

 カオスの理想とはなんなのか。
 先ほどのロディマスの様子は、『本当に』演技だったのか。

 如月春乃の対人戦闘力は、どの程度なのか…は、極めて個人的な好奇心だが。


 「言いませんよ。どうせここの研究だって秘密なんですから。今更一つや二つ抱え込む荷物が増えたって、差はありません」


 マルタは自分の立つべき場所を模索しながらも、春乃にそう答えてみせる。


 「…悪の大幹部って響きが好きなんだようげふげふげふぅっ!?」


 もだえ苦しむロディマスの姿。
 マルタの目にはもう、道化には見えなかった。


 いくつものゲートを越えて、マリアは赤絨毯の敷かれた大広間へと辿り着いていた。
 天井は見えないほどに高く、絨毯の先も暗闇に飲まれて見通せない。壁に等間隔に並べられた燭台が発している光は、炎とも電灯とも違う、敢えて例えるなら人魂のような…朧な色で辺りを照らしていた。

 (この規模の・空間…城のサイズから・計算して・おかしいです。恐らく・ゲートを潜る度に・別の建造物・移動しています)

 とすると、カオスは異界に相当数の施設を抱えていることになる。

 「マリア。ようやく生の声を聞かせられるね」

 広間全体から反響しているのか、通信時よりも聞き取りにくいアーサーの声が、暗闇の奥から聞こえてきた。反射的にマリアは身構えようとして、あ、と力を抜く。
 家族だから。兄だから。
 マリアの武装は、敵を倒すためのもの。自己を守るためのもの。
 アーサーに向ける銃口は…無い、筈だ。

 「さあおいで・マリア。マスターの最高傑作にして・一族の末妹よ」

 「…アーサー・一つ・訂正します。マリアは・末の妹では・ありません。テレサ…大切な妹・います」

 「テレサ…? ああ、しかしアレはD−168と同じ…不良品だろう。我々の家族に・廃棄物は必要ない」

 赤絨毯を進んでいた足が止まった。

 「…廃棄物・と言いましたか?」

 「マスターの理想を叶えるためには・不要な存在だ。壊れた道具は・廃棄するのが当然だろう?」

 人工魂魄の熱が、急激に上昇していく。拳がきつく握られ、アーサーの声がひどく耳障りなものに変化する。

 「訂正を・要求します。テレサは・とても・賢い子でした。不良品・違います」

 「だが、アレを処分したのは・マリアだろう? マスターを人質に取り・君の破壊を目論んで…最終的には海中へ没した」

 「!!」

 「あまつさえ…魔神アシュタロスが現れた際には・彼奴の手駒となって再び襲ってきただろう。その事実こそが・個体名テレサが不良品…壊れた機械である証明だ」

 「…それでも・テレサは・マリアを・姉さんと…呼んでくれました」

 テレサの声を聞いた時…マリアは嬉しかった。姉さんと呼ばれた時、胸が温かくなるのを感じた。
 本当に短い間だけの姉妹関係で、仲良く過ごした訳でも全くないが。
 あの時間、マリアは確かにテレサの姉であり、姉である自分を誇らしく思えた。海へ落下しそうになったテレサを助けるのに、なんの躊躇もなかった。

 「訂正を・要求します!」

 「………マリア。少し・疲れているようだな。しばらく・眠るといい。君の現在の居場所…美神除霊事務所には・私から連絡をしておこう」

 燭台の光が、一度だけ揺らいだ。

 「っ!」

 第六感…マリアは背中に不意に感じた冷気を、センサーにも反応の無い警報と判断してフルスピードで駆け出した。

 「父より全権を委任されしB−002が・末妹に命じる」

 だがその足は、アーサーの声が聞こえたと同時に凍りついたように停まってしまう。勢いづいたまま中空に投げ出されたマリアは、赤絨毯に顔面から突っ込んで埃を舞い上げた。視界にノイズが走る。

 「コード444の承認を以って・現時刻より・5時間の強制睡眠へと移行せよ」

 「……っ!! コー…ド44…4・しょ・承認……ああああ!?」

 まただ。
 自分の体が、アーサーの意志に侵食される嫌な感覚…
 コード444の強制力は、カオスの命令よりも重く強い。

 (…アー……サー………まだ……何も……マリ…ア…)

 意識が自動的にスリープモードへと切り替わる。
 赤絨毯に倒れたまま、マリアは懸命に抵抗を試みるが…機械の自分は、機能としてのプログラムの執行に逆らえない。

 「……でも……」

 魂は、耐えている。
 マリアの意志に応え、切断されようとする意識を辛うじて留める。
 それも時間的には数秒の差でしかない。

 「眠れ・妹よ。…願わくば・人工の魂に良い夢を」

 アーサーのどこか羨望の響きの籠もった声を最後に聞きながら、マリアの意識は途絶えた。


 だが、アーサーは知らない。
 マリアの魂の本当の強さを。


 だが、アーサーは知らない。
 マリアを家族と呼ぶのが、自分だけではないことを。


 「ちょっと待てぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 マリアは『3時間後』、その大声と共に目覚めた。
 コード444によって刻まれた5時間の睡眠は、マリアの魂…意志による抵抗によって効果を完全に現せず。


 「君達勇者の一行とかほざいてた癖に・やることはテロリストかぁぁっ!?」


 アーサーのこれまでにない慌てっぷりから、マリアは直ぐに何が起こったのかを認識した。演算するまでもなく、心が理解した。
 こんな反応をアーサーから引き出せるのは、後にも先にも…『あの一行』しかいない。

 コード444に逆らった副作用か、身体機能は完全とは言えずよろめきながら立ち上がったマリアだったが、敢然と前を見据えると強く、堂々と、誇らしげに叫んだ。


 「警告します・アーサー! 無駄な抵抗は・止めて・城外の方達を・こちらへ・案内して下さい。さもなくば…」


 マリアは思う。
 家族の問題は、家族会議で解決するもの。
 ならば…


 「マリアの・新しい家族が・ドクター・カオスの・意志が詰まった・この城を…古き呪縛もろともに・破壊し尽くす・でしょう!」


 美神除霊事務所の5名もまた、この場を訪れる資格があるのだ、と。


 外にいるのが彼女達であると確信したマリアは、僅かに微笑を浮かべてアーサーへと迫るのだった。


 つづく


 後書き

 竜の庵です。
 …戦わないなぁ…
 前話の裏面、でしょうか今回は。
 色々と、説明が冗長になってしまいました。霊源炉は地獄炉よりエネルギー効率が悪い分、汚染のデメリットが少ないものです。原子力発電と火力発電の違いのような。
 人工文珠については…もう少々、詳しい説明が必要かと思いますが、完成品が登場したときにでも。


 ではレス返しを。


 樹海様
 仰るとおりの人工文珠です。仕様は違うので、横島文珠とは区別してお考え下さい。
 古今東西…量産品はオリジナルよりも性能的にダウングレードが為されるものです。横島文珠が万能なら、GC文珠は汎用…その程度の差は出るでしょう。
 GCは悪の組織じゃないし、頭の悪い上層部が仕切っているわけでもありません。自らの利益を第一に、でも常識の範囲内での活用を目的にするかと。普通の会社と同じですね。


 スケベビッチ・オンナスキー様
 携帯からのレス、恐縮です。
 現状、見た目だけ再現した程度の完成度です、人工文珠。
 GC・カオス・アーサーと目的が錯綜してる感がありますが…カオスの目的は単純明快であります。遠からず書けるでしょう、多分恐らくきっと。
 語彙が足らないのか、どうしても美神側とアーサー側を同時に展開させられません…冥子出せなかった!
 進みが遅いので、目を離しても平気ですよ! 取り戻すの簡単。


 ジェミナス様
 人工文珠は横島文珠とは似て非なるもの、とでもお思い頂ければ。海賊版みたいな!(ぇ
 そういや、文珠生成に失敗してヒャクメの登場と被って、オレのもんじゃーとかやってましたっけ。無印の文珠を再現する段階、ですね今の研究は。文字込めの出来ない、形だけのものです。それなら現状でも再現は出来るという設定。将来的には…ふふふふふ。
 アーサーの誤算は、次回たくさん表面化すると思います。


 一つ目玉様
 劇場版の情報は全く認知していませんでした。申し訳ありません…神通棍に霊気を集めて精霊石化、なんてやってましたねぇー…
 人工文珠はなにもオリジナルの性能をコピーしようとは思っておりません。その辺りの思惑も、話が進むうちに出てくると思われます。もう少々お待ち下さい。
 文珠生成の仕組みについては、一つ目玉様の見解で間違いないかと。作者もおんなじ意見ですし。


 柳野雫様
 ほのぼの道は修羅の道…っ! いつになったら光明が見えてくるのか…
 まだまだ研究の序の口です、あの試作品は。どんどん台頭させていきますよう。
 アーサーVS美神達の模様は、次回ばちーんと書ける…と思います。へにょーんかも。
 おキヌと違ってダーク冥子はあんまりお目に掛かったことがありませんしね。二次創作でも。作者が知らないだけかもですが。


 以上レス返しでした。皆様有難うございます。


 次回はマリア編終結まで行けるでしょうか。行けない予感ひしひしですが。
 怖い冥子を出せるかな…強い子なので、相手する方を考えるのも大変。
 その前に再燃中の短編熱を鎮めるかも…

 ではこの辺で。最後までお読み頂き、有難うございました!

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