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「スランプ・オーバーズ!08(GS+オリジナル)」

竜の庵 (2006-11-01 21:54)
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 ここ数日、ロディマス=柊は机上での作業に没頭していた。
 WGCA−JAPAN自体の業績は彼の働きとはあまり関係なく、緩やかに上昇曲線を描いているようなので文句をつける職員もいない。

 「支部長。ラボから炉の稼動実験結果が届いております。ご確認をお願いしたいのですが」

 支部長補佐兼秘書のような、なんとも名刺に載せ難い役職である如月春乃は、目薬片手に充血した目をPCの画面に注ぎ続ける支部長へ、事務的な声で接する。

 「ん…どうだったの?」

 「成功、だそうです。が、濾過装置のコアの精度が甘いので、フェイズEからFへの移行は未定だとマルタ主任は仰っていました」

 「コアか。そればっかりはなぁ…僕か兄貴が出向いてきちんと事情説明しないと分けてくれないよねぇ」

 目の間を指でつまみ、硬直した筋肉をほぐすロディマス。春乃の位置からでも、はっきりと色濃い隈が確認出来た。随分と入れ込んだ仕事のようだ。

 「一応、模擬コアで精製した試作品が同封されていますけれど…ご覧になられますか?」

 「見るよ見るよー…日本人風に、一つの結果ってヤツを見せてもらおう」

 春乃は皮肉っぽいロディマスの戯言を無視して、持っていた小ぶりな箱を机に置いた。宝石店でよく見かける、青いビロードの箱だ。

 「試作品としては、第2号となります。もっとも形になっただけで、これ以上どうこう出来るものでもありませんが」

 春乃の細い指が、蓋を開ける。
 と、そこで春乃は背後からの複数の視線に身を震わせた。


 「うわ…とうとう春乃さん、支部長にプロポーズだよ…」

 「えー? 女性からって、アリ?」

 「いやほら支部長はああいう人だから。それに春乃さん上位の夫婦生活は確定的に明らかだしな」

 「ようやく腐れ縁にピリオドってか。こっちだってさ、春乃さん狙いの野郎が動きづらくてしょうがなかったしな」

 「女性から指輪送るときも、給料の3か月分なの?」

 「アレは男の方の甲斐性を見せる意味だろ? 支部長がちゃんとした大人の男なら、ちょっと恥ずかしいかもなー」


 「……っ!?」

 漏れ聞こえてくる話の内容と、視線に含まれる『やれやれだぜ』、と言わんばかりの生温かさ。

 「な! ちょっと貴方達!? 勘違いも甚だしいわ!?」

 ハイヒールが床を貫くかのような勢いで春乃の体が回転し、社員達へ向けた顔は赤い。各々仕事をきっちりとこなしながらの雑談が、彼らの有能さを物語っている。
 怒りと羞恥…誤解であるとはいえ、傍目に見れば確かに求愛の一幕にも…いやいや。春乃はぶんぶんと首を振って叫ぶ。

 「聞こえてたでしょ今の事務的なやり取り!? 私が結婚して下さいとか、そろそろはっきりさせましょうとか言ったり挑んだりしてる風に見えた!?」


 「「「「「いや全然」」」」」


 「――――――――――――――っ!?」

 「冗談ですよ冗談。幾らなんでも職場でんな事しませんよね」

 「春乃さん顔真っ赤ですよ。自分の気持ち再確認って感じですか?」

 「マイペースでどーぞ。私らは祝福しますから」

 「潤ってますねぇ…ほんと羨ましい」

 さぁーーっと潮が引くように、春乃から視線を外して仕事に集中していく有能な部下達。
 取り残された春乃の火照った顔は、別の朱の色を上塗りして熱を帯びていた。握った拳がメキメキと異音を立てているのが、羅刹の時間を予想させる。

 「お前ら……全員、空飛ばしてやるよ。滞空時間は何秒がいいコラァッ!!」

 ハイヒールを脱ぎ捨て、タイトスカートが捲れ上がるのも無視して、春乃は大きく足を開いて床に足型を刻みつけた。中国拳法にある震脚が、威力を見せたらしい。


 「あー…やっぱりまだ濁ってるねぇコレ。無理に霊力を固めても駄目ってことか」

 PCへの映り込みが鬱陶しくて閉じていた窓のブラインドを開け、ロディマスはケースから取り出したビー玉のようなものを、太陽光に透かしていた。

 「ふーむ。ドクターの理論で行くと、最初の一つはやっぱり本物じゃないと駄目だよなぁ…いっそのこと、彼の所属事務所ごとGCにスカウトするのはどうだろう?」

 ねえ春乃君、と続けたロディマスの台詞は、水風船が割れるような破裂音と生木を折るような打撲音のハーモニーに、華麗に飲み込まれて虚空に消えた。

 「春乃君、程々にねー。でも久しぶりに昔の君を見られておじさんちょっと嬉しいなー」

 平和だった所内で繰り広げられる血煙の宴を、ロディマスは細めた目で見やるばかりであった。


 「っと、そうだ。兄貴、ラボの見学に来てたじゃないか。電話してみよっと」


             スランプ・オーバーズ! 08

                   「追跡」


 「クビラちゃん!」

 冥子の鋭い呼び声に応え、子の式神クビラが彼女の影から飛び出す。
 美神達は大急ぎでそれぞれの用意を済ませ、4WDに乗車していた。今回はスピード勝負なので、運転席には美神が座っている。助手席には横島が学生服のままで座り、おキヌはいつもの巫女服に着替え、後部座席の両脇にショウチリを抱えていた。
 冥子だけは車外で、式神の制御に集中。
 ちなみに十二神将は現在、全て冥子の制御下にある。苦渋の決断ではあったが、『今の冥子』の沈着冷静な様子や漂ってくる霊圧の安定度から…美神は使えると判断していた。
 問題の先送りは正直気持ちのいいものではないが…使えるもんは使え、という美神家の家訓に則って全ての式神の開封を許可した。爆弾を抱えている事実に変わりはないのだから。

 「どう? 冥子」

 「………うん、見つけた。先導するわ! シンダラちゃん!」

 エイのような酉の式神シンダラが、軽く地面を蹴って跳んだ冥子を背に乗せて一気に空へ舞い上がった。

 「マリア姉様…」

 おキヌの袂にぎゅっとしがみ付いて、チリはその名ばかりを呟いている。おキヌがシートベルトを装着させたのにも、気づかない。

 「飛ばすわよ!」

 空中の冥子を見失わないよう、美神はアクセルを深く蹴り込んだ。

 「美神さん…マリアに追いついたとして、その後の事は何か考えてあるんすか?」

 シートベルトの弛みを無意識に調整しつつ、横島は不安げな顔を美神に見せて聞いた。
 マリアがもしも自らの意志で事務所を出たのなら、美神達に最終的な判断の権利は無い。あくまでマリアは自由意志でもって、美神除霊事務所にいるのだから。
 逆に、マリアの意志が阻害され、拉致・洗脳の類を受けていたなら…それはそれで問題だ。マリアに用いられている技術は、ソフト・ハード両面において生半可なものではない。彼女をどうにか出来るのは、カオスに匹敵する才の持ち主だけなのだろうから。

 「んなもん、行ってから考えるわよ。相手は多分、遊園地でマリアに…私達へ銃を向けさせた奴なんだから。マリアの意志なんてお構いなくね」

 十中八九、これは罠だと美神は思っている。おキヌが受けたというマリアからの電話にしても、本人である証拠は何も無い。マリアの兄と名乗る馬鹿が、マリアを仲間に引きこむべく画策している可能性は高い。

 「要するに、私らは邪魔なのよ。そのマリアの兄って野郎にとってはね」

 「くっ! どこの世界も兄貴って奴にろくなのはいねえな!」

 「誰を見て言っておる!? オレは理想的な兄じゃぞ!!」

 「そういや西条の野郎も美神さんの兄貴気取りだったよな…けっ…」

 「振っておいて無視するでないっ!?」

 「ショウ様…横島さんも。チリちゃんが怯えますから」

 車は冥子を追って高速道路に入っていた。
 シンダラの姿はかなり先行しており、美神達が来るのを待っているようにも見える。ここまでも下で赤信号に捕まったり、渋滞に巻き込まれたりする度に上空で停止を余儀なくしていたため、タイムロスによる霊気の拡散が懸念された。

 「マリアのジェット燃料の補給…確かしてないわよね? 随分遠くまで行ってるけど」

 「途中で合流したんじゃないすか? ほら、カオスキンダー? アレみたいな迎えが来て」

 Chaos kinder…混沌の子供達は、マリアと同じくカオス謹製のアンドロイドもしくはロボット群だと考えられる。つまり、カオス全盛時前後の技術が注ぎ込まれた厄介なものだ。バロンの高性能を鑑みるに、侮って相手出来る存在ではない。
 遊園地で争ったイレギュラーにしても、武装や装甲の劣化がなければ…スペック的にはもっと手強くてもいい相手だった。

 「…カオスフライヤーだってあったものね、あの時代。空を飛べるのが他にいてもおかしくない、か…」

 カオスの才気、技術は数世代以上も先を行っている。ボケ老人風味の今でさえ、余人には術式の輪郭すら見えない原始風水盤の解析までもこなすのだから。

 「…マリア姉様にとって、その兄、と呼ばれる方は家族です…もしも自分に害するようなことがあっても、抵抗しないでしょう…」

 チリは、自分がマリアを姉と言った時の、彼女の微笑が忘れられない。

 「チリちゃん…」

 「もしかしたら、私が余計な事を言ったために、マリア姉様を危険に晒してしまったのかも…武器で脅されても、無抵抗で…家族、だから……」

 家族の絆を相手が逆手に取り、束縛の鎖とする。マリアの兄が、美神や横島の想像する通りの下衆だとしたら十分にありえた。
 おキヌは、またぽろぽろと涙を零し始めたチリを抱き寄せ、無言で頭を撫で続けた。

 「チリを泣かせた罪、万死に値するぞ! こりゃ令子、もっと速度を上げんか! マリアの兄とやら、オレが折檻してくれる!!」

 座席に立ってぐわわっと怒りを表現するショウ。今日の妹は泣きっぱなしで、自分はまだ何も出来ていない。せめて、全ての元凶らしいまだ見ぬ馬鹿兄をやっつける事で、妹の悲しみを払拭したかった。

 「座ってなさいショウ!! 転がるわよっ!!」

 バックミラーに映るショウの姿が鬱陶しいので、美神は一喝してからアクセルを床まで踏み込んだ。次々と前方の車両を追い抜いて、冥子へと近づいていく。

 「! 冥子ちゃん、高度を下げましたよ!」

 「OK、次の出口で降りるわよ!」

 中央車線から一気に高速降り口へと車を寄せ、タイヤを滑らせながら料金所まで駆け下りた。

 「あとで領収書取りに来るから!!」

 窓口からぽかんと顔を出した係員に万札1枚を渡し、お釣りを受け取るのもそこそこに急発進する。唖然とする係員を尻目に、車は高速と変わらぬスピードで一般道を突き進んでいった。

 「冥子はどこ!? 横島君見える!?」

 「令子ちゃん!」

 「んどわああああっ!?」

 横島が悲鳴を上げたのは、突然冥子が自分の膝の上に出現したからだった。

 「冥子?! これってメキラの瞬間移動!?」

 横島に横抱きされる格好で、冥子は頷いた。

 「や……やーらかい!? あったかい!? 降って湧いたこの桃源郷、逃してなるかっつうか既に極楽な感触が俺の体前面いっぱいを押し包んでいるぅぅっ!?」

 「マリアちゃんの霊気、この先の廃工場で途絶えてたわ! 真っ直ぐ進んで!」

 手をわきわきさせるも、決定的な接触に二の足を踏む横島を完全無視して、冥子は前方に見える交差点の向こうを指差した。

 (メキラのって…!? こっちが何キロ出してると思ってんの!? 移動する物体へのピンポイントでのワープなんて…下手したらシートやフロントガラスと融合するところよ!?)

 しかも、美神の霊圧感知範囲の外から飛び込んできた。100メートルじゃきかない距離からのワープ…これも、『今の冥子』だから出来る芸当だろうか。
 美神は改めて冥子の異変に背筋をぞっと震わせた。

 「そこで間違いないのね?」

 「ええ。クビラちゃんの霊視で、そこに空間の揺らぎを感知したわ。多分…異界への入口があるのね」

 「異界…! ますますカオスらしくなってきたじゃない。飛ばすわよ!」

 「おおおおおおおお…俺は……俺はこの手をどこに置けば…っ!」

 とっくに冥子は後部座席へ移動したというのに、横島の両手は人一人分の空間を隔てた中空を彷徨っていた。…わきわきし過ぎ。

 「ここここ……この辺か!? 俺は…栄光の手でまた一つ未来を掴ぐわはぁっ!?」

 「留置所の鉄格子でも掴んでなさい!!」


 目線は前を見据えたまま、美神の拳が真横から横島の顎を打ち抜く。
 廃工場のものらしい、レンガ造りの煙突が遠くに見えてきていた。


 美神達の車が飛び出して30分もしない頃、事務所に一人の男性が訪れていた。
 小さな国産車から降りてきたその男は、きっちりとしたダブルのスーツ姿で、背格好から察するに、50代前半だと思われた。
 白色が疎らに混じった髪の毛を撫でつけ、彼はゆっくりと玄関へと進んでいく。
 ドア脇の呼び鈴を押しても、当然だが返事が無い。

 「…ふむ。やはりアポ無しでは無理だったか」

 『仕事のご依頼にいらっしゃったお客様でしょうか? 申し訳ございません。只今、所長以下全員、所用で出払っております』

 「っと? ああ…渋鯖氏だったかね? この建物に憑いているという」

 『はい、留守を預かっております。ご連絡先をお教え頂ければ、美神が戻り次第折り返し連絡致しますが』

 唐突に聞こえてきた人工幽霊一号の声に眉を上げたのも一瞬だった。それ以上に驚くことも取り乱すこともなく、男は懐から名刺を一枚取り出して裏側に一筆書付を残し、ポストへ落とした。

 「私は柊と言う。渋鯖さんとやら、美神氏には今の名刺の裏の電話番号に連絡がほしいとお伝え願いたい。プライベートな番号なんだが」

 『柊様ですね。承りました…柊様? もしや、柊財閥の関係者の方でしょうか』

 「ん? ああそうだよ。WGCAの筆頭出資者、とでも言えば馴染みが出るかな。本来ならきちんとアポを取って伺いたかったところだが、弟に『来日のついでに』と急に頼まれたものでね…」

 『! まさか、柊宗一様…? 柊グループの最高経営責任者である…』

 人工幽霊一号の知識の源は、ネットも含めた各種情報媒体である。テレビやラジオ、美神が数種類取っている新聞にも目を通していた。
 柊財閥といえば、海外での知名度は六道の上を行き、規模でも六道財閥と同等かそれ以上の威容を誇る、巨大複合企業体の主幹である。

 「ほう? 私達は君らの分野では新参者なんだが…なかなかどうして、知られているようだな」

 『WGCAを脅威視している日本GS協会の間では、貴方は特に有名なようです』

 柊は人工幽霊一号の言葉に笑みを深めると、玄関ドアをこん、と手の甲で叩いた。

 「商売敵になるのかな? 君達と私達は。如何せん、オカルト部門の責任者は弟に一任しているものでね…具体的な数値の差で上がってこない限りは、GCがGSの対抗馬となり得るのか判断は出来ないよ」

 『海外での評価はかなり高いと聞き及んでいます。そう謙遜されるものでもないかと』

 「はっはっは! 渋鯖さんは世辞にも通じているのか。君と話せただけでも、今日は収穫になったよ」

 『お引き留めして申し訳ありませんでした、柊様。先ほどの件は美神に確実に伝えておきますので』

 「ああ、お願いするよ。では…お邪魔した」

 柊グループの総帥であり、彼の言葉は世界経済の2割近くに影響を及ぼすとまで言われた、超大物の背中は…人工幽霊一号の目から見ても大きい。
 その責任と、権力の大きさには余りに不釣合いな小さな車に乗り込んだ柊は、運転席で軽く事務所へ頭を下げてから発進していった。

 (…運転手も付けず、護衛の姿も見えない…底知れない魅力のあるお方でしたね)

 彼が来訪していたと知ったら、美神はどんな反応をするだろう。
 いや、美神がというよりは…美神と接触を持とうとしたことを知った、GS協会や六道家がどう動くか…WGCAとは表立った縄張り争いや利権の奪い合いは起きていないが、その力関係に一石を投じる出来事である事は、疑いようもない。
 もしも美神がGC側に移るなんて事態になったら、追従するGSの数も増えるだろうし、看板GSの移籍による社会への影響、信用に対する対価の磨耗は避けられない筈だ。

 (…マスコミ関係者で道路が埋まるなんて事態は、避けて頂きたいものです…)

 賑やかなのは歓迎だが、騒がしいのは勘弁してほしい。
 人工幽霊一号は、ありもしない胃の痛みがするようで、少し憂鬱になるのだった。


 廃工場の門は開いていた。
 工場は稼動していないようだが、奥に見えるかまぼこ型の倉庫群は現役で使われているようで、業者のものと思しきトラックが数台停まっているのが見える。
 美神は堂々と車を工場の入口に横付けすると、エンジンを切った。

 「異界への繋がりがあったのは、あそこの中よ」

 外から見えていたレンガの煙突は、工場の一番奥、巨大な焼却炉のような窯から伸びていた。
 冥子が指差したのは、入口から少し離れたトタンの外壁が剥がれ、鉄骨が剥き出しになっている部分だ。横島が恐る恐る中を覗くと、近所の子供でも入り込んでいるのか、空き缶や花火の残骸、スナック菓子の袋が散乱している。

 「別に怪しい気配とかはしないっすね」

 「クビラちゃん。もう一度照らしてくれる?」

 呼びかけに応じて現れたクビラが、横島のいる辺りをサーチライトのように照らし出した。

 「これで見えるでしょう? このうっすらと残ってる青白い線が、マリアちゃんの霊気痕。で、ここで途切れておかしな風に捻れてる。これは、典型的な空間異常の例ね」

 「さっさと後を追うぞ令子! この向こうにマリアとマリア兄(仮称)はおるのじゃろうが!」

 「分かってるわよ。って言ったって…この手の門は、資格者か資格者が認めた者しか通さないんだろうし…無理矢理開けたら先方にバレる仕組みになってるでしょうね」

 「文珠『開』ではどうでしょ?」

 「まー…それしかないわね。あっと、待った。どうせなら『鍵』でいきましょう」

 美神の脳裏に過ぎる、タオレッドの言葉。
 文珠は異常だと彼は言った。言霊を用いる術士が断言するのだから、その信憑性は高い。美神は敢えて突っ込んだ解釈を要求はしなかったが、それは自分でも薄々気がついていたからだ。
 文珠は、横島の主観を越えて発動する。
 事象の意味を無視して、文珠の解釈を押し付ける。
 だからきっと…

 「んじゃ…『鍵』、っと」

 クビラの照らす空間の揺らぎへ、横島は文珠『鍵』を近づけた。
 すると文珠に反応、つまりは開錠されたのか、揺らぎが大きく開口して大人一人が潜れる程度にまで拡がり、固定された。

 「うお開いたっ!? 我ながらすげえな!」

 『開』だと、こじ開ける結果になるだろうが…『鍵』ならば、合鍵で合法的に開ける意味になる。無駄に警戒させる心配も無い。
 美神はやっぱり、と無邪気に喜ぶ横島を見る。
 文珠はまるで、小さなコスモプロセッサなのだ。本人は気づいていないし、そんな事を教えても嫌な事件を…未だ癒えていない傷を抉るだけだ。

 「行きましょう美神様! マリア姉様が待ってます!」

 おキヌの手を引っ張り、チリは横島の後に続いて門を潜っていった。慌ててショウも飛び込み、こちらの様子を見ていた冥子も美神ににっこりと微笑みかけてから潜った。
 微笑みの意味が掴めなかった美神が最後に門を潜ったところで、自動的に門は閉じた。…何者かの意志で閉ざされた、と見るのが妥当か。

 「うは……魔鈴さんの時とはまた一味違う世界やな…」

 荒涼と朽ち果てた世界で、怪しげな鳥が鳴き怪しげな花が咲いていた、魔鈴の自宅。
 今回は、空や遠くに見える風景こそ似ていたがその時以上に異世界感が強い。
 ねじくれて歪み、枝同士が絡み合って生えている樹木。ぼこぼこと異音と紫色のガスを噴出する毒々しい色の沼。

 「あれが…目的地でしょうね。大層なもん、辺鄙なとこに建てちゃってまぁ…」

 うんざりしたように呟く美神の目には、2本の尖塔を備えた城が見えている。青い屋根と元は白亜だったであろう、くすんだクリーム色の外壁。城の周りにはお堀のように沼が囲んでいる。

 「…竜〇の城みたい…」

 「ドラ〇エっすか…」

 美神に突っ込めるのは、横島だけだったが。
 周囲にそれ以外の建物は無い。いや、人の手による建造物こそが、この世界では異質なのだろう。それだけ城は浮いて見えた。

 「あそこ、跳ね橋が下りてるわ。虹の雫はいらないみたい」

 予想外に、冥子までそんな事を言う。…以前の冥子なら、各種TVゲームに手を出して遊んでいてもおかしくはないか。クリア出来るかは別問題として。

 「…さて、どうしますかね。真正面から乗り込んでもいいけど…ここは別働隊を作って有事に備えるほうが『らしい』かしらね」

 「美神様…私達は争いに来たのですか? マリア姉様のご家族を手にかけるような真似は…」

 「そうですよ美神さん。マリアの目の前で、お兄さんをスクラップにしちゃったら可哀想ですし…」

 「キヌ…意外にキツい事を言うのう…」

 「おキヌちゃん、時々顔出すんだよなぁ…暗黒面っつーか」

 「私だって怒ってるんですよ! 優しいマリアを操って私達に鉄砲を向けさせるなんて…美神さんが横島さんをぶつのとは、違うんですから!」

 「ぶん殴って矯正させるのは、私も最後の手段だと思ってるわよ。でも打つ手は多いに越したことないし、馬鹿正直に順路や展開に沿って移動する義理もないわ」

 敵の居城らしいものを目の前にして、一同の意見は纏まりを無くしてしまっていた。

 「最善なのは、マリアと真っ先に会って真意を聞き出すこと。あの娘の立場がはっきりしないと、城攻めも撤退もどうにも出来ないわ」

 「最善っすか…文珠でなんとかマリアと連絡出来ないっすかね?」

 「『通』『信』とか? マリアの状態がこう不明瞭じゃね…」

 「ナニを迷うておるか! 正々堂々真正面から門戸を叩き、マリアとの面会を所望すればよいではないか! こちらには文珠も神域も令子の鉄拳もあるんじゃ、怯えることなど何も無いっ!」

 ショウの意見は誠に男らしい、ど真ん中の作戦ではあった。しかし、確かに最初から罠を警戒し、それぞれの特技を生かせれば…今の面子で出来ないことはそうそうない。
 加えてこちらには冥子がいる。十二神将の特殊能力は、攻防の両面で非常に頼りになるものだ。

 「…何か俺達、RPGの勇者ご一行? LV99の…」

 「一人遊び人が混ざってるけどね」

 「だってよショウ」「だそうじゃぞ横島!」

 全く同じタイミングで、横島とショウが言葉を並べた。

 「「むぅ…!」」

 「はあ…もういいわ。ショウのお馬鹿な作戦で行きましょ…冥子、クビラで周辺の霊視お願いね。おキヌちゃんはショウチリと一緒にいつでも神域を発動できるよう、準備しといて。横島君は殿! 私は冥子と並んで先頭を行くわ」

 いがみ合うショウと横島の姿には些か食傷気味である美神。シロ&タマモを思い出させる光景で、精神年齢的にも近いだろうか。要するに子供の小競り合いだ。

 「いつまでもじゃれ合ってないできりきり歩く! それとも鞭で尻でもぶっ叩かれたい?」

 ちゃき、と天華を構えて睨む美神の目に本気の色を見て取り、二人の子供は悲鳴を押し殺してかくかくと頷いた。良く躾けられています。

 不気味な姿の木々を縫うようにして前に進んでいくと、城が意外と小さいことが分かる。

 「城ってより…教会? 十字架は立ってないけど」

 「ドクター・カオスが信仰心なんて持っていたら、それこそお笑いよね」

 そんな皮肉を言う冥子こそ、違和感たっぷりなのだが。美神は幾度も湧き上がってくる違和感の不快さに、足を速めて冥子の隣から前へ出た。
 建物の規模の割に、周囲をぐるり守る外壁は堅牢なものだった。明らかに何者かの侵攻を予期して造られている。

 「跳ね橋は…傷んでいないわね。補修の跡は見えないけど」

 木造の跳ね橋は沼から沸く瘴気のような煙に燻されてか、一部変色が見られるものの、腐食や破損は見受けられない。
 それでも慎重に、横島を先頭にして一行は橋を渡った。横島は栄光の手を伸ばせば落ちても平気だし、という保険の意味で。美神も天華で同じことが出来るが、そこはそれ。

 「罠も、見張りも、何にもないわ…クビラちゃんに尖塔の上まで見てもらったけれど」

 城の正面には、両開きの重厚な扉とそこに続く短い階段があるのみで、歩哨や番兵の類はいなかった。

 「…普通にノックした方がいいかしらね」

 ここまで接近してもリアクションが無い以上、突然奇策に走っても意味がない。城の側面に回り、壁に『爆』の文珠でも炸裂させて開口部を作る…そんなことまで考えていたのだが。


 「たーーのーーもーーーっ!!」


 美神が次手を思案している隙をついて、とたたっと走り出たショウが叫んだ。腰に手を当て、大声で。

 「どわああっ!! この馬鹿!!」

 横島が慌ててショウの口を塞ぐも、一足遅く。
 怪鳥の鳴き声もしない静かな異界に、ショウの声はエコーまでかかって響き渡った。

 「なんじゃなんじゃ!? 真正面から行くと決めたのではないのかっ!! 正々堂々とはこういう事じゃろうが!!」

 口を塞ぐ横島の手を振りほどき、憤懣やるかたないとばかりにショウは怒鳴りつける。ショウにしてみれば、この期に及んで策を練ろうという方が愚かなのだ。正々堂々を旗印に掲げた以上、美神の思いつきそうなあらゆる作戦は自動的に却下。
 畢竟、取れる策などど真ん中直球、正攻法しかない。

 「お前なぁ…」

 「! 扉が開きます…!」

 龍笛を口許に構えたおキヌが、硬い声を上げた。即座に横島は彼女の前へ出て霊波刀を展開させる。
 城の扉は、一行を招き入れるかのように内側へと開いていった。

 「…誰も出てこないわね…冥子、城の中の霊視出来る?」

 「さっきからやってるんだけど…駄目ね。異界門が多重に展開されてて、霊気の流れがぐちゃぐちゃなの」

 ちょっとしょげた感じで首筋に甘えるクビラを撫でながら、冥子は答えた。式神の霊視に頼らなくても、一見すればこの城を取り巻く霊気の異常には気づけると思うが。
 美神も当然、扉が開いた瞬間に噴出した澱んだ霊気の波動と、第六感に訴えかけてくる危険信号とで天華を握る手に力を込めていた。

 「…それっぽい雰囲気出して悦に浸ってんじゃないわよ…ちょっと! 出迎えも無し!?」

 勿体付けられるのは嫌いな美神が、棍状態の天華を扉に突きつけ居丈高に叫んだ。ショウが先走って叫びはしたが、結局の所こうして名乗りを上げ反応を待つのも次善の策としてはアリだった。

 「マリア、いるんでしょ!! 怒らないから出てきなさい!」

 「マリア姉様!!」

 「マリア! 美神さんが本気で怒らないうちに出て来いって! 今ならまだ間に合うから!」

 「こりゃああああーーーーーっ!! マリアを返さんか不埒者っ!!」

 三者三様、口々に呼びかけてみるが…マリアはおろか扉が開いた以上のリアクションは全く返ってこなかった。
 ぴしゃり、と鳴ったのは天華の鞭の一閃。美神の額では青筋が生き生きと脈打ち、ほんの少しだけ現れていた目の迷いが消えて、ドシンと据わる。

 「…そう。あくまでそっちの土俵で勝負って訳ね…ショウの言葉には反応しておいて、私のことは無視するなんて…いい度胸じゃない。マリアの兄だか知らないけどさ」

 「げ…! お、おいこら城の中のやつ!? 早くマリアを出すなり投降するなりしろって!」

 怒りのボルテージがゲージ3つ分は溜まりそうな雇い主の姿を見て、何かを察した横島が飛び出して叫んだ。必死に。
 だが、無情にも返答は無かった。…誰に対する情だったのか、横島は諦めたような平坦な笑みを浮かべてそそくさと下がっていく。

 「今のは最後通告よ。返事が無いってことは、宣戦布告ととって構わないわね? 今更こっちの声が届いてないなんて言わせないけど」

 金色の霊気が天華から吹き上がり、千鞭と化す。辺りを覆っていた異界の空気が、美神の怒気を孕んだ霊圧に駆逐され霧散していく。

 「…マリア。貴女の悩みをきちんと聞いてあげられなくて御免ね。この城の『解体』が済んだら、瓦礫の下から掘り出してあげるから。この程度の規模の崩落なら、きっと大丈夫よね貴女なら」

 「あー…喜べショウ。すげえ正々堂々だぞ?」

 「おおいっ!? 履き違えておるぞ!? 正々堂々の意味を『真正面からなら何やってもオッケー♪』と間違っておる!?」

 「確信犯ですね…」

 「マリア姉様が潰れちゃうーーっ!?」

 「令子ちゃーん。私も手伝うわね♪」

 ぽん、と胸の前で手を打った冥子の影から、異形の群れが飛び出す。
 カタストロフィの時間が待ちきれないのか、空へ嘶きや雷撃、火炎に毛針を飛ばすモノ…低空を亜音速で飛び回るモノ…大きな岩を両断するモノ…手近にあった太い樹を殴り倒すモノ…手近にいた付喪神(兄)の顔を嘗め回すモノ…手近にいた男(学生)を吸い込もうとするモノ等…様々に英気を養う。

 「皆元気一杯だから、短時間で終わりそうねぇ」

 心底愛おしげな様子で式神達のウォーミングアップを見る冥子と、冷ややかに見据える横島とおキヌ。12匹の競演は初めて見るチリは…マリアを案ずるのも忘れてぽかんとしている。

 「んじゃ始めましょうか…今からこの場は…私の八つ当たり空間と化すっ!!」


 『ちょっと待てぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!』


 満面のコワイ笑みで天華を振りかぶる令子。
 大人びた朗らかな笑みで十二神将に命を下す冥子。
 出番無しとばかりにショウチリを促して遠ざかる横島&おキヌ。

 その全員の耳に、かつてマリアに届いたのと同じ…でも遥かに焦り、遥かに悲痛な叫び声が轟き渡った。


 『君達勇者の一行とかほざいてた癖に・やることはテロリストかぁぁっ!?』


 アーサーの主張は、誰よりも人道的であったとか。


 つづく


 後書き

 竜の庵です。
 マリア編とか言っておきながらマリアが出ないのはどうだろう。
 アーサーは、もっとコテコテの悪役にしようと思ったのにこの有様です。誰か悪人の書き方を教えて下さい…


 ではレス返しです。

 木藤様
 いい意味で、美神は人を『使う』印象でしょうか。利用する、と言い換えると途端に悪人ぽくなりますが…
 さてどこで薬を切らすか…まだ考えてません。今の冥子が作者の脳内ではえらい強いので、ピンチな状況の作り方から悩んでおります。


 柳野雫様
 話し方一つでがらりと変わって見える典型ですね、冥子。語尾に『〜』が付かないだけなのに。
 ショウチリは家族に対する情がとても深い筈で、その辺、美神達にも含む部分があって…結果、マリアを助けるというか会いに行くのを最優先で動く、と。感情的になっていますね、今回。
 ネタは難しい…流行や鮮度を度外視して繰り出しております。
 3歩進んで2歩下がるようなお話ですが、お付き合い頂ければ。


 内海一弘様
 冥子が自身をどう思って、将来的にどうなりたかったのか。一つの答えのような、違うようなそんな『今の冥子』です。思わせぶりだ…!
 裏商売がクローズアップされがちな厄珍堂。表立った商売も、太いパイプ持ってると思うんですが…例のお薬が裏表どっちの商品かによりますね。
 あれ? バトルがメインの話になってないな今回! でも鬱憤を晴らす場には到達しましたから、全て終わった頃にはすっきりしているでしょう。
 カオス一家の顛末をどうするか、熟考を重ねて納得のいくラストへ持って行きたいですねー…愚考を重ねる可能性も否定できませんが。


 以上レス返しでした。皆様有難うございます。


 次回こそ戦ったりすると思います。(超弱気)
 マリア編の次はどうやっても冥子編だなぁ…で、犬神編と。ここで覚書をしておけば忘れないでしょう。

 ではこの辺で。最後までお読み頂き有難うございました!

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