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「スランプ・オーバーズ!07(GS+オリジナル)」

竜の庵 (2006-10-25 22:49)
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 六道冥子は恐怖に敏感だ。

 敏感だからこそ、過剰に反応してしまう。

 何かを恐れる感情は、動物にとっては必要不可欠な防衛能力。勝てない、と判断した相手を瞬時に見極め、逃走なり服従することで、心の安寧、命の灯火は守られる。

 冥子はしかし、アンバランスだった。

 恐怖を覚えた瞬間、凄まじい力が恐怖の元を根こそぎ壊滅させてしまう。幼い頃からその繰り返しだった結果、今の十二神将使役者・六道冥子の形が出来上がったようなものだ。

 怖いから。

 痛いから。

 寂しいから。

 容易に心の堤防は決壊し、その身に蓄えられている霊力の波濤が全てを飲み込んで瓦解させる。


 (令子ちゃんは〜…とっても綺麗。とっても強くて…かっこいいの〜)


 颯爽と舞い、凛として媚びず、常に自信と不敵な笑みに溢れた美神令子の姿。

 冥子にとっての美神とは、大事な友達で目指すべき目標で、超えるべきライバル。
 小笠原エミが美神に思うそれよりも、ずっと強くて切実な…


 (これがあれば〜…私も令子ちゃんみたいになれるのよ〜…!)


 何より、冥子は美神よりも年上だから。

 今までの立場は、本来なら逆であってもいいくらい。落ち着きさえすれば、冥子の力は美神の比では無かったのだ。


 (そうよ〜…私は〜…お姉さんなんだから、しっかりしなくちゃ駄目なのよ〜…皆を守ってあげられないと駄目〜)


 もう、手段は選んでいられない。自分が『頼りになる』存在だということを周囲にアピール出来なければ、冥子は胸を張って美神の友達だ、とは名乗れなくなる。
 GS免許は美神と冥子を繋ぐ機会を与えてくれた、大切なお守り。
 試験会場で彼女と出会わなければ、今の冥子は無いのだから。


 (…変わってみせるわ〜! 誰にも迷惑をかけない私に〜!)


 住み込みで研修中の冥子に与えられた、屋根裏部屋。
 ちゃり、と錠剤を一粒取り出す。
 その目に、迷いの色は無かった。
 この薬を飲んでしまえば、今の自分は消える。
 しかし、今の脆弱な己にどれほどの価値があるというのか。
 冥子の脳裏には、悲しげに佇むアフリカゾウの霊が。何も分からないまま結界に囚われ、何も分からないまま…除霊されてしまった、あの子。あの、瞳。


 「もう嫌なの…」


 意を決して、冥子は錠剤を口に含んだ。

 …が。


 「…お水が無いと飲み込めないわ〜……」


 しょっぱなから躓いた六道冥子・23歳の苦悩は続く。


               スランプ・オーバーズ! 07

                     「転身」


 きらめき動物園での顛末を簡潔に纏め、関連書類を添付して。
 パソコンから出力した雛形に文字と数字をぺちぺちと貼りこんで、公式書類の体裁を整え…

 「はい終わりっと。あーー肩凝ったぁぁーーーーーっ!」

 美神令子は所長室のデスクで、突っ張った肩を解すように腕を回していた。
 後はクライアントである某県観光課に渡すだけ、の報告書。経営実務はほぼワンマンのこの事務所。美神の事務処理能力は極めて高い。

 「横島君とおキヌちゃんが高校卒業して…正式に社員として雇えるようになったら、経理関係も任せられるんだけどね…」

 ただ、横島に関しては…遠からず独立の打診が来るだろうとは、予測している。もしも横島がそれを望むなら、美神に引き留める理由は…ない。
 勿論、心情的には色々とまぁ複雑で混沌とした、グダグダな想いがあるけれど。しかし美神のエゴで、横島の進路を妨害してはならない。
 実力は自分と伯仲、経験もこの事務所に籍を置いている以上、他所なんか目じゃない。度胸や気構えも問題なし。
 各方面への人脈も、美神がいればいくらでも繋げることが出来る。六道という強力無比なバックボーンをつけることだって可能だし。

 「…って! 何言ってんのよ私は!? あんな考え無しのセクハラ魔人、野に放ったらさくっと捕まってさくさくっと留置所行きになるに決まってるじゃないの! そーよそーよ!! しばらくはうちで性格矯正とか人格改造とかしてやんないとね! あ、あははははは!!」

 出来上がったばかりの報告書ファイルでばしばしと机を叩く。…真っ赤な顔で。

 「……最悪、連名って手もあるわね。美神&横島除霊事務所…あはは…ちょっと前なら、只の冗談だったのにね…」

 右肩上がりにも程がある急成長に、俄かに現実味を帯びるその想像。妄想だった時代が懐かしくすらある。
 はあ、と誰ともなしにため息をついてファイルを投げ出し、美神は机に突っ伏した。

 「……文珠、か」

 無論、横島の霊能力だが。美神は動物園からの去り際、タオレンジャーのリーダー、レッドから忠告めいた注意を受けていた。


 『美神さん。横島くんのあの文珠……アレは、希少性があるとか汎用性が高いとか…そんなレベルの能力では無い気がします。あの力は本当に、彼が『無』から『形』にした自分の霊能力なのですか? …気をつけて下さい。文珠は、異常です。人が使える力の限度を超えている…』


 「…はあ。問題ってどーして纏めて降ってくるのかしら…」

 曖昧すぎる横島の問題はともかくとして、さしあたって解決しなくてはならないのは…

 「マリア、か…」

 部屋のドアがノックされたのは、ぐるぐる考え過ぎた美神の頭から白煙が昇り出した、数秒後のことだった。

 「令子ちゃん? お茶を淹れてきたから一休みしない?」

 冥子の声に、美神は生返事。

 「うん〜〜…開いてるわよぉ〜…」

 「じゃ、失礼しまーす」

 片手にティーカップとポットを載せた盆を持ち、如才ない仕草でドアを開けてきた冥子は、中の様子を見て困ったような苦笑を浮かべた。

 「あらあら…令子ちゃん、使った資料はきちんと元の場所に戻さないと駄目よ」

 「あとでやるつもりだったのよう…」

 動物園から帰ったのが一昨日の深夜。マリアの一件もあって精神的に疲労していた美神は、そのまま倒れるように就寝し、昨日の午後まで熟睡した。
 それから昨日の分の仕事をこなして報告書作成に入り、諸々一式完成させたのが今さっき…引っ張り出した資料の整理なんて二の次三の次である、というのが美神の主張だった。

 「あら、これってこの間のお仕事の報告書? 依頼人の方にお渡しする分ね?」

 「そーよ…後で行ってくるけどさ、お役所って紙の書類好きよねー…ん、ありがと」

 冥子は優雅な手つきでポットからお茶を注ぎ、美神に差し出した。仄かに甘い芳しい香りに、美神も顔を起こして受け取る。

 「令子ちゃんは疲れているでしょう? 私が行ってくるわ。研修を受ける身だもの、それくらいはやらせてね」

 ファイルを美神除霊事務所のネームが入った大き目の封筒に入れ、冥子は微笑んだ。紅茶の美味しさと一作業終えた開放感に包まれていた美神は、別に断る理由もないか、と承諾。

 「気ぃつけてねー。今日も夕方から一件仕事あるから、それまでには戻ってきて」

 「ええ、分かりました。他におつかいはないかしら?」

 エプロンのポケットから手帳を取り出し、さらさらと今日の予定を書き込む冥子。その仕草を紅茶の湯気越しに見ながら、思考の纏まらない頭で消耗品の在庫などを思い出す。

 「…ん、特に無いわね。依頼人によろしく言っといて頂戴」

 「はぁーい。あ、お茶のお代わりが欲しかったらおキヌちゃんに言ってね。茶葉のブレンド比率は教えてあるから。じゃあ行ってきます」

 「行ってらっしゃーい」

 小さく一礼する冥子の姿を最後に、ぱたんとドアが閉じられた。


 「へー、美味しいと思ったら冥子の特製ブレンドなんだ…………………ん?」


 何だろう、今の時間。
 決定的な違和感があったような、なかったような。


 「今の…………冥子、よね? え?」

 自然すぎる不自然…冥子が部屋に来てからの一連の仕草を、思い返してみる。

 「………………………………………」

 声もなく立ち上がった美神は、氷山の接近に気づいた大型客船の乗組員のように、顔を真っ青にしてカラカラに乾ききった唇を震わせた。


 「……冥子を構成する大事な何かが…消えてた…? ドジっ娘属性とか間延びした喋りとか!? 今の洗練された動作は何!? ホントに冥子!? おばさまの変装…はないわね!? 何言ってんのか自分でも分かんないっ!?」


 轟、と霊気を伴った美神の叫びは部屋を席巻、部屋に散乱していたファイルの束を更に方々へと弾き飛ばした。

 …後に、おキヌに絞られたのは別の話。


 「な………何があったというの……? 教えて神様…?」


 茫然自失の体で立ち尽くす美神に、答えを返す物好きな神様はいなかった。


 ―――――――自己診断プログラム・ドライブ

 ―――――――基幹システム・異常無し

 ―――――――演算野の一部にデータの肥大箇所を確認

 ―――――――記憶中枢に名称不明フォルダの出現を確認

 ―――――――解析中

 ―――――――解析終了


 「マリア様〜?」


 ―――――――フォルダ・オープン


 「マリア様? あれ?」


 ――――――――未登録端末との交信記録及び第2期アカシックレコードとの接触ログあり


 「………えい」


 突如頭頂部を襲った軽い衝撃にマリアが目を開けると、チリの焦ったような笑顔が目の前にあった。後ろ手に隠したつもりらしい篳篥の笛先が見えているが。

 「……ミス・チリ。どうか・しましたか?」

 冥子の訪問によって被害を受けた事務所の応接室。
 人工幽霊一号の尽力もあって、ものの数日でいつもの姿を取り戻していた。
 マリアは事務所にいる際の指定席とも言える、コンセント前の椅子に座ってメンテナンスを行っていた。
 文珠『障』の効果は完全に消えているとはいえ、霊的アプローチによる機能停止が及ぼす影響は未知数だ。
 文珠のデタラメさ加減は、効果消失後のボディのどこにも、故障の痕跡が残っていないことからも窺える。自然、チェックは入念になるというものだ。

 「あの…もうお体の具合はよろしいのですか?」

 マリアの膝の上で、チリは今日何度目かの同じ質問を繰り返した。

 「ノー・プロブレムです・ミス・チリ。ご心配を・お掛けしました」

 マリアの返答もまた、同じもの。必要以上に感情を含まない、どこか拒絶した感のある抑えた声で。
 文珠効果で眠っていたマリアは、結局丸一日目覚めなかった。
 チリは死んだように眠るマリアを見て混乱し、文珠による影響だと知ると横島に食ってかかった。彼女にしては珍しく、声を荒げて。

 『他に方法はなかったのですか!?』

 そう怒鳴られた横島は、普段なら決して見せない沈痛な表情で、小さく『ごめんな』、とだけ謝ってチリに頭を下げた。
 錯乱するチリをショウが窘める、という極めて珍しい一幕を経てその場は収まり、沈殿した後味の悪い空気から目を背けるように、チリはマリアの側で一夜を明かした。

 「…ミス・チリ。マリア・ミス・美神に話・あります。大事な・内容です」

 「……私がいては、駄目なのですか?」

 一体動物園で何があったのか…おキヌに聞いても明確には教えてもらえず。何だか眉を顰めっ放しの美神に聞くのも憚られて…

 「……分からない・のです。ですから・まず・ミス・美神に…」

 「あらマリアちゃん。それじゃ駄目よー?」

 マリアの苦渋に溢れた台詞に答えたのは、チリではなかった。

 「六道様………………………ですよね?」

 付喪神であるチリは、気配や霊圧を読み取る能力に秀でている。普段から五感で感じるのと同じレベルで、霊視を行っていた。
 だから美神よりも数倍早く、その違和感を感じ取れる。『足りているのに、欠けている』…妙な彼女の存在感。

 「冥子でいいわよチリちゃん。それはそうと、マリアちゃん? 貴女が抱えている問題はね、イコールこの事務所の問題。更にイコール、家族の問題、ね。家族のトラブルは、家族会議で解決しなくちゃ!」

 胸に大きな封筒を抱えた冥子は、戸惑ったように沈黙するマリアの前まで歩み寄り、彼女とチリの頭を軽く撫でて微笑んだ。

 「全員が集まった時にでも、きちんとお話するの。マリアちゃんの胸に溜まってるもの全部、ぜーんぶ綺麗に出しちゃいましょう?」

 「ミス・六道……………」

 「冥子でいいって。全く似たもの姉妹ねぇ」

 冥子はころころと笑いながら、応接室を出て行った。最後に二人のおでこをちょんちょん、とつついていったのが印象的である。

 「私とマリア様、姉妹ですって。…私、ここにきて凄く家族が増えました」

 いつぞやのように、チリはマリアの胸に背中を預けてしんみりと言う。マリアの温もりは全く変わっていない。

 「キヌ姉様に、美神様…横島様には後で謝らないとな…人工幽霊一号様に、マリア様!」

 「…ミス・チリ…私にも・妹・いました。テレサ…とても・頭のいい子で・でも・今はもう・いない…」

 遊園地で、アーサーという謎の声はマリアのことを末妹と言ったが…それは間違いである。カオスの創造した最後の子供は、テレサなのだから。

 「私にも、今はもういない兄様がいます。リュウ兄様…とても優しくて、温かかった」

 ショウとは正反対の性格で、でもチリは二人とも大好きで。

 「…家族。マリアの家族・ドクター・カオスだけ…そう・思って・いました。でも・違った。短い間・でしたが・テレサも・大事な妹。そして…」

 己の膝に座る、付喪神の少女。お互いに兄妹を失い、その悲しみを知っている…悲しみを乗り越える心の強さを持っている。
 確かに似ているのかも知れない。
 チリがマリアを姉と慕うなら、マリアもまた…

 「ミス・チリ。これからは・チリと呼んでも・いいですか? 家族に・敬称つける・違うと思います」

 膝の上でくるりとこちらを向いたチリは…笑顔で何度も頷いた。

 「では、私もマリア姉様と呼びますね! 一番上の姉様です!」

 600歳の長女に、実質年齢300歳の次女。200歳の三女と…ご長寿三姉妹の誕生である。
 マリアはくすりと、自分の浮かべられる中でとびきりの微笑を、二人目の妹に向けると、彼女の頭に右手を載せて優しく撫でた。

 (…アーサー…カオスチルドレン…みんな・マリアの家族。家族のトラブル・家族会議で・解決するもの…なら・マリアがするべき事は・一つだけ)

 「チリ。マリア・少しだけ・出掛けてきます。ミス・美神に・そう伝えて・くれますか?」

 「え? お話はいいんですか?」

 「結論・もう出ました。あとは・行動あるのみ」

 チリをそっと抱えて下に降ろすと、マリアは窓から外を見上げて、迷いを断ち切った声音で宣言した。
 自己メンテナンスで見つけた、アーサーのアドレス。あの交信記録を逆から辿っていけば、やがて彼の居場所は見つかるだろう。彼の真意を問い質し、家族の一員として話を着けなくては。
 マリアは単身、長兄アーサーの下へ向かう覚悟を決めた。

 「では・行ってきます。…戻ったら・また・家族の話・しましょう」

 「はい。行ってらっしゃいませ、マリア姉様…」

 不安げなチリにもう一度微笑を向けて、マリアは応接室から出て行った。
 表面上は本当に微かな笑みだったが、内から溢れ出る慈愛の心がチリには嬉しい。マリアの胸の温かさそのものの、名の通り『聖女の笑み』だ。

 「ショウ兄様にも、マリア姉様のこと、お話しないと」

 あの兄のことだから、あっさりと認めるだろう。楽観的で基本チリの言うことには逆らわない性格だし。
 兄の威厳?
 威厳という文字がこれほど似合わない兄もいないのでは。


 「おうマリア! なんじゃ出かけるのか? オレはまあアレじゃ、庭に対侵入者用の落とし穴を掘っておったら、余りの深さに自分が出られない罠にかかってのう! 昨日の雨もあってもう全身ぐしゃぐしゃじゃ!! 這い上がった自分に頑張ったで賞と副賞の楯を贈りたい! 廊下も汚れたが、まあそれは名誉の汚染じゃな!」

 「………悪戯した・弟を叱るのも・姉の役目・です…」

 「む、マリア? なにやら全身から安全装置を外すような音が…というかリミッターを解除する音? おおなるほど両方なのか! で、その構えはなんじゃ? まるで破壊力=スピード×体重×握力のような…しかしその向きじゃとオレに…っ!?」

 マリア渾身のお仕置き、ろけっとでこぴんはショウの額でイイ音を立てて炸裂し、彼の頭をくきりと180度後ろへ反り返らせた。

 (な……なんてでこぴんじゃ…)

 某最凶死刑囚のような呟きを最後に、ショウは意識をお花畑の方へと遊離させていくのであった。


 「……………」

 最善とは一体なんだろう。
 横島は一日中、いや一昨日からずっとその事を考えているから、既に2日か。

 (あー……だらしねぇなあ)

 最善を選び出すには、そもそも選択肢の幅が広くないといけない。RPGのように、『たたかえ』・『まほう』・『どうぐ』・『にげる』程度の幅では最善を掴むのは無理だ。
 更に、状況に応じて、力量に応じて…その場の最善たる対応は変わってくる。当然だ。

 (でも俺には、すっげえ選択肢の幅がある…文珠のお陰で)

 GSという仕事は危険だ。死と正面から向き合って飲み込まれない精神力と、冷静な判断力、体力に…霊能力。必須とされる能力は多岐に及び、要求されるスキルも高い。
 文珠は横島にとってのリーサルウェポンだが…ほぼ毎回の除霊で一つは使っているので、最早最終兵器的な意味合いは無くなっている。使い勝手でいえば白いポケットから出てくる、ひみつ道具のカテゴリに近いか。

 (全然使えてない…妙神山でちょっとだけ分かったような気がしたってのに…まるで生かせてねえ)

 美神が天華を手に入れたあの戦いで、横島もまた自分のGSとしての在り方が見えた気がしていた。
 あの時…小竜姫の霊力で動く自分は、横島では思いもつかない文珠の使用法を幾つも見せていた。サイキックソーサーを『巨』大化させたり、弾き飛ばした天華を小規模結界で覆ったり…もっとも、小竜姫に言わせると文珠の可能性はあんな物ではないようだが。

 (…霊波刀を右手に、文珠を左手に…栄光の手とソーサーも使って…カリッカリに戦闘特化チューンされてたとはいえ、あの姿はちょっと格好良かったよなぁ…)

 それに比べて、今の自分はどうだ?

 (そりゃ、怒られるわなぁ…あんな小っちゃい子にも)

 チリに怒鳴られたのは、予想以上に堪えた。
 マリアに『障』の文珠を使ったのは、我ながら短慮だったと反省している。
 横島はマリアの構造を知らない。それは以前、例の事変で敵方の装置を狂わせた例も該当するが。
 『障』の効果でマリアがどうなるのか…横島は分かっていなかった。とにかく、美神達に向いた銃口が下がれば、と。それだけの理由で、人にとっての『毒』と同様の意味を持つ文珠を用いてしまった。

 (『縛』で良かったのか? それとも『重』で強制的に腕を下ろすとか? でもマリアはあの時操られてた…その場しのぎじゃ駄目だろ?)

 自問自答を繰り返すたび、自分が不甲斐無く思えて仕方ない。何が人界唯一の文珠使いだ。

 「くそ…情けねえな!」

 「全くだな」

 おおう? と横島が我に返ると…周囲から向けられる冷めた同情の視線と、目に飛び込む真っ白のノート。数式で埋められた黒板。
 隣では、もう呆れた顔すらしなくなった机妖怪…愛子が淡々とノートを取っている。

 「なあ横島。そりゃあお前の進路にはこんな勉強、不要かもしれんがな。 せめて海外赴任中の親御さんが、安心出来るくらいの成績は残そうと思わんか?」

 「えー…あー…でも先生。ウチの親父は小中高と万年最下位近くの成績だった、って自慢してましたよ」

 「なら余計、お前は頑張ってみせんかぁ!!」

 数学の教科書の背表紙が、上の空でいた横島の頭を打ち揺らした。


 放課後。
 精彩の乏しい陰を含んだ顔で、とぼとぼと校門まで歩いてきた横島は、そこに出来ていた人だかりに目もくれず、肩を竦めて群集の脇をすり抜けて校外へ出た。

 (…むぅ。マリアとチリに会わせる顔がねえ…今日のバイトどうすっかな)

 かといって、今更休みますーなんて連絡をしようものなら…美神の逆鱗に容易く触れるだろう。美神除霊事務所の基本はチームプレイなのだから。

 「あ、いたいた。横島くーーんっ」

 と、悩みながら胃の辺りを押さえた横島の耳に、聞き覚えのある声と。


 「「「「「「ざわざわざわっ!?」」」」」」


 声にすらなっていない、驚愕のざわめきが同時に届いた。

 「今の…って、冥子ちゃん?」

 結構な音量のざわめきの中から、彼女らしき声だけ抽出して判別する横島の聴覚は、無駄にスゴい。
 アレとこの娘が知り合い…? 納得いかねぇ! と全身のオーラが雄弁に語っている群集の方に嫌々向き直ると、その隙間からするりと抜け出てきたのは…確かに冥子だった。
 小走りに横島の方へ駆けてきて、途中、背後へ手を振ったりと動作に隙が無い。

 「もうびっくりしちゃった。ちょっと横島君の事尋ねようと思ったら、あーんなに集まるんだもの」

 「冥子ちゃん、なんでうちの学校に……? っとその前に、こっから離れましょう。あそこの負け犬集団がウザいっすから!」

 「そんなこと言っちゃ駄目よ? 同じ学校の生徒さんでしょう」

 ねー、と後ろを向いて微笑む冥子に、一斉に頷く詰襟学生服の集団。横島に放たれる殺意や敵意は、悪霊の群れのようですが。
 ともかく、横島は冥子の手を握ると(その瞬間、殺意の濃度がカル〇スの原液ほどにアップ)、一目散にその場から逃げ出した。


 「へ? おつかいの帰り?」

 学校から程よく離れ、殺意も敵意も消えて。
 てくてくと歩く冥子から半歩ほど引いて歩く横島は、冥子が学校にいた事情を聞いていた。

 「行きはシンダラちゃんに乗ったんだけど、帰りはなんとなく歩きたくなってねー。丁度横島君の学校が近くにあったし、時間的にも放課後かなって。会えて良かったー」

 口元に手を当て、上品に…くすくすと笑う。

 「………えーと? あー……ほんとに冥子ちゃん? 口調から何から新鮮なんすけど…」

 「…ええ。私は正真正銘、六道冥子よ。昨日までの私とは違うけれど」

 冥子は大人びた微笑みと、落ち着いた口調で横島の問いに答えた。
 容姿も声も、冥子でしかない。けれど、横島の知る六道冥子とは…あまりに何もかもが違いすぎる。

 「昨日までと違うって…っは!?」

 一晩で人間が変わるために必要なもの。
 横島の妄想に、火が入る。燃料がくべられる。新鮮な空気が送り込まれて燃え上がる!
 …キーワードは、『一晩』。


 「つまりあれか!? 蛹から蝶、鯉から龍! 秘して語らぬ唇が、紡いで謳うは枕下の艶歌!! 少女だった自分とは、ああ子供だった己とは、沈月と共にさようなら!! 太陽燦々降り注ぐ、大人の世界よウェルカムッ!! 少女が女に変わるとき…纏う空気もまた変わる!! 秘密の香りは秘蜜の甘さ…何だかとってもどちくしょおおおおーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!!!」


 …妄想・絶唱。
 血涙を流す真っ白な彫刻と化した一人の青年に、周囲の通行人から惜しみの無い拍手が飛んでくる。

 「おひねりは飴やガムでお願いしますー♪ 未成年ですからー」

 人垣に律儀なお礼を返して、冥子は拾ったおひねりを横島の鞄に詰め込んだ。

 「凄いわね横島君! 新しいストリートパフォーマンスの夜明けって感じよ」

 「冥子ちゃああぁぁぁぁん!? まさか、本当に…っ!?」

 魂からの絶叫で、ちょっと頬がこけた横島に見つめられて。冥子は頬を紅く染めると…

 「………ご想像にお任せします、なんて言ってみたり?」


 「どちくしょおおおおーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!」


 二度目の絶叫は、一度目ほど魂を込められなかった。
 …込める魂が残ってなかった、とも言う。


 結局、冥子の冗談をきちんと消化出来たのは、冥子に背中を押されて事務所に到着してからで。
 それは制服姿のおキヌが、切羽詰った表情で玄関に駆けつけて来たからで。

 「大変です!! マリアが…家出しちゃいました!!」

 泣いているチリを胸に抱えたおキヌと、その後ろに控える苦虫を噛み潰したような表情の美神。
 …二人の足元でおろおしているショウ。

 「さっき、マリア本人から電話があって…これからは兄の下で暮らすから、探すなって……」

 「そんな!! そんなはずないんです!! 私、マリア姉様と約束したんです!! また、家族のお話しましょうって!! 頭を撫でてくれたんです!!」

 「チ、チリ!? 落ち着け、な? きっと何かの間違いじゃからして!?」

 兄の言葉に説得力はないが、妹を案ずる気持ちだけは良く分かる。

 「…ったく! あの娘に話聞こうと思ったらもう出掛けたって言うし! 帰ってこないと思ったら電話一本してきてもう探すな!? ふざけてんじゃないわよ!!」

 美神のイラつきも、マリアと十分な対話が出来なかった事への、自責の念がそうさせているようなものだ。
 玄関に立ち尽くす横島にしても、事の推移が急すぎてマリアの真意がまるで読み取れない。確かにマリアは遊園地での出来事で心を痛めていた。しかし、彼女の性格からして、全てを投げ出して兄の下で暮らすなどとは…到底思えない。

 「…兄? マリアの兄貴って…カオスのじいさん、そんなこと一言も喋ったことないよな」

 「…『Chaos kinder』…」

 「! マリアが言ってた奴か…!」

 カオスの子供達…マリアはそう言った。なら、兄と呼ばれる存在がいておかしくは無い。

 「カオスの爺に連絡して、その兄とやらの心当たりを聞き出すわ。半殺しにしてでも居場所を聞き出してやる…!」

 カオスへの青白い怒りに、美神がこめかみに井桁をひくつかせながら、拳をばきばきと鳴らして呟く。

 「ちょっと待って、令子ちゃん。マリアちゃんの居場所なら分かるわよ?」

 真剣な表情…冥子はきりっとした、真面目な顔つきで美神に言った。今までの冥子に真面目な時が無かったわけではないが、根本的に今の冷静さとは異なる『意志』だと…美神は分析する。
 …だが、それは後回しだ。

 「ちょ…それ、ほんと!?」

 「ええ。クビラちゃんにマリアちゃんの霊気の残滓を辿らせるわ。今の私なら、可能よ」

 『今の私』…誰もがその言葉に、違和感を覚える。あの天真爛漫、良くも悪くもマイペースだった彼女が、今はまるで『頼れるお姉さん』のようだ。

 (…冥子の問題も、けっこう深刻だけど…ああもうっ!!)

 「でも早くしないと、人工魂魄の霊気は天然モノと違って薄れるのが速いから…」

 「分かったわ。おキヌちゃん、悪いけど今日の仕事はキャンセル! 先方にそれっぽい断りの連絡入れといて! 横島君、急いで装備一式整えて車に載せて! ショウ、チリ! 今回はあんた達もついてきなさい。カオス絡みだと何があるか分からないから、ウチの全戦力出していくわよ!!」

 焦燥感に苛まれながらも、美神は指示を飛ばして鬱陶しい気分を吹き飛ばしていく。何にせよ、マリアともう一度会わなければ始まらないのだ。

 「マリア姉様…きっと、誰かに嘘を吐かされているんです! もう戻らないなんて…!」

 「そうね。お兄さんに脅されているのかもね…早く助けてあげないと」

 「もしそうだったとしたら…絶対に許さないわよ。マリアの兄だか何だか知らないけど」

 心の殲滅手帳に、マリアの兄(仮称)が書き加えられる。遊園地からずっと後手に回っている分、美神の怒りは膨大だ。

 「ウチの従業員に手ぇ出して、只で済むとは思わないことね…!」

 ニタリと微笑む姿に、冥子以外の4人は背筋に氷柱を差し込まれるような恐怖を覚えていた。


 つづく


 後書き

 竜の庵です。
 こんな冥子は冥子じゃない! と思うので、壊れ指定を。しばらくは点灯しっ放しかと思われます。
 そんな冥子を抱えて、マリア編に突入。

 ではレス返しです。


 スケベビッチ・オンナスキー様
 ショウの扱いがどんどんネタ方向にズレていく…っ! 付喪神兄妹はバトルに出し辛い分、日常の姿ばかりがクローズアップされてしまいますね。
 冥子の服用した薬の詳細は後日。見違えるのです。
 雪之丞は現状、純粋な攻撃力の数値だけならレギュラーで最強かと。ピンクは体育会系で前向きすぎるだけです。ストーキングみたいな行為はキライ。…自覚すれば、ですが。
 これもほのぼのなのか…! ほのぼの道がまた見えなく…っ!


 木藤様
 おかゆライス、おかゆをしょっぱめに作れば美味しそう。朝飯にはぴったり?
 冥子とマリアの対比。冥子はこの時点で既にミチガエールの使用を視野に入れているので…先の見えていないマリアに比べ、ある意味余裕が無いのかも。青春妖怪の彼女、今回ちらっと出ましたね。
 注射は全身麻酔で…麻酔の注射も無理か! 錠剤もそのままでは飲めませんでした。
 厄珍堂というより、カオスが開発してそう…ロボビタン−D。


 ジェミナス様
 お久しぶりです。マイペースで行きましょー
 厄珍も六道家相手に下手な商売は出来ないと思うので、『そこそこ』まともな品ですよ。ミチガエール。そこそこ、がミソ。
 変わりたいと思った〜…はなかなか名言ですなぁ。冥子なりの努力の結果が、薬なのかも知れませんが。
 雪之丞とピンクの攻防は始まったばかりだ! ピンクの嗜好はそれほど珍しくないですよ? モノホンが好きって訳ではありませんし。あくまで『目つきの鋭いオーラの黒めな男』が趣味なだけ。うん珍しかったごめんなさい。雪之丞の性格だと、義理と打算は両立するものかなぁ、なんて思ったり。で、人情とか混ざるとパニック起こして。意外と把握しにくい性格です。


 内海一弘様
 言い値で買っただろうな、冥子…で、速攻使ってしまいました。どんな効果なのかは、マリア編が落ち着いてからでしょうか。
 ピンクの一目惚れですから。ブラックは普通に修羅場。南無。
 カオスの爆弾とか地雷とか…世界中にあるでしょう。慎重に扱わないと、えらい被害が出そうです。マリアの兄については…ちょっと思案中です。外見ではなくて、位置づけでちょっと。むは。
 ドーピング冥子はヒドイな! ほんとはケ〇ロ軍曹の裏モモカみたいにする予定でしたが。


 柳野雫様
 何のかんの言っても、厄珍堂はその筋では一流。GS試験なんて公式の場で解説をするくらいですし。冥子もここくらいしか思いつかないでしょう。
 ブラック強いのに…そっちで目立ってもらおうと思ったのに…タイガーに似た相手でも容赦無く消滅させる強さなのにぃ! 彼と弓さんの第一種接近遭遇は楽しみですね。どんな修羅場にしようかな、と。
 カオス一家のお話は現在のところ本筋ですので、さくさくと謎>解明のモグラ叩き状態で進められたら…いいですよね。ね。


 以上レス返しでした。皆様有難うございました。


 次回はバトルがメインになるのでしょうか。久々に神域も使ったり…使わなかったり。
 GC側の小話も(小話かよ!)織り交ぜて、賑やかに書いていければと思います。

 ではこの辺で。最後までお読み頂き有難うございました!

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