インデックスに戻る(フレーム有り無し

▽レス始

「スランプ・オーバーズ!06(GS+オリジナル)」

竜の庵 (2006-10-16 00:18)
BACK< >NEXT


 いつもより天井が高い。

 いつもより部屋が広い。

 いつもより周囲が静か。


 「ヒマじゃのーーー……」


 かくれんぼは飽きた。

 鬼ごっこも飽きた。

 トランプは…遊び方を知らない。


 「お茶でも淹れましょうか?」


 所長以下、横島・おキヌ・冥子と仕事で出払ってしまった美神除霊事務所内。
 鳳笙と篳篥の付喪神ショウ&チリは、久々に訪れた兄妹だけの時間を持て余していた。

 「令子め! 何故我らを置いて行ったんじゃ! 我らがおらねばキヌは神域を使えぬと言うのに!!」

 居間のソファにばふっとダイブしたショウは、苛立ち紛れにクッションを憎き相手…思いつかなかったので適当に横島…に見立てて回転の速い連打を打ち込む。
 昨日冥子の式神に踏み砕かれたテーブルの残骸は撤去され、キッチンからチリが運んできた緑茶は置き場が無い。

 「全くもって納得が行かぬ! チリよ! 此度の除霊の相手を聞いておるか?」

 「いいえ。キヌ姉様からは留守番を仰せつかっただけですね。行き先以外の詳細までは…はい兄様、お茶」

 「くあーーっ! 舐められておるのか我らは!? 足手まといになるとでも思っとるのかのう!!」

 宙に投げ上げたクッションへ、下から怒涛の連蹴りを見舞う。おキヌの好みなのか、そば殻のクッションは手応えがそこそこ固くて面白い。

 「兄様、お茶。お盆が置けないんですから、早く取って下さいな」

 「チリは悔しくないのか!? 200年を生きる我らをないがしろにして、己らだけ動物園なる娯楽施設に行くなど! 聞けば見上げるほど長い首を持った馬や、百獣の王などと呼ばれて世に君臨する獰猛な獣がおるそうではないか!!」

 落ちてきたクッションを受け止めると、ショウは抱えたクッションをそのまま海老反りになって座面に叩き付けた。いわゆる、バックドロップだ。

 「わははは! 綺麗な投形じゃったろうチリ! …チリ? これは何の真似じゃ?」

 ブリッジ状態でご満悦のショウ。チリは無言で、茶を載せたお盆を丁度へその上、ブリッジの頂点に置いた。

 「そのままでいて下さいね兄様。零れると熱いですよ」

 「おおぅいっ!? この体勢は流石に辛いぞ!? もう腕がぷるぷるしてきておるっ!!」

 「あ、兄様。そろそろ紋所が目に入る時間ですよ。人工幽霊一号様、テレビのリモコンはどこでしょう」

 『はい。テレビ台の中に置いてあるかと』

 「チリぃぃーーっ!? このままでは紋所は勿論、世の中全てが逆さまにっ!! もう腰が! 腕が! 足が引き攣ってきたぁぁーーーっ!?」

 「ありました、えと…電源のあとに、3番ですね。ふふふ、上手になったでしょう私も」

 『チリ様は筋がよろしいですよ。掃除機や洗濯機も使いこなしていますしね』

 「美神様に、今度パソコンというものも教わるつもりです。何でも世界が広がる装置だと聞きました」

 『チリ様の飲み込みの速さなら、ネットの世界にもすぐ馴染めるでしょうね』

 のんびりとした会話に、テレビから特徴的な音楽が割り込んできた。次いで流れる歌声は、人生楽しいこともあれば苦しいこともあるものだよ、とこちらを諭してくる。

 「ああ、まさしくその通りです…ねえ兄様。私達も辛かったけれど…今はこうして楽しい毎日を送っていられます。キヌ姉様に感謝しなくては」

 「…オ……オレは……今も…辛いぞチリよ…っ!?」

 「今回は紀州の旅ですか…いいなぁ…」

 大絶賛ブリッジ中のショウを無視して、チリは向かいのソファにそそくさと正座した。ずずず、とちょっぴり無作法に熱いお茶を啜る。

 「チリぃぃぃぃっ!? オレはきっかり一時間後までこのままなのか!? 紋所が目に入ったら助けてくれるのか!? それとも白ヒゲの爺が『これにて一件落着かっかっかっ』と笑うまでか!?」

 「もう、静かにして下さいませ兄様。山吹色のお菓子の総額が数えられないでしょう」

 「越後屋の財政に興味深々!?」

 大好評ブリッジ中のショウを一顧だにせず、体ごとテレビに向いたチリは真摯な表情で画面に見入っていた。
 また、ずずずとお茶を啜る。


 …留守番組の時間は、そこそこ楽しく流れているようだった。


 「もう保たん……いや妹の手にかかって倒れるならばそれも本も「しーずーかーに!」…泣いてもよいか?」

 『あはは……』


              スランプ・オーバーズ! 06

                    「決意」


 アスファルトの小さな破片が、疾走する影の周囲で踊った。
 上空から目標に追い縋るマリアは、不規則にマシンガンを撃ち込んでいた。
 ターゲットの姿は常に照準の真ん中に。しかし直撃は避けるよう、相手の周囲を削り取って退路を狭め、与えられた追い立て役の仕事をこなしていく。

 (今は・集中です…)

 目標の動きは素早く、高速で瞬時に走路を変えてはこちらを翻弄する。
 しかし、マリアがこの相手を追うのは二度目。ジグザグを描いて駆ける相手を、確実に美神達の方へ誘導していた。

 『マリア! そのまま順路沿いに追い込める!?』

 通信機からの声に、マリアは大きめの声で答える。マシンガンの轟音がBGMだ。

 「ノー・プロブレム! 予定通りに!」

 『OK! 信じてるわよ!』


 (信じてる…)


 美神の言葉が、今は嬉しい。自分を、こんな不安定な自分を認めてくれる仲間がいる。

 「…マリア・応えます・絶対…!」

 ジェットの燃料は心許ないが、マリアは速度を更に上げて目標を追い立てる。決して見失わないよう…さっきのような醜態を見せないために。

 『ギギッ!!』

 射撃の精度が増し、目標の動きが更にぎこちなくなった。ジグザグが、歪な直線程度にまで矯正出来ている。


 一方、美神達3人はステージ方向から目標へ迫っていた。

 「横島君が前衛! 私は中衛で補助! おキヌちゃんは後方支援! 文珠も横島君の判断で使って!」

 「了解っす!!」

 「わあ、分かりましたあ…はふう…」

 全力疾走でも言葉の乱れない美神と横島に比べ、おキヌは体力面で見劣りしている。彼女も毎日のトレーニングは怠っていないが、この二人と比べられては。

 (うーー…シロちゃんの散歩、私も付き合えば良かったかなぁ…)

 かつて毎朝のように散歩に出かけては、汗だくに、でも心底楽しげな笑顔で帰ってきていた人狼の少女。
 横島でさえ音を上げていたその行程を…おキヌは知らない。大げさだよねぇ横島さん…とシロにタオルを渡しては苦笑したものである。

 (…お昼休みに寝ちゃえば、朝ジョギングしても平気だったかなぁ…)

 …いえ、午前中一杯動けなくなること請け合いです。


 「見えたわよ!! 行け横島っ!」

 「わおーーーーんっ!!」


 居丈高に命じる美神にノリ良く横島が応えて、猟犬の如く突撃。おキヌは慌てて龍笛を取り出し、ぼうっとした頭を振って覚醒させる。
 映画で聞くような連続した銃声が、前方から近づいてきた。マリアが正確に仕事をこなしている証だ。

 「マリア! 横島君の援護を! 挟撃で速攻片をつけるわよ!」

 『イエス・ミス・美神!』

 ここ最近、絶好調な美神のお陰で出番の無かった横島。久々の直接対決に、霊波刀の切っ先が緊張で揺らいだ。生唾を一つ飲み込んで、切り込んでいく。

 (……んん? コイツ…なーんか似た奴を知ってるよーな)

 明るい場所で見た敵…イレギュラーの姿は、悪霊・妖怪・神魔族…どのカテゴリにも入らない外見である。にも関わらず、横島には記憶に掠るものがあった。
 ずんぐりとした体躯を艶消しの黒い装甲で覆い、両腕の先が大振りな剣になっている。細身の四肢は多少アンバランスに見えるが、今までの動きから察するに、かなりの膂力を秘めているようだ。頭部には触角が二本生え、顔は蟻のよう。
 記憶を辿ってみても、こんな外見の奴に見覚えはないのだが。

 (すっきりしねーなぁ…なんだろ、見た目が似てるのとは違うんか?)

 パーツ単位で見ると、何かが引っかかる。でも全体像に見覚えはない…最初のインスピレーションが明確に思い出せない。

 『ギギィィィィ!!』

 イレギュラーは声とも音ともつかない鳴き声を上げると、持ち前の脚力で一気に横島との差を詰めた。たたらを踏んで止まった横島の数ミリ前、鼻先をかすめて剛風が薙ぎ払われる。

 「なんとぉっ!」

 両腕に備えられた大剣は、良く見ると所々刃毀れがある。錆に至っては、メカメカしい全身の大部分を覆っているようだ。
 重量がかなりあるのか、イレギュラーが踏み込む度に足元で石を割るような音が聞こえた。

 「よー見ればボロっちい! 何者か知らんが、これでも喰らっとけ!!」

 霊波刀を栄光の手へ変え、繰り出すのはある意味十八番の一手。

 「サイキック・猫騙し!!」

 『ギィィ!?』

 背後から迫っていたマリアの視覚センサーをも焼く、強烈な閃光がイレギュラーの至近距離で炸裂した。咄嗟に光量補正したマリアは、横島の左手に文珠が握られているのを見て取り、間合いを開ける。

 「『錆』で赤茶けてまえっ!!」

 よろめくイレギュラーの胴体に、こつんと文珠が当たった。猫騙しの後間髪入れずに放った、そのまんま『錆』の文珠だ。

 『ギギギィィィィッ!?』

 文珠が輝いた途端、全身の錆が侵食を深めた。体表を覆う金属部分全てを、酸化し脆くなった鉄錆が覆い尽くす。

 「今です、美神さん、マリア!」

 「天華よ! 千鞭と綻びて我が敵を討て!!」

 「スパイラル・ナックル!」

 錆ついてぎこちなく停止したイレギュラー目掛け、金色の雨と弾丸のような拳が前後から炸裂した。
 その威力に、ひとたまりもある訳は無く。


 『ギアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 降り注ぐ光条が掲げられた大剣を叩き折り、全身を砕いて地面を打ち据え。
 飛来したマリアの拳が、背部から胸郭中央を撃ち貫いた。


 真っ黒な飛沫と、複雑に組み込まれた機械の塊が、宙を舞って落ちる。

 さながら、血と心臓のように。


 「何コレ…アンドロイドだっての?」

 愕然と呟く美神。天華を納め、恐る恐る破壊したイレギュラーへ近づいていく。
 ゆっくりと広がる黒い池は、オイルのようだ。美神がしゃがみ込んで指先に掬ってみると、かなり粘性が高く劣化しているのが分かった。

 「…どういうこと…? どこかの企業が秘密兵器の試作品でも捨てた?」

 「そりゃまたSFチックな…」

 「南部グループの、あの事件を思い出しますね」

 一同が残骸の前に集まって感想を述べていくのを、マリアは少しだけ引いた地点で見つめていた。
 足が、これ以上前に進まない。
 巻き戻した拳に付着していたオイルと、引き千切れて絡みついた鋼線にケーブル。
 地面に転がっている機械は、マリアも良く知る技術が使われているメインモジュールだ。
 そう、確かに…横島も知っている。美神も。

 「おろ…美神さん。ほらここ、なんかサインっぽい刻印があるっす」

 「どこ? …んー…c…k…r? ああもう! あんたの文珠のせいでかすれちゃって読めないじゃない!!」

 マリアが貫いた胸の穴から覗く体内には、みっしりと機械部品が詰まっている。美神や横島では技術精度の高さくらいしか分からない。
 横島が見つけた刻印らしきものは、錆に覆われた胸部装甲の内側、心臓部分をカバーしているであろう、フレームに刻まれていた。文珠の効果が体内にも及んでいたため、錆によってほとんど読み取れないが。

 「加減ってもんを知りなさい!」

 「あんたが言うかぁ!?」

 すぱーんと平手で横島の頭頂部を引っ叩いた美神は、顔を上げてマリアを探した。

 「ちょっとマリア! これ読んでくれるー?」

 彼女の能力なら、かすれ文字の判別などお手の物だろう。

 「……『Chaos kinder』」

 マリアは、近づきもせずにその名称を呟いた。読み取るまでもなく、知っているから。

 「カオス…? って、マリア、それは…」

 「ドイツ語で・『混沌の子供達』・という意味・です……ミス・美神」


 美神が絶句した、その時。


 『父より全権を委任されしB−002が・末妹に命じる』


 「!?」

 マリアの耳朶に突然、聞き慣れない若い男性の声が響いた。マリアの記憶にはないが、それは先刻彼女の記憶を消去した時に届いた声と同一のもの。

 「誰・ですか!?」

 「マリア!?」

 「…っ!?」

 「マリアさん!?」


 『コード444の承認を以って・D−168の亡骸を爆散処理せよ』


 「……!? コー…ド・444……しょ・承認……ッ!? あああ・あああああ!?」

 マリアの意思が、侵食されていく。いつもは届くはずの四肢制御コマンドが、何者かに書き換えられて制御から外れている。

 「マリア!? 何を…ッ!!」

 撃鉄を上げる音。セーフティを外す音。マリアの保有する火器全てに、火が入る。

 「ああ・あああ…離れて・下さい…!!」

 目標は今までと変わらず、イレギュラー。だが、その側には美神とおキヌがいる。
 マリアを乗っ取った意志は、委細構わず残骸にターゲットをロックした。

 「マリア! 悪いっ!」

 横島はイレギュラーの側にはいなかった。
 マリアの異変に、誰よりも早く行動を起こしていた。

 「横島・さん…!」

 両の二の腕から伸びたマシンガンの照準が、完全に定まるコンマ数秒の隙をついて、『障』の文珠が真横からマリアの肩に叩き込まれる。
 マリアの視野に、ERRORの文字が躍る。身体各所に動作障害が発生し、横島の目論見通り火器管制にもエラーは及んだ。

 「マリアっ!」

 硬直して倒れそうになるマリアを、横島は支えようとするが…

 「んのおあああ!? 重いんやったぁぁぁぁ!?」

 全く腕力が足りず、慌てて彼女を背中に預けるよう滑り込んだ。

 「横島さ…ん……マリア…壊れ・まし・た……か……?」

 「文珠の効果はすぐに切れるって! っつうか美神さぁーーーん!? 助けて潰れるぅぅぅっ!!」


 甲高いエラー音が鳴り響く中、マリアはまたあの声を聞いていた。


 『M−666に機能障害・発生。…まあ・いいさ。不良品のデータは取れたし・処理も終わった。マリア・私達は同じ父より創造されし同胞。この記憶は消去しないでおこう。父もこれ以上の負担は・望むまい』

 「待って……貴方は・誰です……か…」

 『……私は・マスターの最初の息子・アーサー。妹よ・待っているよ』

 「アー……サー………」


 通信は、名残を惜しむようにしばらくはノイズを運んでいたが…やがて切断した。

 朧に霞んでいく視界の奥に、美神とおキヌが駆け寄ってくる姿が見えた。マリアは何か言おうとして…言葉を失くす。
 仲間に銃を向けてしまった自分は、もう心を許せる存在とは言えないから。

 「ごめん・なさい…………」

 ぽつりと、自分を背負う横島にも聞こえないほどの小声でマリアは謝り、スリープモードへ移行していった。


 一つの場の、一つの決着。

 だと言うのに、場を支配しているのは、後味の悪さばかりだった。


 「レッドフレイム・オーラスマァァァッシュ!!」

 「ブルーウェーブ・アポカリプス!!」

 「イエローショック・ブレイカー!!」

 「ピンクブラスト・デストラクション!!」

 「……はいはいビームビーム…」


 ショーステージでは、群がる悪霊を前にタオレンジャーの活躍が続いていた。
 ラジカセから流れる音楽に乗せて、タオレンジャーワールドを展開した彼らが叫ぶ技名は、言霊によって力が与えられている。
 実際に放たれているのは、霊気を纏った拳や破魔札と、特別な仕様ではないが。催眠効果もあって威力が底上げされているため、今戦っているクラスの悪霊なら余裕をもって対処出来る。

 …若干一名だけ、ノリきれていないようだが。それでも、指先から放つ霊波弾は一撃で悪霊を滅する威力を出している。霊気の密度が、他の隊員とは桁違いだった。

 「あらかた片付いたな、リーダー。また一つネオカオス帝国の野望を打ち砕いてやったぜ」

 クールなブルーの台詞に、イエローとピンクも頷く。

 「…! いや、どうやらメインディッシュが到着しなさったようだぜ?」

 だがブラックは軽く拳を握りなおすと、空に親指を立てて指し示した。
 …どうでもいいが、ブラックの言い回しも十分芝居掛かっていることを、追記しておこう。

 「ぬぅあっ!? この霊圧……皆、気を引き締めて行けぇ!! 並の相手じゃないぞぉう!!」

 ブラックに少し遅れて、その霊気に感づいたレッドが檄を飛ばす。


 『グルルアアアアアアアアアッッッ!!』


 「きゃっ?!」

 「ピンクッ!!」

 「しまったぁっ!?」

 レッドが気づく暇もない早業。
 天井から降ってきた咆哮の主は、最寄りにいたピンクに銀光を閃かせ、防刃繊維も織り込んであるスーツの肩口を易々と切り裂いた。
 桃色のスーツに濃い赤色が滲んでいく。

 「ほー、こりゃ珍しい。虎妖かよ」

 ブラックは肩を押さえて蹲るピンクの前に出ながら、重低音の唸り声を上げる敵を見据えた。
 虎妖、と呼ばれたそいつはブラック…雪之丞の闘気に警戒心を抱いたのか、じりじりとステージの端へ移動していく。

 「虎の頭に、熊みてぇな体格。鋭い爪、牙………あー? なんか知り合いに似た奴がいたような?」

 「ブラック!? 虎妖とは、中国の獣人伝説にあるあれかぁ!?」

 「さあな。伝説なんざ知らねーが…ブン殴りがいのある野郎だぜ」

 場面魔術の維持を行っていたピンクが負傷したため、タオレンジャーの力は弱体化している。イエローが懸命に術式の再構成を試みるが、虎妖の妖気に上手く行かないようだ。

 『グルルアッ!!』

 「うるせーな…吠えるなネコ野郎。おうレッド。悪いがこいつは俺がもらうぜ。ピンクの治療を優先しな」

 「くっ……分かった、この場は任せるぞぉブラック! ブルー! ヒーリングの準備を!!」

 「了解!」

 「ブラック!! 私のために怒ってくれてるのね!? でも怒りで目を曇らせてはいけないわ!! 私への愛があなたを熱く激しい怒りの炎で滾らせているのはとっても理解してる!! まさに恋が盲目なら愛は盲心!? お願いいつものあなたに戻「錯乱してねぇでさっさとステージ降りろバカピンク!!!!」

 (ピンクのキャラ設定ってこんなんだっけ…)

 レッドは熱血キャラを思わず忘れ、彼女に肩を貸してステージ脇の階段を降りていった。

 『グルルルルルルルルル……』

 「…くそ、あいつに携帯番号教えたのは不味かったかもな…履歴消しとかねぇと…」

 今の彼女と出会うまで、女性と縁の無かった彼。迂闊にも、昨日ちょっとだけピンクの可愛さに押されて、メアド&番号の交換を行ってしまいました。
 …覆水盆に還らず。虎さんの唸りも、耳に入らず。

 『グルアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 虎妖の瞬発力は、野生の動物そのものの鋭さだ。彼我の距離は数メートル、しかし虎妖にとっては一息で喉笛を食い千切れる間合いに過ぎない。

 「るせえ! ドラネコ!」

 虎妖は自分が、横面に衝撃を喰らって90度真横に吹き飛んだのを理解した。完全に自分から気を逸らしていた敵に飛び掛った途端、信じられない速度で回し蹴りを放ったのだ。
 それでも猫のしなやかさで体勢を整え、受けた衝撃を殺して『壁に』着地、始めに天井を蹴った要領で虎妖は更に襲い掛かった。ダメージはほとんどない。

 「けっ…纏う必要もないぜ、てめえなんぞ!」

 雪之丞は吐き捨てるように呟くと、小さい体を更に小さく撓め、虎妖の突進にカウンターする形で、顎先に渾身の膝蹴りを叩き込んだ。更に畳んだ右膝から下で2段蹴りを決め、仰け反った腹に左右の拳を数発ずつ打ち込む。拳が中程まで沈み、骨の砕ける音がした。

 『ゴハッ……カッ!』

 「おいおい…まだまだだぜ?」

 連撃の衝撃で吹き飛びそうになった虎妖の濃い獣毛を掴み、力任せにプールへ投げ捨てる。100Kgを優に超えると思われる巨体が、縫いぐるみのようにぽーんと軽く放物線を描いた。

 「ぶっ壊しても問題ねぇよな、ここ。再開発の手助けしてやるか」

 プールの底に叩き付けられた虎妖は、痛みがマヒするほどの怒りにすぐさま立ち上がってみせた。荒い息が湯気のように白く吐き出され、軋り、歪む牙の列がガチガチと戦慄く。

 『グウウラアアアアアアアアアアアッッ!!』

 「だからうるせえっつの。誰に括られたのか知らねえが、こんな辺鄙な土地で吠えたって、聞いてるのは畑の案山子だけだぜ?」

 気負いもせず、気後れもせず。
 プールの縁に立ち、右手を突き出した雪之丞は虎妖を挑発してみせる。

 「秒間最高連射数に挑戦ってな」

 巨大な霊圧が、虎妖の周囲に満ちた。飛びかかろうと屈めた膝が、あまりの圧迫感に崩れ落ちてしまうほどの高圧だ。
 憎しみに満ちた顔を雪之丞に向けても、彼は表情一つ変えない。

 …マスクだし。

 「どうせ理性も残ってないだろ。消し飛ばしてやるから、大人しく成仏しな」

 マスク越しでも虎妖には理解出来た。嘘もはったりも、その台詞には含まれていないのだと。

 次の瞬間、霊波の弾幕が虎妖とプール、ついでに観客席を呑みこんで眩い閃光を発した。雪之丞本人は、マスクがサングラスの役目も果たしているので無事。職人の仕事が詰まった逸品は違う。
 絶え間ない連射は10秒にも満たない。
 その10秒で、プールと観客席は鉄とコンクリの瓦礫に変わった。ナマモノの虎妖など宣言通り消し飛んで一片の残滓も残ってはいない。

 「記録更新とは行かなかったか。考え事してると駄目だなオイ」

 もうもうと土煙を上げる現場を背に、雪之丞は小さく自嘲して縁から飛び降りた。
 タオレンジャー4名が呆然としているのを見て、軽くため息を一つ。特にピンクを見て。応急処置は済んだのか、裂かれたスーツの下から包帯が覗いていた。

 「見ての通り、オレの除霊はお前らの参考にはならねえ。今後は別の奴をつけてもらえ。美神の旦那達に万が一もないとは思うが、向こうが取り逃がした獲物が来るかも知れねえ。一応備えとけ。以上」

 ここで初めて、雪之丞はマスクを外した。頭にタオルを巻いた彼の顔は以前にも増して…

 「ああ! やっぱり伊達主任はヤクザっぽい顔つきが素敵です!!」

 「余計なお世話だ!! もう俺は着替える!! つか二度と着るかこんなもんっ!」

 マスクをレッドに投げつけ、大股で部屋へ戻る小さな後姿を、ピンクはきらきらした瞳で見送るのであった。

 「負けませんよ主任! まずは毎日メール打って印象付けなきゃ!」


 「「「………キャラ変わってるよピンク…」」」


 タオレンジャーの明日はどっちだ。
 カァカァと、山中の廃動物園にカラスの鳴き声が遠く流れていった。


 「ふええええーーーーーーーーーーーーーん!!!!」


 少女は一人、盛大に泣いていた。

 周囲に何の姿も無く。

 夕暮れに沈む己の影からも。

 ただただ、感情の赴くままに涙を流し続ける。


 「ふええええーーーーーーーーーーーーーーーーんっっ!!」


 …渦巻く悲しみの奥に、一つの決意を抱え。

 今までの自分を洗い流さんとして…号泣し続けた。


 「虎妖? へえ…これでライオンの鳴き声の謎も解けたわね。そいつの雄叫びだったってわけだ」

 「はい。そちらの首尾は疑うべくもありませんが…どうにも腑に落ちないものですね」

 「まーね。誰が帳を張って中に虎妖なんて放し飼いにしたのか。あのイレギュラーはどこから現れたのか。そもそも、何故、この場所なのか」


 とっぷりと夜が更けた現場。タオレンジャー本部に集合した面々で、最後の協議が行われた。
 マリアは美神達の車に寝かせてある。文珠の効果は一晩もあれば抜ける、とイマイチ信用し辛い横島の弁に従っての措置だ。
 冥子は結局、アフリカゾウの霊を除霊した。丑の式神バサラでの処置を終えた彼女は、己の不甲斐無さとゾウの末期の嘶きに感情を暴走させ…美神達が迎えに行った時には、膨大な霊力を垂れ流しにして泣き崩れていた。おキヌが龍笛による強制鎮静を行って、ようやく落ち着いたほどだ。
 4鬼の式神は、彼女の傍らに護符となって置いてあった。最後の理性をフル動員して納めたようである。

 『ぐす……ふえ……だって…暴走したら…令子ちゃん達と…お別れだって…』

 本来なら、霊波が暴走している時点で失格なのだが。
 美神は自分の胸に縋りついてぐずる彼女に対し何も言わなかった。式神を戻した配慮で相殺、という甘めの採点の結果だ。

 「帳は私達が要石12個を全部壊したから、もう作動しないわ。イレギュラーも退治したから、人が襲われることもない。これで依頼は果たしたわね。帳の犯人については、オカGに通報して調査してもらえばいいわ。それで最低限の責任は果たしたことになるし」

 陰陽の帳を形成していたのは、園を囲うように配置された漬物石大の要石1ダースだった。片っ端から(横島が)駆け回って破壊してきた。美神は指示しただけなのは、言わずもがなである。

 「我々としても、背景の究明は是が非にもやって頂きたいですね。報告書が空白だらけですよ、このままじゃ」

 レッド達GC班も、美神の提案に一応納得はしたようだ。

 「報酬の件だけど、規定通りの取り分に、こちらから少し上乗せして渡すわ。ちょーっと…身内の厄介事に巻き込んじゃったみたいだからさ」

 「……マリアさん、ですか。口止め料も込み、って事でしょうね」

 「分かってるじゃない? あの娘は大事な仲間なの。イレギュラーとどんな関係があるのか知らないけど、事の次第を耄碌錬金術師のボケに確かめるまでは、公にしたくないのよ。言霊使いのあんた達なら、『口約束』でもこの意味、分かるでしょ?」

 「ええ。天下の美神除霊事務所に対して貸しを作れるなんて、一緒に仕事した甲斐がありましたよ。約束しましょう、美神さん」

 レッドは手袋を脱いで利き手を美神の前に差し出した。軽く鼻を鳴らして唇を歪めた美神も、それに応じる。

 「ああ! 分かった! あいつ、バロンに似てたんだ!!」

 おキヌと並んでパイプ椅子に座っていた横島が、唐突に叫んで立ち上がった。叫びの内容に反応したのは、美神だけ。

 「バロン…中世でカオスが造った番犬ね? …なるほどね、言われてみれば細部に面影があるわ…それに『混沌の子供達』…この辺り、早急にケリをつけて正常化しないと、仕事に差し障りが出るわね」

 マリアの苦悩は、全てカオスに起因してのこと。
 美神は甲斐性なしの馬鹿錬金術師に対して心底から怒りを覚えている。
 己の研究を優先してマリアを放り出し、自分で考えろという割りには情報が少なく。挙句の果てが、『Chaos kinder』だ。
 全て我が身の不始末ではないか。1000年の叡智が聞いて呆れる。

 「あの爺…ぶん殴るだけじゃ済まないわよ」

 殺意をありったけ言霊に載せたような美神の呟きに、空気が凍てつく。虎妖の妖気なんて今の美神に比べれば、カップ麺の湯気みたいなもんだ。

 「みみ美神さん? では取り合えず、この場は解散でよろしいでございましょうか?」

 とにかく怖い美神に、レッドは崩れた敬語で伺う。青黄桃は固まって震えていた。よくよく部屋の隅がお好みのようで。

 「ん、そうね。じゃあ悪いけど、イレギュラーの件は私達に任せて。先方への報告も適当に濁してね。…言っておくけど、WGCAで邪魔をするような事態になったら…」

 「大丈夫だ。俺に全部任せといてくれよ。下手な横槍を入れないよう、ロディマスの旦那には言っといてやる。それでも何かするようなら、力づくで抑えるさ」

 黒タイツを脱いで、それでも黒が基調の私服姿の雪之丞が、引き継いで答えた。
 雪之丞がロディマスに借りがあると言っても、付き合い自体は美神達の方が長い。どちらとの関係を優先するかなど、とっくに決まっていた。
 人生の転機となったきっかけをくれたのは、美神達。
 一宿一飯の恩義があるのは、ロディマス。
 長く裏社会を経験している雪之丞は、取捨選択のドライさでは美神の上を行く。いざとなればWGCAと決別してでも、美神達の事情を優先するつもりだった。
 …ご飯は、横島にたかればいいし。

 「信用してくれよ、旦那」

 「とか言って弓さんとの関係を壊したくないだけだろうが色ボケ」

 「んだとコラ!? てめえと違って俺はフラフラ目移りしてねえ分、信用されてんだよ!!」

 「じゃあ正直にそこのピンクさんとの関係も告白するんだなコラ!? おキヌちゃん早速弓さんに連絡だ! 写メだ写メ! タイトルは『チビと桃のひみつの恋発覚?!』で!」

 「馬鹿かてめえ!!? 当局へは俺が自分で連絡するっつの!! どーぜ叱られんだ、一度で全部済ませて許してもらう!!」

 額を突き合わせて歯を剥く横島と雪之丞。
 携帯持ってませんようーっ、とうろたえるおキヌ。
 無言で目を細め、天華を取り出す美神。
 ただただひたすらに冷や汗を流す、タオレンジャー。

 (……私〜……やっぱり〜……)

 混沌の中、彼女にしては珍しく、美神から離れた場所で抱えた膝に顔を埋めていた冥子は、ずっと考えていた計画を実行に移す決意をしていた。

 (このままじゃ〜……駄目なのよう…)

 ずどどん、という震動と共に二人の男が再び天井と地面に刺さる。
 冥子は降り散る埃も気に留めず、スカートの裾を握り締めて震えていた。


 …そして翌日。

 六道冥子は、厄珍堂の戸口を潜る。

 しばしして出てきたとき、彼女の手に握られていた瓶には…

 『ミチガエール−α』

 そう、ラベルが貼られていた。


 つづく


 後書き

 竜の庵です。
 動物園編終了。謎の大半はオカG預かりとなりました。美神の請け負った仕事分はこなしたので、事務所的には無問題。
 伏線を張るよりも、回収する事の難しさを認識しています。マリア関係のものをなんとか整理して、風通しを良くしないと。


 ではレス返しを。


 傍観者様
 おろ、もう知っている方が。意外とメジャーなのかー…
 対横島に特化した成長を遂げています、おキヌちゃん。普段はいい娘。
 自分が本気で黒キヌを書いたら、ダーク指定になりますよ…うふふふ…


 meo様
 うちのブラックは体内にコンセントとか持ってないしなぁ…でもおかゆライスは喜んで食べるかもしれない。
 バイパーの技。そうですね、肉体はともかく、脳内退化で幼児化なんて技はその内会得するかもです。


 内海一弘様
 まぬけ時空の市民権に脱帽。皆知っておられるのですね。イワッシーは西条が妥当な気も。鴨池もいたなー
 カオスは当SSではかなりの大物扱い。色んな場所に災禍の種を蒔いております。本人が忘れているようなものも。だから厄介。
 残念ながら横島もおキヌも携帯は持っていない設定でした。でもまぁ…タオレンジャー方面(というかピンク方面)から伝わる…かな? 宣戦布告だ、とか言ってデート中に割り込むとか。修羅場修羅場してますが。
 あと考えられる音響兵器は…某ガキ大将の歌声を真似るとか。あれは声とは呼べない筈。


 スケベビッチ・オンナスキー様
 龍笛一喝のバリエーションはまだまだ増える予定です。
 天野唯というと、犬雀様の除霊委員シリーズですね。読み返したくなりました。
 イレギュラーの正体はカオス製品でした。あ〜るは心の聖書です。アレは良いものだ…
 伏線だらけでとっ散らかってるなぁ…カオスについてのものは、現状お話の本筋なのでもう少し話数を重ねないと解決出来ないのですが。歯痒いものです。
 冥子の成長については…次話以降で語れるかと思います。一応脳内では出来上がり済み。
 なんか評論家が混ざってますね…淀川晴男?
 カタストロフAとジェノサイドZ? でしたかあの殺虫剤は。企業名が出ていなかったので、組み込んでみました。他にも色々と。うふふ。


 柳野雫様
 おキヌちゃんが強いのは身内だけですから。美神は万人に強いけれど。
 ブラックは私生活に嵐の予感ですね…
 コツコツと伏線は回収していこうと思っております。のんびりとお待ち下さいませ。そればっかりだな自分。いいのか自分…


 てぃREX様
 タオレンジャーワールドは、彼らの価値観に周りを引きずり込むものです。今回、雪之丞はあくまでタオブラックという一人の隊員。怪人役、という括りはザコに対してちょっとだけ強い存在であれば、言霊が乗るので問題ありません。
 今後もし共闘の機会があれば、てぃREX様のような台本もアリです。それもまた『お約束』の世界ですしね。何より熱いし!


 以上、レス返しでした。皆様有難うございます。


 次回は冥子が主役でしょうが、流れ的にはマリアを主軸にしたお話になっていくかと思います。
 冥子ファンの方には、かなり違和感のある彼女の姿をお見せすることになりそうです。壊れ表記も付く予定。

 ではこの辺で。最後までお読み頂き、有難うございました!

BACK< >NEXT

△記事頭

▲記事頭

yVoC[UNLIMIT1~] ECir|C Yahoo yV LINEf[^[z500~`I


z[y[W NWbgJ[h COiq O~yz COsI COze