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▽レス始

「スランプ・オーバーズ!05(GS+オリジナル)」

竜の庵 (2006-10-09 23:00)
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 入院経験のある者ならば、分かるかも知れないが…

 白衣の集団の圧迫感というのは、ひどく独特で、ひどく不安を煽る印象を受けるものだ。

 ざわざわと言葉が音にしか聞こえない喧騒の中、マルタは『炉』の最終調整を行っていた。
 本来なら、この場にはドクター・カオスの出席が不可欠なのだが、彼は炉の最終調整に必要な準備のためだと言って、現場から一人逃れていた。

 (責任とは無縁のお人だからなぁ…)

 愚痴を呟いても作業は進まない。炉の建設に関わって半年ほどで、マルタの頭に染み付いた教訓の一つだ。

 「マルタ主任。カオス氏がいなくて平気なのかね?」

 音の一部が漏れ出して、マルタの耳に届いてきた。正直無駄話をする暇はないけれど、声の主はこの研究所の運営には不可欠な大手スポンサーの一人。下手をうって機嫌を損ねれば、面倒この上ない。

 マルタは苦手な愛想笑いをどうにか浮かべ、フォーマルなスーツに身を包んだその男に向き直った。

 「万事順調です。魔王殿は現在別所にて炉の調整を行っています。我々と一緒では逆に効率を落としてしまいますから」

 炉を背負ったマルタの目に飛び込んできたのは、音を発する白衣の壁。目の前のスーツなど、白地に落としたインク程度の存在感しかない。
 稼動実験の最終段階とはいっても、究極的な目的に対しての進捗度はまだまだ低い。
 スポンサー連中を集めてお披露目するほどの成果ではないだろう。これからちょっと研究が進むたびに、着慣れない白衣と防護服に身を包んだ集団が、見学に訪れるとでもいうのか。

 「私はオカルトには全く疎いのだが…この施設が君達、WGCAの発展にどう関与していくのかは少し興味があるな」

 「畑違いでしょうからね、大半の企業とは…各業界への波紋も、多少はあると思いますよ。この『霊源炉』の本格稼動が実現すれば、既存エネルギー産出国に対しての大きなアドバンテージになり得ますから」

 「大きく出るね…まるでコールダーホールの落成現場にいるようだ」

 「…ご期待下さい」

 世界初の原子力発電所の名を引き合いに出した男は、マルタに軽く頭を下げると白衣の群れの中に紛れていった。

 (頭下げやがった…なんだあの人。そういや一人だけ白衣着てないし…)

 上からモノを言うのが仕事のスポンサー連中に、あんな偉丈夫がいたとは。

 しばし呆然とするマルタであったが、腕時計を見ると最初の稼動実験開始時刻に迫ってきていた。

 慌しく周囲の部下に指示を飛ばし、自身も炉のチェックに走り回る。

 (…ま、こんな胡散臭いものに大金を出そうって連中だ。変な奴がいて当然か)

 自分も含め、造る側にも当てはまる構造だ。マルタは頭を振って作業に戻っていった。


 「…おお、久しいの『魔王殿』。ふはは、よせよせ。ワシに付けられた二つ名など、しょせんは二番煎じのうすっぺらいもんじゃて。
 …ああ、久々にでかい研究をな。お前さんとの契約はまだ生きておるじゃろう? そっちに繋いでおったパイプのバルブをな、くるっと開けてやってほしくてな。
 …何を言っとる。そもそも、お前さん達との契約に悪印象があるのは、代価に赤ん坊や処女の娘なんぞを求めるからじゃろう。悪ふざけは魔族がやると洒落にならんわ。
 …ああ勿論。前回は600年…いや650年程度だったか? ならば今回は破格の代価になるな。ワシの溜め込んできた知識…おおよそ1000年分のデータじゃ。
 『アカシックレコード』最新版。
 これを代価に、今回の契約の更新分とするが良い。
 ……あ? なんじゃそれ? ワシの別荘? 異界に? おー、あったな確かに。
 ほう。前回のレコードを収めておったのか。…そう怒るな。管理には確か……おおうそうそう! マリアの素体にもなったあ奴…名前は……ど忘れしたな。
 はっはっは! 気にするな。あそこに置いてあるのは、大半が組み立て途中で放置してあるモノばかりじゃろう? 自立機能もないわい。
 …では頼むぞ。レコードの受け取りには誰を寄越すんじゃ? おや、あの戦乙女の嬢ちゃんか。分かった。こちらの稼動に合わせてやってくれ。おう、ではまたな。
 …次に会えたなら、酒でも酌み交わそうぞ。友よ」


 暗闇に広がる、血の色の魔方陣。

 その中央に立つ黒衣の老人ドクター・カオスは、手に持った通信機…小さな羽根をぱたぱたと羽ばたかせるそれを懐に仕舞いこんだ。

 「…これで準備は完了じゃな。炉の本体はマルタ君がおるしの」

 マルタは、WGCAの母体である柊コンツェルンが吸収合併した、とある製薬会社の研究者だ。以前、薬事法違反を承知でサイキック能力増幅薬を開発したり、強力な殺虫剤を裏ルートで販売したり…会社にとっては手に余る存在だった。

 (ワシには遠く及ばんが、マルタ君の開発能力には目を見張るものがある。丸投げして問題ないじゃろ)

 マルタが聞いても喜ぶか嘆くか分からないが。カオスなりの褒め言葉で彼を認めている。

 「…む、そういえば…あの管理人とマリアのリンクは切ってあったかのう?」


 魔方陣から出ようとする足が、ぴたりと止まり。

 「…今の今まで忘れとったのに、んな作業しとる訳ないな! がはははははは!」

 盛大に笑い飛ばした。

 「…マリアがここに来ることがあれば、その時には全て…」

 笑い声が闇に散っていく。

 急に真顔になったカオスはほんの一瞬だけ爺バカな、好々爺のような笑みを浮かべ、魔方陣の輝く広い空間から去っていった。


 カオスの齎す混沌は、本人の叡智に比例して巨大なものになろうとしていた。

 …偶然とかうっかりも含めて。


               スランプ・オーバーズ! 05

                     「陰陽」


 じーーっと見つめる。
 うん、草食獣の眼ってなんだかとっても優しくてきれい。

 「………………」

 更に見つめる。
 長い鼻が彼女の前に差し出され、「撫でてー」と催促してくる。


 「で〜〜〜〜き〜〜〜〜な〜〜〜〜い〜〜〜っ!!」


 六道冥子は与えられた式神4鬼…クビラ・バサラ・アンチラ・シンダラ全てを周囲に侍らせた、プチハーレム状態で叫んだ。
 今日何度目かの雄叫びに、式神達にも精神的な疲れが見られる。冥子の心理状態がフィードバックしているようで、彼女の側とゾウの周りを行ったり来たりと落ち着かない。

 「うう〜〜…でも〜〜私の式神達に〜〜浄化は出来ないし〜…」

 冥子は巨大なアフリカゾウの幽霊を前にして、悩み尽くしていた。

 …かれこれ1時間以上も。

 美神の言いつけは、このゾウの処遇。とは言っても、冥子にやれることなどほとんどない。選択肢は最初から一つしかないも同然だ。
 GSとは、霊を祓うもの。
 祓うことを前提に、プロは動く。冥子のこれまでの仕事だって、最後には悪霊を駆逐して終わっている。
 しかし冥子は困惑していた。
 悪霊なら、十二神将の力で如何様にも対処出来る。妖怪でも、魔族であってもだ。
 六道家に来る依頼は、美神の所と同様、大半がお得意様のものだ。一見さんお断りの看板を掲げているのではないが、高級料亭と同様、市井の人間が入るには敷居が高い。
 となると、冥子の特性を知っていて依頼に来るものばかりになり、その内容も偏ってきてしまう。
 何が言いたいかというと…冥子はこれまで、『悪霊と戦って排除する』仕事しかしてきていない、という事実だ。
 もぐら叩きのように現れる悪霊や妖怪を、十二神将の力で叩き潰せば終わり。
 十二神将が強すぎるのも問題の一つだ。六道家への依頼とは、十二神将を頼ってのもの。
 そこに、六道冥子はいない。
 彼女に求めるのは十二神将のコントローラとしての能力のみ。
 由緒・歴史・由来…受け継がれし十二の力。
 本人に全く自覚はないようだが、これは家柄が生む立派な害悪の一つであると言える。

 「ぞうさんがなるべく痛くないように〜…除霊するしかないのかしら…」

 まず十二神将ありき、という六道家伝統から外れている今の冥子は、とにかく考えることしか出来ない。浄化能力のある式神がいない以上、浄霊は不可能。

 結局は、いつもどおりにやるしかないのだろうか。

 だから、冥子は考える。自分の乏しい除霊経験から最善手を見つけ出さないと…


 「令子ちゃんに褒めてもらえないわ〜」


 …だそうである。

 一生懸命頭を捻る冥子を、ゾウの霊は優しい眼差しで見つめていた。


 「じゃあ横島君? 貴方が見た敵の姿形を、レッドに『伝』えてくれる?」

 「ういーっす」

 冥子を除く全員が揃った、タオレンジャー本部。

 美神の命に応じ、横島は猛獣舎でやりあった相手の特徴を文珠『伝』に込めて、言霊使いレッドに渡した。

 「これが…文珠。正直言って、君のような高校生が使えるなんて信じられないな」

 レッドの銀色の手袋の上に載せられた文珠は、ダイヤのようなカッティングをされていないにも関わらず、きらきらと光を反射して輝いている。

 「凄いです!! 綺麗ですよこれ!! 横島さん、一個くれませんか!?」

 ピンクは両手を胸の前に組んで、背丈が同じくらいの横島に詰め寄っていった。リスのような可愛らしい表情に、一瞬目が泳ぐ。

 (…!!)

 横島の謎センサーが、瞬時に彼女の容姿を数値化し、出力を始める。年上のおねーさんに弱い彼だ。多少データに誇張があったかも知れなかったり。

 「わはははは! いやいや、おねーさんが僕とお付き合いしてくれるんやったら文珠の一つや二つ安いもんですよ! 私服のピンクさんも見てみたいなー! 自宅で寛いでる時のラフでちょっと無防備な、初心な青少年の煩悩をくすぐる大きめYシャツ一枚での寝起き姿とか!?」

 少し暴走気味だったが。

 「私、自宅じゃいつもジャージですよ! ピンク色の! TシャツはあるけどYシャツは二枚くらいしかありません!!」

 ピンクのテンションは横島に肉薄するものだった。文珠の輝きが彼女を捕らえて離さない様子である。

 「いーないーないーなーーー! レッド隊長、これ使ったら私に下さいよ! 指輪に加工して家宝にしますから!!」

 「ピンク…文珠がどんな代物か、分かってないね? 僕の言霊より千倍強力な『事象の変換』が可能なアイテムなんだよ?」

 「………使ったらなくなるぞ、ソレ」

 不機嫌な声は、タオブラック…伊達雪之丞が発したものだ。体中から吹き出す不機嫌オーラに、誰も部屋の隅に近づけないでいた。
 …もうバレバレなんだから、マスクは外せばいいのに。この場は、タオブラックで押し通すつもりなんだろーか。

 「ええーーー!? なくなっちゃうんですか横島さん!? 横島さん? どこ行ったんですか横島さーーん!?」

 暴走発言後、ぷっつりと台詞の消えていた横島はこの場からも消えていた。

 「……サイレント・キリングか。旦那も派手な技ばかりじゃねぇってことだな」

 「ああっ!? いつの間にか横島さんがステージで血塗れになって倒れてる?! そして指先にはダイイングメッセージが! 『みか』って誰ですか!? 恋人の名前とか?!」

 「横島さん、温州みかんが大好きでしたから」

 笑顔のおキヌがドアをぱたんと閉めた。とてもいい笑顔です。

 「みかん好きは置いといて、話を続けるわよ」

 出口にとても近い位置に立っていた美神が、先を促した。足元に赤いものを拭ったハンカチが落ちているのに、誰も気づかない。気づいても詮が無い、とも言う。

 「レッドには文珠にある『何か』を探してもらうわ。イレギュラーだろう、そいつをね」

 「イレギュラーですか…? それは一体?」

 レッドの当然の疑問を、美神はその前に、と制した。

 「あんた達、私が謎解きして私が片をつけてもいいの? 言ってみれば商売敵なのよ?」

 「あ…そうでしたね。伊達主任、そこんところどうなんでしょう?」

 美神の圧倒的な存在感に、レッドは仕事の背後関係をすっかり忘れていた。自分達はWGCAの斡旋で仕事を請け負った。ここで美神の指揮で動くようなことになれば、組織の面子を潰すことになりかねない。
 言われてみれば、当たり前の話なのに…ブラックはともかく残りの4人全員すっかり失念しているのは、一仕事人としてどうだろう。

 「…別に構わねぇよ。俺達は美神の旦那と協力して霊障を鎮めた。結果的にそういう形にさえなってりゃ、ロディマスの旦那も文句は言わねぇよ」

 どうでもいいが、ブラックの声はマスクのせいで聞き取りづらい。ショーの最中のように、マイクをセットしてあるわけではないので余計に。
 美神は後ろ手に天華を握り締め、マスクを叩き割ってやろうかと考えた。

 「旦那、おかしな事はしないでくれよ。正当防衛でも寝覚めが悪い」

 (…っ! 殺気を気取られた? 随分逞しくなったみたいね…)

 「…冗談よ。そのロディマスって誰? あんた達の上司?」

 「ロディマス=柊は、WGCA−JAPANの支部長を勤めている人物です。上司というか大ボスですかね」

 「俺はあの旦那に恩義があってな。GCに協力してやってるんだ。ぺーぺーの教育なんて性に合わないんだが…」

 柊。美神はその名に聞き覚えがあった。
 しかし、その件について追求するのは後だ。美神の知っている情報が確かなら、WGCAという組織は確かに、GS協会の対抗馬として十二分な相手となるだろうから。

 「ま、今回は元々の依頼がGCとGS両方にいってんだ。どうとでもなるだろさ」

 「報酬なんかは全部済んでから考えましょ。あんた達の方が経費はかかりそうだし、ぶっちゃけ面倒くさいしね」

 あ、冥子にやらせるか。
 美神は今もゾウの前で悩んでいるであろう、臨時の弟子に厄介ごとを任せることにした。冥子だってとろくてどんくさいだけで、計算の出来ない子ではない筈だし。
 要は忍耐力だ。
 …周囲の人全ての。

 「んじゃいいわね? 現在、この動物園に起きているであろう推測を述べるわ」

 長机に歩み寄った美神は、赤いマジックを手に取ると、動物園地図全域を覆うように見慣れない印を書き入れた。

 「これは『陰陽の帳』っていう一種の結界よ。園内の西側にだけ悪霊が沸くのがその証拠」

 「この印は太極図…?」

 美神が地図に描いたのは、道教のシンボルであり、韓国国旗にも描かれている黒白の文様、太極図だった。それが園を覆っている。

 「陰陽の帳っていうのはね、簡単に説明すると…霊を選別・捕縛するための結界ね。『陰』に魄、『陽』に魂ってな具合に。これは陣の術式にもよるし、選別するものによって臨機応変に変えていくんだけど」

 美神は描いた太極図に更に『陰』と『陽』を書き加える。向かって西側のゾーンに陰、東側には陽と。

 「調べてみないと分からないけど、今回の術式だと単純に悪霊と善霊を分けただけみたいね」

 陰の帳側にいたタオレンジャーが悪霊と遭遇し、陽の帳側の美神達が温厚なアフリカゾウの霊に遭遇していたのは、この結界のせいだ。
 美神は推測でしかないと最初に断っていたが、説明を聞けば聞くほど、これ以外の解釈はないと思えてくる。

 「し、しかし誰がそんなものを…」

 「さあ? そこまで調べるのは仕事のうちに入ってないわね。この結界陣自体は設営に時間が掛かるだけで、素人でもアンチョコ見ながら描けるレベルよ。発動にはそれなりの霊力が必要だけど」

 美神の請け負った仕事は、『ライオンやゾウの鳴き声に対する原因調査と、調査団を襲った化け物の退治』の二点である。
 仮に悪意ある第三者の手によってこの結界が構築されたとしても、犯人の逮捕までは契約内容には入っていない。せいぜいがオカルトGメンに通報するくらいである。それは『霊障』ではなく、『犯罪』なのだから。

 「ねえ美神さん。資料によるとですね、『動物園全域に渡って霊的存在の出現を確認』ってなってるんですけど…これって、猛獣舎のある方にも悪霊が出たってことじゃないんですか?」

 資料のファイルを見ていたおキヌが、そんな質問をしてきた。いつの間に復活したのか、横島もそれを覗いている。流血は止まっていたが、血に染まったシャツが少し見苦しい。

 「陽の帳にだって、霊は出るわよそりゃ。一般人からしたら、悪霊も浮遊霊も一緒くたに見えるだろうし。何かに襲われた人間なら尚更にね」

 「でも、おかしいっすよね? 人が襲われたのは猛獣舎前…陽の帳でしょ? そっち側には悪霊は入らないんすよね確か」

 しかも唯一の、被害報告だ。陰の帳では怪我人は出ていない。これは、傍目にも悪霊の徘徊が確認出来たからだろうか。
 悪霊の出現と、ライオンやゾウの鳴き声を関連付けて考えられる一般人が、そういるとは思えない。調査団は悪霊のいる西側を避けて、東側を猛獣舎まで進んできたに違いない。

 「そこで登場するのが、さっきのイレギュラーよ。レッド、文珠を使ってみて」

 「あ、はい…これどうやって発動させるんですか?」

 ずっと握り締めていたため、しっとりと温かくなってしまった『伝』の文珠。その価値を知っているレッドはおっかなびっくり尋ねてきた。

 「んあ…そういや、普通のGSは知らなくて当然よね。神通棍や破魔札と同じように霊力を通してやればOKよ。自然に込められた事象が発動するわ」

 「や、やってみます…」


 「「「リーダーファイト!!」」」


 青黄桃の声援を受けて、生唾を飲み込んだレッドは文珠を両手で包み込んで発動させる。

 「あーーーーー…なくなっちゃった…勿体無いなぁ」

 とはピンクの弁。まだ諦めてなかったのか。

 「うわ! こりゃ凄い…イメージが流れ込んできましたよ。こんな霊能、どのカテゴリに当てはめればいいんだ…?」

 「うはははは! ピンクさんがご所望なら分かりやすく説明をば手取り足取りっ! ついでにピンクさんの桃色な部分も…ぼふっ!?」

 ピンクの悲しげで切なげな表情…それは物欲しげな表情と言うのだが…に色んなナニカが湧き上がった横島だったが、突然脳を襲った物理的衝撃で意識を途絶させた。くたんと崩れ落ちる彼の背後に、龍笛を構えたおキヌがいました。

 さて読者諸兄の皆さんは、エコーロケーションという言葉をご存知だろうか。
 コウモリやクジラ、イルカ等が用いるレーダーの一種で、自身の発した超音波の反響によって周囲の様子を確かめるというものなのだが。
 なんとイルカには、餌を捕食する際に、この超音波を獲物にぶつけて昏倒させる技もあるのだ。

 『龍笛一喝 〜超指向性断罪バージョン〜』

 これは横島限定でおキヌが使える、見えない鉄槌。美神の極めて具体的な折檻とは対照的なまでにスマートな、超音波兵器である。

 強いぞ僕らのおキヌちゃん!

 そして何でもありになってきたぞおキヌちゃん!

 …閑話休題。


 無表情で笛を仕舞うおキヌに戦慄しながらも、レッドは脳裏に現れたイメージの正体を推測していた。

 「…これが、イレギュラー?」

 「そ。帳に紛れ込んできた、異分子よ。そいつ、霊圧がほとんどないのよ。見鬼くんやマリアのセンサーでは捕捉し辛くてね。あんたのこだまうちなら、なんとかなるかしら?」

 「え、ええ…元々失せ物探しにも用いられるので…」

 「便利ねー。で、手応えだけで言うなら…ゴーレムかしら。えらく硬かったし。とにかく、そいつがこの結界の一部を破壊して侵入したからこそ、周囲にゾウやライオンの鳴き声が漏れたってわけね」

 「大きさは人間程度…二足歩行…外観は薄暗くてよく分からないが、横島さんと打ち合った武器は重い刃物…鉈のような。それが両腕に備わっている。動きは俊敏で、パワーもある、と。…恐ろしく精密なイメージですね」

 似顔絵を描いて見せるよりも、遥かに正確な手段だ。横島が受けた斬撃の重さまで伝えるのだから。
 …レッドは己の言霊との格の違いを思い知る。タオレンジャーワールドを展開したとしても、これだけの質の情報をやり取りすることは出来ない。
 なにより驚いたのは、『伝』で受けたイメージから、一切の主観が消えている事だ。数字の羅列のように、相手の情報だけが伝わってくる。
 レッドは急に背中から冷や汗が吹き出すのを感じていた。

 (…これは異常だ。文珠とは、これほど…これほど、人智を超えた代物なのか!?)

 「ちょっと、なんか顔色悪いわよあんた。そんなにグロテスクなやつだったの?」

 美神は暗がりで戦う二つの影目掛けて、天華を叩き込んだだけなので。姿は見ていなかった。

 「い、いえ…文珠の凄さにちょっと驚いて。えっと、それで…僕はこの相手を探せばいいんですね?」

 「ええ。そいつが調査団の人達を襲った筈よ。まだ断定は出来ないけど、捕まえて写真撮って、襲われた人達に照合を頼めば一致すると思うわ」

 正体を掴むのはその後。既に園内から逃亡している可能性もあるし。

 「では、こだまうちを行います。ステージに出ましょう」

 「OK。マリア! ……マリア? 起きてるー?」

 今まで全く発言していなかったマリアは、雪之丞とは対角線上の部屋の隅に、ぼーっと立ち尽くしていた。先ほどまで青黄桃ひみつ会議場だったところだ。

 「…イエス。自己診断・プログラム・ドライブ中でした。…異常は・ありません」

 虚空から美神に視線を移したマリアは、平坦ないつもの調子である。…普段のポーカーフェイスを貫けていると、本人は思っていた。
 横島とおキヌが話しかけようとするのを、美神は目線で制した。全ては、今の仕事を終えてからだ。

 「マリア、貴女は空中で待機。相手の位置が掴めたら即座に急行していぶり出して。センサー精度は最大まで上げておくのよ? 微かな霊気でも捉えられるようにね」

 「了解・しました」

 「俺達はここで待機してるぜ。こだまうちは、余計なザコ共まで反応しやがるからな。GC班でそれらは片付けてやる。美神の旦那達は、思う存分イレギュラーって奴を追ってくれ」

 仕事と私情はきちんと分けているのか、雪之丞がそう提案してきた。タオレンジャーは人数的にも追撃より要撃に向いている。場面魔術によるワールドの展開規模も限られているし、美神達の機動力にはついていけない。

 「そう? んじゃザコ処理は任せるわ。共同作業の大義名分も立つし、こっちも動き易いわ」

 「ではステージへ」


 …タオレンジャーとの諸々の会議で、意外と時間を食っていたようだ。
 真上にあった太陽も大分傾いてしまっている。
 美神は猛獣舎に残してきた冥子が、若干心配になったが…あそこは陽の帳。悪霊の類は出ないから暴走のトリガーは少ないだろう。何かあれば連絡してくるか、酉の式神シンダラにでも乗ってこっちに来るはず。

 「では、始めますね。離れていて下さい」

 ステージの中央で、柏木を構えたレッドが厳かに唱え始める。


 「『極めて汚も滞無れば穢とはあらじ

   内外の玉垣清淨と申す

   我意に塗る言にこそ

   添え求め

   急く求め

   事へに返りて答へと為すなり』」


 最後の一句を朗じると同時に、構えた柏木を打ち合わせる。澄んだ音色が、レッドの霊力を伴って波紋のように周囲へ広がっていった。

 「………1分もすれば、なにかしらのリアクションはあると思いますよ」

 「マリア、行って」

 指示通りにマリアが飛び出していく。タオレンジャーも、レッド以外は全員マスクを着けて臨戦態勢を整えてある。
 ブルーの投げて寄越したマスクを装着し、レッドも準備完了。
 横島とおキヌは普段どおりの自然体で、ただマリアの後姿を心配そうに見送っていた。

 「柏木を使うのは、木霊とかけてるから?」

 美神にも気後れはない。集中はしても、緊張はしないのがプロというもの。レッドの鳴らした柏木に興味を惹かれるくらいの弛緩はあっていい。

 「ええ。言霊を載せやすくなりますしね…っと、感ありです。ここから南東に200メートルほどに、件の相手が。あと、ちらほらと弱い反応も。これは一般霊のものです」

 「マリア! 聞こえたわね!」

 『イエス・ミス・美神! センサーにも・捉えました。追跡・及び・迫撃を・開始します』

 「横島君、おキヌちゃん! 行くわよ!」

 「らじゃーっす!」

 「はい!」

 「僕らも準備にかかるぞ! あ…伊達主任も、もう一度だけお付き合いお願いします」

 「わあってる! っつうか横島笑うな!! てめえ会議中俺を見ては含み笑いしやがって!! 後で絶対ぶっ飛ばしてやる!!」

 「お前一度は自分の姿鏡で見やがれ! 笑わずにはいられんから! じゃあな黒タイツ!! ぎゃははははははは!!」

 爆笑しながら走り去っていく横島に、殺意と憎悪の篭った視線を(マスクの中から)送る雪之丞。忌々しげに唾を吐こうとして…自重しました。

 「すいません伊達主任…僕らいつも4人で仕事してるんで…」

 「似合ってます! 伊達主任! 適当間に合わせヒーロー姿でも!! 私なら全然OKです!!」

 タオレンジャーは実は4人組のヒーローだ。伝統に則るならば中途半端なのだが…言霊使いレッドに催眠術師ブルー。黒魔術の使い手はイエローにピンクと…構成的に5人目の入る余地が無い。
 彼らのスーツは、TVの特撮番組のスーツも扱っている会社に発注している、言うなれば『本物』。素材も小道具もショーに耐えるクオリティと、除霊に耐えるリアリティを兼ね備えた逸品である。

 よーするに。

 ブラックのスーツは、彼らの営業用に使う、現地調達バイト君用ザコ戦闘員の全身黒タイツに、予備のバックルとかワッペンなんかを適当にくっつけた…『やっつけスーツ』なのだ。

 …横島が笑い、雪之丞が素顔を晒さないのも頷ける仕打ちと言えるのではなかろーか。決め台詞で掲げる標語も『その他』だし。元々いないんだから、しょうがない。

 「ロディマスの旦那の顔に免じて、今回だけはやるけどな…! 金輪際二度とお断りだからな!」

 「…ノリノリだった癖にナ」

 「昨夜の除霊じゃ『タオブラック・グレートメガクラッシャー!』とかオリジナル技繰り出して、悦に浸っていたのに」

 「お知り合いの方と会われた途端に恥ずかしがる姿も素敵ですよ!! 小動物みたいでした!」

 黄青桃のコンボ攻撃が容赦なく彼のガラスのハートを叩き割る。…マスク越しでも、雪之丞が赤面甚だしいのが伝わってきます。

 「うるせーーーーーーっ!! 昨日はマスクに吹き付けたラッカー塗料のシンナー分でラリってたんだよ!! 前もって用意しとけよ!? むちゃくちゃ気分悪かったじゃねーか!!」

 「すいません、支部長が当日まで伊達主任と合流する旨を秘密にしてたんで…」

 「旦那ぁーーーーーーーっ!? 茶目っ気出してんじゃねーーーっ!!」


 「へくちっ!」

 「支部長、風邪ですかってキモいくしゃみするな」

 「春乃君酷っ!?」


 「! 伊達主任、来ましたよ。よろしいですね?」

 まだ夕暮れにもならない時間帯だったが、ステージの観客席や周囲の木々からわらわらと悪霊が沸いて出てくる。

 「今の俺はタオブラックだぁーーーっ!!」

 「よし! みんな行くぞ! 『我が意 闘志挫けぬ輝きの 詣でて祭りし 五色の戦士』!」

 「催眠誘導…我々は悪しき魔物を断つ5振りの剣也」

 「場面魔術展開!! ゴー!」

 「タオレンジャーワールド!!」


 レッドの言霊がブルーの催眠誘導術によって各々の意識に浸透し、イエローとピンクの展開する場面魔術が更なるヒーロー世界を構築する。
 タオレンジャーワールド、完成。

 「ぅ行くぞぉ!! みんなぁっ!!」

 「「「おうっ!!!!」」」

 レッドも役に入りきり、暑苦しい喋りが復活している。


 ただ、雪之丞だけは言霊の影響も催眠にも掛からず、独自の世界を展開する4名を蚊帳の外から眺めていた。役割上最低限の同調はしているが。


 (…これってまぬけ時空だよなぁ…)


 いやそれは分かる人がいないだろう。

 雪之丞は内心で一人ボケツッコミし、羞恥をマスクの内に秘め殺すのだった。


 つづく


 後書き

 竜の庵です。
 動物園・謎解き編でした。次回こそ、解決編にもっていきたいと思います。
 レッドの祝詞もどきは我流ですが、冒頭だけ一切成就祓という詞をお借りしています。
 言霊繋がりでいろいろ調べてみると、大和は言葉の幸たる国だ、という前回の柿本人麻呂の歌の意味が分かって、なるほどなぁと感心してしまいました。

 ではレス返しです。


 木曾麻緋様
 お互いマイペースでいきましょう。それが幸せですぞ。
 今回のお話で、色々伏線の整理は出来たかと思いますが、自信はありません。(マテ
 あ、現場にショウチリは来てません。冥子という爆弾を抱えている以上、あの二人のお守りまでやってらんねえよ! という美神の叫びがあったとかなかったとか。単に描写し忘れでした。申し訳ありません…
 感想を頂けるだけで幸いです。ありがたやーー


 にく様
 『その他』のひみつは、今回で明らかに。全く大したことなかったですね。
 六道チームへは、恐らくコードネーム『絹』から連絡があるでしょう。ブラック&ピンクの微妙な関係にも容赦なく突っ込みが入ると思われます。シュ・ラバーの予感ひしひし。
 楽しい作品を今後もなんとか書ければいいなと。よろしゅうですよ。


 内海一弘様
 ブラックとGCの関係についても、そのうちクローズアップして書きたい…じゃないと意味不明ですしね。
 美神は時折ドS化するというか、他人イジリを楽しむことがありますよね。執拗なまでに。言葉のナイフで滅多切りみたいな。
 マリアについても、口を濁すというか筆を濁すというか…はぐらかし続けてます。マリア絡みはカオス絡みでもあって、ちょっと書きにくくなっている現状です。ごめんなさい。


 柳野雫様
 天然相乗効果で場は和みますが、話は止まる。バランスは大事です。
 美神は癇癪持ちの子供みたいな印象。随分やらかくなりましたが、まだまだ目が離せない感じで。
 GS美神の世界では黒=ユッキーの図式があるんですね。もう少し搦め手で見せられれば良かったかな、と反省中です。分かりやす過ぎ。
 弓さんには伝わりますね(断言)。だって友達思いのおキヌが、『親切心』で弓に雪之丞発見の報告をしないわけがありません。うん、修羅場だ。
 マリアは今、ちょっと難しいのです。ぶっちゃけこっちの都合なので、マリア好きの方には申し訳ないのですが。じりじりと書いていきますゆえ、ご容赦を…


 スケベビッチ・オンナスキー様
 タオレンジャーは美神のカリスマに圧倒されているイメージ。業界でも超有名人ですよね。美神は。
 オリジナル要素が多いと、説明がくどくなる。説明を減らすと、意味不明になる。コンパクトにその辺の要素を纏める技量があれば、一話の分量も減らせるのですが。困ったものです。精進致します。
 ・マリアは現在腫れ物状態。ちょっと扱いあぐねているのです。もう少し時間を下されませい。
 ・GS協会とWGCAの関係は、公立と私立のような。ただ、組織の形態が異なっているのと、WGCAの方が商業意識が強いのはあります。多分。力関係はまだまだ未知数ですね。
 ・冥子は次回、一大決心の予定。
 ・雪之丞はGC側。経緯はその内…宿題が溜まっていく感覚です。ぎゃふん。
 ・ほのぼのか…これは非常に険しく高い壁だと再認識しています。誰か教えてーーーっ
 スケ様のツボに意味無く箇条書きでお返事。
 オーバーズにしても短編にしても、ほのぼのは異常に難しいジャンルになってます。ほのぼの観を見直して一から出直すつもりであります。
 スケ様の次作にも期待しております。よろしゅうですー


 もけけぴろぴろ様
 おおー…言われてみると、似ている? あの作品、長編は全巻揃えて持ってます。本棚の底に埋まってますけど。
 「俺様に逆らうとガムテープで剥がし殺すぞ!」
 くらいショウにも言わせてみたいものです。美神相手に。


 以上、レス返しでした。有難うございました。


 次回こそ、動物園編終了。
 冥子の進退にも動きを出す予定です。壊れ表記がその内必要になるかも…
焦ると碌なことにならないので、またゆっくりと進めます…

 ではこの辺で。最後までお読み頂き、有難うございました!

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