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「スランプ・オーバーズ!04(GS+オリジナル)」

竜の庵 (2006-10-03 22:14)
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 マリアは猛獣舎から飛び出してきた影を追って、地面すれすれの低空を高速飛行していた。

 (…通常データ内に・該当・ゼロ。…コード・666−A承認。アカシック・レコードの・開封を・行います)

 追跡を続けるマリアの頭脳では、一つの変化が起こっていた。
 凄まじい逃げ足を見せる対象から、更に細かい情報を収集していく。

 (…レコード内に・Cレベルデータ・有り。細部データを・補完。対象を・『カオスチルドレン』・と認定)

 マリア自身にも分からない情報が、『自動的』に蓄積を開始する。
 彼女の主観では到底処理し切れない量のデータが、マリアを媒体として遥か彼方へ送信され、僅かなタイムラグをもって短い文が返ってくる。

 『データ受信完了。記録抹消−60セクの後再起動』

 ほんの一瞬、視界にノイズが入り…


 気がつくと、マリアはジェット噴射の余熱を脚部に感じながら…追うものの消えた遊歩道の真ん中に立っていた。

 (……見失いました……残念です)

 彼我のスピード差は大したことは無かった。
 だが、『対象が急に速度を上げ、マリアの最高速を上回ったために追跡を断念、着地して排熱に務めた』ので、見失ってしまった。

 記録は、そうなっていた。

 (…………)

 記憶も、間違いはないと叫んでいる。

 (…………ドクター・カオス。マリア…何か・違和感・あります)

 記録でも記憶でもない、彼女の魂に残る何かが…マリアを不安にさせた。
 誰かを裏切っているような。
 誰かを騙しているような。

 「…マリア・壊れましたか?」

 ぽつんと呟いても、答えるものは無く。

 ただ、遠くからやけに軽快な音楽が聞こえてくるのみ。

 「……音楽? ここは・閉園された・施設のはずです」

 猛獣舎のあった東側ゾーンから、大分離れてしまったようだ。見取り図を思い出し、現在位置を確認する。

 「周囲風景から・西側・海獣ゾーンの・ようです。音楽は……ステージの・方角」

 きらめき動物園の当時のウリの一つに、イルカやシャチといった水棲哺乳類達のショーがあった。動物園に併設する形で、中規模の水族館をも展開していたのだ。
 経営失敗の一因が、浅はかな施設の増設にあったことは語るべくも無いが。

 「…マリア・壊れないうちに・少しでも・皆の・役に立ちたい…」

 排熱の済んだジェットの燃料を確認し、マリアは再び空中へと飛び出した。
 目標は、半球型ドーム状のショーステージ。
 周囲の木々より高度を上げると、ステージはすぐに視認出来た。

 「…………?」

 マリアは空中にホバリングすると、ステージ上にいる『原色が目に痛いスーツを纏ったヘンな人々』の特徴をスキャニング。
 半分フリーズしかけた思考回路の中から情報を検索、最も解答に近そうな内容を引っ張り出す。

 「…あれは・以前・デパートの・屋上で・バイトしたときの・制服に・似ています」

 マリアは自分が着ていたのはピンク色だったなぁと思い出しながら、情報を確定した。

 「………ヒーローショーが・演じられている・確率・80%超過・です」

 様々な疑問はあるが、取り合えず。

 マリアは美神に連絡を入れるべく、インカムのスイッチを入れた。


 ステージでは5人のヒーローがポーズを取った背後で、5色の煙がぼかーんと立ち昇っていた。


             スランプ・オーバーズ! 04

                   「英雄」


 ヒーローショー開演中。


 いやいやいや。
 ここは除霊の仕事で訪れた、閉鎖した動物園で。
 目の前には、人を襲ったかも知れない大きなアフリカゾウの幽霊がいて。
 冥子が心底楽しげに…仕事なんて忘れて…ゾウと戯れていて。
 隣では、横島君が自分と同じよーな表情でこっちを見てて。

 「……えっと」

 通信機の向こう側にいるマリアに返す言葉が見つからない。

 「な……何マン?」

 美神がやっとこさ思いついた疑問は、ベクトルがおかしかった。どしゃ、と横島がこける音も痛々しい。

 「今はレンジャーが主流ですよ…って違うか」

 『過去の・特撮ヒーロー戦隊もの・全32作品に・該当無し。オリジナルと・思われます』

 「んなデータまであるの!?」

 『マリア・日曜の朝は・早起き・ですから』

 褒めて下さいと言わんばかりの言い様に、美神は頭を抱えた。集まった材料がばらばら過ぎて、まともな推論を組み立てることもままならない。

 「美神さーーんっ! 横島さーーーんっ!!」

 「おっと、おキヌちゃーーーーーーーんこっちだーーーーーっ!」

 女声への反応なら三界一の横島が、いち早くおキヌの声に気づいて両手を振った。
 猛獣舎を囲む鉄柵の、すぐ外にまで駆け寄ってきたおキヌは、乱れた息もそのままに松浪から聞いたGCの話を切り出す。

 「昨日から、そのゴーストクリーナーの人達も、園内に、来ているそう、なんです」

 「何よ、そんな話聞いてないわよ? 松浪さんは?」

 「結界の中で、待っててもらいました。その、GCさん達は海獣ゾーン? ってところを、重点的に、回っているそうです」

 おキヌはいつ美神が般若と化すか、気が気ではなかったが。意に反して、彼女の様子は落ち着いたままだった。

 「あ〜、おキヌちゃ〜ん! ほらほら〜〜ぞうさ〜〜〜ん」

 「うわあ! ぞ、ぞうさんの幽霊なんて初めて見ました!!」

 「バサラちゃんよりおっきいのよ〜〜」

 「わあ! 冥子さん、背中に乗るのは危ないですって!? でもちょっと羨ましいかもー…」

 天然系二人がきゃいきゃいと騒ぐ中、美神は情報の整理をフル回転で行っていた。

 「…マリア。その連中のとこ行って、私らが来てることを伝えて。そいつらは同業者よ。んでもって多分、『言霊使い』」

 『了解・しました』

 「言霊って何すか?」

 「見れば分か…んー、らないかな。冥子! そのゾウをどうするか、あんたの判断に任せるから」

 横島の頭の中で、除霊戦隊コトダマンなんてフレーズがぱっと思い浮かんだ。全くの意味不明だが。チームで除霊するんかな、とぼんやり思う程度だ。

 「シロがいれば、ゾウの話も聞けたんだけど…」

 「あの、龍笛で成仏してもらいましょうか?」

 「駄目。今回は冥子がメインだって言ったでしょ? 難しい判断は全部あの子にしてもらうわ。直接的な霊力制御や精神修養なんかは現場の外でもやれるけど、除霊の現場でしか培えない判断力や計算は、そうやって磨かないとね」

 最終的に美神は、冥子に独立して事務所を立ち上げられるほどの実戦力を叩き込むつもりだった。
 報酬額の折衝や細かな規約の制定、スケジュールの調整…渉外役としての仕事も教え込み、安易に他人や親、式神に頼らない心の強さを、身に着けさせたい。
 時間はかかるだろうが、ここで手間を惜しんで半端に世間に放り出したら、これまでと同じだ。
 この際徹底的にスパルタで美神流を叩き込み、一流の自覚を、一流の自負を持って卒業させたい。
 気分はもう、醜いアヒルの子を育てる鬼教官である。古い例えですが。

 「冥子! 分かった?」

 「え、うん〜…ゾウの鳴き声がした〜っていうのは〜…多分この子よね〜…じゃあ〜…」

 ゾウに跨ったまま、懸命に現状を把握しようとする冥子に、心中だけでそっとエールを送り。

 「おキヌちゃんと横島君は荷物の回収お願い。松浪さんには帰ってもらっていいわ。車までお送りしてね。彼から聞ける話は全部聞いたし、私は一足お先にマリアと合流するから」

 松浪からもらったパンフを開いて海獣ブースの位置を確認すると、すぐに横島へ投げて渡す。

 「んじゃ、向こうで合流しましょ。さっきの奴がどこにいるか分からないから、横島君はおキヌちゃんのガードよろしくね。あっと、冥子! アンチラとシンダラの護符も渡しておくから、もしもの時は使いなさい。ただし! 一度でも暴走したら、うちから叩き出すし二度と受け入れないわ。いい?」

 「えええ〜〜〜〜〜〜〜っ!? 令子ちゃん厳しい〜〜〜っ!」

 「厳しくない! 少しでもGSとして大成したいなら言う事聞くの!」

 暴走すれば、事実上の絶縁宣言だ。
 冥子は涙目になってゾウから降り、美神に詰め寄ってきた。迫力は皆無ですが。

 「はい護符! 不満があるなら別の研修先を探しなさい。私のやり方はこうよ」

 「ぶぅ〜〜〜…分かったわよぅ〜〜〜〜…令子ちゃんの意地悪〜〜」


 一連の様子を眺めていた横島とおキヌは、顔を見合わせて苦笑した。
 相変わらずの、姉御っぷりである。

 「ま、少しは器用になったんかな…美神さんも」

 「そーですね。ちゃんと冥子さんのためにやってるんだって…伝わってますし」

 「赤面してないし」

 「大人になりましたねー」

 「俺の時給上げたときなんか、真っ赤っ赤になってどもりまくってたのになぁー」

 「目先の大金にも耐性がついたみたいですよ、美神さん。私何だか嬉しくて涙が出りゅっ!?」

 「後は子供じみた理由で折檻する癖さえ直しゃ、表に出しても恥ずかしくない娘にぷぎゃおうっ!?」


 「わたしゃ育て方間違ったあんた達の子かっ!!」


 2条放たれた天華の一閃はいつも通り横島をカチ上げ、軽ーいもう一閃がおキヌをでこぴん刑に処した。
 おキヌへの突っ込みで天華を振るったのは初めて。
 やはり愛の鞭とは平等に振るわれるものだ、と美神は自己結論に辿り着いた。

 「…勢いでやっちゃったくせに」

 「………」


 ヒーローショーに必要な配役は3種類。
 ヒーロー。
 雑魚戦闘員。
 そして。


 「ふはははは。雑魚に・勝ったところで・お前達に・勝利の術は・ないぞ」


 マリアは今、ヒーローと相対していた。


 「ん何だとぉう!?」

 アクセントの位置が若干暑苦しい、独特な喋り口調で反応したのがリーダーらしい赤いスーツのヒーロー。

 「惑わされるな! 奴は幻惑の魔女、女幹部『マリアドンナバラ』! 奴の吐き出す毒花粉には、俺たちを惑わせる作用があるんだ!」

 子供にも分かりやすい、はっきりとした説明を行ったのは赤い人の隣の、青のスーツ。

 「速めに決着を着けないと駄目なんだナ」

 のんびりとした口調のムードメーカー、黄色いスーツ。

 「私の技で毒花粉は防げるわ! 最後の一撃を決めるのよ!」

 ひどくファンシーな装飾のステッキを凄まじい勢いで振り回し、ポーズを決めるピンクのスーツ。

 「………………………………………………………………………俺たちの力を見せてやろうぜー」

 4人並んだヒーローの背後に隠れるようにして、マリアからはよく見えない黒いスーツ。


 「「「「おう!!!!」」」」


 「馬鹿め・私の・毒花粉で・仲間同士・戦うがいい!」

 マリアは両手をヒ−ロー達に向けると、凄くひらひらさせた。ひらひらさせた、としか形容のしようがない動きで。無表情とのコントラストが、怪人ぽさの演出に一役買っていた。

 「馬鹿はそっちよ! くらえ、桃色の嵐! チェリーブロッサム・インディケーーション!!」

 長い技名を叫ぶと、一歩前に出たピンクがステッキを力強く振り回し始める。
 マリアはそれを確認してから、ひらひらさせていた両手をだらんと垂れ下げた。ちょっとだけ感じる、チェリーなんたらの起こす風に、力無くよろめいて見せる。

 「ば・馬鹿な。私の・毒花粉が・逆流して・我が両腕を・破壊した・だと」

 「タオピンクの愛の力を舐めるなぁ!! ぅ行くぞみんなぁ!!」

 レッドの号令で、素早く4人は集結しクライマックスに向けてのフォーメーションを取る。
 …ブラックだけ、疲れた様子でちょっとだけ遅れた参加した。

 「喰らえぇ!! 『勇気』・『友情』・『博愛』・『努力』・『その他』の5つの力を結集した『タオレンジャー・マキシマム』! 照準セェーーーーット!!!」

 5人が各々持っていた武器が一つに合体、5色のカラフルな砲身を持つキャノン砲が完成した。
 ピピピピピ…キュピーン、と遠くの観客でも聞こえるように、大きめの照準音がマリアに狙いをつける。

 「し・しまった」


 「「「「マキシマム・ストライク!!!!」」」」 「…ストライクー」


 ブラック以外の4人の声が揃った。
 射撃音は、某宇宙戦艦の艦首砲にそっくりだ。
 砲口から吐き出された5色の光線は、仰け反った姿勢で待機していたマリアに直撃、一瞬のタイムラグの後に。

 「我が帝国に・栄光あれ」

 仰向けにゆっくりと倒れたマリアを包み込むようにして、爆炎を吹き上げた。

 「ネオカオス帝国の女幹部、マリアドンナバラを倒したぞぉ!!」

 エンディングの爽やかな音楽が流れる中、レッドは力強く拳を空へと掲げた。
 彼の仲間達もまた、同じように拳を高く突き上げる。ブラックだけは小さく。

 「俺たちの戦いはぁ、これからだぜぇ!!」

 「「「おう!!」」」


 ちゃちゃちゃーーーんっ、ちゃちゃっ

 絶妙のタイミングで音楽も終わった。


 『…こうして、世界征服を企む悪の秘密結社・ネオカオス帝国の野望は、彼らタオレンジャーの活躍によって潰えたのであった!


 おめでとうタオレンジャー!


 そしてありがとうタオレンジャー!


 また会う日まで!』


 音割れの酷いナレーションの声が、がちゃりと途絶えた。


 「…よし、カット! ふぅ、ようやく脱げるよー」

 場の空気に満ちていた彼らの霊力が、レッドの言葉で薄れていった。

 「マリアさん、お疲れ様! もういいよ」

 ゴミ袋を持ったブルーが、倒れているマリアの周囲に散らばった花火の残骸を回収しながら、マスク越しでも分かる清々しい声で労ってきた。ステージの脇ではイエローが年代物のラジカセからテープを取り出し、ピンクと何やら話している。

 「イエス・ミスター・ブルー。お疲れ様・でした」

 「少し駆け足でしたが、あれで十分です。我々も助かりましたよ」

 起き上がろうとするマリアに手を差し出すレッドの声は、疲労と喜びに満ちていた。

 「マリア・怪人役は・初めてでした。今後の・アルバイトの・参考に・します」

 「GSだけじゃ食べていけないんですか? やっぱり大変なんですね」

 精巧に造られたレッドのマスクを外した彼の顔は、二十代前半の柔和な青年のものだ。口調は素に戻ったためか、おかしなイントネーションが消えている。

 「ミスター・レッド? ヒーロー・ではない・貴方は・なんと呼べば?」

 素朴な問いに、レッドは人差し指を振って答えた。声に漲る想いは、マスクが無くてもヒーローのものである。

 「タオレッドですよ。僕らがGCである限り、ね」

 矜持と誇りに満ちた声。

 …その自信に溢れる姿は、己の機能に疑問を抱いている今のマリアには、少しだけ眩しく映る。
 悲しいかな、自分は非・人間である。
 一度抱いてしまった懸念や不安を、データとして焼き付けてしまう。時が忘れさせることも、知らないうちに解消される事もない。
 中途半端だ、とマリアは思う。
 完全に機械なら疑問も浮かばない。完全に人間なら、同じ『人間』の友や仲間に相談すればいいし、アルコールの力で一時でも忘れることが出来る。

 …鋼の心、とはよく言ったものだ。

 (…マリア・人間に・なりたいの・でしょうか?)

 疑問は更なる疑問を呼び、マリアの人工魂を軋ませる。

 美神は、自分を人間よりも凄い存在だと評した。
 チリは、自分を人間の女性と同じ温かみを持つ存在だと微笑んだ。

 機械は悩まない。
 でも自分は悩んでいる。

 機械のバグか?
 思考のパラドックスか?

 (…マリア・やはり・修理が・必要です……)


 「あ、あれ? マリアさん? もしもーし?」

 急に黙り込んでしまったマリアに、レッドは何度も話し掛けるが…反応が無い。

 「しゅ、主任!? マリアさんが止まっちゃいましたよ!? バッテリー切れ? それとも大事なネジが飛んでったとか…!?」

 マリアの登場は極めて派手だった。
 とある理由でショーの終演が出来なかった一堂の前に、轟音と共に飛来してステージに着地し、自らをアンドロイドだと名乗ったのだから。
 ヨーロッパの魔王ドクター・カオスは有名だが、彼の従者たるマリアの存在はそれほどでもない。いわんや人工的に精製された魂をその身に抱いた、人造人間なんて情報は。
 いまだ駆け出しのGCであるタオレンジャーが知る由もない。

 「…落ち着け。もうすぐ保護者が現れる。そうすりゃ直るさ」

 主任、と呼ばれてレッドが頼ったのは…ステージの隅で頑なにマスクを外そうとしないタオブラックだった。
 既に他の4名はマスクを脱いで久々の外気に顔を綻ばせていると言うのに。

 「…ほら来やがった。お前ら、ちょっと気をつけとけ。奴さん、気が荒いからな」

 ブラックがマスクの顎でショーステージの向こう、観客席の方を指した。

 天に伸びた金色の鞭が客席外縁の手すりに絡みつき、一気に持ち主の体を前方へと引き上げた。現れた人物の美貌と体術のキレに、タオレンジャーの面々からため息が漏れる。

 「あんた達ね? 胡散臭い組織から派遣されてきたパチもんGSは」

 威風堂々とは、彼女の代名詞か。
 レッドは彼女が現れただけで、舞台と客席の関係が逆転した事を理解した。

 「貴女が…オカルトGメン日本支部長、美神美智恵の娘…令子さんですか」

 「あら、そういう言われ方は新鮮ね? 大抵は世界最高のGSとか、GS長者番付一位の、とか崇め奉られるのに」

 「…単に、貴女より先に美智恵さんと面識があっただけですよ。(崇めって!?)」

 美智恵が表舞台に復帰してまだ数年。オカGでの影響力は凄まじいが、世間的な知名度では美神令子の方が勝っていた。
 美神は美智恵の娘、と他人に言われることに慣れていない。
 嬉しいような恥ずかしいような…でも本心では、誇らしいような。

 「あの方は、GCという新たなシステムを歓迎してくれましたよ。度量の広い女性ですね」

 「当ったり前じゃない! 誰のママだと思ってんのよ。っと、じゃあ私の自己紹介はいらないわね。あんた達の素性を聞かせてもらいましょうか」

 その前に、と美神はステージの天井、照明が連なる鉄骨に鞭を絡ませて再び跳躍した。

 「…華のある人だ。羨ましい限りです」

 観客席とステージの間には、イルカショーを行えるだけの広くて深いプールがあるのだが、美神は一息にそこを飛び越えてきた。長い亜麻色の髪がたなびく姿からは、一流のオーラが滲み出ている。

 「…ん、マリア? ったく、この娘はまた…ほら、ぼーっとしてないでしゃきっとしなさい!」

 ステージに降り立った美神は、まず最初にマリアの額を指先で軽く弾いた。

 「! ……ミス・美神? いつ到着・されましたか?」

 「今よ今。仕事中は任務に集中しなさい。悩み事ならあとで聞いてあげるから」

 「……イエス・ミス・美神…」

 冴えない返事だったが、まあ良しとしよう。

 「さて、それじゃ仕事のお話をしましょうか? 何ちゃらマンの皆様」

 マリアの悩み事は、根が深そうだ。仕事の片手間に答えられる代物ではないだろう。
 美神はきっちりスイッチを切り替えると、芸能人でも見るような視線を送ってくるヒーロー達に向け、不敵に微笑んでみせた。


 「我々はWGCA−JAPAN所属のゴーストクリーナー…GCネームはタオレンジャーです。僕がリーダーのタオレッド。レッドで結構です」

 ステージの裏には、いわゆる前室、と呼ばれる6畳程度の広さの待機室があり、タオレンジャーはここを拠点にしていた。
 持ち込まれた長机の上には青焼きされたきらめき動物園全図が広げられ、遭遇した悪霊の情報が少なくない数、書き込まれていた。

 「同じく、ブルー、イエロー、ピンク。それと…」

 「…オレノコトハイイ」

 部屋の隅、何故か女性週刊誌を広げているブラックは…まだマスクを着けている。そして何故か裏声。

 「…あー、彼は未熟な僕らをサポートするために派遣された、いわば助っ人GCです。僕らの除霊のシステム上、あんな格好をしてもらっていますが…本当の実力は、計り知れません」

 机を挟んで彼らと向き合っている美神は、一度も視線を合わせようとしないブラックから感じる霊圧に、レッドの言うことが事実だろうと踏んでいた。
 抑えに抑えている…嵐の凶暴さを凝縮したような、好戦的な気配がびんびん伝わってくる。
 …というか、猛烈に見覚えのある霊圧だった。

 「何、あんた達新人なの?」

 美神は不思議な国にいるチェシャ猫のような笑みを巧妙に隠し、わざとらしく驚いてみせた。

 「除霊スタイルが今の形に落ち着いてからは、半年も経ってませんね。それまでは4人別々で、モグリのGSをやってましたから」

 「へー…の割には、結構渋い構成の術式で仕事してるじゃない。ねえ言霊使いさん?」

 「うわあ…流石は美神さん。僕らの格好から言霊が連想出来る人物なんて…うちの支部長くらいかと思ってました」

 伊達に才能がものを言う世界のトップに君臨してはいない。文字通りの死線を幾度も潜り抜けてきた美神にとって、思考の柔軟さは死活問題そのもの。
 後に横島にも受け継がれたこの発想力こそが、業界トップの実力を支えていた。

 「いい線行ってると思うわよ? 言霊にプラスして、催眠暗示と儀式魔術で能力の底上げ及び維持を行う。理に適ったやり方よね。いいチーム構成よ」

 レッドの、いやタオレンジャー4人全員の口がぽかーんと開いていた。自分達のスタイルをここまで完全に把握されたのは初めてである。

 「凄い方ですね…僕らの格好を見て笑わないのもあるけれど、あの舞台と短時間の霊視だけで全て見通されるなんて…」

 「この業界、ヘンな奴なんて山ほどいるのよ。あんた達なんて可愛いもんよ。世の中には、『魔族の手先になってGS試験に潜入、見解の相違から裏切って人間側に着き、女子高生の彼女なんて作った挙句に尻に敷かれて、堪らず世界行脚の武者修行に出るも全ての連絡手段を掌握されて、結局毎日電話する羽目に陥ったチビで粗野でバトルジャンキーのアッパー系馬鹿』なGSだっているんだから♪」

 びりびりびりびりぃっと。
 ブラックの持っていた週刊誌が真っ二つに裂かれて宙に舞った。
 マスクのため表情は見えないが、何だかヤバい震え方をしている。よーく監察すると、マスクの顎部分から汗が滴っていた。

 「…冗談だけどね。…最近全然連絡が取れなくなって、そいつの彼女がものすっごく怒ってるってウチの従業員に愚痴ってたなんて、令子知らなーい♪」

 滴る汗の量が、ちょっとした雨漏りから細く開けた蛇口ぐらいに増える。
 美神はブラックの異変などどこ吹く風とばかりに、頬杖をついて更に続けた。

 「これも冗談だけどー、ちょっと前に某所から押収した『全国制服美少女巡り名門校編』っていかがわしい本のねー…出所ってのがそいつらしくてー…怒ったうちの従業員がー、そいつの彼女にー…」


 「美神の旦那後生だからもう許してくれ…!!!」


 ブラックは残像が椅子に残るくらいの超高速で跪くと、土下座を始めた。タオレンジャー、唖然。

 「あらー? 何で必死になって正体隠そうとしてるブラックさんが謝るわけ? そんなに必死なんだもん、貴方の正体なんて分かるわけないじゃなーい? 霊圧が独特過ぎて特定出来ないほうが馬鹿らしいなんてあるわけないじゃなーい?」

 「あれ? 美神さん、伊達主任とお知り合いなんですか?」

 「そこぉーーーーっ!! 名前出すんじゃねぇーーーっ!!」

 レッドの軽はずみな発言に、がばちょと跳ね起きたブラックの怒声が被さる。

 「「「伊達主任に…高校生の恋人…」」」

 青黄桃の3人は、いつのまにかブラックとは対角線上の部屋の隅に集まって、ひそひそと謎の会議を開き始めていた。桃の手が高速で携帯メールを打ち込んでいるのを、超加速もかくやというスピードのブラックが遮って消去する。

 「てめえら…! な、何だその視線は!?」

 「主任…同世代の女性じゃ背丈で勝てないからって、高校生に手を出すのは…」

 「伊達主任は制服フェチなんだナ」

 「主任! 私じゃ駄目なんですね!? 10代限定なんですね!?」

 「だぁあああっ!? すげぇ面倒くせぇ!?」

 三者三様の反応に、ブラックの霊圧(独特)が跳ね上がる。

 (…霊波砲ぶち込んで、静かにさせよう)

 洒落にならん高霊圧で満ちた右腕を、3色に向けるブラック。当たれば色が混ざってどどめチックになるだろうが、沸騰した頭に手加減の文字は浮かばず。

 見世物用の5色キャノンではない、本威力の霊波砲が炸裂する寸前、


 「『静心セヨ』


 レッドの低く徹る声が全員の鼓膜を打った。6畳の狭い部屋だというのに、その声はエコーがかかったように広がり、じんわりと淡い熱でゆったりと、乱れた空気の揺らぎを元に戻していく。
 ブラックが放出していた刺々しい霊圧もまた、収縮している。小さな舌打ちが黒いマスクの下から聞こえた。

 「へぇ、今のがあなたの言霊ね。中々修行してるじゃない」

 騒乱の原因を作った張本人は、口笛を鳴らしてレッドを褒めた。
 有名人の賞賛に、レッドははにかむような照れた笑みで恐縮している。

 「屋内で、狭い空間ですから。僕一人の力でも好条件が揃えばこの程度は。ほら三人とも…伊達主任も落ち着いて下さい。仕事の話が出来ないでしょう」

 「俺はまだ10代だ! 世が世なら高校生だ! 女子高生と付き合って何が悪い!?」

 「…とまあ、霊力の強い方にはほとんど効果がありませんけど。文字通りのお呪いですね」

 「だからこその、扮装でしょ。言霊にはったりと説得力は不可欠だからね」

 『言霊』。

 大初に言葉ありき。
 キリスト教にもそうあるように、言葉と超存在を結びつけて信仰の対象とする傾向は遥か昔から存在した。
 古来、神の意思を伝えるのは神官や巫女であり、彼らの言葉こそが神の言葉。そして神託の意の込められた言葉は、民衆にも力を与えてきた。

 「事は『言』。言葉にすれば、物事は現実となる。伝承に残る言霊使いは、自分の言葉一つで昼を夜にしたそうですよ」

 「『しきしまのやまとの国は言霊のさきわふ国ぞま福(さき)くありこそ』…柿本人麻呂もそんな歌を詠んでるくらいだしね」

 「お詳しいですね。万葉集ですか」

 「そらで詠えるのは、100首もないけどね。それより、仕事よ仕事。あんた達を雇ったのも某県なの?」

 「依頼人はそちらと同じですよ。我々が先乗りしてたのは、単純にスケジュールの問題です。まだ二日目ですから、大したことは分かっていませんが」

 守秘義務はないのだろうか、と美神が怪訝に思うくらい素直にレッドは答えた。この場だけの密談…そんな雰囲気でもない。

 「…『こだまうち』はご存知ですか? 美神さん」

 「? 初めて聞くわね…」

 「言霊使いが用いる探霊技術の一つです。言うなれば、霊用のソナーでしょうか。言霊を載せた霊波を広範囲に打ち込んで、反応を見るんですよ。昨夜から霊波の網に引っかかった悪霊の駆除をしていたんですが…」

 言霊使いの戦いとは、端的に言えば相手を言葉で倒すもの。
 しかし当然、ただ単に『滅べ』と叫ぶだけで相手は滅んだりしない。
 通常、言霊を除霊に用いる場合はサポート的な役割が多い。というより、単体の言霊のみで除霊を行うことはまずない。
 現実問題として破壊力が無いのだ、言霊には。
 タオレンジャーの除霊スタイルは、言霊使いの戦闘方法としては破格である。
 言霊に力を上乗せするための、ヒーロー姿。これは己の言葉に身体をシンクロさせる意味がある。『霊波砲』より『タオレッド・バーストクリティカルエンド!!』の方が言霊として力強いから。催眠暗示による説得力の補強である。
 そして、場面魔術。情景魔術とも呼ばれる黒魔術の儀式で、狭い空間を己の世界観に引き込む。そうする事で相手にすら『ヒーロー世界を強要』するのだ。

 「場面魔術には弊害がありまして…特定のプロセスを経ないと『タオレンジャーワールド』を終えられないんですよ。黒魔術ですから、呪いの側面も強くて」

 言うなれば、『お約束』の実行。ヒーロー物のお約束は…

 「ヒーローは、最後に怪人を倒さないとならない…怪人クラスの相手を倒す必要があったんですよ。こだまうちで見つけた悪霊では役者不足で、マリアさんにお手伝いして頂いて事なきを得ました」

 お陰で半日ぶりにマスクを脱げました、と朗らかに言う。功労者のマリアは、部屋の隅にじっと佇んだままだ。自分が話題に登っても無反応。
 美神は横目でマリアの様子を確かめる。あの謎の影を追う最中に何かあったんだろうが、黙して語らぬマリアから無理に聞き出すのは嫌だし、そもそも意味が無い。

 「大抵の場合、悪霊の中に集団のボス格がいますからそれを怪人に見立てているんですが。今回はやけに弱めの力しか持たない悪霊ばかりで…」

 「弱め…? 西側には悪霊がたくさん…雑霊ばかり。東側には悪霊はおらず、ゾウの霊と、謎の相手…ねえレッド。さっきのこだまうちって、探査対象を絞り込んで行うことは出来る?」

 レッドの何気ない一言に、美神の勘が働いた。きらめき動物園で起こっているばらばらの事象が、彼女の中で一つに纏まろうとしていた。

 「え? 明確なイメージがあれば…ある程度は」

 「OK。それならどうにでもなるわ。あんた達に探してほしいもんがあるのよ。恐らくは、ゾウやライオンの鳴き声がする原因で、悪霊が湧く原因でもあるものをね」

 「何か掴まれているんですね? やっぱり世界最高のGSは違うなぁ」

 感心しきりのレッドに、軽く手を振って。

 「今、うちの面子もこっちに向かってるから揃ったら話すわ。夜通しヒーローショーやってて、あんた達も疲れてるでしょ? 今のうちに休んでおきなさい」

 「お気遣い感謝します。正直マスクも汗臭くて…半日は拷問でした」

 美神の物言いは完全に上からなのだが、タオレンジャーは既に美神の指揮下で動くことを暗黙の内に容認している。
 美神の放つ雰囲気と振る舞いは、タオレンジャーが暗示と魔術で作り上げる世界を、軽く体現していた。

 『GS美神ワールド』。

 除霊のヤマは、今晩にも訪れそうだった。


 余談というかおまけ。


 「だぁあっはっはっはっはっはっはっはっは!? 何やってんだ雪之丞!! あれか!? 弓さんに愛想つかされて自棄になった挙句、ボクは正義の味方になるんだとか言ってコトダマンに入隊したとか!? しかも黒い! 小さい! お前にヒーローは無理だっつーの!! ぎゃははははははははははははは!!」

 「久々に会った最初の台詞がそれかぁーーーーーーっ!! あいつに愛想なんざつかされてねぇし正義なんてウソ臭いもん座右の銘にする気もねぇっ!! っつかてめぇあの本見つかってんじゃねぇよ!? めちゃくちゃ苦労して手に入れたんだぞコラ!?」

 「全身黒タイツのお前が何を言っても茶番!! 悔しかったらコトダマンロボでも呼んで踏み潰してみろってんだ馬鹿!」

 「コトダマンじゃねぇーーーーーーーーーーーっ!! センスねぇな相変わらず! それだから女にモテねぇんだよ横島!! 悔しかったら彼女の一人でも連れて来やがれっ!!」

 ガルルルルルル…と睨みあう両雄を余所に。

 横島と共にちょっと汗臭いタオレンジャー本部に合流したおキヌは、隣に立つタオレッドに素朴な疑問をぶつけた。

 「あの、タオレンジャーってどういう意味なんですか? 道術とかと関係が?」

 「ああ、これはですね」

 レッドは爽やかに微笑むと言った。

 「不撓不屈の意味を込めてあるんです。『倒れん』って。言霊を込めやすい、分かりやすいイメージが必要だったので」

 「…………………思いっきり日本語なんですね」

 「…………………僕もセンス悪いから、モテないのかな……」


 「だぁぁ表出ろコラ!?」

 「やろうってのかオラ!?」

 「少し黙れ馬鹿二人っ!!」

 「「うぎゃああおうっ!?」」


 おキヌとレッドは、天井と地面にめり込んで痙攣する両名を見て、それぞれの深い思いを込めた…


 深く大きなため息をついた。


 つづく


 後書き

 竜の庵です。
 タオレンジャー登場で終了…前回の後書きでお伝えした、動物園編の終了とはいきませんでした。申し訳ありません。
 もっと頑張ろう…

 では、レス返しです。


 スケベビッチ・オンナスキー様
 ヒーローはこんな感じでした。ステレオタイプのヒーローショーです。
 謎はどんどん積み重なっていくばかりでー…転がり始めるまでは、こんなペースで堆積していくばかりでしょう。
 開き直って、のんびりと展開させていこうかとー。
 頑張ります! 色々! 色々ぉぉっ!


 柳野雫様
 もっとほのぼの分を補給したいところです。
 登場人物も増え、謎も増えて。なんとか綺麗にまとめて締めたいですねぇ。
 松浪さんはいい人。あまり性格悪い大人は書けないのです。
 忙しいことは良いことです。お体ご自愛下さいませー。


 以上レス返しでした。有難うございました。


 次回ものんびり展開します。
 急いで転んだら痛いですし。
 ほのぼのしいモノも書きたい…禁断症状が出そう。

 ではこの辺で。最後までお読み頂き、有難うございました!

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