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▽レス始

「スランプ・オーバーズ!03(GS+オリジナル)」

竜の庵 (2006-09-27 20:57)
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 「…という訳で、先月の依頼件数は目標数値の118%を達成、立ち上げ月にしては上々の結果だと思われます」

 補佐官の淡々とした報告に、男は軽く頷いてみせた。彼の指は忙しなくパソコンのキーボードを叩き続け、くるくると画面を追う瞳は赤く充血している。

 「いいねー。でもまあ、実際の収益に繋がるのは三ヶ月以降ってところかな? 地盤固めでかなりの予算を使ってるし」

 「例のラボでの研究も、魔王殿を筆頭に順調な進捗状態を維持しています。来月には一つの結果を出せるものと」

 「ははっ。一つの結果、ね」

 男…WGCA−JAPAN支部長は、一旦手を休めるとデスクの向こうで怪訝な顔をしている補佐官に、道化のような満面の笑みを見せる。海外のコメディドラマで見られる、観客を意識した動作だった。

 「…何か、気になることでも?」

 支部長のおどけた仕草は、彼女にとっては見慣れたもの。…今度やったら殴ろうと思いつつも、表面上は眉一つ動かさずに、重心だけをやや踵寄りに移す。瞬発力が、勝負である。

 「安易に結果なんて言葉は使っちゃいけないよ? 日本人と違って、我々は結果こそを重んじる。こんな、過程も過程、道程半ばの中途半端な状態でのたった一歩を、結果の一つだなんて…ちゃんちゃらおかしいってもんだよ」

 「私は日本人ですから」

 素っ気無い一言に、支部長の笑顔が固まる。

 「それに、貴方だって半分は日本人でしょうが」

 補佐官が知っている数少ない彼の情報…その一つに、彼がアメリカ人と日本人のハーフだというものがある。
 補佐官の任について数年になるが、積極的にこの男の情報を集めようとした時期もあった。
 しかし、表に出ている情報以上の項目が埋まることはなかった。名前と国籍、年齢と性別…毎年行われている健康診断の結果程度。

 「ハーフなんてそれこそ中途半端な。僕はね、両方をいいとこ取りしたラッキーな存在だよ。ハーフどころかダブルだねダブル! しかしまあ、全世界のハーフと呼ばれる人々がみんなダブルだから、個性は無いけどさ」

 「じゃあ意味もありませんねダブル」

 「言ってみたかっただけー。あっはっはっは!」

 (笑ってるよ…)

 …補佐官は少しだけ半身になって、利き腕の位置を調整した。何事にも適正距離というものが存在する。…別名、間合い。

 「僕の秘密はともかく、今月もバリバリ働いてボーナスいっぱい出そうよ。僕らの先手に慌てたGS協会が、なんか動いたみたいだけど後の祭りだし。今のところ依頼の半分以上は本社経由のものだ。今月の目標はこの比率をひっくり返すこと! いいかな諸君?」

 支部長は台詞の後半から声の音量を上げて、社員全体に聞こえるように喋っていた。
 各々の職務をこなしていた社員達が、揃って返事を返してくるのが、耳に心地よい。

 「…ゆくゆくは、GSとGCの比率をも逆転させるのが最終目標ですよね」

 「最終目標? んなものないけど?」

 口の中で呟いただけの、そんな小さな補佐官の台詞に、支部長はあっけらかんと答えた。無表情を貫いていた補佐官の顔が、驚愕に彩られる。この男、今何を言ったんだ? と。

 「何言ってやがるんだお前!? 社長の前で誓ったあの言葉、忘れたのか!?」

 「ちょ、春乃君!? 地が! 地が出ちゃってるから!」

 「―――――――っ!! …お忘れになられたのですか、あの誓いを?」

 「いや言い直しても…もう遅いっていうか皆知ってるっていうか」

 「皆知ってる!?」

 春乃は素早く周囲を見回す。春乃の視線がぶつかった社員は、揃って目を背けるか背中を向けるかかかっても来ない携帯電話と会話を始めるか…つまりはそういう事だった。

 「………私、辞めさせていただきます

 「えええーーーーーっ!? 春乃君、今更それはないでしょ!?」

 「辞めますーーーっ!! 何年隠してきたと思ってるんですか!? もうやだーーーーーーーーーーーっ!」

 「だから何年も前からばれてるって…」

 支部長の呟きは、出て行こうとする春乃と、それを留めようと慌てふためく社員達の声でかき消されるのだった。

 「…ふう。最終目標ってのは、そこで終わるってことだよ? 結果が全ての我々がね、終着点なんて設けちゃ高が知れるってものさ」

 社員達の喧騒は一部、打撃音と悲鳴になりかかっているが。

 支部長は再びキーボードを叩き出すと、周囲一切を意識から切り離して作業に没頭していった。


               スランプ・オーバーズ! 03

                    「邂逅前」


 言葉の足りないこと。
 それは確かに、様々な社会において存在する。
 コミュニケーションの方法には多種あるが、言葉を用いた手段ほど、伝達・理解・再伝達の3段階を踏むに優れている方法はないだろう。

 故に、意図した以上に他人へ自分の思惑が伝わる場合がある。その逆もまた然り。

 「だーかーらー………ごめんって言ってるじゃない? 横島君」

 マリア&冥子の襲来から一夜明けて、今朝。

 「……………………………………………」

 横島は山道を走る車の運転席で、ひたすらに不機嫌な表情をしていた。

 (流石に事務所に入った途端にシバき倒したのはやり過ぎだったかしら…)

 美神達のチームは阿吽のコンビネーションと、抜群のチームプレイが売りだ。お互いの意思疎通にしても、目の動きや簡単なサインで必要な動作を読み取ることが出来る。

 とは言っても。

 当然限度はあるわけで。

 「…………いくら俺でも、謂れの無い暴力を不当に受けりゃ痛いし辛いし訳分からんし怒るしやるせないっす」

 「だーーかーーらーー……謝ってるじゃなーい」

 今朝、横島は定刻通りに事務所へ赴いた。事務所のドアは何故か無くなっており、青いビニルシートが掛けられていた。この時点で、横島の勘は何か『スゴいもの』の襲来を告げている。
 咄嗟に壁に張り付いてシートの隙間から中を垣間見、廊下までもが所々破壊されているのを見て…
 横島の勘は、『スゴくてヤバイもの』襲来へと、デフコンレベルを引き上げた。
 最大限に警戒しつつ、意を決してシートを捲り中へ突入した瞬間。
 廊下奥、応接室の方から放たれた天華の鞭数条によって、抵抗する間も無くシバき倒されて外へと弾き出されたのだ。

 「美神さん、冥子さんのお相手してて…ちょっとだけ苛々してましたもんねー」

 前座席の澱んだ空気を少しでも取り払おうと、後部座敷、助手席の後ろに座っていたおキヌが仲裁を試みる。ちなみに、車内にいるのは美神と横島、おキヌにマリアの4名と…最後部の座席に横になって寝息を立てている、冥子の計5名であった。

 「冥子ちゃんが一晩中纏わり着いてて、碌に寝られなかったのは理解しましたけど! 憂さ晴らし&八つ当たりのベクトルが俺に代わるのは何故!?」

 「何よ、女の子殴れっていうのアンタは?」

 「殴らんと済まないその性格を矯正しろっちゅう話ですよ!!」

 がぁーっと吠えてみても、相手は美神であり。吠えるのが横島である以上…そんな至極真っ当な意見がまかり通る世界ではない。

 「…なんか横島くん、イラついてるわね。突発的にシバかれるのなんて、慣れてると思ったのに」

 「……気にせんで下さい」

 追求を避けたいのか、横島の態度は不機嫌なままだった。美神も運転に集中している横島に物理的な説得を行う訳にも行かず、押し黙る。

 「………………」

 マリアは窓の外の景色を、感情の読めない冷静な眼で眺めている。おキヌの救いを求めるような視線には、気づいていないのだろう。

 車内はなんとも言い難い空気の中、依頼人の待つ除霊現場へと走っていった。


 基本的な話だが。
 除霊のタイミングというのは、何かしらの被害が出てからが多い。
 依頼人の多くは、『ここに悪霊が現れて人を襲うので〜』なんて枕言葉で事の経緯を語りだす。襲われる理由にまで自身で言及することは極めて少ない。
 悪霊=悪者…犯罪者と同列に考える者が大半だ。被害が大きければ思い込みが強くなるのも当然である。
 GSの仕事は人に仇なす悪霊を退治するだけではない。人『が』仇なす霊の救済だってあるのだ。


 冥子は今日、その事を身をもって知ることとなる。


 今日の仕事は、某県からの直々の依頼で動いていた。
 車は街を離れ、峠を一つ越えて、降りきる前にその現場への脇道へと逸れて…
 最終的に辿り着いたのは、徐々に朽ち果てようとしている、大きな、それでいて空虚な施設だった。

 「お待ちしておりました、美神さん」

 施設規模に対してやや広すぎでは? と思えるほどにだだっ広い駐車場の端に、ちょこんと停められていた軽自動車。
 横島はその隣に駐車した。白線がほとんど消えている上に、暴走族の溜まり場にでもなっているのか、タイヤの擦った跡が蛇のように一面を覆っている。

 「案内をさせて頂きます、観光課の松浪と申します。本日はよろしくお願いします」

 「はいどーも。早速ですけど、現場を見せて頂けます?」

 「分かりました。では…『きらめき動物園』の中へ、ご案内致します」

 車から降りた一行を出迎えた初老の男性、某市市役所職員・松浪は、入り口のアーチを感慨深げに見上げてから、閉鎖された門扉の南京錠を開錠した。

 「マリアと横島君で荷物を分担して持って。おキヌちゃんは見鬼くんを。冥子、インダラの他の式神護符は持ってきてる?」

 「うん〜…でも私は触っちゃ駄目〜って言われて…皆寂しがってるのに〜…」

 冥子はマリアの持っていたリュック(クマさんの形です)からポーチ(ピンクの花柄ですよ)を取り出し、うぅ〜っと唸ってからそのまま美神に手渡した。
 美神は無造作にポーチの中から、紙の束を取り出して扇状に広げる。

 「じゃ、クビラとバサラを解放しなさい。インダラは護符に戻して」

 「ええ〜〜〜〜〜〜〜…」

 ぷくーっと頬を膨らませる幼稚園児のような抗議に、美神は『午』と書かれた護符を突きつけることで答えた。
 渋々、冥子は影から呼び出したインダラを護符に戻す。現金なもので、『子』、『丑』の護符を受け取った途端に笑顔に変わったが。

 「じゃあ〜さっそく「待ちなさい。今呼んでどうすんのよ!」…ぶぅ〜〜〜っ」

 「あーほらほら、美神さんも冥子ちゃんも…松浪さんが困ってるっすよ」

 冥子の式神十二神将は、六道家の繁栄を代々に渡って支えてきた、いわば象徴だ。内包する霊力も半端では無い。美神やエミクラスの術者でさえ、たった数鬼を使役、制御することすら困難なのだから。
 十二神将の暴走とは、六道の象徴が無軌道に暴れる行為であり、それは、世界屈指の霊能大家が恥部をさらけ出しているのと同義の行い。
 WGCAという大きな対抗馬が幅を利かせている今、無視出来るものではなかった。
 冥子は現在、十二神将全てを取り上げられ、使役には研修先の師匠…つまり、美神の許可がないと行えない取り決めが為されている。勿論、除霊の仕事中のみと限定して。
 …ただ、日常でも冥子の心の安定のために、一鬼だけは常に保有して使役を許されていた。
 なんのかんのと言っても、娘に甘い母なのだ。

 「…中へご案内しても?」

 「あら、ごめんあそばせ。ほら冥子、ぶーたれてないで行くわよ」

 松浪が錆付いた門を開けるのをマリアが手伝い、一同は寂れた元動物園の中へ入っていった。


 「きらめき動物園は10年程前に国が行った、地方自治推進資金計画で宛がわれた予算で建設された、当時の目玉施設でした」

 松浪はしみじみと、空っぽの檻や汚水の溜まっている池、シャッターの降りた売店等を見回しながら説明していった。

「あー、あの…1億だか2億だか自治体に投げて、好きに使えっていう愚策ね」

 3代ほど前の総理大臣の発案で行われた事業の一つで、世紀の失策と嗤われた黒歴史である。美神はこの失政を発端に、当時の与党が解体、混乱したことを覚えていた。

 「まあ当然、1億程度では全ての資金を賄うことは出来ませんから…動物園創設プロジェクトの頭金みたいなものですかね。それでも、結構な額の予算が計上されてここまでの規模の施設を生むことが出来ました」

 「閉園になったのは確か…5年くらい前でしたよね? うっすらと新聞かなんかで読んだことあるわ」

 「あーあー…俺も覚えてるなぁ。でっかい動物園が潰れたって…」

 松浪は寂しげに頷くと、足を止めて『猿山→』と書かれた看板に手を添えた。

 「ノウハウがね、養われてなかったのですよ。飼育、経営、展望全てが未熟でした。結果として、大型の動物達を初め手放したり死なせたり…はっきり言って可哀想でしたよ、ここの動物達は」

 松浪は懐からパンフレットを取り出し、美神に渡した。定番とも言えるキリンやゾウ、猿山の猿やライオンがデフォルメされて自分達の生態や、活動時間等を説明してある。

 「そのパンフを作ったのは、私なんです。市内の小学校に送ったり、図書館に置いたり…忙しく立ち回ったものです」

 再び歩き出した松浪の背中は、実年齢以上に小さく老けて見えた。

 「ああっと、無関係なお話でしたね。それで依頼の件なのですが」

 「はい」

 「大雑把な説明は受けておられると思いますが…ここ暫く、夜になるとライオンの吠える声やゾウの鳴く声がするそうなのです。山の中ですが、麓に近いこともあって少なくない数の民家が周辺にはあります。不気味がるのも無理はありません」

 「うは、ぱおーんはともかく、ライオンは怖えしなぁ…」

 「私、ゾウさん見たい〜」

 「私も動物園って行ったことありません。マリアさんは?」

 「18世紀ごろ・パリで・見たこと・あります」

 「あんた達ねぇ…弛んでるわよ。特に冥子! この依頼、メインで果たすのはあんたなんだからしっかり話は聞いておきなさいよ!」

 大規模な霊障と相対することが多いせいか、美神除霊事務所の面子は気持ちの緩急の振り幅が大きいようだ。一見穏やかな現場になるとすぐに緊張感を失ってしまう。
 能力的にズバ抜けている分、美神はその油断が恐ろしいと感じていた。己の力を過信する馬鹿者はいないだろうが、『いざとなれば』、という慢心は心のどこかに必ず存在する。切り札が強力であればあるほど、だ。

 「私〜? 令子ちゃんの除霊をお勉強するんじゃないの〜??」

 寝耳に水。きょとーんと小首を傾げる冥子に、美神は額を押さえて呻いた。

 「あのね、私とあんたじゃスタイルが天地ほどに違うでしょうに。私の除霊を後ろから見てるだけで、あんたが暴走しなくなるなら苦労しないっつーの!」

 心からの叫び。横島とおキヌも大きく頷いている。マリアは直接的な暴走被害の経験が少ないため、イマイチ反応は薄かった。知らないって素晴らしい。

 「場慣れてらっしゃいますね、流石に本職の方々は…」

 穏やかな気質らしい松浪は、メモ帳を取り出すと何かを書きつけ、そのページを破り冥子を叱り付ける美神に差し出した。

 「これは?」

 「私の行きつけのメンタルクリニックの電話番号です。色々相談にのってくれますよ?」

 「私ってそんなに情緒不安定!?」

 「令子ちゃん怒ってばっかりだもの〜」

 「すぐに手が出る性格も矯正してきたらいーですな」

 横島の背後に隠れた冥子と、まだ微妙に今朝の件を引き摺っている横島の言いように…一抹の事実を感じてしまった美神は、口ごもってしまう。この時点で美神の負け、決定。
 事実とは、残酷である。

 「ミスター・松浪。お話の・続きをどうぞ」

 口をぱくぱくさせる美神に代わり、マリアが促した。聞き役にはうってつけかも知れない。

 「あ、はい。それで先日役所の職員と、猟友会の方々、それに消防で付近一帯の山狩りを行ったのですが、鳴き声に相当するような動物は確認出来ませんで」

 野生のライオンやゾウが日本の山中にいたら驚きである。

 「お役所ってのは、仕事は速いのですが取り掛かるまでが鈍くてですね…私ら動物園に関わった連中で、ここと関連があるんじゃないかって打診はしたんですよ。鳴き声の通報がそもそもライオンやゾウなんですから」

 紆余曲折の末に、ようやく動物園内の捜索に取り掛かったのは本当に最近だった。大金を投じた挙句に僅か数年で閉鎖、市政の病巣とまで揶揄されたここは、あまり近づきたくない場所なのだろう。

 「…到着しました。ウチの職員が襲われたのはここです…」

 松浪が指差したのは、黄色いロープと立ち入り禁止の看板が立った一画だ。

 「んー…霊圧は感じられないようだけど。おキヌちゃん、見鬼くんを」

 ロープの向こうには大型の檻が見える。太い鉄柵と堀に囲まれた、動物を人に見せる施設というよりは、閉じ込めた動物を逃がさない牢獄のようだ。

 「ミス・美神。複数の・霊体反応を・確認しました。データ照合・動物霊の・一種と・思われます」

 おキヌが見鬼くんの状態を確かめるより早く。マリアの報告が入った。

 (! …また)

 美神の霊感に、マリアの迅速な反応が引っかかった。不審ではない。違和感…そう、無理にこの感覚を例えるなら、『自動的』。マリアの意志とは無関係に発動する、何かしらのシステム…

 「…ねえマリア?」

 「イエス・ミス・美神。大型の・動物霊の・ようです」

 「ああ、うん…ひとまずは、目先の仕事ね…」

 清濁併せ呑む。ニュアンス的にはこれに近いのが、今の美神の心境だ。霊感を信じるなら、マリア本人に非はないのだから。

 「調査に訪れたお仲間が、襲われたのですね?」

 気を取り直して、美神は事前に渡されていた資料の内容を思い出す。調査団数名が、ここ猛獣舎の前で霊に襲われ怪我を負っていた。
 他にも、動物園全域に渡って霊的存在の出現が確認されている。唯一の被害例がこの場だった。

 「はい。命に関わるような重傷はありませんでしたし、逃げる者を追ってきたりもしなかったようです」

 「やっぱり、トラやライオンの霊なんでしょうか? ここを縄張りだと思っている…」

 「違うわね。飼育環境は劣悪だったみたいだけど、猛獣舎で飼育されていた動物は全て他所の施設に移されてるわ。この場で死んだ動物はいない」

 暗記してある資料には、そう記してあった。ならば、マリアが探知した大型動物霊とは一体?

 「ま、取り合えず付近の霊視から始めましょう。調査団が襲われたのは昼間だっていうから、油断しないように。おキヌちゃんはここで松浪さんと荷物を頼むわ。相手が動物霊なら、弱いものから襲ってくる可能性もあるからね。結界を忘れずに」

 「分かりました!」

 「横島君と冥子は私についてきて。猛獣舎の中から調べるわよ。冥子はクビラで一帯の霊視、横島君は冥子のガードを」

 「クビラちゃ〜〜ん!」

 「了解っす」

 「マリア、貴女は猛獣舎の周囲の監視と、おキヌちゃんと私達との中継役。どっちにも駆けつけられるよう、注意を払っておいて」

 「了解・しました」

 てきぱきと指示を出し終えた美神は、自分の装備を確認してから立ち入り禁止のロープを潜って前進する。
 横島と冥子もそれに続いた。子の式神クビラはふよふよと冥子の頭上に浮いている。

 「ってあんた達近いわよ!? 人の背中にくっついて来るんじゃない!!」

 「いやだって、ライオンやトラはいなくても、クマやダチョウの霊はいるかも知んないでしょう?」

 「真面目にほざくなぁっ!!」

 「トドもおっきいし〜」

 「冥子ぉ………」

 マリアの大型動物霊発言に、ちょっぴり腰の引けた二人であった。


 「いやはや…本職さんはやはり気の置き方が違いますな。自然体でいらっしゃる」

 「あはははははは…」

 松浪の感服しきった台詞に、本質を知るおキヌは笑い返すことしか出来ませんでした。

 「昨日から来てもらっているGCの方も、個性的な方達でしたが」

 「え?」

 結界設営のための札を四方に配置していた手が止まった。

 「GCって…ゴーストクリーナーのことですか?」

 びっくりしたようなおキヌの問いに、松浪は答えた。

 「あれ? お話は聞いていると思いましたけど…皆さんに先行して、もう一組、除霊師の方々が来ていらっしゃるのですよ? 私も良くは知りませんが、お仲間なのでは?」

 GCといえば、冥子が免停処分になった一因の例の組織…WGCAの手の者ではないか。縄張り意識の強い美神とカチ合ったら、最悪の事態もあり得る。そうなれば…

 「そ、そのGCの人達は一体どこに!?」

 「彼らなら、ずっと向こうの海獣ブースの方をお任せしてます。何しろ広さだけは全国屈指の規模ですから、最初から複数組に除霊をお願いしていたのですが」

 松浪は何でもないことの様に言うが。おキヌは血の気が引く思いでその宣告を聴いていた。

 (あああああああ…冥子さんが来る原因になったGCの人達が、同じ現場にいたなんて知ったら…知ったら…)

 脳裏に浮かぶは、金色の嵐を纏う亜麻色般若の姿。


 「に、逃げてーーーーーーーーっ!? GCの人達ーーーーーーっ!?」


 あさっての方角に大声を張り上げるおキヌを見ても、松浪は落ち着いた様子で目を細めるだけだった。

 「餅は餅屋だねぇ…」

 変わった事態は変わった人じゃないと対処出来ないんだなぁ、とのんびり呟いている松浪(極めて真っ当な市役所職員・51歳)であった。


 「さっき、横島君がクマの霊って話したけど…考えてみりゃ、無い話じゃないのよね」

 猛獣舎の飼育員用出入口の鍵を開けながら、美神は唐突に言った。クビラの霊視に引っかかるものもなく、ここまでは順調に進んでいたので…突然の発言に横島は思わず冥子の背後にまで後ずさってしまう。

 「横島君…それはちょっと情けないんじゃない?」

 「クマさんも可愛いわよ〜?」

 「ちょっと不意を突かれまして…」

 冥子の華奢な背中に隠れた横島には、美神のジト目より冥子の無邪気な一言が堪える。
 心なしか、クビラの視線に憐れみを感じてしまった。

 「ヘタレは置いといて、クマだけどさ。ここってけっこう山中の深いところまで切り開いて造成した土地なのよね。資料で見た限りじゃ地脈なんかには触れてないようだけど…」

 きらめき動物園の周囲は、人の手が入っていない鬱蒼とした森だ。動物園に通じていた道路も森を寸断して敷いたような、不自然なものだった。

 「オカルトのプロの目から判断させてもらえば、こんなとこ開拓してでっかい娯楽施設作ろうなんて、無謀すぎるわね。山の霊格が消えかかってるもの」

 妙神山ならずとも、山には固有の霊格が存在する。山精が住み、守護を行っている。
 山林が開発されて行き場を失った山精や妖怪が凶暴化し、工事業者を襲う話は数限りなく存在するし、美神自身、業者の依頼を受けて退治したこともあった。
 しかし、そうして開発された土地は痩せ細り、宅地ならともかく農地としての価値はほとんど失っているのが大半だ。もっとも、ゴルフ場やリゾート施設には無関係かも知れないが…

 「クマやキツネ、タヌキにフクロウ…山に棲む動物ってのは死後、山精の一部となって山を害するものから土地を守る場合があるの」

 「山を害する…正に、この動物園っすね」

 「でも〜、調査の人達を襲ったのがクマさんなら〜…何だかちょっと変〜」

 「そ。山精に転生したクマやらキツネやらが動くとしたら、工事中にやるはず。閉鎖して5年も経ってから単発で訪れた人を襲うなんて考え辛いわ」

 それに、鳴き声の問題もある。あからさまに動物園を連想させる動物達の声で、人間をおびき寄せて襲った…にしても疑問だらけの行動だ。

 「……不自然ったらないわね。でもマリアは動物霊がいるって言うし…もしかしから、黒幕がいるかもね、この事件」

 「魔族…みたいな?」

 「どっちかって言うと、南部グループのバカ二人みたいな奴かしら。何が目的にしろ、舞台も仕掛けもショボすぎ。ま、ほんとに思惑があっての事件ならね。ほら横島君、さっさとドアを開ける!」

 「ういっす…っていつの間に美神さんまで冥子ちゃんの背後に!?」

 「説明してたらクマもアリかなって思っちゃったんだもん」

 「可愛く言った!?」

 「さっさと開けろ!」

 強烈な蹴りが横島を吹き飛ばした。お約束のようにドアに顔面から衝突した横島は、衝撃で開いた扉に支えを失ってごろごろと前転しながら中へ突入していく。

 「…うわ。漫画みたいだったわよ横島君」

 「矯正しろぉーーーーーーー…ってどわあああああああああああああ!?」

 暗がりから聞こえてきた絶叫が悲鳴に変わった。一瞬、光って見えたのは白刃の煌めきのように冴えた閃光の軌跡。横島の霊波刀だ。

 「冥子、行くわよ!!」

 美神は返事を待たずに突入していった。日本刀の如く腰のベルトに通してあった天華を引き抜き、通路の奥で数度閃く剣戟の真っ只中へ3条の鞭打を叩き込む。

 『ギシャアッ!!』

 硬いものを叩く手応えが二つ。

 「のわぁああああっ!!」

 柔らかいものが辛うじて身をかわす気配が一つ。

 「天華よ! 光芒となりて万象を照らせ!!」

 鞭から棍へ天華を戻し、更に命令を告げる。すると天華の輝きが増し、数年振りの光が、猛獣舎内を照らし出した。

 「美神さはーーーん!? 当たれば御の字みたいな天華の使い方止めてくれませんかっ!?」

 「やかましいっ! 敵は!?」

 「そこの窓から外へ!」

 「マリア、聞こえる!? 正体不明の敵がこっちから外へ逃げたわ! 追跡出来る!?」

 通信機を取り出し、外で待機しているはずのマリアへ指示を飛ばす。

 『ノー・プロブレム。現在・追尾中・です。しかし・猛獣舎に・まだ霊体の・反応残ってます。お気をつけて』

 美神の思ったとおり、マリアは既に捕捉していた。そっちは彼女に任せ、残っているという霊圧の探知に神経を注いでいく。

 「……! いた! 横島君、行くわよ!」

 松明のように輝く天華に照らされた舎内は、コンクリの無機質な冷たさと錆びた鉄格子の雰囲気も相まって、不気味な静かさを湛えていた。
 美神の感じた霊圧は、鉄格子の中、動物達の寝所の更に奥から発せられているようだ。

 「美神さん、さっきの奴の霊圧おかしかったですよ。大きさの割りに弱すぎでした」

 「そうね。でもそっちはマリアに任せて、私達は私達の仕事をこなすわよ」

 実際に切り結んだ横島には、先ほどの相手が放つ霊圧の弱さが気になっていた。咄嗟に霊波刀で受け止めた敵の斬撃は、気を抜くと押し切られてしまうほどに強力だったというのに。
 美神も天華の手応えから、殴った相手が並の悪霊ではないことくらい、即座に理解している。適当に放った程度の鞭打ではダメージになっていないだろう。

 「運動場の方に出られるドアが多分こっちに…「きゃああ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」…っしまった!? 冥子!?」

 霊圧を感じた方角から、冥子のいまいち緊迫感の無い悲鳴が上がった。と、駆け出そうとした美神の隣を、霊波刀を展開した横島が追い越し、あっという間に通路の奥へ消えていく。
 次いで鉄板を叩き斬るような、鈍い斬撃音。
 美神は慌てて横島の後を追っていった。

 「きゃあああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 通路の先に光が見えた。悲鳴はすぐ近くだ。
 ドアの上半分が斜めに切り倒され、外に落ちている。
 …横島はドアを抜けた先に立ち尽くしていた。猛獣舎を外から見たときの、鉄柵の中に来たらしい。

 「冥子!?」

 「あ、令子ちゃ〜ん! ほらほら〜〜」

 肩を落として呆然と立ち尽くす横島の隣まで来て、思わず美神も同じ格好になってしまった。ぱちん、と天華の光芒が音を立てて消える。蛍光灯のように。

 冥子は大型の動物霊とじゃれ合っていた。

 「ぞ………ぞう?」

 「アフリカゾウっすねー…ほんとにいるし。ぞう」

 冥子はアフリカゾウの霊の鼻に抱きついたり、大きな耳をくすぐってみたりと、大はしゃぎである。ゾウの霊は大人しくされるがままになっていた。

 「…別に、悪霊ってわけじゃないわね。でもここはゾウ舎じゃないのに…」

 『ミス・美神。聞こえますか?』

 美神の脳裏に疑問が束になって噴出してくる。一体、何がどうなっているのか…マリアの無線連絡にも、気づくのが若干遅れてしまった。

 「あ、っと。はいマリア、聞こえるわよ」

 『申し訳・ありません。追跡対象に・撒かれて・しまいました』

 「そう…ま、しゃあないわね。引き続き捜索をお願いできる?」

 『イエス・マリア・頑張ります。それと………』

 「ん?」

 珍しいことに、マリアは言葉を捜しているようだった。

 『……マリア・良く分からないの・ですが…』

 美神の不審な様子に、横島と冥子も周りに集まってくる。

 『…今・マリアの・目の前で…』

 「目の前で?」


 『ヒーローショー・開催して・います』


 「「「…………………ヒーローショー???」」」


 3人の疑問の声は、寸分の狂いもなく揃っていた。


 つづく


 後書き

 竜の庵です。
 産みの苦しみ、海の深さよ!
 時間がかかった割りに、またもや動きの少ない回となりました。
 たくさんのキャラを同時に動かすのは難しいですね…


 ではレス返しを。


 内海一弘様
 カオスは予算と時間を与えれば、かなり凄い事も出来そうです。スポンサーがついている今回のカオスは…だから凄いですよ(何が
 流石にこれ以上面子が増えることはないでしょう。もう寝床も全部埋まってますし。
 マリアとチリは惹かれ合ってますねぇ…おキヌといいマリアといい、精神年齢が上のお姉さんに懐く傾向が…ショウは節操なく屈託なく誰にでも話しかけますが。天然系はちょっと苦手ですが。
 おキヌも妹分が増えたことで、成長しているはずですが…姉より母っぽくなってるな! 今後に期待ということで。


 木曾麻緋様
 はじめまして!
 まとまりのない作品で、読み辛かったと思います…がふっ
 原作の雰囲気を壊さないように書いているつもりなので、それが伝わっているのはとても嬉しいですー。オリキャラはこれからもがんがん出ます。既存の敵役が出しにくい設定なので、どうしても。
 今後も楽しく読めるものを書いていきたいので、よろしゅうです。


 いしゅたる様
 南無南無南無…ふぅ。(←落ち着いた)
 そうなんですね…気がつけば、事務所の居間と応接室で駄弁っただけという。何この引きこもりSS。
 心象を描こうとしたら、必要な文章が嵩張ってしまい、結局引きこもりSSに。雰囲気を伝えるのは大変ですよね…
 カオスの研究は、まだまだ本番ではありません。家を建てるのに土地を開墾しているような段階でしょうか。『炉』は……そうか、その手があったな! やっべ、オラわくわくしてきたぞ!


 スケベビッチ・オンナスキー様
 カオスは真面目とボケのギャップが楽しいのです。しかし、彼の不死は不死身って意味でいいのかな…自然死がないって意味でしょうか。
 GCは名前をそうした理由も、おいおい書けると思います。
 ちょっとマヒしてるのかも知れませんね、美神は。自身が家族と縁遠かったこともあって、賑やかなくらいが今は丁度いいと思っているのかも。おキヌの事情も複雑ですし。身内は多いに越したことない、とか。
 『炉』はお仕事です。企むなんて…いやいいのか。何に使うのかは今後、また。
 芸術畑の人間が周りにいるだけでも大分違うと思いますよ。自然に養われるものだと作者は思いますー。


 木藤様
 冥子は昨晩、美神にじゃれ付いてじゃれ付いてよく眠ってないので…車内では熟睡してました。しかし確かに、霊力の高い彼女はそういった空気にも敏感なのかも…
 狭い空間で式神一鬼だけでも暴走したら、大惨事ですなぁ…怖!


 以上、レス返しでした。皆様有難うございます。


 次回は、動物園編の終わりと(今度こそ)WGCAとの邂逅の予定です。
 冥子メインのお話も思いついたので、ネタはたくさん。
 詰め込みすぎないように、慎重に書いていきたいと思います。

 ではこの辺で。最後までお読み頂き、有難うございました!

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