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「スランプ・オーバーズ!02(GS+オリジナル)」

竜の庵 (2006-09-21 22:50)
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 がやがやと騒がしい、活気に満ちた部屋だった。
 部屋の中央には円筒型の巨大な機械が鎮座している。まだ未完成なのか、不気味な沈黙…もしくは嵐の前触れのような形容し難い威圧感を放っていた。
 操作用らしいPCの前には、裾の長い白衣を着た老人が、画面をねめつけるように見下ろしている。つまらない仕事を頼まれた、そんな冷めた表情だ。

 「…ふむ。そこそこ安定してきたな。及第点まであと45%というところかの」

 「辛いですね…我々としては、工程の8割は消化できたと踏んでいるんですが」

 老人に話しかけたのは、同じく白衣を纏った痩せた男だった。裾は普通の長さである。手に持ったバインダーの書類にPC画面上の数字を書き込み、疲れたように首を巡らせて深く息を吐く。

 「歩調を合わせろと言うのなら、従うがの。ワシは客員扱いじゃろうし、こっちの研究は何百年も前に理論の構築も終わっておる。既に設計図のあるものを形にしたところで、何ら価値はないわ」

 「流石はヨーロッパの魔王殿…手厳しい」

 白衣の老人…ドクター・カオスは鼻を鳴らして痩せた男の手からバインダーを奪い取った。書かれているデータを瞬時に判断し、自らの耳に挟んであった赤ペンで修正点を日本語で書き込んでいく。達筆というか…単に汚い字であるが。

 「今日中に8割を達成したいんじゃったら、この程度の精度は出さんと話にならんぞ? 炉心がまだまだざわついておるでな、これを鎮めて抽出分の純度を上昇、ついでに瘴気濾過装置の改良も指示しといた。ま、死ぬ気でやれば2.3日で本格稼動も可能じゃろ」

 裾を翻して、カオスは部屋から出て行った。痩せた男の周囲にいた研究者然とした集団から、ため息が漏れる。

 「あの人…解析用PCとかいらないんじゃないか? 計算速度がスパコン並みだよ…」

 「ああ…自分で自分の脳弄ってるんじゃないのかな…」

 「1000年の記憶の蓄積は伊達じゃないってか」

 羨望というよりは、呆れの感情を多分に含んだ呟きが、そこかしこから聞こえてきた。痩せた男はカオスの出て行った扉を数秒間見つめてから、弛緩した空気を引き締めるべく声を張る。

 「みんな、魔王殿の話は聞こえただろう? こいつが形になるまで後3日だ。3日後にはプロセスEに入れる。そうすりゃ家に帰って家族の顔が見れるぞ!」

 一応、形式だけだがこの研究所の責任者である痩せた男の言に、周りは色めきたった。よく観察すれば、周囲の人間の誰もが目の下に隈を作り、赤く充血したちょっとギラギラしすぎな瞳をしている。

 「マルタ主任、マジですね!? 後3日働いたら解放されるんすね!?」

 「え、あ、うん。死ぬ気でやって3日、な? この『炉』さえ稼動に漕ぎつければ、当面のエネルギー関係の諸問題は解決だしな。かかりっきりだった私達は休めるはずだ」

 管轄も変わるし、と。痩せた男、マルタは太鼓判を押す。

 「っしゃあーーーーっ! 冷たい床での雑魚寝から解放だぁぁーーーーっ!!」

 「食堂の不味いメシからも解放だぁーーーーーーーーっ!!」

 「女っ気のない閉鎖空間からも!!」

 「タバコ臭い白衣からも!!」


 「「「「大・解・放ーーーーーーーっ!!!!」」」」


 …あー、人って休まないと、こんなんなっちゃうんだ。
 マルタは一人、周囲のハイテンション祭りから遠ざかり、両手を白衣のポケットに突っ込んだ。

 「あれ?」

 そういえば、自分はここ数日分の実験データを纏めたバインダーを持っていたはず。

 「……うわ、嫌な予感……」

 歓声に沸く室内を見渡して、バインダーがどこにもないことを確認。つまり。

 マルタは背筋を伝わる冷たい汗を、一つの可能性と共に感じていた。バインダーを最後に持っていたのは…


 「や、すまんすまん! マルタ君、こいつを返し損ねていたわい!」


 そこに、黒衣に着替えたカオスが、プチ宴会状態の室内へ戻ってきた。謎の浮かれ空気に首を傾げつつも、何故か青白い顔のマルタへと歩を進める。何だか、さっきより痩せているように見えるのは、気のせいか。

 「バインダーはいいんですが…」

 「全く、年をとると忘れっぽいというか、うっかりミスが多くなってかなわん…」

 「中身は?」

 バインダーには、レポート用紙で20枚程度だったが、『炉』の試験運転のデータがプリントアウトされて挟まっていたはずだ。カオス自身、その最新版に書き込みをしたばかりではないか。

 「何故に空に?」

 カオスは一瞬、虚空を見て。次いでバインダーを見て。最後にマルタを見て、ぽんと拍手を打った。
 いつの間にか静まり返っていた室内に、その音はやけに大きく響き渡る。『炉』の奥から聞こえてくる地鳴りのような怪音も気にならないくらい。


 「…………………………………………トイレの紙が切れとってのぅ」


 なので、ぼそっと言った小さな声も鮮明に、その場全員の耳へ届きました。


 ちなみに、この研究はマルタが所属する部署でも最重要機密に属するものである。PC内のデータは一部を除いて毎日抹消され、データの蓄積はPC内ではなく、プリントアウトした書類の束で行っていた。それほど長期間を視野に入れた処置ではないが。

 「つまり………」

 徹底した機密保持は、やり過ぎではという批判も当然多く、しかし、行っている内容を鑑みれば確かに必要な作業でもあり。
 信頼の置ける人間がその身で書類を守るほうが、機密保持的には堅固だろう、という上層部の判断だ。

 「我々の血と汗と涙と時間の結晶である貴重なデータで、魔王殿はケツを拭かれたと?」

 「上手いこと一枚で拭ききったんじゃが、水を流してるときにこう、手が滑ってバサッと」

 落としちゃった♪ と可愛らしく舌を出したカオスに、幾十もの鉄拳と剛脚が殺到した。


 「ぎゃああああああああああ!? じゃが水に溶ける新素材とは、最近の製紙業者もなかなかやるのう! 二度と取り戻せんなあれはおぎゃあああああああっ!!!」


 確かこの爺さん不死身だったよな? と白衣の群れに啄ばまれて血煙を上げるカオスを見ながら、マルタは先ほどのスケジュールに、失くしたデータ量をおおよそ100時間程度と判断して加味し、新たに発表した。

 「あー、ではデータの再取得期間を含めて後8日くらい頑張ろー」

 その声に。


 _| ̄|○


 全ての研究員が、上記の如く崩れ落ちたのだった。


 「マリ…ア………ワシは…頑張っておる………ぞぅ…」

 「黙れ不甲斐の権化」

 「言い返せん………」


              スランプ・オーバーズ! 02

                    「混沌」


 「私〜、GS免許取られちゃったあ〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」


 六道冥子の投下した爆弾は、彼女らしく一拍以上間を置いてから、美神除霊事務所応接室で炸裂した。

 「とうとう剥奪されたのね!? GS協会ある意味英断っ!? でもいいのホントに!? どう思うおキヌちゃん!?」

 「でもでもでもでも!! 六道財閥の圧力でそういうことにはならないんじゃ!? 前にもこーゆーお話ありましたよね!?」

 「とうとう庇いきれないような大失敗しちゃったとか!? 国会議事堂ぶっ壊したとか、東京タワー倒したとか!? ……はっ!?」

 ぴたり、と美神はそこで動きを止めて。泣きじゃくる冥子にそっと親指を掲げ…

 「…………………………………要人でも、うっかり殺っちゃった?」

 くるっと下に向けた。ひぃ、とおキヌが息を呑んで硬直する。


 「冥子殺ってないもん〜〜〜〜〜〜っ!! 壊してないもん〜〜〜〜〜〜っ!!」


 珍しくボケに突っ込むような形で、冥子は叫んだ。シンダラが大きく前脚を振り上げ、美神達の前にあったガラスのテーブルを踏み抜く。
 ちなみに、マリアはフリーズ中。

 「冗談よ冗談!! 取り合えず落ち着きなさい! シンダラ仕舞って!」

 「…ミス・美神」

 フリーズから回復したマリアが、美神に呼びかけた。


 …右手に放電Vサインを作って。


 「マリア・電気ショック・試しましょうか?」

 「なんでそんなに試したがるのアンタはっ!?」


 結局、錯乱した冥子を落ち着かせるのに、おキヌが『龍笛一喝 〜ソフトバージョン〜』を繰り出しなんとか場は平静を取り戻した。
 室内はシンダラが暴れたお陰でドアとテーブルが粉砕、マリアが充電時に使うはずだった頑丈な椅子も木っ端微塵に砕け散っている。
 そして元凶たる冥子は…ソファに腰掛けた両脇から美神とおキヌに頭を撫でられたり、飴を渡されたりしてようやく泣き止んでいた。ぐずってはいるが、暴走の危険性はかなり低下している。…ゼロにはならないけれど。

 「おいキヌ!? 一体何があった!? まるで暴れ馬が現れたような騒音が聞こえたんじゃが!!」

 「ひっ…このお部屋の有様は…まるで台風一過…」

 騒ぎに叩き起こされたショウとチリが、とたたたと軽い足音を響かせて顔を出し、ガラス片と木片の飛び散った室内の惨状に顔を青ざめさせた。疲れきっていた美神とおキヌに、返事をする余裕はなかったが。

 「む…! そこの桃色の髪の女子…貴様、人間ではないな? 気配が人のものでは…む、人っぽいか…いや、人じゃない…むぅ! どっちつかずじゃ!? おいチリ分かるか!?」

 「分かるも何も、先日キヌ姉様にお話してもらった、人造人間のマリア様では?」

 「んなーーーっ!? 人造人間!? 現代社会はとうとう神や仏の領域にまで手を出しておるのか!?」

 カルチャーショックによろめくショウを見て、チリは兄が煩くてすみません、と一礼、ぺこり。よく出来た妹である。

 「キヌ姉様、それで一体これは………ひぃ?!」

 そして下げていた頭を上げ、おキヌに説明を求めようとした、コンマ数秒の間の空白に。

 「令子ちゃ〜ん? この子達だぁ〜れ〜?」

 冥子が滑り込んでいた。さっきまでソファに座っていたはずなのに、今は廊下から顔を出していたショウチリの前に屈みこんで、愛玩動物を見るような眼できらきらと二人を見つめている。

 「うおお!? 何じゃお前は! オレは200年を生きる鳳笙の付喪神、ショウなるぞ!」

 不条理な速度で目前に出現した冥子へ、果敢にショウは声を荒げる。

 「へぇ〜、ショウちゃんって言うのね〜。私、六道冥子って言うの〜」

 間の抜けた話し方に、ショウは毒気を抜かれてしまう。今までに出会ったことのないタイプの雰囲気で、どう対応したものか分からない。目線でチリに助けを求めるも、チリはいつの間にかおキヌの膝の上で寛いでいる。

 「(ひそひそ…あの方、霊力の暴走で有名だと言われておられる六道様ですね?)」

 「(ひそひそ…なんだかショウ様が気に入ったみたいですよ、美神さん)」

 「(ひそひそ…みたいね。こりゃ鎮静剤代わりにショウで遊んでてもらおうかしら)」

 「(ひそ・ひそ。ミス・六道の・心音・呼吸共に・安定・しています。その判断が・ベター・かと)」


 「そこの井戸端ひみつ会議ーーーーーーーっ!! 丸聞こえな上に不穏極まっておるぞーーーーーっ!? オレを人身御供に差し出したなぁぁぁーーーっ!?」

 「きゃああ〜〜〜〜可愛い〜〜〜〜っ!」


 さして素早くはないはずの冥子に、何故かとっ捕まって抱擁、頬ずりされているショウの叫びは、ソファの4名に黙殺されるのだった。


 応接室が半ば崩壊してしまったので、場所をリビングに移して。

 「…で、どっちから事情を聞きましょうかね。やっぱマリアからか」

 おキヌの入れた紅茶で心身を温かくした一同(マリア以外ですが…)は、ようやく本題を話せるまでに落ち着いていた。ショウは冥子の、チリは何故かマリアの膝の上に座っている。

 「…ミス・チリ。どうして・マリアの・膝の上・座りますか?」

 マリアのボディは人間と比べ、少し柔軟性に欠けている。人工皮膚こそ人と変わらない質感だけれど、薄皮一枚下には鋼鉄の装甲、骨格が形成されていた。

 「マリアの・膝は・硬いです。ミス・氷室に・代わったほうが・快適かと」

 耳を澄ませば、自身の体の各部からモーターの駆動音が聞こえてくる。人工魂は鼓動こそ打たないが、定期的に熱を発して存在をアピールする。
 今まで気にしたことはないが、他人がここまで密着した状態でいられると…マリアは『機械の音』を聞かれるような気がして、何故か悲しかった。どうして悲しいのかが分からないのも、また。

 「マリア様のお体はとっても温かいです。とても、矢を弾き刀を折る頑強さがあるとは思えないくらいに。私も人間ではありませんから、人の温もりというものには疎いのですが…」

 チリは、背中を完全にマリアの胸に委ねて微笑んだ。間近で見るその微笑に、マリアの腕が自然にチリを抱える形へと回されていく。優しく、丁寧に。

 「マリア様の温もりはきっと、人間の…女性の温もりと同じだと、私は思います」

 「オレには、マリアがからくり人形だというほうが信じられんがのぅ。てっきり我らと同じく年経た妖怪変化の類かと」

 冥子に縫いぐるみのように抱え込まれて喋るショウは、いささか窮屈そうに見えるが。無抵抗のほうがダメージが少ないと本能が判断したのか、体中に伸びてくるふらふらっとした手に、為すがままにされていた。頬を撫でられたり耳を抓まれたり。

 「ミスター・ショウ…ミス・チリ…」

 和やかな光景に、空気がほんわかと暖かくなる。
 ショウチリが来てから、事務所の雰囲気は確実に柔らかくなったと、美神は感じていた。シロタマがしょっちゅう喧嘩していた分、その思いは強い。
 200年を生きる付喪神の兄妹は、その年月の大半を朽ちた神社の本殿で過ごした。もう一人の掛け替えのない兄弟、龍笛の付喪神リュウがいなくなってからは、たった二人で。
 只単に年月を重ねるだけでは、物に命は宿らない。
 使用者の想い、心が物に伝わって初めて物は者となり、神となるのだ。
 そうして生まれた付喪神が、人の温もりを求めるのは極めて自然ではないだろうか。ショウもチリも、想いを形に変えて生まれた存在。マリアもまた、カオスの想いが詰まった存在。
 改めて考えると、マリアがチリの本当の姉のように見えてくるからおかしかった。

 「マリア、貴女は人間なんかよりもっと凄い存在よ。さっきからなーんかいじけて見えるけど、胸を張りなさいよ。んで、困ってるんなら相談に乗るわ。今日だって、カオスの命令なんちゃらって言ってるけど、本当は違うんでしょ?」

 「ふえ!? そうなんですかマリアさん?」

 美神のカップに紅茶の御代わりを注いでいたおキヌは、美神の確信めいた言葉に思わず声を上げてしまう。

「………ミス・美神の・慧眼には・感服・致します…」

「それじゃ…」

 マリアの目線がおキヌと交わった…今日初めて。終始俯き加減だったことに、今更ながらおキヌは気づく。

 (私ってほんとに鈍感!)

 察する力。それは人を良く見て、その人の事を考えて、その人が何を考えているのかを見抜く力。
 洞察力とは違う、もっと簡単なことだ。
 本気で相手の事を思っているのなら、だが。

 「話してください、マリアさん。もしかして、カオスさんになにかあったんですか?」

 これくらいしか思いつかない自分に、腹が立つ。

 「…ミス・氷室。貴女の手・とても・温かかった。だから・言えません・でした。温もり・失うの・怖くて」

 「そんな…失うなんて」

 マリアは居住まいを正すように一度背筋を伸ばすと、不安げに自分を見上げるチリに柔らかな笑みを返した。そして、まっすぐに美神へ視線を向ける。

 「ミス・美神。マリア・マスターに・自分で・考えて・行動しろ・と言われました。マスター・今・とても大きな・研究を・しています。恐らくは・この・GS業界全てを・揺るがせる・ような・研究を」

 美神の、母譲りのホーク・アイが鋭く輝いた。

 「…で?」

 「その研究・完成すれば・GSという・システムに・変革・訪れる。一つの・事務所が・大きく・利益を上げる・そんな時代・ではなくなる・可能性も・ある。マスターは・そう言いました」

 「な…!?」

 カオスは美神の知る限り、最高の賢者だ。抜けた部分も多いし立案する悪事の大半は小賢しい程度で、悪人としての器は小さいが。
 だが、そういった部分を差し引いても1000年の経験は計り知れない重みなのだ。
 洋の東西、過去現在を問わずオカルト知識については博識を誇る美神であっても、カオスのそれと比べれば国会図書館と自宅の本棚以上の開きがある。
 一切のボケを封じ、自身の持つ知識を最大限に振るうことが出来れば…
 マリアの語る『GSシステムの変革』を引き起こすほどの発明も、不可能ではない。

 マリアは語った。カオスが、その研究を行うためのラボへ出発する際に命じた内容を。


 『よいかマリア。ワシの研究が実った暁には、お前が大事にしている仲間、友人、その全てが…ワシの引き起こす混沌に呑まれることになる。ワシ自身、これほど大規模な研究を行うのは初かもしれん。だからマリアよ。お前には…一度、考える期間を与えようと思う。ようく考え、見つめ、己の魂に恥じぬ結論を得よ。よいな?』


 …普段のカオスなら、新たな研究を行うとき、子供のように無邪気な顔をするのだが。この時の彼は、恐ろしいほどに真剣な表情、真剣な声音だったとマリアは語った。

 「マスター…研究の・詳細に・ついては・何も・話しては・くれませんでした。マリア・怖かった。あんな顔の・マスター・見たことが・なかったから…」

 人工魂が、強く明滅するような錯覚を覚えた。目の前の老人が、別の人間のように思えた。

 「マリア…どうしてウチに来たの? ウチなら、そのカオスの研究ってのを潰せると思ったから?」

 様々な推測を巡らせつつ、美神は問う。マリアの自我は、まずカオスありきで形成されている。つまり、マリアの判断自体が、カオスの掌の上である可能性もあるのだ。
 美神だってマリアを疑いたくはなかった。しかし、プロのGSである以上、選択肢の数は多くせざるを得ない。自分に不利益を生むような研究ならば、叩き潰すことも厭わないのが美神令子なのだから。

 「…判断・不能。自然に・足が・向きました。マリア・一人では・何も出来ない…だから・マリア・助けて・ほしかった・のかも・知れません。…ここは・友達・いるから」

 マリアは美神を、そしておキヌを見つめ…俯いた。チリを抱く手に力がこもる。チリの手がマリアの腕にそっと添えられ、その温かみを伝えてくる。

 「美神さん……」

 「判断もなにも、曖昧すぎて推理も出来ないわね、これじゃ。でもカオスがマリアを手元から離してでも成し遂げようとする研究…探ってみる価値はあるかもね」

 すっかり温くなった紅茶を一息に飲み干し、美神は現段階での最善策を脳裏で打ちたて、結論付けた。

 「マリア。貴女、しばらくウチの仕事手伝ってくれる? 今のマリアはぐるぐる考え込んじゃって正常な判断能力を失ってる状態よ。そんなときは体を動かして発散するに限るわ!」

 俯いていたマリアが、ぱっと顔を上げる。

 「いいの・ですか? ミス・美神」

 「ウチでの仕事の経験もあるし、チリが懐いちゃってるしねー。頼って来た友達を見捨てるほど腐ってないわよ、私だって」

 ソファの背もたれに身を預け苦笑した美神からは、心の余裕のような、そんな度量の広さが感じられた。
 根拠の無い自信。
 自分達ならなんとかなる、出来るという…自惚れにも似た絶対の信頼。隣のおキヌは勿論、若干不安の残るバンダナの青年に、今はいない人狼と妖狐のコンビも含め。
 いつの間にやら、冥子に抱えられたまま眠っているショウと、年の離れた姉に甘えるようにマリアに懐くチリも。

 「美神さん、やっぱりかっこいいなぁ…」

 「な、何よいきなり…」

 「いーえ。なんでもありません!」

 満面の笑みのおキヌに、ちょっとだけ赤面してみたり。

 「とにかく! もう少し情報が揃うまでは今まで通りの営業よ! マリアもいいわね?」

 「イエス・ミス・美神! マリア・頑張ります!」

 力強く頷くマリアから、鬱な空気は消えていた。
 自分を…何の臆面も無く友達と認めてくれる目の前の存在が、とても嬉しかった。
 モーター音その他の、機械としての自分の音をチリに聞かれることも…どうだってよくなった。

 (…ここに来て・正解・でした)

 マリアは自分の無意識の判断を賞賛した。カオスに対しての判断はまだ出来ないけれど、カオスの傍ら以外の居場所が出来たことは素直に嬉しい。

 (今は…今は・マリア・ここで・頑張ります。ドクター・カオス…)

 マリアはチリの温かさを感じながら、そう決意するのだった。


 「さて、次はこの娘なんだけど…疲れちゃったみたいね」

 こてん、と。
 いつの間にか、冥子は美神の膝枕で静かな寝息を立てていた。ショウも抱えられたまま、大口を開けて眠っている。寝る子は育つというが…付喪神はどうなのだろうか。

 「ま、冥子の事情は本人に聞くよりあっちのが速いでしょうね。丁度調べてほしいことも出来たし。おキヌちゃん、悪いんだけど電話持ってきてくれる?」

 「あ、はーい」

 美神はおキヌが持ってきた仕事用の携帯で、とある番号をリストから送信した。

 「…お久しぶりですおば様。令子ですわ」

 『あら〜、令子ちゃん久しぶり〜。妙神山、大変だったでしょ〜う?』

 通話相手は、冥子そっくりの声、喋り方、ついでに風貌まで似ている彼女の母。

 『もしかして〜…うちの冥子、そっちにいるの〜?』

 「白々しい小芝居は結構ですわおば様。冥子のGS免許の件の詳細、教えて下さいます?」

 おキヌの通う女学園の理事長も勤める彼女は、見た目に似合わず権謀術数に長け、美神は母・美智恵共々世話になったり面倒事に巻き込まれたり巻き込まれたり巻き込まれたりと…非常に苦手な相手であった。悪気が無いのが、性質悪し。

 『あのねぇ〜…令子ちゃん、WGCAって組織知ってる〜?』

 「は? 何ですかそれ? プロレス団体?」

 『ううん〜。『世界ゴーストクリーナー協会』。略してWGCAっていうの〜』

 「ゴーストクリーナー…? 胡散臭い名前ね…」

 『ゴーストスイーパーに並ぶ霊能者のね〜、新しい組織にしたいみたいなの〜』

 「はぁ…? それで、そのWGCAと冥子の免許に何の因果関係が?」

 『うん〜。そのWGCAって組織がね〜、少し前に日本支部を開業したの〜』

 まだ美神が世界中を飛び回っていた頃だ。天華の事で精神的にヤサぐれていた頃。同行した横島が、良いサンドバッグになっていたりしたが。

 『令子ちゃんは知らないかもだけど〜…アメリカやヨーロッパでは〜かなりの知名度があるのよ〜。一部地域では〜GSより知られてる場合もあるくらい〜』

 「確かな実力を持った組織ってことですか」

 『母体になった財閥はね〜、うちと同じくらいの名家なのよ〜きゃ、自分から名家なんて言っちゃった〜』

 …美神はこめかみが鈍痛を訴えてくるのを、無理矢理意識の外へ排除した。六道家の女性と付き合うためには、悟り一歩手前くらいの寛容さと忍耐力が必須である。

 「………で、その組織の日本上陸と、冥子の免許がどう関係あるんですか?」

 美神は根気強く質問を繰り返した。切れちゃ駄目だ切れちゃ駄目だ切れちゃ駄目だと、自らに強く言い聞かせる。

 『日本GS協会としてはね〜、縄張りを侵されたくないのと〜、GSの信用失墜を防ぐために〜今まで以上にGSのモラル遵守徹底をね〜…通達してきたの〜』

 モラルの一言で、美神には何となく顛末が予想できた。…いつものことと言えば、そうなのだが。冥子が抱える致命的な問題なんて一つしかないのだし。

 『それでね〜…令子ちゃんはもう分かったと思うけど〜、ウチの冥子の素行が〜槍玉に上がっちゃったのよ〜』

 「日本GS協会が抱える中でも最高ランクの実力を誇る彼女が、除霊現場に出る度に暴走して周囲に被害を与えている現実を、ようやく思い知ったわけですね」

 『うう…令子ちゃんずばっと言いすぎ〜…つい先日もね〜…除霊現場を崩壊させちゃって〜、報酬の何倍もの赤字を出しちゃったのよ〜』

 「…確かに由々しき問題ですね、協会側にしたら。その点を例の組織に突っ込まれたら反論の余地がないわ」

 『だからね〜、冥子の免許、一時停止処分が下っちゃったの〜…ほんとは剥奪も検討されたみたいだけど〜、こちらから改善のための方策を出して、免停に負けてもらったのよぉ〜』

 六道家とGS協会は、密接に関係した間柄である。古くから霊能筋に多数の太いパイプを持つ六道家は、GS協会に対して強い発言権を持っているし、資金や人材の供与も協会発足当初から行われている。
 協会側としても、六道冥子の評判がどうであれ、おいそれと処分は出せない背景があった。

 「…その、WGCA…かなりの好敵手みたいですね。がっちがちに頭の固い連中で構成されてるGS協会の上層部が、六道家に対して処分を検討するなんて」

 『うちだってね〜悪いことしたら怒られるのよ〜? 今回の件は冥子の未熟さが全ての原因だし〜。WGCAが乗り込んできたピリピリしている時期に、免許を発行してAランクに認定しているGSが〜…怖いのヤダ〜って暴走してたら、そりゃあ問題よ〜』

 冥子はあれでも、霊能筋のサラブレッドのようなもので。純粋な霊力量なら、今の美神でも及ばないはずだ。
 十二神将という強力な式神を使役し、生まれたときから膨大な霊力を持っていた冥子。才能だけが突出し、精神面の強さが育めなかったのが…彼女の不幸だろうか。

 「ふぅー…なんとなくですけど、おば様が提示した冥子の改善案…読めましたわ。どーせ、力のあるGSの元で一定期間指導を受け、免停解除のお墨付きをもらうとかなんとか言ったのでしょう?」

 『令子ちゃんさすが〜。察しのいい子っておばさん好き〜』

 「はいはい。うちで冥子を預かるのなら、条件があります」

 『お金?』

 「人聞きの悪い!?」

 そりゃあ、応接室の修繕費は六道家に請求書を出すけれど。
 マリアと同じく、冥子も美神にとっては友人…というか年上だけど妹みたいなものである。今なら、そう思える自分がいる。
 自分の膝で、幼子のような寝顔を浮かべる冥子を見ながらでは、いくら美神でも利益と結びつけて考えることは出来ない。

 「欲しいのは、情報です。…今、ドクター・カオスが何を行っているのか。六道家の力で調査をお願い出来ませんか?」

 『あらあら〜? 何だか真剣なお話ね〜…。冥子をきちんと教育してくれるなら、おばさん頑張っちゃうけど〜』

 「お任せ下さい。あ、ついでにそのWGCAの資料があったら頂きたいですわ」

 『分かったわ〜。じゃあ冥子の件の詳しい書類と一緒に送るわね〜』

 最初からこうなると分かっていたクセに。
 書類はきっと、明日中にも届くのだろう。全てを見越した六道女史の思惑通りに。

 「ではこれで…カオスの件、よろしくお願いします」

 通話時間とは無関係に何だか疲れ果てた美神は、携帯を向かいのソファに投げると、無防備に眠る冥子の黒髪を梳いて苦笑した。

 「結局、こうなっちゃうのよねぇ…甘いわ、私も…」

 美神と六道女史が喋っている間に、チリもうとうとと舟を漕いでいた。マリアがずり落ちないように支えているのが、なんだか微笑ましい。

 「ミス・氷室。この娘の・寝室・どこですか? マリア・寝かせて・きます」

 「あ、私がおんぶしていきますよー?」

 おキヌは保護者らしくそう言ったが、マリアはチリを抱っこしたまま静かに立ち上がり首を振った。

 「マリア・今日から・従業員。ミス・チリの・お世話も・したいですから」

 本音を言えば、もう少しこの体温を感じていたかった。腕の中で感じるチリの温もりが、マリアの魂にも伝わるようで。

 おキヌはすっかり寝入ってしまっているチリを見て不思議に思う。
 今日、初めてマリアと会ったというのにこの無防備さはなんだろう? チリは兄と違って遠慮深く、甘えんぼではあるが礼節ある性格をしている。初対面の相手の腕の中で眠るとは…余程マリアと波長が合ったのだろう。

 「じゃあご案内しますから、着いてきて下さいね?」

 「イエス・ミス・氷室。そーっと・歩きます」

 マリアの真剣な表情に、おキヌは少しだけ吹き出すと笑顔で先導を始めた。

 「…この事務所、託児所みたいになってきたわねー」

 チリを起こさぬよう、抜き足差し足で歩いているマリアの背中を眺めつつ、美神は一人ごちる。ショウチリは勿論のこと、冥子も大きなお子様だし。ほっぺの柔らかさなんて、ショウと大差ない。もち肌で、美白の必要もないほどきめ細かで…

 …良く見ると、化粧もしてないんじゃないのか? 

 美神は自身の化粧品の量を思い出して、ちょっぴり鬱になるのだった。

 「……そう。横島君がいないときは私がオチになるのね…明日あいつが来たらぶん殴る。決定」

 こうして、理不尽・不条理・非常識な美神裁定のもと、翌日の1シバきが決定した横島忠夫であった。何シバきにまで増えるのかは神のみぞ知る、である。


 つづく


 後書き

 竜の庵です。
 六道母娘は…疲れますね。会話文のテンポが掴めません。読み辛かったら御免なさい…
 冥子が暴走していたのに、シンダラ一鬼しか出ていないのには理由があります。次回で説明が出来るかとー。今回入れるスペースが無かったのです。反省。

 ではレス返しを。


 盗猫様
 はじめましてー
 横島は無理に強化しなくても十分に強いですし。美神は万能型・おキヌは支援型に特化して強化し、横島はその隙間を文珠で埋めるような感じでしょうか。
 完結のかたちはまだ全然考えてませんが、ぶつっと切れて終わることのないよう、精進いたします。
 シロタマ? 出ますよ? 今回だってほら、人狼と妖狐の〜ってくだりが! …しばらくは登場しませんが、シロタマ強化ネタもあるので、そのうちに、ということで。


 スケベビッチ・オンナスキー様
 お待たせしましたー
 WGCAはGS協会の対抗組織でした。ゴーストクリーナーなんてパチもんのようなネーミングですが。その理由も追々。
 マリアと冥子はしばらく美神除霊事務所の一員に。働いて頂きます。
 お芝居畑の人なのですねスケ様は…流石の感受性です、はい。冥子は免停状態。差し金もなにもありません。というか別に悪の組織でもなんでもないつもりです…今のところは、ですけれど。
 今回も思わせぶりな導入部を意識してみましたが、如何でしたかのぅ。
 ギャグは書いて、ちょっと置いて、見直すと寒いことが多いのですが…絶好調も最後まで消すか考えたヤツでした。気に入ってもらえたなら重畳であります。


 いしゅたる様
 ぬあああああああ!? 二人三脚のいしゅたる様ですか!? うわぁありがたやありがたや…
 原作を思わせる、というご感想は嬉しいですね。一応、ストレートな原作アフターを意識して書いているので。
 冥子の免許は免停状態でした。美神のもとで研修及び再教育を受けて、美神の一人前認定の判子がぽんと押されれば、晴れて解除と。多分に六道家の圧力が感じられる灰色処置です。
 コメリカですが、言われてからちょいと調べてみて…確かにそうなんですね。絶チルとか。しかし、GS美神の世界観では、香港やらローマやらイギリスやら南極やら…実在地名のオンパレードですし。アメリカだけ変えるのも却って不自然と思い、このままで通すことにしました。連載当時と現在では、その辺の事情も何か違うのかも知れませんねー。


 亀豚様
 今の美神除霊事務所のレベルだと、悪霊や低級妖怪程度はほぼ美神一人で完封出来ます。おキヌ&横島の出る幕はありません。横島の出番は車の運転とか単発のボケとか報告とか、その程度だったり。
 高所から落ちたくらいじゃ、おキヌですら心配しなくなっている彼です。
 ショウは軽率発言多めですから、これからもどんどん余計な一言を喋っては、折檻されて大人になるでしょう。打たれ強い性格。


 内海一弘様
 有難うございます!
 WGCAサイドのお話、悩んだ挙句軽い性格の責任者に…いいのかライバル組織。
 心に余裕の生まれている美神は、ハイテンションになりがちで。高笑いにも磨きがかかっております。利益追求の姿勢にも、ちょっと変化をもたせてみましたよ。カネカネ言うのもなんですし。根っこは変わりませんけど。
 おキヌは事務所のお母さん化が進んでますね。除霊に出番がないので、家事に力を注いでいるような。
 今回のカオスは…真面目なのか違うのか、今後の展開次第でしょう。まだ悩んでいる最中ですので。作者が。書かないと分からないですね(他人事か!)。


 柳野雫様
 番外編もお読み頂き、有難うございます。シロタマ、本編にはしばらく出番ないと思うので…うはは。
 支部長、もっと悪者っぽくするつもりだったのです。何故かあんな雰囲気に。不思議ですねー…
 美神除霊事務所の一同は仲良しさんですよね。ギスギスするよりほのぼのするに越したことはないですが。シロタマは帰ってきても寝る場所が無いな。いいか。
 女所帯で、弛みがちな私生活を支えているのがおキヌなのです。美神は頭が上がらないと思いますよ。
 今回以降も収拾が着く程度に、お話を展開させていこうと思います。大風呂敷っ。


 以上レス返しでした。皆様有難うございました。


 次回、どんどん人が増えていく美神除霊事務所の、仕事風景。WGCAとも初邂逅…の予定です。

 ではこの辺で。最後までお読み頂き有難うございました!

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