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▽レス始

「スランプ・オーバーズ!01(GS+オリジナル)」

竜の庵 (2006-09-18 01:43)
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 「小笠原エミ」

 「チェック……グリーン」

 「六道冥子」

 「チェック……グリーン」

 「唐巣和宏」

 「チェック……グリーン」

 「ふむ…氷室キヌ」

 「チェック……イエロー。あら?」

 「いい。続ける…横島忠夫」

 「チェック……グリーン」

 「美神令子」

 「チェック……レッド。以前観測したデータより、基準値から上昇係数、上限値に至るまで跳ね上がっています。現状ではフルパワーでも対応出来ません」

 「妙神山修行のせいか。やはり、美神除霊事務所は一筋縄では行かないようだな…社長が上手く引き込めればいいんだが」

 「引き続きデータ収集を続けます。……こういった作業も、例の魔王殿がちゃんと働いてくれれば楽なんですけど」

 「そう言わずに。我々は日本ではまだ新参者だ。きちんと足場を固めて、暴風にも耐えられるようにしておかないと。そのための研究だし」

 「業界再編の嵐、ですか。アメリカでの成功なんてホームディシジョンの恩恵があったからこそでしょう。ここでも同じだと思われては困ります」

 「だからそう言わずに…。ほんとに君は歯に衣着せずというか、いい性格というか…」

 「良い性格なら、矯正の必要はありませんね」

 「……あのさ、もっと女の子らしく…」

 「支部長こそ、もっと大物らしく振舞って下さい。社長からの信頼に応えられるように」

 「背伸びなんかして、足元掬われたら終わりでしょうに。四つんばいで丁度いいくらいだよ」

 「補佐する身にもなって下さい! 支部長がそんなだから、私がお局様とか裏支部長とか言われるんですよ!」

 「日本支部を影から操る裏支部長! そのデマを流したのは僕だ!」

 「真面目にやりやがれ!!」


 二人のやり取りを聞いていた周囲の職員から、含み笑いが零れていた。

 東京のとあるオフィス街、中心部からは僅かに外れた一画に、その事務所は建っている。
 太い道路に面していて、路線価もそれなりに高い準一等地。だが様々な細かい要因が重なって、流通や経済の主要路からは逸れてしまった、そんな土地だ。
 元々建っていた古い雑居ビルを取り壊して、周囲に比べ背の低い建物が新築されたのは、つい最近のことである。

 WGCA−JAPAN

 大きく掲げられた看板から、事業の中身を垣間見ることは困難だ。明るい室内と、働いている職員達のきびきびと動く姿は、真っ当な職である事をアピールしているようだが。ぱっと見は複数の窓口を備えた不動産屋が一番近いだろうか。


 「さあて皆の衆、注目よろしく! とうとう本日より、WGCA日本支部の活動が始まる。どんどん仕事を取ってきてくれたまえよ。先制攻撃でライバル共が泡食ってるうちに、深く広く根を張るんだ。TVコマーシャルも新聞折込チラシもダイレクトメールもじゃんじゃんやっていこう! まずは我々の存在を日本人に広めることが先決だからね」

 「既に有能なGCを数人雇っています。営業の皆さんは、彼らに空白日を作らないくらいの勢いで予定を入れてあげて下さい。半年間は無休で受けますので」

 「さすが鬼の副長! 人使い荒すぎ! 人間なんて消耗品ですって言ってみて!」

 「言うか馬鹿!」

 「はっはっは! では旗揚げと行こうか。現時刻をもって、WGCA−JAPANの本格始動とする! 張り切っていこう!」


 「「「はい!」」」


 小さな嵐だった。

 けれど、小さくてもその身は暴風の塊。

 抗することの出来ない存在は、ただただ呑まれて削られ…消えるのみ。

 この日、日本上陸を果たしたWGCA−JAPANという嵐が、美神達をも揺るがせる脅威と為り得るのか。

 未来を知るのは、不敵に笑う支部長のみだった。

 「くははははははははっはふっぐはっぐあげほぅ!?」

 「支部長、無理に悪者っぽく笑おうとするから…」


              スランプ・オーバーズ! 01

                     「嵐」


 …こちらには、とっくに嵐が吹き荒れていた。
 金色の嵐が。

 「えーと、一件目の依頼人は丸金ファイナンス。事務所に毎晩毎晩大量の悪霊が現れて、悪さをするそうです」

 嵐に呑まれた悪霊の群れは、為す術もなく霧散消滅していく。所要時間、5分。

 「絶!!」


 千鞭狂う、黄金の嵐。

 「あー、2件目の依頼人は帝国不動産。最近建てたマンションの地下ガレージに、車に悪戯する小さな影が出るそうです」

 柱の影から飛び出した小猿のような妖怪は、床を二度蹴った時点で瞬時に拘束。邪精霊の亜種と分かり、封印。所要時間、15分。

 「好!!」


 この嵐の中心は、台風の目のように凪いではいない。

 「本日最後、3件目の依頼人は不動商事。自社ビルの屋上に、鳥っぽい妖怪が巣を作っているそうです。駆除しようとしたGSが数人、頭を突かれてハゲになってます」

 吹き上がる嵐が、鳥妖を巣ごと巻き上げて叩き落す。

 「調ーーーーーーーっ!!!!」


 …屋上の隅っこ、パイプ椅子を4つ並べた即席の観客席。
 そこには、嵐の中心で高々と勝利の哄笑を上げる我らが雇い主、美神令子の姿を生温く見守る、従業員の面々が座っていた。

 「…如何ですか解説のおキヌさん。彼女の調子は」

 「…そうですね実況の横島さん。営業再開からこっち、全部のお仕事を彼女がやっつけちゃってますよね。私達の出番なんて、依頼人の方に終わりました、って報告するくらいですし」

 「なるほど。特別ゲストのショウさんはどう思われますか?」

 「うむ! 令子はアレだ、容赦とか情けとか、温かいものは美智恵の体内に置き忘れ…ぷぎゃあ!?」

 「ああ! ショウさんの額に金色の鞭が炸裂しました! 痛い! 俺も経験あるけどこれは痛い!」

 「流石は美神様。素晴らしい聴覚ですね」

 「ゲストその2のチリさん、無難なコメントでとばっちりを避けておりますね。解説のおキヌさん、ショウさんのコメントについてどう思われますか?」

 「ふえ!? えーと…今はお仕事中ですから、夜叉にも鬼神にもなりますよね!」

 「なるほど。付き合いの長いおキヌさんらしいコメントでした。では僭越ながら私、実況の横島忠夫がストレートに忌憚のない意見を一つ」

 横島はすっくと椅子から立ち上がると、美神に対して大声を張り上げた。


 「鞭を振り回す度に揺れるそのチチはやっぱり俺のもんじゃあるぐるばああっ!?」

 「忌憚なさすぎじゃ全人類半数の天敵ぃーーーーーーーーーーっ!!!」


 真っ直ぐな叫びは、直後に襲った金色の暴風に飲まれてビルの屋上から転落していった。高層ビルにも関わらず、誰も、何も、全く、心配していない。
 鳥妖の死骸を吸引札で処理し、街路樹やら太い電線やらで作られた巣の撤去は依頼人である不動商事に頼んだ。清掃業者が片付けてくれるだろう。
 所要時間は、全て含めて20分足らず。

 「さって、今日もお終い! 帰りましょ!」

 「お疲れ様でした、美神さん」

 「我らの出番が全然ないのう、チリよ」

 「美神様がお強いですから…」

 パイプ椅子を片付け、屋上から引き上げる途中で美神の携帯が鳴った。美神は発信者の確認もせずに、それを受ける。

 「…ん、おっけ。じゃあ車のエンジンかけといて」

 「横島さんですか?」

 「そ。依頼人への報告も終わったってさ。このまま直帰しましょ」

 ビルから転落した横島にどうして依頼完遂の報告が出来るのか…またしても、誰も何も全く突っ込まない。
 慣れです、の一言で済まされるのが、美神除霊事務所の美神除霊事務所たる所以だろうか。

 「お疲れ様っす、美神さん。荷物の積み込みも終わってます」

 「OK。疲れたから、横島くん運転してくれる?」

 「うげ…あい、了解しました…まだ公道は恐ろしいんすけど」

 不動商事の社員用駐車場には、国産の大型4WDが停めてあり、低いエンジン音を響かせていた。美神の愛車である真紅のコブラは、現在では美神個人がプライベートに用いるだけで、除霊の仕事時にはこちらの車に乗るようになっている。
 横島が普通自動車一種免許を取得してから、まだ一月も経っていない。車の後方に貼られた若葉マークからもそれは窺える。

 「いい加減ヘタレたこと言ってんじゃないわよ。順次大型とバイク免許、船舶とかヘリの免許も取ってもらう予定なんだから」

 「陸海空制覇っすか……そんなに必要ですかねぇ」

 「GSの仕事は場所を選ばないの! ちなみに私は全部持ってるからね」

 「なら余計俺はいらないんじゃ…」

 「うっさい! 費用は出してやるんだから文句言わない!」

 車はゆったりと彼らの帰るべき巣、美神除霊事務所へと向かっていた。
 ヘタレと一喝された横島の運転は、難癖をつけるほどに悪くは無い。普段から美神のサポートで視野の広さを求められるので、状況の判断が早いのだ。安全運転の見本のような、誠実な走りである。

 「そういや、ピートの奴オカGのスカウトが来て、内定決まったみたいっすよ」

 「うわあ、良かったですね! あとでお祝い持っていかなくちゃ…」

 「ふーん。ママったら手が早いわね。手駒が足りないっていつも愚痴ってたし…ピートなら即戦力だもんねー」

 オカルトGメンで必要な人材は、大別して3種類だ。
 ひとつ、公職ならではの煩雑な事務をこなせる内勤班。
 ひとつ、実際に現場に出て通常捜査を行う実働班。
 そして最も必要でありながら、今日の人手不足問題の大半を占めている…GS免許所持班。
 西条輝彦のように、警察官としての実績とGSとしての実力を兼ね備える存在は、実は貴重なのだった。バンパイア・ハーフで生真面目な性格のピートも、ゆくゆくは西条を越える捜査官として一線を張ることだろう。

 オカGが取り締まる存在の多くは、オカルト技術を悪用した人間だ。オカルト技術が世間に浸透すればするほど、犯罪者の数も増えている。
 簡単な爆発物の製造法を知るように、悪霊の簡易制御・弱い妖怪の誘引方法などを知ってしまえば…犯罪者は道具としてしまう。銃やナイフを用いるように。
 その傾向は先のアシュタロス事変から、増える一方だった。

 「オカルトアイテムの充実で、一般人並みの霊力しかない人員でも、低級霊程度なら祓えるんだけど…」

 「年々強くなってるしなー…携帯の世代交代までとは言わんけど、パソコンのそれくらいに匹敵しますよね」

 「いたちごっこなのはどの業界も同じよ。インフレって怖いわねー」

 アシュタロス事変について、改めて語る必要もないと思われるが。歴史に残るオカルト大事件として広く世間に認知された同事変は、その後のオカルト関連の事象全てを1ランク引き上げる始末となった。
 事変直後、世界中で対悪霊用防犯グッズが馬鹿売れしたり、それまでフリーで活動していたGS達がこぞって新規事務所を立ち上げて混乱したり…素人に、素人に毛が生えた程度の知識しか持たない新人GSが、詐欺紛いの除霊行為を行ったり。
 現在では、事がオカルトという特殊なジャンルであったことから、一時期騒然とした世間の目も薄れてきている。
 当時乱立したGS事務所も、次々に倒産するという憂き目に遭っていたが。

 「ま、うちみたいな大手事務所は底辺の事情なんて関係ないけどね! わははははは!」

 「底辺って…」

 「やはり令子の優しさや思いやりは美智恵の…ぺぎゅっ!?」

 手馴れた、何と言うか機械的なまでに洗練昇華された天華による打撃で、和楽器・笙の付喪神であるショウを黙らせる美神。
 実は最近、横島の奇行がほんのちょっぴりだけ大人しくなり、彼に対するお仕置き回数は減る一方だった。ショウの存在が差分を埋めているような状態だ。
 …ひどい話である。

 「過渡期、って奴ですかねー。GS業界全体がなんか変わろうとしてるのかも」

 「はん! 関係無いわね。正直な話、今の私達なら中級魔族にだって引けをとらないわ。他で捌けなくなった物件がどんどんうちに流入するようになれば、今まで以上に黒字天国よ! 黒字極楽よ!!」

 「キ、キヌ!? 令子の目がになっておるぞ!? 何の発作じゃ?!」

 「改めて見ると逆に新鮮ですよね、あの表現…」


 何だかんだとやり合っている内に、車は事務所に到着した。全て都内の仕事であったことを差し引いても、3件で所要時間2時間未満というのは、過去最速レコードに匹敵するものである。しかも、所要時間の大半は移動時間で占められている。

 「むあ!? 今気づいた! こんな調子で仕事片付けてたら、給料減る一方やないか!? もっと日が落ちるまで一緒にいましょう美神さん何なら明日の朝日を同じベッドで迎えるくらいっ!?」

 「美神様なら、車が停まったと同時に降りていかれましたよ? 横島様」

 「いつになく速いっ!? …っていうかチリちゃんさ。様付けやめてくんないかな?」

 ショウと同じく、和楽器・篳篥の付喪神であるチリは空っぽになった助手席を指差して横島に教えたのだが…困ったように自分の頭を撫でてくる横島に、こちらも困ったような表情を浮かべた。

 「忠夫なんぞ忠夫で十分じゃぞ、チリよ。どーせ忠夫だしな」

 「てめーは最初からそうだったなチビショウ。目上のもんに対する礼儀を知らんのか!」

 「ナニが目上じゃ! オレは200年以上を生きる付喪神じゃぞ! ひれ伏すのはそっちじゃ!」

 「やかましい!! 社会に出たら年齢より職歴がものを言うんじゃ!! 半人前の竹妖怪! お前なんか青竹じゃまだまだ! 踏んで健康になったろか!?」

 「「また始まった…」」

 おキヌとチリが呆れて車から降りていく中、似たもの同士っぽい二人の口喧嘩は、美神が現れて喧嘩両成敗とするまで続くのだった。


 美神令子が復帰し営業を再開した美神除霊事務所は、人狼と妖狐のコンビを欠いても全く色褪せることなく、それまで以上の利益を稼ぎ出していた。
 妙神山から凱旋下山した美神のパワーアップもさることながら、氷室キヌの会得した絶対領域『神域』に加え、前と変わらず利便性に優れる横島忠夫の『文珠』の三本柱体制が、彼女たちの評判を盤石なものにしている。全員がエースを張れるどころか、チームワークも完璧なのが大きい。

 しかし。

 2ヶ月の休止期間中に上陸し、勢力を強めていた嵐が。
 暴風域の腕をとうとう、この事務所にも伸ばそうとしていることに。
 美神達は気づいていなかった。


 翌日は休日に設定してあったため、美神は惰眠を貪って昼過ぎまで熟睡し、屋根裏の元犬神部屋を宛がわれた付喪神兄妹もまた、誰はばかることなく夢の世界を堪能していた。

 「そろそろ起こさないと駄目だよね、いくらなんでも…」

 土曜日で学校もないおキヌだけが、午前中からせっせと家事に励んでいる。
 掃除洗濯炊事の一切を取り仕切るその姿は、一流の主婦そのもの。
 効率も手際も極めて良いために、大した疲労もないところが素晴らしい。主婦リンピック優勝は堅い手腕である。

 『おキヌさん。玄関にお客様が来られています。マリア様ですね』

 「え、マリアさんが? カオスさんも一緒…?」

 『いえ、マリア様お一人です』

 「ふーん…充電でもしに来たのかな」

 てきぱきと洗濯物を片付け、エプロンを脱いだおキヌは別段気にすることもなく玄関へと向かった。


 ヨーロッパの魔王・神秘にして深遠なる錬金術師・奇跡の体現者…
 彼を評する二つ名は数限りなく存在するが、現在の彼を表すにはたった一言。
 『ちょいボケ貧乏人』で済む。

 ドクター・カオス。

 来日当初は美神とも敵対して確執も多かったが、ブラドー島での共闘を初め紆余曲折を重ねて、パートナーであるアンドロイド・マリア共々、親しく付き合うようになっていた。マリアに至っては、既に親友と呼んでも差し支えはない。
 現在でも、カオスは思い出したように小悪党ぶりを発揮して騒動を起こしたりするが、生来の詰めの甘さや悪人に徹しきれない性格のせいで、上手くいっていないようだった。
 マリアは時々、今回のように事務所を訪れては充電していくことがある。おキヌ的には美味しい食事やお茶でおもてなし、と行きたいのだが、如何せん無理なので。エネルギーの充電くらいは大歓迎である。

 玄関ドアを開け、おキヌは飾らない笑みでマリアを出迎える。
 黒衣のドレスのような衣服に、決してケバケバしくないピンク色の髪。表情に起伏は少ないが、穏やかな雰囲気で固さを感じさせない…彼女を初見でアンドロイドと見抜くには、かなりの眼力が必要ではないだろうか。

 「…こんにちは・ミス・氷室…」

 「どうしたんですか、ぼーっとしちゃって。さ、中にどうぞ?」

 うつむき加減で玄関前に立ち尽くしていたマリアは、おキヌの屈託の無い声にも反応を鈍くしていた。入ることを拒んでいるようにも、言い出せない何かを抱えているようにも見える。

 「…お邪魔・します」

 精彩を欠いた声と、重たげな足取りではあったが。
 マリアはようやく事務所へと足を踏み入れた。

 (…電池切れそうなのかな…?)

 おキヌの感想なんて、そんなもんであった。仲間であり、友人であるところのマリアに対して、彼女が不信感など抱くはずもない。…天然ですし。

 「…ミス・氷室。マリア・マスターの・命令で・こちらに・来ました」

 応接室へ向かうおキヌの後ろを無言で着いて来ていたマリアは、抑揚の無い声で言った。普段のトーンよりも若干低い声音である。

 「命令…ですか? とりあえずお部屋で…」

 妙に低調なマリアの様子に違和感を覚えつつも、お客さんと廊下で立ち話をするわけにもいかないおキヌは、マリアを応接室へと案内した。
 マリアは従順に、おキヌに一度頭を下げてから室内へ入る。頭上にハテナマークを大きく掲げたおキヌも、小首を傾げて続いた。


 マリアをもてなす、というのは意外と大変である。
 まず、お茶が出せない。
 といって、自分の分だけ用意するわけにもいかず。美神か付喪神兄妹でも起きてくればいいのだけれど、今日に限って昼を過ぎても出てこない。休日なので横島の来訪も期待出来ない。
 壁のコンセントをいつでも使えるように、邪魔な観葉植物を動かしておくくらいが精一杯。ついでに座っておける頑丈な椅子も側に持ってきた。

 「それで、カオスさんのご命令って一体なんなんですか? あ、美神さん起こしてきたほうがいいのかな…」

 通常の仕事時に依頼人とするように、マリアと面と向き合って座ったおキヌ。そわそわと落ち着きのない様子で、時折中腰になって無意味にきょろきょろと辺りを見回したり。
 普段の柔らかな雰囲気のマリアならそこまで神経質にもならずに済むのだが、今、目の前にいる彼女は明らかに様子が重い。固い。
 日頃から世間話をするようなタイプではないけれど、間が持たずにおろおろするほど雰囲気の厳しいほうでもなかったはずだ。

 「………」

 マリアは無言。姿勢正しく座っていて、目だけが膝小僧のほうを向いている。

 「…なにか、あったんですか? マリアさん。私で良ければ相談に乗りますよ」

 堪らなくなって、おキヌはマリアの横へ腰掛けた。膝に置かれている手に自分の掌を重ね、訴えるような視線を飛ばす。トラブルに巻き込まれているのなら、力になりたかった。

 「………ミス・氷室の手は・とても温かい・です。それに・貴女の・優しさが・伝わってきます」

 「お話してくれますか? それとも、やっぱり美神さんを呼んだほうが…」

 マリアは頭を上げると、おキヌの手をとってしみじみと呟いた。表情は依然として固く、雰囲気も重かったが…少しだけ普段のマリアに戻ったようだ。

 「ちょっと待ってて下さいね! 美神さんを連れてきますから!」

 「私なら起きたわよ。ハロー、マリア。冴えない顔ね」

 「!? ちょ、美神さん! 休日だからってYシャツ一枚でうろうろしないで下さい!! 日曜日のお父さんじゃないんですから、ちゃんと着替えてくださいっ!!」

 寝癖もそのまま、下着の上に大き目のYシャツ一枚羽織っただけの、完全プライベート仕様の美神に対しおキヌは眦を吊り上げて叱りつけた。
 湯気をたゆらせるコーヒーカップ片手に応接室入り口に立っていた美神は、その剣幕に思わず後ずさってしまう。

 「だ、だってー。起きたばっかりなんだもん。それにマリアなら気にしないわよね?」

 「ミス・美神。公序良俗の・姿勢からも・ミス・氷室の・指摘は正しい・です。服装の乱れ・心の乱れ・といいますし」

 「ほら! ちゃっちゃと着替えてきて下さい! 今何時だと思ってるんですか! お布団干せなくなっちゃいますよ!」

 「う、おキヌちゃんママみたい…わーったわよ、シャワー浴びて着替えてくるからマリアの話、聞いておいて」

 口を尖らせて、渋々といった表情の美神。最近のおキヌは怒らせると龍笛を取り出すので怖いのだ。彼女の旋律は久遠梓の事件以来、死霊を操るネクロマンサー能力の他に、人の心に訴えかける精神感応系の能力をも授かったようで、ぶっちゃけ手に負えない。
 それに、おキヌが怒る場合の大半はこちらに非があるので、本気で抵抗もし辛かったり……現段階において、美神除霊事務所のヒエラルキー頂点に君臨しているのは、おキヌで間違いなかった。


 そそくさと美神が退散してから、改めておキヌはマリアと向き合った。
 今更ながら、おキヌにはマリアが人造人間、人工的に合成された魂魄・身体の存在であることが信じられずにいた。
 確かに戦闘時のマリアは、ロケットパンチかっ飛ばしたり足底からのジェット噴射で空を飛んだりと、人外な動きをするが。こうして静かに対面しているだけでは、彼女から模造された部分を読み取ることは至難である。

 …この偉業、一体誰を褒めるべきなのだろう?

 マリアを創造したカオスを? ここまで進化成長したマリアを?

 それとも人外の存在を受け入れ、肯定し、混沌を是とするこの世界を?

 人外の坩堝の真っ只中にいるおキヌは、一瞬だけ、アシュタロス事変のことを思い出していた。
 善悪はともかく、非常に高位の存在であった彼の魔神。その彼でさえ、自身の存在に戸惑い、迷い、挙句の果てに消滅を望むこの世界。僅かに垣間見た神魔の最高指導者の姿は、眩しすぎてよく分からなかったが…その存在すら世界にとっては『一存在』でしかないのか。
 宇宙意志、なんてトンデモな話を美神は大真面目に語った。おキヌには、それが美神一流のハッタリだったのか、それともなんらかの確信を持った発言なのか判断出来ないけれど。
 そんなものが実在するのなら、この世界の混沌もまた望まれ、仕組まれたものなのだろうか。

 おキヌは思う。

 マリアは、とても純粋で心優しい少女だ。

 彼女が無垢で純粋なのは、混沌を望む宇宙意志の外…つまり、本来はあり得ない『人が人を創る』ことに成功した結果なのでないか。例外なのではないか。

 混沌を名にもつ父に創造された、心無垢なる人造人間。

 マリアの存在は、全ての人類・魔族・神族に匹敵する奇跡なのかも知れない。


 「ねぇマリア、この子どうしちゃったの…?」

 「…解析不能・先ほど・ソファに座ってから・フリーズ・しています」

 「完全にイっちゃってるわー…おーい? おキヌちゃーん? 戻ってきなさーい」


 思考の海につむじまで浸かっているおキヌを、小ざっぱりした格好に着替えてきた美神がサルベージを試みていた。頬をぺしぺしと張ったり、耳元で名前を呼んでみたり。軒並み失敗でしたが。

 「完璧に沈んじゃったわね。まあしばらくしたら浮かんでくるでしょ」

 おキヌの隣に腰掛け、優雅に足を組んだ美神は苦笑しながら言った。実は横島にも匹敵する想像力を持つおキヌである、脳内でどんな思考がされているのか皆目見当もつかない。

 「マリア・電気ショック・試しますか?」

 「いやいやいや。そこまでせんでも。おキヌちゃんはほっといて、マリア? 貴女の話を聞きましょうか」

 「イエス・ミス・美神。実は………あ」

 右手に掲げたVサイン。その指の間を放電させるマリアに、冷や汗を浮かべて美神は話の続きを促した。名残惜しげにVサインを引っ込めたマリアは、話し出そうとして…急に窓の外へ首を巡らせた。

 「……強力な・霊気反応が・こちらに・近づいてきます。パターン照合開始……」

 『私も捉えました。凄まじい霊力です。しかし、これは…?』

 マリアと人工幽霊一号の霊気探知能力は非常に優れている。美神も霊気の接近には気づいたが、両者のそれより一拍以上遅れていた。

 「照合終了。ミス・六道のものと・思われます。過去データ参照…これは」

 「ん…? マリア、あんた…」

 数秒で霊波の主を特定したマリアに、GSとしての勘が僅かに引っかかった。しかし、一体どこに働いた勘なのかが分からない。無表情のマリアからはそれ以上の情報は読み取れなかった。

 「……ミス・美神。この場からの・退避を・お勧めします。霊波パターン・データとの・参照及び・照合の結果…」

 「結果…?」


 「高確率で・暴走中・です」


 「………えええええええええええええええええ!?」


 悲鳴を上げる余裕こそあれど。
 恐ろしい勢いで接近してくるミス・バーサークの脅威は、大きく霊力を上げた今の美神でも…ぶっちゃけ恐怖以外の何者でもなかった。

 『冥子さんが玄関に到着しま…あ』

 聞こえてくるのは、擬音ばかり。


 どかーん、ぱからっぱからっぱからっ、ぱりーん、ばきばきばきっ


 近づいてくる、聞き慣れた泣き声。


 「れ〜〜い〜〜〜こ〜〜〜〜ちゃぁぁ〜〜〜〜〜〜〜ん!!!!!」


 「あ、あははははははは……終わったー。おキヌちゃーん、戻ってこないとそのまま逝けるわよーう」

 「はっ!? あれ? あ、ごめんなさいマリアさん! 考え事に夢中に…って何ですかこの破壊音!?」


 最後は景気良く、どがらっしゃあん、と。
 木材の爆ぜる音と共に応接室のドアが破られた。
 美神・おキヌ・マリアの3名が呆然とするなか、ドアの残骸を蹴散らして現れたのは、十二神将が一鬼・シンダラに乗ってえぐえぐと泣いているおかっぱの少女、六道冥子であった。
 彼女は硬直したままの美神の姿を視界に捉えると、瞳を潤ませ、子供のように泣きながら叫んだ。混沌を更にかき回す、一言を。


 「私〜、GS免許取られちゃったあ〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」


 …嵐は上陸し、嵐は猛り、嵐は来訪する。


 混沌を良しとする宇宙意志が本当に存在するのなら、今の美神除霊事務所の姿はまさしく顕現した意志そのものだ、と。親指を立てて保障するだろう。


 つづく


 後書き

 竜の庵です。
 新シリーズの第一話をお届けします。タイトルの通り、スランプ・スランプ! の続きとなっております。
 天華を入手した美神と、神域使いのおキヌ、付喪神兄妹ショウチリ、影の薄くなりつつある横島と、新体制の5人でお話を進めていくつもりです。

 ではレス返しを。書き方変えてみましたよ。


 いりあす様 
 あのゴーレムは大量生産向きの製品ではと思って。試験運用にしても、小隊規模で揃えてあっても不思議ではないですよね。
 ゴーレムセカンドステージで、ゴーレムグ〇イグナイテッドとかゴーレムザ〇ファントムもありか…っ!
 小鳥の群れや保母人食い鬼には今後出番があるでしょう。というわけで今回は出ませんでした。代謝が凄いですから、太ることはあんまりないでしょう、シロタマ。斬られずに済むと思いますよ、多分。おそらく。…きっと。


 内海一弘様
 幽霊の姉ちゃんとゾンビ犬は全滅。ガルーダ幼生の群れとグーラーさんは違う土地で暮らしているのではと。自衛ジョーは…何となく居ついて。何となく戦場の友情って感じで。
 オーバーズ、今後も精進して参りますよーう。


 スケベビッチ・オンナスキー様
 せっかくなので、タイトルに使ってみましたー。ひみつきち。
 山中という立地条件も、シロタマには馴染み深い部分もあるでしょうから。
 付喪神兄妹はスポット参戦。当初はいませんでした。出る前に書き出したので…
 絆の物語である、と言われると…そうだったんだ! と目から鱗が。はー…派手な戦闘とかがなかった分、内面描写に字数を割いたので、その辺がそんな感じに写ったのでしょうかのぅ。
 オーバーズはスランプの続編となりました。ご期待に沿えるよう、精進致します!


 以上、レス返しでした。皆様有難うございました。


 次回以降、じゃんじゃん風呂敷を広げていこうかと思ってます。
 WGCAとか、思わせぶりな組織も作ったことですし、ぱーっと。


 ではこの辺で。新シリーズ、面白くやってけるといいなぁ…(遠い目

 最後までお読み頂き、本当に有難うございました!

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