「待てーっ!」
「待てと言われて待つ馬鹿がいるかーっ!」
繁華街から少し離れただけの住宅街。
そこで、一人の少年と一人の警官が鬼ごっこをしていた。
少年の脇には、角の生えた赤毛の男の子が抱えられている。
「なんで俺がこんな目にーっ!」
「きっと神罰が下ったのじゃな。天地四海あまたの竜族の王にして仏法の守護者、竜神王の世継ぎである余をこのような目に遭わせたのじゃから、当然じゃろう」
「いやそれは絶対違うだろ!」
「な、なんじゃと!?」
その男の子――天龍童子の言葉を、彼を抱えている少年――横島は、きっぱりと否定した。
横島は現在、幼児誘拐のかどで逃走中である。まあ、小竜姫のお仕置きを恐れて泣き叫んでいる天龍を脇に抱えている状況では、誤解するなと言う方が無理だろう。
が――その逃走劇は、唐突に終わりを迎えることになる。
走る横島の眼前に、曲がり角から二人の人物が現れ、その行く手を遮ってきた。チビとノッポの二人組である。
「と、止まるんだな」
「て、てめえらは――!?」
二人のうち片方、ノッポの方が横島を制止した。横島は、その顔に見覚えがあったのか、驚愕の表情を浮かべて足を止める。
横島を追いかけていた警官は、その足が止まったのを好機と見て、さらに加速した。
「よおおおしっ! そのまま逃げるなあああっ! 神妙にお縄を頂戴――『邪魔だっ!』――げふぅっ!?」
が――瞬時に姿を変えたチビが、その頭部に生えた二本の角の間からエネルギー波――おそらくは竜気砲とでも言うべきもの――を放った。
それは、横島の脇を通り過ぎ、その背後から追いすがる警官を成す術もなく吹き飛ばした。
ノッポの方も、いつの間にか同じように姿を変えている。二人とも、爬虫類のような姿である。
『さーて……おとなしく、天龍童子殿下をこちらに渡してもらおうか。抵抗なんてするなよ。人間が俺たちに勝てるわけがないんだからな』
『そ、そうなんだな。素直に言うこと聞くのがいいんだな』
「な、なんじゃ!? どういうことじゃこれは!?」
突然現れた人外の暴漢に、標的とされた天龍がうろたえる。
「くっ……まさか、こうも早く捕捉されちまうとは……こっちはまだ準備なんかできてねーぞ」
横島は悔しげに舌打ちした。その台詞を聞いた二人組のうちチビの方は、片眉をぴくんと跳ね上げた。
『あん? 俺らが来ることを知ってたみたいな口ぶりだな……しかも、準備だって? 人間のくせに、俺らをどうにかできる準備なんてものがあったのかよ?』
『お、お、面白いこと言うんだな』
「はっはっは。何言ってやがる。お前らの弱点なんぞお見通しだ。お前らは知らないかもしれんが、人間界じゃ有名なんだぜ?
お前らの弱点、それは――
――ゲッ○ー線だ!」
『誰がハ○ュウ人類かあああああっ!』
ずびしっ! と勝ち誇ったように指を突き付ける横島に、間髪入れずにチビが怒鳴りだした。
その横にいるノッポは、理解できてないのかしきりに首を捻っていた。
『二人三脚でやり直そう』
〜第二十七話 プリンス・オブ・ドラゴン!!【その2】〜
少し離れたところから繁華街の喧騒が聞こえる。
そんな住宅街の中、横島は天龍を下ろし、目の前の敵と対峙していた。
(……まいったなー……)
横島は冷や汗を垂らしながら、眼前の相手の実力を正確に思い出していた。珍しく。
そもそも、この事件から始まるメドーサ関連のあれこれは、後々アシュタロスに繋がる重要なものである。最終的にあの大戦を乗り切ることを目的にしている以上、その発端となるこの事件のことは、ほぼ正確に記憶から引き出せるよう何度も思い出していた。
目の前の相手は、それほど大した活躍をしたわけではない。神界においても、下っ端役人でしかなかったはぐれ竜族だ。そのため、名前すら思い出せないほどに印象が薄かった。
が――それでも鬼門をあっさりと倒し、あのメドーサでさえ避けざるを得ないほど、大出力の竜気砲を放っていた。それは無視できるものではない。
ぶっちゃけ、今の横島では、正面から戦って勝てる相手ではなかった。一応、一発ギャグで気勢を削いでおいたが。
(けど、あいつら頭悪そうだからなー……やり方次第じゃ、どうにかなるかもしれん)
自分より強い相手に勝利するためには、イカサマを使うのが一番手っ取り早い。それは美神流と言ってもいいものではあるが、そうでなくとも歴史上では、数に劣る軍を勝利に導いたイカサマ師――歴史では『軍師』と呼ばれている――は少なくない。
(たぶん、近くには美神さんもいるはず……確かめたわけじゃないけど。まずは遠くにいてもわかるように霊力全開にして戦って、時間を稼ぐか……)
珍しくシリアスに戦うことを決め、横島は懐に手を入れる。
『ア、アニキ、あいつ何かするんだな』
『へぇ。人間が俺たち竜族相手に何をするのか、見てやろうじゃないか』
たかが人間とこちらを見下す二人組。その油断は、横島にとって好都合である。何せ、今から横島がやろうとしていることは、無防備な姿を晒すことなのだから。
それは、横島が通常の限界以上の霊力を放出するためには必要な儀式。彼はその儀式に必要な媒体を、懐から取り出す。
その手に握られているのは――
――秘蔵にして愛用の美神令子盗撮下着写真♪
「……は?」
背後から、天龍の呆れた声がするが無視。
横島はそのまま、脳内妄想機関をフルドライブさせる。
「煩・悩・全・開!」
「やめんかあああああっ!」
ずげしっ!
「べぶらばぁっ!?」
間髪入れず暴風が吹き荒れ、横島を横っ面から容赦なく吹き飛ばした。
その暴風――名を美神令子という――は、全身に鳥肌を立たせ、仁王立ちになって倒れる横島を見下ろしていた。
彼女は額に井桁を浮かび上がらせ、横島の手から離れひらひらと宙を舞う写真をパシッと掴み取った。
「み、美神さん早かったっスね……」
「全身を舐め回されたような悪寒がしたから」
だくだくと顔中から血を流す横島に、美神は手に持った写真をビリビリと破り、やたら感情のこもらない声で答えた。
「ああっ! 俺の秘蔵の「何か?」イエナンデモアリマセン……」
背後にマグマを背負う修羅を前に、横島の心は白旗を上げて全面降伏した。
「な、なんじゃなんじゃ!? また何か恐ろしげなものが現れたぞ!?」
『なんだこの気迫!? 竜族の俺が怯えているだと!?』
『ア、アニキー!』
その修羅のかもし出す圧力の余波をくらい、恐れおののく天龍&二人組。なんだか美神一人いればどうとでもなりそうな気がするのは気のせいだろうか。
と――そこに、鬼門の二人が遅ればせながら到着した。
「美神どの!」
「やっと追いついた――む!?」
現場に到着するなり、天龍と二人組の姿を見た彼らは、瞬時に状況を理解したのか本来の鬼の姿に戻る。
『殿下!』
『それに――魔物か!?』
鬼門のその言葉に、二人組ははっと我に返り、鬼門たちに視線を向ける。
『鬼か!』
『じゃ、邪魔者が増えたんだな。アニキ、どーしたらいいんだな?』
『決まってる! 人間一匹に鬼が二匹増えたところで、どーというこたぁねーぜ! さっさと片付けて殿下を確保するぞ!』
『させるかっ!』
言うなり襲い掛かってくるチビと、それに追従してくるノッポ。その眼前に、鬼門が立ちはだかった。
『美神どの! おぬしは殿下を頼む!』
「わかったわ!」
「あっ! 何をする!?」
鬼門の言葉に美神は頷いて、天龍を問答無用で抱え上げる。そのまま走り出す美神に、横島も後を追い――
「よし鬼門! 後は頼んだ――「あんたも残りなさい」――イエス、マム!」
底冷えする視線で射竦められ、横島も問答無用で居残り組にされた。
『に、逃がさないんだな』
ノッポの方が、逃げる美神と天龍を見て、その手を異様に長く伸ばした。
が――
がいんっ!
『あいたっ!』
その手が、射線上に飛び込んできた横島の手にはじかれた。その手には、サイキック・ソーサーが展開されている。
『に、人間の分際で邪魔すると、痛い目に遭うんだな』
「じゃーかしっ! ここで逃げて美神さんにシバかれる方がよっぽど痛いわっ!」
横島&鬼門二人vsはぐれ竜族二人組。
数の上では有利、しかし実際はかなり不利な戦いが始まった。
――十数分後――
「……ぜはーっ。ぜはーっ。ぜはーっ……」
『に、人間のくせにやたら粘るんだな』
『逃げ足が速いだけだぜ、イーム』
荒い息をつく横島に、いささか感心した様子の二人組。
鬼門は早々にダウンし、地面にその巨体を横たわらせている。まったく役に立たない。
唯一残った横島の方も、ただ逃げ回っているだけで反撃なんてしていなかった。曲がりなりにも妙神山の修行コースをクリアした身である。少なくとも、地力では鬼門より強い。
とゆーか、そーゆーのはあまり関係ないかもしんない。横島の場合。
――なぜなら――
『このっ!』
チビの方が、角から竜気砲を放つ。それは真っ直ぐに横島の方へと向かい――
「鬼門バリヤーッ!」
ずどむっ!
『ぎゃーっ!』
横島によって首根っこ引っ掴まれた鬼門が、無理矢理起き上がらされて盾にされた。ちなみに、これは何度となく繰り返されている。
『み、右のーっ!』
『お、おのれ横島……またしても……』
『つーかお前……さっきから思ってたけど、人としてその防御方法はどうなんだよ……』
『ひ、ひ、ひどすぎるんだな……』
仇を見る目で横島を睨む鬼門と、何か恐ろしいものを見る目を向ける二人組。どっちが悪役だかわかったものではない。
「ふっ。世の中生き残ったもん勝ちだ」
『威張れることか……?』
弱々しく突っ込むその声に張りはなく、若干の疲れを感じさせた。いーかげん、横島を相手にするのも疲れてきたのかもしれない。
「つーか鬼門。おキヌちゃんと小竜姫さまの姿が見えないけど……どうしたんだ?」
『む……』
『あー……』
油断なく二人組から注意を逸らさないまま、鬼門に訊ねる横島。しかし鬼門たちは、答えづらそうに視線を泳がせた。
「もしかして……迷子?」
『『……………………』』
鬼門たちの重苦しい沈黙が、横島の言葉をこれ以上ないほど肯定していた。なんだかなー、と呆れ顔で胸中でつぶやく。
と――その時。
……ずどぉぉぉぉん……
「……!?」
遠くから聞こえてきた爆発音に、横島は即座に反応して振り向いた。見れば、遠くで黒い煙が立ち昇り始めている。
「あの方角は……事務所!? まさか!」
シリアス顔になり、おののく横島。あの爆発は、もしや――火角結界?
横島は青ざめる。ここでこの二人組を足止めしていれば、メドーサがあの場に現れることはないと思ったのだが……見通しが甘かったというのか?
『事務所だと……!?』
『まさか、殿下が!?』
倒れた鬼門が、口々に叫ぶ。その言葉を聞き、二人組は顔を青ざめさせた。
『な、なんだと……!? そんなバカな! いや、あれが殿下を狙った爆発だって証拠はねえ! 俺たちは、殿下を殺すのが目的なんかじゃねえんだ!』
『そ、そそそうなんだな。そんな大それたことしないんだな』
「……そーとも限らないんだよなあ……ん?」
慌てる二人の言葉に、横島はぽつりとこぼし――何かに気付いたのか、事務所の方向に目を凝らした。
「なんだ……?」
『美神殿の事務所の方から、何かが来るな……』
鬼門の言う通り、何かが空を飛んで近付いてくる。最初はゴマ粒程度にしか見えなかったそれは、だんだんと大きくなり――
『あれは……! まずいぞ左の!』
『大口の化け物(ビッグ・イーター)!?』
そう――それは、魔族に堕ちた竜神メドーサの眷族である無数の目を持った蛇のような化け物、ビッグ・イーターだった。
『あ、ありゃあ旦那の眷族じゃねえか!』
チビのはぐれ竜神が言う間にも、ビッグ・イーターは近付いてくる。その後ろから、さらに何体ものビッグ・イーターが次々と近付いてきていた。
「数が多い!」
『迎撃するぞ、横島! ……うぐっ!』
『み、右の! 大丈――うぐっ!』
迎え撃とうと立ち上がりかけた二人の鬼門は、それぞれ膝を折って再び倒れた。
『『お、おのれ横島……』』
「あー……やっぱ俺のせい?」
怨嗟のうめきを上げる鬼門たち。どーも盾にしすぎたらしい。
『当たり前だ! 我らがいらん傷を負ったのも、全ては貴様のせい!』
『責任持って、一人で対処してもらおう!』
「いきなり不覚取って戦線離脱したお前らの言う台詞かぁっ!」
きっちり突っ込みつつも、横島はサイキック・ソーサーを展開して迎撃の構えを取る。
先頭のビッグ・イーターが、サイキック・ソーサーの射程距離まで近付いてきたところで――投擲。狙いたがわずビッグ・イーターと正面からぶつかり、大爆発を起こす。
直撃を受けたビッグ・イーターは頭部を失い、地に落ちた。爆発の余波は近くにいた二体にまで及び、その飛行姿勢制御を失って力なく落下を始める。
だがそれでも、爆煙の中から後続のビッグ・イーターが次々と飛び出してきて、横島たちに肉薄する。横島はビッグ・イーターを迎え撃たんと、栄光の手を発現させた。
「くっそー……こうなったらとことんまでやっちゃる!」
『勇ましいこった。けど、俺らがいるのに背中を向けるたあ、いい根性じゃねえか』
「何暢気なこと言ってやがる!」
ビッグ・イーターと挟撃せんと角に竜気を集めるチビに、横島は肩越しに振り返って怒鳴りつけた。
「こいつらの標的には、たぶんお前らも含まれてるんだぞ!」
『あん? どーゆーこった?』
「さっきの爆発は事務所だ! 美神さんが天龍を連れ帰ったところで、あのビッグ・イーターたちのボス……お前らが旦那って呼んでる奴が、天龍を殺そうと仕掛けたんだよ! なんて言われたか知んねーが、お前らは騙されて利用されたんだ! あれがこっちに来るのは、きっと口封じのためだ!」
『なっ……!?』
「信じらんねーならそこで指くわえて見てろ!」
言いながら、横島は自分を飲み込まんと大口を開けて迫るビッグ・イーターに、栄光の手を霊波刀状態にして斬り付けた。
顔面に霊波刀を受け、ひるんで動きの止まったところに唐竹で一撃。頭部を真っ二つにされたビッグ・イーターはそのまま地に落ち、動かなくなった。
続いて襲ってくるものも、横島が霊波刀を振るうたびに絶命していく。
『むぅ……意外と強い!?』
『横島はこれほどの使い手だったのか!? 知らなんだ……』
「そりゃ、小竜姫さまにしごかれたり死津喪比女とガチンコバトルしたり小竜姫さまにしごかれたり小竜姫さまにしごかれたりしてりゃ、嫌でもこれぐらいできるよーになるわい! つーか確かこいつら、噛んだ相手を石化させるんだったよな!? うわー、余裕ねえーっ!」
一撃でも当たるわけにはいかない戦いというのは、ことのほか精神をすり減らす。しかも、動けない鬼門がいるのだ。逃げ出すわけにはいかない。
(でも鬼門だしなー。見捨てて逃げてもいーかも)
次々と襲い掛かるビッグ・イーターを倒しながら、なにげにヒドいことを考える横島。石になったとしてもどーせ事件後に元に戻るわけだし、何より鬼門だし。
そう考えているうち、横島の横をビッグ・イーターがすり抜けた。
「…………っ!」
その向かう先は――はぐれ竜族の二人組。
『ほ、本当に来た!?』
『ア、アニキ!』
うろたえるノッポ。チビの方はとっさに角に竜気を込め、向かい来るビッグ・イーターに放った。バチッ!と感電したような音を立て、ビッグ・イーターは地に伏した。
『ま、まさか本当に口封じしようとしてるんだな!?』
『ち、畜生! 騙されたってのかよ!』
『……そういうことだ』
『『「!?」』』
突如聞こえてきた別の声に、その場の全員が身を強張らせた。
横島は最後のビッグ・イーターを倒すと、そのまま霊波刀を構えて油断なく声のした方に視線を向けた。
そこには――フードとマスクで顔を隠したマントの人物。
『ほう……全てのビッグ・イーターを倒したか。さすがは、パイパーを倒した美神令子除霊事務所のメンバーと言ったところか。だが、貴様の雇い主は死んだぞ? 天龍童子もろともにな』
――あの美神さんがそー簡単に死ぬはずがねーだろ――
横島は胸中で反論する。
『そ、それよりも旦那! こりゃいったいどーゆーこって!?』
『知る必要はない……』
言って、その『旦那』は右手をかざした。その手に魔力が集中する。
直後――
コゥッ!
その手から、魔力砲が放たれた。必殺の魔力の塊は、真っ直ぐに二人組の方へと迫り――
ガンッ!
『……何?』
間に割り込んだ横島のサイキック・ソーサーによってはじかれた。
「鬼門! 動けるか!?」
『む……うむ』
『な、何とか……』
横島の言葉に、よろよろと起き上がる鬼門たち。しかし『旦那』は目を細め、ふふんと嘲笑する。
『……今更満身創痍の鬼が二匹加わったところで、この私が――何?』
油断している『旦那』の懐に、横島が潜り込んだ。そして、両手に霊気を集中させ――
「サイキック猫だまし!」
パァンッ!
『くっ……!』
目の前で叩き合わされた手から、膨大な霊気の閃光が迸り『旦那』の網膜を焼く。霊気の閃光は、視覚のみならず霊的感覚にもチャフのようなジャマー効果を及ぼし、一時的に全ての察知能力を麻痺させた。
この状態で奇襲でもかけるつもりか――『旦那』は嘲笑する。確かに人間や下級竜族程度の実力で自分を倒すには、これぐらいの手しかないだろう。しかし、彼ら程度の実力では、たとえ一撃二撃くらったところで大した傷にはならない。
一秒、二秒――来るであろう奇襲に備え、構える。
だが――
『…………?』
予想していた奇襲は来ない。やがて視覚その他が回復し、周囲の状況を見ると――もはや、そこには誰もいなかった。
『ほう……迷わず逃げを打つか。どうやら馬鹿じゃないらしい』
つぶやき、『旦那』はくっくっと楽しそうに笑った。
『しかし、逃げられるとは思わないことだな』
一方、おキヌと小竜姫といえば。
「ねーちゃん、茶しばきに行かへんか?」
「あの……ここはいったいどこなのでしょう……?」
両手を上げてゴールする巨大なランナーの看板やら、同じく巨大な雪の結晶の看板やら、うねうね動く巨大なカニの模型やら。そんなものがそこかしこに見える場所で、ものの見事に迷子継続中であった。ついでにナンパされてたりする。
ちなみにこの場所、言わずもがな道頓堀である。どうやってこの短時間に東京から大阪まで迷子になれるのかという疑問が激しく沸き起こるであろうが、それは原作から続く永遠の謎であった。
「ああああ……結局、『以前』と同じ結果に……」
おキヌは自分の間抜けさ加減に、頭を抱えている。美神たちとはぐれたことでテンパってしまい、思わず『以前』の道程をなぞってしまった結果だった。
「なーねーちゃん、えーやろ?」
「い、いえ、私たち急いでますので……」
しつこいナンパ野郎に、小竜姫はやんわりと断りを入れる。
「そないつれないこと言わんといて。な?」
しかし男は諦める様子もなく、無謀にも小竜姫の手を掴んで引っ張り出した。瞬間、小竜姫の目が厳しくなり、その手が神剣の柄へと伸び――
「待ちいな、おっちゃん」
横手から声がかかった。神剣に伸ばした手を止め、そちらに視線を向けて見ると、野球帽とサングラスで顔の大部分を隠した男がいた。
帽子からはみ出る短めの茶髪は見るからにサラサラで、鼻梁も口も形が良く、顎の輪郭も細い。年齢は少年と青年の中間ぐらいか。ちょうど横島と同じぐらいに見えた。
彼の容貌を見たおキヌは、「あれ?」と首をかしげる。
「あん? なんじゃワレ?」
ナンパ男が、チンピラよろしく凄む。しかしその視線を受けた男は怯むことなく反論する。
「嫌がってる女の子を無理矢理っちゅーんは感心せえへんな。それじゃ、成功するナンパも成功せんで」
「大きなお世話や。俺らはこれから楽しいコトするんやから、部外者は帰れっちゅーねん」
「そーゆーわけにもいかへんやろ。人がせっかくたまのオフを故郷で過ごしてたんに、こないな光景見せられたらムナクソ悪くなるやろーが。ぶっちゃけ、見過ごせへんねん」
「生意気なガキやな。いっぺん痛い目に――げふっ!?」
今にも掴みかからんとしたナンパ男の後頭部に、突如として手刀が振り下ろされた。あまりの衝撃に、ナンパ男はその場に倒れる。
その光景を目にした男は、突然のことにきょとんとしていた。
「えーと……?」
「ああ、すいません。始めからこうしていれば良かったんですよね。助けてくれてありがとうございました」
にっこりと笑いかける小竜姫。
「あー……えーと……もしかして俺、必要なかった?」
「そんなことありませんよ。目の前の非道を許せないなんて、立派なことじゃないですか」
「はぁ……そりゃどーも」
「それでは、私たちは急いでますので……これで」
「あ、ああ。気ぃつけてーな」
言ってきびすを返す小竜姫に、見送る男。
そのまま、二人は別れるかに見えたが――
「あ、待ってください小竜姫さま」
言って、これまで沈黙して男を凝視していたおキヌが、男の方へと近付いた。
「あの……」
「ん? 礼ならいらんで。何もしとらへんし」
「そうじゃなくて……もしかして、アイドル俳優の近畿クンじゃないですか? 今度始まるドラマ『踊るゴーストスイーパー』に主演で出る……」
おキヌのその言葉に、男はギクリと硬直した。
「な、ななな何を言うてまんのや。そない有名人が、こないなとこにおるわけないやろ」
言いながら、キョロキョロと周囲を見回す。明らかに、今のおキヌの台詞が周囲に聞かれてないか警戒している様子だった。
その様子に、おキヌは顎に指を当て、「んー」と考え込んだ。
そして――
「……それじゃ、銀一さんですか? 横島さんの小学校の頃のクラスメイトの」
「…………へ? 横っち?」
おキヌが口にした予想外の名前に、男――銀一は、間の抜けた声を上げた。
夕暮れ時――横島たち五人は、なおも逃げ回っていた。
「だあああっ! しつっこいわああああっ!」
霊波刀で追っ手のビッグ・イーターを切り裂きながら、横島は悲鳴を上げていた。
ここまで四時間弱。断続的に襲ってくるビッグ・イーターを、はぐれ竜族二人組――チビがヤーム、ノッポがイームという名らしい――と協力して撃退し続けている。ここまで長く栄光の手を維持したのは、逆行以来初めてのことであった。
もしかしたら、完全版に戻るのは近いかもしれない――そんなことを考えつつも、霊波刀を振るい続ける。
『横島! このまま逃げ続けてもどうにもならんぞ!?』
『どうするつもりだ!』
「どーするもこーするもねーだろ! これしかできねーんだから!」
鬼門の問いに、横島はビッグ・イーターを相手にしながら怒鳴り返す。
『よし! ビッグ・イーターは全滅した!』
『い、い、今のうちだな』
ひとまず、襲ってきたビッグ・イーターが全て片付くと、横島たちは再び走り出した。新たな追っ手が放たれるのも時間の問題だ。
「くっそー! これで横を走る連中の中に美人のねーちゃんの一人もいれば、俄然やる気出るんだが!」
『ないものねだりするでない!』
『我らのどこに不満があるというのだ!』
「不満だらけだ! 何が悲しゅーて役立たずの鬼やハチ○ウ人類っちゅームサいメンバーで頑張らにゃならんのだ!」
『『や、役立たず……!』』
『ハ○ュウ人類じゃねーっつってんだろーが!』
ぎゃーぎゃーと騒ぎながらも、横島の先導で走り続ける五人。やがて日が沈む頃には、どこかの埠頭に辿り着いていた。近くには河口もある。
と――
ドゴォォォンッ!
突如、河口の近くで大爆発が起きた。
そちらに目を向けてみると、轟々と燃え上がる爆炎の中から、一隻のボートが飛び出した。さらにそれを追う形で、無数のビッグ・イーターが飛び出してくる。
水しぶきを上げ、河口から海へと飛び出すボート。それに乗っているのは――
「美神さん! 天龍!」
「横島クン!?」
互いに姿を確認すると、美神のボートは旋回し、横島のいる埠頭へと近付いてきた。さらに、それを追いすがるビッグ・イーターの群れ――
「サイキック・ソーサー!」
その先頭に向け、横島はサイキック・ソーサーを投げつけた。続いてヤームが、竜気砲を放って後続をなぎ払う。
その隙に、美神は埠頭にボートを横付けし、天龍をかかえてボートから降りた。
「横島クン! そいつらは……」
「こいつら、騙されて利用させられてたんスよ。今は味方っス」
「そ、そう……ともかく、どうにかして振り切らないと……きっと、追っ手はまだ来るわ。下手したら、眷族のビッグ・イーターじゃなくてあいつ本人が来るかも……」
『そうだな。私自らが出れば早いか』
「「『『『『…………っ!』』』』」」
突如、上空から聞こえてきた声。振り仰ぐと、そこには例の『旦那』がいた。空中浮遊したまま、こちらを見下ろしている。
『ビッグ・イーター程度では始末しきれんか。しかし……愚か者めらが。人間ふぜいが何をしようと、逃げられると思うか!』
言って、かざした手の平に魔力を込める。そして、必殺の魔力砲が放たれる――!
カッ――!
閃光。圧倒的な熱量が、夕闇の空気を焼く。
が――予想された衝撃は来なかった。
見ると、『旦那』のマントのそこかしこが焦げていた。どうやら今の閃光は、横手から放たれた第三者の攻撃だったらしい。
『誰だ……!』
誰何しながら、ボロボロになったマントを脱ぐ。
その下から現れた姿は――
「……女!?」
二股の槍である刺又を携えた、紫の長い髪を持った美しい女だった。しかしその全身には、毒蛇のような禍々しい雰囲気をたたえている。
その視線は、自分よりも上空に向けられていた。その視線を追ってみると、真円を描く月を背にする黒い人影――
「貴様か……我が寝床を破壊してくれたのは……」
黒い人影が口を開いた。その声音には、ただ事ならぬ怒気が込められている。
「……何だ貴様は?」
女が問う。マスクのせいでいまいち不明瞭だった声が、今でははっきりと聞き取れた。
「ふん……知らぬというなら教えてくれよう。我こそは闇に君臨する夜魔の王、最強最古の不死の一族、真祖のバンパイア――そう。
我が名はブラドー! 美神令子除霊事務所の丁稚二号だ!」
高らかに名乗るのその吸血鬼は、見事なアフロヘアーをしていた。
――あとがき――
お待たせしました。第二十七話をお送りします。最近遅筆に加速がかかってるなー……orz
さて、おキヌちゃんが出会ったのは銀ちゃんでしたが、予想できた人はいたでしょーか? 一応、迷子になった先が大阪だったんで、その辺の繋がりで予想できた人は……もしかしたらいたかも、という程度かな(^^;
そんで、次回は蛇女vsアフロ吸血鬼です。アフロの登場シーン見ればわかる通り、話の都合上満月になってます。パイパー編よりは強いアフロを見せられるつもりですが……はてさて、どーなることやらw
一応、予定ではあと二話で天龍編決着、その後一話使って天龍編エピローグをやるつもりです。次は早く出せるといーなーと思いつつ。
ではレス返しー。
○1. 山の影さん
はい。事務所の方は原作通りのことになって、ブラドーが見事アフロヘアーになりましたw
心眼はどうしましょうかね? 一応、プランはいくつか考えてあるんですが。
○2. 秋桜さん
やはりこういった小ずるいやり方は横島ならではと思いましたのでw
○3. とろもろさん
天龍はトラウマなるかなーw なったら面白いかもーw などと作者のくせに他人事。メドーサは最後に姿を見せたので、横島くんの反応は次回の頭にでもw
○4. 亀豚さん
小竜姫さまの萌えは、焦った時こそ真骨頂ですのでw 原作では、妙神山全壊でうろたえてるところが可愛かったですねー(ヒド
○5. 内海一弘さん
横島くんは竜神の装具もなしにメドーサと戦うほど無謀じゃないですね。基本的にチキンですからw とゆーわけで逃げました。おキヌちゃんの迷子先は、やっぱ大阪になりましたw
○6. 零式さん
三週間で五日ですか? お仕事大変ですね……頑張ってください。
小隆起降臨に関しては、次々回までお待ちくださいw
○7. アレクサエルさん
はじめましてーw 面白い言われてうれしいですね♪
まあ、原作はギャグ漫画なんで、あまり深いところツッコミ入れるのは野暮でしょう(^^; 報われる横島くんは横島くんじゃないですし(マテ
○8. 武志さん
家臣の話は決着つけた後のエピローグの方にてやります。原作っぽい上に雰囲気がパワーアップしているなんて言われると、照れくさいですが嬉しいですねw
○9. 長岐栄さん
おキヌちゃんと小竜姫さまって、ある意味天然コンビですよねー。自然、可愛くなっちゃいますw 横島くんは、やはりこういう小ずるい部分ないとと思いますw
レス返し終了ー。では次回二十八話でお会いしましょう♪
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