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「二人三脚でやり直そう 〜第二十六話〜(GS)」

いしゅたる (2006-10-26 00:41/2006-10-26 01:04)
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 ……誰かがいる。

 逆光でその全身が影となり、輪郭さえおぼろげで、顔どころか服装すら判別できない。
 そもそも周囲の景色からしてぼやけている。自分がどこにいて、何をしているのかさえもわからない。
 ただわかるのは、目の前の人物が男であるというぐらいだ。

 と――彼が何事か話しかけてきた。

 目の前にいるというのに、声は届いていなかった。
 少しの間話し続けていた彼は、ややあって言葉を区切ると、こちらに手を差し出してきた。
 その手の中にあるのは、淡く輝く美しい櫛。
 差し出されたそれを受け取ると、彼は屈託なく笑った。
 彼女が櫛と彼の顔とを交互に見ると、彼は再び、口を開く。
 相変わらず、言葉は届かなかった。ただ、櫛について何か説明しているということだけはわかった。
 なんとかその言葉を拾おうと集中する。その甲斐あってか、最後の方だけはなんとか聞き取ることができた。

 ――それが貴女を守護するものに……なれればいいなぁ――

 なんとも頼りない言葉で最後を締めた。苦笑すると、彼は恥ずかしげな照れ笑いを返してきた。
 笑いあう二人。なんとも暖かく、穏やかな時間。


 そして、視界はホワイトアウトする――


 ……チュン、チュチュン、チュン、チュン……

「……ん……」

 窓から差し込む朝日。窓越しに聞こえてくる雀のさえずり。
 朝を知らせるその合図に、おキヌの意識は次第に覚醒していった。
 薄目を開け、枕元の目覚まし時計に視線を向ける。7時を少し回ったところだった。いつも起きる時間より遅い。

「……あれ……? 寝坊……? いけない、遅刻……」

 つぶやきつつ、目を開けてゆっくりと上体を起こす。だが、二段ベッドの上からルームメイトの弓かおりの規則正しい寝息が聞こえてきて、「ああ」と思い出す。

「そっか、今日は休日……はふ」

 あくびを一つ。別に急いで起きる必要はなかったようだ。

「……えーと……?」

 何かを思い出そうとする。が――何の為に思い出すべきか、そもそも何を思い出すべきか、それさえはっきりとしない。記憶に伸ばした手が、まるで霞を掴もうとしているかのように、むなしく空振りしていた。
 そういえば、何か夢を見ていた気がする。それかもしれない。
 それなら気にすることもないと思い、また、一度目が覚めた以上は寝直すのも億劫なので、おキヌはベッドから出て自分の学習机に向かった。
 引き出しを開け、中から洗面具と、同じ引き出しに入れていた古めかしい櫛を一緒に取り出す。美神からプレゼントされて以来、愛用している一品だ。髪を梳くにはブラシの方が使いやすいのだが、彼女自身が昔の人であるせいか、櫛を使った方が気分が落ち着くのだ。
 と――ふと、手に持った櫛に何か感じるものがあった。

「……?」

 違和感? いや既視感か? 今しがた夢の内容(かどうかはわからないが)を思い出そうとした時のようなあやふやで頼りない感覚が、再びおキヌを襲う。
 うーん、と首を捻りつつ、おキヌは洗面具を手に共同洗面所へと向かった。洗面所へと到着し、そこにいた一人の寮生に朝の挨拶をする頃には、すっかり忘れてしまったものだが。


   『二人三脚でやり直そう』
      〜第二十六話 プリンス・オブ・ドラゴン!!【その1】〜


「……うーん……」

 昼もほど近い時刻。シャングリラビル5階、美神令子除霊事務所。
 その執務机に座って、所長の美神令子は、頬杖をついて考え込んでいた。目の前に広げられている書類に走らせるはずのペンは、今はその動きを止めている。
 思いを巡らすのは、先日のナイトメアの一件――

「横島クンって……何者?」

 脳裏に浮かぶ疑問は、その一語に尽きる。
 ナイトメアがあの時、奪った記憶から戦力として引っ張り出してきた横島――世界で五本というのが眉唾ものとしても、自他共に認める日本トップレベルである美神ですら、片手間にあしらわれてしまった程の実力を持っていた。
 あれは、明らかに今の彼よりも強かった。
 かつてあの強さを誇り、そして力を失い無能な丁稚へと成り下がり、今また力をつけつつある――そう考えれば、辻褄は合う。
 しかし、だ。
 あの若さで、あれほどの力を持っていたのであれば、美神ほどの者が噂の一つも聞いたことがなかったというのは不自然だった。

 それに――あの『蛍』を名乗る魔族。

「…………」

 美神のこめかみに、井桁が一つ浮かんだ。思い描くのは横島と蛍のキスシーンだが、それで自分の顔に井桁が浮かんでいることを、美神は自覚していない。

 彼女が一体どういう経緯で横島の精神世界に住まうこととなったのか、それはわからない。しかし、あの様子からして、彼との絆は――それこそ『男と女』という意味で――深いものであったことは、想像に難くない。
 あるいは、彼が力を失った原因はそこにあるのかもしれなかった。
 それに、心配事はある。たとえその原因がそこにないとしても、一部とはいえ魔族を精神に住まわせているのは、人間である横島にとって害とはならないのか。
 最悪、蛍という魔族の部分に引っ張られ、魔族化してしまう可能性も視野に入れなければならないかもしれない。彼女の「心配ない」という言葉がどれほど信憑性のあるものか、美神にはわからないのだ。

「つっても……結局、情報なんてないに等しいのよね……なんかムカつく。横島クンが来たら、何か理由つけてシバいとこーかしら」

 その苛立ちは、果たして情報のなさだけが原因なのだろうか。つぶやく美神は、いまいち正体の掴めない自分の感情に、苛立ちをさらに募らせる。

 ガチャ。

「おはようございまーす」

 と――その時、事務所の扉が開いておキヌが出勤してきた。

「あ、おはようおキヌちゃん」

(……そういえば、このコもあの時、様子がおかしかったわね……)

 挨拶を返しながら、浮かび上がった新たな疑問に、胸中で首を捻る。
 初めて蛍を見た時の反応もそうだが、美神や冥子と違い、彼女だけが最初から蛍を敵視しなかった。
 あるいは――彼女の存在を、最初から知っていたのかもしれない。

「書類作業ですか? お茶淹れますね」

「ん。お願い」

 美神の手元を見てそう言ったおキヌに、内心の疑問は表に出さずに返事をする。キッチンへと消えていくおキヌの背中を見送りながら、美神は横島とおキヌの関係を思い出す。

(横島クンが変わったのって……考えてみれば、あのコが現れてからなのよね)

 初めて彼女を見たのは、御呂地岳に除霊に行った時である。はぐれた横島(といっても、途中でへばった彼を美神が置いてけぼりにしただけだが)を探して見つけた時に一緒にいたのを見かけたのが最初だった。

 あの時は、単なる通りすがりの浮遊霊かと思ったが――

 横島が休暇を願い出たのは、その直後だった。休暇を取った目的が妙神山での修行であったことは、後に唐巣から聞いた。その時は「確実に死ぬ」と思ったものだったが……ところが横島は、中堅GS並みの実力を引っさげて帰って来て、さらには御呂地岳に巣食う太古の地霊を数々の協力のもとに倒したという。
 話を聞いた時は信じられなかった。あの(スケベを除けば)ごく一般的でどこにでもいそうな臆病者に、自ら望んで死地に赴く勇猛さがあるとは思えなかったのだ。ぶっちゃけた話、ありえないと思っていた。
 その地霊を倒したことで幽霊だったおキヌが生き返ることができたとなれば、地霊を倒す目的がそれであったことは一目瞭然である。しかし、一般人でしかなかった横島にとって、妙神山の修行も地霊との対決も、無茶を通り越して無謀な挑戦であったはずだ。
 確かにおキヌは、美少女と呼んで差し支えない容姿をしている。横島が入れ込むのも無理からぬものではあるが、だからといって、初対面の相手にそこまでの無茶をしてやるような甲斐性を彼が持ち合わせていたのだろうか?

 ――答えは否。そんな正義のヒーローっぽいことをするようなキャラではない。それどころか、痛いこと、苦しいこと、面倒なことは、全力で回避しようとする情けない男である。
 少なくとも、死の危険に自ら飛び込む奴ではない。

(でも……もし、初対面じゃなかったのなら?)

 以前からの知り合いで、それなりに親しい間柄であった――そう考えれば、あの馬鹿がそこまでしたことも、納得できないことではない。もっとも、彼にそこまでの勇敢さがあったのが信じられないのは、それでも変わりはないのだが。
 それに、思えば彼女は、最初から横島とは親しかった。
 美神としても御呂地岳に行ったのはあれが最初だったし、一緒に行った横島も当然初めてだったと思い込んでいたから、初対面ではないというその可能性を見落としていたのだが。
 互いに想い合っているとは違う、しかしそれこそ長い間連れ添ったような慣れた雰囲気。横島の方はどうだかよくわからないが、おキヌの方からしたら恋愛感情を持っているのは明らかである。

 あの蛍にしろおキヌにしろ、物好きなことだ――多分に呆れを含んだため息と共に、一応問い詰めてみようかと考えてみる。
 いずれにせよ、横島と一緒に何かを隠しているような感じがするのだ。

「お茶が入りましたー」

 丁度良く、おキヌがお盆に湯飲みを乗せて戻ってきた。机の上に湯飲みを置く彼女を、座ったままで見上げる。

「……ねえ、おキヌちゃん」

「はい?」

 何の疑問もない様子で、小首をかしげるおキヌ。そんな彼女を、これから問い詰めようとしている自分に罪悪感が沸き起こらないわけではないが――やはり、わからないことを曖昧にしたままというのは気持ち悪い。
 あなたと横島クンは何者なの? と問いかけようとした――その時。


 バタンッ!

「美神さんっ!」


「……え?」

 事務所のドアを勢い良く開け、美神を呼びつつ飛び込んできた者がいた。

「美神さん美神さん美神さん! ひじょーに困ってるんです大変なんです力を貸してくださいっ!」

「だああああっ!? 頼むから襟首掴んで揺さぶらないで! 聞いてあげるからちょっと落ち着いて小竜姫さまーっ!」

 神族の威厳など欠片もなく狼狽する闖入者の正体は、誰あろう妙神山の武神、竜神が一柱小竜姫だった。


 ――さて、その頃の横島はとゆーと。

「……あー……もーこんな時期なんかなー」

「何をぶつくさ言っておる。早く余をデジャブーランドに連れて行け」

 やたら偉そうな子供を連れて、街中を歩いていた。
 妙神山にいる時の小竜姫に良く似た、だがそれよりも明らかに高級感の漂う服装。腰に下げたミニサイズの神剣。そして極めつけは、頭から生えた龍の角。
 言わずもがな、天龍童子である。何の因果か、現状はもとより、出会い方も以前と似たようなものだった。

「さて、これからどーすっかなー」

「おい、聞いておるのか」

 脇で騒ぐ天龍は無視し、横島は顎に手を当てて考え込んだ。
 今、裏ではメドーサが下っ端竜神(名前は忘れた。脇役の名前なんぞいちいち覚えてない)を使い、暗殺の機会を伺っているはずである。結局ろくに対策も立てられずにこの時を迎えてしまった迂闊さを後悔しつつも、メドーサとのファーストコンタクトを含めた今後の対策を思案する。

 行動方針としては三つ。

 一つはこのまま天龍と行動を共にし、相手方の出方を待つ、いわゆる記憶をなぞるやり方。これならば相手の動きも予測できるし、対応が立てやすい。何よりも、一攫千金の夢が……コホン。しかし欠点は、前回同様に危機に陥るのが確実なことだ。

「おい聞け。早く余をデジャブーランドに連れて行けと言ってるのだ」

 一つは無理矢理にでも小竜姫のところに天龍を連行し、彼女の庇護のもとでメドーサと相対すること。この方法ならば横島たちのリスクは少ないし、あわよくば小竜姫が傍にいることによって、プロを自認するメドーサが任務の遂行を諦めてくれる可能性もある。
 しかしこの事件がきっかけとなり、メドーサのことを小竜姫が警戒したことで、GS試験のことを事前に知ることができたのだ。それを考えると、メドーサと出会うことなく事件が終わるのはあまり良くないと言える。

「まったく……この天龍童子を差し置いて、一体何を考え込んでおるのだ」

 そして最後の一つとしては、自ら打って出てメドーサという脅威を最優先で取り除くこと。一人で勝てるとは夢にも思っていないが、霊波全開で戦っていれば誰か――それこそ小竜姫が気付くだろう。彼女が駆けつけてくれれば撃退も可能だ。
 だが、これは最も危険かつ無謀な方法、有り体に言って愚策の極みなので、選択肢としては除外しておく。

(実質、選択肢は左団扇か安全か……ってところだな)

 微妙に選択基準が間違っている気もしないでもないが、そんなところだろう。……いや、ちょっと待て。

「まったく……余を放っておくとは、小竜姫といいお前といい、余はちっとも家臣に恵まれぬのう……」

「誰がお前の家臣だ。生意気言ってると、小竜姫さまに突き出すぞ?」

「なっ……! お、お前、小竜姫の知り合いか!?」

 何気なく言った一言が、天龍の激しい動揺を誘う。彼はいきなりガタガタと震え始め、腰の剣に手をかけた。

「さてはお前、小竜姫の放った追っ手かああっ! 近付くなーっ! 小竜姫のお仕置きは過激なのじゃっ! 近付けばこの場で自害するぞっ!」

「…………」

 しかし横島は、うろたえる天龍とは対照的に表情に影を落とし、構わず天龍に近付いた。

「ち、近付くな! 近付くなとゆーとろーに! 余は本気じゃぞーっ!」

 天龍は剣を抜き、自らの腹部にその切っ先を当てる。しかし、剣はそれ以上動かない。横島は、じりじりと後退する天龍の目の前まで近付くと――おもむろに、ぽんとその両肩に手を置いた。

「ひっ……!」

「……わかる。わかるぞ……」

「……へ?」

 そうつぶやいた横島は、男泣きに泣いていた。天龍は、何事かと目をぱちくりさせる。

「俺も何度も小竜姫さまのお仕置きは受けたことがある……あれは過激なんてもんじゃない。今でも生きてるのが不思議なぐらいさ……」

「お、お前も……なのか?」

「ああ……!」

 横島の言葉を耳にし、呆然と問いかけた天龍に、横島は力強く頷いた。

「わ、わかってくれるのか……わかってくれるのか!」

「ああ、わかるさ、わかるとも! あのお仕置きは、もう金輪際受けたくないっ!」

「おおっ! 同志よ!」

 ひしっ!

 衆目も気にせず、涙を流して抱き合う少年と幼児。ある意味異様な光景である。
 予期せず、同じ苦しみを分かち合う仲間と出会えた望外の喜びに、感涙にむせる天龍。横島に抱きつくその手に、知らず力がこもった。横島の方も、同じぐらい力を強めて抱き返す。


「――だから、な」


 ――もっとも、横島が力を強めた理由は、天龍とは違っていたが。
 急に声のトーンを落として言葉を吐いた横島に、天龍は背筋に寒いものを感じた。

「どーせ最後にゃ捕まるんだから……お前と一蓮托生なんて、まっぴらゴメンなんだわ。ここで突き出しておけば、小竜姫さまの好感度も上がるってもんだし」

「なっ……!? まさかお前……!? は、謀ったな貴様ーっ!」

 横島の言葉の意味を察し、天龍は叫んで暴れ出す。しかし既に横島の肩に担がれて、ろくに身動きのできない状態になっていた。
 横島は呆然とする周囲の野次馬を完全に無視し、脱兎の勢いでその場から離れる。

「うわははははーっ! この横島忠夫、女の為ならいくらでも卑怯になれるんじゃーいっ! しょーりゅーきさまーっ! 天龍を差し出した暁には、ぜひご褒美に一夜の供をーっ!」

 要するに、行動方針を決める規準は金でも安全でもなく。
 煩悩第一の選択基準なのである。この男の場合。

「うわああああんっ! はーなーせーっ!」

 身も世もない天龍の泣き声が、虚しく響き渡った昼下がりであった。


「相変わらず、現代の江戸――東京、でしたっけ? ここは活気に満ちてますね。……それとも、長期の祭りの真っ最中なのでしょうか?」

「東京は年中こんなもんよ」

 見渡す限りの人込みに、呆れるやら感心するやらでキョロキョロとする小竜姫。今の彼女は、ワンサイズ大きいだぶだぶのベージュ色のセーターに、白地に黒いチェック柄のキュロットスカート、白いニーソックスにスニーカーという出で立ちであった。以前おキヌが見立てた、俗界用の服装である。
 そしてその両脇を固める鬼門は、これまた以前に見立ててもらった、要人警護のSPかシークレットサービスかという雰囲気を醸し出す黒いスーツ姿である。

「初めてじゃないんでしょ? キョロキョロしてると迷子になるわよ」

「あ、はい、すいません」

 美神にたしなめられ、コホンと空咳を一つして、居住まいを正す小竜姫。

「しかし、殿下は私や鬼門と違って東京は初めてのはず。まだお小さい殿下がお一人でこのような場所にいると思うと……心配でなりません
 ――わっ!? なんですかこの裸の女性は!? 『国天んらんい妻人』……あ、いえ、左から読むのでしたっけ?」

「小竜姫さま、それは見ちゃダメですっ!」

 すぐ脇にあったアダルト映画のポスターに仰天する小竜姫に、おキヌが顔を真っ赤にして後ろから両目を覆い隠した。

「ああっ! 見えませんおキヌさんっ!」

「だから見ちゃダメなものなんですって!」

 ぎゃーぎゃーと騒ぐ二人を横目に、美神はハァとため息をつく。

 どうも今回の小竜姫は、始終焦っていた。その狼狽ぶりは明らかに武神らしくないのだが、それだけその天龍童子を心配しているということだろう。
 そもそも今回、小竜姫が美神のところに転がり込んできたのは、神界で竜神族を束ねる竜神王の一人息子、天龍童子のことが原因である。竜神王が地上の竜族との会議を行っている間、天龍が妙神山に預けられることになったのだが、俗界の『デジャブーランド』なる娯楽施設に興味を持って脱走したのだそうだ。
 事情がそれだけならば、さしたる問題はない。普通に探し、連れ戻すなり保護者同伴で遊ばせるなりすればいいだけだ。しかし地上の竜族の中には、仏道に帰依した竜神王を疎ましく思っている者も少なくなく、その息子である天龍が護衛もつけずに外出すれば、そういった連中に狙われる可能性が大きい。

 そういうわけで、早急に見つけ出して保護しなければならないのだが――

「しかし、何て数の人間じゃ……!」

 鬼門の片方がぼやいた。

「まったく! 人込みなんて大嫌いだけど、そろそろ道路も渋滞する時間だし……とにかく、デジャブーランドに行きたがってたんなら、そこから探しましょ! 電車に乗るからはぐれないで――え?」

 呼びかけようと後ろを振り向き、美神の言葉はそこで途切れた。
 見渡す限りの人、人、人――しかしその中に、目立つはずの赤髪と角が見当たらない。おキヌの姿も、傍にはなかった。

「しょ、小竜姫さま!? おキヌちゃん……!? い、いきなりはぐれた……!?」

 美神と鬼門たち三人は、揃って唖然とした。


 ……プルルルル……プルルルル……

「……出ないな」

「はなせー! はなせー! はーなーせー!」

 繁華街から離れた、とある住宅街の電話ボックスの中。
 横島は、肩に天龍を担いだまま、事務所に電話をかけていた。

 しかし――出ない。

「留守……か」

「いやじゃー! 小竜姫のお仕置きはいやじゃー!」

 ため息一つ。横島は諦めて受話器を置いた。返却口から、ちゃりんと音を立てて十円玉が返ってくる。

 当てが外れた。ここで連絡の一つも取れれば、小竜姫が街にまで出る必要がなくなったのだが……どうもそう上手く事は運ばないらしい。
 このタイミングで留守になっているということは、既に天龍を探しに外出していると見ていいだろう。『以前』と同じパターンであるならば、ここで小竜姫とおキヌが迷子になるのだが――そこは、おキヌの方に任せるしかない。

「予定狂っちまったなー。さてどーすっかなー」

「えぐえぐ……父上……母上……先立つ不幸をお許しください……ひっく……」

「そこまで悲観的にならんでもいーだろーが」

 なかば呆れた感じで、悲嘆に暮れる天龍にツッコミを入れる。いくらお仕置きが過激だからとて、命に係わることはやらないだろう。特に天龍には。……そんなことしたら、小竜姫自身の身が危ういし。
 それはともかくとして、このまま単独行動を続けるのは少々まずい。相手は確か、天龍の匂いを辿って追跡していたと記憶している。ならば、美神や小竜姫と合流しないまま事務所という拠点に戻るのは、実質横島一人で敵の襲撃を待つようなものである。

(『以前』と同じなら……今頃は中武百貨店の近くかな?)

 百貨店の屋上にあるプレイランドで天龍を遊ばせ、その後階下に降りた時に美神と鬼門たち三人と会った。この場所も中武百貨店から遠いわけでもないし、横島の予想通りならば近くにいると思っていいだろう。

 と――

「あっ! い、いました! あの男です!」

「なんとっ!? おい、そこのお前! 動くなっ!」

「……?」

 物々しい声がしたので、振り向いてみれば、主婦らしき女性と警棒を構えた警官がいた。二人の視線は、真っ直ぐに横島を捉えている。

「へ……?」

「おとなしくしろっ! 未成年者略取および誘拐の現行犯で逮捕する! 貴様のような反社会的な人物は、法で裁かれねばならんのだっ!」

「えーと……?」

 一瞬、何を言われているのかわからなくなり、冷静に状況を判断。
 服装……いつものジーンズの上下にトレードマークのバンダナ。オーケー、問題ない。
 場所……ただの住宅街。特に問題なし。
 オプション……肩に担いだ天龍。小竜姫のお仕置きが怖くて泣き叫んでいる。……ん?
 警官の台詞……未成年者略取および誘拐の現行犯。……んん?

 …………
 ……
 …

「ええええっ!?」

「おとなしくお縄を頂戴しろーっ!」

「そりゃ完全に誤解やーっ!」

「小竜姫のお仕置きはいーやーじゃーっ!」

 怒りに燃える警官、ギャグ顔になって叫ぶ横島、お仕置きの恐怖に泣き叫ぶ天龍。

「きみっ! もうすぐ助けてあげるから、少しの間我慢してくれ!」

「素敵な誤解と勇気をありがとーっ!」

 勘違いしたまま定番の台詞を吐く警官に、横島はそう吐き捨てて正反対方向へとダッシュする。

「逃げるなーっ!」

 子供一人抱えているとは思えないスピードを出す横島を、警官は全速力で追いかけ始めた。


 ――走り去るその後姿を見送る影二つ――

「い、い、いたんだな、アニキ……!」

「へっへっへっ……! つかまえるぞ……!」


 ――中武百貨店前――

「……っ!?」

 美神は自分の霊感に働きかけるものを感じ、唐突に足を止めてある方角へと視線を向けた。

「……あんたたち!」

「うむ!」

「一瞬だが……感じたぞ!」

 美神の一言に、鬼門たちが頷いた。

「なんだかよくわからないけど……今の気配、人間のものじゃなかったのは確かね」

「殿下を狙う奴やもしれぬ……!」

「行ってみるわよ!」

 美神と鬼門たちは、人込みを掻き分けてそちらの方向へと駆け出した。


 そして、はぐれたおキヌと小竜姫はというと――

「あわわわ……も、もしかして私、また迷子に……? ええと、『以前』は確か、この道をこう行って……」

「殿下ーっ!」

 美神たちと完全にはぐれたとわかり、あからさまに動揺していた。そりゃもー、『以前』の道筋をなぞれば『以前』と同じように迷うという基本的な過ちにも気付かないほどに。

「へーんっ! 美神さーん! 横島さはーんっ!」

「でーんーかーっ!」

 美少女二人の悲鳴にも近い叫びには、しかし誰も答える者はいなかった。


 ――あとがき――

 PC死んだ……書きかけのデータもろとも……orz
 というわけで、遅れましたがPC買い換えて天龍編突入です。原作とは特に大した差異もなく始まりましたが、今後は迷子のおキヌの意外な出会いやメドーサvsブラドー、そして定番の壊れ小竜姫さまといった展開が待ってます。まあこのあたりなら、具体的な内容はともかく、ある程度までは言うまでもなく予想できたかもしれませんがw
 そしてこの天龍編が終わったら、完全に原作とは違う予想外な流れが一つ出来上がります。何を予定しているかは、見てのお楽しみということで♪

 ではレス返しー。


○1. 山の影さん
 私も伝次郎や石神はどーにかして絡ませる土台作りたかったのでw 人工幽霊は……特に変わった扱いは考えてなかったり^^;

○2. ミアフさん
 ブラドーは基本的にお馬鹿さんですw カオスとはボケvsバカでいい勝負かと(ぁ

○3. 零式さん
 そうですねー。考えてみればいい絵かもw おキヌちゃんの天然は……すいません、できませんでしたorz

○4. ロードスさん
 そうですね、私も幽霊おキヌちゃんは癒されますw 生身の時とどー違うんだろー? ……黒成分?(ぇ

○5. スケベビッチ・オンナスキーさん
 そういえば、その笑い方は壷のおっさんもいましたねー。すっかり忘れてましたがw

○6. とろもろさん
 横島くんと一緒に入ってもかまわないなんて……さすがに、人のいないところでだって言えませんてw 意識的にはそうかもしれませんが、そもそもそこまで考えられないかと^^;

○7. 秋桜さん
 私も、幽霊の人たちはどうしてるのかなーって考えて書いてました。楽しんでもらえて嬉しいです♪

○8. ペテン師さん
 出ませんw(爆
 商店街の人たちは、まああの世界の人たちですしw

○9. 亀豚さん
 たまにはほのぼのもいいもんです。商店街の人たちは、原作では「生きてる奴より信用できる」っておキヌちゃんを受け入れた人たちですからねぇw

○10. 内海一弘さん
 ちょうどその絵でぴったりですw けどブラドーは参戦しません^^;

○11. 長岐栄さん
 あの「きゃーきゃー」は、妖怪コンプレックスの時のおキヌちゃんをイメージしてみました。可愛らしいと言われて、作者的には満足ですw 横島くんの覗きは、原作での生き返る前のおキヌちゃんだったら、邪魔はしてなかったでしょうけどねーw 生き返って色々変わっちゃったです。


 レス返し終了〜。では次回第二十七話でお会いしましょ〜♪

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