俺はヒャクメをおキヌちゃんに預け一人お手洗いに来ている。
別にお手洗いに行きたかったわけではないが、一人になりたかったので都合よく使わせてもらった。
「・・・」
タイガーの試合を見てから俺の中に久しぶりに感じる感情が渦巻いている。
笑いながらタイガーに攻撃をする男・・・
苦しむタイガーを見てさらにその笑みを大きくする男・・・
そして自分の快楽のために試合だと言うのに笑いながらとどめを刺す男・・・
俺の脳裏に先ほどの男のいやらしい笑みが浮かぶ。
その感情は小竜姫様やヒャクメに出会う前には他人のその感情を嫌悪し、自らは他人にそれを向けることを封じた・・・いや、自分がその心の声をあげている事を認めたくないと目をそらした感情・・・それは・・・
ガチャ。
俺が自分の考えに埋没していると背後から戸の開く音が聞こえてきた。
「!?」
俺は思わず背後のドアを見る。
「ん?あなたは・・・」
そこからはかなり大柄の男が口にハンカチをくわえながら入ってきた
大柄で体格のいい男がハンカチくわえている姿は正直不気味だ。
「あ、こいつ横島とか言う奴じゃねえですかい?」
俺が大男と向き合っているとその脇から小柄な男が入ってきた。
「あら、ほんと。雪乃丞のお気に入りね。」
大男と会話を交わすその小柄の男を俺は知っていた。
先ほどまでタイガーと試合をし、俺の中に感じたくは無い感情を思い起こさせた男・・・
名前は確か・・・
「陰念。」
俺は思わず名前を口にしてしまった。
「ん?俺の事を知ってんのか?」
陰念はそう言ってまたいやらしい笑みを浮かべた。
「へへへ、まあいい。そうかい。おまえが横島か・・・」
その表情のまま陰念は俺に近づいてきた。
「いー気になってんじゃねーぜ!」
睨みながらそうありきたりの台詞を言ってくる。
「次の対戦相手知ってるかい?」
「・・・いや。」
「俺だよ。つまりな、お前は次で終わりってことよ!」
そう言うと再びいやらしい笑みを浮かべる。
「・・・一つ聞きたい。」
「?なんだ?」
「さっきの試合・・・お前は何を考えていた?」
俺はその笑みを無視して問いかける。
「へっ、見てたのか。あれはあんまり相手が弱かったからな・・・少し遊んでやっただけよ。へへ、あいつあの顔、さっさと諦めりゃいいものを必死に起き上がってくるあの顔!それがおもしろくってな。」
そういいながら陰念は更に笑みを大きくする。
・・・度し難い。
陰念の言葉とその表情で俺の中で一つの決意が生まれた。
「・・・そうか・・・なら次で終わるのは・・・お前だよ。」
「なにぃ!?」
俺の言葉に陰念は怒りを露わにし、俺に襲いかかろうと身構える。
「その辺にしなさい陰念!みっともないわよ!」
しかしそれを大柄の男が止める。
「・・・・いくらあんたでも俺にそんな指図・・・」
陰念は怒りの表情そのままに大男を睨みつける。
「あたしの言うこときけないってゆーの!?」
大男はそういいながらすさまじい睨みを陰念に向けた。
「・・・あんたや雪乃丞の態度にゃもーウンザリだぜ・・・!!」
俺はその内輪もめを他所に静かにそこを去る。
もういい!!認めてやる!!
俺は・・・怒っている!!
あいつの笑みに!!考えに!!やり方に!!
タイガー・・・仇は討ってやる!!
「横島さん遅いですね〜。」
(そうなのね〜。)
わたしはおキヌちゃんと会話を交わしながらもその視線は試合場に向けていた。
戦っているのは先ほどのタイガーさんの相手と同じく白龍の文字が入った道着の男と神通棍を持った男。
試合は一方的だった。
道着の男がその強さを見せ付けている。
そう思った瞬間、神通棍を持ったほうが動いた。
・・・そこからは眼を逸らしたくなる光景だった。
道着の男がその一撃を打ち砕くと相手を滅多打ちにした。
白龍GS・・・あやしいのね〜。
「あ!横島さんが来ました!」
おキヌちゃんの言葉に視線を動かすと確かに横島さんがこちらに向かってきていた。
ん?なにかあった?横島さんの様子がおかしいように感じる。
「おまたせ。それでピートはどうなったの?」
「あ、ピートさんは勝ったみたいですよ。」
「そっか・・・良かった。」
そう言って安堵の表情を見せる横島さん。
「うう、わっしは負けてしまったんじゃー。」
横島さんより先に戻ってきたタイガーさんがそう報告した。
「ああ、見てたよ。残念だったな。慰めになるかはわからないけど仇は討ってやるよ。」
「うう、頼みますじゃー。」
横島さんの言葉にタイガーさんは涙ながらに返事をしたが、わたしは耳を疑った。
仇を討つ!?横島さんが!?戦うことを嫌悪すらする横島さんが!?
(おキヌちゃん、わたしを横島さんに渡して欲しいのね〜。)
「あ、はい。横島さん、ヒャクメ様をお返しします。」
そう言っておキヌちゃんはわたしを横島さんに渡す。
「ああ、ありがと。」
横島さんはバンダナを受け取るが頭には巻かなかった。
(横島さん、いったい何があったのね〜!?)
わたしはそれにはかまわず即座に横島さんに訪ねる。
「ああ、たいしたことじゃないから気にするな。それよりヒャクメ?」
(な、なんなのね〜?)
横島さんはわたしの質問には答えず、真剣な顔でそう言った。
「次の試合、さっきのタイガーの相手、陰念とか言う奴とあたる。」
(それは知ってるのね〜。)
その情報は先ほどタイガーさんが来たときに聞いた。
(それでどうするのね〜?わたしとしてはここは棄権して小竜姫たちの連絡を待ったほうがいいと思うのね〜。)
正直先ほどの相手に横島さんが勝てるかはわからない。相手を傷つけることに躊躇する横島さんが相手を傷つけることに快楽さえ覚えているような相手にどう戦うかは検討もつかない。
先ほどの九能市さんのように相手が引いてくれるとは限らない。
「いや、棄権はしない。」
(!?)
わたしはその言葉に驚きを覚えるが、横島さんは更に言葉を続けた。
「それとな、次の試合は俺一人にやらせてくれ。」
(!?な、なんでなのね〜!?相手はかなり危険なのね〜!!わたしだって横島さんのサポートぐらいならできるのね〜!!)
「そうなんだがな、次の相手のあの広範囲の攻撃から正直お前を護りきる自信がない。」
(そんなことわたしは気にしないのね〜!!)
わたしは神族だ。人間の攻撃では怪我をしても死ぬなんて事はそうそう無い。
「俺が気にするんだよ。お前は女性だろう?女の子が怪我しそうになれば俺は正直気になって試合どころじゃなくなるんだよ。」
(その考えは嬉しいけど、試合場に出れば男も女も無いから気にしちゃだめなのね〜!)
「いや、そうは言ってもやっぱり、な。」
(む〜、横島さん本当にどうしたのね〜?今更そんな事言うなんておかしいのね〜。)
「・・・やっぱりヒャクメはごまかせないか。」
(伊達に今まで横島さんのサポートをしてないのね〜。)
わたしの言葉を聞いて横島さんは苦笑した。
大体そんなことが気になるなら最初の試合からわたしを連れて行くはずが無い。それに初日にそのことはしぶしぶながら横島さんも納得していたはずだ。
「あいつが正直許せない。だから戦う。そんな個人的な意見だからお前まで巻き込みたくない。」
横島さんはそれだけ言うと黙ってわたしの視線を向けた。
その顔は真剣で、どうしても引かない決意に満ちた顔だった。
・・・ずるいのね〜。そんな顔されたらなにも言えないのね〜。
(わかったのね〜。でも、本当に無理しちゃだめなのね〜。)
「ああ、わかった。それと、ありがとな。」
横島さんは少しだけ笑みを浮かべると、
「おキヌちゃん、悪いけどもうしばらくヒャクメを預かっておいて。」
「いいですよ〜。」
おキヌちゃんにわたしを手渡して試合場へと向かっていった。
その顔は今まで見たことの無い顔だった。
決意に満ちた顔。
それは見たことがあるが今まで以上に激しい感情が横島さんの中に感じられる顔だった。
横島さん、、もしかして・・・怒ってる?
あとがき
久しぶりの連日投稿です。少し書き溜めてあったので早々とそれを書き上げました。これで書き溜めは終了ですけどね。さて、今回は少し短めでした。次の相手は陰念です。そして次は試合です。以前言っていたもう一つの霊波刀の変化はこの試合で出したいと思います。しかし今回は結構考えが頭にまとまりました。この横島君、いままで決意や信念は多かったのですが、怒りや憎しみの感情が無かったのでその相手としては陰念はうってつけでした。次の試合は今までとは一味違う横島君の戦いに出来ればいいなと思っています。
への様のご指摘により、誤字を訂正いたしました。への様、ご指摘ありがとうございました。
レス返し
始めにご意見、ご感想を寄せいていただいた皆様に感謝を・・・
寝羊様
雄叫びはあげられましたか?次の相手は陰念です。完璧に悪役です。あんまり救いも無いと思いますが次の試合ではがんばってもらいます。
への様
あんまり陰念がタイガーの精神感応を破るところを思いつかなかったんですよね。後考えたのは先手必勝なんですが、陰念の性格上あんまりなさそうなんでこっちにしました。次は試合です。陰念どう動いてもらいましょうか・・・あ、ユッキーいまだに台詞がない・・・
夢識様
その辺を使えば上手い具合にギャグにいけたかもしれません。うう、惜しいことを・・・一応メドーサが出てくるのはシリアスになる予定なんで・・・思いついたらいつか書こう。