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「想い託す可能性へ 〜 なな 〜(GS)」

月夜 (2006-10-28 09:01/2006-10-28 15:58)
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 ・日本神話を独自解釈しています。
 ・日本神話を経典のように感じている方は、不快に思われるかもしれません。
 ・それでもどんなのか読んでみてやろうという心優しい方々は、お進み下さい。
 ・できれば、注意書きの感想では無く、本編の内容を評して頂けると嬉しいです。


  思い託す可能性へ 〜 なな 〜


 令子達が妙神山で老師達と情報を交換していた時(結界外の時間にして15分ほど)、氷室神社ではイワナガヒメこと女華姫と早苗が、早苗の部屋にて話し合っていた。
 彼女達は、おキヌちゃんと女華姫が生きていた頃の話や、神話の時代での生活などを中心に話していた。もっぱら話すのは女華姫であり、早苗は質問ばかりをしていたが。

 「へ〜、そうだか〜。イワナガヒメ様は、おキヌちゃんと親友だっただか。おキヌちゃんは、当時の事をあまり話したがらないから、時々寂しそうな表情をしてた時には、わたすは何もしてあげられないのが辛かっただよ」

 早苗は、おキヌちゃんが生き返って記憶を取り戻し、六道女学園への転校手続きの為にしばらく実家に居た時の事を話した。

 「ああ、それは妾(わらわ)も憶えておる。その時は、おキヌに降りかかる災厄を妾が肩代わりしておったからの」

 ふしゅるるる〜と、異様な呼吸音をさせながら答える女華姫。

 「肩代わりだか? どうしてそげなことを?」

 早苗は不思議に思い、首を傾げて訊いた。

 「おキヌが東京へと逃げ回った時に、霊団に巻き込まれた人間たちの怨嗟(えんさ)が生まれたのよ。それも尋常じゃない巨大さでのぅ。その怨嗟がおキヌやその縁者に向かうのを祓っておったのよ」

 大した事ではないという風に、女華姫は言う。

 「へ!? なしておキヌちゃんに!?」

 女華姫の言葉に早苗は驚いた。

 「考えてもみよ。早苗よ、そなたなら例えば学校に登校している時、理不尽に暴力を加えられて命の危険にさらされたとする。若しくは、そなたの両親が事故に巻き込まれたとする。その時、早苗は暴力を加えてきた者や事故を起こした者にどういった感情を持つ?」

 腕組みをして、女華姫は逆に早苗に問いかけた。

 「えっと・・・。怒るだな。なぜわたすがこんな目にとか、事故を起こした人を恨むだよ・・・・・・」

 女華姫の言いたい事を理解して、早苗は俯いた。

 「で、あろう? 一人の感情でもそのように思うのだ。それが数千人ともなれば・・・判るであろう? 妾はその怨嗟を妾に向けていたのよ。だが、遠く江戸の地で起きた事であるからな。妾でも相当にてこずったものよ。魔神大戦のおりには、その無理が祟ってここから動くこともできなんだ」

 悔しそうに女華姫は、拳をグギュギュギュと音がするまで握り締め、早苗を青褪(あおざ)めさせていた。

 「イ、イワナガヒメ様は、どうしておキヌちゃんの前に今まで姿を現さなかっただか?」

 早苗は女華姫の気迫に怯えながらも、話題を変えた。

 「逆に問うぞ、早苗よ。そなたが身近に感じておった者が、事故や事件で記憶を失い初対面のように接してきたら、そなたはどう思うか?」

 異様なまでの気迫を取りあえずは鎮め、女華姫はそう早苗に問う。

 「・・・・・・すまんだべ。考えが足らなかっただよ。そうだべな〜、初対面の者として接せられたら辛いだべな〜」

 早苗は話題を間違えたと悔やんだ。

 「ましてやキヌは、神代の時は妾の妹だったのだ。その時も妾は己の役目、親父殿に命じられていたニニギの護衛を果す事を、ニニギへの不信からサクヤの言葉を聞かずに、いけ好かぬ政治屋どもの戯言を信じてしまったが為にできなんだ。妾はキヌに負い目がある。なればこそ、妾はキヌの影に徹する事が使命なのだ」

 背中にゴゴゴゴと擬音が見えるような雰囲気で、女華姫は言った。

 そんな女華姫の様子に、早苗はかなりビビりながらもそれは違うんじゃ無いかと思い、女華姫に話しかける。

 「ん〜・・・・・・、それはなんか違うと思うだべ? イワナガヒメ様」

 「何が違うと言うのだ?」

 「うまく言えないだか・・・、おキヌちゃんに対して使命とかそんな接し方は間違ってると思うだべ。今のおキヌちゃんなら江戸時代の記憶も持ってるから影から見守るなんてせんで、堂々と会えば良いと思うべ」

 怪訝(けげん)な顔で訊いてきた女華姫に、早苗は思う事を素直に話した。

 「む・・・・・・。しかし今さら・・・ん? この神気は? サクヤか!」

 早苗に反論しようとした女華姫は、突如境内の方に現れた神気に驚いた。

 「はへ? サクヤ? ・・・あ、おキヌちゃんが来ただか! てことは、美神さん達も来ただか? 来る時は連絡すると言ってた筈だども・・・。なんぞあっただか?」

 早苗は女華姫の言葉に腰を浮かせて、境内の方角を見やる。その視線の先は部屋の壁だが。

 「早苗、美神に敬称は要らぬ! ようも、この社(やしろ)の敷居を跨げるものじゃ!」

 女華姫は拳を握り締め、眦(まなじり)を吊り上げた。

 「今はそげな事、言ってられないだよ。それに、さっき電話さ、した時の雰囲気からすると、あの時とは違うみたいだべ」

 早苗は幾分冷静に答える。早とちり娘だったのが嘘のようだ。

 「そこ、うるさいだべ! わたすだって少しは成長してるだ!」

 地の文に突っ込むなよ。さっきは取り乱していたくせに。

 「うるさいだべ!」

 「サクヤ以外にも複数の神気や気配を感じるのぅ。妙神山の神でも来たか?」

 怪訝な表情で女華姫は疑問を口にした。

 「ここで首を傾げててもしょうがないだ。迎えに行ってくるだよ。イワナガヒメ様は、ここで待っててくんろ」

 早苗は立ち上がって部屋を出ようとした。

 「待て、早苗。妾も行こう」

 「そうだか? じゃ、一緒に行くべな」

 早苗と女華姫は、連れ立って部屋を出て境内へと向かった。


 こちらは氷室神社の境内。

 令子・美智恵の美神親娘、おキヌちゃん・シロ・タマモに小竜姫とヒャクメは、無事に氷室神社の境内に転移できたようだ。

 「ここはあまり変わらないわね」

 境内を見渡し令子は呟く。

 「そうですね。でも、多少はお社の補修とかして、新しくなっている所もありますよ。あまり目立つ所はやってませんけど」

 令子の呟きにおキヌちゃんが答える。

 「ここに来ると、いつも緊張するでござるよ。妙なぷれっしゃーを感じるでござる」

 「そうね。拒絶とまではいかないけど、歓迎はされていないのは解るわ」

 シロとタマモが、落ち着かなげに周りを見回している。

 「ここの神域はかなりの強さがありますね」

 小竜姫は、周りに満ちる清浄な気を感じて頷いている。

 「へ〜、珍しいのね〜。ここの神域の中心は、本殿の地下になってるのね〜。こんな様式、日本では初めて見たのね〜。興味深いのね〜」

 ヒャクメは興味津々といった風に、周りを観察していた。

 ヒャクメの言葉におキヌちゃんは、複雑な表情をする。かつての彼女は、死津喪比女を封じる為にヒャクメが指摘した神域の中心にある地脈堰の要であったからだ。

 思い思いに彼女達は周りを見渡していたが、不意に強い神気を感じて皆一斉に社務所から続く母屋の方へと視線を向けた。

 彼女達の視線の先には、厳(いか)つい姿の女性(?)とその後ろに付き従う早苗が歩いてきていた。

 (さ、さすがにプレッシャーを感じるわね。でも、ここが正念場。乗り切ってみせる)

 令子は女華姫の姿を認めると、気合を入れた。

 「め、女華姫様? でも、神気はお姉ちゃんのモノみたい? ・・・・・・令子さんが言ってた通り、女華姫様がお姉ちゃんだったんだ。でも、なんで元の姿をとらないんだろう?」

 おキヌちゃんは女華姫の姿に懐かしさを感じ、彼女から放たれる神気にも懐かしさを感じたが、神代の時の姿をとらない彼女に疑問を感じた。

 「おキヌちゃん、無事だっただか。良かっただべ。イワナガヒメ様から危急を聞かされた時はかなり焦っただよ」

 早苗はおキヌちゃんの姿を見つけると、笑顔で近寄って彼女の手を取り安堵した。

 「早苗お義姉ちゃん、心配かけてごめんね。シロちゃんやタマモちゃん、令子さん達のおかげで危機を免れる事ができたわ」

 おキヌちゃんは、早苗に抱きついて心配無い事を示した。

 「うんうん、良かっただよ。あ、そうだおキヌちゃん。イワナガヒメ様を紹介するだよ。とは言っても、おキヌちゃんには今さらだとも思うだども。イワナガヒメ様、そんな離れた所にいないで、こっちに来るだよ」

 早苗はそっとおキヌちゃんを体から離すと、後ろを振り向いて女華姫を手招いた。

 「お・・・あ・・・うむ。・・・・・・久しいなキヌよ。こうして思いがけず会えて妾は嬉しいぞ」

 バツの悪そうな、それでいて恥ずかしそうな表情で、女華姫はおキヌちゃんに話しかけた。

 「えっと・・・お久しぶりです姫様。それとも、昔のようにイワナお姉ちゃんと呼んだ方が良いですか?」

 おキヌちゃんも最初は戸惑ったが、自分の中で折り合いがついたのか一つ頷くと、笑顔で女華姫に答える。

 「うむ。どちらかに統一しないと、読者が混乱するしな。妾の事は女華と呼ぶが良い。妾もそなたを以前のようにキヌと呼ぼう。早苗も妾の事は女華と呼ぶが良い。・・・うん?」

 女華姫は顎に手を当て、おキヌちゃん達にそう言った後、近づく美智恵に気付き視線を向ける。

 「姉妹の再会に割り込む無粋をお許しください、姫様。私は国際刑事警察機構超常犯罪課東京支部支部長の美神美智恵と申します。ニニギノミコトの荒御霊について、教えて頂きたい事があり罷(まか)り越しました。その前にご紹介したき方々がおりますのでご紹介致します。あちら向かって右側におられますのが妙神山修行場管理人であり、竜神にして武神の小竜姫様。その左におられますのが、天界の分析官であるヒャクメ様でございます」

 美智恵は再会を喜ぶ女華姫に近づき、一礼をした後に自己紹介をして小竜姫とヒャクメを紹介した。

 「お初にお目にかかります、イワナガヒメ様。天界出張所妙神山修行場管理人の小竜姫と申します。此度のニニギノミコト様の荒御霊現界について事態の収拾を拝命しました。ご協力をお願いします」

 小竜姫は女華姫の間合いの一歩外で立ち止まり、お辞儀をした。

 (ほう? 音に聞こえし神剣使いの小竜姫とは、この御仁であったか。流石よの、妾の間合いの外で止まるとは・・・)

 女華姫は、小竜姫の武力に感心していた。

 「初めまして、イワナガヒメ様。天界分析官のヒャクメと申します。お見知りおき願いますね〜」

 ヒャクメは最初こそちゃんとした口調だったが、言葉の終わりには地が出ていた。

 「(なんとも軽い調子の御仁であるな。だが、瞳の奥にえたいの知れない何かを感じるが・・・?)うむ、こちらこそ見知りおき願おう。しかし、流石武神であるな。妾の間合いを正確に見切るとは。一度手合わせ願いたいものだ」

 ヒャクメの雰囲気に怪訝なモノを感じたが、小竜姫にはニヤリ と笑う女華姫。その様は、今の容姿と相俟(あいま)ってかなり怖い。

 「ええ、機会があれば是非、手合わせ願います」

 小竜姫は女華姫の笑顔に臆した風もなく、こちらも笑顔で返した。

 ヒャクメの方はというと、結構顔が引きつっている。

 令子やタマモやシロ以外の挨拶が終わると、おキヌちゃんがそろそろ〜っと女華姫に近づき、よいしょっという感じで彼女の肩に手を置いて耳打ちする。

 「女華姫さま。なんで神代の時の姿をとらないんです? ここに居る人たちは、皆良い人達ですよ?」

 「良い人達とな? 美神がいるではないか! キヌは人が良すぎる! あやつがそなたにした仕打ち、妾には赦せるものでないぞ!? (ふしゅっふしゅっふ〜しゅるるる〜〜)・・・・・・妾の容姿に関しては、今さら明かしてどうなるというのだ? 妾は鏡。視る者によって、妾の心境によって姿は変わる。皆が醜女(しこめ)と思うのならば、それが妾だ」

 最初は激昂した女華姫だったが、何とか気を落ち着かせるとおキヌちゃんの質問に答えた。

 「それは違うよ、お姉ちゃん。今はあえてお姉ちゃんと呼ぶね。お姉ちゃんが今の姿をとる事になったのは、求婚者が後を絶たなかったからじゃない。それにうんざりして、お姉ちゃんに言い寄る方々の心を映していたからでしょう? 本質を見ようとしない方々に失望するのは分かるけど、それでもニニギ様や江戸時代の親である領主様はお姉ちゃん自身をちゃんと見てた。神話は捻じ曲げられて伝わってしまったけど、それでもお姉ちゃんが自分を卑下する事は無いと思う。なにより、私がお姉ちゃんを貶(けな)される事に我慢ならない。お姉ちゃんは、私の自慢でもあったんだから!」

 拳を握って力強く喋るおキヌちゃん。最初は耳打ち程度だったのに、テンションが高くなっている事に気がついてない模様。

 「キ、キヌ・・・。その・・・か、変わらぬな。こうと決めたら曲げぬ頑固さも・・・・・・」

 おキヌちゃんの様子に、ジト汗をこめかみに垂らして女華姫は呟く。

 「はい、お姉ちゃん。姿を元に戻す! 戻さないと〜〜」

 女華姫に指を突きつけ、おキヌちゃんは異様な雰囲気で迫る。

 「わ・わ・分かった。分かったから、その無数の針葉樹の葉をこちらに向けるのはよせ!」

 いつの間に現れたのか、周囲に浮かぶ針葉樹の葉先が月の光にキラーンと光る様を見た女華姫は、後退(ずさ)りながら慌てた。刺さったら痛そうなんてものじゃなさそうだ。

 「おキヌちゃん、相変わらず話の持って行き方が突飛ね〜」 とは美智恵。

 「なんだか、原始回帰してからテンションの上がり方が大きいような・・・」 とは令子。

 「おキヌ殿が悪さをした拙者や先生を叱ってる時のようでござるが、迫力が断然上がってるでござる〜」 とはシロ。尻尾は股に挟んで震えている。

 「おキヌちゃんに逆らったら、今度から周りの植物が敵に回るわけね・・・」 とはタマモ。こめかみにはジト汗がたれている。

 「あんなおキヌちゃん、初めて見ただよ。というより、なんだべ? あの無数の針の様なモノは・・・。どこから湧いたべ?」 とは早苗。

 「この辺り一帯の針葉樹に働きかけているみたいですね。尋常ではない神気が放たれています」 とは小竜姫。

 「うわ〜痛そうなのね〜。一葉一葉に神気が通されて、葉先が物凄い硬度を持っているのね〜。鉄板でも貫きそう・・・」 とはヒャクメ。なまじ視えるだけに、その威力が容易に想像できるのだろう。青い顔をしている。

 令子や美智恵、タマモにシロ、小竜姫にヒャクメ、それに早苗は背中に冷や汗を伝うのを感じながら二柱から離れてコソコソ話していた。

 女華姫は周りを見渡して、自分達以外が安全圏にいるのに不条理を感じたが、目の前のおキヌちゃんが怖いので動けないでいた。

 「ちゃんと皆さんにお姉ちゃんを紹介したいから、元の姿に戻って。ぐだぐだ言うと刺すよ?」

 神々しい神気を放ち、笑顔でそう言ってくるおキヌちゃん。先ほど女華姫が令子に向けた殺気よりも怖い。

 「わ、分かったから。その浮かべた針を消してくれ。(ピカーと女華姫を光が包み込んだ)・・・・・・たく、これでよいであろう?」

 光が収まると、そこには女華姫の容姿をした女神は居なかった。あの異様な呼吸音も消えている。そこに現れたのは・・・・・・。

 艶(つや)やかな黒髪は膝元まで伸ばされて、太腿の辺りで無造作に白いリボンで纏められ。
 瞳は野性味溢れる光を宿した黒瞳。
 その眦(まなじり)は多少吊り上り気味ではあるが、整っており。
 彼女の鼻は高くも無く低くも無く、顔の大きさに対する理想の高さであり、彼女の唇は艶(あで)やかな色気を誇示していた。全体的な面差しは何となくおキヌちゃんに似ている。
 背の高さは令子と同じくらいであろうか。ゆったりとした白を基調とした巫女の様な衣装に身を包む姿は楚々とした感じだが、身の内から滲み出る荒々しい雰囲気に不思議な色気が醸し出されていた(メドーサに白い巫女服を着せると近い感じかも)
 気になるバストの大きさは、衣装のせいで判別が難しいが令子に負けていないのだけは見てとれた。

 「うん、久しぶりにイワナお姉ちゃんの真の姿が見れて嬉しいよ♪ やっぱり大切な人達には、ちゃんと紹介したいからね。皆さん、この姿が私のお姉ちゃんであるイワナガヒメの真の姿です」

 周囲に浮かべていた針葉樹の葉をいつの間にか消し、満面の笑みでイワナガヒメを紹介するおキヌちゃん。

 だけど、女華姫のあまりの変わりように、全員言葉が出ない。

 「あれ? どうしたんです、皆さん?」

 黙り込む令子たちを不思議そうに見るおキヌちゃん。

 「いえ、その・・・と、とりあえず、言いたい事は色々あるけれど、時間が無いから今は良いわ。取りあえず話を進めましょう。今現在、ニニギノミコトの荒御霊がどこに居るのか判然としませんが、なぜおキヌちゃんを狙ってきたのか、理由をお知りでしたら教えていただけないでしょうか? 姫様」

 眉根を押し揉む様にしておキヌちゃんの問いかけを流し、美智恵は気を取り直して女華姫に尋ねた。

 「(コホン)その前に! な、何しにきたのじゃ、美神令子よ。ここはヌシが来る所ではないぞ。即刻立ち去れい!!」

 空咳を一つして気を取り直すと、美智恵の質問には答えずに女華姫は令子を一瞥してにべも無くそう告げた。どもってしまったのは、おキヌちゃんが怖かったからかもしれない。

 「(や、やり難いわね)そうはいかないわ。ニニギノミコトの荒御霊に対抗するには、女華姫様にも手伝ってもらわなきゃいけないし、何よりもこれが全てを取り戻す為の最後の機会なんだから」

 おキヌちゃんの、場の空気を引っ掻き回しまくった姉の紹介で、今一つシリアスになれない令子だった。

 「妾はここを動くわけにはいかぬ。妾を連れ出したいなら、相応の実力を見せい!」

 「この分からず屋が・・・。いいわ、受けて立とうじゃない!」

 「ここで戦うと社に被害が出る。場所を移すぞ。ついて参れ」

 「みんな、手出し無用よ。ちょっと行ってくるわ」

 令子は女華姫の後についていく。話に取り残された面々も、慌てて一柱と一人の後をついていった。

 女華姫は、無言で氷室神社裏の山中を歩く。しばらくして、急に木々が開けた場所に辿り着くと、その広場の中央に立ち振り返った。

 そこは直径500mほどの円形の広場だった。奇妙な事に、地面は地中から何やら巨大なモノに押しのけられたように盛り上がっていて、異様な光景だった。

 「ここは何なの、女華姫様?」

 「ここは死津喪比女が、地中から飛び出て来た時の跡地よ。今も浄化は続けておるが、アレの瘴気に長年晒されてきた為か、未だに下生えの草々しか生えぬ。だが、戦う場には都合がよかろう」

 「あの時の腐れ球根ね。おキヌちゃんが特攻した時は、彼女が永遠に失われたと思って愕然(がくぜん)となったわ。株分けしてた腐れ球根が、彼女を嘲(あざけ)った時は心の底から怒りに囚われたわ」

 「その様に思う事ができる相手にお主はなぜあのような・・・、依頼内容と現在の状況がかけ離れ過ぎた現場にキヌを一人で向かわせたのだ! 婿殿達が依頼の違和感に気づいて駆けつけるのが遅かったらキヌは・・・、本当に死んでおったのだぞ! それまでにも、二人に対して過剰とも思える仕事を割り振りおって・・・。助けに行けぬ我が身が口惜しかったわ!! おキヌは・・・いやサクヤは底抜けに優し過ぎるから、お主の理不尽をも赦してしまったが、妾は赦せぬ!」

 「・・・・・・その事に関しては、言い訳のしようもないわ。この枝世界でのわたしは、あまりにも精神が子供過ぎた。報いを受けたのは当然よね。それで? 女華姫様はわたしにどうしてほしいの?」

 「当時にお主を裁けなかった妾に、今その事を裁くのは私怨を晴らす事にしかならぬ。おキヌの為に、ニニギの荒御霊鎮めには協力もしよう。じゃが、お主の性根が本当に信頼に値するかどうか、試させてもらう!!」

 そう言って、女華姫は虚空から薙刀を顕現させて、構えた。

 「分かったわ。決着の条件は?」

 令子もすぐに動けるように、腰を低く落とし構えた。

 「どちらかが戦う意思をなくした時をもって決着としよう。若しくは、妾がそなたを認めた時じゃ!」

 「了解!」

 令子は返事をすると同時に、女華姫の顔に目掛けて足元の土を蹴りつけて、後方に飛んだ。

 「ふっ!」

 女華姫は飛んできた土くれに動揺する事無く、鋭く薙刀を振り回して刃の腹で土くれを弾き飛ばし、令子の方へと突っ込んだ。

 (うわー、油断なんて欠片もないわね。こりゃ厄介だわ。“盾”出した方が良いかな?)

 腰に挿していた神通棍を手に取り、起動させながら女華姫からさらに距離を取った。

 「逃げ回るだけでは、妾は捉えられんぞ! 裂空(さっくう)!!」

 女華姫は、令子が薙刀の届く範囲から逃れるのを確認するや、力強く左足を踏込み、薙刀の柄を腰に巻きつけるようにして密着させながら左から右に高速で振りぬいた。すると、刃に斬られた空間に裂け目が十二個できて、そのまま令子の方へと殺到した!

「な! やばっ」

 令子は躊躇なく真横へと身体をダイブさせて、前回り受身を取ってすぐに立ち上がる。令子がさっき居た場所に空間の断裂が通り過ぎていき、地中深くまで切り裂いていった。

 「き、凶悪な技ね。殺す気?」

 神通棍を油断なく構えて、切り裂かれた地面を一瞬だけ見る令子。

 「何を戯(たわ)けた事を。これは死合いぞ?」

 女華姫は何を今さらといった風に言う。

 「わたしは死ぬ気はないし、あんたを滅ぼす気もないわ。おキヌちゃんが怖いしね。けれど、あんたにわたしを認めさせなくっちゃね!」

 令子は腰の御札入れから数枚の御札を抜き取ると、念を込めて女華姫へと投げつけた。

 「ふん、そんなもの妾に効くと思うておるのか! ぬおっ!」

 薙刀で、飛んできた御札を薙ぎ払おうとした女華姫だが、刃が当たった瞬間に全ての御札が起爆した。爆炎と煙で女華姫は令子を見失う。

 (爆裂札じゃ目晦ましにしかなんないわね。やっぱり刻水鏡の盾を使うしかないか。でも、さっきの「妾は鏡」と言う言葉が引っ掛るわね。わたしの想像通りだとすると、“盾”ですらダメージを与えるのは難しいか? とりあえず、反射で様子をみるしかないわね)

 令子は煙が晴れないうちに女華姫の右斜め後ろへと移動し、身を低くし神通棍を鞭状にして下から左斜め上へと振り抜いた。光の鞭の先端は音速を超えて、鎌鼬(かまいたち)を伴いながら女華姫へと殺到する!

 女華姫は右後方からの闘気を感じて振り向こうとしたが、背筋に悪寒が走り直感に従って右へと跳んだ。その刹那、光の鞭が鎌鼬を伴って音も無く過(よぎ)っていく。女華姫は体勢を立て直し、鞭が飛んできたであろう方向へと、隙無く薙刀を構えた。

 (むぅ、思ったよりもやりおる。しかも厄介な事に殺気が掴めぬ。妾を殺る気は無いというのは偽りでは無いのか。今は闘気を感じて何とかなっておるが、闘気までも消されると攻撃の回避が格段に難しゅうなるな)

 (絶好のタイミングで打ち込めたと思ったけど、流石だわ。一応、“盾”をいつでも出せるようにしておこう)

 女華姫も令子も、お互いの出方を探りあいながら再び対峙する。

 「やるではないか美神よ。多少は愉しませてもらえるとみえる」

 「ということは、わたしはあんたに認めてもらえたのかしら? だとしたら、とっとと話す事を話して欲しいんだけど?」

 「ふん、まだじゃ。おぬしの本気、まだ見ておらぬ。ぬぅりゃ! 連裂空!!」

 女華姫は薙刀を袈裟切りに振り抜き、余勢をもってその場で高速回転をしてそのまま切り上げた!

 エックス字に斬られた空中に先ほどの様に空間断裂が起こるが、その数は二倍になって令子に殺到する。

 「(くっ、逃げ場が無い! ままよっ) 盾よ!!」

 令子は女華姫の攻撃で逃げ場が無い事を判断すると、盾を呼び出してそのまま前方に跳躍し、盾に身を隠しながら何やら小声で呟いた。

 二十四個の空間断裂の内、四個が令子を襲う!

 しかし、令子が翳(かざ)した盾の表面が鏡のようになり、四個の空間断裂が冗談のように盾に吸い込まれていった。

 キキン! サシュ

 妙に澄んだ金属音が立て続けに二度辺りに響き、その音に続くように小さく、布を裂くような音がした。

 女華姫は、空間断裂を飲み込んだ盾に驚愕の表情を一瞬だけ浮かべたが、気を立て直し、こちらの方へと跳んでいる令子に切りかかろうとして、凍りついた。
 なぜなら、刃の部分が柄の一部を伴って消失していたからだ。慌てて柄を回して石突で攻撃しようとして、再び凍りつく。なんと石突の部分も消失していた。
 えたいの知れない攻撃に、女華姫は無意識に後退ろうとしたが不意に足がもつれ、その場に尻もちをついた。足がもつれた原因は、いつの間にか腰帯が断ち切られていて、袴がずり落ちて足に纏わり付いていたからだ。

 この場に横島が居たら、後先考えずに飛び掛っていたであろう光景がそこにあった。女華姫は袴が半分脱げてしまい、しかも尻もちをついたことで軽くM字開脚をしていて、下帯もつけていなかったのだ!!

 真の姿であったのが読者にとっては幸いか。これがアノ姿だとしたら・・・・・・考えたくも無い。

 これには令子も狙ってやったとはいえ驚き、顔を背(そむ)けた。

 ギャラリーと化していた美智恵達も、皆一様に女華姫から視線を逸らす。

 「あ〜、ごめん。武器だけを使い物に出来なくするつもりだったんだけど、服まで切っちゃうとは思わなかったわ」

 女華姫を見ずに令子は謝った。

 「な、何をした! わ、妾を辱めようとでもいうのか! わ、わ、妾は な、何を さ、されようとも屈せぬぞ!!」

 しばし呆然とした女華姫であったが、己の痴態に気付くと慌てて袴をズリ上げて、思い切り動揺した様子で己をかき擁(いだ)く。

 「(は〜、まいったわね)何もするつもりは無いわよ。若い頃の宿六じゃあるまいし。わたしに百合の趣味なんて無いわよ。わたし的にも不本意な終わり方だけど、とにかくわたしの勝ちではあるわよね? その様子だと、戦闘を続行する意思は無さそうだし」

 心うちでため息を吐いて、なんとも間抜けな終わり方に脱力しながら、自分の勝利だと女華姫に確認した。令子の背後の森が十メートルほど盛大に伐採されていて、それが目の端に止まって戦慄したのは彼女だけの秘密だ。

 「うぬぬぬ・・・。な、納得がいかぬ。いかぬが、そなたの性根がキヌを陥れた時とは違うというのは分かった。ふぅ・・・妾の負けを認めよう」

 女華姫にとっては何とも納得のいく戦いでは無かったが、己が生かされている事だけは理解していた。切られた武器を見れば、その鏡のように滑らかな切り口に戦慄を覚える。あれが、己の身体に振るわれていたらこうして話すことも出来ないのだから。
 また、美神令子が当時とは違う事も、先の戦闘で納得した。何とも嫌な納得の仕方ではあったが、当時のままの美神なら自分を生かさずに滅ぼしていただろう。結果だけを見れば間抜けだが、その間抜けさ加減に救われたとも思う。

 女華姫は、自分の中で先の戦闘の結果に折り合いをつけた。

 「お、お姉ちゃん、怪我は無い!?」

 おキヌちゃんが心配して、女華姫の下へ駆け寄った。

 「うむ、身体には一切問題はない。それよりもキヌ、何か帯となるような物は無いか? このままだと、ちと不便でな」

 おキヌちゃんに苦笑を返しながら、女華姫は訊いた。

 「んと、ちょっと待ってね。縒(よ)りて縒りて集(つど)い集まれ綿。縒りて縒りて集い集まれ綿・・・・・・

 おキヌちゃんが手を擦り合わせながら言霊を紡ぐと、彼女の擦り合わされた手から綿で出来た紐が出てきた。

 しばらくおキヌちゃんが同じ動作を繰り返すと、二メートル程の長さの紐が出来上がった。出来た紐を見て彼女は一つ頷くと、女華姫に渡した。

 「はい、出来たよ。これでいい?」

 「いつ見ても、便利よの。助かる。・・・・・・うむ、大丈夫のようだ。」

 二人の間では取り立てて珍しい物ではないらしい。女華姫は受け取った紐を腰に二重に巻いて結び、袴がずり落ちないのを確認した。

 「お、おキヌちゃん? 今どうやったの? なんか何も無い所から紐を召喚したように思えたんだけど?」

 タマモが、びっくりした皆を代表するかのように尋ねてきた。

 「え? ああ、これね。これは綿を召喚して、手で縒り合わせて作ったのよ、タマモちゃん」

 なんでもない事の様に説明するおキヌちゃん。

 「な、なんだかおキヌさん。サクヤ様として覚醒してから何でも有りになってきていますね」

 小竜姫がおキヌちゃんの説明を聞いて、そう評した。

 「何でも有りじゃないですよう? 植物から取れる綿や麻しか出来ないです。蚕から取れる絹糸は無理ですし」

 心外だという風におキヌちゃんは返す。

 「まぁ、何でもいいわ。もう、おキヌちゃんのやる事に一々驚いていたら身が保たないもの。それよりも、戻って女華姫の話を聞きましょう。ニニギノミコトの荒御霊の事が気にかかるし」

 令子はそう言って、全員を促した。

 「そうね。妙神山の裏口で撒いたとはいえ、いつこっちに来るかもしれないし、早めに情報を整理しましょう」

 美智恵も相槌をうって、神社の方へと踵を返した。

 来る時は緊張していて距離をあまり感じなかったが、神社まで結構距離があった事をうんざりしながら、その後を全員付いていった。


 氷室神社に戻ってきた全員は、本殿で輪になって落ち着いていた。途中で早苗とおキヌちゃんが母屋の方にお茶の用意をしに行った為、この場には居ない。

 「紆余曲折はあったけれど、やっと本題に入れるわね。おキヌちゃんが居ないけれど、とりあえずなぜニニギノミコトの荒御霊なんてモノが今頃になって出てきたのか、その辺から聞かせてほしいわ」

 令子は一同を見渡し、最後に女華姫を見て言った。

 「キヌも知っておいた方が良い。戻ってくるまで待て。しかし、妾にも解らぬ事がある。オホサザキノミコトの封印結界は、現在の天皇家にとっても失伝していて誰も知るはずはないのだ。封印されたアレは最深部の封印核を除くか、あの墓を大規模に掘り返して原型をとどめないほどにしない限り、現れるハズは無い。それがいとも容易く現界したのが不思議でならぬ」

 女華姫は説明を求める令子をいなし、まずは己の疑問を明かした。

 「それについては心当たりがあります。その前に確認しておきたい事が。姫様は、可能性の世界樹の概念はご存知でしょうか?」

 「可能性の世界樹とな? 妾たちが暮らしているこの世界と似たような世界が、無数にあるというものか? はるか昔にサクヤより時々聞かされた事がある。それが何だ?」

 「ある程度はご存知のようで助かります。一から説明すると長くなりますので。この可能性の世界樹には、様々な可能性を持った枝世界が伸びているのですが、その中には枝世界や世界樹自体を腐らせる可能性を持った因子も存在します。その因子を取り除く存在がいるのですが、どうもその存在の一つがトチ狂ったようなのです。多分、姫様が先ほど仰(おっしゃ)った最深部の封印核を取り除いたモノは、そのトチ狂った存在だと推測します」

 「むぅ・・・何とも突拍子の無い話よの。だが、何ゆえその存在が封印を破る必要があるのだ?」

 「それは私が答えます、女華姫様」

 美智恵の説明に疑問を持った女華姫に答えたのは、お盆を持って本殿の入り口に現れたおキヌちゃんだった。

 「ぬ、キヌか。どういうことなのだ?」

 「それを話す前に、まずはお茶にしましょう」

 おキヌちゃんは、女華姫の疑問をとりあえずおいて、早苗と一緒に全員にお茶を配っていった。

 「さて、では姫様の疑問に答えますね」

 お茶が全員に渡ったのを確認すると、おキヌちゃんは一口お茶を飲んで今までに起こったことを語った。

  ・

  ・

  ・

  ・

 「・・・・・・・・・・・・とまぁ今説明したことが、今までに判明していることです。ただ、ニニギ様の神格がなぜ荒御霊になっているのか、それが私も疑問なんですけど」

 長い説明を終えたおキヌちゃんは、温(ぬる)くなったお茶を飲み干して一息吐いた。

 「なんともはや、婿殿の願いは盛大に迷惑なことよな。むぅ、なればキヌからその魔族の少女を取り出すために、ニニギの神格を利用したのであろうな。今のキヌを害するには、並の存在では無理だからな」

 おキヌちゃんの説明を聞いて、女華姫は唸る。

 「そもそも、なんで神格が一人歩きしてるのよ。普通に考えたら、本人以外は扱えないでしょうに」

 タマモが疑問に思ったことを訊いた。

 「普通ならな。ニニギの奴は自分の神格を剥ぐ為に妾に手伝わせたのよ。あやつ自身は天津神だから無限の寿命があった。神話にもあろう? 妾が親父殿の所に返されたからニニギに寿命が出来たと。あれは一部分は合っておるのだ。あやつが妾を返したから寿命が出来たのではない。あやつに頼まれて、妾の神通力をもって神格を剥いだから寿命が出来たのだ。剥がされた神格は、あやつが封印術を施した人形に封じられたのだ。ただ、妾は神通力を使う時は、どうしても真の姿にならねば出来ぬ。当時、あやつから神格を剥ぐ為に姿を戻したら、あっけに取られたらしく呆然としておったよ。あの表情は、今思い出しても笑える表情であったな」

 くくくと忍び笑いをして、女華姫は締めくくった。

 「え? お姉ちゃん、飛び掛られなかったの?」

 おキヌちゃんが驚いたように訊いた。

 「ああ、不思議な事に飛び掛られなかった。飛び掛ってきたら、問答無用で身罷(みまか)らせるつもりであったので、拍子抜けしたものよ」

 「お姉ちゃんの今の姿って、ニニギ様の直球ど真ん中なハズなんだけど・・・。(あ、そうか。その時にはもうお隠れになる覚悟を決めていたんだ・・・)」

 「うん? どうしたキヌ」

 「え、あ・・・ううん、なんでもないよ。話を戻すけど、ということはニニギ様の神格を封じた人形をどうにかして操っているというのが真相なのかな?」

 ニニギの覚悟の程を再認識して暗くなったおキヌちゃんであったが、女華姫の言葉に話を元に戻した。

 「操られているといえばそうであろうな。キヌよ。ニニギが隠れる前から、当時のサクヤに言い寄ってきていた者を覚えておるか?」

 苦虫を噛み潰したような表情で、女華姫が訊いてきた。

 「えっと・・・あ・・・あの厭(いや)らしい方? あまり思い出したくもないけど、その方がどうかしたの?」

 しばらく思い出そうと宙を見ていたおキヌちゃんだったが、思い当たる人物が居たのか嫌そうな表情をした。

 「サクヤを付け狙っていたあの者は、ある時を境に見かけられなくなったそうだ。妾も親父殿の下に戻っていた時に伝え聞いた話だけに、事の信憑(しんぴょう)は確かめられなかったが、仮にも神族。あの執念が完全に散ったとは思えぬ。その辺の事情は、富士のサクヤに訊くしかあるまいが、妾には無関係とは思えぬのだ」

 何か根拠があるのか、女華姫は答えた。

 「そいつが操っているっていう、何か根拠はあるの? 女華姫。そういえば、ニニギノミコトの荒御霊が現界したことをどうやって知ったの?」

 令子が二柱の話を聞いて疑問に思った事を、女華姫に尋ねる。

 「妾はあやつの神格封印を手伝ったからな。封印の術式には妾の名前も使われておる。であるから、封印が破られたら妾には判るのだ。封印が破られた時に、物凄い邪気が同時に感じられた。その邪気は、サクヤを付け狙っておった神族の神気に良く似ておった。邪気へと変質した神気など、神代の時には良くあったからな。間違いはないと思っておる」

 女華姫は厳しい顔つきで、己の推測を話した。

 「話が難しすぎて、拙者にはチンプンカンプンでござるよ。誰かわかり易く説明して欲しいでござる」

 突然シロが話しに割り込んできた。  

 「黙ってなさいよ、バカ犬。後で説明してあげるから」

 「犬じゃないもん!」

 「バカである事は認めるのね」

 「うっうっ・・・、拙者・・・拙者・・・」

 タマモがシロをたしなめシロが反発するも、令子のトドメにシロは本殿の隅っこで「の」の字を書きながら拗ねた。

 「え〜っと・・・話の腰が折れちゃったけど、この後はどうするのね〜? 富士の浅間大社に行って、サクヤ様に会って話を聞く?」

 ヒャクメがシロ達の漫才をいなして、話を戻した。

 「う〜ん、今夜は色々あって疲れたから、富士山に行くのは明日にしてもう休みたいのが本音かな」

 漫才で一気にだらけた場の雰囲気に、令子はそう提案した。

 「ああ、もう十一時を過ぎただか。だども、ニニギノミコト様の荒御霊はどうするべ? 無差別に人を襲うなんてことは無いだか?」

 早苗は腕時計で時間を確認して、疑問に思っていた事を訊いてみた。

 「それは何とも言えないわね。私達が囮として逃げている時は、人目がある時には襲ってはこなかったけれどね。けれど、ニニギノミコトの荒御霊調伏は、人目の付かないようにしたいわね。それに現界したばかりの今なら、大して力は揮えないと思うわ。だから、今の内に何とかしたいわね」

 早苗の疑問に美智恵が答える。

 「はぁ〜、そうよね。時間が経つにつれて、こっちが不利になっちゃうか。仕方ない、おキヌちゃん。富士のサクヤ様と連絡取れる?」

 美智恵の言葉に令子はため息を吐きながら、行動を起こす為におキヌちゃんに訊いた。

 「えっと・・・、どう呼びかければ良いんでしょう?」

 「「「「だぁ〜〜」」」」

 おキヌちゃんの言葉に、令子・タマモ・シロ・ヒャクメがこける。美智恵に小竜姫に早苗はジト汗をこめかみから垂らしている。女華姫だけは、あまり動じた風には見えなかった。

 「キヌよ、自らの魂に呼びかけよ。サクヤとそなたは分かたれているとはいえ、同じなのだ。そなたがここに現れた時から、富士のサクヤはそなたのことを知覚しておるはずだ」

 見かねた女華姫がそう助言する。

 「わかりました。やってみます。(ん〜、とは言うものの、どう呼びかけよう? 『(くす)そんなに難しく考える事はないですよ』) わぁ〜!!」

 突然、心に聞こえてきた声にびっくりするおキヌちゃん。

 「どうしたの!? おキヌちゃん!」

 急に叫んだおキヌちゃんを心配して、令子は駆け寄る。

 「えと、あの・・・声が聞こえてきて・・・」

 おキヌちゃんは、令子に戸惑った声でそう答える。

 「はぁ・・・、キヌもサクヤもやはり同じよの。いや、キヌよりも永く在(あ)る分、サクヤの方がより性質(たち)が悪いか?」

 女華姫が嘆息しながら呟く。

 『姉さま、それはないのではありませんか? とはいえ、びっくりさせてごめんなさいね』

 全員の頭に突然声が響いた。

 「な、なんでござる!?」 とシロ。

 「え? あれ? おキヌちゃんはそこにいるし・・・?」 とタマモ。

 「なんだべ!?」 と早苗。

 「これは?」 と美智恵。

 「なるほど・・・」 と令子。

 「念話ですね」 と小竜姫。

 「そこの鏡からなのね〜」 とヒャクメ。

 全員、それぞれに反応する。流石に小竜姫とヒャクメはこういうことに慣れているのか、瞬時に思い至ったようだ。とはいえ、表情は驚きを表しているが。

 『も〜、いつこっちに話を振ってくれるかと待っていたのに、なんだかまごまごしていてじれったいから話しかけちゃいましたよ』

 (((か・軽ぅ〜〜〜〜〜!!)))

 再び聞こえてきた声に、小竜姫とヒャクメに早苗は心の中で突っ込む。

 「おキヌちゃんだわ」 と令子。

 「おキヌちゃんよね」 とタマモ

 「おキヌ殿でござる」 とシロ。

 「皆から見た私って・・・」

 令子とタマモとシロは、聞こえてきた声に何だか納得したようにうんうんと頷き、皆の反応におキヌちゃんは凹む。

 「ええ〜っと・・・と、とりあえず今の声は、コノハナノサクヤヒメ様でしょうか?」

 美智恵のみ、顔を引きつらせつつも真面目に訊いている。マジメなほど疲れるだけなのにね。

 『そうですよ〜、鏡越しの念話で失礼しますね。初めまして、富士山本宮浅間大社の主祭神・コノハナノサクヤヒメノミコトです。サクヤとお呼びくださいね』

 美智恵の呼びかけに、なんだか弾んだ念話で答えるサクヤヒメ。

 「サクヤよ、お前のことだから話は聞いておったのだろう? 今からそちらに向かおうと思うが、どうだ?」

 女華姫が、本殿奥の祭壇に祀られている鏡に向かって話しかけた。

 『お久しぶりですね、姉さま。ええ、こちらはいつでもかまいませんよ。積もる話もありますし、あの時放した私の分身にも興味があります。それに、どうやらニニギ様の身にも何かあったようですし、その話も聞きたいですね』

 多少真剣味を帯びた声音で、サクヤヒメは答えた。

 「そうか。では、ヒャクメ殿。キヌの神気と鏡より放たれているサクヤの神気を頼りに、サクヤの元まで跳べるよう計らってくれぬか?」

 サクヤヒメの答えに、女華姫はヒャクメの方に振り向いて頼んだ。

 「イワナガヒメ様、どうして私がそういう事が出来ると知ってるのね〜?」

 訝(いぶか)しく思ったヒャクメは尋ねずにはいられなかった。

 「うん? そなたは天津神の天目一箇神(アメノマヒトツノカミ)の系譜ではないのか? 祭壇に祀られる神鏡の役目は、先ほどサクヤが行った鏡を使った念話や鏡を中継点として転移をする為ぞ? そのようにマヒトツノカミが定義付けたからな。人間が作っても必要な手順を踏んだならその機能は発現するが、そなたがマヒトツノカミの系譜ならより確実だと思っておったのだが・・・違うのか?」

 ヒャクメの神気から推測していた女華姫は、己の勘が鈍ったかと思ってしまう。

 「いいえ、イワナガヒメ様の言う通り、私はアメノマヒトツノカミ様の神気が、豊葦原国(トヨアシハラノクニ)の陰気と交わり生まれた国津神の系譜なのね〜。鍛治としての能力は無いけれど、こと目に関する事ならほぼ全てを扱う事が出来るのね〜」

 「ふむ。では、妾の勘も当っていたようだ。では転移を頼む」

 「あの〜、女華姫様? わたすは行く必要な無いと思うだども、行かねばなんねぇか?」

 早苗がおずおずといった風に女華姫に話しかけた。

 「ぬ、そうであるな。ここにニニギの荒御霊が来るとは思えぬが、万一ということもある。キヌの家族を守る為に、これを授けておこう」

 そう言って、女華姫は懐から銀鏡(しろみ)を取り出して早苗に渡した。

 「これは?」

 「それは銀鏡(しろみ)と言って、妾の神器だ。その鏡を通して妾と話す事もできるし、妾の神通力を揮うこともできる。揮われる神通力はそなたの霊力にもよるが、結界を張るくらいなら充分であろう。それで身を守るが良い」

 「女華姫様、ありがとうだべ」

 鏡を受け取った早苗は、大事そうに胸に抱えた。

 「うむ、これで憂いは無いな。では、サクヤの許(もと)へと向かうとするか」

 「了解なのね〜。では、おキヌちゃんを輪の中心にして、みんな手を繋いで欲しいのね〜」

 ヒャクメはトランクを開き、カタカタとキーボードを打ち鳴らして早苗を除いた全員に指示する。

 全員、ヒャクメの指示に従い、おキヌちゃんを中心にして輪を作った。輪ができる間に、ヒャクメはおキヌちゃんの傍らで、転移の調整を行う。

 「できたわよヒャクメ」

 全員が手を繋ぎ終わったのを確認した令子は、ヒャクメに告げた。

 「了解なのね。では、おキヌちゃん。富士山のサクヤヒメ様の神気を感じて欲しいのね」

 「わかりました(スゥーーーフゥーーーーーー)つかみました」

 おキヌちゃんは深呼吸をして精神を集中し、祭壇の鏡から放たれている自分と同じ神気を感じ取る。ただ、その感じられた神気には、力強くも儚い相反する意思のようなものが感じられた。

 「おキヌちゃんとサクヤヒメ様の神気のシンクロを確認。神鏡から転移魔方陣抽出・展開! 魔方陣への神力流入確認。転移先、富士山本宮浅間大社拝殿!」

 ヒャクメがトランク内にあるモニターを見ながら、プロセスの確認をしていく。

 早苗を除き、輪になった全員の足元に巨大な魔方陣が光を伴って走っていく。光による魔方陣が描き終わると、淡く発光しているおキヌちゃんから魔方陣へと、柔らかな薄紅色の光が注がれ魔方陣の発する光量が徐々に増していった。

 「みんな、用意は良いのね〜?」

 最終確認なのか、ヒャクメは全員を見渡した。

 「OKよ」 と令子。

 「問題ないわ」 とタマモ。

 「ワクワクするでござる」 とシロ。

 「大丈夫です」 と小竜姫。

 「うむ、問題無い」 と女華姫。

 「では、早苗ちゃん。行ってくるわね。くれぐれも気をつけて。できれば結界は、私達が出発した直後には張っておいた方がいいわ」 と美智恵。

 「分かっただ、美智恵さん。みんな、気をつけるだべ。吉報を待ってるだよ」

 銀鏡を胸に抱き、早苗は魔方陣の影響範囲から離れた。

 「最終確認、神気充填OKなのね〜。では、行ってくるのね〜。転移開始! ポチッとな」

 全員の答えにヒャクメは頷き、モニターを確認するとキーボードの実行キーを押した。

 魔方陣は光り輝き、全員を包み込む。早苗は光の強さに直視ができなくなった。光量がどんどん増していき、一際光り輝いた瞬間、早苗を残してその場から全員消えていた。

 「行っただか。何とも慌しい夜だべな。さてと、とっちゃとかっちゃに説明せねばな」

 辺りが電灯の光だけに落ち着いたのを感じた早苗は目を開き、全員が居ないのを確認すると美智恵に言われた通り結界を張る為に母屋へと向かった。

 忠夫が戻ってくるまで後十三時間。令子にとっての試練は、締まらない乗り越え方ではあったけれども、とりあえず乗り越えられたようだ。残るはおキヌちゃんの問題と狂った除くモノを滅ぼすこと。彼女らに平穏はまだまだ訪れそうにない。


   続く


 こん○○は、月夜です。

 想い託す可能性へ 〜 なな 〜 をここにお届けします。
 この文章量では、多すぎて読んでもらえないのかと、最近心配してます。
 投稿する時は、この半分の文章量が良いでしょうか?
 誤字・脱字、表現などでおかしなところがあればご指摘、お願いします。

 では、レス返しです。

 〜読石さま〜
 毎回レスを返して頂いてありがとうございます。ご期待に副えるお話が書けると良いのですが・・・

・今回の新能力?の刻水鏡、性格的に合わないんじゃ?
 令子さんの能力に何とか納得いただけたようで何よりです。普段の令子さんを見てると攻撃的に見られますが、奪われる事に臆病な女性と私は見ています。その為の反発があの攻撃性かと。なので、出てきた能力は全てをはじく盾としました。まぁ、おキヌちゃんの癒しの術にも影響を受けてますけど。

・これで全員回復能力持ち
 彼女達の回復能力は、おキヌちゃんの浄霊を中心に仕事を請けてきた結果の賜物です。まぁ、シロは猪突猛進過ぎてフラストレーションが溜まっていたようですが(^^ゞ

・生き生きした老師が最終戦とかに
 最終戦は一応、構想は出来ています。その時をお楽しみに願います。

・我が麗しの姫の出番!楽しみにしております
 ご期待に副えましたなら嬉しい限りです。ただ、女華姫は今回の令子との一戦で元の姿での戦はトラウマになるかも・・・

 〜ショウさま〜
 お読みいただき、レスも返して頂いてありがとうございます。あまり反応の無い私の作品に共感を抱いて頂いた様で、嬉しい限りです。

・横島がニニギノミコトの転生体
 神話を読んでいると、ニニギノミコトの記述って本人の描写が驚くほど少ないのです。しかも少ない描写もなぜかネガティブに書かれている解説書ばかり。第三者から見た横島も似たような雰囲気だったので、私の物語ではこうなりました。

・シロにも何かパワーアップイベント
 う〜ん、シロだけが弱く見えるのは、私の表現不足のせいなのでしょうね。彼女は攻撃力だけを見れば、横島に次ぐ攻撃力の持ち主なんですよ(^^ゞ エクスプロージョン・ダーツなんて技を持ってますし。


 では、次回投稿まで失礼します。

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