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「想い託す可能性へ 〜 ろく 〜(GS)」

月夜 (2006-10-09 15:15/2006-10-10 00:33)
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 想い託す可能性へ 〜 ろく 〜


 おキヌちゃんが、柔らかな草の上に横たわっているタマモとシロの二人を、老師にお願いして出してもらった寝床に令子に手伝ってもらいながら寝かせるのを横目に見ていた美智恵は、ぐるりと席についている面々を見回した。

 (状況が結構動いたわね。最初はこの枝世界で、令子が戻ってくる横島君の伴侶として枝世界に認めさせる事だけだったんだけど、再び妙神山に戻ってきたらニニギノミコトの荒御霊と戦う事になるとは・・・・・・。情報が足りない。この枝世界は、私たちに何をさせようというの?)

 二人を寝かしつけると、おキヌちゃんと令子が老師に用意してもらった席に着いた。

 「さて・・・。ワシ等と分かれた後に、おぬし達に起った事を先ずは話してもらおうか。こちらから話す事はキヌ殿についてしかないからのぅ」

老師は令子たちを見回して、そう尋ねた。

 「ん・・・そうね。それじゃぁ、タマモとシロが私の所に逃げ込んできたところから話しましょうか」

 そう言って、令子は話し始めた。

 タマモとシロがおキヌちゃんを抱えて転移してきた事。

 その時点でおキヌちゃんから魔気が漏れていた事。

 ソレに気付いたのは小竜姫だった事。

 人工幽霊壱号が謎の神族の霊波を感知し、それが敵意を持っていると推測された事。

 気を失っているおキヌちゃんを護りながら逃げきるのは叶わないと判断し、小竜姫に<隠>の文珠を持たせて妙神山に先行させた事。

 令子達は現在の令子をタマモ達に仲間として認めさせる事を念頭に置きながら、敵の情報を探る為と囮としての役目を果たす為に妙神山の裏口を目指した事等を話していった。

 「でも、途中で敵の正体が解るとは読めては居なかったわ。それにおキヌちゃんがサクヤ様という事もね。その情報をもたらしたのが、おキヌちゃんの実家に祀られていた女華姫さまよ」

 令子は長い説明をそう締めくくった。

 「えっ? 女華姫さまがですか? そんな、私が実家に居た時は存在なんて感じられなかったのに・・・・・・」

 おキヌちゃんは、かつての親友が身近に在ったのに、その存在を気付けなかった事に落ち込んだ。

 「おキヌちゃん。気持ちは多少解るけど、その時の貴女は幽霊の時の記憶は取り戻せていなかったし、霊能者としても一定の基準を満たしていなかったから無理もないのよ?」

 「で、でも!」

 令子の言葉におキヌちゃんは反駁(はんぱく)した。いくら神格を持っているとしても、人格ベースはキヌなのだ。かつての友達を感じる事が出来なかった事が辛かった。

 「神格を持った存在を感知するのは、多少霊が見えるような能力しか無い者にはなかなか難しいものよ。むしろ、女華姫の方が姿を現したくない、若しくは現す必要が無いと判断していたんじゃないかしら? これは推測だけど、多分当たってると思う。おキヌちゃん、貴女なら解るはずよ? 自分を知る者が誰一人として居ない孤独感を。そこから類推すると、女華姫が姿を現さなかった理由が見えてくると思うの。どうかしら?」

 令子はおキヌちゃんの反駁に片手を上げて制し、自分の考えを彼女に話して考えさせる。

 「・・・・・・。もしかして、私に初めて会う人間のように見られる事を恐れたという事ですか?」

 令子の考えを参考にし、自分ならどう考えるかを当てはめておキヌちゃんは答えた。

 「私はそれが最も妥当な理由だと思うわ。でもね、女華姫は貴女に初対面の存在として見られる事を恐れる以上に、貴女を失う事の方が怖かったのだと思う。だから、貴女の危機をわたし達に知らせたのだと思うわ。そのおかげで、わたし達は貴女を狙う敵の正体が解ったのだから。でも、流石のわたしでも、貴女が魂の原始回帰をして神格を持つなんて予想もつかなかったけれどね」

 令子はおキヌちゃんにウィンクして、そう言った。

 「美神さん・・・・・・」

 おキヌちゃんは令子の気遣いに感じ入って抱きついた。

 令子は座った状態でおキヌちゃんを受け止めた為、少しバランスを崩したが何とか堪えると、そのまま彼女の為すがままに身を任せた。

 「美神さん。私の実家から連絡があったってさっき言ってましたけど、連絡してきたのは早苗お姉ちゃんですか?」

 令子に抱きついたままおキヌちゃんは訊く。

 「ええ、そうよ。妙神山の隠し通路の入り口でね。イワナガヒメ様から知らされたって電話してきたのよ」

 「えっ!! お姉ちゃんからですか!?」

 「え? えぇ、貴女のお義姉さんの早苗ちゃんからよ?」

 おキヌちゃんの勢いに令子は不審に思い、そう答えた。

 「違うんです、美神さん! 私はサクヤです。確かに早苗お義姉ちゃんも私の姉だけど、イワナガヒメも私のお姉ちゃんなんですよ!!」

 おキヌちゃんの言葉に令子はハっとした。

 (そうだった。おキヌちゃんは、今はコノハナノサクヤヒメでもあるんだった。その事になんで思い至らなかったのかしら? 無意識にサクヤであるおキヌちゃんを拒否してる? まさか・・・ね・・・)

 「・・・・・・そうだったわね。イワナガヒメはサクヤヒメのお姉さんだったわね。わたしも早苗ちゃんからの伝え聞きだから詳しい事は解らないけれど、貴女の実家ではイワナガヒメを祀っていたらしいのよ。早苗ちゃんの前に顕現した時にイワナガヒメと名乗ったそうよ。そして、彼女のご先祖様の女華姫であるとも言っていたそうよ」

 令子は、おキヌちゃんを自らの身体からそっと離し、真剣な表情で彼女の瞳を見つめながら伝えた。

 「えぇ! 女華姫さまがお姉ちゃん!?」

 おキヌちゃんは令子から伝えられた事実に驚くばかりだった。

 「ええ、そうよ。そして貴女を狙う敵の正体も教えてくれたわ。神話の時代の貴女の旦那であったニニギノミコト。その荒御霊だそうよ。心当たりはある?」

 「ニニギさまが? 荒御霊に? なぜそんな事に・・・・・・。だって、ニニギさまは忠夫さんなのに・・・・・・」

 令子からもたらされた敵の正体に呆然とするおキヌちゃんだった。

 「へ? おキヌちゃん、今なんて言ったの? わたしの聞き間違いじゃなければ、ニニギノミコトは宿六って聞こえたんだけど?」

 呆然としたおキヌちゃんの言葉に聞き捨てならない事があって、彼女の肩を掴んで令子は尋ねた。

 「え? あ・・・・・・ええ・・・・・・忠夫さんはニニギノミコト様の転生体なんです。これは、美神さんの世界でもそうでした。だから、想いは受け継がれたんですけど・・・。それがなにか?」

 おキヌちゃんは何が疑問なのだろうと思い、そう聞き返す。

 「ちょっ・・・。なんでニニギノミコトの転生体なんてモノが出てくるのよ! それが本当なら、天界にはニニギノミコトが居ない事になるじゃない!!」

 令子はおキヌちゃんの問いにそう返したが、それに答えてくれる存在が居た。

 「美神令子よ。おヌシのその認識は少し間違っておるぞ。神代の時代より天界にはニニギノミコトは居らぬ。ワシは日ノ本のクニに存亡の危機が訪れる度に、その転生体が生まれるとだけ伝え聞いておる。ワシはニニギノミコトに直接会った事は無いから、横島がそうだとは気付けなんだがな・・・・・・。あヤツに神格の欠片なぞ、感じられもしなかったわい」

 煙管(キセル)を燻(くゆ)らして、老師はそう答えた。

 「あは(苦笑) ニニギノミコト様は「俺なんか居ても居なくても政(まつりごと)は成り立つが、この未来(さき)に起こるこのクニの暗闇は俺にしか祓えねぇ」そう言って、お隠れになったんです・・・・・・。お隠れになる時にご自分の神格が邪魔だからって言って、ある場所にその神格を封印されていましたよ。だから、私と分かれる前のサクヤは・・・・・・」

 おキヌちゃんは、老師の言葉を引き継いで最初は笑顔で話していたが、最後の方で俯いてしまった。

 「じ、じゃあ本当にアイツはニニギノミコトの転生体・・・なの?」

 不安げに令子は、老師とおキヌちゃんを見て尋ねる。

 「はい。忠夫さんは正真正銘、ニニギノミコト様の転生体です。まぁ、その事は私もサクヤとして覚醒するまで気付きもしませんでした。だけど、忠夫さんと一緒に居る時は心から安らぎを感じられました。私の魂が・・・彼がニニギ様だと・・・認識出来ていたと、今なら判ります」

 おキヌちゃんは、そう言ってはにかんだ笑みを浮かべた。

 「美神さん。貴女は不安に思う事はないのねー。あの平安時代に高島殿が生まれていたのは、アシュタロスがあの時代で日ノ本のクニに致命的なダメージを与える恐れがあった為なのね〜。でも、その事は未来から美神さん達が来たおかげで回避された。その中で織り成される人の生は、無数にある可能性に左右されるのね〜。だけど、美神さんと横島さんが出会えたのは必然だったのね〜。その出会いから貴女達が愛を育むか、別れるか・・・。それは貴女達次第だったのね〜。でも、美神さんは横島さんと愛を育めた。だから、おキヌちゃんに引け目を感じる事は無いのね〜。おキヌちゃんは解るわよね?」

 ヒャクメは美神の動揺の原因を正確に掴んでいた。それが杞憂に過ぎない事もだ。なので、おキヌちゃんに水を向けた。

 「そうですね、ヒャクメ様。それにニニギノミコト様は、忠夫さんと性格はほとんど変わりませんでしたよ。だから美神さん、一緒に忠夫さんを愛していきましょう!」

 「う、あぅ・・・、う・・・・・・うん」

 令子は顔を真っ赤にして周りを意味も無く見回したが、最後におキヌちゃんを見て小さく、だがハッキリと頷いた。

 この瞬間、老師の結界によって一時的に枝世界から隔離されてはいるが、令子が忠夫の妻と認められる要素が最後の一つ以外全て揃った。

 「さて、私達の現状認識は、これくらいかしらね。老師からは他に補足はありますか?」

 美智恵は話が一段落したところでまとめに入り、老師に尋ねた。

 「一つ気になる事がある。ニニギノミコトの荒御霊じゃ。これがどういった経緯で出現したのか、見極める必要がある。キヌ殿は解らんか?」

 「すみません、斉天大聖様。私はニニギノミコト様がお隠れになった後、それから間もなくに富士山に祀られているサクヤから分かれてしまって、どういった経緯で荒御霊が出来たのか解らないのです。富士山のサクヤなら解ると思うのですけど・・・・・・」

 「ふむ、そうか。まぁ、今までの一連の会話から推測は出来るがのぅ。おそらく、転生の為に捨てた神格を利用されたのじゃろうて(あの存在にのぅ・・・・・・)」

 顎鬚(あごひげ)を扱(しご)きながら、老師は推測を言う。

 「ねぇ、おキヌちゃん。ニニギノミコト様は、自分の神格をどこに封印したか知らないかしら?」

 美智恵は老師の推測を基(もと)に、再封印できるかもしれないと考えて、その封印地を尋ねてみた。

 「えぇ〜っと・・・・・・。今の私って、神代の時の日本の地理を現代の地理と当てはめる事が難しいんです。当時は空の上から地上を見た事なんて無かったものですから。富士山みたいに有名な所なら直ぐにも解るんですけど・・・・・・。私が言えるのは、当時の日本で最大級の円墳に封印したって事だけですね。ああ、そうだ。あの当時、私達が住んでいたのは近畿地方でしたよ。良く難波や堺の津から交易品を献上されてましたから」

 遠い記憶を思い出そうと、宙を焦点の合わない眼で見ながら答えるおキヌちゃん。小首を傾げて顎に人差し指を当てている様は可愛かった。

 惜しむらくは、その事を評価してくれる人物がこの場に居ない事だ。

 「近畿地方で日本最大の円墳ね〜。近畿地方の古墳って言ったら、すぐに思いつくのは仁徳天皇陵かしらね? でも、仁徳天皇陵って神代の時代に作られたわけじゃないし・・・それに円墳でもないわね」

 令子はおキヌちゃんの近畿地方という言葉で意見を出して見たが、作られた年代が違うし、形状も違う事に気付いてまた考えに耽る。 仁徳天皇陵は、前方後円墳と呼ばれる鍵穴のような形状だからだ。

 「すみません、お役に立てなくて・・・」

 おキヌちゃんはしゅんとして、俯いた。

 「ああ、気にしないでおキヌちゃん。封印されていた場所が判れば、そこに封印の術式が少しでも残ってるかもしれないって思っただけだからね。そう気を落とさないで」

 美智恵は、おキヌちゃんの様子にそう言って励ます。

 「あ、はい・・・」

 力無い笑みを浮かべておキヌちゃんは答えた。

 「老師は何かご存知ありませんか?」

 小竜姫が見かねてそう老師に尋ねた。

 「ふむ・・・。ワシがここ妙神山に派遣されたのが、今の暦で西暦300年頃かのぅ。当時はこのような修行場じゃのうて、ただの拠点でしかなかったわい。当時、地上にもここが神族の拠点であると知っている人間は、ワシが知っている限りでは一人しかおらなんだ」

 「老師、その一人というのは?」

 ヒャクメが興味津々といった風に訊く。当時ヒャクメはまだ生まれてもいなかったから、余計に知りたかった。

 「うむ。当時、この地で神族に連なる者達と言えば、美神らが天皇と呼んでおる一族の者達が筆頭じゃろうな。ワシがここに派遣されてから35年経って退屈しておった所に、息も絶え絶えに訪れた者がその一族の者じゃったよ。ワシは気紛れに死に掛けておったその者を助けてみた。あまりに暇じゃったからのぅ。その者は自らを大雀命(オホサザキノミコト)と名乗りおった」

 「え!!」

 老師の口から出た名前に美智恵は心底驚いた。

 「どうしたの、ママ?」

 令子は母親の驚き様にビックリした。

 「え、あ・・・。すみません、老師。話の腰を折ってしまって・・・。続けて下さい(まさか・・・そんな・・・でも、古事記じゃその名前だし・・・)」

 美智恵は混乱しながらも、確証が無いので老師に謝って話の続きを促した。

 「(ほぅ? いや、あの様子じゃとまだじゃろうの)うむ、では続けるぞ。オホサザキノミコトと名乗るその若者は、怪我が治るやワシに相談があると言ってきおったんじゃよ。なんでも「自分の一族が治めている土地に正体不明の封印が施された墓があるのだが、その周辺で良く鹿が百舌鳥(もず)に殺されてしまい周辺の住民が気味悪がっている」とな。そこは自分にも縁(ゆかり)が深い場所なので何とかできまいかと、その若者は色々やってみたらしいのじゃ。じゃが、何をしてもうまくいかない。そこで一族に伝わる神話に出てくるこの妙神山で、解決策が見つからないかとやってきたと言ったのじゃ」

 「!!」

 老師の話に再び息を呑む美智恵。

 「ママ?」

 「ろ、老師。つ、続けて下さい」

 令子の問いかけにも答えず、美智恵は老師に先を促した。

 「(美智恵殿は気付いたようじゃの?)ワシは退屈しのぎにその者に四方陣の封印術を教え込み、この山に登るだけで死に掛けておったから体術も仕込んだかのぅ。なかなかに筋が良くて、加速空間をも使ってみっちり1年ほど鍛えてやったわい。修行を終えて、下山する時にその者はこう言っておった。「私が再封印をしようとしている墓は、私の先祖の物なんです。その先祖は天津神で、このクニの未来を護る為にお隠れになったと聞いています。私は、その先祖の墓の周りで穢(けが)れが溢(あふ)れているのが我慢ならなかった。老師のおかげで、それも終止符が打てる算段がつきました」とな。アヤツが下山した後は、どうなったかワシは知らぬ。じゃが、人間を鍛えるのは良い暇つぶしになると思ったワシは、アヤツにここが修行場だと伝えて帰しはしたがのぅ」

 老師はそう言って、温(ぬる)くなった茶が入った湯呑みをあおった。

 「その若者は、即位した後に仁政を敷き、その墓の再封印にも成功したのでしょうね。墓に付け足すようにして方形の陣を構築し、その周囲に濠を作って封印の強化も図ったのでしょう」

 老師の話しの後を接ぐように、美智恵は言った。

 「ママ、さっきから変よ? どうしたの?」

 美智恵の様子に、令子は心配そうに訊いた。

 「令子、いみじくも貴女がさっき言った事が正解だったのよ。ニニギノミコトの神格が封印されていたのは、仁徳天皇陵なのよ。老師がおっしゃっていたオホサザキノミコトは仁徳天皇の即位前のお名前なのよ」

 「え? でもおキヌちゃんの話だと、封印したのは円墳だって・・・・・・あ! もしかして!!」

 「どういうことなんですか?」

 令子の驚きを含んだ言葉に、おキヌちゃんはキョトンとした表情で訊いた。

 「多分こういう事だと思う。最初は円墳だった。だけどその周りにはなぜか穢れ、この場合は生き物が奇妙な死に方をした事でしょうね。それが多発した為、周辺が治め難くなった。その穢れを祓う為と、恒久の封印を行う為に方形の土盛りを付け足したんだわ。老師から教わった四方陣を構築する為にね。その当時から巨大だった円墳は、付け足された方墳の為に更に大きくなってしまったのね」

 「ああ、そういう事なんですか。しかし、この妙神山の最初の修行者が天皇となった者とは・・・。不思議な縁(えにし)ですね」

 小竜姫は令子の答えに納得し、また妙神山修行場が出来た経緯に呆れたように老師を見やった。

 「じゃあ仁徳天皇陵に再封印できるか調べないといけないのね〜。現在がどうなっているか、老師が結界を解いた時に私が調べてみるのね〜」

 ヒャクメがそう言って、調査を引き受ける事を告げた。

 「とりあえず荒御霊の対策は出来たんじゃない? イワナガヒメさまとも合流して、富士山に祀られているサクヤヒメさまに会いに行けば、もっと対抗策も出ると思うんだけど?」

 令子はそう言って纏める。

 「じゃが、実際のところ封印が残っておるか判ってはおらぬ。神話級の相手に対して、おヌシらはどう戦うつもりじゃ? アシュタロスと戦った時のようにはいかぬぞ?」

 老師が令子の結論に水を差した。

 「それは・・・えっと・・・おキヌちゃんの能力に頼る?」

 「貴女という娘(こ)は・・・」

 令子の言葉に、美智恵は嘆くようにため息を吐いた。

 「だって、私って道具を使うのと、皆を効率良く動かす事しか出来ないのよ? 私の戦闘力なんて、今の皆に比べると低すぎるのよ・・・。そりゃ、皆に負けるつもりはないわ。けれど、今回の件に限っては、前衛は難しいわ。今のまま戦えば、シロのワントップになってしまう可能性があるわ」

 悔しさを滲(にじ)ませながら、令子は今の戦力で取れる戦術が限られる事を言った。

 「あら? 美神さんは私を忘れてはいませんか? 私だと戦力不足・・・とでも?」

 小竜姫が軽い口調で揶揄(やゆ)するように言ってきた。しかし、令子を見る眼は真剣だ。

 「え? あ、だって基本的に神様って人間には不干渉じゃない。そりゃ小竜姫に手伝って貰えるなら、願ってもない事だけど・・・・・・」

 思わぬ申し出に令子は戸惑った。

 「確かに最初は貴女個人の問題でしたから、私も最小限の協力しか出来ませんでした。しかし、おキヌさんの問題が加わった事で、神族にも少なからぬ影響が出る事例と判断します。良いですよね、老師?」

 小竜姫は最後に老師に確認を取るようにして、この戦いに参加する事を告げた。

 (この枝世界に、美神さんが横島さんの伴侶と認めさせる事が出来るなら、もしかすると私も可能かも・・・・・・)

 何やら別の思惑もあるようだ。

 「まぁ良かろう。確かに戦力不足は否めないからのぅ。・・・ふぅ、ヒャクメも同行して手伝って良いぞ」

 老師はヒャクメが熱烈な視線で私もと訴えているのを見て、やれやれといった感じで許可を出した。

 「やったのね〜。もしかすると失われた封印術も調べる事が出来るかもなのね〜(それに私も横島さんとは離れたくないのね〜)」

 老師の許可にヒャクメは、はしゃぐ。

 ピクッ×4

 令子とおキヌちゃん。それに寝ているタマモとシロが同時に、小竜姫とヒャクメの雰囲気に何かを感じたようだった。

 ((もしかして小竜姫(さま)とヒャクメ(さま)は・・・・・・))

 令子とおキヌちゃんは、お互い顔を見合わせて頷きあった。彼女達も参加するつもりだと。

 (タマモちゃん、シロちゃん。事の経緯は私の術で理解したと思う。今、私達が生きているこの枝世界は、忠夫さんが世界から外れているせいで、忠夫さんの周りの縁(えにし)が不安定になってるみたい。この先、あの二柱みたいにもっと増える可能性があるかも〜)

 おキヌちゃんは、タマモとシロに視線を向けて思念で話しかけた。多少の嫉妬と諦めにも似た思念も一緒に。

 タマモとシロは術が掛っている為に起きる事は叶わなかったが、おキヌちゃんの思念が届いている事を証明するかのように二人とも頷いた。

 「それじゃ、とりあえずはおキヌちゃんの実家に向かいましょうか。令子には試練だけどね」

 美智恵は一同を見回し、最後に令子に視線を向ける。

 「うっ・・・。そうね・・・避けては通れないわね。おキヌちゃん・・・あの時は・・・いえ、言葉では軽くなるだけだわ。でも・・・ごめん・・・・・・」

 令子は袂を別つ事になった出来事を苦い思いで反芻しながら、おキヌちゃんに頭を下げた。

 「・・・・・・。当時は、私も忠夫さんも美神さんが豹変したように感じられて・・・悲しかったです。私に対する仕打ち・・・も、何故そこまで・・・と思わないでもなかったです。でも、今は原因が判っていますので、私はその事も含めて、あの存在が許せません。だから一緒にあの存在を討ちましょう、美神・・・いえ、令子さん!!」

 おキヌちゃんは決意の篭った瞳で、項垂れる令子の両の二の腕にそっと両手を添えて、令子に共に行こうと誘(いざな)う。

 「・・・・・・・・・・・・そうね、奪われたモノは取り返さなくちゃね。わたしは美神令子なんだもの。貴女やタマモ、シロ・・・。そして・・・た・忠夫。貴女達がいれば、私は億の味方を得たも同然なんだから!!」

 おキヌちゃんの優しさに涙が出そうになるのをグッと堪(こら)え、毅然と面(おもて)を上げて令子は気勢を上げた。

 「はいっ!」

 おキヌちゃんは、令子のその言葉に嬉しくなり力強く頷く。

 「美神さんの当初の目的は達せられたようですね。しかしこの後の戦いでは、今のままの美神さんでは身を護るのも文珠頼りになってしまいそうです。私の予備の装具を貸すとしても、まだ不安が残りますね。どうしましょうか、老師?」

 令子とおキヌちゃんのやり取りを見てもう大丈夫と判断し、一番戦闘力に見劣りがする令子の事を危惧する小竜姫は老師に伺った。

 「う〜む・・・。武器を与えても、その習熟に時間が掛るしのぅ。現状ではこうするしかないか」

 老師は暫く考えていたが、おもむろに立ち上がると令子の後ろに立ち、彼女の頭頂部に右手を、腰に左手を添えた。

 「ろ・老師? って、ええ!!」

 令子は老師の行動に戸惑い、しかし身体を全く動かす事が出来ないことに驚く。

 「静かにしとれ。おヌシは自分で気付いておらぬようじゃが、コスモプロセッサで魂の結晶が抜けた己の魂の再生を図った時、魂の結晶の容量とほぼ同等のエネルギーを自ら無意識に内包させておるのじゃよ。今までは無意識にエネルギー総量が大きすぎて封印しておったようじゃがな。その封印をほんの少し解いてやろう。その後は全てを解くか、再封印するかは己で決めよ。では、ゆくぞ!」

 「ちょ、ちょっとまってよ!」

 「待たぬ! フン!!」

 令子の制止に老師は問答無用で気合を発した!

 「ひゃぅ! ふぁ・・・ん! んぁぁああああ!!」

 令子は頭頂部から腰にかけて強烈な電流が流れたように感じ、次に子宮の1センチ上の丹田から爆発的な熱量が発生して悶えた。

 「れ、令子さん! 斉天大聖様! あの様子じゃ令子さんの身体が保ちません! 助太刀しますよ!!」

 そう言っておキヌちゃんは、術を発動するべく瞬時に集中する。

 老師は何も答えず、無言でその様子を見やった。どうやらおキヌちゃんが助力をする事は織り込み済みのようだ。

 小竜姫とヒャクメはどうする事も出来ず、呆然と見守るだけだ。

 そんな騒ぎの中、おキヌちゃんの眠りの術にかかっていたタマモとシロ。彼女からの術行使の維持が途絶えたのを感じてすぐに覚醒した。

 「タマモ! キヌ殿のサポートを! 拙者、美神殿のサポートにまわるでござる!」

 「わかったわ! ヘマするんじゃないわよ!」

 「誰に言ってるでござるか! そっちこそ抜かるなでござる!」

 二人(二匹?)はすぐさま起き上がり、言い争い(じゃれあい)ながらも、おキヌちゃんと令子の下(もと)へとそれぞれ駆けつける。

 「大地に根下ろす草花よ 幾百の齢を重ねる樹木よ 大気に満ちる精霊たちよ 慈しみ育むコノハナノサクヤが願い奉る 今、命の煌きに慄き試練を受ける者ここに在り その者に幾許(いくばく)かの温もりを与えん事を!!

 詔(みことのり)を奏上し、おキヌちゃんは令子の身体に掛る魂からの圧力を軽くしようと術を施す。

 彼女が発動した術の効果は直ぐに現れた。老師の結界に包まれた空間にも拘(かかわ)らず、世界よりほんの少しずつ集められた精気が煌き、令子を包み込む。

 おキヌちゃんの術に包み込まれた令子は、苦悶に悶えていた表情が見る間に穏やかになる。しかし、時おり思い出したように表情を歪める。

 「くぁう、まだこの身体が神格に馴染んでない・・・。上級癒術の詔に、身体がついていかないっ。タマモちゃん、頼むね!」

 術の発動後に襲う虚脱感に、おキヌちゃんも苦悶の表情を浮かべるが、タマモの気配を感じてサポートを頼んだ。

 「わかった! 頑張っておキヌちゃん! 金毛白面九尾の狐がタマモ、ここに命じる! 灯火(ともしび)よ 炎(ほのお)よ 焔(ほむら)よ! 命の熾(おこ)りとなりて癒しの火となれ! 令癒火!!

 タマモが、前世の能力を取り戻した内の一つである癒しの術「令癒火」。人間の耳には「りゅほ」と聞こえるが、正確な発音は人間には出来ない。普通にヒーリングをする時は施す相手の回復力を高めるだけだが、この術は自らが生み出す炎を媒介にして相手の生命力を強くする。そこから身体の再生力に働きかけて癒すのだが、コントロールを誤ると相手の身体を破壊しかねないほどの強い術でもある。

 「美神殿! 助太刀いたす! 月の女神よ我が願いを聞かれよ! 我が刃に宿りて御光の雫を与え給え! 蒼銀癒刃!!

 シロは右手に霊波刀を顕現させ、言霊により自らの魂に繋がる古の女神に助力を希(こいねが)う。すると、光り輝く霊波刀の輪郭がぼやけて蒼銀の煌きを零す光の棒となった。

 その棒の出来具合にシロは一つ頷くと、そのまま令子に向けて振り抜いた!

 「ふ〜、これで少しは足しになるでござろう。アルテミス様の癒銀の御光。手応えあったでござる」

 自らの右手を満足そうに見て、シロは一人ごちる。そこには霊波刀も光の棒も握られてはいなかった。その光の全ては令子の身に吸い込まれていた。

 <蒼銀癒刃(そうぎんゆじん)> シロが生み出した癒しの術ではあるが、生み出された時の状況は横島がシロを庇って瀕死に陥った時だった。シロが周りの状況を把握もせずに突出して孤立し、危機一髪の所で横島に庇われたのだが、文珠によって周囲の敵を一掃した時に、敵の一体が最後の足掻きと放った一撃が横島を貫いた。
 シロはすぐさま文珠を使おうとしたが一つもなく、それならばとヒーリングを施してはみたが、あまりに傷は深くて横島の出血を多少抑えるのがやっとだった。
 彼女は己の不甲斐なさに嘆き、大好きな師の傷を癒せない事を心の底から彼に詫(わ)びた。そのシロを横島は責める事はせずに気にするなと逆に諭していたが、貰った一撃はかなり深かった為に出血量が多く、じきに気を失ってしまった。
 シロは気を失った横島に驚き、急速に生命力が失われていくのを感じて半狂乱となりながらも、彼女は心の底から横島を助けたいと願い、無意識に発動させたのがこの術であった。その後、シロが無意識に発動させた術によって一命を取り留めた横島は、おキヌちゃんとタマモによって病院へと搬送された。
 シロは、病院に担ぎ込まれた横島を看病しようと病室に入ろうとしたが、医者に面会謝絶を言い渡されてしまった。己のせいで傷を負った横島を見舞う事も、癒す事も出来ない現状にシロは消沈して部屋に篭るようになってしまった。その消沈した相棒の姿を鬱陶しく感じたタマモが、病院に担ぎ込むまでに保たせたのはシロの術によるものだと諭した。
 シロはタマモの言葉にハッとし、彼女に悪態を吐きつつもぶっきらぼうに小声で感謝を伝えると、師を癒した己が発動させた術を意識的に出そうと、横島が気づくまで試したのだがどうやって発動させたかも判らない彼女は、一度も成功させる事は出来なかった。
 悩む彼女に回復した横島が見かねて、文珠によってどのように回復が行われたのかを調べた。それによって、シロはこの癒術を体得する事に成功し、彼に抱きついて顔を嘗め回したのは言うまでもない事だった。

 (い、一時はどうなるかと思ったけど、おキヌちゃん達のおかげで何とかなりそうだわ。ここで、この力を纏め上げてみせる! わたしなら出来る!)

 シロから受けた銀の雫とおキヌちゃんの詔によって、封印を解かれた魂からの圧力を和らげられた令子は、3人に感謝をしつつ己の身体を廻(めぐ)る霊力を纏める事に全力を尽くした。

 (普通なら徐々に身体を慣らしていくんでしょうけどね、そんな余裕なんて今は無い。身体に負担を掛けずにこの巨大な力を纏めるには・・・・・・普通なら方法は二つよね。一つは核となる霊格の高いモノに纏める。もう一つは体外に一旦出して纏めてから決める。前者だと、核となるものが無いわね。後者だと、身体から取り出すのとその後の維持が難しいか・・・どうする? 考えるまでも無いか、自分で創る!)

 「老師。いくらおキヌさんが居るからといって、これは無茶過ぎます。再封印を行った方がよろしいのでは?」

 小竜姫が令子の様子を見て、老師に提案する。

 「ふむ・・・。じゃが、それは美神令子が望めばじゃな。それに、キヌ殿やそこな二匹は微塵も、そヤツの失敗など思っておらぬようじゃぞ?」

 小竜姫の提案に老師は、おキヌちゃんとタマモとシロを順に見回して答えた。

 「大丈夫ですよ小竜姫さま。確かに今の私は、身体がまだ力に馴染んでいませんけど、タマモちゃんのサポートがあれば大丈夫です。それに、術の維持を行っている今も、私の身体は力の使い方を思い出しています。時間が経つにつれて、術の維持は楽になるこそすれ、きつくなる事はありませんよ」

 おキヌちゃんは、小竜姫の心配を柔らかに微笑みながら返した。

 「・・・・・・そうですか。では、私も貴女達のように美神さんを信じましょう」

 小竜姫はおキヌちゃん達を見て、心配が杞憂に過ぎない事を覚り視線を令子へと向けた。

 一方、おキヌちゃんの信頼を向けられた令子はと言うと・・・・・・。

 (あ〜どうしよ? 纏める切っ掛けが掴めない)

 内心、結構焦っていた。

 (まずは落ち着こう。す〜〜は〜〜〜〜〜。この力、純粋に魂からのただの奔流なのよね。だとしたら、方向性は決まってないはず。ならば、私のイメージによって如何様(いかよう)にもなるわね。だったら、宿六の文珠の様なモノはどうだろう? ・・・・・・ダメね。欲しいけど・・・心の底から欲しいけど、無理なのよね〜。作り方のイメージ湧かないもの。ま、無い物ねだりはしてもしょうがないわ。真面目に考えて私の霊能力って、時間移動能力よね。神通棍の鞭なんて、能力でもなんでもないし・・・。じゃぁ、時間移動能力を身に着けたいかというと、そうでもないのよね。でも、この能力をどうにかして生かせないかなー? そういえば中世の時に魂のみの逆行というか、記憶を残しての巻き戻りみたいなのがあったわね。あれって意識的に制御できたら凄い事よね。うん、方向性はコレで行こう。とすると、発動のイメージなんだけど・・・・・・。あの時は無我夢中だったしなー。あの時は宿六がタコの氷柱に貫かれるのを目の当たりにして・・・心が恐怖にしばられて・・・こんな現実認めないって考えてて・・・で、気付いたら出来てたわね。この事から考えると、何かが起こらないと変える事が出来ないと言う事か。でも、そうすると受身になっちゃうわね。それは性に合わないわ。としたら、逆に考えたらどうかしら? 攻撃を受けるけれど、その攻撃を私がイメージする未来に飛ばしたら・・・。うん、これは使えそうね。とすると、攻撃を受けなければならないんだけど、自分の身で受けるというのはゾッとするわね。という事は・・・盾かな。でも、宿六のような、あんなダサい不恰好な盾はイヤね。他に盾のイメージはっと・・・。あ、ニーベルンゲンの指輪を使った時の盾! うん、形はあれで良いわね。でも、大きさと意匠が気にくわないわ。う〜ん、盾か〜。私の場合、盾には撥ね返すってイメージがあるのよねー。うん、受けた攻撃を未来に弾き飛ばす。それも私の意のままに。これね。でも、何でもかんでも未来に飛ばすのも芸が無いわね。んじゃ、定番のリフレクト機能もつけるかな? 遠距離攻撃を受けたら、その攻撃をそのまま撥ね返す。近距離攻撃なら、その衝撃を対象にそっくり返す。うん、これが一番ね! これで纏めよう)

 令子は方向性を決めると、更に集中した。心を静め、己の中を廻る強大な力の奔流に意味付けをしていく。

 「おキヌちゃん、もう少しよ。今から纏め上げるから、サポートよろしく。貴女の力、少し借りるわよ」

 令子はイメージをまとめて、目を瞑ったままおキヌちゃんに仕上げをする事を伝える。

 「あ、はい。でも、私は何をしたら良いでしょう? 今は令子さんの身体を癒す事しか出来ないんですけど・・・?」

 話しかけられたおキヌちゃんは、戸惑ってそう返す。

 「ああ、貴女はそのままで私のサポートを続けてくれれば良いわ。おキヌちゃんが居るだけで良いんだから。じゃ、いくわよ」

 令子はそう言うと、深く深く・・・更に深く集中していく。己の中の力を纏める為に。

 「この力は弾(はじ)き撥ね返す力。私の意のままに刻(とき)を超え、悪意・破壊の意思を撥ね返す。されど、この力は癒しの力。人間と共に歩みし水鏡の属性を持つ。その水面(みなも)に映すは過去未来。在りし日の姿を現世(うつしよ)に映す。顕現せよ! 刻水鏡(ときみかがみ)の盾!!

 令子が左手を天に掲げて、力ある言葉を解き放った!

 令子の身体を廻っていた魂の奔流は、力ある言葉に意味を持たされ彼女の左手に集まり始めた。

 「美神さんの中を暴れ廻っていたエネルギーが纏まっていくのね〜。言霊から時空に干渉する力が感じられるのね〜! でも、時渡りじゃ無さそうなのね〜!」

 ヒャクメは自分の観測を驚きのままに溢(こぼ)した。

 皆が見つめる令子の左手には五つの丸みをおびた角を持ち、その角には澄んだ色の五色の珠が填まった盾のようなモノが顕(あらわ)れていた。その表面は美しい模様に象られ、湖面のような瑠璃色をしていた。

 「出来た! おキヌちゃん、タマモ、シロ、サポートありがとう! 貴女達のおかげで、力を纏められたわ!」

 左手に現出した盾を持ち、令子はおキヌちゃん達に向かって満面の笑みを溢(こぼ)す。

 「やりましたね、令子さん!」

 おキヌちゃんは我が事の様に喜び。

 「それでこそ美神殿でござるよ」

 シロはウンウンと頷き。

 「ま、それぐらいはやって貰わないと、これから先は心配だからね」

 タマモは言葉ではヒネっていたが、その表情は安堵を表していた。

 「なんともまぁ・・・。美神さんの事だから武器と思っていたのですが、盾ですか・・・。どんな能力があるのでしょうね?」

 小竜姫は、令子が出した盾に意表を突かれた思いでそう漏らした。

 「ん〜、何だか妙に見え辛い盾なのね〜。なんか形が五角形に近い形をしているのは判るんだけど・・・。小竜姫はどう見えてるのね?」

 ヒャクメは三つの眼を薄目にして令子の左手を凝視した。

 「何を言ってるの、ヒャクメ? ちゃんと見事な意匠が施された、立派な盾が出現しているじゃないですか。でも、確かに何か存在感が薄い気はしますね」

 ヒャクメの言葉に小竜姫は彼女に疑問の声を向けたが、改めて令子を盾を見つめて、その異常に気付いた。

 「ほほぅ? ワシらに見え難い盾とな? ・・・ふむ」

 老師は顎鬚を扱きながら、しげしげと令子の左手の盾を見やる。

 「令子、その盾にはどんな能力があるの? 何だか存在感が妙に小さいように思えるんだけど・・・。眼には見えてるのに、そこにあるようには感じられないのは何故?」

 美智恵も令子が出した盾の異常に困惑して、娘に質問する。

 「あら、ママならこの盾の事、多少は判ると思ってたんだけどな。ん〜、まぁおキヌちゃんの力を借りたから、変質したのかもね」

 母親を驚かす事が出来て、令子はちょっと気分を良くして答えた。

 「私の力ですか? 私は令子さんの身体に掛る負担を減らす以外に、能力は使ってなかったんですけど・・・?」

 言われたおキヌちゃんは、首を傾げた。

 「ふふふ、それはねおキヌちゃん。貴女がここに居る事が、いえ貴女の原始回帰したサクヤヒメとしての神格を使わせてもらったのよ。水と火の相反する属性を操るサクヤヒメのね!」

 力強く微笑んで周りを見やる令子。

 「私の神格ですか? でも、ここでは斉天大聖様の力の方が強いと思うんですけど?」

 おキヌちゃんの疑問は、周りの皆の疑問でもあった。

 「確かに老師の力は強いわ。でも、おキヌちゃんは自分では気付いていないようだけど、貴女から放たれる神気は老師ともひけをとらぬものなのよ? 貴女は無意識の内に私たちに及ぼす影響を減らす為に、その神気を自分の内に廻らせている様だけどね。わたしは、貴女から癒しの術を受けていたから、そこを手掛かりにしたのよ」

 令子はそう言って皆の疑問に答えた。

 「なるほど。確かにその方法なら老師の力の影響は少ないですね。でも、その盾には妙に存在を感じられないのですけど、それはどういう事なんです?」

 小竜姫が新たに疑問をぶつける。

 「ん〜、自分の能力をあまり明らかにしたくないんだけどね。でも、そうも言ってられないわね。じゃあ小竜姫、あそこの舞台に行きましょう。論より証拠よ。この盾の能力見せてあげる」

 そう言って令子は石の舞台へと歩いていった。

 「老師?」

 「良かろう。ワシも見てみたいものじゃ」

 「判りました。ヒャクメ、美神さんから眼を離さないで下さいね」

 老師から許可を貰って、小竜姫は舞台に向かいながらヒャクメに調査を願う。

 「判ってるのね〜」

 ヒャクメは頷いて、トランクを虚空から出して準備をした。

 「小竜姫、注意をしておくわ。くれぐれも全力は出さないで。自身を滅ぼしかねないわよ。私もこの盾の能力は知ってはいるけれど、自動的に反応してしまうから手加減は出来ないわ。ある意味においては、手加減出来るけどね。だから、近接戦は仕掛けないで、遠距離攻撃だけにして」

 令子は真剣にそう注意した。

 「美神さん、それは武神である私にとって侮辱としか思えないんですが?」

 小竜姫は多少不機嫌を表してそう言う。

 「侮辱するつもりは無いわ。この後の戦闘に影響が出るかもしれないから、そう言ってるだけよ。じゃぁ、始めて」

 令子は盾を構えて、小竜姫に攻撃を促す。

 「では行きます。 はっ!!

 彼女は、令子が根拠も無くそういうことを言わない事を知っている。なので、令子の言うとおりに遠距離攻撃をしてみる事にした。

 小竜姫から放たれた霊波砲は、一直線に令子へと向かう。

 令子は慌てもせず、自然体で自分に向かってくる霊波砲に盾を向け、小さく何かを呟いた。すると、盾の表面が一点の曇りも無い鏡面へと変わった!

 「盾が鏡になった?」

 「凄く綺麗な鏡ですね」

 「あの鏡で霊波砲を撥ね返すというのかしら? でも、それだとありきたり過ぎるわ」

 上からタマモ・おキヌちゃん・美智恵である。

 皆が疑問に思って見守る中、小竜姫が放った霊波砲は盾に触れたと皆が思った瞬間、盾に吸い込まれる様にして姿を消してしまった。

 「えぇ! そんな!! 手加減したとは言え、何の衝撃も無く消えてしまうなんて!!」

 小竜姫は目の前で起こった現象に眼を丸くして驚愕した。が、本当に驚くのはその後だった。

 「小竜姫、その場から動かないでね。動くと痛い目を見るわ。そうね、後5秒はそこに居て。4・・・3・・・2・・・1」

 令子が小竜姫に注意して、カウントダウンを始めてゼロと皆が思った時、それは起こった!

 ズガーーン!!

 小竜姫の右真横十メートルの辺りが突如爆発したのだ。

 「な! 何が起こったというの!!」

 「ほほぅ。これは何ともまた厄介な能力を身に付けたものよ」

 美智恵は、何が起こったか判らない老師以外の全員の心情を表したかのように驚きを口にし、老師は口の端を上げて牙を見せながら獰猛に嗤った。

 「ん、上出来ね。思ってたより制御が楽だわ。でも、戦闘中はどうかしらね」

 盾の表面を元に戻しながら、令子は今後の事に思いを馳せた。

 「み、美神さん! 今の、どうやったんですか!」

 小竜姫は興奮して令子に詰め寄った。

 「そうよ、令子。今のはどうやったの? 何か私が時間移動した時に近い感覚が感じられたんだけど・・・?」

 美智恵も驚きを隠せずに、娘に尋ねる。

 「老師とヒャクメは判ったんじゃない? わたしが何をやったのかを」

 令子は、イタズラが成功したかのような笑顔でそう訊いた。

 「ワシには、小竜姫の横に小竜姫が放った攻撃が時間移動したように視えた。しかし、厄介な能力を身に付けおったものよ。その能力の上限、見極めてみんか?」

 老師はそう言って、危険な笑みを浮かべていた。

 「美神さん。もしかして・・・その盾で受けた攻撃は、貴女の意思によって任意の時間と場所に飛ばせるのね〜?」

 ヒャクメは自身のトランクのキーボードを叩きながら、観測結果を確認するように令子に尋ねた。

 「なんですって! 本当なの、令子!?」

 「そ、それは凄いでござるな」

 「なんて能力を身に付けるのよ・・・」

 「す、凄いです令子さん」

 ヒャクメの答えに、四人はそれぞれに驚きを現した。

 「ん、ヒャクメの言う事が正しいわ。でも、老師の提案はちょっと遠慮したいわね。問題が片付いたら考えなくもないけど」

 苦笑しながらヒャクメの答えを肯定し、やんわりと老師の提案をかわした。

 「それは残念じゃのう。おヌシの能力、どこまでのものか興味が尽きんのじゃが」

 老師は心底残念そうに言った。

 「やっぱりそうなのね〜。その盾の存在感が薄いのは、時空の流れに半ば干渉しているせいなのね〜」

 ヒャクメは観測結果が証明されて嬉しそうだ。

 「美神さん、先ほど私に近接戦は仕掛けないようにと言っていたのは、他に能力があるからですか?」

 小竜姫は令子が出した盾の能力に驚きながらも、先ほどの忠告が気になり訊いてみた。

 「ん、まぁね。そっちの能力は、私の意思はほとんど反映されないのよ。だから、遠距離攻撃だけにしてもらったのよ。言葉が足りなかったわ、ごめんなさい」

 令子は頬をコリコリと掻きながら、小竜姫の疑問に答えた。

 「確かにカチンときましたけど、貴女が何の根拠も無しに言う事でもありませんでしたし。今は純粋に驚いてもいますので気にしないで下さい。それにしても凄い能力を身につけましたね」

 小竜姫は令子の表情にクスリと笑って、彼女の身につけた能力を褒めた。

 「まだ他にも能力はあるんだけど、もう一つだけ教えるわ。まぁ、これはおキヌちゃんから癒しの術を掛けられていた影響でもあるんだけど、この盾は傷を癒す事が出来るのよ。どうやるかは、今は教えないけどね。でも、ヒーリングが苦手なわたしにこんな能力が出来たのはおキヌちゃんのおかげよ、ホントにありがとう」

 令子はそう言っておキヌちゃんに頭を下げた。

 「令子さん、頭を上げて下さい。私は大した事はしていないんですから」

 おキヌちゃんは、令子に駆け寄って彼女に頭を上げさせる。

 「ん、でもね、わたしは・・・」

 「令子さん。もうそれは言いっこなしです。それよりも、今は先に進みましょう。全ての原因である、あの存在を・・・・・・滅ぼすのです!」

 おキヌちゃんは、しっかりと令子を見てそう力強く言った。

 「そうね。おキヌちゃんの言う通りね。その為には、目の前の問題に躓(つまず)いている訳にはいかないわね。ママ、私はもう大丈夫。女華姫様の所に行きましょう」

 令子はそう言って、おキヌちゃんと眼を合わせあった後、美智恵に言った。

 「ワシらの報告はいらんようじゃの。まぁよい。報告するほどのモノもないしの。じゃが、問題が解決した後は手合わせ願うぞ、美神令子よ」

 老師は怖い笑顔を浮かべて、そう締めくくった。

 令子はその笑顔に背筋が凍る思いではあったが、表情では苦笑で表して頷いた。

 「では、老師。結界を解いて下さい。私の予備の装具を美神さんに渡したら、直ぐにでも動こうと思います」

 小竜姫はやる気マンマンのようだ。

 「おキヌちゃん、貴女の実家に直接転移するから、手伝ってなのね〜」

 ヒャクメはトランクの調査器具を仕舞いながら、おキヌちゃんに頼んだ。

 「あ、はい」

 おキヌちゃんは、ヒャクメの要請に答えながら彼女の近くへと寄った。

 「それじゃ、老師。お願いしますわ」

 美智恵は皆の様子を見て、老師に向き頭を垂れる。

 「よかろう。じゃが、美智恵殿はどうするのじゃ? 小竜姫は気付いておらぬが、今から赴く戦いではおヌシも能力を顕す前の美神令子と同様じゃろう?」

 老師は耳から如意棒を取り出しながら、美智恵に聞こえる程度に訊いた。

 「ええ、それは判ってます。直接の戦闘には参加は出来ないでしょう。しかし、彼女らのサポートは出来ますわ。私はおキヌちゃんの実家で詳細を聞いた後は、ICPOに戻ります。そこで、彼女らのバックアップを行います。それに・・・、老師が教えてくれた懸念の事もありますから」

 「そうか。武運を祈っておるぞ」

 「ありがとうございます。では、いずれまた」

 美智恵は老師に再び頭を下げ、踵を返して令子達の下へと向かった。

 (さて、これで暫くはワシも退屈はしなくて済みそうだの。ゲームも面白いが、やはり人間とのやり取りの方が愉しいわい)

 「皆、準備は良いか? 結界を解くぞ。ワシはここから動けんが、出きるだけの援助は行おう。小竜姫、宝物庫から武器を出してやれ。ヒャクメは分析官としてサポートするように。この件は長引くと、この世界自体が危うくなるぞ。なんとしてでも止めるのじゃ!」

 「はっ! 承りました!!」

 小竜姫は老師に対して片膝を付き、老師の命令を拝命した。

 「分かったのね〜」

 ヒャクメの口調は軽かった。でもその瞳は真摯に老師を見ていた。

 老師は二柱を見て一つ頷くと如意棒を振りかぶった。

 「ゆくぞ! どぉりゃぁぁああああ!!!!」

 老師が結界を解いた後、令子達は小竜姫に宝物庫に案内されてそれぞれ自分に合う武器を手に携えて、おキヌちゃんの実家のイメージをヒャクメが増幅して転移していった。

 おキヌちゃんとタマモにシロを味方にでき、自身のパワーアップもはかれた令子。しかし、彼女の試練はまだまだ続く。


 これは全くの余談です。

 令子達が妙神山を発った後に、鬼門たちが宝物庫を整理した時、いくつか目録に載っている物が消失していたとか。
 その無くなった物を探して鬼門たちが右往左往して、その後途方に暮れたとか。
 また、パピリオはどうしていたかというと、令子達が車で結界内に入ってきた時には待ち草臥(くたび)れて眠ってしまっていたのだ(結界内の時間は30分ほど過ぎていた)
 おキヌちゃんは、令子達が来るなら騒がしくなるだろうと思い、眠っているパピリオが起きない様にと眠りの術を掛けて、老師に出してもらった寝床に寝かせていた。しかもこの眠りの術は、純粋に眠らせるだけの術だったので、皆の会話は知らされてはいなかった。それに加えて安眠を妨げられないようにと結構強めに掛けてあったせいもあって、老師が結界を解いた時の気合の声にも起きる事は無く・・・、結果令子達に置いて行かれてしまった。
 まぁ起きていてもデタントの関係で、パピリオは妙神山から出る事は叶わないのだけど・・・。それでも不憫だ。


 老師は鬼門たちが途方に暮れるのを横目に、ある場所へと連絡を取っていた。


     続く


 こん○○は、月夜です。
 お待たせしました。想い託す可能性へ 〜 ろく 〜 をここにお送ります。
 まとまった時間があまり取れない為、投稿に時間が開く事にはご容赦願いたいと思っています。連続投稿出きる零式さまはホントに凄いですね。
 誤字・脱字、表現などでおかしなところがあればご報告願います。

 ではレス返しです。

 〜読石さま〜
 読んでいただいてありがとうございます。レスを返していただくとホントに励みになります。

・おキヌちゃんと美神さんが険悪に
 融合前の令子の方がおキヌちゃん達を避けていたので、彼女の方から歩み寄れば、少なくともおキヌちゃんは生来の優しさで包んでしまうのです。

・シロタマの混乱
 とりあえず、おキヌちゃんの術によって今回の騒動の顛末は説明されています。今回彼女達は令子の能力発動に協力していますけど、シロは良いとしてタマモはちょっとしこりが残っています。それでも安堵の表情を出すくらいには優しいのですよタマモは^^

・小竜姫さま大丈夫です!
 いやホント、彼女の胸に関しては気にしすぎだと思うんですよね。でも、封印が解ければって・・・(^^ゞ てことは封印の要であるヒャクメをどうにかしないといけないとか? でも、封印したのは竜神王なんですよね。まぁ、封印をしたのは小竜姫の暴れ癖なので、胸とは関係ないですよ? ホントですよ?(汗

 〜kamui08さま〜
 読んでいただいてありがとうございます。レスを返してもらうと続きを書いても良いんだって思えます。

・天然にかなうものなど
 おキヌちゃんの天然さは原作でも折り紙つきですし^^ 魂の原始回帰をした彼女はそれに輪をかけて天然です。でも、周りの雰囲気には敏感ですよ? 特に忠夫に想いを寄せる女性の雰囲気に(笑)

・まあそれでおキヌちゃん・タマモ・シロが幸せになるなら
 彼女達の幸せは綻んでしまいましたが、新たに繕う糸たちが増えていってます。その糸たちと一緒になって幸せになろうと彼女達は頑張っていきます。

・今後も期待してますのでがんばってください
 ありがとうございます。読んでくださる方がいる限り続けていきます。最初は短編のつもりだったんですけどね(^^ゞ


 それでは次回投稿まで失礼します。

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