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「想い託す可能性へ 〜 ご (後編) 〜(GS)」

月夜 (2006-08-20 22:34)
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  想い託す可能性へ 〜 ご (後編)〜


 全員が修行場に集まった事を確認すると、老師はまた如意棒で結界を張った。

 ポンッ

 「ほれ、好きな所に座れ。小竜姫、茶の用意をせい」

 老師は円く大きなテーブルと、その周りに椅子を5脚出現させてその一つに座った。

 「すみません、失礼します」

 「ここ取った〜」

 「はいなのね〜」

 「はい・・・」

 上からおキヌちゃん、パピリオ、ヒャクメ、小竜姫だ。座り位置は、老師の右隣にパピリオ。左隣に小竜姫。その隣にヒャクメ。最後におキヌちゃんとなっている。

 小竜姫はおとなしく老師から申し付けられた茶の用意をし、全員の前に茶を注いだ湯飲みを置いていった。おキヌちゃんの前に置く時は、カタカタと湯飲みを持つ手が震えたけれど・・・。

 絶対、気にし過ぎだと思うんだけどな〜、小竜姫さまは・・・・・・

 「して、キヌ殿。どこまで知っておるかの?」

 小竜姫の様子などどこ吹く風とばかりに無視して、老師は切り出した。

 「私が知っている事は、今現在不確定因子である忠夫さんがこの枝世界に居ない事・私達の旦那様だった忠夫さんが肉体の面で消滅している事・私達の枝世界とは異なる歴史を歩んだ、同じく不確定因子たる存在であり美神さんの旦那さんである忠夫さんが属する枝世界が、私達の枝世界と融合した為に消滅してしまった事・私達の忠夫さんの想いを受け継いだ、そのもう一人の忠夫さんが戻ってくる事・そして・・・ルシオラさんが完全な形で私に宿っている事です」

 おキヌちゃんは正直に話した。ただ、私事である自分の願いについては言わなかった。

 「え!? ルシオラちゃん、戻ってくるの!!」

 おキヌちゃんの言葉にパピリオは驚いた。まだまだ先の事だろうと思っていたし、その時を迎えても自分の事は覚えていないかも知れないと思っていただけに、望外の喜びだった。

 「ええ、戻ってきますよ。今も私の中で眠っています。あの時の記憶を持ったまま、ちゃんと復活しますよ」

 おキヌちゃんはパピリオに微笑んで説明した。

 「ほ、ホントに? やった! これでベスパちゃんとルシオラちゃんと、いつか一緒に過ごす事も出来る!! うぅ〜〜・・・・・・」

 パピリオは感極まって泣き出してしまった。

 おキヌちゃんは静かに席を立つと、彼女のその背中を優しくポンポンとあやす。パピリオはおキヌちゃんに気付くと、彼女のお腹に顔を埋(うず)めてまた泣き出した。
 おキヌちゃんはパピリオの行動に少し驚くも、されるがままにして彼女の背を優しく摩ってあやした。しばらく辺りはパピリオの嗚咽(おえつ)が聞こえていたが、おキヌちゃんが屈んで彼女の耳元で何かを囁くと、グシグシ言いながらもおキヌちゃんから離れて顔を赤くし、バツの悪そうな表情をして椅子に座りなおした。

 「ごめんなさい、話の腰を折って・・・。もう落ち着いたから続けて、サルの爺ちゃん」

 「うむ、仕方なかろうて。では続けるぞ。キヌ殿は、真の敵も判っておるのかのぅ?」

 老師はパピリオを優しい表情で見ていたが、彼女が落ち着き話の続きを促してきたので表情を改めておキヌちゃんに訊き直した。

 「はい・・・。知っております。・・・・・・? あの、近くにタマモちゃんとシロちゃんが来ているようですね? 彼女達も交えて話したいのですけど・・・ダメですか?」

 老師の結界をも意に介さず、タマモとシロが来ている事を看破してみせるおキヌちゃん。これには小竜姫とヒャクメも驚いた。

 「な! 老師の結界の外を視通すというのですか!!」

 「私でも老師の結界があると、ここからじゃ見えないのに!」

 「ほぅ・・・。これはこれは・・・なんぞタネでもあるのじゃろうのぅ・・・。例えばアヤツの文珠とかの・・・」

 流石に老師は視通されたタネに気付いたが、それでも彼女の能力に瞠目した。いくら横島の文珠を持っていたとしても、小竜姫やヒャクメ辺りでは看破できない程の結界なのだ。

 「ええ、そうです。私とタマモちゃんとシロちゃんは、忠夫さんの文珠で通じ合っています。まぁ、お互いの存在が確認できる程度ですけどね。それでも、今の私なら場所さえも特定できますよ」

 自然に微笑んでタネを明かすおキヌちゃん。だけど彼女は勝ち誇っているのではなく、在るがままに話しているに過ぎない。

 「そうよの・・・。パピリオにも話したことじゃ。キヌ殿が身内と認める者にも話しておくが筋よのぅ。ふむ・・・。小竜姫、おヌシが連れて来い。良いな?」

 老師は少し思案すると、小竜姫に令子達を連れてくるよう命じた。

 「分かりました、行ってきます。ですけど、再びここに戻るにはどうしたら良いのでしょう?」

 老師が作るこの特殊な加速空間は、一度閉じてしまうと老師が内側から開けない限り入る事も出る事もできないのだ。小竜姫の疑問は尤もだった。

 「判っておる。フン! (ポン) そやつに付いて行くいい」

 老師は一本の毛を抜くと、身外身の術で分身を一体作り出して案内役とさせた。

 「ありがとうございます。では・・・」

 小竜姫は礼を言うと、老師の分身についていった。

 「あの、ヒャクメさま? 小竜姫様は・・・その・・・大丈夫ですか?」

 おキヌちゃんは、先ほどの言い難い事をヒャクメに尋ねてみた。

 「ん? ああ、いいのいいの。大丈夫なのね〜。おキヌちゃんは気にしないで良いのね〜。あれは一種のトラウマを刺激されただけの反応だから。あ、でも良いのかな? 神格では遥か上の貴女にこんな風に話しても」

 口調ではそう言いつつも、ヒャクメの目は笑っている。答えは視えているのだから。

 「ふふ、いつも通りで良いですよ。私は富士に祀られているサクヤと魂を同じとする存在ですけど、おキヌでもあるんです。まぁ、あちらよりは神威は若干落ちるんですけどね」

 柔らかく返すおキヌちゃん。

 「願い、叶うと良いね」

 ヒャクメは不意に一言だけ添えた。

 「あ・・・はい! いつかきっと3人で・・・」

 夢見るように空を見上げて小さくおキヌちゃんは呟いた。


 所変わってここは妙神山のある一角。

 左の鬼門によって、別の場所に向かわせられて待機を余儀なくされた令子達一行は、困惑していた。

 「あれ? 行き止まり? なによ、ここ? しょうりゅーきー、ヒャクメー、いるのー?」

 運転席の窓を開けて令子は小竜姫とヒャクメを呼んでみたが、木霊すら返ってこなかった。

 「どうしたのかしら? 不測の事態でも起きたのかな? ママはどう思う?」

 返事が返ってこない事に多少の不安を覚え、令子は美智恵に意見を求めてみた。

 「不測の事態は多分、おキヌちゃん絡みでしょうね。若しくは老師の方で何か進展があったのかも。それくらいしか今のところ予測は立てられないわ。それくらいは貴女だって推測しているでしょう?」

 「うん。ただ、わたしが気付いていない事を、ママが気付いてるかもって思ったのよ」

 「今のところは無いわね。ソレとは別に、ニニギノミコト様の荒御霊を鎮める方法も考えないといけないわね」

 「それも頭の痛いところよね〜。荒御霊ができた経緯も失伝しちゃってて、本人かおキヌちゃんじゃない方のサクヤ様に聞くしか方法無いし・・・。あと、こっちの問題もあるし・・・はぁ〜・・・」

 チロっと横目でタマモを一瞬見て、令子はため息を吐いた。

 「なによ、こっちの問題って? ちょうど良い機会だわ。暫くは敵の攻撃も気にする必要は無さそうだし、小竜姫達は来る気配ないし。二人が隠している事、話してもらえないかしら?」

 目敏く令子の横目に気付き、時間もある事と思いタマモは問い詰める。

 「そうでござったな。緊急事態ゆえ今まで聞けなかったでござるが、話して欲しいでござるよ」

 シロも便乗して質問してきた。

 「・・・・・・・・・・・・。 はぁ・・・・・・。良いわ、話してあげる。だけど、この話には確証と呼べる物は何も無いわ。全てはもう、わたし達の記憶の中以外は消滅してしまっているから。だから、客観的な証明は出来ない。そして、この事を知る者は、現時点ではわたし・ママ・老師・小竜姫・ヒャクメだけよ。そういう点では、わたしの主観を抜いた意見は聞けるけどね」

 令子は運転席から降りて、スライドドアを開けてタマモ達と向かい合って立ち、タマモの瞳を真っ直ぐに見据えた。

 「何よ、そんなの信用できるわけ無いじゃない。馬鹿にしてるの!?」

 令子の言葉には、なんら蔑みや侮りの響きは感じられなかった。だけど、タマモは何かの予感めいた焦りから強く返した。
シロは口を噤んで黙ったままだ。しかし、彼女自身も漠然とした不安から、タマモと同様に焦りに似た物を感じていた。

 「馬鹿にしているつもりも何も、そんな物は入る余地すらないわ。今から話す事は全て本当の事。一つの狂った存在と一人の我が儘な男のせいで起こった事よ」

 瞬(まばた)きをする以外は、タマモの瞳から視線を外す事無く続ける令子。

 彼女としても、今この瞬間がこの枝世界に忠夫の伴侶として認識されるかどうかの瀬戸際と感じていた。この時を逃したら、もう二度とチャンスは訪れないと彼女の霊感は告げていた。
 彼女は過去に一度だけ、この霊感に背いてしまった事がある。大事な時にはいつも従っていた霊感だが、つまらないプライドのせいで最大級に響いた霊感に背き・・・・・・大事なモノ全てを失ってしまった。その霊感が、いま正にこの時に響いていた。

 「(もう間違えない。あんな想いをするくらいなら、こんなチンケなプライドなど要らないわ!!)タマモ・・・。わたし達には証を立てる方法が一つだけあるわ。判っているんでしょう? でも、わたしが持っている物じゃ、貴女は納得出来ないわよね? 決めるのは貴女とシロの二人よ。わたしが持っている文珠は全てママに預けるわ」

 そう言うと令子は、タマモから視線を外して、6個の文珠全てを美智恵に預けた。

 (な〜んか私の知らない令子が混ざってる気がするのよね〜。二つの世界以外の令子・・・? まさか・・・よね?)

 令子から文珠を受け取りつつ、美智恵は一つの閃きに内心で首を振る。けれど、彼女はその考えを捨てる事は出来なかった。

 ハァー ハァー ハァー ハァー ハァーーーーー フゥーーーーー・・・・・・・・・

 視線を外されたタマモは、我知らずに止まっていた呼吸を再開した。ふとシロの背中に気付くと、彼女もまた荒く呼吸を繰り返している。その背中は汗でびっしょりだった。

 (タマモ? あれは・・・誰でござるか? 拙者、今の美神殿には勝てる気が微塵も起きないでござるよ・・・それに・・・何やら不吉な予感がヒシヒシとするでござる)

 シロは後ろを振り向き、タマモに獣族特有の言語で話す。

 (少なくとも、私達が肌身で知っていた美神では無い事だけは確かよ。私もアンタと同じく不吉な予感が鳴り響いてるわ。だけどこれは・・・死と再生の予感? だとしたら誰が? なぜここに来て急に喪失感に襲われるの? 何を失うと言うの?)

 途中まではシロに答えていたのだが、背筋に走る悪寒に思考が混乱するタマモだった。

 「わたしの方はいつでも良いわ。貴女達が知りたい事を、私が知ってる限り話してあげる」

 再び、令子はスライドドアが開いた所に立ち、タマモとシロを促した。その立ち姿は正に自然体。どこにも力みは無く。だが、その存在を強烈に二人へと示し続けている。

 (く〜〜、け、気圧されるでござる・・・)

 (く・・・負けるもんですか。私はアイツに受け入れてもらえたタマモよ!)

 覚悟を決めたタマモは、手に<真>と文字の入った文珠を持ち、令子の足元に放って発動させた。

 「良いわ、聞かせて頂戴。まずは貴女が誰で、どのような存在なのかよ」

 「わたしは美神 令子よ。存在としてはそうね・・・・・・、複数の枝世界の美神令子の想いが融合した存在かしらね。でも、その全ての令子に共通するのは喪失。失ったものを取り戻し、共に歩む事を願う存在よ」

 淡々と答える令子。嘘を言う素振りは微塵も無い。途中で言葉を途切らせたのは思考を纏める為だ。

 「そう・・・。じゃぁ次の質問。おキヌちゃんを狙う敵の正体とその目的は?推測で構わないわ」

 「おキヌちゃんを狙う敵は、女華姫の情報からニニギノミコトの荒御霊よ。コノハナノサクヤヒメの分御霊のおキヌちゃんを何故襲うかは、わたしも正確な情報が無いから判らない。推測としては、禁忌の存在であるおキヌちゃんを元のサクヤ様と同化させる事だと思うんだけど・・・。やっぱり判らない事だらけで確実な事は言えないわ。でも、タマモが訊きたいのはそんな事じゃないでしょう?」

 「・・・・・・。 なら、さっき言っていた一つの狂った存在と、一人の我が儘な男というのは何?」

 訊きたい。でも、訊くと何かを失う。そんな予感がヒシヒシと感じられ、微妙に外れた質問をタマモはした。

 「狂った存在というのは・・・わたし達が属している枝世界の大本の樹。これを仮に可能性の世界樹と呼んでるんだけど、この世界樹と共生している存在がいるの。わたし達では知覚は出来ないけどね。その中の1体が必要な可能性まで除くようになったのよ。それが狂った存在。一人の我が儘な男というのは、おキヌちゃんや貴女達の宿六の横島忠夫の事よ。どんな我が儘を望んだのかは、正確にはわたしは解らない。わたしが聞かされたのは、狂った除くモノに襲われて瀕死の重傷を負ってでも、ルシオラの復活だけを願ったということよ。でも、その後に力尽きて・・・・・・死んだらしいわ・・・・・・」

 最後の辺りは声にも表情にも悲痛が滲んでいたが、令子はタマモの瞳から目を逸らす事はしなかった。

 「嘘よ!! 忠夫が死ぬなんて在り得ないわ!!」

 「そうでござる! 先生が死ぬなど、在り得ぬでござるよ!!」

 二人は必死に否定した。しかし、今の令子は嘘を吐く事は出来ない。

 「でも、事実よ。今の私は本当の事しか言えないもの。だけど、この枝世界に横島クンという存在が居ない事は、可能性の世界樹にとっては拙い事らしくてね。ちょうど同じような存在であり、その時点でわたしの病を治す為にわたし達の枝世界から過去に跳んでいた、わたしの宿六をこの枝世界に戻すらしいのよ。(よくよく考えてみたら、融合前のわたしにとっては迷惑極まりないわね。だけど・・・まぁ・・・今はそんな事も言ってられないかな・・・・・・)」

 令子は一瞬過ぎった考えに自嘲した。その事はもう考えても仕方の無い事なのだから。今は目の前の二人に、再び仲間と認識させる事が先決だった。

 「そ、そんな・・・。じゃ、じゃぁ! 私達の忠夫には、もう二度と会えないというの!? そんなの認めない! 認められないわよ!!」

 再び聞かされた忠夫の死。タマモにとってそれは認められない事だった。やっと、やっとただの女として見てくれる存在に出会ったのに、それが失われるなんてもっと先の事だと思っていたのだから。

 「認められないでござる! 拙者達を残して逝く事なんて信じられないでござるよ!! 先生は絶対にどこかにいる筈でござる!!」

 シロにとって横島は師であり、伴侶であり、父性の象徴でもあった。その喪失は到底認められるものではない。

 「貴女達のその反応は尤もだわ。わたしだってそんな事は認めたくはないわ。だけど、これを認めなくちゃ話が先に進めない。じゃぁ、反対に訊くわ。おキヌちゃんが倒れてわたしの事務所に来た後、おキヌちゃんを寝かせた時にシロは何故横島クンに連絡を取らなかったの? タマモは何故逃げる途中で横島クンと連絡を取ろうとしなかったの? 文珠があるのだから、時間も空間も関係無く連絡する事が出来たはずよ。おキヌちゃんの危機に、そして自分達の危機に、何故最も頼りになる存在を呼ぼうとしなかったの?」

 令子は冷静に問いかける。感情的になったタマモ達を見て、思う事は唯一つ。彼女たちを必ず取り戻す事だけだった。

 「!! そ、それは・・・。(なぜ、なぜ私は忠夫を・・・)」

 「せ、拙者は・・・(そうでござる、なぜ拙者は先生を・・・)」

 二人とも、今の今まで令子から訊かれるまで、自分達の想い人に助けを呼ぶ事すら思い浮かばなかった事に愕然とした。

 (これが・・・・・・喪失の予感だったんだわ・・・・・・。だけど、それなら何故、今までハッキリとこの予感を感じなかったのかしら。おキヌちゃんが倒れた時、真っ先に思い浮かんだのは忠夫の事じゃ無かった。普通なら、そんな事は在り得ないわ。何か、故意に考えが浮かばない様にされていたように思える。それが出来たのは・・・・・・美神!!)

 (拙者はおキヌ殿が倒れた時に、真っ先に美神殿を思い浮かべたでござる。いくら切羽詰っている状況と言えども、美神殿の言うとおり、おキヌ殿を寝かせた時にでも連絡出来た筈でござる。なのに、それが・・・それが思い浮かばなかったのは変でござる。それを妨害できたのは・・・・・・美智恵殿!!)

 二人は令子から齎(もたら)された情報に混乱し、考えがどんどんネガティブになっていき見当違いの結論へと達してしまった。

 二人は同時に、認識妨害の原因と思い至った人物へと敵意を剥きだした。

 「美神! 私達が逃げ込んだ時に何かしたわね!!」

 「美智恵殿! おキヌ殿を安静にした時に、拙者に何かしたでござろう!!」

 タマモは狐火を令子の周囲に出現させ、シロは事もあろうに車内で先ほど見せたエクスプロージョン・ダーツを手の平に浮かべる。

 「・・・・・・シロ、あんたはもう少し論理的に考える思考を養いなさい。タマモ、あんたは熱くなると視野狭窄に陥るクセを直しなさい。いくら自分達にとって認められない結論に至ったからといって、それを捻じ曲げる材料を無理やり見つける事は愚の骨頂よ?」

 「シロちゃん? 話し相手は私じゃないわよ?」

 令子は狐火に臆した風も無く、淡々と彼女達の結論を否定する。美智恵に至っては、シロの手の平の物騒な物にすら注意を払っていなかった。

 「何故でござる!! 拙者を謀(たばか)るつもりか!! 拙者らが先生を思い浮かべないなど、在り得ぬでござる。思い浮かべられたら拙(まず)い事でもやっていたに違いないでござる!!」

 シロは激昂し、今にも手の平の物騒な物を解放しそうだった。

 反対にタマモはシロの激情を目の当たりにして、多少クールダウンできた。

 (シロの言うとおりなら今この時に、こんな話をするはずが無いわ・・・。必然性が無いもの。それに、さっきから文珠にも反応が無い・・・やっぱり忠夫はもう・・・・・・。でも、それなら再生の予感ってなんなのよ・・・・・・その辺り聞いてみるか)

 「・・・・・・そうね、まだ結論には早いわね。シロ、暴発すると私にまで被害が出るから、その物騒な物は仕舞ってちょうだい。この距離で、なに飛び道具を出してるのよ・・・もぅ・・・。いいわ、とりあえず忠夫の事は認めるわ。じゃぁ、原因が貴女達ではないとしたら、誰が何の為にしているのよ?」

 タマモは令子の周りに出現させた狐火を消して訊いた。

 「誰がという事は必ずしも当て嵌まらないんだけど・・・、言うなればこの枝世界そのものよ。多分、今この時にその事を話せる状況が揃ったんだと思うわ。何の為にというのは・・・、どうなんでしょうね。わたし個人の事だったら話せるけど、世界が何の為に認識妨害を行うのかは、わたしには与(あずか)り知らない事よ」

 真実しか話せないが、話す事は選べる。その状況を利用して喋る令子。

 「じゃぁ、その事を話せる存在はいるの?」

 令子が知らないとなると、タマモ達には誰に訊けばいいのか見当がつかなかった。

 「ん〜、斉天大聖老師くらいかな・・・。わたしも詳しい事は老師から聴いたしね。その時に、この枝世界に戻ってくるのが、わたしの宿六って事も聴いたんだし・・・・・・」

 「そういえば、さっきもそう言ってたわね。それってどういう事よ? 私達の知ってる美神は自分にとって大切なモノさえ、チンケなプライドを守る為には捨てるような人間だったはずよ。それが、何故私達の旦那様とは違うとはいえ、忠夫の伴侶のような言動を取るのよ」

 タマモは令子が発する宿六という言葉に多少の嫌悪を募らせて、視線に載せて睨む。

 「当然よ。だって、この枝世界に戻ってくるのは、本当にわたしの夫の忠夫なんだから。さっきは冷静じゃ無くて聞き逃したみたいだから、もう一度言うわね。さっきはちょっと端折ってしまったけれど、今私達が属しているこの枝世界は、貴女達の横島クンが望んだ我が儘の為に、融合前の本来わたしが属していた枝世界を巻き込んで一つになってしまった世界なのよ。・・・・・・そう睨まないでよ、二人とも。でも、これは事実なのよ。だけど、この世界でのわたしは元々夫だったはずの忠夫を夫と認識できなかった。認識できたのは、老師の結界によって一時的に世界から切り離されてからだったわ。わたしの宿六は14文字もの文珠を制御できる凄い奴よ。どこに対しても誇れる男よ。それが、知らない内に横取りされる・・・。タマモ、貴女ならそんな事認められるかしら?」

 タマモの視線に、次第に我知らず熱くなる令子。この枝世界に対する憤りが噴出しかけていた。

 「そういう状況になったなら、私も認める事は出来ないわね。それに14文字・・・・・・、私達の忠夫はそんな事は出来ないわね。でも、そんな突拍子も無い事を、証拠も無く信じろって言う方が無茶だわ」

 令子からくるプレッシャーを気丈にも受け流すタマモ。シロに至っては話の内容が解らないのか、口を挟む余裕すら無いようだ。

 「仕方ないわね。客観的に証明する事なんて、今のところ出来ないし・・・」

 ここまでかと令子は判断した。これ以上は望めないようだ。しかし、タマモ達に自分を再び認めさせる下地が出来た事は感じていた。

 「タマモさん、シロさん。美神さんの言っている事は本当の事ですよ。それにおキヌさんが貴女達を呼んでいます。皆さん、私に付いてきて下さい」

 小竜姫がどこから現れたのか、突然話しかけてきた。

 「小竜姫、いつから居たのよ?」

 「美神さんが「知らない内に横取りされる」と申していた時でしょうか。ちょっと出るに出られない雰囲気でしたので、お話が一段落付くまで待つつもりでした。案外早く終わったのは僥倖でした」

 令子の険を含んだ質問にも、小竜姫は微笑みながら返す。だけど、先ほどの『おキヌちゃんしょっく』を引き摺っているのか、美神の胸元に視線が行き頬が引き攣っているが・・・。

 「まぁ・・・いいわ(なんか小竜姫の視線に悪寒を感じるわね・・・) で、なぜ私たちをこんなとこで待たせたのかしら?」

 小竜姫が時々向ける視線になんとも言いようの無い感じを受けるも、意味が解らないので無視する事に決めた令子は、何故ここに案内されたのかを聞いた。

 「それは・・・・・・。諸事情で話せません! ええ、何も無かったですとも!! おキヌさんがあんな・あんな〜〜」

 ボカッ

 「何をしておる小竜姫! さっさとこやつ等を連れて行くぞ。話が進まん!!」

 暴走しかかった小竜姫を後ろから殴り、老師の分身は促した。

 殴られた小竜姫は・・・・・・ あ〜あ、頭を抑えてプルプルしてる・・・・・・ よっぽど痛かったんだな〜

 二柱の様子に、と言うより小竜姫の様子に他4名は顔を引き攣らせた。

 「老師・・・よね? 珍しいじゃない、こんな表までくるなんて。どうしたのよ?」

 4人を代表して令子が聞いてみたらしい。と言うより、老師に対してタメ口なのが凄いところだ。

 「フンッ。おヌシらを呼ぶ為に本体に遣わされたのよ。向こうはこっちと時間の流れが違うのじゃ、無駄話している時間は無い。付いて参れ」

 問答無用で老師は虚空へと向かっていく。

 「ちょ、ちょっと待ってよ。こっちは車で来てるのよ。車どうすんのよ!」

老師へと向かって令子は慌てたように聞く。

 「そのまま乗って来れば良かろう。向こうでサクヤ殿が待っておられる。話が進まぬでな、急いでもらうぞ。・・・・・・フン!」

 そのまま老師はある程度歩いていくと、徐(おもむろ)に虚空に向けて印を組み気合を発した!

 空間が歪み、車が楽に通れるくらいの穴が開いた。

 ゴー バタン バタン! ギュルルルルァ〜〜〜〜〜

 令子達は老師の様子に問答無用なモノを感じて、慌てて車に乗り込むとアクセルをかなり踏み込んでその穴へと進み入った。

 その後を、頭を抑えて小竜姫がフラフラと飛んで潜っていく。

 それを見届けた老師の分身は、自らが作り出した穴に入ってその穴を閉じた。

 老師が作った次元の穴をかなりのスピードで潜った令子達は、すぐに仰天した。潜った先はストーンヘンジになっており、その内の一つの柱に激突しそうになったからだ。
 咄嗟に人工幽霊壱号が令子から車の制御を奪い、車体を横滑りさせながらその柱の横を紙一重ですり抜ける事に成功した。

 令子はハンドルに凭れ掛り、ゼーハーゼーハーと荒い息を吐き、美智恵は引き攣った表情でシートに力無く背中を預け、タマモとシロに至っては仲良く抱き合って震えていた。

 「あ、危ないじゃないの・・・、ちゃんと前を向いて運転してよね美神・・・・・・」

 「もうダメかと思ったでござるよ・・・・・・」

 「ひ、久しぶりに死の予感を感じたわよ、令子・・・・・・」

 「し、仕方ないじゃない。老師の分身の雰囲気は、私たちを待つ様なモノじゃ無かったんだから・・・・・・」

 3人の文句に、令子は力無く答えた。

 「美神さん!!」

 「え? ・・・・・・おキヌ・・・ちゃん?」

 令子は大声で呼ばれて気だるげに声の方を向いて、言葉を詰まらせ車から降りた。

 「お久しぶりです、美神さん!! 私、わたし〜・・・・・・うぅ・・・・・・」

 おキヌちゃんは椅子を倒して立ち上がると、一目散に令子へと走り、飛びついて泣き出した。

 「お、おキヌちゃん? どうしたの? 」

 飛びつかれて胸に顔を埋められて泣き出したおキヌちゃんに、困惑した令子はどうしたものかと周りを見回しながらも訊いた。

 「やっと、・・・やっと以前の美神さんに戻ってくれた。忠夫さんとシロちゃん、タマモちゃんと一緒に仕事をしていたあの頃の美神さんにやっと戻ってくれた・・・ふぇぇええ〜〜〜〜ん」

 おキヌちゃんは令子に抱きついて泣き止まない。令子は仕方なく、おキヌちゃんの背中を優しくポンポンとあやしてそのまま泣き止むのを待つ事にした。

 「お、おキヌ殿? 本当におキヌ殿でござるか?」

 シロは、おキヌちゃんから放たれる神気に戸惑っていた。

 「あんた最近、鍛錬を怠ってない? ちゃんとおキヌちゃんの匂いがするじゃない。まぁ、確かに戸惑う程の神気ではあるけれどね」

 タマモは軽くシロを揶揄すると、車から降りておキヌちゃんと令子の傍に歩いていった。

 「う〜、怠ったつもりはござらんが・・・。いろいろあり過ぎて、拙者少々パンク気味でござる〜」

 情けない顔をしてシロも車を降りておキヌちゃん達の傍に寄った。

 暫く泣いていたおキヌちゃんだが、令子から静かに離れるとグシグシと泪を拭いて令子の真正面に立って彼女を真摯に見つめて言った。

 「美神さん・・・、ごめんなさい。私達の忠夫さんの願いで、美神さんが属する枝世界を失くし、あまつさえ美神さんの旦那さんである忠夫さんを・・・・・・」

 おキヌちゃんは最後まで続ける事は出来ずに俯いてしまった。

 「おキヌちゃん、貴女っ・・・。そう、貴女も今のこの世界の在り様を知ったのね? どうやって知ったの?」

 令子はおキヌちゃんの言葉に軽く驚いたが、どういった経緯で知ったのか非常に知りたくなった。

 「美神さんは、今の私の状況は解りますか?」

 「ええ・・・その神気・・・。それに、ここに来るまでにおキヌちゃんの実家から伝えられた情報。これで確信が持てたわ。貴女は魂の原始回帰をしてサクヤ様になった。違うかしら?」

 「その通りです。そしてその引き金になったのは、私にルシオラさんが完全な形で宿った事なんです。私達の忠夫さんが瀕死の重傷を負ってでも願った願いに、可能性の世界樹が応えた結果でもあります。それが私が知った理由です」

 「な! じゃぁ、おキヌちゃんは可能性の世界樹にアクセスできるというの!?」

 おキヌちゃんの答えに令子は驚愕し、彼女が令子の問いにコクリと頷いた事に更に驚いた。

 令子とおキヌちゃんの左右からタマモとシロが近づき、

 「「おキヌちゃん(おキヌ殿)! 忠夫(先生)が重傷を負ったって本当なの(でござるか)!!」」

 二人は先ほど令子から齎(もたら)された情報を、おキヌちゃんが言ったことで彼女に詰め寄った。

 「・・・・・・二人とも、心して聞いてね? 私達の忠夫さんは・・・『狂った除くモノ』に・・・殺されてしまったの・・・。二人とも、この結界の中でならその事を認識できる筈よ。どう?」

 沈痛な表情でおキヌちゃんは二人に説明した。

 「あ、あぁ・・・そんな・・・そんな事って・・・」

 「せ、せんせぇ〜。せ、拙者、せっしゃ〜・・・う、ぐふ、う、うぅ〜〜〜」

 タマモとシロは、おキヌちゃんから決定的な言葉を聞いて二人して泣き崩れてしまった。

 おキヌちゃんは二人を抱きしめると、その耳元で何事かを囁いた。すると3人を囲むように草の吹雪が起き、意思を持ったようにタマモとシロを包んでしまった。
 草に包まれた二人はゆっくりと横たえられ、暫くすると二人から草の葉が取れて何処ともなく消えた。
 おキヌちゃんは二人の様子をしゃがんで確かめて、一つ頷くと立ち上がって令子達へと振り向いた。

 「おキヌちゃん? 二人に何をしたの?」

 「夢見草の葉で、二人に可能性の世界樹が何をしたのか、私達の忠夫さんが何を願ってどう殺されてしまったのか・・・。そして、私達の忠夫さんの想いがどのようにして美神さんの忠夫さんに受け継がれたのかを夢を通して見せています。ただ、シロちゃんについては拘束の意味もあるんですけど・・・」

 おキヌちゃんは泣き笑いのような、複雑な表情で令子に答えた。

 「シロについては、そうね・・・適切な判断だと思うわ。あのままだと後を追いかねないしね。でも、宿六に受け継がれる想いってなんなの? おキヌちゃん」

 「(美神さんは私を今までと同じ、キヌとして扱ってくれる。サクヤとしての自分はもう忘れる事はできないけど、嬉しいな・・・)狂った除くモノを倒す為に、可能性の世界樹が私達の忠夫さんの魂と美神さんの忠夫さんを同化させてしまったんです。文珠による同期合体の理論と同じですけど、完全同位体による同化によって真の不確定因子として覚醒させて対抗するようなんです。その時に想いは受け継がれました。この世界に戻ってくる忠夫さんは、美神さんの旦那様であり、私達の旦那様でもあるんですよ」

 おキヌちゃんはイイ笑顔でそう話す。

 「お、おキヌちゃん? 貴女性格変わった?」

 おキヌちゃんの笑顔に顔を引き攣らせて訊く令子だった。

 「え? 私は変わりませんよ? 皆でまた一緒に過ごせるのが嬉しいんです。美神さん、またよろしくお願いしますね」

 令子の手を取って、おキヌちゃんはピョンコピョンコと飛び跳ねる。

 「そ、そうね・・・。よろしくね、おキヌちゃん(こ、こんなんで良いのかな〜?)」

 令子はおキヌちゃんの天然ぶりに翻弄されてしまっていた。

 「令子、おキヌちゃん、そろそろ良いかしら? 情報の整合を取りたいのだけど?」

 美智恵は老師達と一緒に二人を見ていたが、話が一段落ついたの見計らうと彼女達に話しかけた。

 「おキヌちゃん、今はお互いの情報を交換しましょう。タマモ達への術は、あとどれくらい保つの?」

 「あの夢見草は、私の意志も反映してくれます。私が解こうと思えばいつでも解けますよ。反対に私が解かない限りあのままですけど・・・。高ぶった精神を静める為にも、二人には申し訳ないけどあのままにしておきます。ただ、二人とも潜在能力は非常に高いので、自力で破られる可能性もあるんですけど・・・・・・」

 「そう。なら、夢見草を通してわたし達の会話を伝える事はできるかしら?」

 「それは簡単です。でも、そんな事をしてどうするんです?」

 「タマモなら、わたしが考える事を察する事が出来るはずよ。シロは・・・、タマモが抑えるでしょ。だから包み隠さず今の状況を伝えてちょうだい。彼女達の力も必要なのだから・・・。まずは、当面の問題である貴女に関する事を片付けるわよ」

 「分かりました」

 令子とおキヌちゃんは二人頷くと、老師たちのもとへと歩んだ。

 その背後で、柔らかな草の上で寝かされている二人の閉じられた目から、二筋の泪が流れた。

 忠夫がこの世界に戻るまであと十五時間。こうして令子達はおキヌちゃんと合流を果たし、ニニギノミコトの荒御霊と対峙する準備に取り掛かる事になる。


 こん○○は、月夜です。
 想い託す可能性へ 〜 ご(後編)〜 をここに送ります。
 誤字・脱字などございましたら報告して頂けないでしょうか? 自分自身でも推敲は6回ほど行ってますが、何日かして読み返すと出てきたりしますので、お願いします。

 〜読石さま〜
 感想ありがとうございます。本当に励みになります。
>おキヌちゃん覚醒
 彼女はかなり天然の度合いが大きくなりました。だけど、周りの雰囲気を読まないという事ではないのです。逆に敏感になってるかも・・・

>女華姫が美神さんに
 そうですね。今の令子なら話し合えば大丈夫と思います。だけど、融合前の美神だったら問答無用でしたでしょうね〜(汗 融合前の美神がおキヌちゃんに何をしたかについては、おいおい書いていきます。


 では、また更新の時まで失礼します。

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