「令子ちゃん令子ちゃん令子ちゃん〜〜〜!」
国道を走る救急車の車内。
冥子は美神にすがりつき、しきりに名を呼びながら泣きじゃくっていた。
「ちゃんと話して! だからどーしたの!? 何事なの!? なんで救急車なのよっ!?
誰かの身に何かあったの!? 泣いてちゃわかんないでしょっ!」
美神はただ事でない冥子の様子に、状況を把握するために質問を重ねていた。多少声を荒げているあたり、冷静になりきれていないのが伺える。
突然泣きながら訪問した冥子により、救急車に連れ込まれた美神事務所一行。無論、救急車には美神だけでなく、横島やおキヌも同席している。
「ちがうの〜〜〜! ちがうの〜〜〜!」
これは先の「誰かの身に何かあったの?」に対する答えなのだろうか。これだけでは要領を得ないので、口は挟まずに、その続きが口に出されるのを待つ。
冥子はすがりつくのをやめ、目に溜めた涙はそのままに、正面から美神と向き合った。
そして――
「ややこしい仕事たのまれたから手伝って欲しいの〜〜〜。一人で心細かったわ〜〜〜」
美神、横島、おキヌの三人は、揃ってひっくり返った。
『二人三脚でやり直そう』
〜第二十四話 夢の中へ!!【その1】〜
――白井総合病院――
この地域一帯に君臨するその大病院は、美神の自宅、事務所ともに一番近い病院である。かくいう美神も、体調を崩した時や仕事中に大怪我した時などは、よくここを利用する。以前、韋駄天の事件の後に入院した病院も、ここであった。
そして、冥子によって押し込められた救急車が辿り着いたのも、この病院である。
「ナイトメア……!? あの精神寄生体の悪魔……!」
冥子から説明を聞いた美神は、その名を聞いて身を強張らせた。
(……そういえば、そんな事件もありましたね)
(すっかり忘れてたなぁ)
その美神の後ろで、おキヌと横島がひそひそと話し合っている。メドーサを始めとしたアシュタロス関連の事件以外は、それほど印象深く記憶に残ってなかった。
(どんな除霊してたんだっけ?)
(えーっと……確か、美神さんの精神に入って倒したんだったと思いますが)
(あ、そうそう。そうだった。美神さんの秘密の記憶を見ようとしたら、思いっきりどつかれたんだったっけ)
(今度はそんなことしたらだめですよ?)
(わ、わかってるって……)
おキヌに釘を刺され、横島のこめかみに汗ひとつ。内心で「今度こそ……」とか思っていただけに、おキヌと視線を合わせられない。そんな内心の動揺がバレバレな横島に、おキヌは「この人って……」と苦笑を禁じえない。
前を歩く美神と冥子は、そんな背後の様子は関係なしに話を進めている。ナイトメアの性質や、かけられた賞金の額やら、色々と。
やがて、一行はひとつの病室に辿り着いた。そこには、昏睡状態の少女と、白髪に眼鏡の医師がいた。
医師の説明によると、少女はある日突然眠り始め、以来二ヶ月、健康な状態であるにかかわらず一向に目覚める気配がないとのこと。
「医学的な意味での病気じゃないから当然ね。こんなものも必要ないわ」
と言って、額に貼り付けられたセンサーをぺりっとはがす美神。自分の処置をあっさりと否定された医師は、「現代医学の最後の砦が……!」と、その表情に絶望の色を浮かび上がらせる。
「ナイトメアってのは、人間の夢に寄生して精神エネルギーを食らう悪魔なの。一度とりつかれたら祓うのは至難の業だと言われているわ。以前倒したパイパーと同じように、高額の賞金がかかった強敵よ」
そうつぶやく美神の表情は、緊張感に溢れていた。
「では、ただ今から難度S、精神寄生体ナイトメアの除霊処置を行います!」
手術室に入った美神は、隣に冥子を従え、横たわる少女を前に宣言した。その他にも、横島、おキヌ、主治医の三人も同席している。
ちなみに、主治医が「手術室で患者の治療にあたるなら、それが除霊行為であっても白衣を着るのは当然だ」と頑として聞かないので、全員仕方なく白衣を着ている。魅惑の白衣に身を包んだ三人の美女という構図を前に、ひそかに横島の煩悩メーターが上がっているのはご愛嬌。
なお、除霊方法は、患者が死なない程度に霊力を叩き込み、ナイトメアをいぶり出して除霊するという結構な荒業である。
「危険じゃない〜〜〜? 力を抑えながら出し続けるのは、思い切り攻撃するよりずっと消耗するわよ〜〜〜」
「なら自分でやってよ! 私の能力じゃ、そーするしかないのよ! ったく……自分の方が確実にナイトメアと戦える能力持ってるクセに……!」
能天気な態度の冥子に、思わず怒鳴って愚痴る美神。気を取り直して患者に向き合い、精神を集中する。
「天と地の間隙、生と死の狭間、人の夢に巣食う悪魔よ! 正義と世の理に従い、その者を解放せよ!」
言霊を乗せ、かざした手の平から霊波を放射する。放たれた霊波は、光となって少女を包み込んだ。
すると――
『ブヒッ……ブヒヒィィンッ!』
少女の体の中から、馬の頭を持った悪魔――ナイトメアが現れた。
「もう一息……!」
美神が気合を入れ、さらに霊波を放射する。しかしナイトメアは、その口の端を吊り上げ、にやりと笑った。
『なかなかやるじゃない、お嬢ちゃん……? でもそれ以上やると、この子は死んじゃうンだよ。ヒッヒッヒ……それでもいいのかィ?』
「それで脅しをかけてるつもり?」
しかし美神は、動じることなくその目を睨み返し、神通棍を構えた。
「放っておけば、どーせこの子はあんたに殺されるのよ! 今すぐその汚い図体をそこからどけりゃー、魔界追放で済ませてあげるわ!
さーどうするの、ウマヅラ野郎!」
それを見る横島は、他人の命をそんな勝手に……と思わないでもなかったが、以前はそれで少女がどうにかなったという記憶もない。なので、口を出さないことに決めた。
その代わり、栄光の手を展開しながら、美神の後ろからナイトメアに威圧をかける。対するナイトメアは、脅しが通用しないと悟ったのか、見るからにたじろいでいる。
しばしの睨み合い。そして――
バシッ!
音一つ残し、ナイトメアは消えた。
「消えた……!」
「除霊成功かしら〜〜〜?」
あまりにあっけない終了。しかし横島は、あれ? と首を傾げた。
(横島さん、横島さん)
(ん?)
その横島に、おキヌが横から耳打ちしてきた。
(あの……ナイトメアって、こんなに簡単に除霊できてましたっけ?)
(いや、もっとてこずったと思ったけど……)
(ですよねぇ……)
うまく記憶を引き出せず、頭を捻る二人。美神の方は、よほど消耗したのか、「もー限界……」と言って額の汗を拭っている。
と――少女が目を覚まし、起き上がった。
「あ……あれ? ここ……どこ? お母さん……?」
前後の状況が掴めないのだろう。少女は狼狽し、キョロキョロと周囲を見回している。
(そういえば、ナイトメアにとりつかれた美神さんの精神に入ったんですよね)
(それってつまり、美神さんがナイトメアにとりつかれたってことだよな? どうして――)
と――そこで、横島は言葉を切った。思い出したのだ。この辺の経緯を。
「美神さんっ!」
「――え?」
横島の行動は迅速だった。すぐさま駆け出し、混乱する少女をなだめようとした美神を突き飛ばす。
「よ、横島クン! 何を――」
言いかけた美神は見た。今自分がなだめようとした少女が、にやっと邪悪な笑みを浮かべたのを。
同時、少女の口から怪光線が発射された。無理矢理美神との立ち位置を入れ替えた横島は、美神の身代わりとなってその怪光線を受ける。
「横島クン!」
「横島さん!」
「横島くん〜〜〜!?」
そのまま、少女共々ばたりと倒れ込み、静かな寝息を立て始める横島。間違いなく、ナイトメアによって夢の世界へと引きずり込まれたのだ。
「厄介なことになったわね……」
予想外の事態に、なかばパニックとなったおキヌと冥子をなだめた美神は、全員の協力のもと、手術台の上の少女を降ろして横島と入れ替えた。
「もう一度同じ方法で〜〜〜……」
「無理に決まってるでしょ。あれ、すっごい疲れるのよ。一日に二度も使えるわけないじゃないの」
「あの……美神さん、さっき、冥子さんの方がナイトメアと戦える能力持ってるって言ってませんでしたか?」
「そーなんだけどね……」
美神が頷くと、二人――いや、主治医含めて三人、揃って冥子の方に視線を向けた。
「え〜と……私がやんなきゃダメ〜〜〜?」
「もう、それしか方法がないのよ」
美神は嘆息した。そもそもこれは冥子が引き受けた依頼なのだ。本人がやらないでどうするかと言ったところなのだが、当の冥子は「でも〜〜〜」と乗り気でない。
「お願いします、冥子さん! このままじゃ、横島さんが……!」
その冥子に、おキヌが語気荒く頼み込む。よく見れば目元にうっすらと涙が滲み出ているのが、彼女の必死さを表していた。
「わ、わかったわ〜〜〜、おキヌちゃん〜〜〜。私がしっかりやらないとダメなのよね〜〜〜。横島くんがこのままなのは冥子も嫌だし〜〜〜、冥子、やるわ〜〜〜!」
それでも怖いのか、冥子もおキヌ同様目元にうっすらと涙を浮かべていた。しかし彼女は、自分で自分の頬を叩いて気合を入れ、自分の影を睨みつける。
「ハイラちゃん〜〜〜!」
冥子が呼ぶと同時、その影の中から白い毛玉が飛び出した。未(ひつじ)の式神、ハイラである。
「やっとやる気になったわね、冥子。それじゃ、お願い」
「うん〜〜〜! これから、みんなを横島くんの夢の中に連れていきます〜〜〜! 用意はいいわね〜〜〜!」
「OK!」
「はい!」
二人が頷くと同時、ハイラが美神の頭の上にひょいと乗った。そのまま、美神の頭の中に、羊が順番に飛び跳ねるイメージが流し込まれる。
ややあって、美神の意識は眠りの淵へと転がり落ちていった。
「次はおキヌちゃんよ〜〜〜」
間髪入れず、おキヌにも同様の処置を施し、最後に自分の頭の上にハイラを乗せ、自ら眠りに入る。
そして三人は、その場に主治医だけ残し、共に夢の世界へと旅立った。
気が付くと、三人は上も下もない奇妙な空間にいた。
「今から横島くんの夢の中に入るところよ〜〜〜。ほら、見えてきた〜〜〜」
冥子が指差す方向を見ると、光が見えた。その光は、どんどんと近付いてきている。
三人は、すぐに光に飲み込まれた。そして、その光を通り抜けると――
「あだっ!」
「きゃっ!」
見知らぬ地面に放り出された。
美神は顔面から地面に落ち、おキヌと冥子は尻餅をついた。
「っつー……冥子、ちゃんと降ろしなさいよ……ったく」
愚痴をこぼしながら、美神は顔を上げた。状況を確認するため、周囲に視線を巡らせる――と、正面に広がる光景に、美神は思わず動きを止めた。
「こ、これは……」
「わぁ〜〜〜、楽しそう〜〜〜」
呆然とする美神とは対照的に、冥子はその光景に目を輝かせている。
「冥子さん、ここが……?」
「そうよ〜〜〜。ここが横島くんの夢の中、心の風景なのよ〜〜〜」
三人の前に広がる風景。それは、横島の遊び心の具現とでも言うべきなのだろうか? どこからどう見ても、巨大な遊園地でしかなかった。折りしも、入場ゲートは三人の目の前だ。
「横島クンの心の中って……」
「ま、まあ楽しそうでいいじゃないですか」
半眼で呆れ顔になる美神に、おキヌは苦笑しながらフォローを入れる。
「でも〜〜〜、入場ゲートは閉まってるわよ〜〜〜。チケット買って入れないと開かないんじゃないかしら〜〜〜?」
「なによ? 丁稚のくせに、私から金を取る気?」
「でも、その必要はないみたいですよ?」
不機嫌になる美神に、おキヌはそう言って、入場ゲート脇の券売機を指差した。美神と冥子も、その指差す先に視線を向け、券売機を――というか、その上にある料金表を見る。
入場料金
男性……\10,000-
女性……\1,000-
美女……無料(とゆーか是非来てください!)
「……確かに、横島クンの心の中ね……」
襲い来る頭痛に頭を押さえながら、しかし同時に納得する美神。
ともあれ、この入場料金なら、この三人は無条件で入れる。実際、入場ゲートはすんなりと通ることができた。
入場ゲートをくぐると、内部も普通に遊園地だった。様々なアトラクションが、雑多に配置されている。
中にはどこからどう見てもソープランドな施設もあったが、三人は綺麗にそれを無視した。夢の中でまでナチュラルにセクハラをするとは、この男は本当に油断ならない。
とりあえず美神は、手近にあるメリーゴーランドに目を向けた。馬の模型が上下に揺れながら回っている中で、内壁がスクリーン状になって何かの映像を映し出している。
『でもそれ以上やると、この子は死んじゃうンだよ。ヒッヒッヒ……それでもいいのかィ?』
どうやら、先ほどの記憶らしい。この様子では、アトラクションの至るところに、記憶映像を『ご紹介』する仕掛けがあると見て良さそうだった。
「自分の記憶を隠すどころか、惜しげもなく晒し出すなんて……あけすけにも程があるわよ」
美人は無条件で招き入れ、自分の記憶を隠す気配さえ見せずにそこら中にばら撒く。他人の精神の中に入った経験は初めてだが、おそらくここまで特殊な精神構造はこの男一人だけだろう。美神はその特殊性に、頭痛が酷くなるのを感じた。
「とにかく〜〜〜、この中のどこかにナイトメアがいるはずだから〜〜〜、探し出して倒さないと〜〜〜」
「そうね……いくら高校生のガキって言っても、17年分の記憶を溜め込んでいる以上は相当に広いはずだわ。意外と長丁場に――」
「あ……っ!」
美神が言いかけた時、おキヌが突然声を上げた。
「どうしたの?」
「美神さん、あっちの方から!」
「あら〜〜〜? 何か、霊波を感じるわね〜〜〜」
おキヌの言いたいことを察したのは、冥子の方だった。美神もそれに気付き、意識をそちらに集中させる。
「何かが戦ってる……? 横島クンが抵抗してるのかしら? 行くわよ、おキヌちゃん、冥子!」
「はい!」
「うん〜〜〜!」
そして三人は、その霊波の出所――観覧車の方へと走り出した。
観覧車は、ゆっくりと回っている。
おそらくは、その籠の一つ一つに、それぞれ違う記憶映像が入っているのだろう。だが外側からは、どんな記憶があるのかは見えない。
その観覧車の一番下、乗降口の前で、二つの人影が争っていた。
「あれは〜〜〜?」
「横島クンの影法師?」
争っているうちの片方は、妙神山で見た横島の影法師だった。霊波刀を展開し、絶え間なく攻撃を仕掛けている。
「あ……あ……」
うめき声。それを耳にし、美神と冥子は振り返った。そこでは、おキヌが青い顔で絶句している。
「ど、どうしたのおキヌちゃん?」
突然のおキヌの様子の変化に、美神は驚いて訊ねた。
しかし、おキヌはそれに答えない。その視線を、眼前の戦い――正確には、影法師と相対している人影の方に固定しているのみだ。
魔力砲と幻術を駆使して戦う、その人物に。
――それは、女だった――
――相手の影法師と同じバイザーと触角を持ち――
――ショートボブの黒髪が美しい、スレンダーな肢体の女性――
観覧車を背後にして守るように戦うその女性は、見間違えることがあるはずもなく。
かつて横島に霊基構造のほとんどを分け与え、東京タワーで果てた蛍魔――
――ルシオラが、そこにいた。
――あとがき――
前回に比べて随分と更新が早いですが、これは連載当初からやろうと思ってた話なので、それだけに最初から構成が決まってて、執筆が早かったです。
さて、早すぎるルシオラの登場。観覧車を背中に戦っているところからわかる通り、彼女は横島の記憶を守って戦ってます。けど、逆行したルシオラの魂は、横島のと同様ほんの一部でしかないので、それ相応の力しかありません。
そして次回、四人がナイトメアをタコ殴りにします。と言っても、このナイトメア編はシリアス風味で行く予定なんで、壊れ表記はないでしょうけど^^;
ではレス返しー。
○1. 山の影さん
横島一家は全員只者じゃないですからねー。まあ、鬼門が役立たずだったというのも要因でしょうがw
○2. 亀豚さん
最終的に小竜姫さまが横島と一緒になれるかどうかは……さてどうでしょうw
○3. 零式さん
横島両親は人外魔境筆頭ですのでw
○4. SSさん
いえ、小竜姫さまのは、ミリ単位(あるいはミクロ単位?)で揺れるので、それを服の上から見切る横島の煩悩が凄いのですw
○5. 内海一弘さん
男相手には発揮できない見切り能力ですがねーw 親子の戦いがあの後どーなったのか、それはご想像に任せますw
○6. 盗猫さん
はじめまして! 初感想ありがとうございます♪
横島くんの家系は……まあなんとゆーか、特殊ですから^^; 下手な退魔の家系じゃ太刀打ちできないってのは確かでしょうけどw
○7. 秋桜さん
大樹には「荒木飛呂彦式オラオラパンチ」がありますからねー。鬼門じゃ歯が立たないでしょうw でもたぶん、横島家が特殊なんじゃなくて、あの三人が特殊なんじゃないかなーとw
○8. とろもろさん
別居してるのは親子であって、夫婦じゃないですよー^^; ガンダムネタは、声の関係から今度は0083やってみようかなーと思ってたり。「この宇宙(そら)は……地獄だ」とかw
レス返し終了〜。では次回、第二十五話でお会いしましょう。
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