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「DAWN OF THE SPECTER 15(GS+オリジナル)」

丸々&とおり (2006-10-01 23:17)
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「で、ここの梵字がこの魔法陣に作用して――――」


説明していたタマモの言葉が不意に止まった。
それもその筈、少し目を離した隙にまだ日も変わらぬ時間だというのに、教えてもらっている立場の横島がテーブルに突っ伏して寝息を立てていたのだ。
指先に狐火を灯し、居眠りの罰としてそれを投げつけようとするが、何故か思い留まり狐火を吹き消した。


「ま、どうせ明日が本番なんだし、一夜漬けするくらいならゆっくり休んだ方が効率的か。」


頬杖をつきながら、この一ヶ月を思い返し、溜め息をつく。

四年前、突然皆の前から姿を消した。
そして約一月前、姿を消した時と同様、突然戻ってきた。

最初は、変わってしまった横島に疑問を抱き、色々と探ってみた。
その結果、自分が横島と出会う前に、恋人と死に別れていた事を知ってしまった。
それがあの戻ってきたばかりの頃の、派手な女遊びに繋がるかどうかは正直疑問だったが。

今まではただのバカだと思っていたのだが、どうやらそうとも言い切れないらしい。
そんな事を考えていると、何となく胸の中にもやもやした物を抱え込んでしまった気がした。
いっそ知らない方が良かったのだろうか。

それに追い討ちをかけるように、タイミング悪く横島と親友のシロが付き合うようになってしまった。
それを知った時、声を荒げて本気で反対したのだが、シロを説得する事はできなかった。
あれからシロと横島は、シロの時間の関係であまり逢えないようだが、それでも順調に交際を続けているようだ。


「ったく……人の親友に手を出してんじゃないわよ。」


穏やかな寝息を立てる横島を眺めながら、面白く無さそうな表情でタマモが呟く。
最初、二人がホテルの部屋から出てきたのを見た時は、思わず横島を焼き尽くそうとしたが、今では誤解だったとわかっていた。
シロから話を聞く限りでは、いきなり手を出すような事はせず――シロの照れた様子から、何かしらのアクションはあったようだが――今の所は食事やら会話やらを楽しんでいるだけのようだった。
自分の好みの女と見ればすぐに口説こうとするのを何度か目にしていたタマモには少々信じられなかったが、シロが自分に嘘をつくとは思えない。
タマモとしてもシロの気持ちを踏みにじるような事をしないのならば、二人の交際を反対する理由は無かった。


「ま……シロにとっては、アンタはずっと憧れだった訳だし……」


四年前、横島が姿を消した後、シロはずっとその行方を探していた。
最初は人狼族の嗅覚や超感覚に頼っていたのだが、それでは手掛かり一つ見つける事は出来なかった。
今思えば、シロが探していた頃には既にアメリカに渡っていたのだから、当然といえば当然だろう。
あの時の、無力感から絶望の淵に沈むシロの表情を、タマモは忘れていなかった。

一人では見つける事が出来ないとわかると、シロはオカルトGメンに入隊する事を決意した。
Gメンの組織力ならば、何か手掛かりを掴めるのではないかと一縷の希望を託したのだ。
それからは昼夜を問わず、寝る間も惜しみ、美智恵から最低限必要な知識として、様々な人間社会の知識を叩き込まれる毎日が続いた。
横島と同じ様に、知識面での飲み込みが良い方ではないシロにとって、それがどれほどの苦難かわからないタマモではなかった。
だがそれでも、文句の一つも零さずシロはそれに耐え抜き、一年後に見事オカルトGメンに入隊を果たした。

特例で入隊したシロに、周囲の風当たりは優しいものではなかった。
人外という事もあり、雑音を払うためにも結果を出す事を義務付けられているようなものだった。
その頃には西条がイギリス支部に転属になっており、美智恵も尽力してくれたとはいえ、隊を引退してしまっていたため、シロは自分の力で周囲を認めさせるしかなかった。
先輩のピートが色々と庇い立てしていたが、ピート自身も忙しい身である以上、それにも限界がある。
その苦境の中でも、いつか横島を見つける事だけを心の支えに、シロは懸命に日々を乗り越えていたのだ。

しかし、ようやくある程度の実績も積み重ね、横島の手掛かりを探す余裕が出来始めた頃に横島が戻ってくるとは、考えてみれば皮肉な話だった。
Gメンの捜査官として認められたが故に横島と逢う時間が取れないのだ。
これを皮肉と言わずして何と言えば良いのか。

タマモとて、以前と比べれば随分変わってしまっていた。
自分も、GS協会の職員として生活の糧を得る身となったこの四年間に思いを馳せる。

――横島の失踪

――事務所の解散

――仲間たちとの別れ

どれも辛い思い出だった。
そして、全ての発端となった横島の失踪。
自分はまだその真相を知らない。


「それで……どうしてあの時、姿を消したの……?」


横島が聞いていない今だからこそ出来る問いかけ。
起きている時に聞いてしまえば、また姿を消してしまいそうで怖かった。


何の悩みも無いかのような穏やかな寝顔に、そっと手を伸ばす。
指で軽く頬を突くと、嫌がるように小さく呻きながら顔を背けてしまった。


「ま、今はアンタがここに居る……それで良しって事にしといてあげるわ。
シロのあんな落ち込んだ姿、もう二度と見たくないしね。」


開いていた分厚い辞典をたたみ、タマモがテキパキとテーブルの上を片付けていく。
片付けの最中も横島は起きようとせず、片付けが完了した今も静かに寝息を立てていた。
タマモは小さく溜め息をつき、辞典を掲げると軽く横島の頭を小突いた。


「ね、ねてない、ねてないぞ?」


「……口からヨダレ垂れてるわよ。」


ハッと寝惚け眼で起き上がると何やら呟いているが、タマモはジト目で口元を指差した。
指摘され慌てて口元を拭うが、乾いた口元に気付きバツの悪そうな表情を浮かべる。


「ス、スンマセン!寝てましたッ!!」


ハッタリに引っ掛かったと気付いた瞬間、もはや言い訳すまいと深々と頭を下げる。
そのプライドの欠片すら感じさせぬ姿に、皆がまだ一緒だったあの頃を思い出し、タマモの胸が一瞬詰まった。
だがそれを表には出さず、いつものクールな仕草を崩さず席を立つ。


「もう、休んだ方が良いわよ。
今更多少足掻いた所で何かが変わるとも思えないし。
それならいっそ、早めに休んで明日に向けて体を休めた方が良いんじゃない?」


タマモは知っていた。
自分がGS協会に仕事に行っている間も、横島は一人で本を開いていた事を。
確かに知識の飲み込みは褒められたものでは無いが、少なくとも努力はしていた。
何故横島がこれほど選抜試験にやる気を見せているのかはわからないが、ここ最近、横島はほとんど睡眠を取っていない筈なのだ。

自分でもそれは自覚していたのだろう。
言われた方も素直に頷いている。


「あー、まあ、そうかもしれん。
じゃ、俺もう寝るわ。あ、その前に――――」


自分も席を立とうとした所で何かを思い出したのか、不意にタマモを呼び止めた。
その仕草に、タマモは怪訝な表情で次の言葉を待つ。


「――――色々教えてくれて助かったよ。
マジでサンキューな、タマモ。」


茶化すでもなく、横島がいたって真面目な表情で感謝を口にした。
滅多に見せない横島の真剣な表情に、むしろタマモの方が動揺してしまう。


「わ、私は別に……シロの頼みだから教えてやっただけよ。
アンタのためにやった訳じゃ、無いわ。」


タマモはGS協会で勤めるようになり、協会に保管されている様々な文献に目を通す機会に恵まれた。
学ばずとも高度な幻術を操れる妖狐だからか、オカルトの知識の飲み込みの速さは人間とは比べ物にならなかった。
結果、この3年余りでタマモの知識量は、そこらのオカルト専門家を凌駕するものにまでなっていた。

だがそのタマモの膨大な知識量を持ってしても――時間が足りなかった事もあり――充分な講義が出来たとは彼女自身思っていなかった。
どういう分野から出題されるかすらわからず、出題の傾向すら不明の現状では『広く浅く』教える程度しか思いつけなかったのだ。
だが『広く浅い』オカルト知識なぞ、有って無いような物で、とても役に立つとは考えられない。
だから横島に礼を言われても、素直に頷く事ができなかった。


「という訳で、お礼はこの俺の体で――――!」


「このバカ!!」


テーブルに足を掛け、飛びかかろうとする横島の顔面に、タマモの持っていた辞典が勢い良く叩きつけられた。
鼻っ柱に命中した辞典が床に落ち、たらりと赤いものが垂れる。


「イテテテテ……なんだよー、冗談くらい言わせてくれよー。」


「うるさい、ああもうっ。」


頭を抱えるタマモに、横島が肩をすくめた。
ティッシュで鼻血を拭き取ると、いつもの能天気な表情になる。


「でもやっぱ、そうやって怒ってる方がお前らしいわ。
さっきみたいに変に照れたりされると違和感がありまくりだしなー。」


むっとした表情で反論しようとするタマモに軽く手を振り、くるりと背を向け自室へと歩いていった。
横島に気を遣われたようで、何となく面白くないと思いながら、タマモも自分の部屋へと戻っていった。


「なんつーか、GSってやっぱアレな人が多いんだなあ。」


騒がしい周囲をぐるりと見渡し、横島がゲンナリした様子で溜め息をつく。

一次試験は筆記試験という事もあり、GS協会が手配した、とある大学の教室で受験する事になっていた。
そのため横島は試験会場の大学へと向かっている途中なのだが、普段は学生で賑わっているであろう通学路は、今日は異様な雰囲気を醸し出していた。

同じ方向に向かって歩いているのは、恐らく皆GSだと思って間違いないだろうが、問題はその服装だ。
横島のポロシャツにブルージーンズのような、一般人の格好をしている者も居ない訳ではなかった。
だが、その殆どは気合を入れるためか、除霊に臨む時と同じ格好をしていた。

筋骨隆々な修行僧のような格好。
胴着に帯という格闘家のような格好。
ボディペイントに仮面という、どこかの部族のような格好。
おかげで、まるで仮装行列に混ざってしまったような居心地の悪さを感じていた。


「美神さんみたいに、サービス精神旺盛な格好の女の子もいないしなー。
半裸で除霊するような漢気のあるコはおらんもんかね〜」


漢気のある女性などいようはずもないのだが、事実参加資格として実務年数の制限がかかっているためか、周囲に若い女の子はいない。
つまらなさそうに肩を落とすと、とぼとぼと歩く横島だった。


ネクタイを締めた眼鏡の男が席に着いた面々に試験の説明をしている。
しんと静まり返っているため、隣の部屋からも同じように係の人間が説明している声が横島の耳に届いていた。
周囲の人間の緊張感が教室に充満し、どうにも居心地が良くない。
元々勉強や試験が苦手な横島にとって、既にこの空気は苦痛に変わりつつあった。


「――――制限時間は二時間。
ただし、時間が来ても合図があるまで席を立たないようにして下さい。」


淡々とした口調で説明を続ける試験官。
教室に時計は無かったが、試験開始は確実に近付いている。


「当然ですが、不正に対しては厳格に処罰が下ります。
悪質な場合はGS免許の剥奪も有り得ますので、余計な疑いを招くような行動も控えて下さい。」


教室にいた数名が、今の言葉に動揺したのか、試験官の目を避けるように顔を伏せた。
その中の一人、横島が何気ない素振りで天井に目をやる。
天井の四隅に備え付けられた監視カメラが無機質に見下ろしているのを確認し、小さく肩を落とす。
流石にこれではカンニングは出来そうに無い。


――――いや待て、これでもこの一ヶ月死に物狂いで勉強したんじゃないか。真っ向勝負でやってやるさ!


そう、この一ヶ月は今まで考えられなかったくらい机に向かっていたのだ。
不正などに頼らずとも、今の自分ならきっと出来る筈。


「それでは、始めてください。」


自信をその瞳に浮かべ、勢いよく問題用紙を表にした。


――――全然わっかんねえ!


大方の予想通りと言うか、何と言うか。
試験の内容を目にした瞬間、横島の口からエクトプラズムが漏れていた。


「で、結局自信の程はどのような感じなのでござるか?」


「そうだなあ……マークシート方式だったから運が良ければ受かったかも。
8択だから当たる確率8分の1として……単純計算なら10点くらいか?
うおーい、おっちゃーん!ビールおかわりくれー!!」


筆記試験と適性試験を終えた横島は、シロと二人で居酒屋のカウンターで飲んだくれていた。
日が暮れてまだあまり時間が経っていないのだが、既に店内は酔った客の笑い声や歓声で賑わっている。
あまり酒が強くないのでチューハイをちびりちびりと舐めているシロとは対照的に、横島はビールの大ジョッキを次々と空けていく。
チクショーと叫びながらジョッキを呷る姿は、誰がどう見ても自棄酒にしか見えなかった。


「て、適性試験の方はどうだったのでござるか?
もしかしたら、そっちの方で受かるかもしれないでござるよ。」


何処の世界に本試験よりも適性試験を重視する試験があるのだろうか。
常識的に考えれば有り得ないのだが、これがシロに出来る精一杯の慰めだった。


「いや、適性試験とか言ったってよー。
何かよくわからんコードに繋がれて、色々と質問されただけだしなー。
話によれば、何か嘘発見器みたいなもんらしくてさ……取り敢えず正直に答えといたが。」


横島の答えにシロが首を傾げた。
少し赤みが差した頬が、酔いが回りつつある事を示している。


「それで一体何の適性がわかるのでござろうなぁ。
そもそも、せんせぇの良さはそんな事では測れんというのに。」


隣に座る横島の腕に手を回し、こつんと肩に頭を乗せる。
自分を見上げるシロと、しばし見つめ合う横島。
横島が口を開こうとした時――――


――――ピピピピ ピピピピ ピピピピ


不意にシロのスーツの胸元から鳴り響いた電子音に苦笑いを浮かべる。
シロも申し訳無さそうに力無く笑顔を浮かべ、懐から携帯電話を取り出した。


「ありゃー、電話かあ。」


携帯のディスプレイを見たシロが浮かべた表情から、横島が肩を落とす。
無機質な呼び出し音を鳴らす携帯をどうしようかと見つめるシロに、構わないぞと手を振ってやる。
シロは済まなそうに頭を下げ、携帯を耳に当てながらそそくさと店の外へ出て行ってしまった。


「タイミングが悪かったな、兄さん。
しかし兄さん初めて見る顔だが、あんたも警察関係の人なのかい?」


カウンターの奥で魚をさばいていた角刈りの店主がニカッと横島に笑いかけた。
空になったジョッキを脇にどけ、日本酒を注文し始めた横島の前に徳利と御猪口を並べてやる。
呂律が回らなくなりつつある口調で、違いますよ〜と横島が言うのを聞き、店主がそりゃそうかと頷いている。
初見だが、横島からは警官や公務員特有の硬さが感じられなかったのだ。


「最近見なかったが、あのコはお得意さんでなあ。
よく酔っ払いの喧嘩の仲裁なんかをしてくれてたんだよ。」


「あ、そーなんスか。
まあ、ああ見えてあいつ結構力持ちですからねえ……
――ってあれ、おっちゃん、これ頼んでないっすよ?」


すっと自分に差し出された、新鮮な刺身が盛り付けられた舟皿に横島が首を傾げる。
店主は腕を組み、嬉しそうに笑っている。


「はっはっは、良いって事よ。
さっきの雰囲気見てたら、何かあんたらイイ感じみたいじゃないか。
あのコには色々助けてもらってるし、こいつは俺の奢りって事で。
――って、おいおい、兄さんもう食ってるじゃないか。」


頼んでないと言いつつ、既に箸をつけていた横島に店主が苦笑いを浮かべる。
横島としても既に充分に酔いが回った状態で、あまり良く考えずに箸を動かしているようだ。


「しかし、いったい兄さんは何やってる人なんだい?
こっちも客商売長いから人を見たら何となくわかるんだけど、兄さんは堅気の仕事してる感じがしないんだよなあ。」


刺身をつまみながら御猪口をくいっと飲み干し、また酒を注ぐ。
お猪口に並々と注がれた冷酒を満足そうに見やると、芝居がかった仕草で胸を張った。


「なっはっはっは!日夜、悪と戦う正義の味方ッ!!
ゴーストスイーパー横島忠夫たぁ俺の事よう!――――おっととと。」


ふんぞり返った姿勢のまま、危うく椅子から転げ落ちそうになったのを何とか踏み止まる。
どうやらかなり酔いが回っているらしく、店主も、そろそろやめといた方が良いのでは、と気を遣っている。
だが御機嫌な表情でまたもや御猪口を飲み干すと、もう一杯〜♪と空になった徳利を差し出した。


「良い飲みっぷりだけど、明日ツラくても知らないよ。
しかし兄さんはゴーストスイーパーなのかあ……いや、ウチの常連にもいるんだけどさ。
年の頃も兄さんと同じくらいだし、ゴーストスイーパーって意外と若いもんが多いんだなあ。」


「そりゃーそうッスよー、なんせ基本的に肉体労働ッスからねー。
入れ替わりが激しい業界ですし、若いうちしかできねーンすよ。
まあ中には例外も居るっちゃー居るんですがねー。」


そういうものなのかと店主が頷いている。
その時、電話を終えたシロが横島の隣に戻ってきた。


「お待たせして申し訳ないでござる……
あの、せんせぇ、その……」


「おー、どーしたー?
まあまあ、取り敢えず座って飲みー飲みー。」


完全に酩酊状態の横島があははーと笑っている。
だがそれとは対照的に、戻って来たシロの表情は苦い。


「その、ちょっと呼び出しが掛かってしまったので……これから……」


続く言葉を察し、大袈裟に横島が肩を落とす。


「ちぇー、仕事が入ったのかあ。
わぁーかった、俺の事は気にせず行ってこーい。」


たとえ酔いが回っていても、今のシロの立場が理解できないほど子供ではない。
精一杯の笑顔を浮かべ、力強く送り出してやる。


「すまぬが店長、これを今日の勘定に――――」


シロが財布から紙幣を取り出そうとしたが、それを遮るように横島が手を振る。


「あー、良いって良いって。
新米の捜査官じゃ、まだあんまり稼ぎも無いだろ?
どうせこれからまだ飲むんだし、今日は俺が出しとくから遠慮すんなー。」


「いや、しかし、そういう訳には……」


せっかくの横島の好意なのだが、シロは何やら渋っている。
ただでさえ途中で抜けるというのに、勘定まで払ってもらうのは申し訳ないのだろう。
なかなか引き下がろうとしないシロの頑なな態度に、横島が不意に悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべた。
そして、スッと人差し指を立てると、おもむろにシロの豊かな胸を突っついた。


「ひゃうッ!
――って、いきなり何を!」


思わず一歩引き、胸元を腕で庇いながら声を上げた。
不意に走った刺激に反応してしまったためだろう、恥じらうようにシロの顔は紅潮している。


「じゃ、取り敢えず、今日の分はいずれ身体で払ってもらうって事で♪」


そうのたまう横島の表情はあくまで無邪気で。
そして、もうどうしようもない程に輝いていた。


「……せんせぇ、こういう時はせめて『出世払い』とか言って欲しいでござるよ。」


とほほ、とシロが呆れた表情で肩を落とす。
しかし昔のように煩悩丸出しじゃないのが少し寂しいと思いつつも、やはり本質は昔と変わってない横島に、自然とシロの頬は緩んでいた。


「――――という訳で、今日はじゃんじゃん飲むからな!
取り敢えずメニューの端から端まで持ってこーい!!」


シロが行ってしまった今、誰も止める者はいない。
徳利を豪快にラッパ飲みしつつ、横島が一人盛り上がっていた。


「――――お会計、34,560円になりますね♪」


「うぃー、じゃあカード一括でー。」


レジ担当のバイトの女の子にクレジットカードを手渡し、手早く会計を済ませる。
まだまだオーダーストップまで時間に余裕があったが、流石に何時までも一人で飲むのは退屈だったのだ。


――――ドンッ!


「おっと、すまんノー。」


「ととと……いーって、いーって。
んじゃ、ごちそーさーん。また来るよー。」


出口の所で丁度今入ってきた客とぶつかったが、千鳥足のまま上機嫌で横島は店を後にした。


「あ、いらっしゃい!
今日はヒラメの良いのが入ってるよ!」


「じゃあ、とりあえずそれをもらおうかノー。」


店主が威勢良く声をかけ、カウンター席に座った客にそのまま親しげに話をふる。
その様子から察するに、どうやらこの男は常連客のようだ。


「そう言や、確か今日は何かの試験がある日じゃなかったかい?」


客はかなり大柄な体型のため、カウンター席の椅子を引いてゆとりを作っている。


「ああ、昼間に選抜の試験があったんジャー。」


そのまましばらく雑談していたが、ふと店主が首を傾げる。


「あれ、今日は伊達さんは一緒じゃないのかい?」


その店主の問いに、大男は苦笑いを浮かべながら、親指を立ててトイレを指さした。


「はは、雪之丞はトイレにこもっとるんジャー。
今日は自棄酒でノー、ここでもう三軒目じゃあ。」


「ははは……そいつはご愁傷様だなあ。
ちなみに寅さんはどうだったんだい?」


「ふっふっふ、自己採点では8割以上は堅いからノー。
まあ問題無いはずジャー。」


「――――ケッ、選択問題に救われたくせによー。
俺だって選択できる問題の中に魔装術がありゃあ……」


ばりばりと頭をかきながら、不機嫌そうな口調でトイレから出てきた男が会話に加わる。


「呪術はオカルトの中では割りとメジャーなモノじゃからのう。
確かに運が良かったわい。雪之丞には気の毒じゃが、魔装術はマイナーすぎるんジャー。」


どちらかと言えば、魔装術は禁術に近い位置付けなのだ。
魔装術を修めようとする術者は、たいてい暴走や魂の変質といった好ましくない結末を迎えることになる。
雪之丞のように力に取り込まれず、己の精神力で押さえ込める者はほんの一握りしかいない。
もともと、そう簡単に修める事が出来る術ではないためGS協会も規制こそしていなかったが、かといって大っぴらに認めるような類の物ではなかった。
当然、選抜試験の問題になる訳も無い。

サポートに徹するためにオカルトの知識を磨いてきたタイガーと違い、雪之丞の知識面は乏しいと言わざるを得ない。
最近試験に向けて色々と学んでいたのだが、結局今日の試験の出来はさんざんだったようだ。


「そうそう、寅さんと入れ違いになったお客さんもゴーストスイーパーらしくてね。
彼も試験の出来が悪かったらしく、かなり自棄酒に走ってたよ。
犬塚さんの連れだったんだけど、もしかしたらあんた達とも顔見知りかもしれなかったね。」


その店主の言葉に、さっき店の入り口で誰かとぶつかった事を思い出す。
自分の巨体では上から見下ろす形だったため、頭のてっぺんしか見えていなかった。
注意していなかったため、思い出そうにも全く印象に残っていない。


「ああ、そう言えば誰かとすれ違ったノー。
シロの連れ、と言ってもピートとは違うんか?」


「ああ、ブラドーさんとは違ったよ。
ブラドーさんとは顔の造りのタイプが違うけど、なかなかの男前だったね。」


店主がタイガーの問いを笑い飛ばす。
金髪碧眼の常連のピートと、さっきの男を見間違える事など有り得ない。
そもそもピートならタイガーもすぐに気付いた筈だ。


「ふぅむ、誰なんかノー。名前とかは聞いとらんのか?」


「うーん、名前は何だったかな……あ、そうだ、確か――――」


――――ゴーストスイーパー横島忠夫たぁ俺の事よう!


少し記憶を辿れば、すぐに芝居がかった口調で名乗りを上げていた事を思い出した。
かなり酔いが回っていたようだが、わざわざ嘘の名前を名乗る事は無いだろう。
思い出した名前を告げようとしたが、不意に雪之丞が口を挟む。


「おい、おやじ。そんな誰とも知らんヤツの話なんかどうでも良いから酒くれや。
清酒『雲霞』、冷酒で頼むわ。あ、それと適当に刺身でも盛り付けてくれ。」


店主の言葉を途中で遮り、少し刺々しい口調で注文する。
どうやら今日の雪之丞はあまり機嫌が良くないようだ。


「明日は仕事は入っとらんが、あまり飲み過ぎん方が良いと思うじゃが……
あ、ちなみにワシは生ビールを大ジョッキで。後、焼き鳥の盛り合わせも頼もうかノー。」


結局お前も飲むんじゃねーか!と雪之丞が突っ込みを入れつつ、出された冷酒に口をつける。
その夜、それ以降に見知らぬゴーストスイーパーについての話題が上がる事は無かった。


夜更けにも拘らず、煌々と明かりが満ちた一室にカタカタとキーボードを叩く音が響いている。
白衣を纏った研究員風の女性が、リストを見ながら何やら入力している。
その部屋は何処かの事務所なのか、向かい合わせに並べられた机が規則正しく配置されていた。
すでに日付が変わっているからだろうか、その女性以外に室内に人の姿は無い。
女性はため息混じりに眠気覚ましの冷めたコーヒーを口に運び、昼間の出来事に思いを馳せる。


モニターに映る被験者の姿を横目に、データが送られていないか確認する。
被験者は上半身裸で、胸や脇腹、首筋やこめかみ等に、吸盤が付いたコードを幾つも繋がれていた。
その仰々しい風景とは裏腹に、何やら緊張こそしているようだが、被験者は特に嫌な顔一つしていない。

試験官と思しき人物が何やら質問し、被験者がそれに答える。
今行われているのはGS選抜試験の適性試験だった。
被験者には知らされていないが、繋がれたコードから霊的な素養のデータが彼女の元へ送られている。
霊圧、霊力の性質や属性、チャクラの安定性などが分析され、データとして処理される。
そして、ある特定の条件と合致した被験者のデータが印刷され、それを女性が目を通す。
そういう段取りの作業なのだが、かなり限定した条件を設定しているためか、まだ印刷されたデータは出てこない。

と、その時、印刷機が音を立て用紙が排出されたが、送られてきたデータを目にした女性が眉をひそめる。
人並み外れて高い霊圧と攻撃型の霊能を持ち、さらには無属性という限定した条件に当て嵌まるのは良いのだが、一つ問題があった。
チャクラが異常なまでに不安定な状態なのだ。

しばし女性は考え込む。


「このチャクラの異常に文珠精製の秘密が……それとも、取り込んだ魔族の影響かしら……?
研究者としては興味深いけど、今はそんなこと考えても仕方ないわね。」


そう呟いた女性が眺めるデータには『横島忠夫』の名前が記されていた。


「六年前のあの魔神の事件で、中核となった美神除霊事務所の一員……そして、文珠を操れる唯一の霊能力者……
プロジェクトには、確かに必要な人物かもね……あの人間性はこの際置いておくとしても。」


小さく舌打ちし、女性は横島の受験番号をキーボードで打ち込んでいく。
二次試験の受験資格者に横島の名前が挙がった事を確認してから、女性は次のリストの入力に取り掛かるのだった。

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