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「DAWN OF THE SPECTER 14(GS+オリジナル)」

丸々&とおり (2006-09-17 01:58)
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黒いノースリーブのシャツを着た男が、鬱蒼と茂った山道を歩いている。
男性にしては小柄な体格だが、邪魔な木々を掻き分けるその両腕は鋼の如く鍛え上げられ、無数の傷跡が刻み込まれていた。
ほとんど獣道にしか見えないとても人が通れるとは言えない悪路にも関わらず、男はまるで公園でも散歩するかのように悠々と歩を進めていく。

軽々と鉈を振るい、邪魔な枝や茂みを切り開くその姿は、見る者に熟練のレンジャーを想起させる。
もっとも、服装は山を舐めているとしか言いようが無いほどに軽装だが、男の本来の目的は山歩きとは別にあるのだから仕方ない。
唯一の携行品の皮袋を肩に担ぎ、目的地へ向けて真っ直ぐに進んでいく。


『雪之丞、そろそろ近いみたいジャー』


頭に直接響く言葉に、雪之丞の口元に薄い笑みが浮かんだ。


「ハッ、やっとか。
詰まらねぇ山歩きにも飽き飽きしてたところだ。」


『じゃけんど、こっちの準備はもう少しかかりそうなんジャー。
もし、仕掛けるつもりなら慎重にやって欲しいンじゃが……』


相棒から伝わる念話の内容に、雪之丞が面倒臭いとでも言いたげに顔を顰める。
ガリガリと頭をかく雪之丞の眼下には、のどかだがどこか寂れた農村が広がっていた。


――――あなた方の腕前を見込んで、とある場所に漂う悪霊を払って頂きたいのですが。


雪之丞とタイガーの事務所に現れた依頼人は開口一番にそう告げた。
元々モグリのGSとしてやっていた雪之丞は勿論の事、エミの下で様々な依頼人と対面していたタイガーにも一目でわかった。
この、一見ビジネスマン風の男――立ち居振る舞いから考えれば、実際にただのビジネスマンなのだろうが――には後ろ暗い所があるのだと。
男が差し出した名刺に、雪之丞が興味深そうに眉を上げる。

依頼主は、日本に住んでいる者なら子供ですら知っているような、有数の大企業だった。
その企業名を目にしたタイガーは雪之丞とは違う表情を浮かべる。
何かを知らせるように雪之丞に目配せするが、雪之丞は気付いていないのか、顎に手を当てながら名刺を眺めている。


「こいつは驚いた。
まさか、俺達みたいな小せぇ事務所に、こんなでかいトコから依頼が来るとはなぁ。」


ニヤリと笑みを浮かべる雪之丞とは対照的に、依頼人の男は愛想笑いすら浮かべず、無表情のままだ。
銀色のアタッシュケースをテーブルの上に置くと、それをおもむろに開き雪之丞達に提示する。
だが、ぎっしりと詰まった札束を目にしても、雪之丞とタイガーの表情に変化は無い。

過去にもこういったケースは何度かあった。
自分達には不似合いなほどに大きな依頼主と、ただ黙って差し出される現金での報酬。
何の事は無い、良くある汚れ仕事だった。


「これは前金です。
無事に仕事を片付けて頂ければ、残りの半分もお支払いします。」


これもまた、お決まりのパターンだった。
ああ、やっぱりかといった表情で、落胆したようにタイガーが首を振る。
汚れ仕事だからといって断るつもりは無いが、自分達も大企業から仕事が回ってくる程に有名になったのかと一瞬期待してしまったのだ。


「ハッ、随分気前が良いんだな。
いいぜ。さっそく仕事の話に取り掛かろうか。」


タイガーとは違い、雪之丞は別段気にした様子も無く、舞い込んできた大口の仕事にやる気を見せている。
依頼人の男は、用意しておいた資料を黙って雪之丞に差し出した。
雪之丞は要点に絞ってざっと目を通し、タイガーに手渡し反応を待つ。

タイガーは慎重に資料に目を通すと、何かを問うように雪之丞を見る。
しばらくそうしていたが、何かを諦めたようにタイガーが静かに頷いた。
それを確認し、雪之丞が依頼人に仕事を引き受ける事を告げる。


「オーケィ、この仕事を引き受けるが、その前に一つ条件がある。」


依頼人の男は微かだが表情に警戒の色を浮かべ、黙って雪之丞の言葉を待っている。
雪之丞はニヤリと男に笑いかけた。


「残り半分の報酬だが、今週中に受け取りたい。
ああ、無論、仕事が片付いてからの話だがな。
急な話で悪いが、用意できるか?」


依頼人の口元が、まるで安心したように、僅かに緩んだ。


「仕事さえ片付けてくれれば、その日にでも御支払い致しましょう。
ただし、この依頼は相場より少々多目に報酬を御用意しております。
言うまでも無いと思いますが――――」


雪之丞は手を振り依頼人の言葉を遮ると、スッと人差し指を立て、黙って自分の唇に当てる。
その仕草を見た依頼人は、満足そうに頷いた。


「――――失礼、口が過ぎました。
最近は最低限のルールすら理解していない輩が増えております故、どうか気を悪くしないで頂きたい。」


頭を下げる依頼人に、気にするな、と肩をすくめ、雪之丞は依頼人が立ち去るのを見送った。
依頼人が立ち去った後、それまで殆どしゃべらなかったタイガーが口を開いた。


「今更断ることは出来んが、本当にやるんかノー。
恐らくあの企業は来週あたりに――――」


「気にすんな、タイガー。アレはアレ、コレはコレだ。
俺達は頼まれた依頼を片付け、報酬を頂く。
何時もそうしてるじゃねーか。あんま深く考えんなよ。」


強引に話を終わらせようとする雪之丞の姿に、何処と無く違和感を覚える。
ふと頭を捻ってみると、すぐにタイガーの脳裏に雪之丞のおかしな態度の理由が閃いた。


「――――ああ、そう言えばそろそろかおりさんの誕生日じゃったノー。
さては、今回の報酬をプレゼント代に充てるつもりなンじゃな。」


「ぐ……ま、まあ否定はしねぇよ。
最近なんか上手くいってねーからここらでビッと決めときたいんだよ。」


苦い表情の雪之丞に、タイガーが呆れたように首を振る。


「やれやれじゃノー。
婚約したっていうのに、まだ喧嘩しとるンかー?」


「いや、喧嘩って訳じゃねーんだが……なんか最近元気無いんだ、アイツ……」


思い悩むように沈み込みかけるが、ハッと気付くと、照れ隠しなのかタイガーの腹に素早く突きを入れる。
油断していたのか、完全に鳩尾を打ち抜かれたタイガーが片膝をついて呻き声を上げる。


「ボサッとしてないで、さっさと用意しやがれ!
今週中に片を付けるんだから、時間はあまりねーんだぞ!」


「りょ、了解ジャけんー……」


涙目で咳き込むタイガーに背を向け、自身も準備に取り掛かるのだった。


依頼人から受け取った資料の内容を思い出し、寂れているのも当たり前か、と静かに呟く。
あの資料によれば、この村は既に何年も前に廃村になっており、誰も住んではいない。
深い山奥の、廃村。
そんな場所に出る悪霊を祓う必要など、本当にあるのだろうか。

山頂から廃村を見下ろし、吹き抜ける風を感じながら、ふと浮かんだ疑問に雪之丞が苦笑いを浮かべる。
わざわざ足がつかないように現金で報酬を払おうとするくらいだ。何か後ろ暗い事があるのだろう。
だがそんな事は自分達にとっては関係ない。

そもそも単純に除霊の成功率だけを見るならば、自分の事務所はどこよりも上だと思っていた。
だが、何の後ろ盾も持たない自分達のような新参者は、仕事を選べるような立場ではない。
この世界でのし上がりたいのなら多少の汚れ役も引き受けなければならないのだ。
少なくとも、六道家や唐巣神父、もしくは在りし日の小笠原除霊事務所や美神除霊事務所と同程度の知名度になるまでは。


山を下り、村の近くまで接近した所で、雪之丞はふと違和感を覚える。
真夏のうだるような直射日光の下、周囲を警戒しながら歩を進めていたのだが、どうにも様子がおかしい。
山の中ではあれほど喧しかった蝉の声が、パッタリと消えているのだ。
季節的に、今の頃は緑が生い茂っている筈なのだが、足元に植物は殆ど無く、あったとしても黄色く枯れ果てていた。
土を握り感触を確かめてみると、干からびる程に乾いた土が指の間から零れ、風に流され消えて行ってしまった。
周囲を囲む山々をぐるりと見回し、雪之丞が頷く。


「聞こえるか、タイガー。
どうやらお前の予想通りみたいだ。」


『うーむ……日本では珍しく精霊石の産地に指定されとったから、もしかしたらと思ったんジャー。
10年ほど前までは指定されとったのに、ちょうどその村が廃村になった頃から指定が解除されとったから妙だと思ってノー。』


「ハッ、大方欲を出してやり過ぎちまったんだろうよ。
だが、ここの除霊を俺達に依頼したって事は――――」


そこで言葉を切り、思案するように目を伏せる。


「――――なるほどな。
エグい真似しやがるぜ、大企業ってヤツは。」


この件の全容がおぼろげながら脳裏に浮かび、雪之丞が不快さに表情を歪ませる。
唾を吐き捨てると、木造の家がまばらに並ぶ村の中へと足を踏み入れていった。


もはや廃墟となった棟が並ぶ村の通りを、雪之丞は一見ぶらぶらと、散策している。
その実、周りを警戒しつつも、手持ち無沙汰を紛らわすためだろうか相棒に念話で声をかける。


「……なあ、タイガー。
魔理とは上手くいってんのか?」


『魔理サンも一学期が終わってようやく落ち着いたみたいでノー。
夏休み期間は割と逢えそうなんじゃ。』


相棒の恋人の、気は強いが根は優しい女性の顔が頭に浮かぶ。
流石に彼女が就いた仕事柄、今は昔のように髪を逆立ててはいない。


「ああ、六女の教師やってんだもんな。
あのヤンキー娘がたいしたもんだぜ、まったく。」


『魔理サンは優しいヒトじゃし、先生に向いとると思うがノー。
って、そんな事より村の様子はどうなんジャー?』


さりげなく恋人を庇いつつも、話題を変え、確認を取る。
雪之丞はぐるりと周囲を見渡すと、腰に手を当て不敵な笑みを浮かべた。


「ああ、静かなもんだ。何の気配もありゃしねー。
どうせ夜にならなきゃ出てこないんだろうが、こっちがそれに付き合う必要はねーしな。
そっちはどうなんだ。仕込みは終わったのか?」


『後、五分程で仕込みは完成じゃが……本当にやるンか?』


「依頼は引き受けたんだし、当然だろうが。
あの事なら心配すんな、どうやら俺達の前に先客が来てたらしい。」


周囲に微かに残された足跡を見つけ、雪之丞が小さく笑う。
残された足跡を辿り、自分も立ち並ぶ家々を覗いていく。
どの家にも何者かが調査した痕跡が残されていたが、それを見ても雪之丞の顔には特に何も浮かばない。
むしろ、何処か安心したように頷いている。


「これなら問題無さそうだ。
こっちは何時でも良いぞ、準備が終わり次第始めてくれ!」


これから始まる除霊へ向けて気合を入れると、担いでいた革袋を地面に置き中身の荷を取り出した。
それは西瓜程の大きさの物体で、少し歪んだ形状の球体だった。

恐らく何かのオカルトアイテムなのだろう。
まるで、封印を施すかのように、びっしりと霊符が隙間無く貼り付けられていた。


「――――エル・エルザラク・アロ・アロクルル……
夜の帳(とばり)、夜の褥(しとね)、現世と常世の狭間に漂いし者達よ……」


雪之丞が居る廃村を囲むようにそびえる山の頂で、タイガーが一人、呪を紡いでいた。
赤い液体が詰まった瓶を傾けながら、呪を紡ぎながら霊力を高めていく。
タイガーが紡ぐ言霊に反応するように、瓶から垂れた赤い液体がまるで意志を持つかのように地面を広がっていく。
赤い液体は先ず外周の大円を、次に内円を描き、最後に六芒星を描く。


「奉げられし贄に応え、その姿を現世に留めよ……!」


詠唱の完成とともに、魔法陣から光が溢れ出した。
それに呼応するかのように、事前に村を囲む山々に仕込んで来た魔法陣が一斉に鈍く輝き始めた。
村の中心から等間隔に設置された六つの魔法陣がそれぞれを線で繋ぎ、村を完全に囲い込む六芒星を完成させる。
鈍い光と共に、六つの陣それぞれからどす黒い瘴気が溢れ出し、引き寄せられるように村の中へと流れ込んでいった。


どす黒い瘴気が渦巻く真っ只中に居ながら、雪之丞は平然と周囲を見渡していた。
どうやらこの瘴気は、毒や呪いといった類のものでは無いらしい。
もっとも、人体に有害なものなら、相棒が居るというのに使用しないだろうが。

村に渦巻く瘴気は日の光を遮り、まるでこの村だけ夜の闇が訪れたかのような様相を呈し始めた。
そして、村の隅々まで瘴気が行き渡る頃、雪之丞の周囲に異変が起こり始めた。
それまで、雪之丞以外に誰もいなかった村に、影が浮かび上がるように何かが現れたのだ。
始めは薄い影のようだったそれらも、次第にその姿が明らかになっていく。

それらは、元はこの地で慎ましく暮らしていたであろう住人の成れの果て。
死した時の姿のまま彷徨い続ける、現世と常世の狭間の存在。
既に霊となってかなりの時間が経過しているのだろう、輪郭は不確かで人の形を保てていない者も多数見受けられた。


「良し、タイガーの方は上手くいったみたいだな。
値の張る触媒を使ってるとは言え、大規模呪術を成功させやがった。」


そう呟きながら膝をつき、先程取り出した何かに貼られた霊符をを無造作に破り取っていく。
霊符の下から現れたその正体は、黒っぽい、まるで湿った汚泥を丸く固めたような物体だった。
札が全部取り払われた瞬間、球状の物体は突如その身を液状に変え、ゆっくりと地面に広がった。

素早く後方に下がり、泥に触れないように距離を取る雪之丞。
そして何かに惹かれるように、虚ろな目をした悪霊達が、不明瞭な言葉を呟きながら泥溜まりに集まってくる。
泥溜まりに悪霊が踏み込んだ途端、まるで底無し沼の如く悪霊達が泥に沈んでいく。

一方、目の前に広がる異様な光景にも動揺を見せず、雪之丞は静かに時を待つ。
悪霊が泥に取り込まれるたび、不気味に脈打つ動きをする水面に注意しつつ、じっと目を凝らし取り込まれていく悪霊の数を数えている。


――――46……47……48……良し、何とか足りたな


それが最後の一体だったのか、48体目の悪霊が泥に沈んだ今、周囲には雪之丞の姿以外は無かった。
だが周囲の状況とは裏腹に、さっきよりも激しく泥溜まりの水面は脈打っている。
脈打つ水面が徐々に盛り上がり、次の瞬間、地響きと共に間欠泉さながらに一気に噴出した。


「48体分の群体(レギオン)か……まあ、何となるだろ。」


悪霊は、力のあるものが他の霊を取り込み、力をつける性質を持っている。
その性質を利用し、多数の悪霊を一つに纏め上げ、強い力を持つ僕として使役するというブードゥーの呪術がある。
ただ、己の力量以上の群体(レギオン)を作り出してしまった場合、逆に術者が命を落とす危険もあるリスクの高い呪術だ。

今回雪之丞が用意していた道具は、霊を一つに纏めるために特殊な呪法が施された触媒だった。
本来、この状態から呪術師が使役するための呪法を施し、己の支配下に置くのだが、雪之丞にそのつもりは無い。
家屋以上の大きさに膨れ上がった土の塊から、巨大な腕や足が形成され、次第に人の形らしきものへと変異していく。
村人達の中に残った最期の記憶が蘇ったのだろう、頭部にあたるであろう部分に口腔らしきものが開き、言葉が漏れ始めた。


『田も……畑も失った……土は枯れ……水も澱んだ……!
奴らさえ来なければ……奴らさえ奴らさえ奴らサエ奴ラサエヤツラサエヤツラサエ――――』


「あーあー、哀れなもんだな。
ま、ぶっ壊れた頭で、執念だけで現世にしがみつくのも疲れんだろ?」


一つに固められ、呻くように恨み言を繰り返すだけの存在に成り果てた村人の霊魂に、突き放すように冷淡な言葉を投げかける。
だが、既に雪之丞の言葉も理解できないのか、ただひたすらに同じ言葉を繰り返すだけだった。


「……もう、理性も残っちゃいねーか。
せめて、一思いに楽にしてやるよ。」


そう告げると同時に、雪之丞の身体を具現化した霊力が包み込んだ。


「……終わったぜ。」


『思ったよりも時間がかかったノー。
悪霊相手に珍しく苦戦でもしたンか?』


魔装術を解いた雪之丞の周囲には群体(レギオン)の破片が散らばり、グスグスと白い煙を上げている。
雪之丞の霊力に引き裂かれたそれらはもう現世に留まる事は出来ない。
放っておいてもこのまま時間と共に消滅するだろう。
その――まるで送り火にも似た――死者の魂を送るような景色を、ただじっと雪之丞は見つめている。


『どうかしたンか、雪之丞?』


黙り込んだままの相棒にもう一度呼びかけてみる。


――――なあ、タイガー


「……何でもねえ。早ぇとこ迎え頼むわ。」


『あ、ああ。了解ジャー。』


――――格好つけてGSなんていっても、所詮は


それから数時間後、険しい山道を乗り越えてきたタイガーのジープが到着するまで、雪之丞はその場に立ち尽くしていた。
立ち上る白煙を、ただ静かに見送りながら。


「で、結局予想通りの結末じゃったンか?」


「ああ、恐らく精霊石を取り過ぎちまったために鉱脈の下流、地脈筋の土地が死んじまったんだろう。
で、運が悪いことに、それがちょうどあの村だったって訳だ。」


「ワシが回っていた山の方には異常なんぞなかったがノー。
……って、そりゃそうじゃな。
山中の精霊石を全部掘り起こすなぞ、出来るわけが無いからノー。」


「そういうこった。
で、騒ぎになる前に口封じされたってとこだろうぜ。
もちろん、全部ただの推測で証拠なんざありゃしないけどな。」


ハンドルを握るタイガーがふと呟く。


「……少なくとも『ワシらには』じゃろう?」


その言葉に、雪之丞が小さく笑う。


「まあ、な。村で馴染みの霊力の残滓を感じたしな。
後の事は後の事だ。俺達の知ったこっちゃねえ。」


「まあ、一応筋は通しとるが、ギリギリの綱渡りじゃったノー。」


難しい表情を浮かべるタイガーに、雪之丞は苦笑で応える。


「そう言うなよ。
確かに金も欲しかったが、それ以上にお前の術の実践が本題だったんだからよ。
それにしてもお前、小笠原のダンナが残してった術もだいぶ使いこなせるようになったんじゃねえか?」


「うーむ……確かに今回の術は成功したが、代償としてかなり高価な道具を使っとるしノー。
残りの報酬を考えても、あまり大きな稼ぎにはならんじゃろう。」


「ま、この際金の事は気にすんな。
それに、オフェンスは俺に任せて、お前はサポートの技を磨いてくれりゃあ良い。」


「エミさんにもそれは叩き込まれ取るケン、サポートは任せてくれて結構じゃ。」


人には持って生まれた相性がある。
雪之丞が攻めに特化した霊能を得意とするように、タイガーは援護や呪術といった補助的な霊能と相性が良かった。
もちろんGSの中には美神親子のような万能型も存在する。
だが、美神令子が何の細工も無しに横島と戦い、その結果敗れたように、一芸に秀でた者はその得意分野において最高の力を発揮するのだ。
そして、タイガーの相性を見抜いていた師匠の小笠原エミは、攻撃的な霊能を一切教えていなかった。
将来的な視点で考えれば、大して伸びないであろう分野を鍛えるのは効率が悪いからだ。

四年前にエミが旅に出るまで、タイガーは呪術の基本を叩き込まれながら、その合間に精神感応を応用した独自の術を編み出していた。
先程の除霊で雪之丞と連絡を取り合っていた念話も、タイガーが独自に考え出した術だった。
派手さこそ無いが、サポートという一点に限って言えば、既にタイガーはかなりの腕前の術者と言えるだろう。


伊達&タイガー除霊事務所――元小笠原除霊事務所――に戻った二人は早速依頼人と連絡を取る。
月曜に受けた依頼を木曜に解決したのだ。これはそう簡単な事ではない。
報告を受けた依頼人も驚いていたが、事前に早く片付けると聞いていたため、既に残り半分の報酬は用意していた。
連絡から僅か三十分後、依頼を受けた時と同様、一同は事務所で顔を合わせていた。


「ふむ……呪術で強制的に顕現させ、さらにそれらを一つに纏め一息に祓う、という訳ですか。
なるほど、リスクはあるにしても実に合理的で確実な手だ。」


報告書を片手に、霊がどうなったかの部分を読む依頼人の口元が歪んだ。


「しかも成仏ではなく消滅。
そこまで気を利かせてくれるとは……ふふふ、あなた方に依頼して正解でした。」


除霊についての報告書に目を通しながら、依頼人が賞賛の声を上げる。


「……祓った霊の数は48体。
それで問題無いな?」


その数は元々あの村に住んでいた人間の数と同数だった。
依頼人の目に冷たい光が浮かぶ。


「ええ、もちろんですとも。
これだけ時間が経っていれば、恐らく理性も残って無いでしょうが……それでも余計な事をしゃべられては面倒でしてね。」


「……そういやなんか言ってたな。
鉱脈を掘り起こされたおかげで、村の土地が死んだとか何とか。」


ピクリと依頼人の眉が僅かに上がった。


「あげく、口封じに霊をけしかけられて殺されたんじゃ……化けてでるのも当然かもなぁ?」


無論、これは雪之丞のハッタリだ。
村にいた悪霊に既に理性は無く、マトモな事を話せるような状態ではなかった。
しかし依頼人にはそれを確かめる術が無い。


「……どうやら、既にマトモな思考すら出来なかったようですね。
いやはや、あなた方に依頼して本当に良かった。
たかが悪霊の戯言とは言え、我が社にとってあまりイメージの良い話ではありませんし。」


だが依頼人とて悪霊が何を口にしていようと関係無い。
最初から、全てを無かった事にするつもりだったからだ。
そして雪之丞達は期待通りの仕事をしてくれた。
この依頼人の頭の中では、全ての問題は片付いた事になっているのだろう。


「……だろうな。」


そんな事は充分に理解している雪之丞もあっさりと引き下がり、それ以上追求しようとはしなかった。
残りの報酬を渡し、事務所を後にしようとしていた依頼人が足を止め、二人に振り返る。


「またこういう事態になれば、是非次もお願いしたいものですな。」


これは大口の依頼人を獲得する好機。


「悪ぃが――――」


だが、雪之丞は冷めた表情で依頼人に告げた。


「――――次は無いぜ。」


その言葉に怪訝な表情を浮かべるが、商談は決裂したと判断したのだろう。
依頼人もそれ以上は何も言わず、事務所を後にした。


翌週、タイガーが事務所に顔を出すと、雪之丞がソファーにふんぞり返ってテレビを見ていた。
その朝は、臨時ニュースとして特別番組が組まれていた。


「――――あ、きました!
密菱重工の社長が今、任意でオカルトGメンに出頭いたしました!
まだ詳細は不明ですが、7年前の光ヶ石村の住人が一夜にして姿を消した事件に関与していると――――」


タイガーは小さく溜め息をつきながら、書類整理のために机につく。
同情混じりの視線でテレビに目をやるが、すぐに目を離し仕事に取りかかった。


「仮にも一流企業の頭なら、あんな馬鹿な指示するとも思えねぇし……
部下の独断の責任を取らされるんだから、哀れなもんだ。」


誰に言うでもなく呟きながら、朝食のクロワッサンをコーヒーで流し込む。


「別にワシらには関係ないからノー。
ワシらは依頼された仕事をこなしただけじゃし、ここから先のことはオカGにでも任せとけば良いんジャー。」


しかし何かが気にかかったのか、書類を整理する手を止め、雪之丞に視線を移す。


「ワシらは依頼され、引き受けた仕事は何があろうとこなす。
たとえそれが汚い仕事であろうと、引き受けると決めた以上は必ずやり遂げる。
それが二人で組む時に最初に決めた、ワシらのモットーじゃった筈じゃ。」


咎めるような声色のタイガーの言葉だが、雪之丞は黙ってコーヒーを啜っている。


「なのに依頼の後の事を口にするとは、何かあったンか、雪之丞?
この前の除霊の時といい、最近雪之丞らしくないんジャー。」


緊張感のようなものが張り詰める事務所に、ニュースの報道だけが響いている。
雪之丞はリモコンを取り、テレビの電源を落とすと、タイガーの方に向き直った。
そのまま目を合わせたまま、互いに無言の時が過ぎていく。

どれくらいそうしていたのか、とうとう雪之丞の口が開こうとした瞬間――――


プルルルル プルルル プルルルル


事務所に備え付けられたインターフォンが鳴り響いた。


「――――客だぜ、タイガー。」


どうやら話を聞くタイミングを失ってしまったようだ。
タイガーが溜め息をつきながら訪問者をモニターで確認する。


「……ピートさんじゃ。
用件はまあ予想できるが、取り敢えず入ってもらうとするかノー。」


「これは一体どういう事なんだ!!」


事務所に入るや否や、ピートの怒声が響き渡った。
しかし当の二人は何処吹く風といった様子で各々の仕事を進めている。


「この前会った時に言ったじゃないか!
今週あたりに密菱重工関連で仕事を頼むかもしれないって!!」


あの依頼人は現金決済で足がつかないようにしていたが、流石にGメンの目は誤魔化せなかったのだろう。
調査で暴かれたのか、それとも素直に取調べで答えたのか、どちらにせよ自分達が光ヶ石村の除霊を行ったのはバレているようだ。
だが、雪之丞もタイガーも動じない。


「ああ、言ってたな。
で、俺達に何か問題でもあるのか?」


「雪之丞!」


さらりと惚けたことを言う雪之丞にピートが声を上げる。
頼もうとしていた事とはまさに雪之丞達がこの前片付けた除霊の件だったのだ。


「ワシらはあの時詳しい話を聞いておらんからノー。
偶然ピートさんの話に出ていた企業から仕事が舞い込んだからと言って、こちらに断る理由は無いノー。」


「タイガーまで何を!」


わかっていなかった筈がない。
確かに詳細こそ話していなかった。
だが――自分の今の立場上容認できないが――幾度と無く裏の仕事をこなしているであろうこの二人なら、何か感じていた筈だ。


「まあ、何に怒っとるのかは知らんが、コーヒーでもどうじゃ?
別にワシらは法に触れるような事をした憶えも無いしノー。」


「ああ、まったくだぜ。
何もねーとこだが、たまにはゆっくりしてってくれや。」


GSが依頼を受け霊を祓うのは罪にはならない。
それがどんな理由で霊になった者であろうと、関係ない。
もちろんそれが犯罪の片棒を担ぐような真似ならば、それはまた別の話だ。
だが今回、雪之丞達はただの除霊として引き受けただけで、事件の背景などは何も知らされていない。
結果としてオカルト犯罪の証拠隠滅に手を貸してしまった事になるが、知らずにやった事を罪には問えない。
もしそれを罪に問えるのなら清掃業者はやっていけないだろう。

もしも現場でオカルト犯罪の痕跡を見付けたのなら通報する義務があるが、雪之丞は何も見つけていない筈だ。
何故なら既に先週、他ならぬ自分があの村に出向き証拠の回収を行ったのだから間違いない。
だから今回雪之丞達が行った除霊も、見かけは何の問題も無い通常業務なのだ。

理屈では何の問題も無くても、ピートは素直に納得できなかった。
証拠品として回収した、悪霊を操るために術者が用意した霊具の残骸を分析し、そこから検出した霊波から術者を特定した。
既にオカルト犯罪者として登録されている霊波だったため、術者の特定は楽なものだった。
別件で服役中だった術者に、刑期の短縮と引き換えに証言台に立たせる取引を結び、その証言を元に令状も取り寄せた。
そして今朝のニュースで報道されていた逮捕劇につながったのだが、そこで問題が発生した。
村の調査に向かった新人の部下から、霊が消滅していると報告を受たのだ。

霊波は指紋やDNAのように個人の特定が可能なため、GS免許を取得した時に義務として各人の霊波を登録していた。
のらりくらりと取調べをかわす密菱重工の被疑者からは何も聞けなかったが、村で検出した霊波を分析した結果、雪之丞の仕業だと判明したのだ。
それを知り激昂したピートは、後先考えずに彼らの事務所に乗り込み、今に至るという訳だった。


「悪ぃなピート、どうやら何か行き違いがあったみたいだ。
だが、昔と違ってお互い立場が違うんだ……たまにはこういう事もある。」


「この前会った時に詳しい話を聞いていれば良かったんじゃがノー。
聞いてなかった以上、ワシらとしては依頼人の意思を尊重するのが当然じゃし。」


今にも噛み付かんばかりの険しい表情で、ピートが二人を睨む。
普段の整った顔立ちは、見え隠れする鋭い犬歯により今は見る影も無い。
一触即発の張り詰めた空気が事務所を支配していた。


「――――ぷ、くくくくく……」


張り詰めた空気の中、誰からとも無く笑みが零れた。
釣られるように、三人の表情が緩み始める。


「あっははははははは!」


突如、堰を切ったように溢れる笑い声。
何がおかしいのか、三人とも腹を抱えて笑い転げている。


「ひっ、久しぶりだなこのノリ、くくくくく……!」


「最近は、なっ、無かったんじゃがノー、くふふふふ……!」


「ふ、二人とも、わっ、笑い事じゃ、なッ、無いんだぞ、あはははははは……!」


先程の緊張感は何処へやら。
息も絶え絶えになっているというのに、彼らの笑いが止まる事はなかった。


「いや、本当に、あまり無茶しないでくれよ。
この前から西条さんがこっちに戻って来てるんだから……」


「うげ、西条のダンナ戻って来たのかよ。
たしかに、これからは気ぃつけた方が良さそうだな……
美智恵のダンナ程じゃないにしても、あのダンナも容赦無さそうだからなぁ。」


三人でテーブルを囲みつつ、雪之丞が顔をしかめる。
最近は滅多に無くなっていたが、ピートがオカルトGメンに入隊した直後はさっきのような衝突は日常茶飯事だった。
二人で事務所を立ち上げた直後で、舞い込んで来る依頼といえば、雪之丞のモグリ時代の人脈からの非合法スレスレの依頼ばかりだった。
それを諌めようとするピートと、まるで聞こうとしない二人は、毎日のように衝突していた。

だがそれだけぶつかり合っていながら、彼らの友情は今も変わらず続いている。
こうして、月に一度は何か理由をつけて顔を合わせているのがその証拠だった。


「しかし、マズいノー。
この時期に戻ってきたって事は、西条さんも選抜に参加するつもりなんかノー。」


「あの選抜GSも今回は試験的なものらしくて、まだ日本でしかやらないみたいなんだ。
西条さん、Gメンの本部からの命令で選抜に参加するよう指示されたそうだよ。」


オカルトGメンとしても、自分の捜査官から選出されたいのだろうか。
仕事の面でも選抜の面でもやり難くなりそうな予感に、雪之丞が軽く舌打ちする。


「チッ、余計な事を……ピートが相手なら誤魔化すのも楽だったっつーのに。」


「まったくだ。
――――って、コラ。」


一度は頷きつつも、やはりそこは否定するようだ。


「とにかく、僕はもう帰るけど、これからはもう少し仕事を選んでくれ。
あんまりやり過ぎるとGメンとしても放っておく訳にはいかないんだから。
ただでさえ魔獣の大量死とか変な事件が多くて大変なんだ……これ以上仕事増やさないでくれよ。」


去り際のピートからの忠告にも二人は曖昧な返事を返すだけだった。


「さてと、俺は一次試験の追い込みでもするかな。
また色々教えてくれや、タイガー。」


「構わんが、この書類の整理が終わってからじゃな。
それまでは一人で勉強しといてくれんかノー。」


苦手な筆記試験に受かるため、雪之丞が渋々ながらオカルトの本を開いていた。


「ちょっと、横島……ここ先週ちゃんと説明したじゃない。
なんでまた間違えてるのよ……あんたには記憶力ってものが無いの?」


「え、そ、そうだったっけ?
悪ぃ、すっかり忘れてたわ。」


笑って誤魔化そうとする横島に、タマモが疲れた表情で深い溜め息をつく。
横島はただでさえ知識面の飲み込みが悪いのだ。
短期間の付け焼刃の勉強では、殆ど身に付いていなかった。
残り一週間を切った試験を考え、タマモは既に半ば諦めてしまったようだ。


「おーい、そんな顔すんなよー。
これでも一生懸命やってんだからさー。」


「ううう……無理、こんなんじゃ絶対無理だってば。
いっそ選抜は諦めて、神父の代わりにこの教会でも継いだら?」


投げやりなタマモの言葉にふと横島が考え込む。
何か閃いたのか、顔を輝かせて立ち上がった。


「おお、それも良いかもな!
美人のネーチャンをシスターに雇って自堕落な日々を――――!」


――――ゴスッ!!


鈍い音が教会に響き、横島が頭を押さえて呻き声を上げる。


「ぐぉおおお……百科事典の角は反則だろぉぉぉ……」


「バカな事言ってないで、さっさと次の問題を解きなさい。
こっちはシロから頼まれてるんだから、あんたには意地でも受かってもらうわよ。」


「お前、自分で話振っといて――――いや、何でもないですよ?
やだなぁタマモさん、何時も勉強見てもらって感謝してますよー」


一瞬抗議しようとしたが、すぐに手の平を返しゴマをする横島。
そんな情けない姿に、タマモは脱力しながらまたも溜め息をつくのだった。

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