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「二人三脚でやり直そう 〜第二十二話〜(GS)」

いしゅたる (2006-09-27 22:00/2006-09-28 06:59)
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「んー……これとこれと……あとこれかな。霊体ボーガンの矢も、そろそろ補充しといた方がいいかもね」

 オカルトアイテム販売の老舗、厄珍堂。
 骨董屋然としたこの店の中でそうつぶやいているのは、美神令子であった。

「令子ちゃん、これ使ってみないか? 試供品だからタダある」

「やーよ。あんたがそう言って渡してくるのは、大抵ロクでもないもんなんだから」

 店主の厄珍が差し出してきた『カタストロフ‐A』なる怪しげな錠剤を、美神はにべもなく切り捨てた。厄珍は美神の素っ気無い返答に気を悪くした様子もなく、錠剤を仕舞った。

「にしても、今日は令子ちゃんが来たあるか。最近はボウズや嬢ちゃんばかり寄越してくるのに、珍しいあるな」

「高価なアイテムばかりだし、そう何度も何度もお使い頼りなんかにはできないわよ。……そういや、二人を使って変なもん試してないでしょうね?」

「ダメね。あの二人、なぜか試させてくれないある」

「……よーするに、試そうとはしていたのね」

 悪びれもせずに肩をすくめる厄珍に、美神は呆れたように額に縦線を浮かべた。

「だめよ。横島クンはどーでもいーけど、おキヌちゃんはうちの家事全般取り仕切ってんだから。あの子に何かあったら……わかってるわね?」

「い、言われなくてもやらないあるよ」

 正確には「警戒されててできない」であろうが。厄珍は、額に井桁を浮かべて凄む美神に、どもりながら答えた。

「本当かしら?」

「ほ、本当ある。そうそう、あのコといえば、こないだ来た時にこの櫛をしきりに気にしてたね。口には出してなかったけど、だいぶ欲しそうにしてたある」

 詰め寄る美神に、厄珍は苦し紛れっぽさ全開で話題を逸らした。しかし美神も、元よりそれ以上追及する気もなかったので、あっさりと話題転換に乗った。

「なにそれ? 小汚い櫛ねぇ」

「古いと言ってもらいたいね。ワタシの鑑定によれば、800年前後は昔の櫛ある。ことによったら、もっと古いかもしれないね」

「800年〜?」

 その言葉を聞いた美神が、眉根を寄せた胡散臭げな表情で反復した。

「あんた、骨董価値高めるために嘘言ってるんじゃないでしょうね? 第一、おキヌちゃんが興味示したんでしょ? 実は300年前なんじゃないの?」

「なんでそこで300年なんて数字が出てくるか。ともあれ、ワタシは値段は偽っても、鑑定結果自体を偽ったりしないある。見損なわないで欲しいね」

「値段偽ってる時点でとっくに見損なってるわよ」

 胸を張って言い張る厄珍に、美神は呆れ顔で返した。
 彼女は世間話は終わりとばかりに、カウンターの上に乗っかった除霊道具入りの風呂敷包みを手に取った。そして中身を確認すると、おもむろに懐から小切手を取り出した。
 代金を記入しようと、ボールペンを手に取り――ふと、その手が止まる。

 美神は顔を上げ、厄珍に訊ねた。


「ねえ……その櫛、いくら?」


   『二人三脚でやり直そう』
      〜第二十二話 好敵手現る!!〜


 キーンコーンカーンコーン。

「さーて終わった終わったー!」

 終業のチャイムが鳴り、横島はカバンを手に駆け出した。

「横島クン! 掃除当ば……」

「逃げるが勝ちーっ! わはははははっ!」

「コラーッ!」

 呼び止めるクラスメイトの声を背に、横島は止まるどころか加速して逃げ出す。一気に昇降口まで到着し、靴を履き替えて校庭に出た。
 わざわざここまで追っては来ないだろう。横島はそう思い、ここからは走るのをやめて歩き出す。すると、校門のところがわずかにざわめいているのに気付いた。

「……なんだ?」

 別に人だかりが出来ているわけではない。気にはなるが、どうせ校門は通り道である。理由もすぐにわかるだろうと、さして焦りもしないで歩き続けた。
 そして、校門を通り抜けた時――

「あれ?」

「あ、横島さん」

 そこでは、六女の制服に身を包んだおキヌが待っていた。

「どうしたの? こんなとこで」

「ええ。一緒に帰ろうかなって思いまして」

 おキヌが答えたその時――


 ……ザワリ。


 周囲に、ただ事ならぬ緊張感が走った。さすがに不審になり、横島もおキヌも何事かと周囲に注意を払う。
 見れば、下校中の生徒たちが、皆一様に足を止め、横島たちを注視していた。中には、絶望的な表情をしている男子生徒もいる。

「て……」

 その中の一人が、信じられないといった表情で、声を絞り出した。

「天変地異の前触れだ! 美少女が横島を迎えに来たなんて!」

「待てっ!」

 聞き捨てならない言葉を聞き、横島は思わずツッコミを入れる。
 しかし周囲は、聞き入れた様子もなく。

「あの制服、六女じゃないの!? あのエリート名門校の!」

「じゃ、お嬢様だってのかよ! まさか、世間知らずなのをいいことに、横島に騙されてるのか!?」

「それだ! そーに違いない!」

「横島があんな美少女と、学校に迎えに来てもらえるような仲だなんて、天地がひっくり返っても有り得ないからな!」

「そこのあなた! 騙されてるのよ! 正気に戻りなさい!」

「そういえばこないだも、変な和服着た赤い髪の美少女が来てたわね……まさか常習犯!?」

「なんてことだ……! 横島、素直に罪を認めろ!」

「言いたい放題言ってんじゃねえええええええっ!」

 たまらず大声で突っ込むが、しかし周囲の喧騒は収まらない。横島は仕方なしに、うろたえるおキヌの手を取り、駆け出して行った。

「あ! 逃げたぞ!」

「追えーっ!」

 その場にいた大多数の生徒が、あるいは本気で、あるいは野次馬根性で追いかける。
 その騒動のせいか、同時刻に起こった『校舎の窓ガラスを割った空飛ぶホウキ』の事件は、あまり話題に上らなかった。


「……なんとか撒いた……かな?」

「よ、横島さん、私、もう、へとへとです〜……」

 繁華街の一角、建物の陰に身を潜め、横島は周囲をうかがってつぶやいた。隣ではおキヌが、息も絶え絶えといった様子で膝に手をついている。

「あ〜……ごめん、思いっきり走らせちゃって」

「いえ、いいんです。でも、これからも仕事で体力使う時が多くなるでしょうし、体力はつけておかないとだめですよね……やっぱり」

「無理しなくていいんだけどね……ところで、今日はどうしてうちの学校に?」

「あ、はい。今日は学校が早く終わりましたので」

 横島の質問に、少し呼吸を整えたおキヌが顔を上げて答える。

「今日のバイトは夜からですし、時間もあるからいい機会だと思ったんです。たまには、これからのこと話し合った方がいいかなって」

 と言うが、実は半分が嘘だったりする。
 確かに、同じ逆行者として今までちゃんと話し合ったことはほとんどないし、天龍童子の件が起こるのもそう遠い話ではない。ここら辺で一度、じっくりと今後のことについて意見交換する必要はあった。
 ただ、その必要性に思い至った時、おキヌは不意に気付いてしまった。

 ――横島と二人っきりになる絶好の口実だ、と――

 要するに、半分はデートのお誘いなのだ。
 もっとも、それをストレートに言わなければ、この朴念仁が気付くはずもないのだが。

「そっか……そういえば、今までちゃんと話し合ったことなかったね。それじゃ、その辺の喫茶店にでも入る?」

「はい」

 他意のない言葉に、おキヌは素直に頷いた。
 そして二人は、手近な喫茶店のドアをくぐる。

 ――カランカラン。

「いらっしゃいませー。二名様ですか? こち「こんにちはボク横島! 今日はキミをテイクアウトしたいんだけどいいかな!?」きゃうっ!?」

「何をしてるんですか、何をっ!」

 店に入るなり、応対しに来たウェイトレスの手を取ってナンパ――というかセクハラというべきか――をした横島を、後ろからおキヌが即座に怒鳴りつけた。
 横島はハッとなり、頬に冷や汗を一筋垂らし、慌ててウェイトレスの手を離す。

「し、仕方なかったんやー! 美人見たらつい条件反射で……!」

「もう……横島さんったら、しょうがないんですから……でも、ほどほどにしといてくださいよ? じゃないとまた、美神さんに給料下げられますから」

「あはは……」

 呆れ顔のおキヌの言葉に、横島は笑って言葉を濁した。
 その二人に、気を取り直したウェイトレスは、「変なカップル……」と胸中でつぶやきながら席に案内した。案内された席につく直前、「ふしゅるるるる〜」という謎の呼吸音が聞こえたが、二人はただの雑音としてとらえ、さして気にしなかった。
 そして席についた二人は、それぞれメニューを手にして目を通す。
 と――その時。

「ん……そこにいるのは、もしかしておキヌさんでは?」

「なに!?」

「え?」

 突然名前を呼ばれ、さらに続いて誰かの驚く声が聞こえた。いきなりのことに、おキヌは驚いて振り向く。
 そこにいたのは――

「あ……華さん?」

「やっぱりでしたか。奇遇ですね」

 勘九郎、雪之丞、『おキヌ』の名に反応して身を乗り出した陰念。そして、彼らと共に同じテーブルを囲んだ物体X――もとい、早乙女華であった。


 ――ちなみに同時刻。
 空飛ぶホウキが喫茶店の上空を超高速で飛んでいて、横島とおキヌの雇い主の美神が乗るホウキが、同じく超高速でそれを追尾していたのだが――
 喫茶店の中にいた六人が、それに気付くはずもなかった。


「六道女学院? あの霊能科で有名な……」

「はい。除霊実習とか、普通の学校にはない授業もあるんですよ」

 隣り合ったテーブルで、おキヌは華との会話に花を咲かせていた。
 その横では、勘九郎が横島に品定めするような視線を送っていて、横島の背筋に寒いものが走った。また、雪之丞は何を思っているのか、しきりに横島を気にしている。陰念に至っては、女性二人の会話に入りたそうに様子を伺っていた。
 しかし、先にその会話に割り込んだのは横島だった。

「あの、おキヌちゃん?」

「はい?」

 その呼びかけに振り向いたおキヌは、横島の視線が白龍の四人組の方に向いていたことに気付いた。そういえば、彼らと知り合ったことは話してなかった。

「あ……すみません。この人たちとは、御呂地岳で会ったんです。傷だらけで行き倒れていたところを手当てしたんです」

「え?」

 その説明に、横島は目を丸くした。陰念はともかく、実力のある雪之丞や勘九郎が傷だらけで行き倒れてたとは、どういうことかと。
 実際は超加速した小竜姫に跳ねられた、などということには思い至るはずもないので、仕方のないことだが。

「華さん、こっちの人がよ――「お前……もしかして浪速のペガサスか?」――はい?」

 横島を紹介しようとしたおキヌの台詞を遮り、雪之丞が横島に話しかけた。そして――

「な……っ!? その名を呼ぶお前は、もしかして……ダテ・ザ・キラー?」

 横島の方も、いささか芝居がかったわざとらしい口調で、それに答えた。
 横島にとって、このメンバーで初対面ではないのは、七年前のミニ四駆大会で出会った彼だけなのだ。
 とはいえ、まさか初見で思い出されるとは思わなかったので、思わず最初に驚いた声を出してしまったが。

 その二人の様子に、勘九郎が「何? 知り合い?」と訊ねてくる。

「ああ。俺は七年前のタマヤカップの決勝戦、こいつに苦渋を舐めさせられたのさ」

「何言ってやがる。あの大会で俺に冷や汗かかせやがった唯一の奴がよ。マジやばかったぞ、あの試合は」

 雪之丞の言葉に横島が答え、互いに目線で火花を散らす。
 横島は、逆行前は雪之丞との付き合いが長かったので、ついついその時の感覚で接してしまってた。もっとも、相手は根が単純なので、それで不審がられることはあるまいが。

 そこに、横から勘九郎の疑問の声が差し挟まれた。

「タマヤカップ?」

「ミニ四駆の大会だよ」

 勘九郎の方に視線を向け、短く答える雪之丞。

「ああ……子供の遊びね。まさか、まだやってるなんて言わないわよね?」

「やるかよ。大会で使ったプテラノドンXは、記念にとっといてるけどな。……そういやお前、あの時のペガサスはどうしてる?」

 勘九郎の問いに答え、雪之丞は横島の方に視線を戻して訊ねた。

「あん時のペガサスか? あの後、転校した学校の友達にあげたよ。ま、あいつのことだから、きっととっといてると思うけどな」

「そうか」

「ふうん? ……どーでもいいけどさぁ、雪之丞」

 横島の答えに頷いた雪之丞に、横から勘九郎が訊ねる。

「あん? なんだ?」

「ダテ・ザ・キラーなんて……よく恥ずかしげもなく名乗ってたわね?」

 ――ぴしり。

「あ、俺は横島ってんだ。浪速のペガサスなんて恥ずかしい呼び名で呼ばないでくれよ」

 勘九郎の容赦ない感想に固まる雪之丞。横島は彼を放っておいて、即座に回避手段として素直に名を名乗った。

「あらそう。よろしくね横島くん。あたしは鎌田勘九郎。仲良くしましょ♪」

「いや、なんかあんたとは仲良くしたくねーんだけどな……つか、流し目はやめろ、流し目は」

 ウィンクする勘九郎に、横島は思いっきりヒキながら答えた。そのやり取りを横から見ていたおキヌは、くすっと微笑んだ。

「ん? どうしたのおキヌちゃん?」

「いえ……横島さん、いきなり馴染んじゃってるなあって……」

「え? あー……そうかな?」

 言われてもそうとは思えなかったが、とりあえず頬をぽりぽりと掻いて言葉を濁す。
 その二人の様子を見て、陰念が訝しげに眉根を寄せた。

「と、ところでキヌ……さん?」

「あ、おキヌでいいですよ。皆さん、そう呼んでますから」

「そ、そうか? それじゃ、おキヌ……ちゃん。そいつと、どういう関係なんだ?」

 恐る恐る、といった様子で訊ねる陰念に、横から勘九郎が「何わかりきったこと聞いてるのよ」と言いたそうな視線を投げかけている。男子高校生と女子高校生がペアで喫茶店に入るような仲といえば、大抵は一つしかないだろう。
 しかしおキヌは、その質問の意図を理解した様子もなく、素直に答えた。

「同じバイトで働いているんですよ」

 簡単にそう言って、横目でちらりと横島の方に視線を向けた。その頬がわずかに上気しているのに気付いたのは、勘九郎と華、そして陰念の三人だった。そっち方面には滅法疎い横島と雪之丞は、気付いた様子もない。
 ともあれ、それを見た陰念は、瞬時に悟った。

(こいつは――敵だ!)

 同時、鋭い視線を横島に向ける。対して横島は、突き付けられた殺気にビクッ!と反応した。何事かと殺気の発生源に目を向けると、自分を睨む陰念の視線――

「やめなさいよ、陰念」

「短気はいけませんよ」

「ぐ……」

 が、それは勘九郎と華に即座にたしなめられたことにより、散らされることとなった。それでも、陰念が横島に向ける視線は、殺気から敵意にワンランクだけ下がったに過ぎなかったが。

 ともあれ、一部剣呑な雰囲気を残したままではあるが、六人は雑談に興じて時間を潰すこととなった。

 横島はおもに、雪之丞とミニ四駆についての思い出を語り。
 陰念がその名の通り横島にインネンをつけようとしては、勘九郎にたしなめられ。
 勘九郎が流し目を送れば、横島・雪之丞・陰念の三人は揃って身を震え上がらせる。

 対しておキヌと華は、そんな男性陣の会話も背景に、身の上話に花を咲かせていた。
 おキヌがかつて人身御供になったことを話せば華は号泣し。
 華が自らの容姿を自嘲すればおキヌが不器用に励ます。

 通りかかる女性に片っ端から声をかけるバンダナ少年。
 子供が見たら即座に泣き出すような、目つきの悪い三白眼。
 古傷だらけのチンピラ風の少年。
 妙にシナを作るオカマっぽい大男。
 『漢』と書いて『おんな』と読みそうな物体X。
 そんなメンバーの中で、唯一普通に見えるのが逆に普通じゃない、見た目からして清楚な美少女。

 どこを取っても共通性のなさそうなこの異常集団は、1時間の長きに渡って喫茶店に居座り続けた。彼らが店を出る頃には、なぜか店の客は一人もいなかった。
 外は既に日がほとんど暮れていて、西の空がわずかに赤く染まっているだけであった。


 ――余談ではあるが。
 六人が店を出たちょうどその頃、上空ではブラドーが必死に空を飛んでいて、空飛ぶホウキにまたがったピートがそれを追いかけ、同じく空飛ぶホウキにまたがった美神が二人を追いかけていた。
 もっとも、地上を歩く横島たちは、それに気付くこともなかったが。


 それから十数分後。近くのカラオケ館の一室。


「――G・O・○・G・鳴・ら・せっ!」


 雪之丞の魂のシャウトが響いていた。

 あの後、意気投合した六人(おもに横島と雪之丞、おキヌと華だが)は、一緒にカラオケで歌い合おうという話になった。横島とおキヌもバイトの時間までまだ余裕があるので、付き合うことに依存はなかった。
 しかしそう決まった途端、なぜか横島に対抗意識を燃やした陰念が「点数勝負だ!」と言い出し、勝負事には目のない雪之丞が「俺もやるぜ!」とノリノリになって参加表明。勘九郎が「あら、面白そうね」と興味を示し、どうせならということで、全員で点数を競い合うということになった。

 ちなみに一番手は、今現在歌っている雪之丞。続いて横島が無難なポップスを、陰念が聖○魔兇離蹈奪を、勘九郎がラブソングを、華が宇○田ヒ○ルを、そしておキヌが美○ひ○りの演歌を、それぞれ予約に入れていた。

「……なんかこんなことになっちゃったけどさぁ」

 横島が、隣にいるおキヌに小声で話しかける。

「はい? こんなことって?」

 おキヌは首をかしげ、鸚鵡返しに訊ねた。
 雪之丞のシャウトがやかましくて、隣同士でもなければ言葉がよく聞き取れない。この程度の声ならば、お互い以外に会話の内容を聞き取られる心配もなかった。

「こいつらってさ……今現在、あいつの手下なんだよな?」

「あ……そういえばそうでしたね」

 横島の言葉に、おキヌはそのことを思い出してわずかに表情を沈ませる。
 その表情の意味は、さすがに横島にもわかった。彼も、四人と話して同じ思いを抱いたから。

「……みんな、悪い奴じゃないんだ。どうにかしたいよな」

「はい。……それに、覚えてますか、横島さん? 香港の地下のこと……最後にあの人を倒した時の、彼の表情……」

 そう言っておキヌが視線を向けるのは、勘九郎――次いで雪之丞。
 そして思い出すのは、香港での元始風水盤の一件。魔族化したとはいえ、勘九郎は雪之丞にとっては同じ釜の飯を食べた仲だ。できれば、人間として生きていてもらいたかったに違いない。
 それを、雪之丞は自らの手でとどめを刺した――刺さざるを得なかった。その気持ちは、察するに余りある。


 ――てめーだって本当はわかってたんだろーによ……!――


 後にも先にも、あんな表情をした雪之丞はあの時だけである。

「……悲しい思いはさせたくないよな、誰にも……」

「そうですね……」

 言っている間にも、雪之丞の歌は終了した。点数は――

「87点! っしゃ!」

「おー。なかなかやるじゃねーか、ダテ・ザ・キラー」

「いい歌声だったわよ、ダテ・ザ・キラー」

「ま、俺様にはかなわねーがな、ダテ・ザ・キラー」

「その呼び名を連呼するなぁぁぁあああっ!」

 先ほどの喫茶店以来、その恥ずかしい呼び名を口にするたびに反応する雪之丞が面白くて、男衆は揃ってダテ・ザ・キラーと呼んでいた。
 そんなやり取りをしているうち、横島の予約した曲のイントロがスタートする。

「おっし。次は俺だな。カラオケ忠ちゃんと呼ばれた俺の実力、見せてやるぜ!」

 マイクを手に取り、体全体でリズムを取り始める。
 その間に、雪之丞は次の曲を予約していた。またもやJA○ Project――こいつは絶叫系から離れられないのか。そのうち、『勇○王誕生!』でも歌い出しかねない。

 横島が歌っている間、チャンスとばかりに陰念がおキヌに話しかけていた。

「へぇ……GS養成訓練所ですか?」

「ああ。白龍会ってんだ。今日は久しぶりの休日なんで、こうして遊びに出てきたってわけさ。
 ちなみに、白龍会の不動のエース、次期GS試験主席合格間違いなしとは俺様のことよ!」

 だがその言葉に、呆れた――というより、可哀想な人を見る目を向けるのが二人ほど。

「何言ってるんだ。組み手で俺に一回も勝てないくせによ」

「いくらいいとこ見せたいって言っても、誇張表現は見苦しいわよー」

「う、うるせえっ!」

 真っ赤になって唾を飛ばす陰念。ぎゃあぎゃあと言い合いを始めた三人を尻目に、華がおキヌの隣に移動した。

「すいません。うちの男衆がやかましくて」

「いいんですよ。賑やかでいいじゃないですか」

 にっこりと笑って返すおキヌに、華は「ありがとうございます」とごっつい笑みを返した。

(やだ……女華姫さまそっくりの笑顔)

 その笑顔を見て、おキヌは思わずクスッと笑みをこぼした。
 『以前』は会った事はなかったが、おそらく口封じのために石にされたという、白龍会会長以下の門下生の中にいたのだろう。おキヌは、かつての親友を思い出させる彼女に、この短時間で既に深い親愛の情を抱いていた。

「そういえば、華さんも白龍会なんですよね? それじゃ、やっぱりGS試験に?」

「いえ、たぶん私は受験さえできないでしょう」

 おキヌの質問に、華は自嘲気味に笑って頭を振った。

「どうしてですか?」

「私には霊力がほとんどないんです。わずかな霊力を拳に乗せ、筋力に任せて悪霊を殴り飛ばす――それしかできないんです。私のわずかな霊力では、肉体を持たない存在を殴るために拳を覆う、いわばグローブのような役割に使うのが精一杯。
 GS試験は霊力が高くなければ合格できません。私程度の霊力では、とても……」

「つっても、うちの道場にはお前以上にパワーのある奴はいないがな」

 そこに、横から雪之丞が口を挟んだ。

「伊達くん……?」

「曲がりなりにも一応女なお前には嫌な呼び名だろうが、『白龍会の重戦車』って呼ばれるのは誇張でも何でもねーんだ。確かにGS免許は取れないだろうが、お前はお前の長所を伸ばせばいい。それで強くなれるんだからな」

「それは……慰めになってるのですか? でも、ありがとうございます」

 そう言って、不器用な同僚に、先ほどのごっつい笑顔を向けた。なぜか背後にア○ンとサ○ソンが見えた気がしたが、気のせいだろう。
 雪之丞は、その笑顔に若干顔をしかめたが、「別に礼を言われるほどでもねーよ」と言ってそっぽを向いた。その視線の先では、ちょうど横島が歌い終わり、96点という高得点を叩き出していた。

「おらぁっ! どーだっ!」

「「なにぃっ!?」」

「横島さんすごーい」

 この得点には、雪之丞と陰念が驚いた。おキヌは素直に賞賛の言葉を送っている。

「はっはっはぁ! けど言っとくが、まだ全力じゃねーぞ! この得点、抜けられるもんなら抜いてみやがれ!」

「くっそぉ……チョーシ乗るんじゃねえぞ! おらマイク貸せマイク!」

 得意げに笑う横島から、陰念は歯軋りしながらマイクをひったくった。続いて、陰念の入れた曲が流れる。しかし陰念は思ったより点数が伸びず、「勝負は二順目だ!」とめげずに意気込んだ。
 次いで勘九郎のラブソングが流れたが、愛を歌う歌詞に差し掛かるたびに男衆に流し目を送るので、その視線を向けられた三人は生きた心地がしなかった。
 さらに外見にそぐわない意外な美声を披露する華、どこまでもババくさい演歌や民謡を好んで歌うおキヌと続いた。
 そうしてカラオケ大会は盛り上がり、指定していた一時間という時間は、あっという間に過ぎ去った。

 なお得点の順位は、一位が横島、二位が勘九郎、三位がおキヌ、四位が華、五位が雪之丞、そしてビリッケツが陰念という結果に終わった。
 散々な結果に陰念が涙を流したのは、言うまでもない。


 上空の夜空で、服の乱れたピートにしがみつかれたブラドーが飛び回り、それをホウキに乗ったエミが追いかける。そんな三人を、ホウキに乗った美神が追いかけていた。
 しかし上空の喧騒とは無縁の地上で、横島たちは白龍の四人組と別れの挨拶をしていた。

「――そっか、横島。お前もGS試験に出るのか」

「順当にいけば、お前と当たるかもしんねーなぁ」

「へっ。そうなることを願っておくぜ」

 不敵に笑う雪之丞に、対する横島はどうでもよさげな態度である。しかし彼の瞳は、しっかりと雪之丞の視線を受け止めていた。

「横島! てめーにだけは負けねーからな!」

「へーへー」

 最後まで突っ掛かってくる陰念に、こちらには心底どうでもよさそうに返す。

「華さん、また会いましょうね」

「はい。私もまた会える日を楽しみにしています」

 おキヌと華は、言葉を交わして微笑んだ。

「それじゃ、そろそろ帰るわよ、三人とも」

「おう」

「けっ」

「はい」

 勘九郎の言葉に、三者三様に頷いて、横島たちに背を向けた。そのまま遠くなっていく三人の背中――陰念だけは、ちらちらと後ろを振り返っていたが――を見送り、横島はぽりぽりと頬を掻いた。

「……あーあ、結局じっくり話し合いってのには程遠いことになっちまったなー」

「そうですねー」

 おキヌも少々残念そうに頷いた。もっとも、残念の内容は横島とは違うが。
 まあ、横島と二人っきりという状況にはなれなかったものの、期せずして白龍会の四人と親交を深めることができた。これはこれで、おキヌにとっては非常に楽しい時間だった。

 そして――それゆえに、譲れないものもできた。

「横島さん」

「ん?」

「白龍会……やっぱり、放っておくことはできませんよね」

「そうだなぁ。みすみすメドーサの手駒として利用させるわけにもいかないよな、やっぱ」

「雪之丞さんたちも、出来る限り道を踏み外させたくないですしね」

「近いうち、時間作って話し合おうか」

「はい」

 頷き合い、二人は揃って事務所に向けて歩き出した。
 バイトの時間までは、まだ少し余裕がある。おキヌは出勤前に夕食の買出しをしようと決め、横島の手を引っ張って商店街へと足を向けた。


「ちわーっす! ……あれ?」

「どうしたんですか、皆さん?」

 中身の詰まったスーパーの袋を提げ、事務所のドアを開けて中に入った二人は、目の前に広がる光景に目を丸くした。

 そこでは、美神とブラドーとなぜかいるピートが、疲労困憊といった様子で応接用のテーブルに突っ伏しており、こちらもなぜかいるエミが、ピートにしなだれかかっていた。

「えーと……何があったんスか?」

「……色々と、ね」

 説明するのも億劫、といった様子で、美神が投げやりに答えた。

「えーと……あ、お台所借りますね。皆さん、夕食まだでしょう? ピートさんもエミさんも、一緒にどうですか?」

「あたしはいいわ。これからピートと夜景の綺麗なレストランで一緒に外食するんだ・か・ら♪」

 語尾にハートマークのつきそうな甘ったれた声で、ピートの胸に『の』の字を書くエミ。

「か、勘弁してください、エミさん……」

「やだー。エミって呼んでー」

 心底嫌そうなピートに、なおも甘えるエミ。美神はそんな二人は無視し、

「あ、ちょっと待っておキヌちゃん」

 と、台所に入ろうとするおキヌを呼び止めた。

「はい?」

「これ、あげるわ」

「なんですか?」

 言って、懐からラッピングされた小さな包みを差し出す。おキヌは素直にそれを受け取り、包みを開いてみた。
 その中にあったのは――

「あ……」

「厄珍から聞いたわよ、その櫛のこと。パイパーの時は頑張ってくれたからね。お礼よ」

 それは、おキヌがしきりに気にしていた、あの櫛だった。

「で、でもこれ、高いんじゃ……」

「いーのよ。私にとっちゃ大したことない値段だったし。この私がせっかくあげるって言ってるんだから、貰っときなさい?」

 美神はウィンクして微笑んだ。
 そんな美神に、おキヌは――

「あ……ありがとうございますっ」

 満面の笑みでもって応えた。


 そして、美神令子除霊事務所において、いつもより賑やかな夕食が始まった。
 結局帰ることのなかったエミが美神といつもの喧嘩をし始めたり、バラの生気を吸うピートと輸血パックをストローで吸うブラドーが親子喧嘩を始めたり。
 さらには、美神とエミの喧嘩を止めるためセクハラに走った横島が、二人の息の合ったツープラトン攻撃により夜空の星になったり。
 そんな喧騒の中、おキヌは美神からもらった櫛を、ぎゅっと握り締めていた。胸に広がるのは、どこか遠い安堵感。
 その気持ちの正体は、おキヌ自身にもわからなかった。しかし彼女は、その正体不明の安堵感に、今はただ心を委ねたいと思った。


 ――だが、おキヌは知らない。
 その櫛が、恐喝まがいの値切り交渉によって、当初の一割程度の値段で購入されたことを。


 ――とある山中。森の中にぽつんと建つ、寺院のような建物――

 その建物の名を、白龍会道場という。若手GSを養成する訓練校だ。
 夜も更けようかという頃、その庭から断続的に二つほどの打撃音が響いていた。

「……まだやってるの? 飽きないわねぇ」

 背中に某HGの決めポーズがプリントされたパジャマにナイトキャップという格好の勘九郎が、道場から庭に顔を出して、打撃音の主二人に声をかけた。

「ったりめえだ」

 と答えたのは、そのうちの片方、道着に身を包んだ陰念だった。もう一人の雪之丞も、同じく道着姿である。

「寝たけりゃ寝とけよ。俺はもうしばらく続ける」

 それだけ言って、雪之丞は打ち込みを再開した。二人の前には、幹に縄を何重にも巻いた植木がある。陰念も、雪之丞に続いて打ち込みを再開した。

「ふぅん? ま、ほどほどにしときなさいよ」

 勘九郎はそう言うと、一つあくびをして、寝室へと戻って行った。
 後には、二人の男と、夜空に響く打撃音――

「クックックッ……七年前のタマヤカップでの雪辱、GS試験で晴らしてやるぜ……! 楽しいよな、横島ァッ!」

「俺は……勝つ! 横島に勝って、その時こそおキヌちゃんと……! ォオリャアッ!」

 動機は違えど、熱い男の魂が、夜の道場に迸っていた。
 同時刻、二人のその情熱が矛先を向けていたとある男が、突然の悪寒に全身を震わせたのだが――
 それはまあ、どうでもいい話。


 ――あとがき――


 ナイトメア編に至る前の幕間その一って感じかなー。どうも皆さん。二人三脚二十二話をお贈りしましたいしゅたるです。
 今回は白龍メンバーとの出会いでした。もちろん、ただ会わせただけじゃなくて、ちょっとした伏線のつもりなんですがw 空の上で何があったのかは、語る機会はないし考えてもいないので、読者の皆さんの脳内補完に任せます(ぇー

 さて、前回結構ネタに走ってたので、今回の話は物足りないかもです。とりあえず、前回のネタは全部わからなかった人も多かったと思うんで、少し元ネタの紹介をば。
 前回のネタは、出した順に、『漫画:仮面ライダーSPIRITS(特撮番組:仮面ライダーストロンガー、仮面ライダースーパー1)』『特撮番組:仮面ライダーカブト』『PS2ゲーム:戦国BASARA2』『漫画:HELLSING』『TVアニメ:機動戦士ガンダム』といったラインナップになってました。

 ……詰め込みすぎではないですかorz

 次回からはもっと控えるか、なるべく一つの作品のネタで済ますよう努力します。これからも生暖かい目で見守ってやってください。

 ではレス返しー。


○ミアフさん
 神父の価値観は、髪>>>>(越えられない壁)>>>>栄養なんじゃないでしょーか? 栄養=髪という基本さえ忘れるほどにw

○shizukiさん
 初めましてー。感想ありがとうございます♪ そーいや、ミクシィでは同じコミュでしたね。あっちでは私、名前違いますが^^; そちらの方でもよろしくお願いしますー。

○黒覆面(赤)さん
 横島くんとおキヌちゃんの逆行は、今のところ漏れてないです。それやったら、きっと収集つかなくなると思いますので^^; ワルQの正体は……謎のままです(マテ

○AQさん
 初めましてー。感想ありがとうございますw はい、著作権はなるべく気をつけます^^;

○秋桜さん
 お笑いに目覚めたおキヌちゃん……行く末は横島くんと共に、吉本興業で夫婦漫才師としてデビューか!?

○ロムさん
 初めましてー。感想ありがとうございますw カミの表記は、ストレートな方がより笑いを取れそうだと思いましたのでw

○長岐栄さん
 やはり二人三脚ですから、おキヌちゃんの前にだけ障害物があるのは不公平かなーと思いましたので、横島の前にも陰念とゆー障害物になるかどうかも微妙な置物を配置しました。これで競技がより慌しく(笑

○零式さん
 腹筋が攣るほど笑っていただけたのなら、私としては会心の笑みを浮かべるしかなくw

○内海一弘さん
 確かに、美神さんや横島くんでもやれなかったかもしれませんw おキヌちゃんは自分の裏技に怯えていましたし、二度と使う気も起きないでしょう……(涙
 ブラドーは回収されてませんが何か?(酷

○とろもろさん
 神罰のあたりは私も悩みましたが、元ネタの雰囲気をなるべく保ちたいと思い、あえてあのままにしました。後から考えてみれば、『真髪(しんばつ)』でも良かったかも(マテ
 そういえば考えてみれば、ワルQ登場時は横島くんは気絶してたし、ワルQはワルQで成長した横島くんは見てないんですよね。これでは、まだ出会ってないも同然ですか^^;
 ブラドーのことは、きっととろもろさんの予想通りのことが展開されていたと思いますw

○ZEROSさん
 初めましてー。感想ありがとうございます♪
 ハゲが原因で死んだ魔族だなんて……他にいるはずもありませんね。哀れパイパー(涙

○山の影さん
 小竜姫さまが高島の死因を知ったら、アシュタロスと戦う個人的な理由ができてしまいますね。……その方向で先の展開を組み立ててみようかな?

○竜の庵さん
 初感想ありがとうございますー。才能だなんて言われると恥ずかしい限りですが、嬉しいです。
 ネタに走りきらない……と言われましても、私にとってはこれで精一杯ネタに走った結果ですが^^;

○亀豚さん
 横島くんは、自分の前世が高島だってことを知ってるから、小竜姫さまとのことはきっと気にするでしょうねー。そのあたりは、今度書きたいと思ってます。

○滑稽さん
 アレクサン○跳びというのはよくわかりませんが、想像しやすい方で想像していただければw
 ブラックは……どうでしょう? 私もブラック好きなので、ネタに走れれば走りたいんですけどねw

○IQさん
 初めましてー。感想ありがとうございます♪
 前回のネタはあとがきで少し解説入れておきましたー。最後のネタは……はい、その通りですw

○スケベビッチ・オンナスキーさん
 良くも悪くも、全て神父が掻っ攫っていったって感じですね^^; この作品の方向としては、確かに本命は横×キヌですけど……横島くんの女性事情だけじゃなくて、できればおキヌちゃんの男性事情も複雑にしたいと思ったり(ぇー

○A-senさん
 初めましてー。感想ありがとうございますw
 おキヌちゃんは、やっぱりあの事務所の一員ですので、見えないところで染まっていると思うのですよ。今回それが表に出ただけでw ジークのダンスは、もちろんそれも含まれてますw

○万尾塚さん
 確かに暴走神父は、小隆起召喚に匹敵する禁じ手ですねw やはり、横島くんのパートナーとして相応しいところを見せてくれたおキヌちゃんでしたw


 レス返し終了〜。では次回二十三話、ナイトメア編に至る前の幕間その二でお会いしましょー♪

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