三話『混沌、策動する』
イタリア、ローマ空港。
令子達、美神除霊事務所の4人はとある依頼でそこを訪れていた。
一人の金髪の青年が美神に向かって手を振った。
「シニョリータ美神!」
ピエトロ。
令子の師匠である唐巣和宏の新弟子。
令子とは兄弟弟子の関係になる青年だ。
駆け寄ってくるピエトロ・・・・・・ピートに対し、令子は訊ねた。
「どーも。他の人は集まった?」
今回の依頼はかなりの数のGSによる共同作戦と事前に知らされている。
何と戦うかは今だに知らされていないが。
ピートは丁寧に頭を下げて言った。
「ええ。美神さん達で最後です」
チャーターした中型飛行機まで案内しようとする。
付き従っていた優太郎がピートに訊いた。
「ピート君、何人くらいのGSが集まったのか教えてくれないかい?」
「あ、はい。式神使いの六道さんに呪術師の小笠原さんです」
「「「なぬぅ!」」」
それを聞いた優太郎と令子、横島は思わず顔を見合わせる。
式神使いの六道と言えば六道冥子だろう。
つい先月、暴走に巻き込まれて瀕死に追い込まれたのは横島と優太郎の記憶に新しい。
それに加え、
「エミの奴まで呼んだの・・・・・・ったくあの陰険くそ女~」
「あの人、美神さんに比べて1.25倍性質悪いんだよな・・・・・・」
一週間程前の事件で横島は一時的に呪術師小笠原エミの助手を務めた。
その時のハードさは美神に勝るとも劣らない。
悪霊を前に肉の壁扱いされ、あまつさえ寿命を削る呪いの媒介にされた横島。
「・・・・・・あんな巨大な煩悩の方が恐ろしい気もするんだけど」
優太郎が思い出す。
横島の煩悩で出来た呪詛の巨人に襲われたことを。
令子が赤字覚悟で御札を大量に使わなければ、かなり危ない状況まで追い込まれていた。
結局は呪いを逆手に取って令子が勝利をもぎ取ったのだが・・・・・・
「知り合いの人ばかりですね~」
おキヌが飛行機に乗り込みながら呟いた。
ヴラドー島。
島の山中に建てられた古めかしい古城。
一見朽ち果てた遺跡にも見えるその城の奥。
豪奢な玉座に座っていた一人の吸血鬼はワインを片手にふと天井を見上げる。
物憂げな光を宿す紅い瞳。
アッシュブロンドの髪の毛先を指で弄りながら、来訪者を待っていた。
チュイン!チュイン!チュイン!
「ほう?」
吸血鬼は呟いた。
城の外から何かが石壁を溶かす音が響き、天井が崩れる。
結界で城を囲み、侵入する不届き者が現れれば気づくように術式を設定していたのだが。
「愚息の・・・・・・ピートの雇った退魔師ではなさそうだな」
強引に入り口を開いた何者かに備えて玉座から立ち上がる。
何時でも闘えるように吸血鬼は身構えた。
「やあ、ヴラドー伯爵。700年振りかね。私にやられた傷はすっかり癒えたようだな。喜ばしい!」
穴の開いた天井から一人の紳士がふわりと舞い降りた。
古めかしい黒いマントに首に巻いた白いマフラー、シルクのシャツとスラックス。
理知的な光を湛えた瞳に傲岸不遜な微笑みがアンバランス。
30後半の渋めの容貌に見事なまでに白い髪。
白髪の紳士はパチンと指を鳴らす。
「紹介しよう」
まるで友人に家族を紹介するかのように紳士は言った。
「私の最高傑作である人造人間M666『マリア』」
チャイナスーツのようなワンピースの女性が宙から紳士の右手前に降り立った。
「イエス・Mrヴラドー・インサイト!」
左腕から機銃が起動しヴラドーと呼ばれた男を狙う。
「そして私の最新作の人造人間M777『テレサ』」
身体にぴったりフィットしたベストとミニスカートの女性が紳士の左手前に降り立った。
「オーケーマスター、敵対生命体補足!」
右腕から機銃がせり上がり、ヴラドーへと狙いをつける。
ヴラドーは犬歯をむき出し、紳士に吼えた。
「思い出したぞ。その顔!その声!その魔力!」
吸血貴族であるヴラドーに致命傷を負わせ、700年の眠りにつくきっかけとなった偉大なる錬金術師(グランド・マイスター)
吸血鬼は歓喜と憎悪の混じった声でその名を呼ぶ。
「Drカオス!!・・・・・・脆弱な人間である貴様がまだ生きているとはなッ!」
ふむ、とカオスと呼ばれた返答を返す。
「700年も前に言ったはずだぞ。このDrカオスの眼の黒いうちは、人の生き血は吸わせんとなッ!」
700年を越えた因縁の闘いが幕を上げた。
ヴラドーはおもむろにマントを翻し、そこから無数の蝙蝠を召喚する。
カオスは鋼鉄の姉妹に冷徹に命令を下した。
「マリア、テレサ、撃ち落すのだ」
「「イエス」」
カオスに向かって飛び交う蝙蝠を二人はマシンガンで掃射する。
撃ち落されるたび、蝙蝠がキイキイと悲鳴を上げ、闇に融けた。
所謂魔力で造られた使い魔。
仮初の命が与えられただけの存在である。
「く、余の眷属共ではダメージは与えられんか」
ヴラドーは親指を噛み、親指から出血した血をカオスに向かって飛ばした。
「鮮血の爪!(クリムゾン・ネイル)」
放たれた血は一振りの刃となってカオスに迫る。
だが、鮮血の爪は錬金術師の身体を切り裂くことはなかった。
「お怪我は・ありませんか・Drカオス?」
「ふむ。私は大丈夫だマリア」
「く、カオスの自動人形(オートマータ)か!?」
カオス謹製の超合金装甲のマリアが鮮血の爪をその腕で受け止めたのだ。
マリアの表皮1mmを切り裂く程度でヴラドーの攻撃は無力化した。
あまりの頑丈さに一瞬ヴラドーはあっけに取られる。
だが。
「姉さんばかりに気を取られるんじゃないわよ!」
ジェットエンジンをふかしたテレサの鉄拳がヴラドーを襲う。
「ぬぉ!?」
マントで鉄拳を受け止めたが衝撃で腕の骨にヒビが入る。
吸血鬼の治癒力ならば簡単に直る怪我だが、3対1のこの戦場では致命的な一撃だった。
さらに受け止めたはずの鉄拳が発射される。
「ロケットアーム!GO!!」
テレサの肘から先が爆煙をあげ、そのままヴラドーのマントを掴んだまま、城の壁まで飛んでいく。
「ぐはぁッッッ!!」
石壁が砕け、ヴラドーの身体が叩きつけられた。
復活したてで完全とはいえない状態なので、ダメージの回復が遅い。
叩き付けられた衝撃で肋骨が幾つか折れ、吐血する。
壁にのめり込んだヴラドーにカオスは悠然と近づいていく。
それを忌々しげに睨み上げながらヴラドーは訊ねた。
「こ・・・今度こそ、余を完全に消滅させる気か?」
「そうだな、それも良いかもしれん」
酷薄に笑うカオス。
ヴラドーは心臓に杭を打たれ、太陽の光で灰に変わる自分の姿を想像した。
数千年生きたヴラドー。
自嘲気味な表情を浮かべた。
まだこの世に未練がないといえば嘘になるが、だがここで消滅してもいいという気持ちもあった。
世界は大きく変わり、愛すべき者はとうに亡く、惰性で生きながらえるのは性に合わない。
ヴラドーは痛む胸を指差しながら、カオスに言う。
「余を思うなら、一息にここに杭を打て。心臓を完全に打ち貫いてくれ」
カオスはその言葉に首を振る。
「いや、お主にはちと協力して欲しいことがある・・・・・・殺すつもりはない」
「何だと・・・・・・?」
「ふふ、お主も私達の計画に一口乗れ。悠久の時を生きる我らにとって最高の娯楽になるやもしれん」
カオスはヴラドーに囁いた。
それは聖者に堕落をすすめる悪魔の囁きにも聴こえた。
「世界を超えたければ私の手を取れ。吸血伯爵」
「・・・・・・ふっ」
そしてヴラドーはカオスの手を取った。
「・・・・・・ヴラドーはもう、この島にはいない」
沈痛な表情でそう言ったのは唐巣神父。
ヴラドーを島から出さないための結界を張り続けていたのだが、令子達、応援のGS一団が到着する前に当のヴラドーは結界を破り、島の外へと消え去っていた。
「そんな!あの馬鹿親父が外界に出ればどれだけの問題が起きるか・・・・・・」
ピートが頭を抱えて懊悩する。
令子達は島へ来る途中の飛行機の中で、今回の除霊対象であるヴラドーの説明を受けていた。
700年も昔に世界を征服しようとした真祖の吸血鬼。
意気込んでヴラドー島に来たのに肝心のボスが逃亡したとあって、テンションが下り気味。
「あれ?」
優太郎はひとつ思いついたことがあったのでピートに訊ねた。
「そのヴラドーとやらって、太陽を克服しているのかい?」
「いえ、あの馬鹿親父は真祖ですが、太陽は克服してません。一時的に陽の下にでるくらいならともかく・・・・・・」
「じゃあ、こんな真昼間から外にでればその内灰になるんじゃないか」
そう、優太郎の疑問は現在の時刻。
やっとお昼を廻ったか廻らないかの日差し。
日の入りまで6時間はあるだろう。
「どういうことなのかしら?」
令子が考え込む。
こんな日の昇った時間帯に吸血鬼が出歩く。
ある意味、人間が熱湯の中を泳ぐようなものである。
自殺行為もいいところだ。
皆が頭を捻るが答えはでない。
唐巣が集まったGS達に申し訳無さそうに頭を下げた。
「まさか私の結界を破って逃走するとは思わなかった。正直、私の慢心が原因だった。すまない」
薄くなった頭を下げる唐巣。
その場にいたGS達はその陽光で輝く頭を見てそっと涙を拭った。
ヨーロッパにある、Drカオスの秘密研究所の一室。
棺桶を引きすりながら帰還したカオスとマリア、テレサの三人。
棺桶の中にはヴラドーが納まっている。
「お、Dr。お帰り」
研究所のダイニングルームで酒を飲んでいた男は帰ってきたカオスに手を振った。
男は三十前半の日本人。ボサボサの前髪を一房金色に染め、人好きのする顔に無精ひげを生やしていた。
格好は黒いジャケットに黒いズボン、ぱっとみ、そこいらの一般人の服装と変わらない。
「あら、カオス。あなたも一杯飲まない?」
男の隣でのんびりと杯を交していた女がカオスを誘う。
女は20代前半で、見事な金髪を八つに分けて結んだ一風変わった髪形をしていた。
白い肌にどことなく熱っぽく潤んだ瞳。
極めた整い、少女にも成熟した女性にも見える顔立ち。
黄金比のスタイルがその妖艶さに磨きをかける。
この女のためなら命を惜しまないという男は無数にいるだろう、と思える絶世の美女だった。
だがカオスは興味無さそうに首を振った。
「お主達が組んだスケジュールが押しているからな。そんな暇はないぞ。日本へ引っ越す作業をマリアとテレサとでせねばならん・・・・・・乳繰り合ってないでお前らも手を貸せ」
その言葉に男はやれやれと言った感じで立ち上がった。
「わかった。引越しの手配の用意は俺がしとくか。税関で引っかかるもんはあとで俺がカオスフライヤーで運ぶからな。どれが必要でどれがいらないかはよく分からんから、仕分けはしっかりとしといてくれ」
「おう。マリア、テレサ、機材の運搬を始めてくれ」
「イエス」
「オーケー」
カオスのラボがにわかに活気づく。
「じゃ、貴方、一緒に飲まない?」
「ふむ、マドモワゼル。お付き合いしましょう」
女と棺桶から這い出たヴラドーが酒盛りを始める。
真っ赤なワインはまるでこれから流れることになる血のようだった。
あとがき
そろそろ原作から離れることに。
カオスさんとヴラドーさんは今回第三勢力です。
カオスはボケてないし、マリアに加えテレサも開発。
はっきり言ってかなり強いです。
またヴラドーさんは第三勢力の尖兵役を担います。
今回はヴラドー退治は未然に失敗ということで。
次回はドラゴンへの道へ。
しかし、今回はカオスしか動かなかったな~。
レス返し
azumaさん
優太郎は人がいいので正面から罵ったりは出来ないです。
一応今回は裏編にあたります。
メインキャラが大きく変わるのがGS試験編なので。
meoさん
最近のDBはべジ○タでもかめ○め波が打てたりするので(まて!
内海一弘さん
流石に横島君じゃ地球破壊する度胸はありませんよ。
らららさん
個人的にはゼットマンが好きだったり。
堀川さんといえば名探偵コ○ンの関西の少年にイメージが強いです。