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「二人三脚でやり直そう 〜第二十話〜(GS)」

いしゅたる (2006-09-16 23:53/2006-11-23 23:25)
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 パイパーは焦っていた。

 一度本体に戻ってエネルギーを補給したとはいえ、その本体のエネルギー自体が切れかけているというのもある。
 それを解消するための金の針を、誰が持っているのかわからないというのもある。
 目の前にいる吸血鬼――その戦闘力がどれほどのものかわからない、というのもある。
 だが、彼を焦らせる最大の要因は、その背後に控える幼児の姿にあった。

(あいつ……美神令子が生きてるってことは……!)

 とりもなおさず、横島忠夫も生きている可能性が高いということを指す。
 子供にした以上は気にかけるほどでもないとも思うが、それでもあれは天性のジョーカーだ。油断していて足元をすくわれては、目も当てられない。
 パイパーは、死体の確認を怠った自分の迂闊さを呪った。
 だが。

『ホッホッホー! 吸血鬼ふぜいが魔族にかなうと思うなっ!』

 そんな焦りはおくびにも出さず、眼前の敵に踊りかかる。
 魔族としての矜持にかけて、人間に弱味を見せるわけにはいかないのだ。

 ――時間はほとんど残されていない。

 このバブルランド遊園地まで攻め込まれた以上、金の針を奪い返し本来の力を取り戻すしかない。
 でなければ――滅びの道あるのみ、だ。

「ふっ……」

 吸血鬼は薄く笑い、右の手の平を前に突き出す。
 その手から放たれた魔力砲をかわし、パイパーは吸血鬼に肉薄した。


   『二人三脚でやり直そう』
      〜第二十話 何かが道をやってくる!!【その4】〜


 ブラドーが魔力砲を連発し、パイパーを迎撃する。
 しかしパイパーは、軽快な動きでそれらをかわす。

「よく動く」

『ホッホー!』

 魔力砲をかいくぐり、ブラドーの懐まで飛び込んだパイパー。右手をブラドーの顔に向けて広げ、至近距離から魔力砲を放った。

「バンパイアミスト!」

 瞬間、ブラドーの体が霧になった。パイパーの魔力砲によって、ブラドーは文字通り霧散し、その霧は別の場所に集まり再びブラドーの体を形成する。
 パイパーはその実体化の瞬間を狙い、魔力砲を放った。しかしブラドーは、霧になる必要もないとばかりに、その魔力砲を余裕でかわす。

 標的に当たらなかった魔力砲は、そのままブラドーの背後にあった風船の一つに向かい――

 がいんっ!

 風船に当たる直前、硬い金属音を響かせ、弾かれた。方向を変えた魔力砲は真下に向かい、そこに満たされている水面に着弾し、大きな水飛沫を上げた。

『その風船はおいらが奪った人間の記憶さ! 割ればガキになった奴は元に戻るが、普通の手段じゃまず無理だね!』

 見ると、確かに風船には、それぞれ人間の似顔絵が描かれている。風船を割れば、それぞれ顔が描かれている人物が元に戻るのだろう。中でも飛び抜けて大きいのが二つあり、それぞれピートと小竜姫の顔が描かれていた。
 700年分と1000年分の風船である。特に小竜姫の風船は、今にも割れんばかりに膨らんでいた。

「なるほど……ならば、どうすれば割れる?」

『それを教える間抜けに見えるかい?』

「そうか。ならば貴様を倒した後で、美神に聞いてみるとしよう。どうせ知っているのだろうからな」

 言って、おしゃべりは終わりだとばかりに、パイパーはラッパを口にくわえた。

 ちゅらちゅらちゅらちゅらちゅらちゅららー。

 そのラッパが、軽快な音楽を奏で始める。

「ぶらどー! よけゆのよ!」

「ふん……」

 大声を上げる美神。しかしブラドーは、動かずに不敵に笑うだけだ。

 ちゅらちゅらちゅらちゅーらーらーっ。

 短い音楽が終わり――

『ヘイッ!』

「バンパイアミスト!」

 パイパーの掛け声とブラドーの声が、同時に響いた。
 霧となったブラドーは、すぐにパイパーの頭上で実体化する。その姿に、特に変化はない。

「無駄だ……霧に姿を変える余に、貴様の攻撃は当たらん」

『厄介だね……』

「今度は余の方から行くぞ」

 そう言って、ブラドーは間合いを詰めた。
 右、左と拳を繰り出し、キックも絡め、時には魔力砲も使ってパイパーを追い詰める。しかしパイパーもひらりひらりと動き、三次元的な動きでそれらをかわしている。

「ちょこまかと……」

 舌打ちするブラドーだが、実のことを言うと、今の彼はそれほど強いわけではない。目覚めて間もないので、大した能力が使えないのだ。
 使える能力といえば、魔力砲を発射すること、眷属であるコウモリを操ること、体を霧に変えること、相手の血を吸って従順なしもべとすることぐらいなものである。格闘戦など、実はほとんど経験がない。そもそも彼は、吸血で作った配下やコウモリを使うのが本来の戦い方だったのだ。

 とはいえ、それを言えばパイパーとて同じである。下級魔族で大した力を持たない彼は、相手を子供にして無力化したところで倒すという、有効ではあるものの後ろ向きな戦法しか取れない。

『そらっ!』

 反撃とばかりに、パイパーが魔力砲を撃つ。しかしブラドーは、バンパイアミストで難なくかわした。
 ブラドーは水面すれすれの場所で実体化し、パイパーを見上げた。

「とりあえずのところは互角……か。我ながら情けないな、このような低レベルの戦いしかできんとは」

 つぶやくが、その声には焦りはない。回避能力も残存魔力量も、自分が相手より上回っているとわかったからだ。事実、パイパーはわずかに息切れをしており、このままならば向こうが先にスタミナ切れを起こすことは明白だった。

 ――が。

『互角……だと?』

 パイパーが、にやりと口の端を歪めた。

『それを言うのは――あれを見てからにするんだなぁっ!』

 突然大声を上げ、パイパーがある一点を指差す。同時、その指差した先の壁が崩れ、中から磔にされた少女と机の姿が現れた。目を閉じ、全身から力が抜けている――完全に気を失っていた。

「愛子ちゃんっ!?」

 美神が声を上げた。その声を聞き、ブラドーは「ふむ」と驚いた様子もなく顎に手を当てた。

「人質か」

『そういうことさ。あの机妖怪が木材に成り果てるかどうかは、お前次第』

 言って、パイパーは右手をブラドーに向ける。

『よけるな。魔力がもったいない』

 告げ、魔力砲を発射した。
 しかしブラドーは警告を無視してかわした。水面に着弾した魔力砲が、水飛沫を上げる。

『……警告を無視したな? なら!』

 パイパーはブラドーにかざしていた右手を愛子に向けた。間髪入れず、その手から魔力砲が打ち出される。
 が――ブラドーはそれを見て、焦るどころか不敵に笑った。

「ふ……コウモリよ!」

 高らかに叫ぶと同時、どこからともなくコウモリの大群が押し寄せ、愛子の前に躍り出た。密集し、盾を形作る。
 魔力砲はコウモリの盾に当たり、愛子に届くことなく霧散した。直後にコウモリたちは散らばり、何匹かは力尽きて落ちていったが、吸血鬼の眷属なだけあって、ほとんどは大したダメージもない様子だ。

『なっ……!』

「これだけか?」

 驚くパイパー。ブラドーはこともなげに、鼻で笑った。

「人質を取ってこの程度か。期待はずれだな……ならばそろそろ、とどめを刺してやろうか?」

『くっ……予想以上に厄介な相手だな、吸血鬼。やっぱり、ガキにしてやらないことには勝てそうもないか』

「無駄な努力はやめることだ」

 パイパーの腕前では、ブラドーの回避能力を上回ることはできない。それは今さっきの攻防で証明されている。
 が――パイパーは、焦りの様子も見せず、それどころかニタリとした嘲笑を浮かべた。

『……知ってるかい? 勝利を確信した瞬間――それが最も危険な瞬間なんだよ?』

「なんだと?」

 パイパーの言葉に、ブラドーが疑問の声を投げかける――その時。

「ぶらどーっ!」

 美神の声が飛んだ。同時、ブラドーの体が、背後から『何か』に拘束された。

「なにっ!?」

 驚き、首だけ回して背後を見やる。
 するとそこには、水の中から姿を現した、マントを羽織った巨大なネズミの姿――

「こ、こいつは……!?」

『ホッホッホー! お初にお目にかかる。おいらがパイパーの本体さ!』

 ネズミ――パイパーの本体が、声高に名乗った。

「馬鹿な……本体だと!? 魔力など感じなかったぞ!」

『そりゃそうさ。分身をオトリにして、この霊波迷彩マントで魔力を隠し、水中から背後に忍び寄ってたんだからね。
 ……おっと。霧になって逃げようったって無駄だよ。おいらの両手から放射される魔力が、お前の魔力にジャミングをかけてるからね』

 その言葉通り、ブラドーを掴むネズミの手からは、彼の体内に向けて魔力が放射されている。これでは、バンパイアミストが使えない。
 上空にいる分身のパイパーが、ブラドーに向けてラッパを構える。

『それじゃ……そろそろガキになってもらうよ』

 宣告し、ちゅらちゅらとラッパを奏で始める。

「くっ……!」

 ブラドーはもがくが、パイパーの拘束は緩む気配さえ見せない。そうしている間にも、ラッパの演奏は無常にも終わり――

「コウモリよ!」

『ヘ「ばさばさばさばさっ!」イッ!?』

 パイパーの掛け声は、しかし同時に群がってきたコウモリたちのせいで、中途半端に終わった。
 が――


 ぼんっ!


 それでも術は届いたらしく、ブラドーの姿は爆発の煙に覆われた。
 そして、煙が晴れたところには――

「ば、ばかー!」

 美神がその姿を見て、罵声を上げる。ブラドーはパイパーに掴まったまま、幼児と化していた。

『ふん、てこずらせやがって……コウモリのせいでほとんど記憶を奪えなかったが、それでもガキにはした。これでお前は無力さ』

 パイパーは吐き捨て、ブラドーをポイッと投げ捨てた。ブラドーの体は放物線を描き、磔にされている愛子の下にドサリと落ちた。

『さて……それじゃ美神令子。邪魔者は片付けた。次はお前だ……』

 言いながら、パイパーの分身は本体の方へと降りていく。本体に体の半分を埋めたところで、ゆっくりと美神の方へと近寄り始めた。
 美神は「くっ……」とうめきながら、あとじさる。

 ――しかし。

「何を勝った気になっている?」

 そのパイパーの背後から、声がかかった。
 パイパーが振り向くと、そこではブラドーが起き上がっていた。パイパーはふんと鼻を鳴らし、嘲笑する。

『記憶も経験もほぼそのままとはいえ、ガキの体で何ができるってんだ?』

「……余も油断が過ぎた、ということだな。正直、このようなザマを見せるとは思わなかった。いいだろう。


 貴様をカテゴリーA以上の敵と認識する」

 パイパーの嘲笑は無視し、ブラドーがそう言ったと同時、彼の周囲に眷属たるコウモリが群がった。
 その中心で、ブラドーは不敵に笑い、両手を不規則にゆらりと躍らせる。


「拘束制御術式第3号、第2号、第1号、開放。状況A『クロムウェル』発動による承認認識。目前敵の完全沈黙までの間、能力使用限定解除開始」


 つらつらと機械的に台詞を読み上げる間、コウモリたちが次々とブラドーの体にまとわりつく。体が、両手が、両足が組み上げられ、やがてブラドーの体は、幼児化前のものと寸分変わらないほどまでに戻った。

『な……!?』

 これには、さすがにパイパーも驚愕の色を隠せない。術を防がれたことはあっても、幼児化した相手が自力で術を破るなど、今まで一度もなかったのだ。
 しかしブラドーは、そんなパイパーの驚愕も無視し、感情のこもらない声で告げる。


「では教育してやろう。本当の吸血鬼の闘争というものを」


 ずるり、と。

 ブラドーの体の一部が崩れ、黒い狼の姿となる。それは一声大きく吼えると、真っ直ぐにパイパーへと襲い掛かった。

『うおっ!?』

 眼前の敵の予想もつかない攻撃に、パイパーは落ち着くこともできない。しかしかろうじて回避することができ、さらに大きく距離を取って、狼がブラドーの体に戻るのを見届けた。

『こ、拘束制御術式……だと? まさかお前、能力を封印されていたってのか……?』

 その問いに、ブラドーは自嘲気味にふっと笑った。
 この吸血鬼に、一体どんな事情が……? その疑念は、彼のその笑いから一層深まった。パイパーは、次に出てくる言葉を聞き漏らすまいと、わずかに聴覚に神経を集中させる。

「そんなことは決まっている……


 今のはただの趣味の演出だ。別に封印なんてされていない」

『趣味の演出でパワーアップするなあああっ!』

 パイパー渾身のツッコミが、施設内に響いた。


「うわすっげ……あれが吸血鬼かよ……」

 物陰からひょっこりと顔を出し、ブラドーとパイパーの戦いを覗き見る二対の瞳。二つの人影が、その戦いをじっと見ていた。
 ブラドーが体の一部を切り離し、あるいは狼に、あるいは大鷲に、あるいは無数のコウモリへと変じさせてパイパーに襲い掛からせる。パイパーは必死にそれらをかわし続けるが、それもいつまで続くかといったところだった。
 と――ブラドーは何を思ったか、唐突に攻撃をやめ、「そろそろとどめと行くか」とばかりに不敵に笑って懐から何かを取り出した。しかし、押しているとはいえ、とどめと行くにはまだ一撃も与えていない。

 ともあれ、彼が取り出した何かは、遠目にはわからないほどに小さかった。

「なあねーちゃん。もしかしてあれが……?」

「ああ、たぶんな。金の針だ。タイミングを計って出るぞ」

「わかってるねん。打ち合わせ通りにな」

 影は、冷静に事態を静観していた。


「くっくっくっ……よくよける」

 ブラドーはパイパーを襲っていた大鷲を体に戻し、逃げ惑うパイパーを高い位置から見下ろしていた。その様子は、どこか獲物を追い回して遊ぶ猫を連想させる。

「だが、こちらとしても、そう長く遊んでもいられぬのでな。早々にとどめを刺させてもらう」

 言って、ブラドーは懐に手を入れ、中から何かを取り出した。目を凝らしても見えるか見えないかというほどに小さなそれを、見せびらかせるように左右に振る。

『そ、それは……!』

 それを見たパイパーが、顔色を変えた。それもそのはず、ブラドーが手にしているのは、パイパーが求めてやまなかった金の針だったのだ。

「そう、金の針だ」

 言いながら、手近にある風船に視線を巡らせる。ちょうど一番近い場所に、前髪前線の後退した人の良さそうな中年の風船があった。
 ブラドーは無造作に、その風船に向かって金の針を突き入れた。パンと小気味いい音を立て、風船が破裂する。

『返せ! そいつは元々おいらのもんだ!』

「おっと」

 風船を割ると同時に襲い掛かってきたパイパーを、ブラドーはこともなげにかわした。

「ふむ、なるほど。この金の針を使えば、風船を割ることができるのだな」

『それ以上割らせるものか!』

「試しただけだ。心配せずとも、割るのは貴様を倒した後にしてやる。これは上手く使えば、武器になるのだろう? 貴様を倒す、な」

 言って、針をパイパーに向ける。

『くっ……!』

 パイパーは歯噛みし、ブラドーを睨み付けた。
 一秒、二秒、三秒――そのまま睨み合い。

 …………。

 ……。

 …。

 ノーアクション。

『…………?』

 パイパーが訝しそうに眉根を寄せると、ブラドーがおもむろに、針を目の前に寄せて凝視した。上に振りかざし、ぐるりと回して円を描いたり、ぶんぶんと振ってみたり。
 その様子に、パイパーの脳裏にアホらしい推論が浮かんだ。

『まさか……?』

「……これはどうやって使えば武器になるのだ?」

「『やっぱりかっ!?』」

 美神とパイパーのツッコミが重なった。

『ええいっ! アホには付き合ってられん!』

 投げやりに叫ぶと、パイパーは分身を本体から分離させ、愛子の元へと向かわせる。

「ぶらどー! まじゅいっ!」

「むっ!」

 美神が声を上げ、ブラドーが飛んで行った分身の方へと注意を向ける。しかしその眼前に、本体のネズミが立ちはだかった。
 パイパーはすぐに愛子の方へと辿り着き、その首を鷲掴みにする。

「しまった!」

『もはや一刻の猶予もならん! この妖怪の命が惜しければ、今すぐ金の針をこっちによこせ!』

 言いながらも、パイパーはギリギリと愛子の首を締め上げる。気絶している愛子の顔が、苦痛に歪んだ。

「愛子ちゃん!」

「むぅ……!」

 これでは先ほどのように、眷属を使って防御することもできない。しかし、パイパーに金の針を渡すわけにはいかないのだ。
 かといって、愛子を見殺しにするのは避けたかった。何と言っても、おキヌの大切な友人である。
 彼女が勤務し始めてからのここ一週間、事務所は家事全般において相当の世話になっている。その彼女には、できれば悲しい思いはさせたくない。

 ならばどうするか。ブラドーも美神も、すぐに結論は出せずにいた。

『何をしている! 今すぐと言ったぞ!』

 しかしパイパーは、そんなことお構いなしに、どんどんと愛子を締め上げる力を強める。
 が――その時。

「うわあああああーっ!」

 突然、別方向――しかもかなりの至近距離から、叫び声が上がった。そちらの方向に視線を向けると、小さな人影がこちらに向かって走ってきている。

『なにっ!?』

 思いもかけない第三者の乱入に、パイパーは度肝を抜かれた。その隙に、人影は池の手前で大きくジャンプし、パイパー本体の頭の上に着地した。

『ぎゃふっ!』

 脳天を足蹴にされ、パイパーは無様に息を吐く。人影はそのまま二度目のジャンプをし、ブラドーに飛び掛った。

「ぬぅっ!?」

 だが、ブラドーはその人影を、すんでのところでかわす。人影はどぼんと音を立てて水の中に沈み、しかしすぐに体を浮かせ、ばしゃばしゃと泳いで対岸へと渡った。

『な……誰だ!?』

「ンなことどーでもいいんだよ!」

 声は、分身パイパーのすぐ横から聞こえた。パイパーが振り向くと同時、その頬に霊気を乗せた拳がクリーンヒットする。

『げふっ!?』

「愛子は返してもらうぜ!」

 地面に倒れこんだパイパーに、拳の持ち主――魔理はそう言って、愛子を磔にしている拘束具を力ずくで外す。右肩に愛子を担ぎ、左腕で本体の机を抱え、ダッシュでその場を後にした。
 そして、ブラドーに飛び掛っていた人影と合流する。

「やーいハゲ親父ー! 金の針はこっちやでーっ!」

 その小さな人影――横島が、針を持った手をぶんぶんとこれ見よがしに振り回し、パイパーを挑発した。そのまま、パイパーが追ってくるかどうかも確認せず、出口へと一直線に逃げる。

『よ、横島……貴様かああああああっ!』

 魔理の拳のダメージから回復し、起き上がったパイパーは、本体と融合して怒りもあらわに横島の後を追った。


 横島たちが去った後、洞窟施設にはブラドーと美神が残された。

「……行ってしまったな」

 自分の手元を見ながら、ブラドーがぽつりとこぼした。
 その手には、金の針。横島が奪っていったというのは、完全にハッタリである。

「それにちてもぶらどー、意外にやゆやない」

「いや、実はかなり危なかった」

 ブラドーがそう言うと、彼の体から無数のコウモリが飛び立ち、後には子供の姿になったブラドーだけが残された。

「この通り、コウモリを使って本来の姿に『見せていた』だけだからな。狼や大鷲も、単にコウモリたちに組体操をさせていただけで、実質的に攻撃力はなかった。
 無論、攻撃をよけられていたのもわざとだ。一撃でも当たってしまったら、フェイクであることがバレてたのでな」

 つまり、ブラドーもハッタリを使って誤魔化していただけだったのだ。そうやってエネルギー切れを狙うという、バレたら終わりの消極策である。

「ぶらどーも裏技使うやけの頭あったのねー」

「何を言うか。「この業界、ハッタリが重要」と教えたのはお前だろう」

「そうやっけ?」

「そうだ。それでは、お前の風船を探して割るとするか」

 そう言って、ブラドーは周囲を埋め尽くす無数の風船に目をやった。
 ……正直、嫌になるぐらいに多かった。

「はやくちないと、よこちまが危ないかや!」

「仕方あるまい」

 美神の焦った声を背中に受け、ブラドーは風船を一つ一つ調べ始めた。


『待ちやがれーっ!』

 背後から、分身の上半身を頭から生やしたパイパーが、追いすがってくる。

「追ってくるぞ!」

「だいじょーぶっ!」

 魔理の言葉に、横島は力強く頷いた。カーブを曲がり、出口から外に出る。
 空は既に白みがかっていた。もう夜明けである。

 一方パイパーも、カーブを曲がって出口へと一直線に走る。

『逃がすかーっ!』

 叫び、出口をくぐり――


 がんっ!

『げぶっ!?』


 そのまま、虚空――と思い込んでいた風景画のハリボテに、思いっきり頭を打ち付けた。
 その衝撃でハリボテが倒れると同時、尻餅をついたパイパーの足元が抜けた。

『ぎゃふっ!』

 意外と深い落とし穴の底には、どこから調達したのか、季節はずれもいいところな竹松が置いてあった。もしかして、竹槍の代わりとでも言うつもりなのだろうか。

「うわははははーっ! 怒ったおかんから逃げるために、おとんから教えてもろたトラップや! 使うとオシオキがキツくなるさかい、今まで使えへんかったけどな!」

『な、な、な……なめやがって……!』

 落とし穴に落ちたパイパーは、あまりにも人を小馬鹿ににしたブービートラップと横島の言葉に、怒りのボルテージがふつふつと上がるのを感じていた。竹松を乱暴に倒し、分身だけ飛ばして落とし穴から脱出させる。

『やはり貴様だ……! 貴様が土壇場で引っ掻き回す……! 金の針を……返せええええっ!』

 吼え、全力で空を飛び、横島と魔理に追いすがった。


 おキヌたちがバブルランド遊園地に到着した頃、空は既に白みがかっていた。

「早く! きっと、美神さんたちもここに来てます!」

 車から降り、話す時間ももどかしいとばかりに、おキヌは走り出しながら、かおりたちを促した。

「でも、この広い遊園地の一体どこを探すつもりですの?」

「当てはあります! とにかく急いで!」

 未来の記憶から、パイパーの潜伏場所は知っていた。『当て』の根拠については追及されるかもしれないが、それを危惧している場合ではない。
 当初、分身パイパーを自分たちに引き寄せてその間に……と思って、愛子にブラドーと金の針を運んでもらったのだが、こうまで事態がややこしく推移するとは思ってなかった。とにかく、横島たちの安否が心配だった。

 おキヌたちは、一直線に例のアトラクション施設へと向かった。――その途中。

「あ、あれは……!」

 かおりが前方を指差す。そこには、愛子を抱えて走る魔理と、その横を並走する横島の姿。

「だーっ! しつこい!」

「ねーちゃん! 追いつかれる!」

『殺す! 殺してやる!』

 二人の後ろから、パイパーが血相を変えて空から二人を追っている。怒りのためかとんでもないスピードを出しており、二人はもはや追いつかれる直前であった。

「横島さん! 一文字さん!」

「おキヌちゃん!?」

「おキヌねーちゃん!」

『ちっ! もう来たか! だが……』

「パイパーっ!」

 今にも二人に飛び掛らんとしていたパイパーに、おキヌが懐から何かを取り出して投げ付ける。

『む……っ!』

 それは小瓶だった。パイパーは、飛んできたそれを、反射的にキャッチして制止する。
 その隙に、二人はおキヌたちの元へと辿り着いた。

『なんだこれは?』

 パイパーは、おキヌが投げ付けてきた小瓶に目を落とす。敵対する者が投げてきた以上、火炎瓶に類する武器かもしれないと思ったのだろう。
 が――そのラベルを見た瞬間、パイパーはぴしりと固まった。

『……………………おい。なんだこれは』

 しばしの沈黙の後、パイパーは額に井桁を浮かび上がらせ、小瓶を突き出しておキヌに尋ねた。
 その小瓶に貼られたラベルに書いてある文字は――


 強力育毛剤モッサリンX


「欲しければまだいっぱいありますよ?」

『馬鹿にしてるのか貴様らああああああっ!』

 叫んだパイパーの頭が、朝日を反射してキラリと光った。


『くそっ! くそっ! くそっ! 人間ふぜいが! 魔族のおいらを馬鹿にしやがってえええっ!』

 怒り心頭となってもなお横島を捕らえようと、パイパーは彼一人を執拗に追っている。
 しかし冷静さを失い、直線的な動きしかできなくなったその攻撃を、かわすことは難しくない。

「さすがですね、氷室さん。相手を挑発して冷静さを失わせるなんて」

「あはは……」

 ああやって相手のペースを乱すのは、言ってみれば美神流の基本であった。しかしおキヌにとっては慣れないことなので、ここまで上手くいってもらうと逆に気持ちが引ける。
 おキヌは逃げる間にも、隠し持っていた育毛剤を次々とパイパーに投げ付けた。パイパーはそれらをことごとく打ち落とし、そのたびに怒りを増幅させる。

『そこまでおいらをハゲ扱いしたいのか!』

「……ところでおキヌちゃん、いつの間にンな大量の育毛剤を用意したんだ?」

「あ、それはですねー」

 魔理の質問におキヌが答えようとした、その時――

「あうっ!?」

 横島が、放置されていた角材につまずき、転倒した。

「横島さんっ!?」

『ホッホッホー! 間抜けだね、横島ァッ!』

「うあっ!」

 直後、ついにパイパーが追いついて横島を引っさらってしまった。
 パイパーは横島を捕まえたまま、空中で制止する。

「よ、横島さん!」

『ハァ……ハァ……てこずらせやがって。お前は殺してやるが、その前に金の針……は……』

 パイパーの台詞が、途中から尻すぼみになる。それもそのはず、パイパーは、横島の手に握られているものが、金の針などではないことに気付いたからだった。

「へ、へへ……引っ掛かったなハゲ親父……」

『た、ただの針金だと!? 貴様、どこまでおいらをコケにすれば気が済むんだ……! 殺す! 今すぐ殺してやる!』

 平行未来の轍は踏まない――そう宣言したくせに、同じようなことをされて同じように引っ掛かった。その自分の迂闊さに対する憤懣を、目の前の小さな存在にぶつける。

「かはっ……!」

『死ね! 今すぐおいらの前から消えろ!』

「よ、横島さーんっ!」

 手加減など一切せず、横島の首の骨を折らんばかりに力を入れるパイパー。横島が苦しみに悶え、おキヌの悲鳴が響く。
 が――その時。


「待ていっ!」


 パイパーの凶行を制止する女の声が、朗々と響いた。同時、パイパーの腕に銃弾が打ち込まれる。

『がっ……!』

 腕を刺す痛みに、パイパーは横島を取り落とす。真下に駆け寄っていたおキヌが、横島の小さな体を受け止めた。
 パイパーは、自らを撃った狙撃者の姿を確認せんと、声のした方へと視線を向けた。

『だ、誰だ……!』

 おキヌたちも、そちらの方に目を向ける。そこには、工事関係者が使っていたであろうプレハブ小屋の上で、朝日を背にして仁王立ちする女の姿があった。

「「「『……………………』」」」

 パイパーも含め、全員が言葉を失った。中には、唖然と口を開けているのもいる。
 女は、一見して人間ではなかった。ベレー帽をかぶり、背中からは羽根が生えている。だが、彼女らが絶句したのは、そこではない。

 女は、仮面で顔を隠していた。それも、縁日で売っているようなセルロイドのお面だ。超加速っぽい技で戦う、カブトムシを模した変身ヒーローのお面である。

 その仮面女は、絶句している一同など無視し、静かに語り始めた。


「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ……

 ショタを守れと、私を呼ぶ……!


 聞け悪人! ショタQなどと呼ぶことなかれ! 私は正義の戦士!

 仮面ワルQストロンガー!」


「……そりゃカブトムシ違いだろーが」

「突っ込むところはそこですの?」


 ――あとがき――

 あーやっと壊れ指定つけられたw このネタ思いついてから一ヶ月、やっとこ出すことができました。
 とゆーわけで、オリキャラの仮面ワルQストロンガー登場です。え? オリキャラじゃない? そんな意見は知りませんよー。ちなみに後ろには、仮面ワルQスーパー1が恥ずかしそうに控えてます。彼女がいる理由は……たぶん、メドとパイパーの会話を思い出せばわかるかとw
 ついでに、次回はもう一人壊れキャラ出してパイパー編決着といきます。長くならないといいんだけどなー。
 てゆーか、今度こそ早く書き上げたい;;

 ではレス返しー。


○黒覆面(赤)さん
 横島くんは煩悩がない時の方が男前ですw でも、今回一箇所、お馬鹿なところを見せてましたがw

○スケベビッチ・オンナスキーさん
 ブラドーは原作では一回こっきりの出番でしたからね。こういうキャラは色々といじり甲斐がありますので、書いてて楽しいですw ネクロマンサーの笛で防ぐのは、パイパーが本調子だと防げませんね。威力はともかく、範囲の問題で。

○kamui08さん
 私としては、横島夫妻の教育は結構しっかりしてると思うんですよ。特にグレートマザーw でなければ、横島は(表面的な部分はともかく、内面的な部分で)主人公できるようなキャラに育ってませんから。

○ダヌさん
 魔理ちゃんは一直線なキャラですけど、やっぱり必死になる理由ってのは欲しいなーと思って心理描写しときました。素晴らしいと言ってもらえて嬉しいですw

○名称詐称主義さん
 ブラドーの支配は、無効化されてます。けどボケ親父なので、ぜんぜん気付いてませんw 使い魔の逆支配は、一応できます。パイパーがフルパワー状態だとわかりませんが^^;

○零式さん
 次回はおキヌちゃんの『裏技』が炸裂します。乞うご期待w

○秋桜さん
 ブラドーは早々に美神事務所色に染まってますw そういえば、成り行きでやらせたけど、確かに横島&魔理のタッグって見たことないですね。

○ミアフさん
 それを言ってしまうのも、ブラドークォリティということでw

○内海一弘さん
 真祖対悪魔といっても、両方大したことないので^^; ブラドーのハッタリのせいで、見た目は迫力あったかもしれませんがw
 横島くんがああいうふうに育ったのは、思春期に入って煩悩(あるいは大樹の遺伝子)に目覚めたのが、全ての元凶ですw

○亀豚さん
 ちょ! なんか勢いで凄いことカミングアウトしてません!? ブラドーのポテチは、意外にもガーリック味?(マテ

○000さん
 はじめまして♪
 漫画は漫画ですからw ブラドー『ごとき』では見よう見まねしかできないでしょーねーw そのうち、対化物戦闘用13mm拳銃でも欲しがりそうですね。

○ショウさん
 はじめましてー♪ ベスト3とか言われて、すごく嬉しいです♪
 あの台詞が出た後は、吸血鬼の方が死んじゃうんですよねー。確かに笑えないですわw

○SSさん
 私も、ブラドーが味方として活躍する作品をたまに見ると、なんとなくニヤリとしてしまいますね。GSは一発キャラでも味があるから、できれば他のキャラも活躍させたいところです。

○甚六さん
 ちび横島くん、有言実行しました! れーこちゃんからパイパーを引き離しましたよーw 次回はパイパーがフクロにされますw

○滑稽さん
 はじめましてー♪
 銃かー。持たせてみるのも面白いかもですねw けど美神のことだから「魔力砲があるでしょ?」とか言って銃なんて用意しないかも^^; 小竜姫&美神フラグは点灯させる予定ですー。

○とろもろさん
 メドーサフラグに関しては考えてあるんですが、だいぶ後になってからですねー。私もメドは嫌いじゃないし、一番好きなメドは悪役メドなんで、どうにか悪役のまま死亡させずにフラグ立てたいと思ってますw

○山の影さん
 車のエンジンは、たぶん免許を持っていないであろう鬼門たちの運転技術をサポートするため、あーなってるのかとw 次回、鬼門があと一回ほど活躍します。

○わーくんさん
 今回ラストで壊れキャラ登場しましたから、パイパーには理不尽な死が待ってますw 次回をご期待くださいーw


 レス返し終了ー。では次回二十一話でお会いしましょう♪

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