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「二人三脚でやり直そう 〜第十九話〜(GS)」

いしゅたる (2006-09-11 01:02/2006-11-23 23:31)
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 ぎぃ……

 軋んだ音を立て、黒塗りの棺がその蓋を開いた。
 むくり、と中から黒い人影が上体を起こす。

「……むぅ……」

 真紅の瞳、アッシュブロンドの髪。着ている服は黒いタキシードで、その上に闇色のマントを羽織っている。
 端正な顔立ちをしたその男は、しかし寝起き特有の緩みまくった表情をしていた。

 男――ブラドーはのっそりと立ち上がり、煌々と輝く月をぼけーっと見上げる。
 その足元……棺の中には、空っぽになった輸血パック、食べかけのポテチ、読みかけの漫画本が散乱していた。なんとゆーか、引き篭もり生活臭に満ち満ちた棺であった。

「……いい月夜だな……」

 ぽつりとこぼす。そこで――ふと、自分の棺が屋外にあったことに気付いた。

「む……?」

 周囲を見回す。作りかけの城、ハリボテの洞窟、上下左右にうねるレール、観覧車などが見て取れる。どこかは知らないが、作りかけのような、廃墟のような、そんな雰囲気の漂う場所だった。

「はて……? 余は事務所で寝ていたはずだが……?」

 腕を組み首をかしげ、寝起きの頭を回転させる。自分の棺が置いてあったのがここだということを念頭に置いて、状況を推理する。

「――はっ!?」

 やがて、何かに思い当たったのか、彼の顔が唐突に真剣なものになった。

 ――いや待て。まさか……いや、あの所長ならば十分に有り得る。まさか……まさか……


「粗大ゴミにされたっ!?」


 絶望的に叫ぶ吸血鬼の足元には、一つのトランクと愛子の携帯電話が転がっていた。


   『二人三脚でやり直そう』
      〜第十九話 何かが道をやってくる!!【その3】〜


『死ねえっ!』

 小竜姫に掴まって空を飛ぶも、追ってくるパイパーの魔力砲が、背後から迫る。

「しょーりゅーちゃん、みぎっ!」

「はいっ!」

 美神の言葉を受け、小竜姫が回避運動を取る。続けて放たれる魔力砲も、美神の的確な指示によって確実にかわし続ける。
 しかし、それも長くは続かないだろう。小竜姫と美神のそれぞれの手を掴んでいる横島の手は、両方とも既にしびかけれている。神族である小竜姫はどうだかわからないが、人間の子供の腕力で、自分ともう一人の体重を支えるのも無理がある。

「しょーりゅーちゃん、むこう! 遊園地行くのー!」

 美神が指差す方向を見ると、そこには夜闇の中であって、ひときわ深く黒い城の形をしたシルエットが見えた。幸いなことに、ゴールはすぐそこらしい。
 が――

『ちぃっ……! そこまで行かせてなるものかーっ!』

 ゴールが見えたことで気が緩んだ一瞬の隙。吼えて放たれたパイパーの魔力砲は、偶然か狙われたものかはわからないが、確実にその隙を捉えていた。

「しょ、しょーりゅーちゃ……!」

 どごんっ!

「ああっ!?」

 回避運動も間に合わず、魔力砲の直撃を受ける小竜姫。彼女はそのまま浮力を失い、真下の森に向かって落下していく。

「しょーりゅーちゃん!?」

「っきゃあああああっ!」


 ザッ――!


 木の葉がこすれ、枝が揺れる音。
 三人の子供が眼下の森に墜落するのを見届け――パイパーはやっと止まり、その場に滞空した。

『この高さだ……神族ならともかく、人間の子供が生きていられるはずもない。これで、最大の障害は排除できたわけだ。……うっ』

 一つの勝利を確信し、ニヤリと口の端を吊り上げ――しかし、すぐにその表情を苦痛に歪めた。

『くっ……魔力を使い過ぎた。ガキ一匹始末するのに、手間をかけすぎたか……早く金の針を取り戻さないと……
 氷室キヌの居場所は……くっ。こっちに向かってる。ここまで来られては、眷族を全て呼び戻すべきか……』

 唐巣教会で逃げられて以来、ずっとマークさせてた眷族から情報を引き出し、ホテルの時と同様に居場所を特定する。
 そしてパイパーは、おキヌたちを迎え撃つべく、再び空を飛んで行った。


「……う……」

 しびれるような激しい痛み。横島はうめきを上げ、ゆっくりと目を開ける。

「あ、よこちま気がついたかや?」

 一番最初に目に入ったのは、心配そうに覗き込んでいる美神だった。
 状況を確認しようと、目だけを動かして周囲を見る。森の中らしく、どこに視線を向けても木ばかりだった。
 そして、一番近くの木には――

「た、たかしまさん……だいじょーぶでしたか……?」

「しょ、しょーりゅーちゃん!?」

 全身傷だらけの小竜姫が、幹に背を預けて座り込んでいた。

「だ、だいじょうぶでしたかって……ボクよりしょーりゅーちゃんの方がよっぽどひどいやん!」

「わたしは……だいじょーぶですよぉ……これでも、ぶしんのたまごですから……」

 言って、にっこりと笑う。けど、それは見るからに痛々しい作り笑いだった。

「しょーりゅーちゃんは、れーこたちをかばって大怪我しちゃったんだかや」

「い、いわないでくださいよ、れーこちゃん……」

「とにかく、れーこはいくかや、よこちまたちはここで待っててね」

 美神はそう言うと、すたすたと歩き出した。

「れ、れーこちゃん! どこ行くねん!」

「よこちまは狙わえてゆかや、動かない方がいいの。遊園地行けばパイパーやっつけらえゆかや、あとはれーこにまかせなさいっ!」

「れーこちゃん!」

 横島が止めるのも聞かず、走り出した美神はそのまま木々の向こうに消えて行った。

「…………」

 美神を見送った彼は、なんとも言えない悔しげな表情をしていた。
 見ると、小竜姫はいつの間にか気絶している。おそらく、横島のことが気がかりで、彼が目を覚ますまで気を張っていたのだろう。

「……ボクの……せいで……」

 パイパーは、横島を狙っていた。
 彼女は、その横島を守るため、こんな大怪我を負った。そして今、美神までもが死地に赴こうとしている。
 しかし彼は。狙われている彼自身は。

「……何も……できてへんやんか……ボク……」

 ぎり。

 歯軋りの音が、周囲に響く。
 守られているだけ? 男の子が、女の子二人に、ただ守られているだけ? 二人は勇敢に立ち向かったというのに、自分は怖くてろくに動けず、できたことは逃げることだけ。

 ――情けない――

「……そんなん……ガマン……できるかいな……あほ……」

 喉の奥から声を搾り出し、見据えるその先は美神が向かった場所――バブルランド遊園地。
 横島は上着を脱ぎ、気を失っている小竜姫にかけてやると、しっかりとした足取りでバブルランド遊園地へと歩き出した。


「急いで! 早くしないと、横島さんが……!」

 後部座席から身を乗り出し、おキヌは運転席に座る鬼門を急かす。
 五人が乗る自動車は、見た目は黒塗りのクラシックカー(車種はおキヌにはわからなかった)だが、妙神山御用達なだけに普通じゃない改造が施されている。乗る直前、ボンネットの下に一瞬見えた目玉と目線が合ってしまったおキヌは、追究する気にもなれなかったが。

 ともあれ、五人を乗せた車は、真夜中の街道をひた走る。一路、バブルランド遊園地を目指して。
 が――

「お、おい! 前!」

 魔理が前方を指差す。しかし、言われるまでもなく、その時には全員が気付いていた。
 前方、車の進路を塞ぐ形で、パイパーが道路のど真ん中に待ち構えている。

「パ、パイパー!」

「むぅ!」

 とっさに、鬼門がブレーキを踏んだ。
 そして――


 車が加速した。

 どげしっ!

『ぶげらあああああっ!?』


 ――車内に静寂が降りた――

 車の外では、パイパーが見事な放物線を描き、いずこへと吹っ飛んでいる。

「……えーと……」

 どうコメントすべきか、おキヌは気まずそうな声を漏らした。
 そして、運転を担当していた当の鬼門といえば――

「…………おお。今のはアクセルであった」

「「おおいっ!?」」

 かおりと魔理のツッコミが重なる。よくもまあ、これでここまで運転できたものだ。
 ともあれ鬼門は、今度こそブレーキを踏んで車を停車させ、全員して外に出る。

「……やったんじゃねーか?」

 パイパーの飛んで行った方を見て、魔理がなかば呆れた顔でつぶやく。

「いえ……仮にそうだとしても、あれは分身に過ぎないのでしょう?」

「はい。美神さんがそう言ってました」

 おキヌは、美神から夢を通じてテレパシーで教えられたことを、既に車内で説明していた。

「なら、倒したにしろ倒してないにしろ、今は本体のいるバブルランド遊園地に行くことが急務ですわね」

「うむ。それに、小竜姫さまたちも探さねば――」

 かおりの言葉に、鬼門が頷く――その言葉の途中。


 ちゅらちゅらちゅらちゅらちゅらちゅららー。


「こ、この笛の音は――!」

 パイパーの笛の音が聞こえてきた。

「あ、あそこ!」

 かおりの言葉に全員が道路の先に目を向ける。そこには、ラッパを口にしている血まみれのパイパーの姿。


 ちゅらちゅらちゅらちゅーらーらーっ。


「くっ……!」

 おキヌはとっさに、ネクロマンサーの笛を取り出し、口に当てた。息を吸い込む暇も惜しいとばかりに、即座に笛に息を吹き込んだ。


 ピュリリリリリリリリリッ!

『ヘイッ!』


 ネクロマンサーの笛の音と、パイパーの掛け声が重なった。
 そして――


 ぼんっ!


 爆発は――両者の中間で起こった。

「や、やった――!」

『な、なんだとっ!?』

 会心の笑みを浮かべるおキヌ、対照的に驚愕に目を見開くパイパー。まさか、今のが迎撃されるとは、夢にも思っていなかったのだろう。

「氷室さんっ!?」

「お、音を使った術なら、ネクロマンサーの笛で相殺できるかもって思って……せ、成功して良かったです!」

 おキヌ自身、今のは賭けだったのだろう。よほど心臓に悪かったのか、声はどもり冷や汗をかいている。

「よっしゃ! よくやったおキヌちゃん!」

「これで、あいつの笛は封じたも同然ですね!」

 魔理とかおりが歓声を上げ、それぞれ木刀と錫杖を手にパイパーに向かっていく。

『くっ……!』

 二人の攻撃を、宙に浮いてかわすパイパー。

「よし! 我らも行くぞ、左の!」

「おうさ、右の!」

 言って、鬼門たちが動こうとした――その時。


 ドドドドドドドドドドドドドドドドド!


「「ぬおぉっ!?」」

「きゃあっ!?」

 どこからともなく現れた大量のネズミが、彼らの足元に群がった。

「氷室さん!」

「おキヌちゃん!」

 それを見たかおりと魔理が、おキヌの名を呼ぶ。二人の注意がそちらに行った隙に、パイパーは二人と距離を取った。

『こ、ここは引いてやる……! いいか、よく聞け! こっちには人質がいる! 確か、愛子とか言ったか? 返してほしければ、おいらの本体がいる場所に金の針を持って来い!
 くれぐれも、ただの針金を金の針と言い張るようなセコいハッタリはするんじゃないぞ! でなければ、人質はただの木材に成り果てる!』

「えっ……?」

「あ、愛子さんが……!?」

 その言葉に、おキヌとかおりが驚愕の表情になる。そして――

「てっ……てめぇ! 愛子に何しやがったぁっ!」

 魔理が吼え、パイパーに踊りかかった。

『なっ……!』

 テレポートの体勢に入ったパイパーは、突然飛び掛ってきた魔理に驚き、そのまま組み敷かれる。
 が――パイパーは構わず、魔理ともどもテレポートした。

「一文字さん! くっ、無茶を……!」

「あいたっ! いたいいたい!」

 ぎりっと歯噛みするかおりの耳に、おキヌの悲鳴が聞こえた。振り向いてみると、そこでは先ほどのネズミに足元を纏わり付かれているおキヌと鬼門たちの姿。

「氷室さんっ!」

「ぬおおっ! か、かじるな! これは地味に痛いぞぉっ!」

「ひーんっ!」

 おキヌは泣きながらも、ネクロマンサーの笛に口を当てた。そして、息を吹き込む。


 ピュリリリリリリリリリッ!


 笛の音が鳴り響く――すると突然、ネズミたちの動きが止まった。
 ネズミたちの攻撃から解放されたおキヌは、痛みで荒くなった呼吸を整えようと、肩で息をしている。

「氷室さん、大丈夫ですか?」

「え、ええ……それよりも、早くバブルランド遊園地へ急ぎましょう。横島さんたちや、パイパーと一緒にテレポートした一文字さんが気になります」

「そうですわね……」

「……ところで、我らの心配はなしか?」

 おキヌの言葉に頷くかおりに、鬼門が控えめな声で尋ねた。
 その声に振り向いたかおりは――なぜかキョトンとした表情になり。

「あ……すみません。存在感が薄いものですから、すっかり……」

「「ヒドっ!?」」

 その後、バブルランド遊園地に到着するまで、鬼門の二人はさめざめと泣いていた。
 かおりにはそれが鬱陶しかったのだが――それが口に出されずに済んだのは、せめてもの幸いか。


『くそっ……!』

「うわわっ!」

 バブルランド遊園地の入り口――パイパーは魔理と共に、そこにテレポートしていた。
 初めてのテレポートの体験に、魔理は狼狽する。しかし、パイパーを掴む手は、しっかりと離さない。

『邪魔だ、小娘!』

「くっ!」

 魔理を振り落とそうと、パイパーは彼女の顔を鷲掴みにする。しかし魔理は離そうとしない。

「離してたまるかよ! 愛子を返しやがれ!」

『わかんない奴だな……!』

 パイパーは舌打ちし、魔力を乗せた平手を魔理の横っ面にお見舞いする。魔理はその衝撃で、手を離してしまった。

『はぁっ……はぁっ……運が良かったな! おいらの力がもう少しでも残ってたら、迷わずガキにしてやってたところだ!』

 吐き捨てると、そのまま遊園地の中へと飛んで行った。

「くっ……! 待て!」

 魔理は手を伸ばすが、当然その手は届かない。

「ちくしょう……!」

 どんどんと遠ざかるその背を睨み、むざむざ逃がした自分の不甲斐なさを呪う。

 ――まただ、と思った。

 自分は何もできない。大した力もない――六道女学院に入学して以来、何度も味わった劣等感。
 中学時代、彼女はひそかに弓かおりに憧れていた。成績優秀、容姿端麗、そして霊能力という誰にでも備わっているわけではない力を持ち、あまつさえそれを高いレベルで使いこなしている。
 それに比べ、自分には何の取り得もない……その劣等感が、彼女を非行の道へと貶めた。
 転機だったのは、他校の生徒と殴り合っていた時だった。その時に乱入してきた悪霊を、彼女は拳一つでノックアウトし、自らにも霊能力が備わっていることを知った。
 誰にでも備わっているわけではない力。弓かおりと同じ力。これを伸ばすことができれば、少なくともこれだけは――彼女に近付くことができる。そう思った魔理は、必死に勉強して六道女学院へと入学した。
 しかし、現実は残酷だった。彼女の霊能力はなかなか伸びず、力任せのケンカ殺法にただ霊力を乗せるぐらいしかできない。そうしている間にも、弓かおりはどんどん力をつけ遠くへと行ってしまう。

 誰にでも備わっているわけではない力なのに。

 悪霊と戦う力。悪魔と戦う力。だが彼女はそれをうまく伸ばせず、友人を助けることもできない。
 そう――人質に取られた愛子は友人だ。机妖怪で、最初は取り込まれて被害を受けたものの、この一週間で彼女が善良であることは理解した。
 朝は気さくに挨拶を交わし。
 彼女が「青春ねっ!」とお決まりの台詞を言うたびに苦笑し。
 授業中に教師から指されて四苦八苦している時には、こっそりと答えを教えてくれて。
 放課後、自分の本体の机を背負って遊びに行こうと誘ってくるのは辟易するが、嫌な感覚じゃない。
 ……さすがに、街中を一緒に歩くのは勇気がいるのだが。
 彼女といると、どこか安らいだ気持ちになる。彼女だけじゃない。おキヌもほんわかとした暖かい雰囲気を持っているし、二人を通して最近よく話すようになったかおりも、口は悪いが他人を気遣う優しい一面があることがわかった。
 やさぐれていた時は、近寄ってくる人間もいないから気付かなかった。友人という存在が持つ温か味というやつを。そして自分たちが学校で教わっていることは、その友人を守るための術。

 ――ダチを見捨てるなんて男らしくねえ――

 教会でパイパーと戦うと決めたおキヌのために、口にした言葉。それは演技でも見栄でもない、心からの言葉。
 しかし、自分にはそれを実行するだけの力は……ない。
 パイパーをむざむざ逃がしたこともそうだが、冷静に考えれば、たとえここで本体を見つけたとしても自分の力で悪魔を倒せるとも思えなかった。

 無理。無力。全てが無駄。何もかもが空回りするだけ――

「くっ……!」

 歯噛みする――その時。


 たんっ。


「!」

 軽い足音。何かと思い、警戒心もあらわにそちらに視線を向ける。
 すると――そこには。

「あ……ごっついねーちゃん?」

「ごっつい言うな! ……って、横島か……?」

 かけられた言葉に思わず返し、その人物がホテルで行方不明になった横島だと気付いた。

「どこ行ってたんだよ、お前? れーこちゃんは? しょーりゅーちゃんは?」

「れーこちゃんは……しょーりゅーちゃんは……」

 言いかけ、その顔がわずかに俯く。数秒、言い淀み――そして。


「――ボク、行くねん」


 魔理の質問には結局答えず、代わりにきっぱりとした決意をその瞳に宿した。

「……え?」

「パイパーに狙われてるんはボクや。これ以上、女の子を危ない目にあわしとけへんねん」

「なっ……自分で決着つけるってのか? 無茶だ! ガキの力でどーにかできる相手じゃねーんだぞ!」

「できるできないやあらへん! やるんや!」

「それが無茶だっつってんだ! アタシらに任せて、どっか安全なとこに隠れとけ!」

「いやや! やるって言ったらやるんや!」

 熱くなり、二言目には怒鳴りだす二人。しばし睨み合い――先に表情から力を抜いたのは、魔理の方だった。

「ったく……言っても聞かねーってツラしてるな。なんでそんなに必死になるんだ?」

「そんなん当たり前やん。しょーりゅーちゃんはボクをかばって大怪我してもーたし、れーこちゃんは一人で先に行くし。ここで一人だけおとなしくしてたら、男がすたるってもんやで」

「男が廃るって……お前、ガキのくせに……」

「それに……」

 言いながら、横島は真剣な眼差しで魔理を射抜く。


「……おとんもおかんも言ってた。女を守るのは男の役目やって」


 そう言った横島の目は、子供ではなく『男』の目をしていた。――少なくとも、魔理はそう思った。
 その言葉を聞いた魔理は、数秒の沈黙の後――

「…………ったく」

 不覚にも苦笑してしまった。そして、横島の頭の上に手を置き、くしゃりと乱暴に撫で回す。

「な、なにすんねん」

「アタシも手伝ってやるよ」

「……ホンマか? あ、いやええねん。ボクがやらなあかんのや」

「何ナマ言ってんだ。お前一人じゃ無理だから、アタシが手伝ってやるんだよ。ガキはおとなしく、おねーさんの言うこと聞きやがれ」

「うー……」

 ――本当に、自分は何をしていたのか――

 苦笑が止まらない。この子供は、ちゃんと自分のやるべきことがわかっている。力が足りないなんてことは百も承知で。
 そう――彼の言う通りだ。出来る出来ないは関係ない。やるのかやらないのかだ。やれば可能性はあるかもしれないが、やらなければそれさえも0%だ。そんな当たり前のことすら、彼女は失念していた。
 ならば、自分のやるべきことは何か――それも考えるまでもない。あのハゲ親父をぶちのめし、愛子を助ける。それだけだ。

「ほら、行くぞ」

「あ、待って!」

 先を促す魔理に、横島が慌ててその後を付いて行った。


 ――彼はただ、月を見上げていた――

 満月ではないのが残念だが、それなりに見事な月夜である。ここが打ち捨てられた地だからか、周囲に人工の光が存在しないのも手伝って、何に邪魔されることなく月光が降り注いでいる。

「おーい」

 思えば、数百年ぶりに起きてからロクなことがない。城は破壊されるわ、息子に噛まれるわ、人間の下で働かされて盾にされたり盾にされたり盾にされたりたまに鉄砲玉にされたり……本当に、しみじみと思うほどにロクなことがない。挙句の果てには粗大ゴミ扱いだ。

「おーい。ぶらどー」

 この月光の下にいると、小さな悩みなんかどうでも良くなる。そうだ、捨てられたからとて何を悩むことがある?

「おーい。聞こえてないのかやー?」

 そもそも、夜の一族である吸血鬼が、人間の下で働くなどということがあっていいのか? いやない!
 ならばこれを期に、再び夜の王へと返り咲くのもいい。息子の支配がこの身にあるのが問題だが、それも時間をかければどうにか……なると思う。たぶん。

「いいかげんこっちむけーっ!」

 ぱんっ!

「うごっ!?」

 いきなり後頭部を襲った衝撃に、ブラドーはやっと自分以外の存在がいることに気付いた。

「な、何をする! せっかく余が、この世の不条理を噛み締め新たなる一歩を……む?」

 涙目になって振り向くと、そこには幼児がいた。その右手は、霊気を帯びているのか、淡く光っていた。先ほど自分の後頭部を叩いたのはこれだろう。
 幼児には見覚えがない……のだが、どこかで見たような気がする。

「……はて、どこかで……? 娘よ、名は?」

「なにぼーっとしえゆのよ、ぶらどー! れーこのなまえはみかみれーこ!」

「…………」

 その返答に、ブラドーはしばし考え込み――おもむろに、納得がいったとばかりに、ポンと手を打った。

「おおなるほど。つまりこれは全てなのだな」

「げんじつとーひすゆなーっ!」

 ぱんっ!

「うごっ!?」

 ブラドーのボケに、即座にツッコミを入れる美神。頭を強打されたブラドーは、涙目になって頭をさすりながら、目の前の幼児を見る。

「む……むむむ。この容赦ない攻撃、確かに美神令子……」

「……どーゆー判断しえゆのよ」

「しかし、なぜそのような姿に? 趣味か?」

「そんな趣味あゆかっ!」

 と、三度目のツッコミが炸裂する。

「ぐぅ……っ! そんなにポンポンと気安く叩――」

 ブラドーが痛みに耐えながら抗議しようとしたその時。


 〜〜♪〜〜〜〜♪〜♪♪〜〜♪〜〜〜♪〜〜


 どこからともなく、軽快な音楽が響いてきた。

「……?」

 何事かと思いながら、音源を捜す。それはすぐに見つかった。ブラドーは、地面の上で振動しながら音楽を発する『それ』を拾い上げる。

「これは……確か、携帯電話……とか言ってた代物だな?」

「あっ! かおりちゃんかや!」

 一緒になってディスプレイを覗き込んだ美神が、そう叫んで携帯電話をひったくり、通話ボタンを押す。

「もしもし!?」

『愛子さん!?』

 電話の向こう側のかおりが、切羽詰った声で電話に出た相手を誰何した。

「ちがうの! れーこはれーこなの! これ、愛子ちゃんの電話なのかや?」

『おねーさま!? そ、それじゃ愛子さんは……』

「愛子ちゃんがどーかしたのかや?」

「……ふむ。貸してみろ」

「あっ!」

 話の途中で、後ろからブラドーがひょいと電話を取り上げた。突然のことに、美神が不満げに唇を尖らせる。「丁稚のくせに勝手なことすゆな!」とか言ってるが――とりあえず無視。
 ブラドーは現状がまったくわからなかった。

「電話を代わった。余はブラドー。美神と行動を共にしている。かおり、とか言ったか? 状況がわからんのだが……詳しく説明してもらえるか?」

 その言葉に、電話の向こう側では多少の戸惑いがあったが――ややあっておキヌに代わり、彼女の口から詳細な情報がもたらされた。


 ――十数分後――

「この奥か」

 美神を抱えたブラドーは、洞窟を模した施設の中を飛んでいた。空いている方の手には、金の針が握られている。

 おキヌから話を聞けば、ブラドーは愛子という机妖怪に、棺桶ごと運ばれていたらしい。彼女の中はほぼ無限に広がる異界空間なので、そういったことは得意なのだそうだ。
 そして、彼女はパイパーに攫われる時、棺とトランク、そして自分の携帯電話を外に放り出したらしい。攫った当人であるパイパーにそれが見逃されたのは、異界空間から出す際に、パイパーの視界の外に出現させたからだと推測される。
 異界空間に入れる時は自分の机の中にだが、出す時はそこから出さなければならないというわけではない。
 そして、悪魔パイパーを倒す切り札たる金の針は、一緒に運ばれていたトランクの中にあった。その金の針が指し示したパイパーの居場所こそが、この施設の中である。

 そして――

「ここは……」

 辿り着いた施設の奥。そこは、それまでよりも遥かに広い空間だった。
 その空間には、見渡す限りの風船が浮いている。風船の一つ一つには、人間の顔がプリントされていた。
 と――

「……む!」

 ブラドーが突然、横に飛んだ。直後、今までブラドーがいた場所を、ピーターパンが猛スピードで通り抜けた。
 そのピーターパンは、少し離れた空中で制止すると、ちっと舌打ちした。

「ピーターパン……?」

「違うな。貴様がパイパーか?」

『ホッホッホー! その通り! よくかわしたね、おいらがパイパーさ!』

 答え、ピーターパンは透明な胴体のピエロへとその姿を変じた。

「ふむ」

 ブラドーは美神を地に降ろし、パイパーを正面から見据える。

「なるほど。力を失っても魔族は魔族か。見たところ、そこそこの力はあるようだな」

『そういうお前は吸血鬼かい? おいらが教会でガキにしてやった奴と同じ顔だが、もしかして血縁か?』

「……ほう。ピートを? あれは余の息子だ。あいつがやられたとなれば、親として仇は取らんとな」

『できるかな? 吸血鬼ふぜいが』

「試してみるか? ならば真祖の吸血鬼の力、存分に味わうがいい」

 言って、マントをひるがえし――ブラドーは不意に、棺に入れていた漫画本を思い出した。
 ニヤリと獰猛な笑みを浮かべ、覚えたての決め台詞を口にする。


「……小便は済ませたか? 神様へのお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いする心の準備はOK?」

『ほざけっ!』


 挑発するブラドーに、パイパーが躍り掛かった。


 ――あとがき――

 シリアスが続くなーと思いつつ。本当はもっと先まで行くつもりだったんだけど、長くなっちゃったんでここで切ります……予定ではパイパー編は四話だったんだけど、次じゃ終わりません;;
 ブラドーが読んでいた漫画本については……説明の必要はないですよねw

 あー……筆の進みが遅くなってる。どうにかしなきゃあ……

 ではレス返しー。


○零式さん
 鬼門の台詞多いのは、小竜姫の代わりですw でなければ出番なんてあまりないですよ?(酷
 次の区切りは40日連続ですね。がんばです♪

○虚空さん
 その子供組もまた別々になったり合流したりで、色々変わっちゃってます^^; まあ、楽しんでいただければ幸いかなーと。

○山の影さん
 鬼門はせっかく活躍できそうな場面になったんで、一回ぐらいは活躍させてみたいですねー。しょーりゅーちゃんも子供組として活躍させたかったんだけど、こんなんなっちゃった……(´・ω・`)

○内海一弘さん
 真祖対悪魔、本格的にぶつかるのは次回になりますw 小竜姫と高嶋については……まあ、パイパー編のラストでw

○亀豚さん
 暴走しすぎーw 本当に小竜姫さまが好きなんですねぇ^^;

○黒覆面(赤)さん
 読み応えがあると言っていただいて、作者としても嬉しい限りです♪ おキヌちゃんが使う反則技……結構すごいですよ?w

○秋桜さん
 パイパーは『ここまでは』真面目です。次回は……さてどーやっていぢめてくれよーか?(マテ

○ミアフさん
 ああっ! 最初から構想していたネタを先に言われた!? ええやりますとも。さすがに対化物戦闘用13mm拳銃は出せませんが^^;

○甚六さん
 子供横島は煩悩がない分『漢』ですw 次回活躍の予定ですよー?

○長岐栄さん
 今回おキヌちゃんは、パイパーの攻撃を無効化しただけでしたね。もっと出番増やしたいなー^^;
 それと関係ない話ですけど、某所での優勝おめでとうございます♪ 六条一馬氏のイラストが待ち遠しいですねw

○とろもろさん
 自分の作品で悶えてもらうと嬉しいですねーw メド様は、パイパー編ではほとんど出番ないです。あとは最後にちらっと出てくる程度です。


 レス返し終了〜。では次二十話でお会いしましょう♪

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