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「スランプ・スランプ!5 「百華繚乱、縁抱きて」後編(GS)」

竜の庵 (2006-09-08 00:33)
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 霊力を練る、という動作は美神にとっては呼吸と同じだ。
 人間の肉体には経絡と呼ばれる霊力の通り道があり、霊力を練るという動作は経絡を活性化させる作業に他ならない。
 あらゆる霊能を発露させるためには、まず『霊力を練る』必要があり、この工程を疎かにする術者に、大成する者はいない。


 美神は今、自分の師匠である唐巣神父に師事していた頃の訓練を、思い出していた。


 (いいかい令子くん。決して力まず、決して緩まず。まずは自分の経絡を流れる霊気を感じるんだ)


 経絡を流れる霊気を感じる。そんなこと、もう何年していないだろう。
 霊力の使い方に関しては、美神の肉体は霊的成長のピークを超えた辺りで完成しており、経絡の流れを確認する必要もなかった。『今更自転車の乗り方なんて』、である。


 (あの暴走で、私の経絡はこじ開けられた。意識だって、一度は全力を体験したんだから弾けることはないはず)


 経絡を流れる霊気量を、意識的に増やしていく。そうすると、自分に思っていた以上の余力があることに気づいた。

 修練場の舞台が、美神の霊圧で震動している。


 「………流石ですね、美神さんは。もう、自分の総霊力を把握しつつある」

 「なんたって美神令子っすからねぇ…」

 満足げに微笑む小竜姫と、長年連れ添った相方を評するような幽霊状態の横島が美神を見守っていた。

 二人の様子もまた、美神の視界には入っている。…幽霊横島の妙に得心した感じの表情がちょっとムカついて、更に霊力が上昇したりも。


 「…私のこと、全部分かってますみたいな顔して…全く」


 経絡は既に、最高潮にまで活性化している。後はそれに形を与えるだけ。純粋に霊波を放出したり、シロや横島なら霊波刀を形成したり。
 美神の場合なら、各種オカルトアイテムに霊力を通して用いる姿が一般的だろうか。
 ぐいぐいと霊力の上がる美神を前に、小竜姫の与えた霊気で活動する横島は、攻めあぐねているようだった。隙だらけにしか見えない彼女を前に、距離を詰めることすらしていない。


 「来ないんなら、こっちから行くわよ…!」


 霊力の高まりが生む気分の高揚を隠しもせず、美神は左足を深く強く踏み込んで、突進のための第一歩とした。

 先手必勝、全力疾走。

 瞬く間に間合いを詰めた美神の渾身の右拳が、この期に及んでも無表情の横島の顔面へと繰り出された。


 スランプ・スランプ!5 「百華繚乱・縁抱きて」(後編)


 「…サイキック・羽毛布団…」

 美神はてっきり、ソーサーを出して防御してくると思っていた。力任せの連撃で横島を舞台から叩き出して、天華を拾う時間を得ようと考えて。
 しかし、生まれたのは堅牢な盾ではなく、柔らか極まる極上の手触り…思わず顔を埋めてすりすりとしたくなるような、ソーサーとは正反対の物質だった。

 「っ!! 無駄に器用な!」

 繰り出す拳撃はぱふぱふぱふと情けない音を立てて、柔らか霊波盾に受け止められてしまう。せっかくの突進エネルギーの全てが受け流されてしまった。
 しかし、至近距離の戦闘に持ち込むという当初の目的は果たせた。打撃に柔も絡めた複合攻撃で、文珠生成の隙を与えず圧倒するのが理想か。
 もっとも、そこまで上手くいくとは本人も思っていないが。横島の左手には、未だ3つの文珠が握られているのだから。

 「…『離』…」

 横島の声と、目の前に小さく放られた文珠に描かれた離の文字に、美神は唇を歪めて小さく笑った。
 急激に体が後方へと引っ張られていく妙な感覚は、海岸の波打ち際で足を浚われるあの感覚に似ていた。自然が起こす不自然な現象を、文珠という小さな奇跡が顕現する。物理法則の無視は、横島の霊能の持つ出鱈目の一つだった。

 「でも、これも布石よっ!」

 体験したことのない感覚の中でも、美神の戦闘センスは狂わない。離れ際に放った霊波砲が柔らか霊波と衝突し、横島の意図を超えて、彼女の体を舞台の端へと反動で吹き飛ばす。
 接近中に軸をずらしていた美神の背後、直線上にあったのは…

 「天華、拾わせてもらうわ…よ、ってこんの横島のくせに…っ!!」

 確かに、美神の目論見通り神通棍・天華は舞台の下に落ちていた。

 …文珠による結界に覆われた姿で。


 「何か、戦ってる俺すげえ頭いいかも…」

 「先刻拾った際に仕込んでおいたのでしょうね。『防』か『護』の文珠を」

 小竜姫も唸るほど、今の横島は抜け目なかった。文珠はとかく応用性、汎用性の高い霊能力だ。小竜姫の霊力を吹き込んだだけの、傀儡に等しい今の横島では完全に扱えるものではないはず。
 そうにも関わらず、ここまでの力を見せる。世界最高のGSを相手に、戦術の幅というカテゴリにおいて全く引けをとらない。横島の年齢や実質的な霊能者である期間を比べれば、異常を通り越して奇跡であることが判る。

 (やはり横島さんは、無形の極の器を持っている…)

 美神相手の訓練ではあるが、小竜姫の感嘆は隣で呆然としている青年に向けられてしまった。斉天大聖の見込み通り、横島忠夫は文珠をも超える唯一無二の霊能力者に化ける素質を持っているようだ。

 「美神さぁーーーん!? 俺なんかに出し抜かれるなんてどっか悪いんすか!? 気分悪いなら胸さすってあげまーー…やは! 何でもないですよそんな射殺すような目で見んといて下さい心臓止まるっ!?」

 ………性格と霊能は、無関係なのだろうか。
 小竜姫は頭を振って、気持ちを美神へと切り替えた。


 「…サイキック・ソーサー…」

 舞台端で歯噛みする美神に、霊気の盾が放たれる。それも3枚だ。横島の霊能なら知り尽くしている美神は、3枚までなら軌道を変えたり、対象を追尾させたり出来ることを理解している。
 絡み合うような軌跡を描いて接近してくるソーサー。逃げるよりは、素直に迎撃するほうが賢い選択と言える。破魔札を取り出し、ソーサーの軌道を見極めんと、美神は身構えた。

 「…『巨』…」

 「んなっ!?」

 美神に一つ有利なのは、ご丁寧にも、この横島は発動する霊能を必ず口に出すことだ。スイッチ代わりなのだろう。
 今までの攻防でも、大分助けられている。一呼吸分だが発動に間が出来るのは幸いだし、その弱点が無ければ…もっと一方的な展開で美神はとっくに敗北していたかも知れない。
 更にもう一つ、弱点とも言い難い特徴がある。常に左手に持つ、3つの文珠だ。小竜姫の霊力をもってしても、それ以上の数を常駐させることは不可能だったらしい。連続で使える文珠効果は3種類…それだけ分かっていれば、美神も戦術を立てやすいというものだ。
 聞き取りにくい横島の声は、美神にとっての生命線。聞き逃すわけにはいかず、そして曲解することもあたわず…正確に理解して対応しなくては勝てない。

 文珠効果を受けたソーサー3枚が、膨張した。単純に一辺の長さが広がったのではなく、全方向に『巨』大化している。つまり、六角形の盾から六角形のブロックのようになって、美神の視界を塞いだのだ。
 六角形のブロック3つはそれぞれの辺を重ね、一つの巨大な霊気塊となって美神に迫っていく。手持ちの破魔札では相殺し切れないほどの圧力に、舌打ち一つして精霊石のピアスを一つ引きちぎった。

 「精霊石よ!!」

 精霊石を叩きつけるのは、霊気塊ではない。背後の、天華を覆う結界だ。美神は迫り来るブロックに対しては、破魔札を数枚投げつけるに留まっている。が、起爆した札の圧力によって若干だが方向を変えられた。
 精霊石が背後で炸裂するのを確認もせず、美神は霊気塊がずれた事によって生まれた隙間に身を躍らせ、直撃から身をかわした。

 「はん! いくら文珠で巨大化させたっていっても、ソーサーに篭められてる霊力量は変わらない! 見た目と違って『軽い』のよ! ベクトル変える程度なら札で十分!」

 言いつつ、後方へ跳ぶ。そこには、精霊石の炸裂によって結界を破られた天華が。

 「こいつを再び持つために、虎の子の破魔札ほとんどと精霊石一つ…! くあああああああっ!! 小竜姫!! これ必要経費で落ちない!?」

 「落ちるわけないでしょう!?」

 美神のどこまでいっても美神らしい質問に、小竜姫は呆れてしまう。余裕があるとは思えないのに、よくもまぁ経費になんぞ気が回るものだ。

 「美神さんだし…条件反射というか、脊髄反射というか」

 幽霊横島にしてみれば、毎度のことである。

 「しっかし小竜姫様? あそこの俺、さっきから文珠使いまくってますけど一向に数が減ってないよーな」

 そんなごくありふれた日常よりも気になっている事がある。横島は一つ文珠を使う度に、すぐさま生成して補充している。既に普段の横島が一日に生成出来る量は超えていた。

 「文珠を生むために必要なのは何だと思いますか? 横島さん」

 「へ? そりゃ、霊力でしょ?」

 「当たり前でしょう、それは。必要なのは、回路です。文珠という霊能を発現するためのね」

 小竜姫は自らのこめかみ付近を人差し指で叩いて言った。

 「文珠が奇跡の霊能と呼ばれるのは、生成するために必要な仕組みが、まず現れないからです。そうですね…例えば、霊波刀を展開するときや、栄光の手を具現化するとき。横島さんは必要な手順をいちいち踏襲していますか?」

 「あー、出ろって思った瞬間には出てますね」

 「初回ならばともかく。霊能とは一度手順を体が記憶すれば、数をこなすことによって発動時間の短縮や威力の上昇といった付加価値を生むのです。無論個人差はありますけれど」

 理解しているのかしてないのか…幽霊の特権を生かし逆さまになって首を傾げている当事者を横目で見つつ、小竜姫は続けた。

 「そういった『回路』が焼きつくのですよ、体内に。文珠も同様に回路が成立してしまえばその後の生成も可能になる。ひどくはしょった説明ですが」

 「はー…なるほど」

 「霊波砲は撃つイメージ。霊波刀は斬るイメージ。超加速には、駆け抜けるイメージ…と、霊能にはそれぞれ方向性があります。しかして、文珠にはそれがない。発動にはもう一段階、文字を篭める作業が必要だからです。無印の文珠を生むだけなら…生成者に集中力さえあれば素早い生成も可能。後は分かりますね?」

 「つまり、感情っつうブレをなくしてる舞台の俺は、集中力の塊みたいなもんだ、と」

 「その通り。雑念と煩悩の塊である貴方では為し得ない速度でもって、生成出来るのです。霊気に無駄もないため、一日の生成量も増えます」 

 「雑念と煩悩の塊って……小竜姫様いつからそんな辛口に…」

 「あ、あら、私としたことが」

 お口に手を当て、頬を赤らめる小竜姫の姿に横島は萌えたが、舞台上の美神はそうもいかず。


 「ちょっと小竜姫様!? くっちゃべってないでこっち見てなさいよ!!」


 必死になって横島の栄光の手・ガトリングモードを天華で捌き、叫んだ。自分が命懸けで戦っているというのに、横で雑談されては堪ったものではない。

 「失礼しました。で、美神さん。ご自身の霊力の具合は如何ですか。先ほどから出力は上がってきているようですが」

 ガトリングモードの高速連射を、神通棍一本で捌き、凌ぎきる美神の力量は流石だ。体術だけでも一流、棍術を含めればその道でも屈指の実力者だろう。霊能がなくても十分に食べていける技術である。

 「チェックしてる余裕なんかないわよ! 腹立つくらいこいつ、隙を作らないんだから!」

 「当然ですよ。私の戦術思考を仕込んであるんですから。防いでいるばかりでは、すらんぷからの脱出は愚かジリ貧になっていくばかりですよ」

 「言われなくても!!」

 そうは言っても、美神は未だに天華を使いこなしてはいない。これまでのように、霊気を過剰に流して神通鞭の形にすらしていない。


 悪夢が。

 鞭の一閃が仲間を打ち倒す、悪夢が。

 どうしても脳裏から離れない。


 「………っくのおおおおおおおおお!!」

 天華の輝きが一層激しくなるも、鞭にはならず。棍の状態を維持したまま出力を増大させていく。出力上限の跳ね上がった神通棍である天華は、闇雲に霊力を練り上げるだけでは鞭とはならない。入力に負けることがないからだ。もっと言えば、天華の魂に、美神の心が伝わっていない。

 「…『斬』…」

 追い討ちをかけるように、横島は文珠を発動させる。常識を超えて発動する文珠の効果は、空間そのものを斬る、無色の刃だ。

 「くあっ!?」

 横島の声と、持ち前の勘で咄嗟に半歩だけ身をずらせた美神の腕に、強い衝撃が走った。両手で持っていた天華の先端が、綺麗に断ち切られている。見れば、横島の前方から美神の背後にかけて、石床が裂けているではないか。
 反応が一瞬でも遅れていたら…美神の腕か足一本、最悪両断されていた。
なにより、渾身の霊力を籠めてあった筈の天華があっさり断たれているのに、愕然とした。棍本体ではなく、集束された霊気部分だったが、心理的ダメージは大きい。

 「ちょっと小竜姫様!? 今のは凄え危なかったっすよ!? 美神さんが避けてなかったら大怪我じゃ済まなかったかも…」

 幽霊横島の抗議は真剣なものだ。小竜姫が守るといった命は、本当に最低限のラインでしかない。『GS生命』の今後については何も保証していなかった。

 「俺、流石に今みたいのが続くんなら…手、出しますからね」

 「…美神さんが心配ですか? 横島さん」

 「当たり前っすよ!! 美神さんが大怪我して倒れるところなんか、見たくねぇに決まってる!!」

 霊体である今の自分に、必殺の応酬劇が繰り広げられる眼前の戦いで何か出来るとは思わない。だが、何もしない訳にはいかない。
 横島の横島たるちっぽけな誇りにかけて。
 例え、小竜姫と敵対することになっても。

 「あいつの目を逸らす盾くらいになら、今の俺でもなれますよ。んでもって、一瞬の隙さえあれば、美神さんなら状況をひっくり返せます。そのためだったら、俺の霊体の半分くらい…」


 「ふざけた事抜かしてんじゃねぇーーーーーーっ!!!!」


 強烈な霊圧を伴った怒号が、幽霊横島を壁へ叩きつけた。幽霊であるにも関わらず、何故か人型のくぼみを壁にこさえて埋まっています。
 小竜姫でさえ、びっくりして耳を押さえて蹲っちゃうほどの、憤怒に満ちた怒声だった。横島も数歩分押し戻されて、片膝をついている。

 「誰があんたに助けてくれなんて言った!? 誰があんたに守ってくれなんて言った!? ざけんじゃないわよ!!」

 美神の纏う怒りのオーラは、赤熱を超えて蒼白に揺らいでいた。天華が激しく明滅し、時折鞭へと変化している。鞭が床に触れる度に、石床が削れて火花を散らしていた。

 「横島くんもおキヌちゃんもシロタマも…ちょっと私が凹んでるのを見たら、守らなくちゃ守らなくちゃって…そんなに私って弱く見える? たった一度、霊力制御に失敗しただけで…ちょっとピンチに陥っただけで…世界の終わりみたいな顔してた?」

 誰に話すでもなく、答えを求めるでもなく。
 美神の独白のような呟きは、静まり返った修練場に染み入っていく。

 「私はね…別に、霊能力であんた達に負けたって構わないのよ。ぶっちゃけ横島くんには文珠があって、おキヌちゃんにはネクロマンサーの能力、シロタマの成長速度は流石犬神って感じだし。目立った取柄のない私じゃ、あと数年で皆に抜かれてもおかしくないわ」

 天華の鞭になっている時間が、徐々に延びていた。飛び散っていた火花も落ち着いて、美神の霊力が高い次元で集束してきているのが、小竜姫には見て取れた。

 「でもね、霊能力でみんなに差をつけられたとしても…ゴーストスイーパーとしての美神令子は、誰にも負けない! 世界最高のGSの座は、まだまだ譲れないわ!」


 美神令子の譲らざる矜持とは、まさしく、この『自負心』である。
 GSの強さ、とは何も霊能力の強さだけではない。豊富な知識に経験といった分野は無論として、潜った修羅場の濃度や人脈の幅広さ、そう、資金力さえも。
 あらゆる要素を加味した上で、GS的強さは成り立っている。言い換えるなら、GS的強さイコール『人間力』だとも言えた。
 ゴーストスイーパーとしての力なら、美神は果てしなく超一流。たかだか『霊能』の一分野で遅れを取ったとしても、そこらの若造に負ける道理がない。


 「どいつもこいつも、霊能力だけが取り柄みたいな接し方しちゃってさ…まるで私の全てが霊能で出来てるみたいじゃないのよ…違うでしょ」

 いまや完全に天華は鞭の形態で落ち着いている。つまり、美神の意思が天華に、天華の持つ魂に伝わったということだ。

 「私はね、みんなに頼られるのが嬉しい。アテにされて、私がいたらどんな苦境も乗り越えられる、なんて思われるのが…凄く誇らしいわ」

 一時の憤怒は落ち着いているが、高まった霊力は翳ることを知らず。以前の暴走のような不安定さも見られない。

 「だから、さ。一GSとして、あんた達にカンペキに超えられるまでは…事務所のエースで、みんなの姉貴分で、頼れる先輩でいたいのよ」

 「美神さんが…んな可愛いことを…!? 歴史的瞬間に俺は今立ち会っている…! そ、総理大臣を呼べぇーーっ!! 今日この日を国民の祝日にぃぃーーっ!?」

 「幽霊の横島さんが更に蒼白に…」

 「な…何が可愛いよ、あいつ!?」

 「そっちですか突っ込むのはっ!?」

 昂ぶっていた美神の様子も、すっかり落ち着いている。言いたいことを言ってしまって、胸のつかえが取れたようだった。
 少々、顔は赤いようですが。

 「改めて皆に認めさせてやるわ。この私の、実力ってものをね。だから、横島くん!」

 「は、はいぃっ!!」

 一喝に、背筋を伸ばして返事する幽霊横島を見て、美神は赤くなった顔色のまま、ともすれば誤解を受けそうなセリフを早口に告げた。

 「あんたは私をしっかり見ていること! あんたしかいないんだからね!」

 叫んだ美神自身、(これじゃプロポーズみたいじゃない!?)と思いましたが。
 幽霊横島は何故か神妙な顔つきで、こくりと頷いただけだった。誰もが思い描いた、誤解>ダイブ>撃墜の黄金パターンへ派生しない。

 「…な、なんか文句ある!?」

 予想外も甚だしいその態度に、逆に美神が慌てた。黙って流せばこの場は収まるのに…この辺り、まだまだ修行が足りないようです。

 「…あー…いやー。俺、物凄い反省したっつーか、やっぱ美神さんのパートナー名乗るのは百年早いよなー、なんて…」

 「あ、当たり前じゃない。誰が誰のパートナーよ!」

 「すんませんでした、美神さん。俺、やっぱ全然まだまだだなぁ…」

 「よ、横島くん? 急にへこんじゃったけど…」

 ついさっきまで憲法改正がどうたら、と叫んでいたのに。照れたような苦笑で殊勝にも頭を下げる幽霊横島は、やけに大人しくなっている。

 「結構濃い付き合いしてたと自分じゃ思ってたんすけど…いやはや! 改めて尊敬しまっせ美神さん! やっぱ美神さんは俺達の真ん中にいないと駄目だって分かりました!」

 くるくると表情を変えては、錯乱したり沈んだり落ち込んだり浮上したり…横島の内心にどんな変化があったのかは分からないが。
 今、彼が浮かべている表情は…いつもの、微妙に締まらない笑顔だ。

 小竜姫はこの修練が横島にも良い影響を与えられた、と確信。同時に、美神の霊気の安定度が既に及第点に達しているのも。美神の霊力は、完全に彼女の物となったようだ。

 「どうやら全て、己が物に出来たようですね。しかし、まだまだ霊力の練りが足りません。天華を使いこなし、過去の自分を超えるためには、目の前の相手を屈服させないと!」

 小竜姫の声に我に返った美神は、頭を振ると思考を切り替えた。横島絡みの、ちょっと桃色な未来なんぞに行きかけていた気持ちを、厳重に封印して心の奥底へと投げ捨てる。
 丁度良いことに、八つ当たりの対象はまさしく、もやもやの元凶そのものの姿。

 「分かってるわよ! もう大丈夫、二度と気を散らさないわ。この馬鹿を『いつものように』シバき倒してみせる! もうボッコボコのズッタズタにね!!」

 天華の輝きが、呼応するように変化した。一条だった鞭が分裂し、三つ又になっている。想いに応えたかのように。
 美神は天華に宿るという魂が、どんどん自分に馴染んでいくのを感じていた。美神の意志を汲んで美神の力になろうとする、天華の言葉にならない思いが、伝わってくる。

 (なるほどね…ふん、ヒャクメの縁者ってマイナス要素があるにしても…流石はアメノマヒトツノカミ製。いい仕事してんじゃないの)

 霊気漲る天華の手応え。
 暴走の不安から解き放たれたような爽快感。
 何より、こっ恥ずかしい心情を吐露出来たことで生まれた、心の安寧。

 「今、すっごくいい感じよ小竜姫様。貴女にも勝てそうな位、ね」

 「それは頼もしいですね。では修練の最後の締めは私がお相手しましょうか?」

 美神の不敵な軽口に、小竜姫は武神らしい強い笑顔で応えた。プライドが軽く刺激されたようです。

 「ははっ。さあ、仕切りなおしよ!! どこからでもかかって来なさい!!」

 三叉鞭の万華を大きく撓ませ、美神は横島を挑発した。頭は既に戦闘モード。体もあらゆる動きに備えて力を矯めている。

 (天華…か。ふふ、なんか新しい決め台詞考えようかしら。たっくさんの霊気鞭を叩きつけて…奥義・千鞭万華! とか)


 もしも将来。

 美神除霊事務所の看板が、横島や氷室の名に変わったとしても。

 美神令子がチームの支えである事は変わらないだろう。

 どんなに看板が掛け換わろうと、大黒柱が無くなることはないのだから。

 チームとしての結束度が大きければ大きいほどに、それは顕著だ。


 「万華よ、千鞭と綻んで我が敵を討て! も良いわね…くくく…」

 「……いつもの美神さんが帰ってきたなぁ…」

 幽霊横島の満足げな呟きは、世界最高のGS、美神令子の復活と帰還を世に知らしめる最初の狼煙となるものだった。


 「おらああああああっ!!」

 霊気の鞭が乱れ飛ぶ。
 三方向から迫る鞭の中心にいる横島には、全てを避ける空間的余裕も、速度的優位も何もない。桁違いに美神の攻撃精度が上がっていた。

 「…『滑』…」

 文珠を発動させながら、極力三叉鞭の軌跡と平行になるように、体を投げ出す。文珠効果で、鞭の当たった部分が衝撃を逃がすかのように滑り、横島の体表を流れていく。着ていた修行着の袖が巻き込まれて散っていった。

 「…『束』…」

 三叉の鞭は、変幻自在に横島を襲う。厄介な武器から封じるべく、二つ目の文珠を鞭に投げつけた。
 途端に三叉鞭は三つ編みのように絡まりあい、太めの一条鞭へ戻ってしまう。

 「甘い!!」

 咆声に弾かれるように、二枚の破魔札が横島の足元へ投げられる。鞭を避けた体勢のままの横島は、咄嗟に中空へと身を躍らせた。
 そこに、大木を振り下ろすような天華の一撃が降ってきた。三叉を束ねたことで、破格に威力を増したそれが。足元に投げられた破魔札は…起爆していない。横島を空へ追い込むためのフェイクだ。

 「! …『解』…サイキック・ソーサー…」

 大木から三本の枝へ。ばらけた事で威力を落とした隙に、ソーサー3枚を展開して防御する。反動で地面に吹き飛ばされる横島だが、懸命に手足を動かして姿勢を制御し、衝撃を無理矢理に両足で吸収、着地してのける。

 「あ・ま・い!」

 天華を引き戻した美神の笑みに、必殺のコワさが混じる。幽霊横島が背筋を凍らせ、硬直してしまうほどの。
 両足を踏ん張った横島の踵に触れたのは…先ほどの破魔札だった。

 「!!」

 認識し、対応する間もなく。

 破魔札は赤い閃光と共に起爆し、横島を吹き飛ばした。

 「甘い甘い甘い! おーっほっほっほっほっほ!!」

 舞台に黒焦げになってべしゃ、と落ちた横島に向けて。美神は高らかに哄笑を浴びせる。無様ね! と背景に写植が見えるくらいにご満悦な様子だ。

 「強っ…! つうか今の時間差起爆はどうやったんすか!?」

 「あー、これよこれ♪」

 幽霊横島が、美神の指差す先を目を凝らして見てみると。きらきらした金色の糸が、天華から伸びていた。三叉鞭とは別に二本。

 「天華はね、神通棍とは似て非なる『道具』よ。武器以外の使い方も出来るわ。これは、細く集束させた霊気を破魔札にくっつけて、導火線代わりにしたってわけ。横島くんが跳んでる間に仕込んどいたのよ」

 神通棍を元の形としてはいるが、天華はかの名工神天目一箇神が『美神のために』手を入れた道具だ。美神が稀代の道具使いだということも当然把握している。
 美神の実力を引き出すには、『棍』や『鞭』といった定形以外にも、様々な事態に対応出来る柔軟性が必要だった。

 「この短時間で、新たな装備の特性を理解して使いこなすとは…見習う点が私にもありますね…」

 「今の美神さん、本気で強え…天華のこともあるけど、文珠三つ立て続けに使わざるをえない状況に追い込むなんて…超一流って、こんな境地なんすね」

 感心しきりの二人だが、小竜姫は幽霊横島が美神の凄さを冷静に、正確に把握していることにこそ、驚いた。今にも化けそうなほどに、横島忠夫は成長している。

 「さあ起きなさい? まだまだあんたには実験台になってもわらないとね!」

 「すげえ直球で言ったぁぁぁぁ!? 美神さはーーん!?」

 実験台宣言に慌てふためく幽霊横島だが、霊気に乱れはない。要するに、いつものこと、なのだろう。

 美神と横島の関係は、小竜姫が見るだけでなくとも、誰が見たって相棒以上のものだ。心の通じようは夫婦以上かも知れないし、美神自身、横島が側にいるだけで霊気の安定感がまるで違う。


 「いいなー…」


 「ん? 小竜姫様、何か言いました?」

 「え? 私、何か言いましたか?」

 全くの無意識に、呟いていたようだ。何故だか自分の顔を覗き込んでくる幽霊横島に、小竜姫は息を呑んで身を硬く縮める。どうしてそうなるのか、自分でも分からないが。

 (…今度、ヒャクメに診てもらいましょう)

 よく分からない胸の内の思いを持て余す小竜姫を、幽霊横島は不思議そうに見つめていた。


 「遅い! 甘い! ほらほら走れ走れーーーーーーーっ!!」

 天華の鞭は、現在十条にまで増えていた。流石に全て意のままに動かせる余裕はないが、数本ずつの束に分けての単純な連撃ならば制御出来る。
 舞台の外周縁上を、四方八方から襲い来る鞭を捌き、避け、受け流しながら走り続ける横島の能力もまた、非凡極まっている。圧倒されている事実に変わりはないが。

 「だぁぁぁーーーっ!! しぶとい! お前はゴキブリか!!」

 必死になって天華を操る美神の額には、大粒の汗が浮いていた。天華に注ぎ込まれる霊気量は、並の神通棍の比ではない。いくら霊力の総量が増したとはいえ、長期戦で不利なのは美神だった。
 横島の運動量も半端ではないが、肉体的な疲労に関してなら文珠である程度回復出来るため、足を止めず、美神を揺さぶる方向で常に走り回っていた。

 (腐っても横島くんね…! 『アレ』を誘発するにはこっちが圧倒する必要があるってのに…)

 美神には秘策がある。しかし、予想以上に横島がしぶといために布石が打てないでいた。

 「…『幻』…」

 走りながら発動させた文珠が、美神の焦りを助長する。まぼろし、と聴こえてきたところで現状の美神では、複数の鞭打による追い込み以外、為す術がない。

 「ちぃっ! ママに化けるなんて趣味が悪い…っ!!」

 文珠が塗り替えた横島の姿は、美神の母、美智恵のものだった。颯爽と駆ける母の姿は、美神が憧れ目標としてきたもの。頭が理解していても、鞭の勢いは無意識に減じてしまう。

 「絶対殺す…!」

 「ああああああああ……小竜姫様、俺が殺されそうになったちゃんと止めてくれますよね? 命の保障はするって言いましたもんね!?」

 「本気で殺したりはしませんよ。大丈夫です、横島さんは頑丈ですから」

 「お、おい俺! あんまり美神さんの神経逆撫でするんじゃねぇ!! 死ぬより辛い明日が待つ羽目になるぞぉぉーーっ!!!!!」

 それを聞いた横島は。

 「…『幻』…」

 美智恵の姿から更に変化した。

 横島の記憶にある最強の存在の、姿へ。


 「アシュタロスゥゥゥゥーーーーーーーーーーーっ!! 殺す!! 絶対殺すーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」


 朗らかな笑みを浮かべて走り回る魔神の姿に、美神、炎上。天華から伸びる鞭の総数が、一気に倍に跳ね上がりました。

 「ど阿呆ーーーーーーっ!! お前は大馬鹿じゃあーーーーーーーーっ!!!!」

 地雷を踏んだ自分の姿は、絶望の体現者。

 幽霊横島は今にも昇天しそうな薄―い姿に成り果て、力なく床を両方の拳で叩き続けた。


 一気に火力の増した美神の攻撃は、あっという間に横島を追い詰めていく。一つ数秒で生成可能な文珠を生む暇もないくらい、猛攻に猛攻を重ねていた。

 (ほら、そろそろ手詰まりでしょ…! さっさとやりなさいよ!)

 苛烈極まる攻撃は、美神の焦りの裏返しだ。ぐんぐんと消費されていく霊力が、戦える時間の残り少なさを冷や汗と共に伝えてくる。

 「ほらほら!! 何とかしないと食い千切るわよ!!」

 縦横無尽に鞭を振るいながら、横島に最後の手段を促す。彼の霊力も美神の目算通りなら危険域な筈だから。

 「!」

 そして、美神は見た。横島の視線が一瞬だけ外へ逸らされたのを。正確には、視線を誰かに向けた、その瞬間を。


 美神の、勝利に向けた布石が始まった。


 「…『模』…」

 意図的に攻撃の頻度を緩めた隙をついて、横島は美神の思惑通りの文珠を発動させる。
 霊気が爆発的に増大し、十数条の鞭の全てがその霊圧に跳ね返される。

 「勝負に出ましたね…彼」

 「うわぁ………自分があの姿してるとドン引きですわ…」


 これまでにない霊圧を放つ横島は、首から下が小竜姫と同じ姿に変化していた。かつてアシュタロスを『模』した時のように…この場の最大戦力を自らのものとしたのだ。
 だが、美神の笑みは不敵なまま。

 「待ってたわよ、この時を!!」

 叫び、美神は残り全ての破魔札を扇状に展開した。天華の鞭を棍に戻し、横島へと特攻していく。

 「んな!? 無茶でしょそれはっ!?」

 幽霊横島の声など聞くわけもなく、大きく天華を振りかぶった美神は、あろうことか槍投げの要領で、金色の光も眩い唯一の武器を横島へ投擲した。
 小竜姫を模した横島に、その攻撃はあまりに雑だ。軽く首を傾けるだけであっさりと避けてしまう。天華は横島の背後の床に突き立ち、火花を撒き散らした。

 「ぎゃああああ!? なんちゅう事をーーっ!? 道具使いが道具手放してどないするんですかああああああっ!!」

 喚き散らす幽霊横島の隣、小竜姫は静かに決着までの様子を見守るのみ。美神の行動は全てが布石、全てに意味があると知っているから。

 「…超加速…」

 (来た!!)

 「破魔札っ!!」

 自分の足元に、美神は全ての破魔札を叩きつけた。

 「なああ!? 自爆!?」

 当然、凄まじい炎が上がると思われたが…音と光と煙は凄いものの、炎や爆発の規模は大したものではない。どうやら、スタングレネードに似た性質の破魔札だったらしい。数種類の札を使い分けるなど、美神にとっては基礎の基礎。

 破魔札が起爆し辺りを煙幕が覆ったのと、横島が超加速に入ったのはほぼ同時だ。完全に視界を遮られた状態で停止寸前の時間の中を進む横島は、亜麻色の髪がたなびいているのを煙の切れ目に発見し近寄っていく。一撃加えれば、それで横島の勝ちだ。

 「…!?」

 しかし、接近した横島の見たものは、力なく倒れようとしている彼女の姿だった。魂が…抜けている。
 この状態で美神を打倒しても意味がない。素手の横島が美神を倒すには気絶させるしか方法がないのだから。小竜姫を模している時点で、しかも超加速状態では文珠の生成も不可能。
 だが、まだ勝機はある。これが本気の戦闘であるなら、唯一の勝利手段が。

 「…っ!」

 しかし。
 小竜姫の霊気で動く傀儡…勝つための意志のみで動く彼が、ぎこちなく動きを止めていた。

 「……っ!!」

 唯一の勝利、即ち…相手の殺害。
 膂力にものを言わせて美神の息の根を止めてしまえば、それで事足りる。

 「…横島さんの体が、拒否しましたね…」

 横島の超加速に合わせて、自身も超加速状態に入っていた小竜姫の呟きは、決して非難するものではなかった。
 最悪の事態を防ぐべく、発動した超加速だったが…横島が美神を殺すなど、絶対に起こらない出来事だと再確認する。例え、彼の魂と肉体が離れていても。


 二人の縁は、絶対の絆なのだから。


 超加速の活動時間が限界を迎える。時間の流れが通常に戻り、空気が流れ出す。
 倒れかけていた美神が、そのまま床に激突しようかという次の瞬間、

 「予想通りっ!」

 幽体離脱し、地面の中に隠れていた美神が飛び出して肉体と重なった。頭を床に打ち付ける寸前で受身を取り、這い蹲るように腕を横島の背後へ伸ばす。

 彼女の右手、人差し指に金色の糸が巻き付いていた。美神は霊気の糸を通して、強く天華に念を伝える。来い、と。
 床に刺さっていた天華が美神に向けて飛び出した。霊気の噴射でくるくると回転しながら。

 が、目標は美神の手元ではない。

 「!!!!」

 『模』の文珠によって小竜姫を模した横島には、小竜姫と同じ弱点をその身に抱えている。強い衝撃を受けるまでもなく、触れられれば己を失ってしまうという致命的な弱点を。

 飛来した天華は、回転しながらも一直線に…

 とん、と。

 横島の背中、『逆鱗』があるであろう場所に。

 極めて軽く、衝突した。


 「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 「みみみ美神さん!? 俺が! 俺がすんげえ吠えてるんすけど!?」

 「そーね。ある意味断末魔ってやつよ」

 動きを止め天に向かって咆哮する横島から、バックステップで距離を取った美神からは、緊張の色が消えていた。戦闘体勢からも完全に抜けている。

 「逆鱗に触れられた小竜姫様は、全ての霊力を暴走させて竜体に変じて…暴れたわ。その小竜姫様の『全て』を真似しちゃったあいつの負けね」

 「いやいやいやいや!! それじゃあ俺が! 俺が竜に!?」

 幽霊横島の懸念を裏付けるかのように、小竜姫姿の横島の霊圧は跳ね上がっていく。

 「…ま、そろそろね」

 疲れた様子で舞台に座り込む美神。既に横島から興味を失ったようで、大きなため息をついていた。


 「グアアアアアアアアアアア…アア……ア」


 霊圧が弾けて消えるのと、横島の文珠の効果が消えたのは同時だ。片袖の千切れた修行着姿に戻った横島は、全ての霊力を…小竜姫に吹き込まれた霊力すらも使い果たして、舞台にどさっと倒れた。

 「小竜姫様なんか真似せずに、自分の霊能だけで凌いでたら勝てたのにねぇー」

 「勝った…んすね。美神さん…小竜姫様と同じ強さだった俺に。…あんたどれだけ規格外じゃ!?」

 「うっさいわね! あんたに言われたくないわよ! さっさと肉体に戻らないとそのまま祓っちゃうわよ!!」

 微笑ましいやり取りも、今の美神には何だか懐かしい。

 「…さて、小竜姫様? あっさりこいつには勝っちゃったけど、次はな…に…」

 得意げに小竜姫を見た美神は、そこに。

 「お帰り俺の体! ほら小竜姫様俺の体無事でしたよ! 足りないパーツとかありませんよ! 健康って素晴ら…し…」

 幽霊状態から復活した横島は、奇跡的に五体満足な肉体に歓喜の涙を流しつつ。


 「…あああああ……あの……私、何故か逆鱗が…うずく…んですけ……ど……?


 今にも霊気が爆発して竜になりそーな小竜姫の姿を見て、揃って青色を青褪めさせたり。

 「あ。そっかー。文珠の効果で…感覚も共有してましたもんねー♪」

 「あ。だから逆鱗に触れた感覚、小竜姫様も味わっちゃったんだ♪」

 「うっかりさんでしたね、美神さん♪」

 「令子、ちょっとドジっちゃった♪」


 「「…………………………………………………………………」」


 グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!


 「「ひいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーっ!!!!!」」


 …その後。
 再び幽体離脱した(させられた)横島を鬼門が矢にし、美神が天華を弓状に変化させて、竜体となった小竜姫の眉間を撃ち抜いたことで。
 なんとか場は治まりました。

 「またー……妙神山がー…ぼーろぼーろにー…」

 迅速な対処によって、今までよりは若干規模は小さいけれど。

 三度目のプチ崩壊状態となった修行場を見て。

 管理人・小竜姫は純白の灰と燃え尽きていました。

 「お主らが来る度に破壊されとる気がするのう…」

 「…否定はしないわ…」

 暴竜と化した小竜姫の咆哮を聞いて自室から出てきた斉天大聖も、一枚の絵画のように廃墟に佇む小竜姫の姿を見て怒るに怒れず。

 「パピも見たかったでちゅ…小竜お姉ちゃんが竜に変身して暴れるところ…」

 「はっはっは。パピリオはもっと綺麗なものを見て成長しようなー」

 横島に肩車されているパピリオのノリは、蝶が蛹から成虫へと羽化する瞬間を見たがる小学生のようで。

 「あれ? 私の修行ってこれで終わりじゃないわよね? ねえ小竜姫様?」

 「いーからさっさと下山しろ。お主らが来ると回線切断が多くて敵わん」

 「猿じいちゃん、ネトゲ廃人でちゅもんね」

 「…まーいいか。じゃ、小竜姫様そーいう事で! ほら横島くん! 帰るわよ」

 「ういっす。じゃーなパピリオ!」

 「また来るんでちゅよーーーっ!」


 こうして美神の修行は、うやむやの内に終了した。それでも美神的には、霊力制御と新たな武具の調達に成功したため、一石二鳥計画大成功の御の字。
 横島も、美神と自分との戦闘を見て得るものがあったらしく、下山する足取りも軽い。


 「さあ! 戻ったら事務所再開よ! 今までの赤字分、ライバル業者軒並み叩き潰してでも回収してみせるわ!!」

 「野心的っつうか野望に燃える姿も素敵です美神さーーん! お供しまっせーーっ!」


 世界最高のGSにして容姿端麗、ちょっとお高い性格の女所長、美神令子と。

 世界唯一の文珠使いにして以下略な横島忠夫の物語は。

 また、新たなステージに進もうとしていた。


 おまけ。


 「…んな事があってねー」

 「あははは…小竜姫様可哀想です…」

 「きっちり再建の目処は立てといたわよ。今回は世話になったから、工事代も折半にしたし!」

 「アンタ小竜姫様あれ以上泣かす気か…」

 「あれ? でも、その後はどうしたんですか? 二ヶ月間も…」

 「それがさー…この天華ってね…整備するのに精霊石製のメンテ器具とか! ダマスク繊維を織り込んだ絹布とか! レア素材ばっか必要なのよぉーーーーーーーーーーーーーーーっ!! あんの糞眼帯野郎…とんでもないコストのもん作って!! これだから神族の価値観なんて信用出来ないのよぉーーーーっ!!」

 「厄珍堂に注文してたんじゃ間に合わないからって、世界中のオカルト関連ショップ巡ったりザンス王国行って精霊石の買い付けしたり…もー何億使ったか…うははははは…」

 「散財! 散財よ!! 二人分の旅行費用は勿論天華の維持費なんて月々考えただけで鳥肌が! 寒気が! 怖気が走るわぁぁぁぁ…」

 「……つまり、お二人だけで世界旅行していたと? 家に連絡一つしないで? 中国で万里の長城を見学したり、アメリカでグランドキャニオンの雄大さに心打たれたり、オーストラリアでエアーズロックに登ったりしていたと?」

 「…っ!? おキヌちゃん?」

 「きっと厳しい修行で自分を苛めてるんだなと思って…毎日毎日神様にみんなが無事でいますようにってお祈りしていたときも…フランス料理に高級ワインなんて夕食を取っていたり…おっきなマッドクラブに齧りついていたり…満漢全席二日目♪ とか言って中華の至芸におなかいっぱい心もいっぱいでちょっとウトウトしちゃったり…してたんですね?」

 「いやいやいや!? 移動移動でそんな余裕なかったって! っていうかおキヌちゃんその笛でなにを?」

 「うふふふふふふふふ」

 「そうよおキヌちゃん!! 天華って放っておいたらすぐ痛むわ鳴くわでもう赤ん坊みたいでね!? っていうかおキヌちゃんその子達だれ?」

 「ショウじゃ!」

 「チリと申します」

 「ちなみに、一番おいしかったものって何です?」

 「いやもうどこも旨かった! 流石本場の味! …っなんて……言ってみた…り?」

 「私はダントツで中華ね! ゲテモノなんて言われてるものほど美味しかったわー…って、ほ、ほんとはお家のごはんが一番よね?」

 「………それじゃあしばらくは和食が恋しくなりますよね。白いご飯と梅干なんてすっごく美味しいですよねー…三食それで過ごせるくらい」

 「おキヌちゃああん!? お茶碗一つの夕食はとっても寂しいわよね!? おキヌちゃんのお料理すっごく恋しかったわ!!」

 「ま、まー、俺は毎食ここで食ってるわけじゃねーし…あはははは」

 「横島さん? 横島さんが居ない間のお部屋、勝手にですけどお掃除させてもらいました」

 「!?」

 「全国制服美少女巡り……名門校編。うちの学校が載ってましたねー…」

 「ぎゃあああああああああああああああ!? 違う!! 違うんやーー!! あの本は雪乃丞が何故か置いていったもので! おキヌちゃんの同級生がちらっと載ってるから興味があったというかけっこうきわどいショットがってああああオレどうして自分から墓穴を!?」

 「大丈夫ですよー。もう二度と読めませんから…他にもいっぱい」

 「いっぱい!? こつこつ集めてきた親友達が!? ブック〇フでも高値だった俺の甘酸っぱい衝動がああぁっ!?」

 「お土産とかもないんですよね? あ、私にじゃなくて…迷惑をかけた全ての人にですよ?」

 「あ、あははははは。天華のことでいっぱいいっぱいで…そこまで気が回らなかったわー…」

 「俺は元々金無いし…「あ、横島さんのお母様にも連絡しましたから」ってぎゃああああああああああ!? 無断欠席二ヶ月がばれたら今度こそ殺される!?」

 「ふーー…分かりました。「「何が分かったの!?」」…あの、実は私も修行じゃないけど…少しだけ、学んだことがあって」

 「え? あ、ああ…久遠梓の事件? おキヌちゃん頑張ったわねー!」

 「そ、そうそう! 大人びたっていうか、成長したよなおキヌちゃん!!」

 「有難うございます。今から、その成果をお二人にお披露目しようと思います」

 「わ、わあ! 楽しみ! ねぇ横島くん!?」

 「そ、そりゃ勿論!」

 「それじゃあ…お二人とも。リラックスして聴いてくださいね。…ちょっとお二人の体の中の良からぬものを根こそぎ洗い流すだけですから」

 「「―――――――っ!!??」」

 「うふふふふふふふ…では行きまーす」


 …この日の翌日から数日間。
 妙に礼儀正しく、清々しい笑顔で登校してきた横島がクラスで浮きに浮きまくっていたり。
 街頭の募金箱に札束を笑顔で投入する美神が目撃されたりと。
 普段の姿を知っている者たちにとっては、美神除霊事務所に何があったのか、怖くて聞けない日々が続いたという。

 中でも一番恐ろしかったのは、性格が反転したような彼らの中、全く変わらぬ態度で接するおキヌが時折見せる、『炎が凍りついたような微笑』だったと…関係者一同は語りました。震えながら。


 「何だかお二人、とっても息が合ってて…面白くないですー!」

 「キヌには我らがついておる! そう嫉妬するでない!」

 「キヌ姉様、怒ると美神様より怖いんですね…」


 おわり


 後書き


 竜の庵です。
 今回をもって、スランプ正シリーズはお終いであります。読んで頂いた皆様、誠に有難うございました。レスの数々にも大いに励まされました。
 次シリーズからはタイトルを変えて、合流した事務所メンバーのお話を書いていきたいと思っております。六道冥子やドクターカオス、その他大勢の魅力的なキャラを絡めたお話も書きたい! 纏まってないネタはたくさんあるのです。

 ではレス返しを。レス返しの書き方もちょっと変えようかな…


 ななし様 > 主に舞うのはヒャクメの血煙…そんな話ですよ? 百目血風帳。それでも良ければ…勿論バイオレンス指定。にたり。


 スケベビッチ・オンナスキー様 > 美神編で言わせてやろうと思っていたので、満足しておりますよ。美神の代名詞とも言える台詞ですから。魂無し横島の強さは、作者の考える最強状態横島とは正反対ですねー。小竜姫主観の強さででしかありませんね、今回の横島は。神族というのは、基本は楽天的なのかな、と思ってあの性格に。容姿も、高位神魔族が転生しても同存在になると言質があったので…ああいう風貌にしました。後編はどうでしたかのぅ…キャラの内心が描けていれば良いのですが。


 meo様 > エヴァは詳しくないのです…なもんでコメントのしようがないという体たらくですよ。ええと、美神とアスカは意固地で見栄っ張りで癇癪持ちなところは似ている…のかな? あの作品、難易度高すぎて…解釈し切れません。


 亀豚様 > 大丈夫! 横島は未練ありまくりですから、成仏出来ないでしょう。そういう問題じゃないか? ちょ、落ち着いて落ち着いて! 小竜姫自身、そっち方面での意識は全然ありませんから! 天然ですから! 今回ちょびっと、ラヴ臭を匂わせましたけれど。美神の上を行く、お子様なのかも。


 内海一弘様 > 大物は出すのに苦労します…。横島対美神の勝負は、こんな感じとなりました。天華の万能性が半分も書けませんでしたぁぁぁぁ。横島は清濁の濁部分が濃すぎるのですね。だから今回のような状態だと、余計に強く見えるのかも知れません。


 柳野雫様 > 妙神山修行場、閑古鳥が鳴いてますから、偶の来客には張り切るのですよ。いらんくらいに激しく。GS美神に出てくる神族で、重々しい方っていましたっけ? 世界観準拠で、マっくんもあんなのになりました。いいのか。美神らしい性格、言動で上手く纏まったかは超・不安ですが、どうだったでしょう。


 以上レス返しでした。皆様、有難うございました。


 次回ですがー…実は今回の投稿でスランプシリーズは19作目だったのですね。キリが悪いので、番外編でも書いて20作品として、スランプの締めとしたいと思います。ずーっと蚊帳の外だったシロ&タマモかなー。

 ではこの辺で。最後までお読み頂き、本当に有難うございました!!

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