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「スランプ・スランプ!5 「百華繚乱、縁抱きて」中編(GS)」

竜の庵 (2006-09-03 13:40/2006-09-03 13:42)
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 「…『閃』…」

 強烈な閃光が美神の目を焼いた。咄嗟に床を大きく蹴って後方へと下がる。視界は潰れても、霊気を感じるセンサーまでは殺せない。発光直後に鋭い刃のような霊気が襲ってくるのを、美神は感じていた。

 つま先に触れた小石を牽制に蹴り出すと、数度の斬撃が小石をもっと細かい砂礫へと斬り砕く。

 しかし、時間稼ぎにはなった。目くらましから復帰するための一瞬を稼いだ美神は、バックステップで得られた『ため』を、今度は突進のためのエネルギーへと転化する。

 「はああああーーーーっ!!」

 美神の武器は、金色に輝く霊気を迸らせる、とある神特製の神通棍だ。

 リーチは相手よりも美神のほうが有利。浅く握った神通棍を、踏み込んだ勢いのままに左から右へと薙ぎ払う。受け止めても、上空へ飛んでも、伏せたとしても次の先手を握れるのは美神だ。

 だが、敵の次手は美神の予想を裏切ってくる。

 「…栄光の手…」

 ぼそっと敵は呟くと、迫り来る神通棍をあろうことか篭手状の霊波で受け止め、そのまま地面へと縫い付けたのだ。

 「…『固』…」

 慌てて棍を引き戻そうとした美神だが、敵の更なる一手により棍を文字通り地面に『固』定され、びくともしなくなってしまう。

 「…『縛』…」

 「ちぃぃっ!?」

 美神は一瞬の判断で神通棍から手を離し、放たれた文珠『縛』の効果範囲内から転がり出る。その最中も視線は決して敵…横島忠夫から離したりはしない。

 光を失った瞳と、右手に展開された霊波刀。左手には、常に3つの文珠が握られている。


 「さあどうしました美神さん! 妙神山での修行とは命を賭けた荒行! 過去二度に渡って経験している貴女なら理解しているのでしょう!!」


 二人が相対している舞台の脇から、小竜姫の厳しい叱咤が飛ぶ。が、そっちに気を取られれば最期、この横島が何を仕掛けてくるか分からない。


 無表情で美神を見つめる横島に対し、美神は強い視線をぶつけ返した。


 取り落とした神通棍を拾い、舞台の外へ投げ捨てる横島。


 「上等じゃない…!」


 戦意を高揚させたまま、美神は言い慣れた『あるフレーズ』を、眼前の敵目掛けて叫ぶのだった。


 スランプ・スランプ!5 「百華繚乱、縁抱きて」(中編)


 美神が横島と相対する一時間程前。

 (マっくんマっくんマっくんマっくん…あああもう全然分かんないわよ!!)

 美神は強烈なプレッシャーが体を押し潰す中、ヒャクメの言った『マっくん』というニックネームから、この霊圧の主を推測しようとしていた。
 まだ完全に空間転移していないにも関わらず、この場を圧倒する霊圧だ。かなりの神格を持った神族なのは間違いない。少なくとも、ヒャクメや小竜姫よりもずっと上、比べるのも馬鹿馬鹿しいくらいに。

 「マっくんはですねー…私が小さい頃からお世話になってる方なんですよ」

 …ヒャクメはこの霊圧にもびくともしていない。それはつまり、余程昔からこの霊圧に慣れ親しんでいるか、若しくは完全に美神のみに向けて霊圧が照射されているかだ。ヒャクメの話からするに、どうも前者らしいが。

 「よくお屋敷で遊んだものなのね〜…懐かしいわー」

 ヒャクメが上機嫌になればなるほど、美神のそれは反比例して下降していく。霊力を高めようと気を張っても、暴走の二文字が脳裏をちらついて上手くいかない。


 「ん、到着したのね」


 ヒャクメの嬉しそうな一言と共に、美神を苛んでいた霊圧が消えた。荒い息を吐きながら前を見ると、転移してきた神族が、今まさに着地するところだった。


 美神の行動は、迅速であった。


 伏した状態から一挙動で膝立ちにまで体勢を整え、傍らのテーブルを横目で確認すると。


 「うりゃああああああああっ!!」

 「どわああああああっ!?」


 その神族の足元へ蹴り込んだのだ。着地寸前の足元に転がったテーブルは、見事に神族の足を掬い…先刻までの美神と同じ格好に引っくり返しました。

 美神、ガッツポーズ。

 ヒャクメ、茫然自失。


 「あ痛たたたた…ちょ、この人突然凶暴なんですけど!?」

 「やかましい! 高位神族だか何だか知らないけど、自分の霊圧調整するくらいの配慮ってもんを知らないの!? 危うく世界有数の天才を一人失うとこだったじゃないの!!」

 「うわあヒャクメヒャクメ、この唯我独尊っぷりはお前の言った通りだな! 僕サイン欲しくなったよ!」

 「でしょー? 早くも美神イズムの洗礼を受けたのね〜」

 うつ伏せのまま、妙に嬉しそうにヒャクメと話す彼。

 金髪で長髪、白地に金の刺繍の着物の両袖には水と炎の意匠を凝らしてある。足元だけくたびれた草履を履いているのが奇妙ではあった。
 よっこらせ、と床に座り込んだ彼は、左目に黒い眼帯をしている。

 「美神さん、紹介するのね。こちら、アメノマヒトツノカミ様。私の遠い親戚なのね」

 「どーも。そちらの噂はかねがね聞いてますよ。美神令子さん」


 (…アメノマヒトツノカミ? えーと? それって確か…)


 「つい最近転生したばっかりでしてね。見た目こんなんですがけっこうな年寄りっすよー。あ、でもマっくんでいいんで。名前長いし。別名も全部長いし。ヒっくんじゃヒャクメと被ってる感じだからマっくん。よろしゅうね、美神さん」

 流暢にどこか気の置けない喋り方で、マっくんことアメノマヒトツノカミは美神に右手を差し出す。

 「? どしたんかな美神さん。ヒャクメ、ちっと見てみ?」

 「はいなー…ん、美神さんどうやらマっくんの素性に思い当たって、硬直してるみたいなのね。まあ無理もないかな」


 アメノマヒトツノカミ。
 それは紛れもなく…


 「ヒャクメえええええ!? ちょっとこっち来なさい!!」

 「うひゃおう!? どしたのねーー!?」

 硬直から復帰した美神はヒャクメの腰を抱えると、一目散に部屋からまろび出ていく。
 部屋に取り残されたマっくんは、からからと笑って。

 「おもろい人間やねー、美神さんはー」

 まるで他人事のようにしていた。


 「あんたとんでもない大物連れてくるんじゃないわよ馬鹿!! 心臓止まるかと思ったじゃない馬鹿!!」

 「でも美神さん、自分で言ったでしょう? ムラクモ打てるくらいの鍛冶神様って」

 「だからって本人連れてくる馬鹿がどこにいんのよ!!!」

 「3回も馬鹿って言ったぁぁぁ!?」


 アメノマヒトツノカミ。
 漢字で天目一箇神と書くこの神族は、美神が怒鳴った通り…かの有名な神剣、アメノムラクモを打ったとされる鍛冶神である。
 そして、天岩戸に隠れた天照大神を呼び戻す際の祭りに必要な刀剣、祭具を造ったのもこの神だ。
 製鉄、鍛冶の神としては日本最高位に近い神格を誇り、各地に彼を奉る神社が、彼に纏わる伝承が残っている。
 考えれば考えるほど、この場に現れる事がどれほどの奇跡なのか…美神は鳥肌が立った。


 「神族同士の繋がりっていうのは、かたちに囚われやすいのね。マっくんも私も『目』というかたちの繋がりで、親戚付き合いをしてたんですよー」

 「ああああああ…あんたねぇ、んな大物の造るもん…代金幾ら吹っかけられると思ってんのよ!?」

 「神格よりも金額!?」


 「あー、お取り込み中悪いんだけど?」


 部屋の前、廊下の隅でがっくりと項垂れていた美神は、自分の想像とはかけ離れた容姿、性格のマっくんの声にのろのろと立ち上がった。
 どうしてこう、神族というのはマイペースなんだろうと思いながら。

 「………もういいわ。そうよ。あの程度の個性の奴、いくらでもいるじゃない。ヒャクメだって小竜姫様だって見た目と性格にギャップありすぎだったし…余計な先入観が視野を狭めるなんて私としたことが余りに愚かだったわ…」

 「おーい? 美神さん? 聞こえてるー?」

 謎のナニカが降りてきているような美神の顔の前に、マっくんは手をひらひらさせるも無反応。
 マっくんは何故か満面の笑みを浮かべると、懐から木槌を取り出した。ヒャクメがぎょっとする中、躊躇なくそれを美神の前頭部に振るう。

 「ちょ、マっくん!?」

 ヒャクメの悲鳴が無粋に聞こえるほど…
 木槌の小気味いい打撃音は人を打ったとは思えないほどに澄んだ音色で、辺りに響き渡った。
 うっとりと、マっくんは耳を澄ましています。

 「うわ!? ちょ、何すんのよあんた! 頭割れたらどうする…って痛くない?」

 流石に正気に戻った美神は、抗議の鉄拳を振り上げて、そのまま固まった。額を木槌でぶたれたのは確かなのに、その痛みが、感触すらない。

 「ん、いい音やねー。ふんふん。これで美神さんに相応しい得物のイメージ、出来たわ」

 「へ?」

 満足げに頷くマっくんに毒気を抜かれて拳を降ろす。

 「いやいや、説明もせんで悪かったね。ほら、僕一応上級神なもんで長時間人間界にいられないんよ。だからさくっと美神さんの魂弾かせてもらって、君に相応しい道具のイメージ取り出したってわけ」

 「な…さっきのは魂叩いた音だっていうの? かぁー…出鱈目ねぇ、あんた」

 「お褒めに預かり恐悦至極。早速作業に入りたいんだけどー…っと、丁度来たね」

 廊下の向こうに眼を向けるマっくん。ずどどどどどど、とそちらの方向から駆け寄ってくるのは顔色真っ青の小竜姫であった。

 「天目一箇神様! 本当に来られたのですか!?」

 マっくんの前で即座に片膝をついた臣下の礼の姿勢を取った小竜姫は、言葉を選びながらも、早口でその行いがいかに軽率で危険であるかを説く。後半はもう、まんま説教のように。

 「ちょ、小竜姫。頭上げて上げて! 美神さんが見てるから! ジト目で! 君ちょっとテンパりすぎ!」 

 「ですが! こればかりは看過できません! どれだけの犠牲を払ってデタントの均衡を保っているとお思いなのですか!?」

 「ああもう、だからさー…デタントは何もほそーいロープの上で、真剣抜いて睨み合ってるわけじゃないんだよ? 小竜姫はまるで今が戦時中のような言いっぷりだけどさ」

 「! …私はなにも」

 「だーかーらー。僕、デタント推進派のそういうところ嫌いなんだよな。君らはいっつもやれ干渉だ譲歩だ調停だと、平和である証を形に求めすぎる部分があるよ。デタントから先に進めないのは、それらの形が足枷になってることを自覚しなくちゃ」

 「天目一箇神様は…デタントが逃げだと? 今の平和が停滞だと仰るのですか?」

 「うわ怒らないでよ小竜姫…僕はただ、デタントが唯一無二の、平和への道標みたいな捉え方が危険だと思うだけで……美神さん? 何故にそんなあっけに取られたような顔で僕を見てるん?」


 小竜姫が現れて、唐突に始まったデタント論議。話の内容から、マっくんがデタント推進派ではないことは分かった。言っていることも筋が通っているし、小竜姫がその論理に言い返せず、奥歯を噛み締めている様子も理解できる。

 美神はぽん、と手を打った。ようやく納得がいった、という風に。

 「あんた、ただの面白びっくり神族じゃなかったのね」


 「「面白びっくりって何です!?」」


 何故か小竜姫まで声を揃えて振り返る。一拍置いてため息をつくところまで揃っていたり。

 「…デタントはともかく。天目一箇神様。天界に、魔界から何故貴方様が地上に降臨されたのか、理由の回答を求める書簡が届いております。先ほどこちらにも通達がありました。早急な帰還を」

 「あちゃ、もう伝わったんか。魔界連中もぴりぴりしてるねぇ…まぁいいや。んじゃさっさと済ませて帰るとしますか」

 マっくんほどの霊力の持ち主だと、普通に移動するだけでも霊波の震動が起こる。魔界や天界からでも容易に観測可能なほど、巨大な波が。

 「さて美神さん。流石に僕が一から人間専用の武具を鍛えると問題があるんだ。でも、既にあるものにちょちょいと手を加えるだけなら、それほど大事にはならない」

 そこで、とマっくんは美神に微笑みかける。嫌な予感がしたのか、美神はう、と呻いて一歩後ずさった。

 「美神さんの愛用品をリペアしようと思う。時間もかからないし、手間もかからない。元々が人間界のものなら、どんなに手を入れようが神魔の知ったこっちゃないしね」

 その大雑把な物言いに、小竜姫は眉を顰めたが、ヒャクメに抑えられて口を出すことはなかった。

 「ヒャクメからも聞いたかな。神族は…まぁ魔族もだけど…君に対して大きな借りがある。今回の措置はその借りを返す意味と、これ以上の不用意な接触や干渉を慎む意味、その両方がある。飴と鞭やね。神族はこれを以って人間全体への借りを返したつもりでいたいらしい」

 「…はん。私の要望を聞く代わりに、過去の事を水に流せって意味?」

 「んー、というか」

 美神の皮肉げな問いに、マっくんは微妙に口ごもり、答えた。

 「…美神令子の要望を真に受けてたら、天界の宝物庫が空になっちゃうから、って」


 「わたしゃ悪質リフォーム詐欺師かぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 三界に知れ渡る美神の強欲っぷり、恐るべし。

 …そのへんの噂の大半を流布したのが、美神の隣で腹を抱えて蹲っている某神族情報官だと当人が知るのは…もうちょっと後の、別のお話。

 …百目血風帳、近日公開か!?


 「んじゃこれでお願い。地上じゃ最高品質の神通棍よ」

 「はいさ。ぱぱっと終わるから、お茶でも飲んで待っててねー」


 余りに軽いやり取りの後、マっくんは一旦空間転移で妙神山から去っていった。
 残された美神と小竜姫は初めの部屋で、ぐったりと疲れた体を休めている。ヒャクメはマっくんについていったため、無駄に騒がしくなる事もない。

 「……美神さん。私は間違っているのでしょうか。デタントとは、三界を友好的に結ぶ架け橋となるものではないのでしょうか…」

 やっぱりな、と美神は小竜姫が呟いた言葉を聞いて苦笑する。マっくんとの論争で自分に疑問を抱いてしまったのだろう。良くも悪くも真っ直ぐな彼女だ。一度生まれた悩みを消化せずに、今まで通りに振舞うことは生き方が許さないか。

 「間違っちゃいないわよ。でも、あの眼帯様が言ったことも、間違ってない。こーいうもんよ、政治ってのは」

 「政治、ですか。剣を振るうしか能のない私では、本当に理解することは出来ないものやも知れませんね…」

 「餅は餅屋ってね。出来る奴に任せときゃいいのよ、そんなもの。小竜姫様の仕事はここで修行者相手に神族の実力ってもんを示して、修行をつけてやって、感謝されることなのよ。政治屋的に考えればね」

 「出来ることをしろ、というわけですか。…うん、その通りなんでしょうね、きっと。私が頑張れば人間の神族に対する偏見もなくなるでしょうし…その逆もまた」

 「そーね。私に対する偏見も一刻も早く取り除いてほしいもんだわ」

 「あはは…はは」

 誤魔化すように笑ってお茶を啜る小竜姫に、刺さるような視線を送っていた美神。ふと、自分が一人でここに来たのではないことを思い出した。マっくんショックで完璧にその存在を忘れていたのだが。

 「そういや、横島くんは? 一緒に来たんだけど」

 「パピリオと一緒だと思いますよ。横島さんの気配がした、とかいって…飛び出して行きましたから」

 「成長してないわねぇ…」

 「横島さんに会えるのが、本当に楽しみなんですよ」

 パピリオの向日葵のような笑みを思い出して、小竜姫は微笑む。今日くらいはお勤めの量を減らしましょうか、と姉馬鹿ぶりを発揮してみたり。まだ、少し照れ臭かったが。


 (…横島さんか。これは美神さんのトラウマ克服の、いい特効薬になるかも知れませんね。荒療治ですが)


 小竜姫は、思いついた内容の容赦無さに若干同情を覚えるも、妙神山修行場の管理人として心を鬼にした。美神のためだ、と。


 (ふふふふふふふ…己の限界、美神さんなら超えられると信じていますよ)


 …本当に鬼でした。


 「おまっとさんでしたー! はいこれ、出来上がったよーん」

 今度は空間転移に付随した霊圧の圧迫もなく。マっくんは笑顔で室内に現れた。
 修練の準備をしてきます、と言い残して小竜姫は部屋を出ていたので、室内にはテーブルに突っ伏して居眠りしている美神しかいません。

 「…肝の太い女の子やね、美神さんは…」

 気勢を殺がれたマっくんは再び木槌を取り出しながら、抜き足差し足美神の背後へ忍び寄り…

 「天目流奥義…お目覚め破槌!」

 大きく振りかぶった木槌を、美神の後頭部へ炸裂させたのであった。鈍い音がしました。


 「いやいや、人間の技術も凄いねぇ。僕、感心してまったよ。この精霊石震動子? 一つの工業技術として確立してるなんて…僕の若いころじゃ考えもつかなかったね!」

 一仕事終えた心地よい疲労感からか、マっくんのテンションはちょっと上がっていた。
 彼の手に携えられているのは、見た目は全く変わっていない神通棍だ。

 「で、どんな風になったのそれ?」

 後頭部から突き抜けるような衝撃を受けて目覚めた美神も、訝しげにその神通棍を見やる。

 「せっかちだね美神さん。まーいいや。うんと、単純に入力に対する出力上限を上げて、美神さんの最大霊力に耐えられるようにしたのと…あと、軽くだけど」

 「軽く?」

 「魂仕込んどきました」

 「……はああああああああああああああああ!?」

 いい仕事したなー、と額の汗を(かいてもいないくせに)拭い、マっくんは朗らかな笑みで美神にサムズアップしてみせる。

 「魂って!? あんた、この短時間で魂魄の合成までしたっていうの!?」

 「あーいやいや。人間界でいう…人工知能。あれの魂版やね。美神さんとこの事務所や、マリアちゃん? あれほどの能力はないよ。あ、でも名前はあるよ」

 「名前?」

 マっくんは神通棍の底部分を美神に見せた。そこには、金の蒔絵細工で流麗な文字が描かれている。

 「百花繚乱・『天ヨリ降ル華』。略して天華。美神さんの除霊スタイル、派手だって聞いたから。この子を通すとね、美神さんの霊波が金色に輝いたりするのさ! ウケるよ絶対!」

 「天華…これがあれば、暴走の恐れはないのね?」

 「そりゃ美神さん次第だね。天華はさっきも言ったように魂を持ってる。天華に認められないと、安定制御は望めないからねぇ」

 「んなっ!? ちょっとあんた、何でそんな余計な事してんのよ!! 道具は道具らしく使い手に従ってくれないと困るじゃないの!!」

 そう叫んだのには、道具使いとしてのプライドもあった。
 病室でエミに言われた言葉も、脳裏に甦っている。


 『…つまり、令子。オタクは道具に裏切られた気がしたわけね?』


 破魔札や精霊石のような消耗品ならともかく。
 神通棍に代表される、己の霊力を注いで刃や鞭、棍と成す武具の類は、霊力を注いだ時点で自分の手足の延長のようなものだ。
 一体どこに、自分の右手に殴られる人間がいるというのか。

 「ははーん、なるほど。美神さんの道具への接し方ってのは、女王様なんやね。徹底的に隷属を求めるんか。それもアリっちゃアリだねぇ…」

 「思い通りに動かなくても、思いを越えて動かれても困るのよ…」

 もう二度と、自分の意思の外で仲間を傷つけるようなことはしたくないし、あってはならない。
 あの暴走事件は、普段横島をシバくのとは訳が違うのだから。

 「ふーむ。でもまあせっかく入れた魂だし。抜くのは殺すのと同じだよ? 可哀想だからそのままにしとくさ」

 「あんた、人の話聞いてた…?」

 「君こそ、僕を誰だと思ってるん? 僕の名にかけて、天華は美神令子の力になる、と断言するよ」

 すっかり忘れていたが、マっくんはとびっきりの高位神族だ。軽々しく己の名を相手とのやり取りに用いたりは出来ない。名前はそれだけで『呪』なのだから。

 そこまで言われれば、美神も下がらずをえない。渋々天華を受け取り、目を丸くする。

 「うわ軽! 何コレ!?」

 「余計なもんみんな抜いたからねぇー。ふふ、まだまだ下界の技術には負けない!」

 「………ちゃんと使えるんでしょうね?」

 「では、試してみましょうか」

 オモチャのように軽い神通棍に戸惑う美神に、笑顔の小竜姫が部屋の入り口から声をかけた。その手に美神用の修行着を抱えている彼女は、マっくんに一礼してから続ける。

 「丁度、修行の準備が出来ました。存分に新しい武器を振るえますよ」

 「っと、なら僕の出番はこれで終わりやね。小竜姫、後はヨロシク。美神さん、縁があったらまた会いましょー! でわでわー!」

 最後の最後まで軽薄な雰囲気を崩さなかったアメノマヒトツノカミは、両手をぶんぶんと振りながら、空間転移していった。


 「……ある意味、嵐のような神様だったわね」

 「……一応、風雨の神でもありますから…」


 因みに、竜神も風雨を司る神です。小竜姫とマっくん、根っこでは似たもの同士なのかも知れませんね。


 「お待たせしました横島さん。準備は終わってますね?」

 「パピリオ相手に体は暖めておきましたけど…」


 妙神山修行場、異空間。妙神山に初めて訪れたとき、美神や横島がシャドウを駆使して戦った場所である。
 極めて独特な雰囲気の脱衣場を抜けたところで待っていたのは、美神と同じく修行着に着替えていた横島の姿だった。

 「結構。では横島さん、こちらに」

 「なんと直接的なお誘い!! 喜んでぇーーーーーーーっ!!」

 横島と小竜姫の間の距離、およそ10メートル。無謀にも舞った横島は、滾る情熱を燃料に、その絶望的な距離の壁を、高さという見えない翼でもって乗り越えんとして。

 「お前には目っちゅうもんが付いておらんのかぁぁぁーーっ!!!!」

 小竜姫の背後にいた美神の、強烈な天華による一撃で叩き落された。美神自身、久々のクリティカルな一撃に確かな手応えを感じていた。

 「…使い心地は、変わらないわね…威力的にも。軽い分、取り回しが楽だけど」

 正直勢いもあったのだが。美神はなし崩し的に発動させた天華の状態を見て、一通りの感想を述べる。


 「ワ……ワイの人生………果てなく全て…試金石…なり」


 一方、久々の衝撃にある種の感慨すら覚えた横島は、悟ったような開き直ったような台詞を呟いて、なおも小竜姫に手を伸ばしていた。小竜姫も美神も彼に見向きもしていないところが…逆に横島の闘志に火を点けジェット燃料も注いだようです。

 「男の敗北とは…心が折れる事と…知れ…っ!!」

 「…ふむ。やはりこの手が最良ですね。美神さん。貴女が暴走した直接的な要因は、横島さんへの折檻なのでしたね?」

 「なんか身も蓋もない言い方だけど、ま、そうね」

 「流石にここまで無視されると折れるっ!?」

 「分かりました。では美神さん、舞台の方へ。今回はシャドウではなく、生身で戦って頂きます。お相手は…彼がします」

 涙で川を作っていた横島は、にこやかな小竜姫の言葉にあー、と頭を掻きながら立ち上がる。ここに呼ばれた時点で、覚悟していた現実ではあった。

 「やっぱこうなったかー…美神さんと勝負なんて、しょっぱい記憶しかねえなぁ」

 横島はそう言うが、美神にしてみればしょっぱい程度の話ではない。化け猫親子を助けんがために半ば茶番のような戦闘で負けてみたり、都庁地下の霊動実験室では本気の横島相手に完敗してみたり…
 美神の主観では、とっくに認めていたつもりでも。
 やはり、後進の新人GS…しかも自分の丁稚に実力で追い抜かれるのは彼女の沽券に関わる問題だ。例え文珠使いという特別の中の特別が相手だったとしても。
 でもそれだけなら構わない。だが、美神にはどうしても譲れない矜持がある。ちっぽけと、安っぽいと言われようが絶対に引き下がれないものが。

 「……さっさと始めましょう。横島くんが相手なら全力の全力でも良心が痛まなくて楽だしね」

 「うふふふふふふ…生贄の羊の気持ちってこんなんなんだなー…」

 「ではちょっと失礼しますね、横島さん」

 「へ?」

 修練場の舞台に立ち、炎のようなオーラを纏う美神を見て、小竜姫は呆けている横島の頭に手をかざす。

 「せいっ!」

 短くも鋭い気合と共に、その腕が横島の頭を貫いた。

 「ぎゃああああああああ!? 小竜姫様がオラを殺したぁぁ…あ?」

 気が付くと、横島は幽霊となっていた。小竜姫は横島の霊体を引き抜き、倒れる体を支えると、更に。

 「ぬああ!? 俺の体が小竜姫様と密着を!? 何故そこに俺はいない!俺なのに! 桃源郷は目の前なのにぃぃぃーーっ!!」

 もうそのまんま悪霊化しそうな横島を完全に無視し、自身の霊気を抜け殻となった横島の体に注入し始めた。…以前、バンダナに竜気を吹き込んだのと同じ要領で。

 「くぅああああああああああ!? 小竜姫様が! 俺に! 俺にせっぷんをぉぉぉーーーーーーーーーっ!?」

 「額にじゃない! 誤解を招くような表現をするな!! 中学生かオノレは!!」

 美神の心なしか震えた怒声に応じるように。
 横島の体はゆっくりと上体を起こした。視線はしっかりしているものの、瞳に光無く。纏う雰囲気は、面を被った能楽師のようだ。

 「小竜姫様? 一体何を…」

 「美神さんの相手は、私の霊気を注入した彼にしてもらいます。普段の彼だと、美神さん相手では手加減してしまいますからね。手加減無用の戦闘特化仕様に仕上げておきました」

 「ぎゃああああああ!? 小竜姫様なんかそれって俺の体、ぼろくそになりそうな!?」

 ふわふわと頼りない霊体を震わせて訴える横島を、彼自身の体が冷めた目で見つめた。

 「俺が俺に見下げられた!? 何コノ一人悪循環!?」

 「さっきからやかましい!! 地獄に落とされたくなかったら、隅っこで見てなさい!!」

 憤怒の霊圧に吹き飛ばされた横島(幽霊)。暗い顔で柱の影から美神を窺う姿は、十分に悪霊っぽかった。

 「ではあなたも舞台へ。美神さん、分かっておられるとは思いますが…」

 「はいはいはい。手加減一切無しの横島くん相手に、こっちが手心加える余裕なんてないわよ。文珠の出鱈目な効能はね、私が一番間近で見てきたんだから」

 実際問題、暴走を恐れて全力を出せない今の美神には、手強いどころの相手ではなかった。

 全く、相も変わらず…妙神山の修行は荒っぽい。
 今回は美神個人への特別メニューで、通常の修行コースとは異なるためか失敗イコール死、の極端な内容ではないだろうが。…ないよね?
 暴走の原因を根こそぎ取り除こうという小竜姫の思惑は、美神にも十分理解出来るものだし、勝算だって皆無ではない。
 ならば、世界最高のGSの誇りにかけて、その期待に応えるしかないだろう。

 (…ま、痛い思いするのは横島くんだし)

 ゆっくりと、全く隙を見せずに舞台へ上がった横島を見て、天華を握り直す。

 彼の表情にいつもの精彩はなく、まさしく人形のよう。

 (つまり、本来の横島くんの強みがないって事よね。くそ下らない搦め手は来ないと思って正解か…ならば勝機はある!!)

 「この戦闘で、美神さんには嫌でも自分の本来の力を掴んでいただきます。美神さんにはこの方が分かりやすいでしょう? 暴走事件の原因ともなった彼と相対することで、事件当時の己を乗り越え、すらんぷの克服を目指す」

 「よーするに、コレを全力でぶちのめせばいいんでしょ!」

 「尚、前例の無い修行法ではありますので…小竜姫の名にかけて命の保障『だけ』はします。存分におやりなさい」

 「ってことは手足の一本程度じゃ動かないってことですねー……あーはーはーはー…」

 どんどん纏う空気が澱んでいく幽霊横島、このままでは妙神山に憑く地縛霊になりそうです。

 「では、始め!!」

 武神の顔で号令を下す小竜姫に、幽霊横島を気遣う意識など微塵もなかった。


 こうして、美神対横島の戦いは始まった。

 そして、たった数十秒の攻防で、あっさりと美神は天華を手放してしまったのである。


 「さあどうしました美神さん! 妙神山での修行とは命を賭けた荒行! 過去二度に渡って経験している貴女なら理解しているのでしょう!!」


 今の横島は冷静で。
 今の横島は巧緻で。
 今の横島は正確で。


 …今の横島は強かった。


 だからこそ。

 美神は負けられない。

 心の強さが即ち己の強さである、と自負している美神にとって、今の横島に負けることは己に負けること。

 最も恐れていること。


 「上等じゃない…!」


 ならば、言うことは一つ。


 負けられない相手にぶつける言葉はあれしかない。


 美神は相手が横島であるにも関わらず、叫んだ。


 「このGS美神が! あんたを! 極楽に逝かせてあげるわ!!!」


 強い言葉には強い言霊が宿る。

 美神が叫んだ瞬間、確かに場の空気が一変したのを小竜姫は感じていた。


 つづく


 後書き


 竜の庵です。
 美神は見得を切るのが似合いますね。
 マっくんはアメノマヒトツノカミさまでした。うん、分かりやすい。
 知名度はどうなんでしょうね、この神様。神様序列的には激しく高位だと思いますが。小説の主人公になってたりもしたので…意外と知られているかも。


 ではレス返しを。


 スケベビッチ・オンナスキー様 > 極めなくても大丈夫。向こうは所詮人の身っ! 殺意の波動は必要ですが。横島と美神の実力差は、現時点で判断は出来ません。今回をお読み頂けたのなら、保留の理由も分か…らないか。まともな状態でガチンコしたらどーでしょうね。小竜姫はジャージと鉢巻、竹刀でスパルタってのも似合うと思います。機能美。マっくんの正体はあんな感じでした。出張るには大物すぎたかも。


 にゃら様 > 作者の考えるスランプシリーズの本題はとても単純です。どちらかというと、解釈の類は読者様に委ねて、自分は『へーほーはー』と感想に頷くばかりでして。千差万別でしょうし。パピリオも美女か…魔族の成長速度如何によっては、数年で横島の守備範囲に収まるでしょうけれど。今回と次回で、美神や横島の想いも出てくると思われます。描ききれたとは口が裂けても言えませんけどね! 泣けるね! 次回、黄金の旋風吹き荒れてます。暴風です。副題付ければ良かったなー。


 内海一弘様 > 美神は現状をどうにかしないと、何にも出来ないので…いっぱいいっぱいです。事務所連中も含めて、家族なのでしょうから、少し焦り気味。ヒャクメ、不憫な子…。少し役に立っただけで周囲は大騒ぎに。自業自得ですが。横島は肝心な事に関しては口下手かと。ちゃんと分かっているのに。マっくんの正体は如何でしたでしょうか? 吹けば飛ぶような性格設定が反感を買いそうで怖っ。


 meo様 > ヒャクメ、凄い有能だと思うんですが…美神の時間移動能力利用したり、地球上あらゆる場所を心眼で監視したり。抜けてるくらいの性格じゃないと、あの能力は反則なのでは。ムラクモと草薙の剣は同じですね。諸説あるようですが。美神は適当に神剣名を並べただけなのでアレでいいのデス。…ええ、作者が忘れてたなんてあり得ません(よそ見&滝汗)。


 柳野雫様 > 人工幽霊一号はものそい大人だと思うので、美神の内心なんぞお見通しだったかと。天邪鬼な部分も含めて。ヒャクメ……多くは語りませんが、彼女は作者の主観ではとんでもない能力者だと感じています。ナニこの温度差。扱いに困るキャラの代表格でしょう、ヒャクメは…。で、マっくんは遠い遠いとおーい親戚の設定です。横島らしさが出ていたでしょうかねー。パピリオはもう完全に、家族扱いにしているようですが。美神編、次回で終わりですがよろしくお付き合いの程を!


 以上レス返しでした。皆様有難うございます。


 次回後編は美神対横島の決着です。どかーんどかーんと戦ってます。
 お約束と王道をふんだんに入れていこうかと思っております。スランプシリーズの区切りですし。


 ではこの辺で。最後までお読み頂き、有難うございました!

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