夏です! 真っ盛りです!!
と言えば、定番はやっぱり――
青い空。青い海。白い砂浜。白い雲。照りつける太陽。
潮の匂い、波の音。水着のねーちゃん。跳ねるビーチボール。楽しそうな笑い声。
スイカに浮き輪にパラソル。麦藁帽子と、カキ氷。波と戯れる人。はしゃぐ人。溺れる人。
いちゃつくカップル。ナンパする奴、失敗する奴。
そして、
「理想を抱いて、溺死しろぉぉぉぉぉ!!」
簀巻きになって、水底に沈む人!
いやぁ、ホント夏ですね。
がんばれ、横島君!!〜横島君と海辺の妖怪〜
今日はアシュタロスファミリー(ハニワ兵除く)で海に来ています。
発端はアシュタロスさんの一声。
「子供たちと一緒にお出かけしたい!!」
当たり前だが、それに賛同したルシオラちゃんたち。
目的地も予定日もアシュタロスさんが決定。
一週間前から水着を買いあさり、これはどうか?あっちもいいんじゃないかとプチファッションショーを開催し。準備万端。
そして、本日。はじめて見る海に子供たちは興奮気味。
海水を舐めて、辛いと騒ぎ。寄せては返す波に恐る恐る近寄って、時折勢いよく足元をさらう波にきゃあきゃあと悲鳴を上げた。
本で読んだ通りだと。TVで見た通りだと。大はしゃぎ。
俺は持ってきたパラソルを立てて、レジャーシートを広げ一つ大きく伸びをする。
「やー、気持ちいいっすね。海なんて来たの久しぶりですよ」
「そうかい。ふふ、それは何よりだ」
格好つけて髪をかきあげるアシュタロスさん。
ビデオとカメラ、その二つをしっかりと手にし。麦藁帽子、アロハなシャツ、腰の浮き輪、足元のスイカと完全装備でさえなければもう少し様になるのに。
ちなみに海パンは俺と同じ、ノーマルなタイプ。
本人はヒモパン、もしくはTバックなタイプにするつもりだったようだが却下しました。
子供たちは本人とアシュタロスさんの吟味の結果――
ルシオラちゃんは白のワンピースタイプ。胸のリボンがワンポイント。同じく白いリボンがついた麦藁帽子をかぶっている。
ベスパちゃんは青いスポーティーな水着。長い髪をポニーテールにして、幅広のヘアバンドで触角を隠している。
パピリオちゃんはクリームイエローのフリルなビキニ。蝶を思わせる大きなリボンが触覚隠し。
全員おそろいのかわいいビーチサンダル。
波を十分に堪能した子供たちは、手に手に小さなスコップやバケツを持って思い思いに穴を掘ったり埋めたり山を作ったり。
なんともほのぼのとした光景。
その傍らで写真を撮りまくり、ビデオカメラを回しているアシュタロスさんさえいなければ。
「不審者ですよ、まるっきり! 周りの視線が痛いから、せめてどっちか一つにしてください!!」
「何を言う!! 君にはわからないのかね? 子供の成長を収める喜びと、重要性が!?」
真顔で断言しやがって!
それにしても、改めて周囲を見渡すと……なんか人が少ないような?
真夏の海水浴場。
普通はもっとごみごみしてるはずなんだけどな。
「割とすいてますね、ここ。穴場なんですか?」
「気付いたかね? 子供たちのために私が厳選したから当然だろう。きれいで危険なものが出ない海。様々な施設完備で交通の便もいい。人が少ないのもポイントだったからね」
「へ〜。それでわざわざ調べたんすね。こんないい所なのにあんまり知られてないって、なんかもったいないっすね」
「はっはっは! 人が少ないのはもう一つ理由があるぞ、横島君」
「なんすか?」
「ここ最近、この海には悪霊が出て海水浴客を襲うからだ!!」
……。
海に還ってもらいました。
「あのー横島君。夏の浜辺で正座はきついものがあるのだが?」
「だからなんですか?」
「なんでもないです……」
視線をそらす雇い主にため息一つ。
だから! ため息ぐらいでびくつかない!
「全く、子供たちに何かあったらどうするつもりですか? アシュ…芦原さん」
外ではいつどこで誰が聞いているかわからないので、アシュタロスではなく芦原の方で呼べと言われている。
「いやその、私もいるし悪霊くらいなんでもないのだし。大丈夫だと…」
「そんなこと言って! 万が一とか不測の事態とかがこの世にはあるんです!!
何かあってからじゃ、遅いんですよ!? わかってるんですか?
第一、なんでもないって――芦原さんだしなぁ」
「ええ!? 私、信用ゼロ? それは酷くないかね、横島君!!」
「日ごろの行いを省みてください!!」
「〜〜〜〜〜っ!! 娘たち〜〜!! 横島君が苛めるぅぅぅぅぅぅ!!」
いい年して子供に泣きつくな、おっさん!!
子供たちはマジ泣きしているらしいアシュタロスさんに抱きつかれ。それそれが幼い顔には不相応な苦笑めいたものを浮かべ、小さな手でその頭を撫でてやる。
「もー、パパったら泣かないの? じごーじとくなんだから」
「そーでちゅよ、いくらホントのことを言われたからって。なさけないでちゅよー」
「お兄ちゃんにしんようされてないのはしかたがないでしょ? パパなんだから」
「のおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」
あ、止め刺された。
今までで一番のダメージらしく、アシュタロスさんはずず〜んと重い空気をまとい体育座りでぶつぶつと呟きだす。
目も空ろ、焦点も合っていない。
あ〜あ。重症だな、これは。
「駄目だよー? 皆、いくら本当のことでもパパは傷付くからね。
あんまりそーゆーことは言っちゃいけないよ?」
「「「はぁ〜い!!」」」
ホント、いい返事だな。子供たち。
半分死んでるアシュタロスさんは放っておいて、俺は子供たちが脱水症状を起こさないように水分補給させる。
そして海で遊ぶときの注意事項を教えて――子供たちが無邪気に遊ぶ様を静かに見守る。
しっかりお弁当も食べ、復活の兆しの無いアシュタロスさんは放置して。
パピリオちゃんの質問攻撃に耐えていると、くいくいっとパーカーの裾を引っ張るルシオラちゃん。
「ん? どうしたの、ルシオラちゃん?」
しゃがんで視線を合わせると。恥ずかしそうにうつむきながら、
「あのねー、お兄ちゃん。いっしょにお散歩行こう? 二人で、ね!」
いいでしょう?と、無邪気な笑顔。
二人でかぁ。そーなるとベスパちゃんとパピリオちゃんをアシュタロスさんに任せることになるんだけど…。
ふ、不安だ!!
ちらりとルシオラちゃんを見れば、期待に目を輝かせ。ぎゅうと俺の裾を掴んだままで。
う〜ん。ベスパちゃんはかなりしっかりしてるし。一応アシュタロスさんも子供たちに何かあれば、正気に戻ってくれるだろうしなぁ。
でも、アシュタロスさんだし……。
うんうん唸って出した結論。
「ベスパちゃん、パピリオちゃん。お兄ちゃん、ルシオラちゃんと二人でお散歩に行ってきていいかな?」
問えば、子供たちは顔を見合わせてから肯定を返し。
「それじゃあね、もし何かあったらパパを呼ぶんだよ? 本当に危ないときはブレスレットを外してもいいからね。
――本当に大丈夫?」
ブレスレットは子供たちの魔族の力と気配を封じている。だから普段は決して外さないように言い聞かせているのだが。
緊急事態となったら、仕方が無いだろう。
よっぽど心配そうな顔をしていたのか。
腐敗が始まるんじゃないかと思うほど凹んでいるアシュタロスさんに、なぜか砂をかぶせながら「へーきでちゅ!」とパピリオちゃんが笑い。
その隣。埋められてゆく父親の姿を、ビデオ片手に冷静に観察していたベスパちゃんも力強く頷いてくれた。
二人にくれぐれも変な人にはついて行かないように言って、ルシオラちゃんと手をつないでお散歩に。
「お兄ちゃん、暑くない?」
「ん、平気だよ。ルシオラちゃんは大丈夫?」
「だいじょーぶよ! ねぇ、あっちの方、行こう?」
俺の手をしっかり握って、可愛い笑顔。
指したのは海岸の端、人が特に少ない岩場。波が岩にぶち当たりざぱざぱ音を立てている。
いいよと軽く頷いて、そこを目指して歩いていると。
「横島く〜ん!」
聞き覚えのある可愛い声とともに、衝撃。
俺の背中に一つ目のちっこい奴と、トカゲっぽい奴。
「やっぱり、横島君だ〜。久しぶりね〜。逢いたかったわぁ〜〜〜」
独特の間延びした口調。かわいらしいワンピース姿で優雅にこちらに向かってくるのは――冥子ちゃん。
半歩後ろに金髪美形の男が付き従ってます。……むかつく。
俺に張り付いているクビラとアジラを撫でてやりながら、ルシオラちゃんの様子を窺うと……予想通り。
びっくりした顔で固まっている。
俺以外の人間とはまともに接したこと無いもんな。
ちなみに親父は含まん。一応俺の親だし、場所も家の中だったから。
俺の手を小さな両手でぎゅうっと握り、笑顔で近付いて来る冥子ちゃんを警戒心溢れる目で見るルシオラちゃんに大丈夫と微笑みかけて。
「久しぶり、冥子ちゃん。元気だった?」
手を振り答えれば、子供みたいな笑顔で頷いた。
…良かった。あのことは怒ってないようだ。
襲いかけたもんなぁ、俺。ごめんね、冥子ちゃん。
「横島君はどうしてここにいるの〜?」
「俺、子守のバイトしてて。それで雇い主が子供たちを海に連れて行こうってことになったから。一緒に着たんだよ」
俺の後ろ。どこかむっとした表情で冥子ちゃんを凝視しているルシオラちゃんに苦笑をして。
「この子はルシオラちゃんて言うんだ。ルシオラちゃん、冥子ちゃんだよ」
「こ、こんにちわ。芦原ルシオラです…」
緊張した硬い声。。俺の背中に隠れたまま顔だけのぞかせたルシオラちゃんに、気にした風も無くニコニコ笑いかける冥子ちゃん。
「わぁ、可愛い〜。私は〜、六道冥子よ〜。よろしくね〜、ルシオラちゃん〜〜〜」
それから今思い出した様子で――いや、実際そうだろうけど――、青年を振り返る。
こいつずっと困った顔して、声をかけたくても話に入れないで立ち尽くしたんだが。
男は敵なので、全面的にスルーしてました。
「忘れてたわ〜。あのね〜、この人はピート君て言って〜、一緒にお仕事に来たのよ〜」
「仕事? あ、冥子ちゃんゴーストスイーパーって!」
「そうよ〜、ここに除霊に来たの〜」
「そっかぁ。悪霊が出るって言ってたもんなぁ」
話を聞けば、数日前に訪れていつ悪霊が出てもいいようにとずっと見回っていたらしい。
冥子ちゃん一人では不安で、見習いであるピートの師匠であり知り合いのゴーストスイーパーに協力を頼んで一緒に来ていると。
師匠は国内でも有数の実力者で。その人は一人で回り、冥子ちゃんは本人の希望と周囲に対する配慮からピートと組むことになったようだ。
確かに、冥子ちゃん一人だけだと何があるか…。
「横島忠夫だよ。こっちはルシオラちゃん。まぁ、よろしくな」
差し出された手を無視するわけにもいかず。軽く握り返した瞬間、奇妙な違和感。
元の紫肌に戻ったアシュタロスさんの側にいるときのような。いや、それよりもずっと弱いけど。
ピートの手に触れている俺の手の上をぱちぱちと。ほんのわずか包み込む膜だか、反発する磁石の同極同士だか。
イフリートから感じたものと、種類は違うが似ている感覚。
と言うことはこいつ――人間じゃない?」
「どうしてわかったんですか!?」
「すごいわぁ〜、横島君〜」
「はぅっ? しまった、声に出てた!?」
うっかり口にしていた俺の脳内!
ピートは驚愕の、冥子ちゃんは尊敬の顔で俺を見る。
ルシオラちゃんは「あー、やっぱりなー」的表情だ。
「すご〜い、どうしてわかったの〜?」
「僕はヴァンパイア・ハーフなんですよ。普通の人は見分けがつけられないのに!
横島さんも霊能者なんですか!?」
「い、いや、なんとなくそんな感じが…」
詰め寄ってくる二人に曖昧に返す。
うかつなこと言って、ルシオラちゃんたちが魔族だとバレるのはまずい!
とりあえず何とかして話を変えないと。
思っていたら――
きゃあ〜〜〜〜〜!!
波打ち際から女性の悲鳴!
タイムリー! ありがとう、神様!!
遠くの空に爽やかに微笑みかけて。
声目指して走り出す!
ルシオラちゃんを抱っこして、クビラとアジラを背負ったまま。
砂浜、水着姿の女の悪霊が海水浴を楽しんでいたであろう人たちを襲っている。
あれが、最近出没している悪霊か!
「冥子ちゃん、ピート! 悪霊だ、出番だよ!!」
ルシオラちゃんを降ろして襲われていた人たちを逃がして。追いかけて来ていた二人を振り返り叫べば、冥子ちゃんは不安気に表情を曇らせた。
「冥子怖いわ〜。ピート君、お願い〜」
だあぁぁっ! あんたプロのゴーストスイーパーでしょう!!
内心で突っ込み。ピートも諦めた顔で前に進み出た。
「ダンピールフラッシュ!!」
そのかざした掌から放たれた光弾が見事に悪霊に命中。
おお、なんか凄いぞピート!
長い髪を振り乱していた悪霊はあっさりと、妙に清々しく天に昇っていき。
「これで終わりか? なんか……」
呆気ないと言うより早く、頭に乗っていたクビラが高く鳴いた。
「気を付けて〜。何か来るわ〜!!」
珍しく切迫した冥子ちゃんの声。
同時に悪霊のいた場所から飛び出してくるのは――水着!?
「その水着が取り付いて普通の幽霊を操ってたって〜、クビラちゃんが言ってるわ〜!!」
「な!? くそ、もう一度!!」
水着はどこか迷ったように飛びながらもピートの攻撃をひらりとかわし、俺に――いやルシオラちゃんに向かって特攻してきた!
「危ない、ルシオラちゃん!」
「お兄ちゃん!?」
避けるのは間に合わない。ルシオラちゃんを守ろうと抱きしめて。
「アジラちゃん、おねがい〜!!」
冥子ちゃんの言葉とともに背中に張り付いていたアジラが、鋭く炎を吐くと水着は見事に石と化し鈍い音をさせながら砂の上へと落下し砕け散る。
「あ、ありがとう。冥子ちゃん、助かったよ」
「お姉ちゃん、ありがとう」
俺に続いてルシオラちゃんもおずおずと。
冥子ちゃんは「えへへへ〜」と笑っている。
さすが、ゴーストスイーパー。やるときはやるもんだと感心していると、突然嫌な空気が俺たちを取り巻いた!
「ああ〜、何か来るわぁ〜!!」
海を見詰めて不安そうな声を上げる冥子ちゃん。
ピートも鋭く視線を向け。何か感じるのだろうルシオラちゃんも同様だ。
そして、数秒。
海から高速で伸びてきたナニかが、二つ!!
「危ない!!」
ピートが言い様、素早い身のこなしでそれらを強く蹴り飛ばす。
海の中に引っ込んでいくそれを見送る俺たちの耳に届く嫌〜な、じめじめとした声。
『夏なんか嫌いだー! 太陽も海も水着のネーチャンもスポーツマンも皆嫌いだー!!』
波を割って派手に登場したそいつはなんと言いうか、醜悪だった。亀とアルマジロを混ぜたような。短い手足と歪んだ人間めいた顔。
「き、気持ち悪いよぉ〜」
「ふえ〜〜〜ん、怖いわぁ〜」
泣きそうな顔でルシオラちゃんと冥子ちゃん。
二人は鳥肌すら立てながら、俺にしっかりしがみついてくる。うん、役得だ!
ピートは俺たちを背に庇い油断無くそいつを睨み、言う。
「お前は何者だ!!」
『おでは妖怪コンプレックス。夏の陽の気の影にできた陰の気から産まれた妖怪だぎゃー』
「こんぷれっくす〜? ああ〜そういえば〜。この前令子ちゃんが言ってたわ〜。プールで退治したって〜」
「そうなんですか?」
ピートの問いに冥子ちゃんはこっくり頷いて。
「令子ちゃんがね〜、最近生まれた下等妖怪だって〜。大した能力も持ってないくせにうるさくて迷惑で〜、やり口も姑息で珍しいくらい情けない妖怪だったって〜。
ホントに〜、令子ちゃんの言った通りね〜」
その「令子ちゃん」もひどいが、それを本人?の前で言ってしまえる冥子ちゃんもひどい。
あ、コンプレックス。ぶるぶるしてる。
『悪かったなー!! どーせ、おでは…おでたちコンプレックスはぁ〜!!』
うおぉぉぉぉぉぉぉん!と泣きながら叫び出す。
『おでを生んだのはおみゃーら人間だぎゃ! おみゃーら人間のマイナス思念がおでを生み出したんだぎゃー! 明るく楽しくスケベに夏をエンジョイするものの影には必ず無数の怨念と嫉妬と憎悪と、陰の気が渦巻いてるでやー!!
おではおみゃーらの心の形なんでやー!!』
うう、否定できん。ヤだなぁ、あんな心の形。
コンプレックスはびしりと俺を指差し、尚も喚き立てる。
『おみゃーにもおでの存在の責任があるでや! おみゃーみてーなモテねー男が「夏なんか!」とおも…て…』
言葉の最後はなぜか小さく、消えていった。
「お兄ちゃん…」と右手をしっかり握ったルシオラちゃん。左側にはやっぱり涙を耐えた表情でぎゅうっとしがみつく冥子ちゃん。
二人ともコンプレックスが凄い形相でこちらを向いているせいで、泣き出さないのが不思議なほど怯えている。
コンプレックスは俺たちの様子を信じられないものでも見るように、まじまじと見て。
喚いた。
先ほどよりも高く、ずっと絶望に満ちた声音で。
『この世の終わりだぎゃー!! なんでこんな何の取り柄もなさそうな貧弱な坊やに女の子が集まってるぎゃー!? 神は…神はいないのぎゃ〜!!』
し、失礼な!! そこまで言うか!?
「ひどいこと言わないで!!」
「そぉ〜よ〜!!」
俺よりもずっと怒ったように。ルシオラちゃんと冥子ちゃんが俺の前に立ち、言い放つ。
「お兄ちゃんはすっごくやさしいんだから! 毎日おいしいごはんを作ってくれて、ねる前は絵本もよんでくれるんだからぁ!!」
「それに〜、横島君は困ってる冥子を助けてくれたの〜。とっても頼りになるのよ〜!!」
ぷんぷんと。腰に手を当て、怒ってますよポーズの二人。
見てる分にはすっごく可愛いんだけど…コンプレックスは何やら歯軋りを始め、直視出来ないほど顔を歪めだしている。
『う、うううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!
皆みぃ〜んな! 大っ嫌いだぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
ついに切れた!
ごがぁ!! ばぎょん! どぉうんっ!
「ルシオラちゃん、冥子ちゃん! 危ない、下がって!!」
「お兄ちゃん!!」
「きゃあ〜、横島君〜!」
「ヴァンパイア昇竜拳!!」
伸縮自在らしい腕を振り回して、滅茶苦茶に暴れだす。
幸い狙いを定めてるわけではないし、ピートが応戦してるから避けるのは楽なんだけど。
ルシオラちゃんと冥子ちゃんを後ろに庇いながらなのは、正直辛い。
特に冥子ちゃんは限界が来ているらしく、暴走寸前。
そうなる前にここから離れないと。
そう思って、二人を連れてじりじりと後退しているその最中に!
ぎゅがり!!
「きゃ!?」
「え〜ん、痛いわぁ〜」
伸ばされた腕がわきを掠めて、庇いきれずに二人は砂浜に倒れこむ。
「だ、大丈夫!?」
慌てて助け起こせばルシオラちゃんも冥子ちゃんも平気だと笑うけれど。
石で切ったか、貝殻にでも擦ったか。ルシオラちゃんの膝に擦り傷。押さえた小さな手の間から、じんわり滲む血が見えた。
ふっ。あいつ――殺す。
ふつふつと魂から沸いてくる何か。左腕が、熱くなる。
見れば、アシュタロスさんに貰ったお守りを中心に淡く発光する左手。悟る――これは武器だ。
危険だからと、二人にここから離れるよう言えば。角の生えた馬みたいなやつが影から飛び出し素早く冥子ちゃんとルシオラちゃんを乗せ、レーシングマシンも真っ青なスピードで戦線離脱。
見届けて、コンプレックスに向き直る。
相変わらず奇怪な叫びを上げ腕を振り回し、好き放題に暴れている。ピートも上手く反撃出来ないようだ。
無視してそちらに近付いて行くと、背後からピートの慌てた声が飛ぶ。
「横島さん!? 危険です!!」
大丈夫だと微笑みかければひぃ!!と引きつった声を上げられた。失礼な。
ダッシュでその懐まで潜り込み、奴がぎょっとして距離を取るより先に。
普段アシュタロスさん以外には決して向けない速さと力で――顔面一発!
「地獄に、堕ちろぉぉぉぉぉ!!」
『でやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
輝く拳はクリーンヒット!!
特撮物もかくやと言った煙を噴き上げながら、その身がぼろぼろと崩れていく。
『これで…終わったと思うにゃ…。夏が来るたび……おでたちコンプレックスは…何度でもよみ…が、える……』
「やかましい! 女の子に怪我させて、何言ってやがる!! さっさと消えろぉ!!」
げしげしげし!!
蹴りつけてやれば、未練そうな目をしながらも跡形も残さず消えていった。
妖怪って……はじめて見たけど、こんな風に消えるんだなぁ。
感慨深く見入っていたら、避難していたルシオラちゃんと冥子ちゃんが式神に乗って、駆けてきた。
「おにぃちゃあ〜ん!!」
「凄いわぁ〜、横島君〜」
二人揃ってぎゅうと抱きつかれ、うっかり倒れそうになるが耐えた。
ちなみに。キラキラとした笑顔で大げさに駆け寄ってきたピートは、即座に蹴り飛ばしました。男はいらん。
一緒に俺達がシートを広げた場所へと戻る途中。
冥子ちゃんたちの言葉によれば、コンプレックスを倒したあの光る手は霊力をまとっていたものらしい。
ルシオラちゃんと冥子ちゃんはしきりにすごいすごいと感心し、ピートは熱っぽく俺にも霊能者の素質があると語り。
なんと答えていいかわからず、苦笑交じりに話を聞き流す。
戻れば、パピリオちゃんとベスパちゃんが笑顔で迎えてくれた。
パラソルの横に明らかに何かが埋まった大きな砂山が出来ていたが。
……何が埋まっているのか、予想がつくので追求はしない。
で、レジャーシートの上には見知らぬおっさんが寝かされていて。
ピートが「先生〜!?」と慌ててすがり付いた。
近くに落ちていたのをベスパちゃんが拾ってきたらしい。
おっさん――唐巣神父を起こして事情を聞くと、どーやら栄養失調とか熱射病とか。そんなものにやられて倒れてしまったようだ。
…冥子ちゃんといい、このおっさんといい。ホントにプロか?
ゴーストスイーパーって、結構ハードな仕事なんだろ? よく知らんけど。
そんなことを思いつつ。日も暮れてきたので帰る準備を始めると、冥子ちゃんが助けてもらったお礼にと俺達を食事に誘ってくれた。
俺では決められないので、アシュタスさんを呼んで。
砂山の中から這い出してきたアシュタロスさんに驚いた冥子ちゃんが、うっかり式神を暴走させ。
平和な浜辺が一瞬で阿鼻叫喚の地獄と化し。子供達がブレスレットを外しかけたり、唐巣神父とピートが式神――ウサギみたいな奴と一番でかい奴の餌食になったり。
うん、中途半端に埋まったままだったアシュタロスさんがその暴走の中心にいたけどきっと大丈夫! 俺は信じてる!!
子供たちを暴風域から逃し、軽く死ぬかと思ったがなんとか冥子ちゃんを落ち着かせたり。
色んなことがあったけど、何とかその場を収めて。
皆で晩御飯を食べました。
ルシオラちゃんたちもすっかり冥子ちゃんと仲良くなったし、飯も美味しかったし。
いやー、来て良かった!
若干名、ズタボロになっていた人もいたけど気にしない。
冥子ちゃんとも友達になれたし、夏の思い出が出来たみたいだし。
「良かったねー」
「うん! また来ようね!!」
「おもしろかったでちゅ〜」
「ベスパも楽しかったよ!」
子供たちも上機嫌。ホント、来て良かった。
そんなわけで、多少のアクシデントがあったものの楽しい一日でした!
続く
後書きと言う名の言い訳
という訳で、霊力覚醒編でした。本当はもっと戦闘シーンを書きたかったんですが、収拾がつかなくなり断念。
発動した霊力はサイキック・ソーサーと栄光の手の中間くらいの威力です。
今回、パパへのDVは軽めでした。子供たちの行動は愛情表現ですよー?
次回はようやくメドーサさんが登場。霊能修行です。
六道婦人についてはいつかちゃんと登場させようと考えています。まだまだ先になりますが。
ちなみにここの横島君は素直な愛情と信頼を向けてくる蛍たちと、信用をちゃんと表してくれる雇い主のおかげで原作横島より劣等感とか薄く余裕があります。
では、ここまで読んで下さってありがとうございました!!