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▽レス始

「二人三脚でやり直そう 〜第十六話〜(GS)」

いしゅたる (2006-08-25 00:15)
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 誰も居ない教室の中。

 二つの人影が、互いに向かい合う。

「おキヌちゃん……」

「横島さん……」

 片方は男、片方は女。学生にありがちな甘酸っぱい雰囲気が、二人の間に漂う空気を支配していた。


 ――というのは、出歯亀連中の主観である。

(よしっ! そこだっ! 押し倒せっ!)

(下品ですわよ……一文字さん。そもそも覗き見なんて、マナー違反じゃありませんこと?)

(一緒に覗き見してる奴の言うことかよ)

(なっ……! 私は、あなたたちが羽目を外さないよう監視するために……!)

(はいはい、そーゆーことにしときますよ)

(だからそうじゃないと……っ!)

(しーっ! 声が大きいわよ!)

(学生同士の恋愛……! そうだ! 我々が待ち望んでいたのはこれなんだ! そうだろ、愛子クン!)

(ええ、高松クン! これこそが青春よ!)

 押し合いへし合い。その出歯亀の数は、クラスのほぼ全員であった。


『二人三脚でやり直そう』 〜第十六話 バッド・ガールズ!!【その3】〜


「さーてどうしたものかなー」

 結界の中で動かない机妖怪を前に、美神は思案顔でつぶやいた。その隣には、困り顔の六道夫人。

「おばさんも〜〜〜、冥子が傍にいれば〜〜〜、あの子の式神が操れるんだけどね〜〜〜」

 その冥子も、今はいない。なんでも、仕事で遠くに行っているそうで、呼んだところですぐには来れないらしい。美神は「またプッツンして帰ってくるんだろうなー」と思ったが、口には出さずにおいた。

「私もあいつの腹の中に入る……ってのは下策よね。やっぱり外側から何らかのアプローチをするべきかしら」

「説得が通じる相手なら〜〜〜、まだやりようはあるんだけどね〜〜〜」

「やっぱ、まずはそこから確認すべき……? でも、下手に手を出して中の人間に影響が出るのもまずいわね。う〜ん……」

 しばし、考える。ややあって――

「よし。待ちましょう」

 と、結論付けた。

「それで〜〜〜、大丈夫なの〜〜〜?」

「中に入ったあの馬鹿は、あれでも実はかなり私のサポート上手いのよ。無事だったら、何かしらやるに決まってるわ」

「それを待つわけね〜〜〜?」

「ええ。それで机妖怪に何らかの変化が起きたら、妖怪の意識に呼びかけてみます。もし相手に自意識があるならば、内側に厄介事が起きている時にこそ付け入る隙が生まれるというものですし」

「でも〜〜〜、もし横島クンが無事じゃなかったら〜〜〜?」

「その時は……ん〜……」

 問われ、彼女はしばし悩み――

「すみません、おばさま。なんでかわかんないけど、あの馬鹿が死んでる場面なんて想像できないわ」

 苦笑でもって答えた。


 ――異界学校、無人教室――

 その中で、横島はおキヌと正対していた。

「おキヌちゃん……あのさ」

「ま、ままま待ってください! まだ、こ、こ、心の準備が……」

 ここからの脱出を持ちかけようとした横島に、しかしおキヌは顔を真っ赤にして制止した。

「おキヌちゃん?」

「ま、まずはお友達から……じゃなくて、その段階はもう通り過ぎてるのかな? やっぱりここで告白されたら嬉し涙で「はい」って答えて、それで接ぷ……きゃーっ! いきなりは早いですーっ! ゆっくり、ゆっくり手順踏んで、初めての接吻は誰もいない屋上なんて……」

 なんだか小声でトリップしている。横島には断片的にしか聞き取れていないが、どうも何か勘違いしてるっぽいのはわかった。

「おーい、おキヌちゃーん? 愛子のことなんだけどー?」

「え……? あ……愛子……さん? なんでそこで愛子さんの名前が!?」

 と、横島の口から愛子の名前を聞いたおキヌは、真っ赤になっていた顔をいきなり青ざめさせた。

「も、もしかして横島さん、愛子さんの方がいいんですか? 私、ふ……ふ……ふら……ふられ……」

「えーと……」

 なにやら勝手にショックを受けているらしく、言葉を続けられないおキヌに、横島はどうしたものかと頬をぽりぽり掻いた。

(しょうがないなー。手荒なことはしたくなかったんだけど……)

 胸中でつぶやき、一歩前に出る。そして――

「サイキック猫騙し!」

 ぱぁんっ!

「きゃあっ!?」

 手を叩いた音が、教室に響いた。
 霊波を放出された両手が叩き合わされ、一瞬、強力な閃光が教室を照らした。目の前でそれをやられたおキヌは目を焼かれ、少しの間視力を失ってしまったが――

「あ、あれ? 横島さん?」

 視力が回復した頃には正気に戻ったのか、横島が目の前にいることが不思議であるかのように、目をぱちくりさせた。

「正気に戻った?」

「あ……えーと……」

 横島の問いかけに、おキヌは恥ずかしそうに目を逸らした。

「す……すいません。なんか、変に取り乱してたみたいで……」

「いいんだよ」

 言って、横島はおキヌの頭にぽんと手を置いた。無防備な微笑を浮かべる彼に、おキヌは思わず見惚れる。

「あ……」

 が、その手はすぐに離され、おキヌは少し残念に思った。

「にしても、予想外だったよ。愛子が六女に来てるなんて」

「そうですね……私も、まさか愛子さんが来てるなんて思いもしなかったから、最初に机を見ても思い出せませんでした。なんでこっちの学校に来てるんでしょう?」

「う〜ん……」

 横島は、腕を組んで考える。
 ややあって――

「そういや、前に愛子に聞いたことあったんだよな。うちの学校に来る以前はどこに行ってたんだ、って。
 結局答えてもらえなかったけど、思い起こしてみればあの時、怯えていたようにも見えたな。もしかしたら、六女に行って祓われそうになってたのかも」

「それで命からがら逃げて、横島さんの学校に行ったってことですか?」

「かもね。まあ、元の時代にはもう戻れないっぽいし、確認なんかできないけど」

 そう言って、横島は肩をすくめた。

「で……どうやって脱出しましょうか? 前はどうしたんですか?」

「前は、えーと確か……正体を看破させられた愛子が暴走して、それを美神さんが叱って……あかん、なんか頭が痛くなってきた……」

 当時のことを思い出し、横島はそのアホらしさ加減に軽い頭痛を覚えた。

「ともあれ、本当の青春? みたいなもので改心した愛子が、全員を解放して終わったんだ」

「そうなんですか。そういえば、美神さんも来てるんですか?」

「もちろん。俺一人で六女なんて来れないって」

「でしたら……今回も同じ手順でいけませんか?」

「どうだろう? この状況でわざわざ美神さんが来るとも思えないし、俺たちが何の脈絡もなく愛子の正体を看破したら、さすがに不自然だろうし。うーん、なんかいい手がないかな?」

「そうですねー……」

 そして、二人揃って悩み始めた。


 その頃、教室の外では。

(あー! 何やってんだ、まどろっこしい!)

(……これ、本当に愛の告白シーンなんですの?)

(うーん、いまいちシチュエーションに不足を感じるわねー。……あ、夕陽の差し込む教室なんていいかも)

 野次馬がぶつぶつとつぶやいていた。


 ――不意に。

「……ん?」

 横島たちは、自分たちの横顔を照らすものが現れたことに気付き、顔を上げた。
 二人の横顔が、朱い光に照らされている。二人で窓に目を向けてみると、異界空間の空に真っ赤な夕陽が現れていた。

「夕焼け……?」

「いきなり……ですね」

 夕焼けを見ると、必ずと言っていいほど見惚れてしまう横島だったが、こればっかりはそんな風情を感じることはできなかった。世界を美しく彩る夕陽も、彩られる世界がこれだったり、夕陽自体が脈絡なく登場したりでは、いくらなんでもあんまりだろう。

(もっとも……愛子の支配下にいれば、違和感も違和感と取れないんだろうけどな)

 となれば、これを演出したのは愛子ということになる。
 横島は教室を見回し、自分たちを取り囲む状況を確認すると、やっぱりなと納得した。誰も居ない教室に男子生徒と女子生徒が二人っきり、そして教室に差し込む夕焼けの朱い光。なるほど、愛子が好みそうな青春劇のシチュエーションである。

 ――それが意味するところ、それはつまり。

 横島は突然、教室の後ろ側の入り口にあたりをつけ、そこに向かって歩き出した。

「横島さん?」

 おキヌが訝しげに呼ぶが、それには答えずに歩を進める。向かう先で、ごそごそと『大勢の何か』が身じろぎする気配がした。
 そして――


 がらっ。


 戸を開けると、そこには。

「や、やあ……」

 引きつった笑顔の愛子と他多数。とりわけ、『回れ右しているかおりの襟首を掴む魔理』という図が、なかなかにシュールだった。

「みなさん……?」

 横島の後ろからそれを見たおキヌが、きょとんとしつつも「何やってるんですか?」と言いたげにつぶやいた。

「何やってんだよ、お前ら……まあいいや」

 横島も呆れてため息をついたが、すぐにどうでも良いとばかりに投げやりな言葉を口にした。

(そろそろ潮時かな……これ以上は、俺もおキヌちゃんもまた洗脳されかねない)

 そうと決まれば即実行。

「おキヌちゃん!」

「は、はい!?」

 突然大声で名前を呼ばれ、おキヌはびっくりしたが、反射的に返事する。

「逃げるよ!」

 ――言うが早いか――


 ずがんっ!


 横島は突然、足元にサイキック・ソーサーを投げ付けて爆発させ、全員の視界を奪った。

「なっ!?」

 突然のことに、愛子は面食らった。
 その隙を見逃さず、横島はかおりと魔理の手を取り、廊下を全力疾走した。その後ろを、おキヌが必死に付いて行く。

「な! は、離せよ!」

「なんですの、あなた! い、いきなり人を引っ張って!」

 引っ張られながらも走り、魔理とかおりは口々に抗議する。

「アタシらを一体どこに連れて行くつもりだ!? 早く教室に戻らないと――」

「戻ってどうするってーの!」

「弓さんに一文字さん、そろそろ正気に戻ってください!」

「正気ってどういうことです! 私はいつでも正気です! 授業のボイコットは学校の基本ルールに反しますわよ!」

「ぜんぜん正気じゃねーっ!」

 だめだこりゃ、と言わんばかりに、横島は頭を抱えた。抱える腕は両方とも塞がっているが、とにかく気分的に頭を抱えた。
 しかし、おキヌは対照的に冷静な顔つきで――


「弓さん」

「何です?」

「今脱出すれば、美神さんに会えます」

「さあ脱出しましょう今すぐ脱出しましょうマッハで脱出しましょうとにかく脱出しましょう!」

 ずべしゃあああっ!


 横島が見事なヘッドスライディングをかました。弾みでかおりの手は離してしまったが、運悪くというか何というか、魔理の手は離してなかったので、彼女は横島と一緒に廊下を滑る羽目になった。手を離していても結果は同じだったかもしれないが。
 勢い余って数歩先まで行ったおキヌとかおりは、足を止めてそんな二人を見下ろしている。

「何やってるんですか。とっとと脱出しますよ?」

 心底不思議そうな表情で、両手を腰に当てて言ってくるかおり。もはや洗脳されている様子など微塵もないが、これはこれで普通の精神状態ではない気もする。おキヌが「やっぱり」とでも言いたげに引きつり笑いを浮かべていたが、それにも気付いてなさそうだった。
 しかし。

「ちょ、ちょっと、弓! 何言ってるんだよ!」

 黙っていられないのが約一名。
 しかしそれも――

「あなたもさっさと正気に戻りなさいっ!」

 ずげしっ!

「うおうっ!? ……って、あれ? 弓におキヌちゃん? アタシ……」

 かおりのエルボーで、あっさり正気に戻った。頭から噴水のように血を噴き出しているのが、どこかの誰かさんっぽい。

(なんだこのデジャヴ……?)

 横島は顔を引きつらせて、その光景に見入った。
 しかし――本来、そんな暇はない。全員正気に戻ったというなら好都合。

「とにかく、逃げるぞ! あいつらが追ってくる!」

「あ、はい!」

「わかった!」

「私に命令しないでくださる!?」

 約一名不満を言いつつも、横島の言葉に従って全員で廊下を駆ける。
 階段に差し掛かり、猛烈な勢いで下って行く。一階、二階、三階降り、しかし――

「ちょ、ちょっとお待ちなさい!」

 並走する三人を、かおりが呼び止めた。

「どうしたんだよ! 追いつかれるぞ!」

「見てごらんなさい!」

 魔理の言葉に、かおりは階段の隙間を指差す。魔理がそれに従って隙間を覗いてみれば、無限に続く下り階段が――

「な、なんだこれ!」

「無限回廊だよ。霊的な迷路になってるんだ、この学校。どこまで行っても出口なんて辿り着けない」

「じゃ、当てもなく逃げ回ってただけかよ!」

 横島の説明に、魔理が突っかかる。

「確かにその通りなんだけど……まあ、こっちが何か行動起こせば、妖怪の方もボロ出すかなーと思って」

「ふうん? まるっきり当てずっぽうってわけでもないのですね?」

 言いながら、かおりが値踏みするような視線を向けてきた。目の前の冴えない男がどの程度の霊能者か、探っているような様子である。
 横島の方としても、最初から種明かしするよりは、魔理やかおりに自分で気付いてもらった方が自然な流れである。できればそうなってもらいたいが為に、こうやって考える時間を与えているわけだが……

(非常時だからなー。いざとなれば、俺が適当に理由をこじつけて、愛子の正体を言い当てるしかないだろーなー)

 そんなことを思いつつ。
 見ると、壁や天井から染み出すようにして触手が生えてきた。

「……力ずくで俺たちを連れ戻したいらしいな。おキヌちゃん、俺の後ろに!」

「は、はい!」

 おキヌを背後にかばい、横島、魔理、かおりの三人は、臨戦態勢に入った。


「……はぁ……はぁ……はぁ……」

「こ、ここまで逃げれば……」

「もう……へとへとです……」

 家庭科室に逃げ込んだ四人は、横島以外は息も絶え絶えといった様子だった。

「でも……なんとなくわかってきましたわ」

「な……何がだ……?」

 つぶやいたかおりの言葉に、魔理が息を整えつつ尋ねた。
 その時――

「横島くん! 氷室さん! 弓さん! 一文字さん! そこにいたのね!」

 愛子以下、クラスの全員が家庭科室の扉を開けて入ってきた。
 早めに息を整えたかおりが姿勢を正し、腕を組んで彼らを睨みつける。

「――脱出口がわからないにしては、随分早かったですわね。空間を直結でもしましたの?」

「何を言ってるんだ? さあ、早く戻ろう。次の授業を始めるんだ」

「授業なんてやる必要ありませんわ。そろそろ茶番は終わりにしましょう」

 高松の言葉に、かおりが不敵に笑う。それを見て、横島はおキヌと目配せした。どうやら自分で気付いてくれたらしい、と。
 そんな二人の様子も気付かず、かおりは得意げに続ける。

「実のところ、最初から違和感は感じていたんです。
 そもそもこの妖怪、学生ばかり飲み込んで、消化するでもなく洗脳だけして、体内の異界空間で学校ごっこをやらせていますね? そこに一体どういう理由があるのかは知らないけど、少なくとも殺すつもりはないようですわね。それは、先ほど私たちを襲って来た触手やら何やらの動きを見れば、一目瞭然。あれらは完全に、私たちを捕らえるためだけに襲ってきたのですから。
 そしてあなたたちは、あれほどの霊的な迷宮を、一切迷うことなく私たちの居る場所まで辿り着けた。このことから、あなたたちの中に、迷宮を支配し空間を直結した存在――すなわち妖怪本人がいるのは明白です。ならばその妖怪は、最初からあなたたちのグループ内にいた人物ということになる。あたかも、最初の被害者であったかのような態度でね」

 そこで区切り、鋭くした視線を一点に向ける。それは――愛子。

「そう、あなたですよ愛子さん。
 ついでに言いますと、先ほどの無人教室で覗き見していた時、夕陽の差し込む教室なんていいかも、とかつぶやいてましたよね? その直後、窓の外に夕焼けが出現しました。前後の状況から、あれをやったのはあなた以外に考えられません。状況証拠としては、ほぼ決定的ですわよね?
 ……さて、何か申し開きはありますか?」

「……よくわかったわね」

 ものの見事にかおりに看破され、愛子の表情が消えた。

「愛子くん……?」

「弓さんの言う通りよ、高松くん。妖怪は私。でも――」

「正体がわかった以上、遠慮はしませんことよ! 弓式除霊術奥義、水晶観音!」

 愛子の言葉も遮り、かおりが水晶の首飾りを鎧へと変化させ、その身にまとった。

「おとなしく祓われなさい! せやっ!」

 気合一閃。かおりの霊波砲が、愛子の足元へと伸びる。彼女はすぐさま飛び上がり、天井に張り付くことで霊波砲を避けた。
 霊波砲は床に着弾し、爆発を起こして粉塵を巻き上げた。

「正体がわかったからってどうなるものでもないわ。この学校を運営しているのはこの私なんですもの。私はただ、楽しい学校を作ろうと思っただけなのに、それを邪魔しようだな……ん……て?」

 ずぶずぶと天井に体を同化させながら口にしていた愛子の言葉が、最後の方で尻すぼみになった。その姿が、不意に透け始めている。

「……え?」

 それは彼女自身にも予想外だったのか、驚愕に目を見開いていた。

「な……体が……外に引っ張られる!?」

 愛子の体が、徐々に薄くなっていく。予想外だったのは彼女だけではなく、横島たちの方としてもそれは同じだったのだが――それでも、横島とおキヌにはなんとなくわかった。

「横島さん、これって……」

「ああ。たぶん美神さんが何かしたんだろうな。さすが、いいタイミングだ」

 ちょうど、愛子が暴走するところであった。横島からしてみれば、絶妙と言っていい。
 やがて愛子の姿が完全に消えると、残された高松たちは目が覚めたようにはっとなり、「僕たちは一体!?」とか「ここは!?」だのと、口々に言い始めた。

「どうやら……愛子さんの支配が解けたようですわね」

「あとは美神さんに任せ……あ、いや、一応保険はかけておこうか」

 かおりの言葉を受けて横島は言いかけたが、ふと思い付いたことがあった。他の三人は頭に「?」マークを浮かべたが、彼はそれに構わず、いまだうろたえている生徒たちに向かって行った。

「なあ。あんた、高松っつったよな?」

「え?」


 六道女学院1年B組の教室。

 結界を張られたその一角で、付喪神と化した机が、その意識体たる女生徒の姿を自らの体の上に出現させていた。

「な、何が……」

 突然の状況の変化にうろたえ、周囲を見回す机妖怪――というか愛子。彼女は美神の霊能力により、強制的に外側へと出されていた。

「ふうん? それがあんたの意識としての姿なの。見た目は普通の女子高生ね」

「あなたは……」

「私はGS美神令子。この私が来たからには、もう逃げられるとは思わないことね。
 質問は二つよ。あんたが飲み込んだ人間は無事なの? それと、こんなことをした目的は?」

 美神の言葉を耳に入れながら、愛子が右に左に視線を動かしている。周囲には生徒が張ったらしい稚拙な結界があるのだが、目の前にいる美神の放つ霊力のプレッシャーが、結界以上に彼女の動きを束縛していた。

 美神と愛子、二人の視線が絡み合う。


 ――ややあって。


「……ふぅ」

 彼女は諦めたのか、ため息をついて降参とばかりに肩の力を抜いた。

「心配しないでください。私が今まで飲み込んだ人たちは、私の中の異界空間にある学校で、全員無事に過ごしてます。
 私は……ただ、学校にあこがれて、青春を味わいたかっただけなんです。今まで学校の生徒を飲み込んでいたのは、クラスメイトが欲しかったからで……」

「その言葉、嘘じゃないって保証は?」

「それは……」

 プレッシャーを弱めることなく問い詰める美神に、愛子は気圧されてたじろいだ。
 その時――

「え……? 高松くん……?」

 愛子が、脈絡なく突然つぶやいて視線を泳がせた。

「高松くん……なんで? 横島くんも……? あ……うん。わかったわ。五人でいいの? うん、出してあげるわ」

 それはちょうど、電話でのやり取りに似ていた。おそらく、自分の中の横島たちと話しているのだろう。
 そして会話が終わったのか、彼女は小さく身じろぎした。そして――そのすぐ脇で、横島、おキヌ、魔理、かおり、高松の五人が出現した。

「え? あ、あれ……戻ってきたんだ……?」

 おキヌが目をぱちくりさせている。その姿を見て、美神の表情が少しだけ緩んだ。

「横島クン、おキヌちゃ「美神おねーさま! 会えて感激ですわーっ!」うわぷっ!?」

 顔見知りの二人の心配をしかけたが、いきなり抱きついてきたかおりに、台詞を強制的に中断させられた。

「あらあら〜〜〜。元気そうで何よりだわ〜〜〜」

「そーじゃないでしょ! ちょ、離れなさいって!」

「おねーさま! 私、妖怪に飲み込まれても頑張りましたわ! 活躍を見せられなくて残念ですー!」

「だーっ! 離れろーっ!」

 とまあ騒いでいる美神とかおりはさて置いて。
 愛子は出てきた高松と正対していた。

「……ごめんなさい、高松くん。それに、横島くんにおキヌちゃん、一文字さんも……」

「愛子くん……」

「私……青春が味わいたいばっかりに、あなたたちを勝手に自分の中に引きずり込んじゃって……しょせん妖怪がそんなもの味わえるわけがないのに……謝っても許されることじゃないわよね……」

 伏し目がちに謝罪する愛子。その目には涙が溜められている。
 しかし高松は、その肩にぽんと手を置いた。

「愛子くん……君は考え違いをしているよ。君が今味わっているもの――それが青春なのさ」

「え……?」

「青春とは、夢を追い、夢に傷つき、そして終わった時に夢と気付くもの……その涙が、青春の証さ」

「高松くん……」

 そんなやり取りを始めた二人の背景に、なにやら後光が差している。
 おキヌはその光景を見て「ふぇー。それが青春ってものなんですかー」と感心していたが、横島と魔理は何も答えなかった。つーか答える気になれなかった。

「操られていたとはいえ、君との学園生活は楽しかった……」

「私を……許してくれるの?」

「もちろんだとも。僕らはクラスメイトじゃないか」

「高松くん……っ! ごめんなさい……ごめんなさいっ!」

 感涙にむせび泣き、しゃくりを上げながら謝罪を続ける愛子。
 横島は肩をすくめ、おキヌはつられて涙を流し、魔理は付き合いきれねーとばかりにさっさと退散した。

「あらあら、青春ね〜〜〜」

 どこまでも暢気な声が、背後から聞こえてきた。
 そして――


「美神おねーさまー! 私、きっとおねーさまみたいなGSになってみせますわー!」

「そんなんどーでもいーから離れろーっ!」


 まあ、こちらの方は、それこそどーでもいーわけであって。


 ――で、ともかくひと段落して。

 愛子が今まで飲み込んできた高松たちを、元の時代に戻した後――改心した彼女は、備品でもいいから学校に居させてもらうことを希望した。

「本当なら〜〜〜、このまま祓って〜〜〜、普通の机に戻ってもらうのが一番なんだけど〜〜〜」

 しかし、六道夫人は難色を示した。事なきを得たとはいえ、相手は生徒に被害を出した妖怪である。霊能者を育てる名門としては、このままにしておくわけにはいかない。

「う〜ん、可哀想とは思うけど、仕方ないのよねぇ」

 と、美神は六道夫人に同調した。彼女とて鬼ではないので、もはや害意がないとわかった以上は擁護してやりたい。しかし場所が場所なので、そうもいかないのが現実であった。
 二人の言葉を聞いた愛子が、「そんな……」とうなだれる。

 ――が。

「あのー、いいっスか?」

 横から口を挟んできたのは、この中での唯一の男、横島である。
 ちなみに彼の傍には、おキヌと美神以外に誰も女性が近寄って来ていない。無論、愛子に飲み込まれる直前の行動のせいである。
 ともあれ。

「横島クンって言ったわね〜〜〜。何かしら〜〜〜?」

「ここってGS育てる学校なんスよね? ちょっと気になったんスけど、敵対する気のない妖怪まで退治するようなのが、この学校の育てるGSの姿なんスか?」

「ちょ……ちょっと横島クン! あんた、誰に向かって口利いているかわかってる? 失礼にも程があるわよ!」

 美神がやや慌てた様子で横島を止めに来る。それはそうだろう。相手はGS界の重鎮、六道財閥のトップである六道夫人だ。神も悪魔も恐れない美神でさえ逆らうのを良しとしない、数少ない人間の一人である。丁稚ごときが気安く口を利いていい相手ではない。
 しかし当の六道夫人はといえば。

「あらあら〜〜〜」

 のほほんと笑っていた。

「言われてみればそうね〜〜〜。おばさん、痛いところ突かれちゃったわ〜〜〜。共存の意思がある妖怪と共存の道を模索するのも〜〜〜、正しいGSの在り方よね〜〜〜」

「そ、それじゃあ!」

 その言葉に、愛子の顔に希望の光が差す。

「そうね〜〜〜、こういうのはどうかしら〜〜〜?」

 そう前置いて出された提案は、愛子の表情を輝かせるのに、十分なものであった。


 ――事件が終わり、翌日――

「てめえ! 今なんて言った!」

「あら、聞こえなかったんですか? 頭が悪いとは思ってましたが、まさか耳まで悪かったなんて」

 珍しく遅刻せずに出席した魔理は、朝っぱらからかおりと角突き合わせていた。
 おキヌが間に入って「まーまー」となだめようとしているが、それもあまり効果がない。

「まったく……てめえって女は、ほんっとーに可愛げがねえな! 愛子の中にいた時の方が、ずっと親しみやすかったぜ!」

「あなたこそ、愛子さんの中にいた時の方がよほど真面目でしたわ! せめてあの時の半分でも真面目になったらいかがです!?」

「う・る・さあああいっ!」

「「うわっ!?」」

 二人の間に、怒号が響く。驚き、揃って声のした方に視線を向けた。
 するとそこには――

「あ、愛子……」

「愛子さん……」

 やたら古びた机に腰掛ける、六女の制服に身を包んだ愛子の姿。

 結局あの後、愛子は六道女学院預かりの妖怪ということで処理された。名目上は、学校生活を切望する妖怪を受け入れることで、人外の中にも人間社会に理解のある者もいるということを、生徒に教えようということらしい。
 まあ実際のところは、妖怪に侵入されたという事実を、妖怪を自ら招き入れたという名目に塗り替えようということだ。
 そういうわけで彼女は今、六道女学院唯一の人外生徒として、1年B組に在籍している。

 そしてその愛子は現在、額に井桁を浮かび上がらせ、魔理とかおりを睨んでいる。

「まったく……そんなに騒ぐと、他の子の迷惑になるわよ? どうしてそんなに仲悪いのよ、二人とも」

「だって弓のやつが……」

「だって一文字さんが……」

 二人同時に言いかけ、再びキッと睨み合う。それを見た愛子は、はぁとため息をつき――

「まったく、しょうがないわね。そんなに私の中にいた時の方がいいって言うなら……


 二人とも、もう一度飲み込むわよ?」

「「ごめんなさい」」

 二人、即行で頭を下げた。
 その三人の様子を見て、おキヌがくすくすと笑い出した。魔理とかおりは、その笑い声を聞き、耳まで真っ赤になる。

「お、おキヌちゃん、笑わないでくれよ……」

「氷室さん、笑うなんてひどいですわ……」

「い、いえ、そういう意味じゃないんですけど……」

 抗議の視線を向ける二人に、おキヌは笑いを噛み殺しながら弁解する。

「ただ……やっぱり、仲がいいなって思いまして」

「「どこが!?」」

「ほら、やっぱり」

 図ったように声を揃える二人に、おキヌは再び笑い出した。

「青春ね〜」

 それを見ていた机妖怪も、苦笑を漏らすばかりであった。


 ――おまけ――


 六道女学院理事長室。

 そこでは、六道夫人が何枚かの書類を片手に、「う〜ん」と頭を捻らせていた。

「やっぱり〜〜〜、学院内に有能な除霊能力者がいないってのが問題よね〜〜〜。外部講師に頼りっきりってのもまずいし〜〜〜、ここらへんで目ぼしい人材を確保しておかないと〜〜〜、また有事の際に困ったことになるわ〜〜〜」

 言いながら、書類を一枚一枚めくっていく。既に脇には「没」とでっかい判子の押された書類が山となって積み上げられているので、その手に残っている数枚が最後まで残った候補ということなのだろう。

「う〜ん……」

 六道夫人は、しばし書類と睨めっこする。
 ややあって――

「この子なんか〜〜〜、期待できそうなんだけどね〜〜〜。家の問題を先にどうにかしてからかしら〜〜〜」

 その手に持たれた書類には、「鬼道正樹」という人物のプロフィールが、事細かに記載されていた。 


 ――あとがき――

 なんか妙に難産でした。あまりキレのあるギャグも思いつきませんでしたし。話の進み方も、なんか強引っぽさが抜けてないようなそーでもないよーな。しかも出来上がってみれば、かおりが原作5割り増しぐらい美神LOVEになってる気が……あれ?(ぉぃ
 魔理とかおりにしても、愛子に襲われている時に「へっ後ろ気をつけろよ」「礼は言いませんよ」みたいなやり取りして、バトル漫画っぽい友情を育んでもらおうかなと思ったけど、これまたそんなこともせずに、いつの間にやら「喧嘩するほど仲がいい」な関係になってるし。……あれれ?(ぉぃぃ
 前回のおキヌちゃんにしたって、やきもち焼いて怒ってるところはもっと黒っぽい雰囲気出そうとしてたんだけど、投稿した後で「ぜんぜん黒くないやん!」って感じで(超マテ) ……自覚ないうちに白キヌ補正でも働いてるのかなー?
 というわけで、なんか宇宙意思が働いている? みたいな感覚なバッド・ガールズ編でした^^; 次回はパイパー編。ブラドーが初活躍……するかな?

 ではレス返しー。


○望月朔夜さん
 二人の冷気のイメージとしては、小鳩ちゃんが来た時のやつですw でも私、どうにも白キヌ補正というパッシブスキルがついてるみたいで、黒くしようとしても知らぬ間に白に軌道修正されてしまう感じです^^;

○零式さん
 生霊化はなんとなく垂れ流した電波でしたが、もしかして幽霊・白・黒・桃に続く新しいおキヌちゃんを開拓してしまった!?

○虚空さん
 おキヌちゃんの怒り方は、美神さんと対比してみたくてやってみました。思いの他怖がってもらったみたいですがw

○kamui08さん
 とりあえず、校内恋愛という状況を教師の代役とさせてもらいましたw ここでのかおりなら、絶対帰ろうとしなさそうですねー。

○山の影さん
 あれ? カップルに見えちゃいました? おかしーなー、そんなつもりなかったのに。これはまさか、私の横キヌへの愛情が無意識にそうさせた!? 恐ろしやーw HAUNTEDじゃんくしょんも、それなりに面白いオカルト漫画でしたねー。

○kntさん
 はい、バレバレで覗かれてましたw おキヌちゃんの鬼火は、今後また登場するかは未定ですw

○にゃらさん
 美神さんは今回霊能力を使って、愛子を机の中から引っ張り出しました。手段の表現がなかった分、オカルトっぽい雰囲気は出てなかったでしょうけど^^;

○わーくんさん
 御鬼怒様のお怒りは山の怒りじゃー。……え? 違う?w

○亀豚さん
 作者もわからないほど(マテ)ナチュラルにバカップルしてしまうのが、このSSの横島くん&おキヌちゃんのようですw 砂糖プール2杯って、そんなん人間の体に収まりませんよ!

○スケベビッチ・オンナスキーさん
 狙ってやってたわけじゃないんですが、自然とそこがキモになってしまったみたいです^^;
 「当時の秋葉原」というのは、ナチュラルに忘れてました……あの頃はまだ、ダイビルのあった場所はバスケットコートがあったんですよねー。

○万尾塚さん
 その間違いを自然にやってしまうのが、GSクォリティでしょう(ぇー

○TA phoenixさん
 おキヌちゃんだけじゃなく、かおりも面白いことになってますw ……構想中はもっとまともなキャラだったはずなのに?

○秋桜さん
 愛子の中、原作でも女生徒いましたよ? おキヌちゃんの妄想は、洗脳解けるまで続いてましたw

○内海一弘さん
 それは過失ではありません。偶然でもありません。全ては必然です。またの名をお約束といいます(ぉぃ
 保護観察先は、そのまんま六道女学院ってことになりましたw

○とろもろさん
 しっかり覗かれてましたw しかもクラス全員w 先生役は出せませんでしたねー。


 以上ー。皆さん、毎回沢山のレスありがとうございます♪ ではまた次回第十七話でお会いしましょう!

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