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「スランプ・スランプ!4 「神域の巫女」(楽譜の端っこ・彼は確かにそこにいた)(GS)」

竜の庵 (2006-08-24 21:32)
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 注・このお話は、スランプ・スランプ!4 「神域の巫女」第3楽章〜第4楽章の間に起きた出来事です。お馬鹿な内容となっております。お気を付け下さい。


 彼は暗闇の中で震える両手を、必死になって抑え込んでいた。

 どれくらいこうしているのか、もうあまり覚えていなかった。 

 人ならざる身であり、人ならざる思考・意思を持った彼でも、暗闇にじっとしているのは堪える。

 以前住処にしていた場所…とても居心地の良かったその場所は、理不尽で不条理な暴力を受けた挙句に追い出された。

 次のねぐらを探して放浪するうちに、その場所に負けず劣らず心地よい空間を発見、侵入したまでは良かった。

 しかし、ここは…敵の巣窟だった。以前に彼を打ちのめした存在と同じものが大勢いた。

 しかし、他に行くあてもない。そんな体力も残っていない。

 彼はその空間の隅、暗闇に身を潜めて体力の回復を待った。

 そして今。

 体力は回復し、先の住処で失ったプライドも、復讐の炎を燃え滾らせるほどに猛っている。

 雌伏のときは終わる。彼は、暗闇から身を起こす決意をした。

 折しも夜。彼が甦るに相応しい三日月の晩。


 「くっくっくっくっく……………」


 笑うのは勿体ないと、分かっている。

 表現するなら、これでなくては。


 ぴんぽろぽんぽろぴーーーーーーんっ


 「ははははははははははははは!! 僕は帰ってきた! ザマァ見ろ愛子クン!!」


 …そうして彼の妖怪(敢えて伏せますが)は、とある女学院の旧校舎、使われていない音楽室の隅っこで。


 「最強の! 僕! ここに! 超復活!!」


 鬱陶しいテンションと共に高らかに復活宣言をするのだった。


 スランプ・スランプ!4 「神域の巫女」(楽譜の端っこ・彼は確かにそこにいた)


 「あー…こうか…? んだよこの件数。ナシナシ、次、と。…んー、これでどうよ。ああん? ざけんな又かよ…うあー」

 六道女学院・図書室。
 一人の少女が、データ検索用PC端末を前に唸り声を上げている。

 「ちょっと一文字さん。もっと静かに出来ないの?」

 パーテーションで仕切られた一つ向こうのブースから、呆れたような声がした。

 「だってよー…コレ、ヤ〇ーとか〇ーグルみたいに上手くいかねぇんだよ」

 一文字魔理はガン付けのような表情で検索画面を睨むも、結果に変化が出るわけもなし。乱暴に検索を終了すると、椅子に膝立ちして衝立の向こうにへろんと身を乗り出した。

 「弓のほうはどうよ? おキヌちゃんの参考に出来るような事例あったのか?」

 魔理の行儀の悪さに眉を顰めながらも、弓かおりもため息一つして首を振る。

 「駄目。音楽関係の霊障事例って、思ってた以上にポピュラーだったわ。世界中で発生してる」

 「範囲広すぎだっつーの…あーあ! 頭痛えな全く!」

 「六道財閥本家のデータベース…所蔵量が桁違いね、流石に。生徒レベルのID深度でこの数だもの」

 かおりが弱音を呟いて口元を歪めたのを見て、魔理もずるずると落ちるように自分のブースへと戻った。おキヌちゃんのため、と気合を入れなおして検索を再開する。


 …のもいいんですが。


 魔理は気晴らしに、霊障事例箇所の住所欄にこの町の所在地を打ち込んでみた。

 「うお、けっこう多いな……なんだこの、学校妖怪って」

 興味を持った魔理は、一つのカテゴリとして存在する『学校妖怪』のデータをクリックしてみる。

 「へー…花子さんとか走る人体模型とか…七不思議の正体ってやつか」

 と。

 「あん? この学校…タイガーのとこじゃねえか。おお? ………!?」

 その高校で起こった霊障を見てみると。

 「ちょ! ちょっと弓! これ見てくれよ! なんだかドンピシャな事例あるぞ!」

 魔理の高揚した大声は静かな図書室に響き渡ったりしたが、かおりは構わず興奮した様子で椅子を蹴り、魔理のブースへ駆け込んだ。

 「ほらこれ! ピアノに憑く妖怪だってよ! ピアノ鳴らして困らせるヤツなんて、久遠梓そのまんまじゃねえか?」

 「ちょっと代わってくださる? …名前はメゾピアノ? 結構最近の話ね…へぇ…解決したのはこの学校の生徒達ですって。GS見習いでもいたのかしら…って。これ解決したのタイガーさん達じゃないの?」

 「へ? 私、タイガーからそんな話聞いたことないけど?」

 「でも無関係ではないはずよ…しかし、灯台下暗しとは言ったものね」

 「私もやるもんだろ! これ、調べようぜ!」

 狭いブース内で魔理は拳を振り回して興奮する。頭も目も痛くなる作業から開放されて、気分晴れやか何でも来い! てな心構え。

 「そうね。じゃあ一文字さん、タイガーさんに連絡とってくださる?」

 「へ? ああ、あいつ携帯持ってないんだよな。すげぇ貧乏で。連絡はあいつから私の携帯にかかってくるだけでよ」

 エミの事務所から、こっそり掛けたりしているそうです。勿論エミは気づいてますが…某女所長のように、目くじら立てて怒ったりはしません。色恋沙汰にはめっぽう甘い、雇い主なのでしょう。というか某女所長が厳しすぎるというか幼すぎるというか。

 「では仕方ないわね。一文字さん、ひとっ走りこの高校まで行って連れてきてもらえるかしら?」

 細い手首に巻かれた腕時計を見ながら、かおりは何でもないことのように言う。

 「おう! って、え? 今から?」

 「ええ。今から向かえば、あちらの下校時間に間に合うでしょうから。善は急げ、ってね」

 「ええええええええ!? それって彼氏の下校を正門前で待ってろってことだろ!? 何だよそのベタなシチュエーション!? 一昔前の少女マンガかよ!」

 「いいじゃないの。タイガーさんにも会えるし、氷室さんの力にもなれる。一石二鳥だとは思わない?」

 「んなこと言っても、あたしタイガーに制服姿とか見せたことないんだよ! こういう突発的なイベントで見せていいのか悪いのか!? こんなベタなの、似合わねーって!!」

 「……………………一文字さん。こういう予定調和に無い行動で彼氏を驚かせるのは、マンネリになりがちな時期には必要ですわよ」

 「何、遠くの方見ながら言ってんだよ。………弓、経験則で喋ってるな?」

 「ふ。既に乗り越えた壁よ。あなたと違って、私は会うのも一苦労なのですから、会えたときに濃い印象を確実に残していくの。浮気防止にもなるし、次の機会が楽しみにもなる!」

 「伊達さん、世界中回ってるもんなー…」

 「この前届いた手紙の消印、インドだったし。ナルマダとかっていう女神の修行場で稽古をつけてもらったと…そりゃもう楽しげに書いてあったわ」

 「相変わらずだなー…ああちくしょう、分かったよ。行ってくりゃあいいんだろ!」

 「さっさと行ってきなさいな。連絡を待ってるだけでは駄目な時もあるんですからね」

 「へいへい。んじゃまあひとっ走り行ってくるわ。おキヌちゃんには弓から頼むぜ!」

 なんのかんの言っても、魔理は頬を緩ませている。図書室を駆け出す友人の後姿に肩を竦め、かおりもまた席を立った。

 「………遠距離恋愛は辛いわ、全く」

 どこにいるのかも分からぬ相手に向かい、かおりはため息をつくのであった。


 …問題点がズレている事には、誰も突っ込まなかったようです。


 一方、おキヌはというと。

 「はい終わり。完治まであと一週間ってところかな」

 「一週間ですか…」

 保健室で、包帯を取り替えていた。笛の破片で切った傷は、僅かではあるが霊体にもダメージを残している。そのため、治療符の織り込まれた霊的治療用のものを定期的に巻き直していた。

 「日常生活には、もう滞りはないはずだ。ただし、霊能力に関しては、包帯が取れるまで自粛すること。下手に霊気を練ったりすると、傷が開く可能性もあるからね」

 「ううーー……分かりましたぁ」

 一刻も早く梓のために行動を開始したいおキヌにとっては、そのじりじりと待つだけの時間が辛い。

 今日だって、図書室での調査をかおりと魔理に任せてきてしまったのだ。先に帰っていいとは言われたが、さすがにそこまで厚顔無恥な振る舞いは出来ない。

 「あ、そうだ」

 食堂の自販機で飲み物を買って差し入れましょう、と思いついた。
 最近になって色々と親身になってくれている保険医に礼を言って、おキヌは保健室を出る。「今後ともご贔屓に!」とのたまっていたのは意図的に忘れました。

 「あ…お財布、鞄の中に置いてきちゃったな…」

 ぱたぱたと足早に、自分の教室へ向かう。進級して教室が二階になり、食堂がちょっと遠くなったことを、おキヌの級友達は嘆いていたりしたものです。


 「わ!?」

 「ふぇあ!?」

 と、ここを曲がれば教室、という廊下の角で。
 おキヌは向こうから歩いてきた生徒と真正面からぶつかってしまった。
 咄嗟に手を庇ったため、緩衝手段の一切を失ったおキヌは尻餅をつくしかなくて。

 「あ、ごめんなさい! お怪我はありませんか?」

 しかしそこはおキヌである。
 自分が涙目になっているのも忘れ、ぶつかった相手に慌てて声をかける。

 「いったー…あ、はい。大丈夫です。そちらこそ…あ!」

 同じように尻餅をついていたその少女。おキヌの顔を見てぱあああっと表情を明るくして。
 ずずずずずいっと膝立ちで彼女はにじり寄ると、おキヌの右手を握ろうとして…包帯に気づき、咄嗟に手首を握り締めた。それもどうかと。

 「もしかして、弓かおり先輩のお友達の、氷室キヌ先輩ですか!?」

 「ふぇええ? はい、そうですけど………」

 「うわぁ良かった会えて! 教室に行っても誰もいなかったので困ってたんですぅー!」

 ぶんぶんとおキヌの右手を振り回しながら、後輩らしい少女は喜びを全身で表現する。

 「ああああああの? 私に何か御用でしたか?」

 「いえ! 本当は弓先輩の力をお借りしたくて、走ってきたんですけど…」

 「なにか霊能関係の困りごとです?」

 「はい、それが…」


 「…………………貴女達、そこで何をしているの?」


 廊下の角に座り込み、手を取り合い見詰め合って真剣な表情をしている二人の少女を…かおりは引き攣りきった顔で見下ろしていた。


 「あはーーーはーーーはーーーはーーー! 私のーうたーをーー聴けーーー!」


 「「……………………………………………」」

 六道女学院の音楽室はいまや、ある少女のオンステージと化していた。


 「まーーーいみゅーーーじぃーーーっくいーーーーずすぺーーーしゃーーーるっ!」


 「…霊波の逆流をモロに受けたんだわ。峯さん……」

 「楽しそうですねぇ………」

 軽やかなピアノの伴奏をバックに、霊能科次席の成績を誇る彼女…峯はマイクスタンド片手にソロ公演を堪能中だった。ひらひらと翻るスカートの裾が、危なっかしいったらありません。

 「………えーと? あなた、何がどうなってるのか説明して下さる?」

 「はい! あの、私は吹奏楽部1年の波多野って言います。よろしくお願いします」

 かおりとおキヌを連れてきた少女、波多野は緊張した面持ちでぺこんと頭を下げた。周り全員(オンステージ中の峯さんも…)が先輩というシチュエーションに慣れていないのだろう。

 「私、部活動のときに、音楽室に真っ先に来て鍵を開けるよう先輩に言われてて…今日も放課後になってすぐに、顧問の先生に鍵を預かってここに来たんです。そしたら、中からピアノの演奏する音が聞こえてきて…」

 自分よりも先乗りしていた部員がいたのかと、扉を開けようとしても…開かない。そこで、中を覗き込んでみると…

 「誰もいないのに、ひとりでにピアノが鳴ってたんです! うわ七不思議っ! って思って。開けるのも怖いので、顧問の先生に相談しにいったんです。そしたら霊能科の優秀な先輩を呼び出すから待ってて、って」

 「それで、峯さんが呼ばれたのね。妥当といえば妥当かしら」

 「峯さん、すっごく強いですしねー」


 「うたーーーーは世界をすくーーーーーーウーーーーーーーーーッ!!(後半、ちょっと裏声気味)


 「…ちょっと失礼」

 清々しい笑顔で歌い上げている峯の背後に、かおりは音もなく忍び寄って。

 「とう」

 「はう」 

 短いやり取り(首筋への手刀一閃)で峯を黙らせた。

 「凄い! さすが霊能科主席の弓先輩!!」

 「鮮やかな手つきでしたねー」

 「霊能、無関係ですけどね!」

 「素で凄いのが弓さんですよー」

 気絶した峯をずるずるとピアノの側から引き離し、かおりは一息ついた。

 「手伝いなさいよあなた達…」

 ジト目は、当然ですね。
 峯の絶唱が無くなっても、音楽室に響くピアノの旋律は鳴り止まない。

 「峯先輩、自信満々でピアノに近づいていって、一言二言誰かと話をして…突然怒り出したかと思ったら歌いだして。もうびっくりでした」

 「それで今度は主席の私を探してたってこと? 全く、初めから私に言えばいいものを」

 「あう…ごめんなさい」

 「まあいいわ。とにかく、ピアノを霊視してみましょう。氷室さんは下がっててね」

 「私もやりますよ! って…あ、霊力使ったら駄目だったんだ…あーーんもうっ」

 うううー、と頬を膨らませるおキヌの肩を叩いて、かおりはピアノへ近づいていく。

 「確かに霊圧を感じるわね…ピアノを弾いている貴方!! どこのどなたか存じませんが、他人の迷惑になることは止めて頂きましょうか!」

 言葉に強い霊圧を込めてかおりは叫んだ。窓ガラスがビリビリ震動するほどの迫力です。
 それに対する返事は……


 ぽんぽろぴんぽろぽんぴろぺーーん


 でした。

 「馬鹿にしてぇーーーーーーーーーーっ!!!!!」

 「弓さん落ち着いて!? 相手のペースに巻き込まれちゃ駄目ですー!」

 どこから取り出したのか、日の丸国旗を両手に応援モードのおキヌが、声援を飛ばす。波多野も黄色いメガホン片手に声を上げてます。

 「相手びびってますよー! かっとばせー! 弓せんぱーい!!」

 「………」

 体育会系の応援でした。どこの甲子園かと。

 「く……出てこないというのなら、こちらにも覚悟があります! 奥義・水晶観音!」

 弓家秘伝の奥義、水晶の鎧を纏うかおり。6本の腕でびしっとピアノを指差して勝ち誇った笑みを浮かべた。

 「おおおーーっ! キレてる! キレてますよ弓先輩!! 大きいーー!」

 波多野の応援は、またちょっと角度を変えていた。ヘンな方向に。

 「………」

 「弓さん、水晶観音で一体何をするんだろう…」

 ピアノには未だ変化なし。かおりもまた微動だにしない。


 …10分経ちました。


 「弓先輩……どうしちゃったんでしょう」

 「うーん…カスタネットを6つ持って対抗するとか…」

 「はぁ…?」


 更に5分が経過しまして。
 唐突にかおりは膝を付いて、呻くように言った。

 「負けたわ…」

 「「何があったの!!??」」


 かおりは水晶観音を解除すると、徐に立ち上がり、徐に窓を開けてそよ風に黒髪を泳がせる。額の汗がキラキラと舞いました。

 「壮絶な心理戦だったわ…ふ、確かに峯さんが精神汚染を受けてしまったのも頷ける強さね…」

 「氷室先輩…?」

 「えーっと…多分、勢いに任せて奥義使っちゃったけど、ピアノ壊すわけにもいかないし、そもそも話すらしてないのに変身してこの先どうしよう、って葛藤の末に言い訳が思い浮かばず…とりあえず何かあったことにした、とか」


 「氷室さんの人でなしーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 よよよ、と泣き崩れながらかおりは音楽室から走り去っていった。超・図星だったようです。耳まで真っ赤っ赤。


 「あっはっはっはっはっはっはっはっはっは!! 生まれ変わった僕に、凡百の霊能者が敵うとでも思ったのかい!!」


 唐突に響き渡った声は、明らかにピアノからで。次いで姿を現したのは…派手なスーツ、唇に赤いバラ、緩くウェーブがかった金髪の青年だった。

 「うわ不審者!」

 「誰が不審だ!」

 「だって明らかに高校生じゃないもん!」

 「波多野さん、着眼点が微妙かも!?」

 「黙りたまえ庶民!! 敷地隅っこの旧校舎から力を蓄え戻ってきたこの僕! メゾピアノの伝説はこの地より再び始まるのだーーっ!!」

 あれ? とおキヌはその名を聞いて首を傾げた。聞き覚えが…あったような…なかったような。

 「気のせいですよね」

 あっさり、おキヌはそう結論付ける。…まあ確かに名前しか知らないんですが。記憶に引っかかっただけでも賞賛ものでしょう。


 「あーーーーーーーっはっはっはっはっはっはっは!!」


 メゾピアノの高笑いは音楽室を不快な空間へと変えていくのであった。


 時を同じくして。

 「………無理ジャーーーーーーー!! ワッシがこんなところに入るなんて不可能ジャーーーーーーーーーーー!!!!」

 「女子高よ女子高! 共学もいいけど女子高もまた青春…しかも花園っぽい青春の匂いがぷんぷんしてるわ!! 具体的には百合の花っ!」

 六道女学院正門前に、異質な影が降臨したのは、まさしくこの時だった。

 「横島さーーーーーーーーーーーーーーーん!! ピートさーーーーーーーーーーーーーーん!! 何でこんなときにいないんジャーーーーーーー!!」

 「やっぱりあれかしら、超有名文庫みたいに、お姉さまと妹とかあるのかしら! ねえ一文字さん!? 後輩に十字架渡したりしないの!?」

 「へ? いや、あー…弓はそんなんあったかも…オラ、そろそろ落ち着けタイガー! もう下校時間過ぎてるから、そんなに生徒残ってないからよ! っていうかあたしの前でセクハラなんかしやがったら本気で虎刈りにしてやるからな?」

 高校生には全く見えない巨体を縮込ませて、門柱にしがみ付くタイガー寅吉。頭上に机を掲げて青春を連呼する見た目普通の女子高生、机妖怪愛子。

 「しっかしメゾピアノの話聞きたいだなんて、おキヌちゃんも大変ねぇ…色んな意味で」

 「愛子先輩も当事者なんスよね? おキヌちゃんのためにも力になってやってほしいんだよ」

 見た目の雰囲気に似合わず、素直に頭を下げてくる魔理に、愛子はどんと胸を叩いて応じる。愛子先輩って響きが気に入ったのもありますし。

 「他ならぬおキヌちゃんとそのお友達のためだもの。一肌脱ごうじゃない! ね、タイガー君?」

 「魔理さんの頼みですケン、善処はしますがノー…じゃが、じゃがあぁぁぁああ!! 女子高は駄目ジャーーーーーーーーっ! トラの群れに兎を放り込むようなもんですジャーーー!!!」

 「誰がトラで誰が兎だおらぁ!! いいからさっさと入れ馬鹿トラ!」

 げしげしと広い背中を蹴っ飛ばして、魔理はタイガーと愛子を校内へ導くのだった。


 「…というわけで、あの学校を追われた僕は次の安息の地を探す旅に出てね。ようやくあそこ以上に霊気の集まった学校を見つけた訳だよ。僕の苦労を分かってくれないかな」

 「はー、一年以上も辛い旅をー…メゾさん苦労症! 都内で霊能科のある学校なんてウチくらいですからねー」

 「おかげでこうして自由に実体化できるほどに、僕は強化されたのさ。さっきの女性も妙な触角を僕に繋げて支配を試みてきたのだが…熱いピアノへの情熱が冷めることなど、未来永劫あり得ないこの僕が! 易々と! 屈するとでもお思いかね!?」

 「おー! メゾさん男前! よ、三国一のピアノ弾き!」

 「はっはっはっは! そんなに褒めてもアンコールくらいしか出来ないよ!」


 「波多野さんとメゾピアノさん…凄く馴染んでるし。私、どうすればいいの?」


 かおりも魔理もいない音楽室では、何かが共鳴し合ったらしい波多野とメゾピアノが、打ち解けた様子で歓談していた。
 おキヌは峯に膝枕をしつつ、天を仰いで涙目になっている。

 「ひーーん! 弓さーーーん! 一文字さーーーーん! ここ、ぼけ役しかいませんよーーーーーーーーう!! 助けてぇぇーーーーー!」

 「失敬な! 僕は徘徊などしない!」

 「そうです氷室先輩! 私なんてクラスメイトからは『突っ込みどころか突き抜けている』と賛辞をもらったこともあるし!」


 「二人相手はきついですーーーーーーーーーっ!!」


 嘆きの声は、数十分後、メゾピアノの霊圧に気づいた魔理&愛子・タイガーの到着によって、ようやく報われたのでした。


 「灯台下暗しかぁ…弓の言うとおり、ほんとに限度があるよなぁ。しっかも何の役にも、クソの役にも立ちやしねぇ」

 「魔理さん、言葉遣いが悪いですノー」

 「まあ仕方ありませんわ…あれを追い出すのは私たちの能力では無理ですし」

 「ネクロマンサーの笛があれば…」

 「「怪我人は大人しくしてて」」

 「……はぁい」


 音楽室に(かおりを除いて)集まったおキヌ達は、メゾピアノの説得を試みたのだがー…全くもって歯が立たなかった。呆れるほどマイペースで執着心が強くて何故か波多野がメゾピアノ側で弁護に回ったりで…
 物理的な対処の取れないことを愛子から聞いた今のメンツでは、どうすることも出来なかった。
 勿論、久遠梓の浄霊の手がかりになるような情報も皆無。ただただ、めんどくさい時間を過ごしただけに終わった。一同、もやっとした疲れが溜まってます。


 「でも弓さん、何故下駄箱の陰に隠れてたんですか? 私、探しちゃいましたよ」

 「………気にしないで。校内にも校外にも居場所が無かっただけよ」


 …まぁ、真相はというと。カッコ悪いところをおキヌ&後輩に見せてしまって恥ずかしくなったかおりは、一目散に学校から消えようと玄関に向かったのですが。


 「いや、それにしてもタイガーのガッコ、意外と近いのな。これなら一緒に帰ることも出来るんじゃね?」

 「おお。それは何とも嬉し恥ずかしいですジャー!」


 意外と早く戻ってきた一文字達が入ってくる所に思いっ切りぶつかり、咄嗟に下駄箱の陰へと身を隠し。
 何だか自分が何やってるのか分からなくなって、そのまま人生についてや将来についてや遠恋中の恋人のことやらを考えていたら…おキヌに発見されたと。

 「世界って複雑よね………」

 「弓さん? なんて遠い目を…」


 「あれ? そういや愛子先輩は?」

 「あー、何だか用事が出来たとかで、先に帰ってしまったんジャー。…ワッシには、見当が付いておるんじゃが」

 「へぇ? 流石は精神感応能力者だな。で、最近バイトの方はどうよ? 携帯持てるくらい稼げるようになったのか?」

 「生活費と仕送りでいっぱいいっぱいですノー」

 「携帯電話って高いんですか? 私も持ってなくて」

 「ワッシには高嶺の花ジャー」


 わいわいと喋りあって歩く帰り道。

 願わくば、この温もりが…いつまでも続きますように。

 おキヌは暖かな輪の中で、精一杯に笑ってみせるのでした。


 おまけ。


 「ふふふふふふ…蒼き清浄なる夜にこそ、僕の調べは相応しい…騒々しい昼間と違い、世界の隅々へと我が音の翼は駆け巡るのだ!」

 「……相変わらずねー、メゾピアノ」

 「! ………これはこれは愛子クン。てっきり自分の縄張りへ逃げ帰っていたとばかり」

 「帰ったと見せかけて、ここの備品倉庫で普通の机のフリしてたのよ。…あの子達には、見せたくない姿だから、さ」

 「ふ……まさか、僕をピアノごと君の中に閉じ込めるつもりかい? やめておきたまえ。そんなことをしたら、僕の奏でるピアノの音色で…神経性の胃炎とかになるよ」

 「あんたねぇ…自分の音楽をストレッサーみたく言うもんじゃないわよ」

 「一体何の用だい? 僕はこれから月下の演奏会と洒落込むつもりなんだが」

 「……ほんと、いい月だわねー。ちょっと窓開けてもいい?」

 「ご自由にどうぞ。風の声と月の光と僕のピアノ。素晴らしいトリオだと思わないかい愛子クン?」

 「まるで自分が夜の支配者みたいな口ぶりね、メゾピアノ」

 「は! 何を今更。パワーアップした僕のピアノは正に至高の芸術! 夜の静寂を支配するのにこれほど相応しい存在もあるまい?」

 「ちっちっち…残念ね、メゾピアノ。夜を支配するに相応しいのはやっぱり…」


 ――――――――――――――――――――――――夜の一族だろう?


 「!? 今の声は…ぬあ! この霧は一体!?」

 「………いい夜だな、自称・夜の支配者殿?」

 「き、貴様は…!? あのときのヴァンパイア・ハーフ!! 一度ならず二度までも…!」

 「……さて、メゾピアノ? 今ならまだ許してあげるわよ? 大人しく出て行くなら…彼にはピアノに触らせないわ」

 「く……くっくっく……あーーっはっはっはっはっは!! 愛子クン、言ったろう? 僕はパワーアップを果たしているのだよ…一度喰らった攻撃ならば耐え抜く自信がある! 僕のしつこさは筋金入りだからね!」

 「……ふーん。ですって、ヴァンパイア様?」

 「どうやら…仕置きが必要なようだな。小童が」

 「ほんとにねー」

 「? ん? なんか違和感あるよーな…」

 「あー、メゾピアノ。ほんとにいい? あなた、消滅するかもよ?」

 「戯言を…!」

 「…じゃあ一発やっちゃって下さーい……………………ブラドー伯爵」

 「うむ!」

 「!?」

 「吸血鬼の真祖たる我の紡ぎだす音楽に…ひれ伏すがよい!」

 「え? ちょ、伯爵って? え? 真祖って? ハーフじゃないの?」

 「ご紹介しまーす。ピート君のお父さん、ブラドー伯爵でーす」

 「えええええええええええええええええええええええええええ!!??」

 「うむ。ピートの奴め、三者面談があるとか言ってわざわざ私を起こしおって…」

 「ええええええええええええええええええええええええええ!!???」

 「最初はピート君に頼むつもりだったんだけど、お家に連絡したらお父さんが出てね? 事情を説明したら、『夜の一族に喧嘩を売るとはいい度胸だ』って」

 「ふん! そういう事情なら、真祖たる私が出たほうが話が早いだろう。次元の違いというものを教えてくれるわ!」

 「ええええええええええ…っと待てよ。愛子クン…人選ミスだなこれは! 仮にも真祖、数百年を生きるヴァンパイアが…あのような奇奇怪怪な音を出すはずがない! ブラドーとやら! そうであろう?」

 「無論、ピートの如き無様な演奏はせんよ。純粋に、技量で圧倒するのみ」

 「はははははははははは!! ならば、僕に負けはない! まともな音楽ならば出て行く理由にはならないしね!」

 「…………………………………………じゃ、どーぞ」

 「来い!」

 「メゾピアノ……頑張ってね。ほんとに『次元が違う』から。私も電話越しに聴いて…二度とごめんっていうか二度聞いたら終わるわねアレは」

 「え?」

 「んじゃ、ばいばーい」

 「え? それって誰の何と比べて違うん? え?」

 「では一曲目! 混沌と背徳の第一章・『破壊、それはたゆたう夢の如し』!」

 「―――――――――――――――――――――――ッ!!!???」


 その夜。
 とある学校を中心にした半径数キロ圏内で、謎の超音波による窓ガラス破壊・送電障害・通信障害・子供の夜泣き・飼い犬達の狂ったような遠吠え等の怪奇現象が起こったとか。


 で、翌日。


 「メゾさん、また旅に出てしまったのね…! メゾさーーーーーーーーーーん、今度こそ安住の地を見つけて下さいねーーーーーーーーーーーっ!!」

 綺麗さっぱり騒音の消えた音楽室で、一人の少女が(何故かガラスの無い)窓からお空の太陽へ元気いっぱいな声援を…高らかに送ったのでありました。


 おわり


 後書き


 竜の庵です。
 ピアノ繋がりです。
 本編で登場させようと思ったメゾピアノですが、空気が違いすぎるよなー、と思って出せませんでした…。という訳で番外扱いであります。すっきりしたー。

 ではレス返しを。


 スケベビッチ・オンナスキー様 > 満足できるお話となったでしょうか。田中さんはいい人。イメージは田舎の青年団員でした。おキヌ編、自分でもなぜこんなに長くなったのか…連載って難しいですね。シロタマが事務所に合流したのは原作でもかなり後半ですし。コアメンバーの3人が、やはり事務所の顔でしょう。久遠梓は一応、音楽界での活動は完全自粛中ではないかと。二人でせっせとGS関連の書物を読んだりしているのでしょう。あ、梓はピアノ演奏でフェニックス飛ばしたりは出来ません。多分。


 亀豚様 > 横島くんは無音の真っ最中に大見得を切っていたと思ってください。タイミングやら間やらの悪い星廻りなのでしょう。ショウチリと美神達との顔合わせはいずれ書きたいと思います。お気楽な話になりそうですし。おまけまで楽しんでもらえていると、書いた甲斐があるってもんですな!


 内海一弘様 > ありがとうございますありがとうございます。こんな感じの番外編でしたがどんなもんでしょうか。ババを引かせるなら西条、と最初から決めていたので…今回はそういう役回りに。嫌いじゃないんですが。オリキャラを褒めてもらえるとなんともこそばゆい気持ちになりますなぁー


 SS様 > 綺麗に着地したとは言い難いのですがー…お褒め頂き恐悦至極です。GS美神の世界で強い男…思いつくのは…つくのは……ん、思いつきませんね? あ、アシュタロスくらいか。っと、斉天大聖もいました。一度も弱みを見せなかったのはお猿の老師くらいでしょうかねー。GS美神のキャラはどれもメイン張れる個性がある、と作者は思います。


 柳野雫様 > 現れただけですとーんと安心出来る人ってのはいますよね。田中さんはもっと小さな扱いのつもりが、随分重要な役に…。梓&健二のお話、既存GSキャラと絡めて書きたいですねー。オリキャラ主役の話はしんどそうですが。美智恵は部下を信頼しているからこその、鬼なのです。多分。番外も含めて九話の長丁場、楽しんでもらえたなら本望です。


 以上、レス返しでした。皆様有難うございます。


 次回は美神編であります。時系列的には、スランプ3の終了時点からでしょうか。おキヌ編が長かったですが、3を読み直す必要は一切ありません。まるっきり進歩してないことがバレバレになりますから! 痛いですから! 後生ですから…ッ!

 ではこの辺で。最後までお読み頂き、有難うございました!

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