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「光と影のカプリス 第18話(GS)」

クロト (2006-08-21 17:56)
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 妙神山の朝は早い。日が昇る頃には起き出して着替え、洗面の後まずは準備体操をして体をほぐしてから霊力コントロールの修業を行う。

「では今日もがんばりましょうね、横島さん」
「はい、よろしくお願いします」

 横島は小竜姫に一礼してから座布団をしいて半跏趺坐(はんかふざ、瞑想用の座り方の1つ)の姿勢をとった。最初に右手に小竜気(シャオロニックオーラ)を発現し、それに念をこめて手首の中に引っ張っていく。さらに腕の中を通して肘、肩から左腕に、最終的には左手まで回して一周させた。
 最初は小竜姫が念をかけて後押ししてやらないと動かなかったが、数日も経つうちに横島1人で回せるようになった。
 もちろん最大出力ではないが、今はパワーの向上が目的ではないから構わない。
 それをマスターしたら、今度は体の正中線上に沿って動かす練習である。胸の中心から丹田、会陰に下ろして、その後は背骨ぞいに上げていく。脳天まで行ったら体の前面を通って丹田に戻って終了だ。気功術では周天法、あるいは運気法といって生体エネルギー制御法としては極めてスタンダードなトレーニングである。
 天気がいい日は異界空間の中ではなく屋外で行う。霊格の高い妙神山の霊気を浴びながら修業すれば進歩も早くなろうというものだ。

「……何つーか、地味っスね。もっとこう派手にバシバシやるもんだとばかり思ってましたけど」

 ただ座って霊気を回すだけの作業に飽いたのか、横島の口調は少しばかり退屈げである。小竜姫はそんな横島にしかめつらしく説教を始めた。

「その地味な修練が今のあなたには必要なのです。何事も基本が肝心ですから」

 といっても単に地道なだけではない。どこの界隈でも良い師匠を見つけるのは難しいものだが、ここでは神様が直々に霊視して間違いを指摘したり、不具合を矯正したりしてくれるのだ。経験が少ない横島にはその辺の有り難みがまだ分かっていなかったが。
 その次は当初の説明通り徒手格闘の練習なのだが……。

「こんなの全然面白くないやんけー! 小竜姫さまのあほー! いけずー! 悪女ー!」

 どこまでも罰当たりな横島だったが、それは期待を激烈に裏切られたゆえの心の叫びというものである。
 彼が今させられているのは、両足を肩幅に開いて軽く腰を落とした姿勢でひたすら正拳突きを繰り返す、という味もそっけもないプログラムだったのだから。これでは組んずほぐれつどころか指1本触れられぬではないか。こんなの妙神山でなくてもできる。やる気は全然ないけれど。

「誰があほでいけずで悪女ですかっ!!」

 しかしそれを組んでやった小竜姫としてはまことに心外な物言いだった。今までの横島の戦い方を見て、短期間で最も効果を上げられる方法を考えてあげたというのにこの言い草は何事か。
 横島は確かに反射神経は抜群だが、特定の武術を習得しているわけではない。今後とも定期的にここに通うならともかく、わずか1ヶ月では何かの技巧を教えたところで上っ面だけの生兵法になってしまうだろう。なら最も単純に、右手の竜気をより速く正確に叩き込む練習をする方がいい。
 その程度の理屈も分からないなんて……ということで小竜姫はこめかみに小さな井桁を浮かべつつ、不当な侮辱に対する懲罰を宣告した。

「どうやらまだ余裕があるようですね。とりあえず200本追加です」
「どしぇーっ!? ちくしょー、こーなったらヤケじゃー!! オラオラオラオラオラオラオラオラオラーッ!」
「無駄にわめいていても疲れるだけですよ?」
「おがーん!」

 目の幅涙をまき散らしながら修業を続ける横島を、タマモが椅子に座って珍獣を見る目で見物していた。


 都合1時間半ほどが経過すると、ようやく朝食の時間である。今朝の献立は玄米のとろろ飯、味噌汁、山菜という精進料理じみたものだったが、「小竜姫の手作り」という補正が入っているので横島的にはとっても美味に感じられた。ちなみに油揚げもまた精進料理の発達の過程で生み出されたものであり、タマモの強い要望により1日に1回はメニューに入っている。

「うまい! こら美味いっスよ小竜姫さま!」
「……それは嬉しいですが、もう少し行儀よくしてくれませんか?」

 向かいの席で一緒に食べていた小竜姫があきれ顔で注意したが、横島には聞こえていないようだった。彼の隣に座っているカリンも肩をすくめたが、特に意見する気はないらしい。
 なぜここでカリンが出て来ているかというと、無料で稽古をつけてもらう上に衣食住まで世話になるのだから、家事手伝いくらいは当然の義務だし修行の1つでもあるのだが、横島にやらせるとセクハラに走るので彼女が代わりにやっているのである。

「でもこのお揚げ本当に美味しい。何て言うか、匠の配慮がすみずみまで行き届いてるって感じね。霊気もたっぷりこもってるし……ねえカリン、せっかくだからこれも教えてもらったら?」
「……自分で習えばよかろう。タマモ殿はする事もないんだし」

 妙な勉強を押しつけられそうになったカリンがそう言って切り返すと、タマモはきゅぴーんと狩人の眼を光らせた。

「さすがカリン、いいこと言うわね。それじゃ小竜姫さん、私も修業するわ! この1ヶ月でお揚げ道の神秘を究めるのよ。あ、嫌だって言ったら横島の覗きと夜這いを手伝っちゃうから」
「教えるのにやぶさかではありませんが……」

 妙神山修業場始まって以来の不届きな修行者2人に、小竜姫はいろいろと諦めながら力なく頷くのだった。


 一般に食後すぐの修業は避けるべきとされているので、ここで1時間ほど休憩が入る。カリンが見越した通り、1日中修業漬けなんて無茶な生活にはならないのだ。
 のんびりと雑談したりTVを見たりして休んだ後は、お札を書く練習である。
 いつもはカリンが書いているのだが、それを聞いた小竜姫が修業のメニューに取り入れたのだ。集中力や注意力、定量的な霊力放出技術といったスキルが養われるし、書いたお札も別の修業で使えるから一石二鳥というものだった。

「心がざわついてますね。もっと気を鎮めて、ただ無心に書くことだけに集中して下さい。
 雑念が湧いてきてもそれにとらわれてはいけません。他人事のように流してしまうのです。その間は筆を止めても構いませんから」

 傍らに立って監督している小竜姫が静かな声で注意する。霊符を書くにはさまざまな観想法(イメージ法)があるが、今は単に筆を通して用紙に霊気を送ることだけを教えていた。
 ようやく破魔札3枚を書き終えた横島がふーっと息をつきながら額の汗をぬぐう。

「意外と疲れるもんっスね。何か無駄遣いするのがもったいなく思えてきました」

 いつもはカリンが書いているしエロ本で霊力を補充しているからさほどでもないが、こうしてまともに自分でつくるとその大変さがよく分かる。
 小竜姫はその現金な感想にくすっと笑って、

「始めたばかりですからね。でも霊気をこめるんですから疲れるのは当然です。
 気分転換に散歩でもしましょうか」
「はい」

 と横島が筆を置いて立ち上がると、邪魔にならないよう部屋のすみで妙神山の蔵書『ザ・大豆』を読んでいたタマモも本を閉じた。散歩に付き合う気らしい。
 3人で境内をぶらぶらと歩きながら適当な雑談をかわす。

「……でも横島さんが思ったより真面目に修業してくれるのでほっとしました。もっとごねるものと思ってましたから」

 今回の修業は小竜姫が半ば強制的にやらせているもので、しかも横島が好みそうなメニューが全然ない。だからまともにやってくれないかも知れないと危惧していたのだ。しかしこの体たらくで「思ったより真面目」とは、どんな状況を想定していたのだろうか?
 横島もそれを問い質したかったが、どうせ自分が傷つくだけなので止めておいた。

「いや、小竜姫さまに1ヶ月も見てもらって進歩がゼロじゃ神父や愛子の手前恥ずかしいっスから」

 タマモやピートは構わないらしい。
 小竜姫はくすりと口元を綻ばせて、

「そうですか、一応尊敬してくれてるんだと思っておきますね。
 ところで、横島さんは将来はGSになるんですか?」
「まだ決めてないっス。一応大学には行くつもりなんで、考える時間はありますし」
「そうですか。確かに横島さんはまだ若いですし、それが妥当かも知れませんね。
 でもここにいる間は本物の霊能者をめざして下さいね?」

 せっかく優れた素質を持っているのだから、ぜひこの道でひとかどの者になってほしいと小竜姫は思っていたが、やはり身内でもないのにそこまでの口出しは憚られる。
 しかしまったく遠慮をしない者もいた。

「んー、私は横島にGSになって欲しいんだけどね」

 仮にも金毛白面九尾の狐の保護者が一介のサラリーマンでは沽券に関わるではないか。権力者をめざせとは言わない―――むしろ現代の権力者はいろいろと制約があって不自由そうだから、民間の金持ちの方が好き勝手できるだろう。
 つまり横島が美神のような売れっ子GSになれば理想の保護者というわけだ。

「いや、おまえの都合で進路決める気はないんだが……」

 GSを職業にしなくても資格があれば保護はできるから、横島としては『タマモの保護のためだけに』GSになる気はない。しかしそれを聞いたタマモはなぜか大仰に身を震わせた。

「何よ、伝説の大妖にして傾国の美女である私のためにGSになるのが不満なの?」
「そういう台詞は美神さんぐらいのナイスバディになってからにしてくれ。俺はロリじゃないんでな」
「何ですってぇ? その道のプロの皇帝や王子を骨抜きにしてきた私の魅力が分からないっていうの? 全然覚えてないけど」

 その道のプロというのは、彼らは大勢の美女にかしずかれていたから一般人よりずっと女に馴れている、という意味である。小竜姫はとっくにタマモの正体を見抜いていたから、今は前世のことを隠す必要はない。
 しかし横島にその魅力とやらは通じなかった。

「覚えてないなら偉そうにすんじゃねぇっ!」
「痛っ! っていうか何であんたハリセンなんか持ち歩いてるのよ!?」
「知らんのか? これは関西芸人の常備品だ」
「ふざけた嘘ついてると燃やすわよ!?」
「……ふふっ」

 仲の良い兄妹のようにじゃれ合っている横タマを眺めながら、小竜姫は小さく微笑んだ。
 この少年といると何だかリラックスできる。態度も素行もアレだし、何よりセクハラ大魔王だから寸刻も油断できないはずなのだが……たぶん、思考パターンが非常に分かりやすいのと本質的にはお人好しなせいなのだろう。
 ―――さて、そろそろ休憩はおしまいですね。
 小竜姫は軽く手をたたくと、まだ漫才を続けている2人に修業の再開を命じるのだった。


 草木も眠る丑三つ時。人里離れた山奥にある妙神山修業場は死んだように静まっている。
 しかし就寝時刻はとっくに過ぎたはずのその宿坊の廊下に、息を殺し忍び足で這い進む男がいた。
 言うまでもなく、小竜姫に夜這いをかけようとしている横島である。入浴のときは男湯と女湯が完全に分けられていて覗きをする余地がなかったため、煩悩が発露できずに溜まっていたのだ。
 だが誰もいないはずのその通路に、壁を背にして腕組みしながら立っている少女がいた。金色のナインテールを持つ美少女、妖狐タマモである。

「やっぱり現れたわね、横島。悪いけどここは通さないわよ」

 その口ぶりからすると、タマモは横島を待ち受けていたらしい。当然横島は不思議そうに首をかしげて、

「ん、タマモか? なんでおまえがこんなとこにいるんだ」
「小竜姫さんとの約束なの。お揚げの作り方を教えてもらう代わりにあんたの覗きと夜這いを阻止するっていうね」
「な、何!?」

 いま明かされた衝撃の事実に横島は狼狽したが、夜這いの途中なので声だけは低くして、

「タマモおまえ、食いもんのために保護者を裏切るのか?」
「何とでも言いなさい。女はお揚げのためなら鬼にも修羅にもなれるのよ」
「そんなのおまえだけだろ」
「……」

 横島の突っ込みは実に正鵠を射ていたが、タマモは無視した。

「どーせ失敗してシバかれるのが落ちなんだから、おとなしく諦めて帰った方がいいわよ?」

 タマモの意見も全くその通りだったが、それで引き下がる横島ではない。

「そんなのやってみなきゃ分からんだろ。どーしても邪魔するっていうなら、帰ってから1週間夕飯抜きにするぞ?」
「なっ!? 卑怯よアンタ、そこまで堕ちたの!?」
「フッ……謝罪はしないぞ。おまえが俺を本気にさせたからだ!」

 激しいショックを受けてよろめいたタマモが戦意喪失したと見て取ったのか、横島が傲然と勝利を宣言する。しかしタマモはまだ敗北を認めてはいなかった……。

「その台詞、そのまま返させてもらうわ。後ろを見なさい横島!」
「何!?」

 背後に強烈な魔気を感じた横島がはっと振り向くと、そこには抜き身の神剣を携えた羅刹がいた。仮にも武神なのだから、これだけ騒げば目を覚まさないはずがない。

「本当に余裕があるんですね横島さん。どうやら私の修業プログラムは甘すぎたようです」
「はっ、しょ、しょーりゅーきさま!? い、いやこれはちょっとトイレに行こうと思っただけで、決して小竜姫さまを夜這おうなんてけしからんことを考えたワケじゃ……」
「言い訳は無用です!」

 こうして横島は簀巻きにされて朝まで外に吊るされたのであった。合掌。


 それから2週間ほどが過ぎて。横島は高校の登校日のためいったん東京に戻っていた。夜這いの罰としてさらに厳しくなった修業のおかげで間抜け面もちょっとは引き締まって……はいないが、とにかく元気そうではある。もちろんタマモも一緒で、並んで校門をくぐった。
 偶然会ったクラスメイトがその光景を見て目をいからせる。

「横島ぁ、おまえまたタマモちゃんと仲良く登校か!? くっ、おまえだけは俺たちを裏切らないと信じてたのに!」

 タマモは同級生といっても見た目が3歳ほど低いので、級友からはちゃん付けで呼ばれていた。このクラスメイトは別にタマモに特別な好意をいだいているわけではないが、それと女連れのナンパ野郎に嫉妬する事とはまったく別の話である。

「やかましい、おめーも事情は知ってるだろが。ってゆーかおまえらに立てる義理などないわ!!」

 吐き捨ててさっさとその場を去る横島。その程度の揶揄(やゆ)にいちいちヘコむほどヤワな生き方はしていないのだ。
 嫉妬とか八つ当たりならモテまくっているピートにすればいいじゃないかと思うが、「ピートいじめたら女生徒全員敵に回す」らしいから彼も怖いのだろう。もちろんいま妙神山で3人の美(少)女を独占して、手料理をごちそうになったり個人授業(恣意的表現)をしてもらったりしている事実を公表する気はない。
 教室に入って席についた横島に、2週間ぶりに会った机妖怪が声をかける。

「あ、横島君もタマモちゃんも久しぶり。宿題ちゃんとやってる?」
「……もうちょっと気の利いた挨拶はないのか?」

 横島が眉をしかめたのは、「元気だった?」とかいう普通の挨拶を期待していたからではなく、実は夏休み初日から妙神山に行っていて宿題に全然手をつけていないためだったりする。
 タマモもそれは同様だが、彼女の場合基礎学力がないためさらに深刻だった。昨晩ぱらぱらと流し読みしたが半分も理解できない。

「全然ダメ。難しくてさっぱり分かんないわよ」
「そうですね。僕もちょっと苦労してます」

 ピートもそれは同じらしく、言葉に実感がこもっている。
 すると愛子がキラリと目の端を光らせた。

「なら除霊委員仲間で勉強会しない? みんなで教え合えば早く進むわよ。……ああっ、考えただけで超青春だわ!!」

 実際には学校妖怪歴32年の愛子が一方的に教えて回ることになるだろうが、それでも青春に変わりはないらしい。ぽわーんとした顔つきでどこか遠い国にトリップしている。

「……それはともかく。今日って地慧洲(じえす)神社で夏祭りなのよね。私もこの机さえ何とかなれば行きたいんだけど」

 と、いきなり現世に復帰してきた愛子がそんなことを言った。
 机をかついで行ったら周りに迷惑だし、かと言って脚を妖怪形態にして歩いたら大騒ぎになる。だから愛子は人ごみの中には入れない宿命なのだった。

「夏祭りって何?」
「神社で祭礼があるのよ。屋台を回ったり花火を眺めたりして遊ぶの」

 現代の風習にはまだ疎い所があるタマモの質問に愛子がそう答えたのは、まあおおむね正解と言っていいだろう。

「ふぅん……」

 興味を抱いたらしいタマモが横島の顔を流し見る。いくらかの小遣いをもらってはいるが、やはり知らない所に1人で行くのは不安なようだ。
 横島もその頼みを断る理由はない。

「ん、別にいいよ。そだな、せっかくだから浴衣も買ってやろう。けっこう似合いそうだしな」

 横島がこんな気前のいいことを言えるのは、GS資格を取ってから、ときどき唐巣抜きで仕事をこなすようになったので収入が増えたからだ。もちろんそれは唐巣が選んだもので数もそう多くはないが、経費分を除いて全部横島(とピート)の懐に入るので彼の財布はだいぶ暖かくなっていた。
 タマモとピートの学費が必要になったことに伴う処置ではあるが、「GS資格を取った以上、本人の実情はどうあれ世間はそういう目で見る」から、逆にそれに見合った報酬を(少なくともGメン志望ではない横島には)与えてやる必要があったのだ。まあ清貧を旨とする唐巣教会の所属である以上、世間一般の相場よりは少ないのだが……。

「うん、ありがとう」

 タマモは浴衣というのがどういう服かは知らないが、おそらくはきれいな服であるはずだ。素直に笑顔で礼を言った。
 だがそうなるとおさまらないのは、情報を提供したのに分け前のない愛子である。むーっと頬をふくらませて横島を睨みつけた。

「分かった分かった。帰りにお土産買って来てやるから」
「本当? ありがと、やっぱり持つべきものは友達よね」
「……」

 横島は心の中でハリセンを振り上げていたが、愛子主催の勉強会とやらに大変未練があったので、彼女の機嫌を損じる事は避けた。
 こうやって、少年は世の中のせちがらさを知っていくのである。


 とっぷりと日も暮れた後。約束通り夏祭りに行くためアパートを出た横島とタマモを、真ん丸い月の明かりが照らしている。
 横島は普段と変わらないTシャツにGパン姿だが、タマモは学校の帰りに買ってもらった、白い地に紫陽花柄の浴衣を着ていた。
 ただでさえ月光の下に醜女はいないと言うのに、タマモはまだ幼いとはいえいずれ絶世の美女に成長する事が保証された逸材である。涼しげな浴衣に身を包んだ少女は、確かに「女」としての美しさと艶っぽさをかもし出していた。

「じゃ、行こうか」
「うん」

 先に立った横島にタマモが軽く腕を組む。この浴衣という服は風情はあるが歩きにくいので、ちょっと支えが欲しかったのだ。
 横島はその小さな手の温かさとタマモのイメチェン振りにかなり動揺していたが、自身がノーマルであるという誇りにかけて、それを顔には出さないように努めていた。まあタマモにはバレバレで、内心でクスクス笑われていたりするのだけれど。
 カリンは出していない。一応意向を聞いてみたが、自分の浴衣代の分よけいに遊んで来いと言われてそのまま引っ込めている。


 地慧洲神社はそう大きな神社でもないので派手なイベントはないが、愛子が言っていたように屋台は並ぶし、大きな花火も打ち上げる。
 タマモにとっては初めての光景だが、楽しい気持ちを湧き上がらせる不思議な雰囲気があった。
 浴衣美人も大勢いたが、横島はナンパしようとはしなかった。自覚はしていないが、今はタマモの保護者であるという意識が強いようだ。タマモの方も横島が自分を放り出していくとは思っていないらしく、横島の腕に手を絡ませたままひどく安心した表情で周囲を見物している。
 はるか上空でぱーんと鳴った音の波に胸を叩かれたタマモがびっくりして顔を上げると、そこでは本日最初の花火が大輪の華を咲かせていた。

「わあ、すごい……きれいね」
「心が洗われるな……修業の疲れが癒されるぜ」
「似合わない台詞はよした方がいいわよ?」
「どうやら綿アメもたこ焼きもりんご飴も要らんようだな」
「今日の横島っていつにも増して男前だわ」

 タマモの言動には野性の欠片も見られないが、もともと前世の頃から人里を主な住処にしていたのだからある意味当然なのかも知れない。
 リップサービスの報酬として手に入れた綿アメをほおばりながら、いろんな屋台を見て回る。

「横島、あのでっかい水槽なに?」
「ああ、あれは金魚すくいと言ってな、紙を張った輪で金魚をお椀にすくい上げる遊びなんだよ。取った分はお持ち帰りできるんだが……今日はダメだな」

 明日からまた妙神山なので、生き物を持って帰るわけにはいかないのだ。「狩猟者タダちゃん」の腕前を披露して褒め称えられたい誘惑にかられたが、まあタマモに感心されても仕方ないし。

「……ふうん、お面なんか売ってるんだ。見たとこ子どものおもちゃみたいだけど……」

 今度は天津甘栗をぱくつきながらタマモが呟いた。かすかに残る前世の記憶ではもっと別の用途に使っていたと思うが、まあどうでもいいことだ。
 そのあと一通り神社を散策して、その合間に花火を眺めて。横島とタマモは愛子へのお土産のりんご飴その他をかかえて神社を後にした。


 2人が神社を出たときは周りに大勢人がいたが、今は誰も居ない。横島のスニーカーとタマモの下駄の音だけがアスファルトの路面に響いていた。
 タマモは歩き回って疲れたのか、それとも祭りの熱気に当てられたのか、少し頬が赤く染まっている。ほんのり汗ばんだ狐の少女の身体からは、未来の傾国の片鱗なのか匂い立つような色気が感じられた。
 やっぱり疲れているのだろう―――タマモは横島としっかり腕を組んで、体重を預けるようにして歩いていた。まだ薄い胸が少年の腕でたわんでいるが、当人は意識していないようだ。
 少女のいつもと違う艶かしさに横島はかなりドキドキしていたが、その表情に一瞬暗い陰が走ったのは見落とさなかった。

「そんなに疲れたか? それとも実はつまらんかったとか」
「ううん、楽しかったわよ。すっごく。楽しかったから……それが無くなるのがちょっと怖いなって思っただけ」
「……無くなるって?」

 と横島が鸚鵡返しに聞き返すと、タマモは横島とは視線を合わせずに夜空の月を見上げながら言葉を紡いだ。

「前世のことはほとんど覚えてないけど、本で読んだ限りじゃ毎回軍隊とかに殺されてるのよね。だから、もしかしたら今回もそうなるのかな、って一瞬不安になったの」

 タマモはそこでいったん息をつぐと、改めて横島の方に向き直った。

「そうそう、今のうちに言っとくわ。もし私が前世みたいに国に追われるようになったら庇わなくていいから。あんたじゃ無駄にケガするだけだしね」

 横島に甲斐性がないと言っているわけではない。紂王や鳥羽帝でさえ庇いきれなかったのだ。首相でも無理だろう。

「ま、そうなったらとっとと逃げるけど。でもこの私を保護させてあげてるんだから、間違っても連中の手先になって追いかけてくるんじゃないわよ?」

 非常にひねくれた表現ではあったけれど、彼女が言わんとしたのは横島に迷惑がかかる前に出て行くという事と、彼に追われるのはいやだという事だった。
 そして横島もそれに気づかない程にぶくはないが、どこぞのロン毛公務員のように甘い言葉をひねり出せる男でもなかった。
 いきなりタマモの頭の上に手を置いて、その髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。

「んなどーしよーもない事で悩んでてもしゃーねーだろ。それに今は悪い事してないんだから、そうなる可能性なんてほとんど無いしな。
 ……心配すんな、俺はちゃんとおまえの味方でいてやるから」
「―――横島」

 彼の反応は確かに自分の本意が通じた証―――だけれど、レディーに対してちょっと無作法すぎはしまいか?

「何てことするのよ、せっかく整えた髪型がくずれるでしょ!」
「俺は気にしねーぞ?」
「私が気にするの!」

 がおーっ!と吼えて仕返しに横島の髪を鷲掴みにするタマモ。

「痛てっ! こら、髪の毛引っ張るなタマモ! 抜けてハゲたらどーする」
「神父の気持ちが分かるようになるんじゃない?」
「おまえには人の情けがないのかッ!?」
「ないわよ。狐だもん」
「ちっ、屁理屈ばかり覚えやがって!」

 さっきまでの色気も悲壮感もどこへやら、子どものようにぎゃーぎゃーと騒ぎ出す横タマ。
 それでもまあ、横島にしては上出来だろう。


 ―――つづく。

 いかん、このままではタマモルートに入ってしまう(ぉ
 修業の成果は次回になりますー。
 ではレス返しを。

○零式さん
>横島の事だから、小竜姫様のちち・しり・ふとももばっかり狙いそうだ
 小竜姫さまはそんな事とっくにお見通しなのです。
>カリン密かに横島の妻の選定作業すすめてる・・・?
 彼女にとっても他人事じゃありませんからw

○LINUSさん
 格闘の修業の中身は空手に近いですかねぇ。

○KOS-MOSさん
>おおっそういう考え方もありだなと思いました。
 やはー、納得してもらえて良かったです(ぉぃ
 カリンも大変です。
>横島がそれにどういう名前をつけるのか
 きっとまた碌でもないネーミングをするのでしょうw

○レンジさん
>横島×カリン
 世間体的には多大な問題がありますが、横島ですからねぇ。

○遊鬼さん
>愛子が2位
 青春全開の甘酸っぱい恋愛が期待できますから。
>横島君にこんなにちゃんと女の子について諭してくれる存在は今まで無かったんじゃないでしょうか?
 横島のことは自分と同じくらい大切に思ってますから<マテ

○kamui08さん
>ホントに人外ばっかですね
 でも性格は人間キャラよりまともだったり(ぉ

○whiteangelさん
>横島がこのままマジメに
 いや少しは真面目ですよ? 普通の修行者の10分の1くらいは(ぉ

○通りすがりのヘタレさん
 今回タマモが大ダッシュです。そんな気はなかったのですが(ぇ
>あまり癖の強くない女性ばかりですね
 横島がクセの塊ですからバランスを取るために。
>マリア
 面識があったとしてもさすがにアンドロイドはちょっとw

○内海一弘さん
>カ、カリンの反応が…ドキドキしました
 彼女も女の子ですから(ぇ
>おキヌちゃん
 まずは生き返らないとレースに参加できませんが○(_ _○)
>タマモ
 いやいや、ちゃんと修業に励んでおりますとも。

○とろもろさん
>横島⇒小竜姫をモノにする 唐巣⇒霊能をモノにする
 はい、全くその通りですー。
 神父は人がいいのでそんな微妙なニュアンスの差には気づきませんw
>横島君にとって、(第三者的視点で)不利益なこと(肉体的攻撃)をしない順ですね?
 はい、ドメスティックバイオレンスするような嫁は要りませんからw
 あ、小竜姫はけっこう暴力ふるうかも知れませんねぇ。今回も簀巻きしましたし。
>鬼門
 タイガーに匹敵する影の薄さに加えて、かませ犬役まで押し付けられてる2人がとっても哀れですw
>カリンの服
 実は普通の服も着られるんですが、お洒落にあまり関心がないだけだったりするのです○(_ _○)

○わーくんさん
>除霊委員
 4人だけですが何か?(ぉ
>カリンさん実は普通にフラグ立ってませんか?(汗)
 さて、どうでしょうねぇ??
>小竜姫様ヒロイン
 筆者もプッシュしたいのですが、いつもそばにいる人がやはり有利ぽいです○(_ _○)

○TA phoenixさん
>カリンにナニをするとそれが自分にフィードバックするのでは?(激汗
 実際に痛い目に遭うまで気づかないのが横島君クオリティです。
 それに「気持ちいい」のもフィードバックしますから、うまくいけば2人分の(中略)ということで、他の娘では満足できなくなるかも知れません(爆死)。
>せっかく上がりかかった自分の株を自ら下方修正する横島君
 オチをつけないと落ち着かないのも横島君クオリティです<マテ

○ブレードさん
>この横島には誰か一人とくっつくのが似合いそうですね
 筆者もそうしてあげたいのですが、そう簡単に確定させるのもつまらないので今しばらくは独り身の予定です。
>あと煩悩魔神はよく使われる言葉ですがそれは愛欲の神だったアシュのことではと思うのですが
 アシュがあんなにはっちゃけてたら人類に勝ち目が無いじゃないですかw

   ではまた。

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