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「二人三脚でやり直そう 〜番外編1〜(GS)」

いしゅたる (2006-08-15 23:16)
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 じりりりりーん。じりりりりーん。

 時刻は朝の七時三十分。
 ごみためのごとく散らかし放題の部屋の中、今時古風な黒電話が呼び出し音を立てる。

「はいはーい……今出ますよっと。誰だこんな朝っぱらから……」

 かなり久々に学校に登校するため、制服に袖を通した部屋の主――横島は、テンション低くうめきながら、ゴミの山を掻き分けて電話へと向かう。

 がちゃ。

「はいもしもしー。横……」

『横島ああっ! おめさおキヌちゃんに何しただあああっ!』

 あまりの音量に、横島は思わず受話器を放り出しそうになった。


『二人三脚でやり直そう』 〜番外編1 未来への約束〜


「えーと……」

 時刻は昼過ぎ。東京に着いたおキヌは、待ち合わせに指定されていた駅の改札前で、学校をズル休みしたか早退したかしたらしい、制服姿に大きめのカバンを肩に引っ掛けた横島を見つけたのだが――声をかけるのをためらっていた。

 今日の東京行きは、おキヌ本人の意思ではなく、義姉の早苗になかば強引に勧められたものだった。色々と取って付けたような理由をまくし立てられたが、彼女の言いたいことは要するに、「横島とデートしてこい」ということだったのだろう。でなければ、案内役にわざわざ横島を用意することはない。

 待っていた横島の方もわかったらしく、困った顔をしながらおキヌの方に視線を向けていた。ただ、声はかけてこない。冷たいのではなく、気を遣っているのだ。さすがに自分『たち』の方におキヌを招き寄せるのは可哀想と思ったのだろう。

 横島は、衆人の奇異の目に晒されていた。彼本人が、ではない。彼の周囲にいる三人の人物が、である。

「江戸も随分と変わったものですね……」

「なあ右の。わしら随分と目立ってないか?」

「うむ。完璧に人間に化けたはずなのだが……」

 この台詞だけで、彼女らが誰でどのような格好をしているかはわかるだろう。いつも通りの格好の小竜姫と、人間に化けて時代錯誤な和装に身を包んだ鬼門である。
 それが横島と一緒にいるのだから、おキヌが混乱して声をかけるのをためらうのも、至極当然であった。一体どういう経緯で彼女らがここにいるのかさえ、まったく不明である。

 が――ともあれ、こうしていても始まらない。

「よ、横島さん……!」

 ともすれば尻すぼみになりそうな声をなんとか張り上げ、彼を呼んで近付いていく。可哀想な子を見るような視線が突き刺さるのが、非常に痛い。
 それをなんとか我慢して、彼の元へと辿り着く。

「お、おキヌちゃん……無理して声かけてこなくても良かったのに……」

「い、いえ……私は大丈夫ですから。それよりも、なんで小竜姫さまがここに?」

 尋ねながら、おのぼりさんよろしく周囲をしきりに見回す小竜姫に視線を移す。

「まあ、詳しいことは道すがら話すよ。とにかく、ここから離れよう。……それとおキヌちゃん、お金ある?」

「え?」

 デートで女性の所持金を尋ねる――情けないことこの上ないが、おキヌはそういったことをまったく考えることなく、横島の質問に首をひねった。


 ――横島の名誉の為に説明すると。

 横島は、決して金がないわけではない。ブラドー島の一件で給料が下がったとはいえ、それ以前の給料なら多少は蓄えがある。加えて、両親からの仕送りも増えたということもあって、以前よりはだいぶ楽な生活を送っているのだ。
 なお、仕送りが増えた理由は、「切り詰めれば根を上げて自分たちと一緒の生活を望むだろう」というねじくれ曲がった親心が「おキヌと離れ離れにするのは可哀想だ」という親心に変化したためだった。
 もうほとんど親公認――それどころか下手したら許婚といった間柄になった横島とおキヌであったが、当人たちにその意識はない。なぜなら、当人たちにしかあずかり知らぬ問題があるのだから。

 閑話休題。

 ともあれ、今の横島は金に困っていることはない。しかしそれでもおキヌに所持金を尋ねたのは、一緒にいる三人に原因がある。ぶっちゃけ、時代に即した服装を用意してやらなければならないのだ。
 彼女らにも金がないわけではないが、それは江戸時代の通貨であり、そんな古銭を換金するには手間がかかる。換金すれば服代なんか安いほどの金があるとはいえ、そんな手間をかけるよりも、まずは目の前の恥を最優先でどうにかしたい。
 しかし服三人分では、自分の所持金だけでは足りるかどうか微妙だ。そういうわけで、おキヌに所持金を尋ねたということである。

 ――まあそんなわけで。

 五人は、近くのデパートで服を買い揃えた。


「我らの考証にケチをつけ、こんな珍妙な格好をさせるとは……!」

「みっともない……」

 横島たちが見立てた黒スーツに身を包み、不満げにぼやく鬼門たち。スーツの値段は決して安いものではなかったが、彼らの体格と役目を考えれば、これ以上に似合うものもこれ以外に似合うものもないだろう。

「一体いつの時代考証してるんだよ、おめーらは……」

「郷に入りては郷に従え、と言います。時代に合わせた格好をするのも重要ですよ」

 と言った小竜姫は、ベージュのセーターと黒地に白のチェック柄のキュロットスカート、純白のニーソックスにスニーカーといった格好だった。おキヌの見立てた服装である。
 ちなみにセーターはワンサイズほど大きい。これはおキヌが「せめて少しでも胸の大きさが目立たないように」という浅知恵からのものだったが、そのせいで首周りが鎖骨が見えるまで大きく開いていたり、袖が手の甲まで隠していたりしているので、とある方面の魅力を強化してしまっている。

「それで、結局小竜姫さまはどうして人間界にいるんですか?」

「それはですね……」

 おキヌの質問に、小竜姫が話し始める。

 妙神山修行場が壊滅し、美神が手配した業者は一日遅れでやって来て、修復が終わるまでは何もすることがない状態。手持ち無沙汰になった小竜姫が、二十四時間体制で仕事を続ける業者の面々に食事の世話をしたところ、「こんな優しい女神様のいる場所を手抜きなんてできねえ! おめえら、気合入れて完璧に仕上げてやろうぜ!」と、やたら張り切りだしたらしい。
 それはいいのだが、そのせいで工期は遅れ、一週間以上経っていよいよ暇を持て余した小竜姫が、俗界行きを考えたのが昨日のこと。
 さらにそこで、小竜姫は重要なことを思い出した。当然ではあるが、彼女の破壊活動によって、上司のコレクションまでも失われていたのだ。それをどうにかして用意しなければ、彼女の不祥事は上司の知るところとなってしまう。

(上司って……あのゲーム猿か。するってーと、コレクションってのはゲームのことだな)

 口には出さず、彼女の話から苦笑しながらそう推測する横島。その『ゲーム猿』とやらと会ったことのないおキヌには、何のことかわからない。

 ともあれ、それで鬼門を連れて俗界に下りた彼女は、さっそく美神の事務所へと足を運んだ。事情を話し、必要なものの目録を見せると、ゲームの名前ばかり並んでいるその目録に眉根を寄せ、「これ買うんだったら横島クンの方が適任よ」と言って、彼が通学している学校の場所を教えたという。
 よほど慌てていたのか、彼女は横島の学校を教えてもらうなり、その後に続く美神の言葉も聞かないまま事務所を飛び出したらしい。思えばあの時、彼女は服装のことを言おうとしていたのかもしれない……などと小竜姫が気まずそうに言ったのはご愛嬌。
 そして、学校の授業中に横島を訪ねた小竜姫によって、天地がひっくり返ったかのような騒動が起きた。別に小竜姫自身が何をしたというわけではなく、「こんな美人が横島を訪ねてくるなんて物理的に有り得ない」という固定観念により、周囲が勝手に大騒ぎしたというだけのことだが。
 それで横島によって鬼門と一緒に学校から連れ出され、今に至る――というわけだった。

 なお、その時の横島に対し、小竜姫が「今日はこのあいだの埋め合わせということでいいですか?」と言った為、おキヌと約束があるからと断ろうとしていた彼が、首を縦に振らざるを得なかったといった経緯があったのだが――
 小竜姫に一体どのような思惑があったのか、それとも単なる説明のし忘れか、それはおキヌの耳に入ることはなかった。

「はあ……それでですか」

 一通りの経緯を聞いたおキヌは、曖昧に返事するしかない。ジェネレーションギャップというものによる奇行は彼女自身にも覚えがないわけではないが、やはり授業中の教室に乱入するというのは、さすがに物を知らなさ過ぎると思った。

(でも……せっかくのデートだったのに)

 義姉が勝手にセッティングしたこととはいえ、こんな乱入者が現れるとは想像だにしなかった。少なからず落胆する心を表に出さないようにするのは、苦労する。
 とはいえ、どこか一方で安心している自分もいた。彼と二人っきりで、果たして間が持つのかという不安があったからだ。今朝急に話を持ちかけられたため、何の準備もしていなかったこともある。

「はぁ……」

 自分の複雑な心中を持て余し、自然とため息が漏れる。

「おキヌちゃん、どうしたの?」

「あ……い、いえ、なんでもないですっ」

 横島に問われ、慌てて取り繕う。横島はいささか納得いかなさそうにしてたが、深く追及することなく小竜姫の方へと視線を戻した。
 彼はそのまま、小竜姫の服装を似合ってるだとか可愛いだとかと褒めちぎる。最終的に定番のル○ンダイブで飛び掛かって撃墜されてたが、横島の後頭部を踏み付ける小竜姫がわずかに照れ笑いしていたのに気付き、ちくりと胸が痛んだ。


 そして、巣鴨の古銭商を訪ねて小判を換金し、立て替えていた服代を受け取った後、秋葉原へと足を運んだ。ゲーム関係だったらここが一番手っ取り早いとは、横島の弁である。

「しかし、二百年も経つと江戸……いえ、とーきょー、でしたっけ? 随分と様変わりしたものですね。あら……? あのお店、人の出入りがひときわ多いですね。看板は……ええと、なあのらと……?」

「小竜姫さま、現代では横書き文字は左から読むものなんですってば。それと、あの店は違います」

「まあ、そうでしたか」

 ややげんなりとした横島の言葉に、小竜姫が頷く。そのやり取りさえ、彼女はどこか楽しそうにしてた。
 平日というのに、この街は人通りが多い。その雑踏の中で足を止め、小竜姫は自らが持ってきた目録を取り出した。

「小竜姫さま、それが?」

「はい。とはいっても、私が老師の部屋を掃除してて記憶していただけなので、うろ覚えのものなんですけど。それにたぶん、抜けてるものもあるでしょう」

「ふんふん。三国○双に鬼○者……漢字や平仮名はわかるんですけど……これはもしかして、グ○ンツー○スモ? 小竜姫さま、カタカナやアルファベットは苦手ですか?」

「……わかりますか? 異国の言葉はよくわからなくて……」

 ばつが悪そうに苦笑する小竜姫。横島は「しょうがないなー」と、つられて苦笑する。

「ま、これぐらいならなんとかわかると思うっス。それに、老師の趣味も知らないわけじゃないし」

「え?」

「あ、いや、なんでもないっス。……げ。SRWシリーズもあるのか。道理で……」

「?」

 目録の一部分を見てしきりに納得する横島を見て、小竜姫は小首を傾げた。

 そして一行は、通称『祖父地図』と呼ばれる店へと入った。無論、本来の店名は違う。そこは手狭なくせに人が多く、慣れない小竜姫が人口密度で軽く目を回したぐらいだった。
 横島が「大丈夫っスか?」と体を支えながら問い、鬼門が一緒になってやや大げさに心配してくる。その横島は、すぐに小竜姫から手を離すと、少し離れたところでこちらを見失っていたおキヌの手を引いてやってきた。

「あ、ありがとうございます、横島さん。私、こういうところ慣れなくて……」

「この店、人が多いからなぁ」

 申し訳なさそうに顔を伏せるおキヌに、苦笑する横島。その二人の様子を見て、小竜姫もふっと微笑をこぼした。

 横島が小竜姫を初めて訪ねてきた時、彼のその目的は彼女の為に死津喪比女を倒すことだった。彼自身が彼女をどう想っているかは小竜姫のあずかり知らぬところではあるが、ただの知り合いや友人といった感情とは一線を画したものであることは想像に難くない。

 思えば、横島忠夫という少年は、常識では計り知れない部分を多く持っている。
 馬鹿でスケベで節操無し、卑怯で臆病で厚顔無恥。かと思えば一人の少女のために命を張り、ほとんど何の力も持っていない状態から驚くべき成長を果たした。その霊力の源は煩悩で、いついかなる時も不埒な妄想を忘れない。そしてその煩悩の対象には、神魔人妖の壁はない。たとえ武神の小竜姫が相手でも、恐れることなく普通の女性として接してくる。
 おおよそ、今まで小竜姫が出会ったどの人物とも当てはまらなかった。彼といると、時として自分が神族であることさえ忘れてしまう。不思議なものである。

 彼は、霊能者としても人間としても、いまだ発展途上である。もし彼を自分の手元に置き、その成長をつぶさに見届けられるなら――と思わないでもない。

(……何を考えているのでしょうね、私は)

 そんなこと、できるはずがない。第一、おキヌから彼を取り上げ、どうするというのだ。小竜姫は自分が思いついたことを否定し、打ち消すかのように頭を振った。

「んー……こんなとこっスかね」

 買い物籠に入れた山ほどのゲームソフトを一つ一つ目録と示し合わせ、さらに横島が「あの老師ならこのソフトは持ってるだろう」と思ったものもいくつか入れる。
 もっとも、小竜姫にはその根拠――そもそも横島が老師を知っていること――を知らないため、彼のチョイスの根拠を「直感」と言われても、首をひねりつつも納得せざるを得なかった。

 そして清算を済まし、一行は店を出る。ハードとソフト合わせてかなりの量になった荷物は、全て鬼門の二人が引き受けていた。

「ありがとうございました、横島さん。これでなんとか、老師からお叱りを受けずに済みます」

 まあ、これだけで簡単に済むなら苦労はしないのだが。
 しかし根は優しいこの少年のこと、それを表に出してしまってはまた何か世話焼こうとするかもしれない。
 彼のことだから、相手が人間でも武神でも態度を変えることはないのだろうが、それでも自分は妙神山の管理人、竜神が一柱小竜姫。仮にも武神たるものがこれ以上人間を頼るわけにもいかない。

「いえ、大したことじゃないっスよ。この程度、いつでも――」

 小竜姫の言葉に、横島は照れた顔で言うが――その台詞は、最後まで言い切る前に中断された。彼の視線が、不意に別の場所へと向いた。
 その視線の先は……道路。

「――あっ!」

 おキヌが声を上げた。小さな女の子が、よたよたとした足取りで道路のど真ん中にいる。そこに、クラクションを鳴らしながら突っ込むトラックが一台。

 危ない、と思う時間さえない。小竜姫が超加速を使おうとした矢先――

 どごんっ!

 彼女の目の前で、凄まじい爆発が起こった。

「なっ――!?」

 これにはさすがに、小竜姫も予想の範囲外だったので、完全に超加速に入るタイミングを逸してしまった。

 爆煙の向こう側から、トラックの急ブレーキ音が聞こえてくる。現代社会の常識に疎い小竜姫はその音が示す事実はわからなかったが、あれほどの質量を持つものがあの速度で幼児にぶつかればどうなるか、わからないほど間抜けではない。
 見れば、横にいるおキヌも青ざめている。やがて、煙が晴れ――最初に見えたのは、アスファルトにタイヤの跡を残して止まっているトラックだった。幼児のいた場所を遥かに通り過ぎている。
 そして、次に見えたのは、道路の真ん中、車道中央線の上に座り込んでいる横島の姿だった。その腕には、今にもトラックに轢かれそうになっていた幼児が、きょとんとした表情で抱かれていた。さらによく見ると、彼の右足がボロボロになっている。

「横島さん!」

 心配そうに、おキヌが声を上げた。小竜姫の方は、彼の様子を見ただけで、何をしたのかが全てわかった。
 彼は、死津喪比女の時にやった「サイキック・バースト・ハイジャンプ」を使ったのである。もっとも、飛ぶのは上方向ではなく正面だったようだが。

 トラックは、事故にならなかったことをこれ幸いとばかりに、さっさと走り去って行ってしまった。横島はそれを何か言いたそうに見送ったが、すぐに周囲を見回し、しばらく車が通りそうにないことを確認すると、右足を引きずりながら歩道に戻ってきた。
 歩道まで戻ってくると、幼児の母親らしき女性が駆け寄ってきて、助けられた我が子を抱きしめた。そして、横島に向かって何度も何度も頭を下げる。
 さらに何事か迫られてるようだが、横島は首を振っていた。女性の視線が何度も彼の右足に向けられていることから察するに、病院に連れて行くとでも言われているのか。そこに、おキヌが駆け寄って行った。
 彼女は横島の足元に跪くと、彼の右足に両手を当てた。ヒーリング――心霊治療である。
 やがて、だいぶ痛みが引いたらしい彼は、おキヌを立たせて礼を言った。彼女は顔を赤らめている。
 女性はもう一度頭を下げ、その場を後にした。彼女に抱かれた幼児が、名残惜しそうに横島に手を振っている。横島の方も、それに応えて手を振っていた。
 やがて女性と幼児の姿が雑踏の中に紛れて見えなくなると、横島はおキヌを連れて戻ってきた。

「や、すいません。待たせちゃいました」

 子供一人の命を救ったというのに、鼻にかけることもなく、まるで近所に買い物に行ってましたとでも言うような気軽さを見せる横島。
 誰にでもできるわけではないことを、さも当然のことのようにやってのける彼を見て、小竜姫はこのような弟子を持てたことを誇りに思えた。

「いえ……横島さん、随分と立派な――」

「しっかし、もったいないことした……」

「……え?」

 ぽつりとこぼした横島の言葉に、小竜姫は思わず聞き返してしまった。
 だが彼は気付いた様子もなく、ぐぐっと拳を握り締め。

「あの子が、まさかあんな美人さんの子供だったなんて! あー、せめて子持ちじゃなければ声かけたのに! いや不倫とゆーのも悪くないかも!? いやしかししかし、人様の奥さんに手を出すのは人としてどーよとか思わないでもない! けどそんな背徳感もまた捨てがた――」

 訂正。やはりこの人は最低でした。
 とゆーわけで、小竜姫は隣に立つおキヌとアイコンタクトをし、彼の独白が終わるのを待つまでもなく、遠慮手加減一切なしの二人がかりで彼にお仕置きしてやった。


 その後、一行は東京タワーを訪れていた。

 用事の済んだ小竜姫たちは、横島に礼を言ってすぐに帰ろうとしていたが、横島がそれを引き止めたのだ。せっかく妙神山から出てきたのだから、昔と様変わりした俗界をもう少し見て回ろうと持ちかけて。

(もう……結局、デートにならなかったじゃないですか)

 既に、だいぶ日は傾いている。おキヌは膨れっ面で、第一展望台の窓から下界の街並みを見下ろしていた。
 小竜姫と鬼門たちは、窓から見える変わり果てた街並みを、大騒ぎしながら見て回っている。この東京タワーのような高層建築物の存在自体も、彼女らの驚愕を誘うのに一役買っているようだった。

 なお、横島は単なる観光のために、小竜姫たちをこの東京タワーに連れてきたわけではない。いずれ起こるであろう天龍童子暗殺騒動――そしてメドーサとの最初の戦いに備え、彼女らには少しでも地形を把握してもらいたかったのだ。
 おキヌは横島にその理由を耳打ちしてもらい、一応は納得したのだが……やはり不満は残っていた。

(せめて……二人っきりになれればなぁ……)

 なれれば――どうするというのか。
 不意に思い浮かんだ自分の望みに対し、即座にそんな問いが脳裏に浮かぶ。
 確かに、他に誰もいない場所で彼に言いたいことや聞きたいことはあった。

 だが――

(……言えない……聞けない……)

 口にすれば、必ず彼は『彼女』を――それこそおキヌよりも――優先する言葉を返してくるだろう。彼女は何より、それが怖かった。
 彼からそれを直接聞くのが、ではない。確かにそれもあるのだが、何よりも……その言葉を聞くことにより、自分の中の暗い部分を正視してしまうことが、だった。
 それは、一週間前に妙神山から帰って来て以来、ずっと抱えていた負の感情。出来ることなら、これ以上正視したくない嫌悪すべき自分像。

(きっと……気付かれてたのね)

 考えてみれば、このデートまがいのお膳立ても、あの優しい義姉がどうにかして自分を元気付けようと思ってのことに違いなかった。
 だが――果たして、小竜姫たちがいなくて二人っきりでのデートが成立していたとしても、自分は元気になれただろうか。

 と――

「おキヌちゃん」

 一人で悶々と悩んでいたら、不意に背後から声がかけられた。振り向くと、そこには横島がいた。

「……横島さん?」

「上、行かない? 二人で」

 言って、彼は天井を指差した。


 小竜姫たちには何も言わず、彼はおキヌの手を引っ張り、第二展望台へと登った。
 日は落ちかけ、赤く燃え上がる夕陽が空をオレンジ色に染める。

 この時間、この第二展望台。

 それは彼にとって、特別な意味を持つ。
 一体、彼は何を思って、自分をここに連れてきたのか。その真意をはかりかね、おキヌはただ無言で彼の言葉を待った。

「……あのさ、おキヌちゃん」

 やがて、彼は夕陽に視線を釘付けにしたまま、話し始めた。

「俺たち、不測の事故でこんな逆行しちゃったけどさ……このままだと、また大きな戦いに巻き込まれることになると思う」

 それは当然のことだろう。あの大戦を経験した自分たちが、その大戦が始まる前に戻ってしまったのだ。いつか来る戦いを考えないわけにはいかない。

「また、色々経験するだろうね。天龍のことでメドーサと出会うのが一番最初で、GS試験や香港の元始風水盤……魔族の刺客に美神さんが狙われることにもなるだろうし、その後は月に行ってメドーサと決着をつけることになると思う。
 そして、そんな色々を経て――最後に、『あいつら』が出てくる」

 ――ズキン。

(なんで……そんなこと、今言うんですか? ずっと先の話なのに……)

 聞きたくなかった。そんな話、聞きたくない。

「俺はさ……今度こそ、あいつらを……あいつを、死なせないで済ませたい」

「……そうですね」

 彼女の非業の死に涙したのは、彼だけではない。その場で彼の慟哭を直接耳にした彼女も、同様に悲しんだ。
 あの時の涙は、決して嘘偽りではない。もう一度やり直せるなら、彼と一緒に今度こそ救いたいと思う気持ちは一緒だった。
 たとえ一方で、それを望まない自分がいたとしても。

 しかし――そうなると、疑問が出てくる。

「でも、だったら……どうしてですか?」

「え?」

 質問の意味をはかりかね、横島が尋ね返す。

「横島さんは、死津喪比女の時……私を救ってくれるために、無茶して強くなろうとしてくれました。けどあれ以来、横島さんは積極的に修行をしようとしているわけではないですよね?」

 『彼女』を救うと約束した彼は、そのために自ら霊動実験室に忍び込み、厳しい修行に身を投じた。その結果、単純な戦闘力ではあの美神さえ凌ぐほどになった。
 だが、今の彼はあの時の必死さが欠けている。
 今から修行すれば相当の力がつくだろう。しかし「あいつを死なせないで済ませたい」と言いつつも修行をしていないのは、いかなる思惑があってのことか。
 別に怠慢を責めているわけではない。単純な疑問であった。

「そういうことか。うーん……なんて言ったらいいかな」

 おキヌの質問の意味を理解して、横島は頭をひねった。

「……あの戦いってさ、結局俺たちが勝ったわけじゃん。宇宙意思なんて反則的な助っ人がいたとはいえ、実質は人間たちだけの戦力で。
 けどそう考えてみると、わざわざ俺があれ以上強くならなくたって、ヤツに勝てないわけじゃないってことじゃん。それにあの戦いの中であいつが死んだのだって、よくよく考えてみれば、俺の強さが足りなかったわけじゃなくて、結局状況がそうさせたってだけなんだ。
 あいつが不覚を取らなければ俺がこの身を呈する必要もなかった。俺が自分からあいつの盾にならずに別の手段を使ってれば、俺は致命傷を受けることもなく、あいつが俺に命を分け与える必要もなかった。
 それだけじゃなく、あいつが死んでいた可能性は他にもあった。
 逆天号の応急修理中に船外に投げ出された時。
 死ぬのを覚悟で俺に抱かれようとした時。
 南極でヤツに反旗を翻した時。
 パピリオと戦った時。
 そのどれを取っても、一歩間違えればあいつは死んでいた。それらの危機を乗り越えて、でも最後の最後で乗り越え切れなかった。
 ……結局、それだけの話だったんだよ」

「横島さん……」

「それに……おキヌちゃんはその場にいなかったから聞いてないんだけど、南極でヤツと対決した時、俺がこの口で言った台詞があるんだ。
 力に力で対抗しようなんて、俺たちみんな間違ってた……ってな。
 人間がどうあがいたって、あの魔神を超える力を手に入れることなんてできるはずがない。けど俺が実際にやってたように、出し抜くことはできるだろうさ。
 なら、俺があいつを救うために出来ることは、強くなることじゃなくて、もっと別のことだと思う」

 夕陽はもう、ほとんど沈みかけている。だがそれを見て語る彼の瞳は、確固たる決意が見て取れた。

 その横顔に、おキヌの胸が「とくん」と高鳴った。しかしその決意が自分に向いていないことが、同時に彼女の胸を締め付ける。

「で、さ」

 言って、彼はおキヌに視線を向け、どこか申し訳なさそうに苦笑いを見せる。

「正直、俺って馬鹿だから、一人じゃどうしていいかわからないんだ。だから、おキヌちゃんに協力してもらえれば……すごく助かる」

「何言ってるんですか」

 心の奥底の暗い感情は表にも出さず、おキヌはくすっと笑った。

「私たち、一緒に逆行してきた仲じゃないですか。それに、あの人を救いたいって思ってるのは、横島さんだけじゃないんですよ。むしろ、こっちから協力したいぐらいです」

 その言葉に、横島の顔がぱあっと明るくなる。

「サンキュッ! おキヌちゃんならそう言ってくれると思った。……あ、そうだ」

 言って、横島はカバンのファスナーを開け、中から一つの紙袋を取り出しておキヌに差し出した。

「これ、あげる。さっき店で買っておいたんだ」

「え? ……なんですか?」

「開けてみて」

 言われ、おキヌは紙袋を開けてみる。その中に入っていたのは服であった。
 しかも――

「この服って……まさか?」

 びっくりして顔を上げ、横島を見るおキヌに、その横島はニカッと屈託のない笑みを向けた。

「そ。前にクリスマスでプレゼントした服。ちょうど市販品で同じデザインのを見つけたんでさ。
 今回はおキヌちゃんも早々に生き返って、織姫のところにお使いに行く必要もなくなったんでね。まあ、協力してくれるお礼……かな」

「横島さん……」

 ――反則だった。

 実のところこの服は、おキヌにとって何よりも大切な思い出の品だった。そんなものを、この笑顔で渡されたら――ちっぽけな悩みなんて、全部吹き飛んでしまうではないか。

 自然、目の奥から、熱いものが込み上げてきた。

「……ありがとうございますっ」

 とん、と。

 おキヌは額を、彼の胸元に置いた。


 ――ああもう。


 ――やっぱり私は、どうしようもなくこの人のことが好きなんだ。


 ――馬鹿でスケベで臆病で、けど誰かを救う時はためらいもせずに命をかけて。


 ――見知らぬ子供の危機にさえ、考えるより先に体が動いちゃう。


 ――そして、素敵な笑顔を見せてくれる人。


 ――だったら私は、彼の笑顔ために、何でもできちゃいます。


 ――完全に暗い感情を抑えることはできないかもですけど。


 ――それでも、恋敵を救うことだってへっちゃらですっ。


「あの……おキヌちゃん?」

 どれぐらい、そうしていただろうか。彼の声で、現実に引き戻される。気付けば、夕陽はとうに沈んでいた。
 おキヌは横島に背を向けて目頭を拭い、振り返って明るく笑うと、横島の手を取った。

「横島さん、早く下に戻りましょう。小竜姫さまたち、きっと私たちを探してますよ」

「あ、ああ。そうだね」

 おキヌに引っ張られる形で、横島は彼女と二人で第一展望台へと降りて行った。


 ――ねえ、横島さん。

 私、嫌な心を隠し持っている女の子ですけど。

 これからもずっと、あなたを好きでいて……いいですよね?


 ――あとがき――

 お待たせしました。コミケが入ったので、ちょっと間が開いてしまいました^^; 今回はギャグ無しです。
 今回の目的は、小竜姫フラグ一本追加、横島の方向性の確定、おキヌちゃんの悩み解消+フラグ追加の三つでした。楽しめていただけたのなら幸いですw
 さて、次回やっとおキヌちゃんが合流して六女入りします。当然ですが弓&一文字も登場しますので、乞うご期待w

 ではレス返しー。みなさん、毎回沢山のレスありがとうございます♪

○kamui08さん
 というわけで、今回おキヌちゃんは前向きになりました。やっぱりいしゅたる的には白キヌが一番なわけでw 意地でも「ダ」はつけませんw

○秋桜さん
 GSキャラは全員好きなので、美神に限らずみんな素敵キャラにできればなーと思ってますw
 おキヌちゃんの切ない恋の悩みも、今回大きく解消しました。

○七司会さん
 そのとーりっ! わかってくれて嬉しいですw

○零式さん
 神父の髪ネタは、壊れ小竜姫や黒絹様と並んで、GS二次小説の定番です(マテ
 ブラドーが負ける理不尽は、この世のではなく美神さんのですw

○SSさん
 きっとおキヌちゃんは幸せになります。絶対にです!

○山の影さん
 わ。誤字報告ありがとうです。直しておきましたー。
 マリアによる冥子ミサイルは、最初から考えていたネタです。ブラドーが美神さんのところで学ぶべきことは、常識ではなく美神さんが存在するという理不尽現実の厳しさですw

○仮面サンダーさん
 壊れマリア、大好評ですね^^; ブラドーというイレギュラーは、おもにギャグ方面で使う予定です。うまく料理できるといいんですけどねー。

○スケベビッチ・オンナスキーさん
 十三話が早く仕上がったのは、十二話完成時に既にネタが出来上がっていたのと、コミケが控えていたからです。その分、この番外編が遅れましたが^^;
 神父の用務員ネタは結構わかる人多いんですねー。けどあれにも元ネタがあったとは知りませんでした。

○虚空さん
 ブラドー加入で賑やかになります。ピートと親子ネタやりたいなぁと思いつつw

○T,Mさん
 一応、ブラドーの給料は一日三食の輸血パックと寝床(棺桶)です。お金は……多少は出てるんじゃないかな?w

○TA phoenixさん
 壊れキャラはギャグ方向にパワーアップするのが常ですw 冥子は知らない人が見たらバンシーと思われても仕方ないでしょうね^^;

○亀豚さん
 重婚はさすがにやばいんじゃないかなー? でも横島くんのことだから、ハーレムの夢のためにどうにかするかも。……や、未遂でボコボコにされる未来図が見えてしまった……(汗

○内海一弘さん
 マリアは早々に直すつもりではあります。カオスが可哀想すぎるからw 丁稚二号はギャグとシリアス9:1ぐらいの割合で活躍してもらうつもりです(ぉ

○HEY2さん
 冥子ミサイルは最凶ですw
 きっと、ブラドーとカオスは、敬老館とか行って二人で将棋とかするんですよ(ぇー

○とろもろさん
 ブラドーは確かにひどい目に遭ってるかもですが、出番がなくならなくて密かに喜んでいるのですよ! ……きっと。
 横島くんの給料は、美神さんが意地を張らなければ昇給されますw ……あかん。永遠に無理な気がしてきた(マテ

○名称詐称主義さん
 美神さんや横島くんの攻撃力・防御力・回復力の関係は、これまで通りで進めるつもりです。イレギュラーメンバー・ブラドー……彼の活躍は、おもにギャグ方面で発揮させたいと思ってますw

○VFXさん
 某傭兵と某空手が参戦したら、横島くんの学校の名前が陣○学園になってしまうじゃないですかw

○長岐栄さん
 日干しはむしろ息子がやります。わざと(ぉぃ
 とりあえず、おキヌちゃんには今回の一件で前向きになってもらいました。完全に悩みが消えたわけじゃないですけど。

○わーくんさん
 や、誰も予想できなかったのなら悪戯大成功ですね♪ これからも予想外を色々仕掛けたいと思いますw

○万尾塚さん
 心配しなくても、マリアはすぐに直す予定です。次の登場時には既に直ってるかも?
 丁稚二号は三人目のメンバーではなく、二枚目の盾ですか……そうとも言いますねw

○ダヌさん
 きっと、ブラドーが神父の髪を抜いたらその先は死が待ってますw


 では、次回第十四話で会いましょう♪

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