インデックスに戻る(フレーム有り無し

▽レス始

「スランプ・スランプ!4 「神域の巫女」(第6楽章・神域絶奏)(GS)」

竜の庵 (2006-08-13 13:01/2006-08-14 00:20)
BACK< >NEXT


 宮下健二は今夜もまた、久遠梓のピアノを聴いていた。

 梓の演奏は、おキヌが訪れてからも全く変わらずに九音堂を支配し続けている。

 (…悪霊、じゃない)

 健二の懸念だった、梓の悪霊化も心配なさそうだ。ただ、成仏する気配は依然として見られないが。

 (氷室さん、今頃どうしてるのかな…今朝の電話では、何かヒントを見つけたって言ってたけれど)

 もしそれが本当なら、梓の天国行きはぐっと近くなる。

 未だに整理がついていない健二は、いたたまれない気持ちになり、ホールを出た。梓は、演奏を続ける。ひたすらに。ひたすらに…

 ただ待つことの辛さは、健二の心を徐々にすり減らしていた。

 止めていたタバコにも手を出し、一日数箱を空にするヘビースモーカーに逆戻りしていた。精神安定効果は、望めないが。

 タバコを吸うために外に出ると、健二の懐に振動が走った。携帯電話が鳴っている。

 「……警察かも知れないしな」

 しぶしぶ、健二はそれを受けた。

 「はい、もしもし…はい、宮下は私ですが。…あ、オカルトGメンの美神さん。先日は氷室さんを紹介していただいて…はい。…!?」

 ぐ、っと健二の手に力が入り、持っていたタバコの箱を握りつぶす。

 「…見つかったのですか!! 久遠くんが!?」

 真夜中の九音堂に、驚愕の声が轟いた。


 スランプ・スランプ!4 「神域の巫女」(第6楽章・神域絶奏)


 「弓式封印術・水晶封蓋。これを解くには水晶観音を用いるしかありません」

 凝り固まった何かが解れていくように。
 自然に終わりを迎えた管弦の調べの後、改めて全員は水晶に覆われた桐箱の前に揃っていた。全員の表情が、まるで一皮剥けたようにおだやかになっている。

 「そうだ。かおりのじいさん、弓弦丞は確かに水晶の鎧を纏っていた」

 ショウの台詞にも、これまでのような棘は消えている。

 「ショウ様チリ様のお話を総合するに、おじい様はここに二重の封印をかけているようです」

 「あの方はおっしゃいました。しきはみを封じるために龍笛の付喪神である、リュウ兄様の力が必要だと。龍の名が不可欠なのだと言って」

 「もしかして、しきはみと言うのは蛇のような妖怪では?」

 「おお。よく分かったな。確かにしきはみの外見は、禍々しき毒色の蛇。身の丈はこの社をその身で締め潰せるほどの大蛇じゃ」

 ショウの説明に、魔理の背筋がぞぉっと凍る。思わず隣のおキヌにしがみ付いてしまいました。

 「やはり。龍の名で蛇の意を縛り、第一の封印と為したのですね。水精の上位名たる龍。しきはみが蛇の妖怪ならば、短時間括りつけるには十分なものです」

 「短時間だって? どういうこった?」

 「そのしきはみという蛇妖…おじい様の力では滅することが出来なかった。だから水晶封蓋で封じるしか手が無い。しかし、封印するためにはしきはみの動きを抑える必要があった」

 かおりは水晶の手触りを確認しながら淡々と続けていく。

 「封蓋を施す時間を得るための、束縛封印。リュウ様はそのための要となったのでしょう」

 「リュウは…死んでしまったのか? 弦丞はそこまで話してはくれなんだ」

 怒気の消えたショウは、驚くほど幼く見える。不安げに桐箱とかおりを交互に見ては、もじもじと指先を動かして落ち着きがない。

 「…水晶封蓋が施された時点で、しきはみの力は最大限に削がれているはず。同じ封印に囚われているはずのリュウ様も同様です。つまり、両者とも冬眠状態にある、と考えられますわ」

 「生きておるのだな! リュウは!?」

 かおりの膝の上に飛び乗って、ショウは叫ぶ。だが、かおりは視線を逸らして続けた。

 「…この封を解くこと、確かに私には出来ますわ。しかしそれは、チリ様が再三に渡って警告してこられた事態を引き起こすことになります」

 「しきはみの復活、ですね…」

 「んなの簡単じゃねえか。復活したら、その場であたし達がシメてやればいいじゃん」

 びくびくしながらも、魔理は言ってのける。が、可哀想なものを見る目でかおりは級友を見つめたあと、深いため息をついた。

 「身内の贔屓目ではないけれど、おじい様の霊力は相当なものでした。今の私達が束になっても敵わないでしょうね」

 「私にせめて、ネクロマンサーの笛があれば…」

 「? 笛ならあるぞ。予備の横笛じゃが」

 おキヌは首を振る。

 「駄目なんです。あの笛は特別なもので…私の霊波を音に変換する能力があって」

 「ああ? なんじゃそりゃ。面妖なことをするのぅ」

 ショウはかおりの膝に座ったまま、くちびるを尖らせた。

 「面妖…ですか?」

 「わざわざんな事せんでも、音楽は十分に退魔の力を持っておるではないか。現にオレ達が昔、管弦を奏でている最中は悪霊の類を寄せ付けなかったもんじゃ」

 ショウは参ったか、と言わんばかりに胸を張った。チリも不思議そうな表情でおキヌを見つめている。

 「それはともかくよ、結局どうすんだよ? 封印解いたらごつい化け物が出てくる。でも解かないとこいつらの兄弟は助からない。手詰まりか?」

 「残念ですが、我々だけではしきはみを倒せない。一度東京に帰って、応援を募りましょう。雪乃丞が捕まれば無理にでも手伝わせるのですが…」

 日本にいること自体が稀な男だ。連絡は着いても、地球の裏側にいる可能性のが高かったり。

 「肝心なときに役に立たないわね、全く!」


 「…待ってください」


 ショウの話を聞いてからずっと何事かを考え込んでいたおキヌが、顔を上げて制した。

 「私、ちょっと試したいことがあって。無理を承知でお願いします。私にやらせて下さい!」

 「氷室さん…なにか掴んだのね?」

 「すっかり弓の話になってたけどよ、元々はおキヌちゃんのための旅だったよな」

 ショウとチリは顔を見合わせると、おキヌの前に並んで少女の顔を見上げた。おキヌの瞳に乱れはなく、真剣な想いに満たされている。
 付喪神の兄妹は頷くと、おキヌに小さな手を差し出した。

 「なんぞ知らぬが、お主は信じられる! 200年を生きたオレが言うのだから、間違いはない。存分にやれ!」

 「あなたからは、優しい霊波を感じます。それに…私たち以上に、永い時間を生きてきているような…不思議な穏やかさも」

 チリは首を傾げて、そのままおキヌの腿の辺りに抱きついた。

 「チリ様…?」

 「こうすると、とても安心します。妖の身の上ゆえ、その温もりは知りませんが…まるで母上のよう」

 「あー、この子、ある意味お前らより長生きしてるからなー」

 「な!? 200年を生きたオレよりもか!」

 「おキヌちゃん、300年以上幽霊やっててさ。生き返ったのはほんの数年前なんだ。人生経験で言えば、お前らなんか足元にも及ばねぇな」

 「はあああ!? どういう体験じゃそりゃ! 詳しく話してみせい!」

 「え、あ、えっとー」

 「氷室さん、お話は後で。あなたの試したい事というのを、先に話して下さる?」

 「あ、はい。それはですね…」


 おキヌの話は、数分で終わった。


 「……なるほどね。危険だけれど…賭けてみましょうか。他ならぬ、氷室さんの意見ですものね」

 「おう! やってやろうぜ! 命賭けりゃあ、やれねぇ事なんざない!」

 二人の親友はすぐに同意し。

 「リュウが助かるのなら、オレに異存はない。さっきも言ったが存分にやれ!」

 「私も兄様と同じく。精一杯力にならせて頂きます」

 二人の兄妹も頷いた。

 「では準備を。霊衣に着替え、社の周囲に結界展開。失敗は許されませんわよ!」


 そして。
 全ての準備が終わった、深夜一時。
 僧形に着替え、傍らに薙刀を置いたかおりは、水晶の桐箱の前にスタンバイしていた。
 ちなみに、おキヌはいつもの巫女服。
 魔理は電車の中から特攻服でしたが、今は木刀を担いでいたり。…ショウとチリの眼が丸くなりました。

 「………皆様、よろしくて?」

 張り詰めた空気の中、全員が頷く。かおりは深呼吸して気持ちを落ち着けると宣言した。


 「ではこれより水晶封蓋の解除を行います。弓式除霊術奥義・水晶観音!!」


 水晶の数珠に霊力を込めて、かおりは叫んだ。
 霊気が水晶の鎧へと再構築され、かおりの身に纏われていく。
 背中には2対の腕が現れ、それぞれの指で印を結んでいた。

 「続いて水晶封蓋・解!」

 桐箱に両手をかざすと、覆っていた水晶が徐々に剥離し始め、かおりの纏う水晶鎧へと吸収されていく。

 「皆、準備を!」

 おキヌはショウから借りた横笛を唇に当てる。
 ネクロマンサーの笛と違い、この笛に霊波を変換する能力はない。
 だが、おキヌの思い描く方法が有効なら、ネクロマンサーの笛以上の効果が出る筈だった。
 失敗すれば…為す術は、ない。


 桐箱を覆う水晶が薄くなるにつれ、封じられていた妖気が辺りに漏れ出してくる。胸の悪くなるような空気だ。

 「……! 来ます!」

 最後の一片を取り除くと同時に、桐箱の蓋が弾け飛んだ。


 『アアアアアアアアアアアアアアアアガガガアアアアアアアアアアア!!!!』


 「っつあ!? 元気だなオイ!!」

 社全体を貫く咆哮。濃縮され、毒煙のようになったしきはみの妖気が箱から噴出し、辺りは紫色の霧に包まれた。
 霧の切れ目から時折覗く、長大な影が威圧感を放ってくる。


 「頼むわよ皆!」

 かおりも予め決めておいた地点へと体を翻す。
 そこで手に取ったのは、琵琶。


 「いきます!!」

 「いくぜ!!」


 始めに奏でられたのは、魔理の鼓とおキヌの横笛だった。
 そこに、ショウとチリが。
 次いでかおりの琵琶が演奏に加わっていく。

 「ほんとに大丈夫なのか…!」

 魔理は拍を刻みながらも、焦燥を隠せない。

 (大丈夫…私、分かりましたから…)

 笛を吹きながら、おキヌは今までと同じく、霊気を練り上げていく。違うのは、その行き先。

 (霊波を音に変えるんじゃない…音に併せる感覚…)

 周囲に流れる伝統楽器の音色に、自らの音を重ねて。さらに、霊気を丁寧に、均一に周囲へと放出していく。

 蛇の這いずる音が、霧の外から聞こえてくる。四方八方から。

 (………………ああ)

 おキヌの耳には、届かない。今のおキヌを支配しているのは、只一つの感動のみだ。

 (音楽って…こんなにも、気持ちいいものだったんだ)

 そう心中で呟いた瞬間。


 音楽と。


 霊気が。


 融け合った。


 おキヌを中心として、妖気の霧が弾けるように吹き飛び、掻き消えた。代わりに満ちていくのは、おキヌの清浄なる霊気だ。

 「これは…! 結界!?」

 琵琶を弾く手を休めずに、かおりは瞬時に展開されたこの結界の強靭さに驚きの声を上げる。

 「精霊石で組んだものに匹敵するわ…!」


 「すげぇ!! どうなってんだこりゃあ…って、どわああああああああああああああ!?」

 魔理は、巨大な蛇の顔と目が合って悲鳴を上げた。
 霧が吹き飛んだことで露になったしきはみは、圧力に負けじとその長大な体躯で結界を絞り、中の者全てを磨り潰さんとしている。


 「リュウ! リュウはどこじゃ!!」

 付喪神であるショウは、息を吹き込む動作なく、手に持った笙を鳴らしていた。粉々になってしまった桐箱に顔を青ざめさせて、必死になって弟の姿を探す。


 「リュウ兄様! お返事を! チリにございます!!」

 チリもまた兄の姿を求めていた。気弱で、優しくて、いつもチリを見守ってくれた兄を。


 『グググググアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』


 しきはみの咆哮が、全ての音を塗りつぶして轟いた。物理的な圧迫感すら覚えるくらいだ。
 毒々しい妖気が結界をじわじわと侵食していく。

 (慣れない笛じゃ、これが精一杯…! だめ、余計な事を考えたら結界を維持出来ない…!)

 おキヌの焦燥が、更なる綻びを生んでしまう。必死になってはいけない。あくまで、『音を楽しむ』心でないと、この結界は維持できない。


 ――――――――――――――――お姉ちゃん


 (!?)


 ――――――――――――――――お姉ちゃん。これを


 突然、おキヌの頭に響いた声は聞き覚えのない子供のものだった。視線を下に落とすと、ショウやチリと同じくらいの年頃に見える少年が、おキヌに横笛を差し出している。
 今現在おキヌが吹いているものより、一回り小さな笛。

 (龍笛…! あなた、リュウ様!?)

 少年、リュウは、にっこり微笑む。

 しかし、今この笛を吹くのを止めたら、しきはみに社の全員を絞め殺す機会を与えてしまう。


 ――――――――――――――――大丈夫。少しだけ、僕が支えます


 え、とおキヌが思う間もなく。吹いていた笛が突然消え、少年の手元に出現する。笛の音はそのままに。

 「リュウ様!」

 龍笛を慌てて受け取り、唇に当てる。その瞬間、おキヌははっきりと『認識』した。流れ込んでくるリュウの記憶が、迷いや恐れを払拭し、おキヌに力を与える。

 (音楽は…音を楽しむもの。でもそれだけじゃないんだ)

 すぅっと息を吸い。

 (音楽とは…)

 様々な想いに心を馳せて。

 おキヌの様子を見ていたリュウが、柔らかな微笑みを浮かべて消えていく。

 (音楽とは、音も…


  演奏も…


  空間も…


  仲間も…


  共にある全てを…


  全部! 全部楽しむということ!!)


 鋭く、息を吹き出した。


 ピュリリリリリィーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!


 紡がれた音は先ほどまでとは似て非なる旋律。

 その効果は、明確な結果となって社を席巻した。


 『グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』


 「この音色…! リュウか! リュウなのか!?」

 「間違いありません…! リュウ兄様の音!!」


 「おお!? 蛇野郎すげぇ苦しんでるぞ!? 今までの様子と違うぜこりゃ!」

 「確かに、今までと空気が違う…! これは、結界なんて生易しいものじゃないわ! 聖域…いいえ…!」


 かおりはべべん、と琵琶をかき鳴らして叫ぶ。


 「これは『神域』よ!」


 …霊力の同期連携、という裏技がある。
 アシュタロス事変において、人類側の切り札となった技だ。
 横島忠夫は文珠を用いて美神令子と『合・体』し、飛躍的にその霊力を増大させた。

 おキヌが思いついたこと。
 それは、シュウが言っていた『音楽の力』と。
 おキヌの持つ霊力との。
 『霊・音』の完全同期連携だった。
 音楽と霊気、二種類の波動が共鳴し、相乗し、融合した神々しき領域。
 氷室キヌが、『神域使い』として目覚めた瞬間だった。


 『グアアッグアアアグアアアアアアアアアア!!!???』


 しきはみという蛇妖がこの地にどんな災いを齎し、どんな能力で、どれほどの大妖なのか。
 そして今、この妖怪が何を考えているのか。

 諸々一切を、おキヌの神域は封じ込める。あらゆる抵抗を無力化し、あらゆる悪意を浄化し、あらゆる暴力をねじ伏せる。


 『アアアアア…アア……………ア』


 びたん、と一度だけ尻尾を跳ねさせ、しきはみはそれきり動かなくなった。巨大だった姿も、萎れるように小さく細くなっていき…

 「しきはみ…こんな小さな蛇の化生だったのね」

 しきはみは全ての妖力を神域に浄化され、小さな白蛇へと成り果てていた。

 「この神々しき空間…キヌの力が生んだのか…? と、それよりもリュウは!? リュウーーーーっ!!」

 徐々に薄れていく神域を愕然と見ながら、ショウは叫ぶ。先ほど鳴り響いた笛の音は…あの懐かしさは…忘れるわけもない、リュウの音。


 「リュウーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 ―――――――――――――――――――――兄さん


 「!? リュウ! どこじゃ! どこに隠れておる!?」


 ――――――――――――――――――――――ありがとう、兄さん、チリ


 「なんじゃ!? はよう姿を見せんか!」


 ――――――――――――――――――――――また、一緒に笛が吹けて、楽しかったよ


 「お、おい弓! この声って…」

 「……ええ。龍笛の付喪神、リュウ様でしょうね」


 ―――――――――――――――――――――ごめんね、兄さん。とても永い時間を、僕のために過ごしてくれたんだね


 「リュウ兄様!」


 ――――――――――――――――――――――チリ。兄さんを助けて、よく頑張ったね。自慢の妹だ


 「リュウ! 何だ!? 何かおかしい! おい、はよう出て来い!」


 「リュウ様……」


 ―――――――――――――――――――――お姉ちゃん。兄と妹を、これからもよろしくお願いします


 「弓…これって、まさか」

 「………」


 小さな兄妹の前に、小さな光が集った。

 光は一瞬だけ、人型を。弾ける寸前、刹那の間だけ、満面の笑みを浮かべる細身の少年の姿を取り…

 微笑みながら消えていった。


 ――――――――――――――――――――――――――兄さん、チリ。本当にありがとう―――――――――――――――――


 「な!? お、おい! どういうことじゃ! これではまるで…まるで……!」

 「リュウ兄様ぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!」


 おキヌは兄妹の前にそっと跪くと、優しく抱き寄せて言った。


 「リュウ様は…本来なら、もう消えていたんだそうです」

 「な!? 何故じゃ!? 眠っておるようなものではなかったのか!!」

 「………しきはみは、水晶の封印だけでは抑えられなかった。内部で、リュウ様もまた己の名を使った封印を…命を削って維持していたんです…」


 「え…!? まさか、水晶封蓋で力を封じ切れていなかったの…!?」


 「リュウ様は凄い付喪神様です。しきはみを60年に渡って単独で縛り続けて…逃がさなかった」

 「リュウ兄様…! たった一人で、暗闇の中で…封印の堰となり続けていたと!?」

 「私、この笛を受け取って、唇に当てた瞬間…リュウ様の想いも受け取りました。60年間培われてきた、とっても純粋な想い。今、お二人にお返しします」


 おキヌは立ち上がると、龍笛をまた構える。万感の想いを込めて。


 ピュリリリリリリリリリリリィ………………………


 「…! これは、ネクロマンサーの笛と同じ…霊波を音に変換している…氷室さん、神域だけでなく、死霊使いの能力もレベルアップして…」

 「こりゃすげぇな…ネクロマンサー改め『霊音使い』って感じか?」

 「ふん…それならば、『神域の巫女』で決まりでしょうに」

 「どっちにせよあれだな。旅の目的、果たしたんじゃね?」

 「そうね…」


 優しい音色は、その場にいた全員の心に…小さな少年の想いを伝える。

 「これは………! リュウ…お主…!」

 管弦の調べに集う人々の笑顔。

 「リュウ兄様…誰も…誰も…恨まれていない…憎まれていない…!!」

 自らの奏でる笛の音しかない、暗闇の中で。

 「また……我らと…共に奏でる時を…ただただ…ひたすらに…!」

 彼が最後に見た、弓弦丞の顔。

 「弦丞様……こんなに、こんなに悔しそう…こんなに苦しそう…」

 そして、ほんの数分前の記憶。

 水晶が消え、歓喜と共に脱出するしきはみ。

 それを追って、消えかかった体を無理矢理に動かすリュウ。そこに聞こえた…懐かしい旋律。

 「ああ……我らの音を、音楽を…覚えていてくれたのだな…こんなにも嬉しそうに…」

 暴れるしきはみは、でもこのままでは押さえ切れない。リュウはおキヌに自らの本体を托し…

 残る力を振り絞り…懐かしい、音楽の輪へと溶け込んだ。

 「ううああああああ……リュウ兄様、兄様ぁぁぁ………」

 「リュウ……オレは、オレは…お主のような弟を持ったことを、誉れに思うぞ…!」


 ピュリリリリリリリリ……リリ…リィ


 龍笛の音は、兄妹の泣き声に場を譲るかのように、静かに遠のいていく。

 そうして、おキヌは再び、幼い兄妹をしっかりと抱擁するのだった。


 「ショウ様、チリ様。リュウ様をお救い出来なかったのは、ひとえに我が弓家の不徳の致すところ。伏して謝罪いたします…」

 全ての余韻が静まってから。
 かおりは兄妹に正式な形で謝罪した。弓一族にもっと力があれば、このような不幸は生まれなかったのだから、と。

 「ああよいよい。オレは…もう誰も恨まぬ。リュウが恨まぬものを、オレがどうして恨めようか」

 「弦丞様も、苦渋の決断だったのです。リュウ兄様が言い出さなかったら、きっとあんな手段は取らなかったと思います」

 リュウの記憶と想いを見る中に、その一幕があった。己の命をかけて水晶封蓋を為そうとする弓弦丞に、リュウが自分を使えと進言する場面が。兄妹の命を救えるなら、と微笑みさえ浮かべて。

 「全く、オレは長兄の分際で…何も分かっておらんかった。弓を糾弾し、人を憎み、己を卑下し…ガキじゃのう、オレは」

 「見たまんまじゃねぇか。チビ」

 「なんじゃと!?」

 「ちーびちーびー」

 「ちびちび言うなデカ女!!」

 「んだとコラ!?」

 「まあまあ…」


 睨み合いを始めたショウと魔理を余所に、かおりはキッと顔を上げ、背後に炎を浮かべて高らかに宣誓した。


 「かくなる上は! この神社を弓家の名にかけて完全補修し、ショウ様方を御神体としてお祭りし未来永劫…「いやいらんから」…って、え?」

 シュウは魔理から眼を離すと、おキヌの膝の上にぴょんと飛び乗る。

 「ふえ!?」

 「オレとチリは、今よりキヌの家で厄介になることに決めた。リュウもその方が喜ぶでな!」

 「キヌ姉様…ご迷惑でしょうか?」


 おキヌはリュウの言葉を思い出す。兄と妹をよろしく、と言っていたあの言葉を。

 膝の上で、不安げな眼差しを向けてくるショウと、その後ろで同じような顔をしているチリ。

 「えっと…不束者ですが今後ともよろしくお願いします。ショウ様チリ様」

 答えは決まっています。

 「おう! どーせキヌのなんだ、神域? あれは我らの協力なしでは発動出来ぬしな! お主にとっても都合良かろう!」

 「えええええ!? そうなんですか!?」

 「はい…最低でも、兄様と私の合奏がなければ、神域にまでは至れないかと…」

 「あー、しっかし凄かったよな。あれが本当のおキヌちゃんの才能だったんだなー」

 慌てておキヌは手を振る。

 「そんな! 私も、あんな凄いことになるだなんて…」

 「キヌ姉様の力は…束ねるもの。人を、心を、想いを。音楽と霊力を重ね、想いを束ねて、開放する。個人の力だけでは到底不可能な境地です」

 「束ねるもの…私、そんな凄いものじゃないですよ…あ、あははは」

 うっとりとおキヌを見上げるチリから眼を背け、誤魔化すように笑った。

 「非常識なほど強力な浄化領域だったわ。霊力回復の効果もあったもの」

 たとえ文珠であっても、同様のものを再現するには複数個必要だろう。

 「謙遜するな! キヌの凄さは我ら兄妹が一番良く知っておる。今後も精進するのじゃぞ!」

 「は、はい!」

 ショウの朗らかな激励に、おキヌも力強く頷いた。


 「さて! んじゃあ帰るか…って夜中だな。なんだか寝れる気がしねぇ」

 「キヌ! お主の話を聞かせろ! 300年間幽霊をやっていたというアレじゃ!」

 「あ、はい。えーと、どこから話せばいいのかなぁ…」

 「キヌ姉様、お膝に上がっていいですか…?」

 「待ていチリ! そこはオレの席……分かった。分かったから篳篥を仕舞え。竹は音も良いが硬いんだぞ」

 「やっぱガキだ…」

 「!! どやかましいわツンツン頭! なんじゃその髪の色は! 猫の小便でも被ったのかデカ女!」

 「!? てめぇ人の身体的特徴ダシに笑うたぁ、性根までクソガキかコラ!? シバくぞ!!」

 「上等ではないか! キヌ! 神域発動じゃ! デカ女の腐った心を綺麗さっぱり塵にしてしまえ!」

 「ショウ様と一文字さんは似てらっしゃるわね…」


 「「どこが!?」」


 小さくも暖かい宴の席で。
 膝上のチリの頭を撫でながら。
 おキヌは懐の龍笛に、この二人の幸せを約束する。
 そしてもう一つ。


 (久遠さん。私の答えを、見せに行きますね)


 今も九音堂のステージに佇んでいるであろう久遠梓に、再会を誓うのだった。


 つづく


 後書き


 竜の庵です。
 神域登場編でした。音楽と霊力の同期。可能不可能の論議は置いといて、音楽に力がある、というのは間違っていないと思います。
 この話では無敵の超結界みたいな扱いですが、弱点だらけです。ネクロマンサーの笛による浄霊よりもずっと大変。次回ではその辺りにも触れていると思われます。

 ではレス返しを。


 亀豚様 > おキヌちゃんは人気ありますねぇ…序盤で酷い目に合わせた分、後半は幸せな方向に持っていってみました。修羅場を乗り越えてこその成長、でしょうから。あ。シロタマの存在完全に忘れてたな…いいか。良くないか。


 kurage様 > 当初は、魔理が実は小学生時代に太鼓を習っていた! 的なエピソードでも入れようかと思ってましたが。削りました。単純に場の空気をなんとかしたいと思った行動だったとお察し下さい。魔理イイ奴だな! と。満足できる結末になるかどうか…不安ですがどうぞお付き合いのほどを。


 スケベビッチ・オンナスキー様 > 黒化おキヌは市民権持ってるんですね、もう。付喪神三兄妹の設定は非常に分かりやすい形にしました。捻る頭もありませんし。SS書くのは面白いものです。お互い楽しい作品目指して精進しましょう。偉そうだな自分。スケ様の次作も期待しておりますー。


 夏の日の〜 のレス返しもこの場にて。脳が茹だった状態で書いた、雰囲気重視のお話でした。ぼーっと夏の思い出なんぞが浮かんでくれば成功ですな。


 無名様 > 日本の夏の過ごし方は、秀逸なものばかりです。肉体と精神双方の涼を求める日本人の心意気、侮れません。シロは耳年増ですね、カンペキに。もう数年経てばペットと飼い主の関係から、一歩進めるでしょうに。


 にゃら様 > 会社で残業なんかしてて、遠くに花火の音とか聞こえるのって切ないです。去年の夏は〜なんて思い出す度に、自分老けてんなおい! と実感します。


 普段ROM専様 > 「なにもしなかった思い出」も、立派な思い出。友人と過ごしたなら尚更ですな。まったりと楽しんで頂けたのは幸いでした。有難うございます。


 スケベビッチ・オンナスキー様 > 暑いよだるいよやめてよと言いつつも、夏はいいものです。読んだ後に、スケ様の夏の記憶に触れるようなところがあったなら…作者的にはにやり、でしょうか。凍り油揚げは、油揚げの中にアイスクリームを詰めたアイス稲荷と迷いました。まぁそっちも試したでしょう。タマモだし。


 ローメン様 > のんびり・まったりの表現が難しいー…因果応報でしょうか、美神は。何故かババ引かせたくなるんですよねー


 aki様 > 夏の空気を感じて頂けたでしょうか。シロは何でしょうね…人懐っこい性格でしょうから、方々で人気者になっているのでは、と思ったのです。美神の受難がすんなり受け入れられましたか…冥子と絡むとああなりますよねやっぱり。


 以上、レス返しでした。双方にレスを頂きまして、皆様有難うございます。


 次回、王道展開だな! 編です。どうぞお楽しみに…。なるべく早めに投稿したいと思います。終盤ですしね。

 ではこの辺で。最後までお読み頂き、有難うございました!

BACK< >NEXT

△記事頭

▲記事頭

yVoC[UNLIMIT1~] ECir|C Yahoo yV LINEf[^[z500~`I


z[y[W NWbgJ[h COiq O~yz COsI COze