インデックスに戻る(フレーム有り無し

▽レス始

「スランプ・スランプ!4 「神域の巫女」(第4楽章・導くは闘龍の系譜)(GS)」

竜の庵 (2006-08-04 19:40)
BACK< >NEXT


 のどかに流れていく田園風景。

 窓の前に置かれた駅弁の空箱。

 そして、寄り添うようにして眠る少女3名。

 かたんかたんと定期的に訪れる振動が心地よくて。

 疲れた体は束の間の休息を貪欲に欲しがって。

 彼女たちは目的地に至るまでの短い時間を、夢すら見ずに過ごすのだった。


 スランプ・スランプ!4 「神域の巫女」(第4楽章・導くは闘龍の系譜)


 おキヌの手先から包帯が取れて、ようやく自分でえんぴつが持てるようになった頃。
 放課後の教室には、図書室での調べ物が思うように進まずため息をつくかおりと、情報収集という苦手ジャンルの作業に疲れきった魔理とが、揃って机に上体を沈めていた。


 「少し………甘くみていたわ…この学院の蔵書量…」

 「頭と目と腰が…いてえよ…」


 おキヌの助けとなるべく、二人は連日放課後になると図書室に篭って音楽関係の霊障事例を洗っていたのだが…流石は六道家のデータベース。洋の東西、過去現在を問わず膨大な量が保管されていた。

 「結局、氷室さんの助けになるような事例は見つかりませんでしたわね…」

 「いやこれムリだから…素人じゃ探しきれねぇって…」

 一応、司書の女性にも応援を頼んだのだが、事が霊能であり、二人の説明が多分に専門的になってしまうため、逆に困惑させてしまった。どんなにオカルトの認知度が上がっていても、まだまだ特殊なジャンルなのは仕方ない。

 「力になると決めたのに。これではいけませんわ!」

 「お、おう! 結局ネクロマンサーの笛も在庫切れだったし、さっさと解決の糸口みたいなもん、見つけねぇと!」

 「こうなっては仕方ありません。私、お父様に相談してみます」

 かおりのプライドは、以前と同じく高潔だ。が、頑なに孤高を気取っていた去年までと違い、頼るべき相手には頼るし、敗北したならそれをきちんと受け入れられる度量を手に入れていた。
 その心を得られたきっかけとなった、大切な親友の一大事である。親でもなんでも頼ることに何の不満があろう。

 「弓ん家、でっかいお寺さんだもんな…おキヌちゃんも神道系だし、なんか分かるかも知れないよな」

 「大雑把な括りね、一文字さん…聞く人が聞いたら怒られますわよ」

 「いーじゃねえか。どっちも神様だろ」

 「あなた本当にGS目指してるの…というかほんとに日本人…?」


 「お待たせしました! ケーキ、切ってきましたよー!」


 不毛な言い争いが始まりそうだった雰囲気を、その声がかき消した。

 「お! 待ってました! おキヌちゃんの作るお菓子、異常に旨いからなぁー」

 「もう手の怪我は大丈夫なの?」

 教室にぱたぱたと駆け込んできたのは、両手にそれぞれケーキ皿を載せてきたおキヌだ。

 「はい! 保険の先生にお墨付きをもらいましたよ。はいこれ、今日はブルーベリーのタルトを作ってみたんです」

「おおおお! すげぇ! 店みたいだ!」

 きっちり120度ずつに分けられたそのケーキは、タルト生地の上にブルーベリーが散りばめられイチゴのゼリーが上がけされた、女子高生まっしぐらなオーラを放っている。魔理の喉がごくりと鳴るのも仕方ない。

 「あら、二人分?」

 「あ、先に食べててください。調理室に置いてきちゃったので」

 「もう、だから私も行くと言ったのに…なら、戻ってくるまで待ってるわ。いいわね、一文字さん?」

 「ええええ!? あー…しゃあねえよなぁ…おし、あたしが取ってくるよ。おキヌちゃんは座ってな!」

 言うが早く、魔理は椅子を蹴って廊下へ駆け出した。据え膳を前に耐えるよりはマシだと思ったんでしょう。

 「あ、一文字さん! ついでに調理室のカギも掛けてきて下さいー!」

 おっけー、と遠ざかる声におキヌは苦笑する。

 「お二人ともお疲れでしょうから、目にいいってお昼の番組で言ってたブルーベリーにしたんですよー。お口に合うか心配ですけど」

 そう言ってプラスチックのフォークをそれぞれの皿に置くおキヌ。かおりはその動作に目を走らせ、傷が本当に完治しているのか見定めようとする。


 ネクロマンサーの笛が砕けた時。
 溜め込まれていた霊力が笛のかけらを一時的に呪物化し、おキヌの霊体にも僅かだがダメージを負わせていた。おキヌが運び込まれた病院では霊障に対する備えが無く、霊的治療が行えたのは、おキヌが遅刻してきたあの日になってからだった。
 かおりがそのことに気づかなければ、今頃おキヌの両手は霊的な不具合に見舞われていたかも知れないのだ。

 「……ん、大丈夫のようですわね。霊的格闘術とか、その辺の授業はまだ見学ですけれど」

 「うー…でも鬼道先生にもそう言われたからなぁ。大人しくしてます」

 「当然です。それはそうと、氷室さん。今日はこれから私の家にいらっしゃいな」

 「え、弓さんのお宅ですか? どうしたんです?」

 「我が家は先祖代々、由緒正しき弓式除霊術を継承してきました。恐らくは昔の除霊事例などの資料もあるでしょう。お父様にお願いして、それを見せてもらいます」

 「でも、私なんて部外者がそんな大切なものを…」

 「大丈夫。事情をきちんと説明すれば、お父様も納得しますから」

 「すみません、弓さん。なんだか頼りっぱなしで…うひゃ!」

 頭を下げそうになったおキヌの額を、弓は以前同様に平手ではたく。

 「いい加減、謝るのはやめなさい。私達は友達なのですから。今度謝ったら水晶観音でデコピンするわよ?」

 「それは痛そうー…はい、分かりました。ありがとうございます、弓さん」

 額を押さえつつも笑顔のおキヌ。滅多に言わない冗談に、かおりも頬を少しばかり朱に染めている。


 「へいケーキ一丁お待ちっ! 危うく廊下で食べちまうとこだったよー」


 息を切らせて戻ってきた魔理は、くすくす笑いあっている二人を不思議そうに見つめたが、まぁ、いつもの光景で。気にせずケーキ皿をおキヌの前に置いて、フォークを手に取った。

 「さあ食おうぜ! 走ったら腹減っちまったよ!」

 「全く、ケーキは逃げないでしょうに…」

 「弓が食っちまうかも知れなかったろ」

 「何ですって?」

 「何だろーなー」

 「まあまあ…」


 3人で顔を突き合わせて。
 笑い合って。
 おキヌは心底から、生き返った喜びを体感していた。
 恋人や仲間は大切だけど。
 親友と過ごす時間の、この暖かさといったら…
 宝石のような時間。
 おキヌはどこかで聞いたその言葉が真実であることを実感する。あっという間に過ぎてゆく時の、なんと勿体無いことか!


 「食べないのか? おキヌちゃん。すっげぇ旨いよコレ!」

 「ブルーベリーの酸味を引き立たせるこの絶妙な甘さ加減…ああ、感動ものだわ」

 「食わないんなら、あたしが貰っていいよな! おキヌちゃんダイエット中かも知れないし!」

 「ちょっと一文字さん! ダイエットどころか絶食が必要なのは貴女じゃなくて? この前の身体測定の結果を見て肩を震わせてたのは、体重が増え…」

 「ぐああああああああ! ヤな事思い出させるんじゃねえよ弓! お前だって胸囲がどうとか言ってたじゃねぇか!」

 「なぁぁぁぁ!? 一体どこで聞いてたのよ! 別に胸の大きさが足りないなんて思っていなかったりそうだったり!?」

 「あーはいはい。弓は伊達さんの好みが気になってんだろ? そのうちタイガーに確認しといてやるよ。胸がでかいほうがいいのかってさ」

 「余計なことはしなくて結構! あいつの好みは熟知してますから! 現状維持で十分という調査結果は織り込み済みよ!」

 「ハッ! んな温いこと言ってると、横からかっ攫われちまうぞ? 最近きちんと連絡とってるか? プライベート用の携帯番号教えてもらってあんだろ?」

 「当然ですわ。ただ世界中飛び回ってるから充電し忘れが多いだけよ。前に話したらコネクタの規格が合わないとかなんとか」

 「おお? なんか言い訳っぽいな伊達さん。意図的に電話切ってるんじゃねぇの?」


 「…………………………………………」

 宝石のような時間……


 「仕事用の番号も知ってますから、問題なしですわ」

 「タイガーも携帯持たねぇかなぁ…十分賄えるくらいの給料貰ってるはずなんだけどなー」

 「あら…もしかして、本当は持ってるんじゃなくて? 一文字さんに教えてないだけで。あらあら、私の心配している場合じゃなくなったわね?」


 「…………………………………………………二人とも…

 宝石の…よーな……


 「あたしは会おうと思えばいつでも会えるからな。タイガーもその辺分かってるし、嘘がつけない性格だからなー…ちょいとつつけばボロが出るはずだぜ。今んところ必要ないけどな」

 「ふ。お互い、手綱の締め具合は完璧なようですわね」

 「へ。いつまでも初心なままじゃあ、面白くないからな」


 いつの間にか、おキヌの皿は空になっている。
 そして、怪我の癒えた両手に構えられるは、2本のフォーク。


 「「あ」」


 神速でもって、そのフォークは甘いタルト(およそ3分の1程度の残量)2つを串刺しにし。
 ぱくり、と。
 おキヌの口内へと運び去りました。


 「ああああああああ!? おキヌちゃんが狼藉を!?」

 「神速どころか縮地の如き早業!?」


 「二人とも、彼氏自慢は他所でやってください!!」


 あっという間にタルトを平らげたおキヌは、頬を膨らませて抗議するのでした。


 宝石の時間は、空になった皿を呆然と眺める二人を置いてきぼりにして、虚しく過ぎ去っていく…


 先祖代々、強い霊力でもって魑魅魍魎の類を調伏してきた家系と言うのは、その記憶を魂に色濃く残しているものだ。
 かおりの実家、闘龍寺もまた連綿と続く退魔の魂を宿した家柄だった。


 「さ、お上がりになって。私の部屋へ案内しますわ」

 「…普通の家だな」

 「普通のお宅ですねぇ」

 実はおキヌと魔理の二人も、闘龍寺に来るのは初めてだったり。

 「あたし、てっきりこう…門柱には龍が絡み付いてて、僧形に薙刀構えたおっさんが二人で門番とかしてるのかと」

 「私も知り合いの神族様の修行場みたいなものを想像してましたー」

 「貴女たち…私の家を何だと?」

 一般的な日本家屋の玄関に通された二人の反応に、かおりの口元が引き攣る。
 ともかく、きょろきょろと落ち着きのない二人の背中を押して、自室へと案内した。

 「はー…畳だよ。和室なんだな弓の部屋…」

 「落ち着きますねー」

 女子高生の部屋とは思えないほど落ち着いた佇まいの室内は、藺草の香りとうっすらと焚かれたお香の香りも相まって…

 「仏間みてぇ」

 「あは、あははははははは……」

 魔理の感想は、至って簡単だったがシュールであった。よっこいしょ、と畳の上に胡坐をかく様は意外に似合っている。

 「今お茶をお持ちしますから。一文字さん! そこ探らない!」

 文机ににじり寄り、引き出しに手をかけていた魔理をかおりは一喝。

 「全く…氷室さん、あの馬鹿を見張っててちょうだい」

 「あはははは…分かりました」

 部屋の主が出て行った途端、魔理がまた周囲を探り始めるのを、おキヌが咎める。雪乃丞とのツーショット写真なんかを見つけたときは、揃って黄色い嬌声を上げましたが。それは文机に堂々と飾ってあったので、問題ありません。

 「アツいねぇ、弓の奴も。…あー、横島さん達、まだ帰ってこないんだっけ?」

 「……はい。もう2ヶ月経とうっていうのに、連絡もありません。あはは、流石に心配になってきました」

 「どうしちゃったんだろうなぁ…まぁタイガーにもどっかで会ったら教えろって言ってあっから、そのうちひょっこり帰ってくるって!」

 「はい、有難うございます。一文字さんと弓さんがいてくれなかったら、私きっと潰れてたかも…」


 美神達が消えてから、二人は頻繁に事務所を訪ねてくれたり遊びに誘ってくれたりと、本当におキヌのために動いてくれていた。どれだけ助けになっているのか、もうおキヌには想像も出来ない。


 「へへ。不謹慎だけどさ、あたしはちょっと嬉しいんだ。おキヌちゃんとこうやってわいわいやれる今の状態が、さ。泊まりに行ったり、遊びに来たり。中学ん時のツレはそういう感じじゃなかったし、おキヌちゃんと知り合ってからかな、ガッコが楽しくなってきてたのは…」

 魔理の中学時代は、典型的な不良のものだった。他校の不良と喧嘩に明け暮れ、縄張りだなんだと下らない理由で争いを続けて。
 自分に霊能力があると分かり、かおりという目標のような存在にも気づいてからは少し大人しくなったが、卒業まで魔理の周囲には親友、というものは存在しなかった。


 「恩返し、してぇんだよ。あんなんだったあたしを、おキヌちゃんと弓はダチだって言ってくれる恩をさ」

 照れたように笑う魔理を見るおキヌの顔には。


 「う…うえ、うえええええええ…」


 「ええええ!? おキヌちゃんなんで泣いてんだよ!? あたしなんか酷いこと言った!?」

 大粒の涙がぽろぽろと流れていました。


 「ふええええーーーーーーーん一文字さぁーーーーーーーーーーん!!」


 「んどあっ!」

 感無量とばかりに魔理に飛びつくおキヌ。畳に頭を打ち、魔理の口からヘンな声が出てしまう。

 「私、ほんとにほんとに一文字さんとお友達になれて良かったですよぅ…」

 畳に寝そべり、しがみ付いて泣くおキヌを腹の上に載せたまま、魔理はその頭を撫でて、ちょっとだけ涙を滲ませる。…後頭部が痛むのもありましたが。

 「大袈裟だなぁ…全くよ」


 「はい、お茶が入りましたわよ…って」


 お盆にお茶と羊羹を人数分載せて、かおりが帰ってきた。床に転がる二人を見て、やれやれとため息をつく。

 「ここここれは別にあたしが泣かしたわけじゃねぇぞ!? いや泣かしたのか!? いや殴ったりしたわけじゃ!?」

 「…一文字さんも泣かせたのね。はいはい、どうせ氷室さんが『私幸せです』的な事を言って飛びついてきたのでしょう。なんだか最近のこの子、幼くなった気がするわ」

 年の離れた妹を見守るような、かおりの苦笑。達観気味とも言いますね。

 「ふええええええ……」

 「ほらおキヌちゃん、そろそろ起きようぜ。弓があまーい羊羹持ってきてくれたぞー」

 あやすように背中を叩き、魔理も慣れない姉役を演じてみるが、どうみてもヤンママです。

 「ほらほら、熱―いお茶もあるぞー」

 そうして小一時間、三人は本来の目的を忘れて談笑してしまうのだった。 ザ・本末転倒。


 「お父様にお願いして、『退魔除霊乃史巻』を一揃い、借りてきました。だいたい過去七代分の歴史は網羅されているはずです。手分けして洗い出しましょう」

 「うげ、すげぇ達筆…読めるのかコレ…」

 「毛筆なんですねぇ…なんだか懐かしいです」

 どさどさどさ、とかおりが置いたのは十数巻の巻物だ。かおりが言うに、闘龍寺代々の当主が祓ってきた霊障事例が纏められているらしい。六道家には及ばないが、弓家も由緒正しい霊能筋だ。資料価値は申し分ない。

 しばらく内容の吟味を続けていると。

 「……氷室さんの霊能って、死霊使いで間違いないのかしら?」

 唐突に、かおりが尋ねてきた。

 「え、はぁ…たぶんそうです」

 「ふむ……貴女はやはりネクロマンサーでありたいの?」

 「え? はあ…それは…ええと」

 「私は思うのですけれど…氷室さんにネクロマンサーの才能がある、と判断したのは、過去300年に渡る幽霊としての実績があり、誰よりも霊の気持ちを理解できるから。間違いない?」

 巻物を閉じて、かおりはおキヌのきょとんとした頷き顔を見る。

 「それは本当に才能かしら? 幽霊を3世紀以上に渡って続けていたら、否が応にもその辺りの呼吸は身に付くのではなくて?」

 「どうなんでしょう? 私、知り合いに同じ境遇の方がいないので…」

 「いやいや。おキヌちゃんの境遇ってすげぇレアだから。多分、世界中探しても見つからないって」

顔の前で手をナイナイ、って感じに振る魔理。

 「ネクロマンサーの才能とは、確かにとても珍しいものです。通常の人の身で発現することは奇跡に近い。でも、氷室さんは通常とは違う方法でその才能を会得したのではないのかしら」

 「何が言いたいんだよ弓」

 「私が言いたいのは、氷室さんの才能は別にあるのではないかという事です」

 「私に…違う才能が?」

 ネクロマンサーになるために必要なのは、一にも二にも霊と心を通わせる事だが、一朝一夕で身につく能力ではない。才覚ある人間が数十年をかけてようやく…、というほどに難関だ。
 おキヌの場合、自身が幽霊であったことに加え、後年になってからの美神達との交流が、その霊的ポテンシャルの増加に拍車をかけていたとも言える。

 「幽霊であった時間はイコール死霊使いであるための修行期間。そう考えれば300年という月日がネクロマンサーの才能を会得するに十分なものである、と理解できるわ」

 「???」

 「ええと…つまり、私がネクロマンサーであるのは、才能じゃなくて違うもの、だと?」

 「その通り。本来はあり得ないはずの奇跡、『天賦の才の後天的会得』。私の推理では、氷室さんの死霊使いの能力とは、才能ではなく技術です。貴女がそうと知らずに努力して得た、ね」

 魔理が頭を捻り捻ってもうすぐ一回転しそうになって、ようやく、はたと手を打つ。

 「つまり! おキヌちゃんの本当の才能はネクロマンサーじゃねぇってことだ!」

 「その可能性もある、という話よ。で、さっき見つけたのがこれ。先代の闘龍寺当主、まぁおじい様なのだけど。先代が祓った妖怪の中に、こんなものがいたの」

 どれどれと二人はかおりの指差す部分を覗き込む。流麗な筆遣いで書かれた一文には、こうあった。


 『…付喪神通じて朗々たる調べ轟き、件の妖を封ず。魔物、その名をしきはみと名づけるものなり』


 「しきはみ…? これが音楽と関係あるのかよ?」

 「朗々たる調べとあるでしょう? 恐らくは、音に関連した何かでもって、このしきはみという妖怪を封印したのよ。もしかすると、ネクロマンサーの笛のような効果がある霊具かも。氷室さんの助けになるかも知れないわ」

 「おお! いいじゃんそれ!」

 「付喪神…確か、長い年月を経た器物が意思を得て変じたものですよね。付喪神通じて…? 先代さんは、付喪神を仲間にしていたのでしょうか」

 「おじい様は既に鬼籍に入っていて、話を聞くことは出来ないけれど。氷室さんの新しい可能性を見つけるきっかけにはなるんじゃないかしら」


 六道女学院のデータにも、オカルトアイテムらしい楽器で魔を祓う事例はあった。だがそのどれもが補助的なもので、笛の音で直接悪霊を成仏させるようなものには出会えなかった。ネクロマンサー能力の特異さが際立つお話である。
 …まぁぶっちゃけ、データの余りの多さに音を上げたのも事実です。データは読み物ではないので、飽きるのも早かったり…魔理の手前、口には出しませんが。


 「しきはみという妖怪が現れたのは…ふぅん、そんなに遠くないわね。氷室さん、一文字さん。明日の夜、ここに行くわよ! 久遠梓がいつ悪霊と化すかも分かりませんから、行動は迅速にいかないとね」

 今日は木曜日なので、明日の授業を午前中で抜ければ十分に行動時間は取れる。力強く、おキヌと魔理は頷いた。

 「何があるか分かりませんから、きちんと装備を整えるのよ? 特に一文字さん! 角材なんて持たず、霊木で出来た木刀くらいは準備しなさいな!」

 「んなもんすぐに用意できるか! って…ガッコのやつ借りればいいのか。鬼道先生に言えば貸してくれるかな…」

 霊的格闘術の授業で、武器戦闘の際にいつも使っているのがそれだ。霊刀としての位は最低ランクだが、その辺の角材よりは数段マシである。

 「私はー…もう笛は無いし…どうしたらいいかな」

 「あなたは心構えをきちんとしておくこと。それだけでいいわ」

 「心構え…ですか?」

 「私の推論が正しければ、何かの拍子に貴女の本当の才能が開花するかも知れない。現場で何が自分の身に起きても、冷静に対処できる気持ちを作っておいて」


 何にでも『認識』は大事だ。
 認識は鍵であり、扉であるという言葉もある。おキヌは今、ネクロマンサーではない自分の可能性について認識した。納得できる理由も添えて。
 久遠梓の浄霊という目的は大切だけれど、おキヌ自身がGSとして成長することもとても大事なのだから。
 ゴーストスイーパーとして、彼女はいずれ独立する日が来る。美神や横島に頼りきっている自分と決別する時が。
 その時になって、頼れるものが自分の中に無かったら…それでは同じだ。
 自ら望み、求め、手に入れ、育んで。
 どんなときにも胸を張って全てに相対出来る、そんな力がおキヌにもあるのだと信じたい。
 親友達の思いにも答えたい。

 おキヌは『認識』を改めた。

 今までの自分に足りない力を、貪欲に求めようと決意した。そのために…

 (久遠さん。誰のためでもない、私自身のために…必ず浄霊してみせます)

 心から誓うのだった。


 ここでようやく、舞台は冒頭へと。

 列車に揺られ、おキヌ達3人が辿り着いたのは、とある県の無人駅であった。風景の多くは田園であり、人の姿はまばらだ。

 「はー…空気の良いところですねぇ」

 「ド田舎って感じだよなー」

 「資料によると、目的の神社はあの山の山頂です。急げば日暮れまでには登れるでしょうね」

 「うへー……タクシーとかないのかよ」

 タクシーどころか、自家用車も通りません。

 「トラクターでもレンタルしたら?」


 駅から山へは、非常に見通しが良かった。大きな建物もないので、山の麓へと続く細い道がホームからでも確認できる。

 「ここら辺一帯の、守り神様なんでしょうか。あの小山に祭られてる神様は」

 「土地神の一種らしいですけれど…土着信仰の無名な神様のようですね。今はもう廃れて、参拝客も訪れることはないそうですわ」

 手帳を確認確認、かおりは答える。

 「妖怪一匹追い払えないんだから、たいしたことねぇんだろうなー」

 「一文字さん、言いすぎですよ」

 特攻服に身を包んでいる魔理の姿は、田舎の風景からあからさまに浮いてます。背負った荷物から木刀の柄が覗いているのも、輪をかけて恐ろしげ。


 駅から見ていたより、その山は小さかった。ただ、鎮守の森らしい麓の小さな森の中から延々と上り階段が続いているのには、魔理でなくとも辟易ものだったが。
 3人共万が一に備えた除霊道具を抱えているため、足取りは重い。体力勝負の部分もあるGSを目指す身とて、辛いもんは辛いのです。山頂の社に到着した3人の息は絶え絶えになっていました。


 「うっわー…すげぇボロじゃねえか」

 「もう随分と放置されてるみたいですね。弓さんのおじい様が訪れた頃はどうだったんでしょう…」

 本殿の建物、といっても建物はそれ一つしか見当たらないのだが。本殿の崩壊しかかった扉を潜り、中を覗くと蜘蛛の巣が縦横無尽に張り巡らされた、荒れ果てた様子が窺えた。御神体だけは移動されたのか、床に動かした痕跡が見て取れる。

 「予想以上にひどい有様ね…まぁ、夜露はしのげるでしょうけど」

 かおりは眉をしかめて呟く。
 ぴくり、と魔理が反応してかおりに振り返った。

 「ちょっと待て。まさか、ここで一晩明かすなんて言わねぇよな? あたしが背負わされたでっかい荷物が寝袋だったとか言わねぇよな?」

 「あなたねぇ………GSになったら、現地調査で廃屋に数日間缶詰になるなんて、普通にあることなのよ? ちらっと中を見てハイ終わり、って子供の使いじゃないのだから」

 「ぬわぁぁーーー! 本気だこのオンナ! ちょ、おキヌちゃんはそれでいいのかよ!?」

 「蚊取り線香とレトルトの食べ物は私が持ってきましたー!」

 「うああああ!? 準備万端じゃねぇか! おいコラ弓、なんであたしにだけ野宿すること伝わってねぇんだよ!」

 「氷室さんは私達よりも実戦経験が豊富なのよ。暗黙の了解です」

 「くーーっ…くそ、分かったよ。こちとら野宿が苦痛なお嬢様じゃねぇんだ! 屋根がありゃあどこだって寝れるさ」

 「寝ませんわよ?」

 「へ?」

 「なにか起こるのなら夜ですし、さっき電車の中で仮眠は取ったでしょう? 除霊合宿の要領ね。まぁ念のために寝袋は人数分用意してきましたけれど」

 「………………マジデスカ」

 がくり、と肩を落とす魔理。

 「そんなことより、まずは実地検分よ。おじい様は魔物を封印した、と記してあった。まずその封印を探すのよ」

 「封印した場所とか書いてなかったのかよ、あの巻物。普通書くだろ」

 「あなた方に見せたあの書は、只の記録。いつ誰がどこで何を退治しました、っていうね。もう少し突っ込んだ内容のものは、流石に許可が取れなかったわ。弓家の内情も分かってしまうから」


 悔しそうに、かおりは言った。本当なら全ての資料をみんなで探したかったのだが、弓の父、闘龍寺現当主の許しが出た資料は半分にも満たなかった。
 弓式除霊術は一子相伝の秘奥。水晶観音に限らず、手法の多くを独自の方式に頼っている。封印式一つをとっても、おいそれと他人に見せるわけにはいかない。それが父の言い分であり、全くの正論であった。


 「全く、頭の固い! お父様がこれだから、あいつを紹介も出来やしない!」

 かおりの怒りのベクトルは、少し私的でした。
 父の言い分が次期当主の最有力候補であるかおりに、覆せるわけもなく。

 「こうなったら、自力で探すしかありません。弓式封印術の基礎は私も学んでいますから、手がかりさえ見つければ辿ることは可能なはず! そこから付喪神や音についてのくだりも、引っ張り出してみせますわ!」

 自分の至らなさで、きちんとした資料検索が出来なかった。かおり一人なら詳しい資料を見ることも出来たが、それでは意味がない。おキヌがそれを知ったら、また謝らせて、下を向かせてしまう。
 だから皆で。
 皆で、進むのだ。
 その結果、かおりが貧乏くじを引こうが、構うものか。率先して動き、引っ張り、このチームのリーダーとして全ての泥を被ってみせよう。
 かおりの決意は固かった。

 「さぁ二人とも! とりあえず掃除から始めるわよ! 壊れた建具やなんかは一旦外に出して。封印の破損も考えられますから、慎重にね!」

 ぱんぱんと手を打って、かおりは指示を出し始める。魔理は仕方ねぇとばかりに。おキヌに至っては荷物から割烹着と三角頭巾を取り出して身に着けた。こうなることを見越して準備してあったらしい。

 「弓さん、張り切ってるなぁ…私も頑張らないと」

 「言いだしっぺが働かないでどうすんだっての」


 そうして、半世紀以上も放置してあった社の埃が、倦んだ空気と共に掃き出されていくのだった。


 『ダレカキタ』

 『キマシタネ』

 『ユミケカ』

 『ユミケノカタナラ、コノフウインヲトケマス』

 『トイテミセル。フタタビトモニアルタメニ』

 『マタイッショニ…?』

 『マタイッショニ…』


 小さいとは言っても一柱の神を祭っていたお社。学校の教室程度の広さはある。
 痛んだ床や壁に気を配り、壊れた扉や天井の破片を掃き出して。封印にも注意しつつの作業は予想以上に気力体力を使った。
 特にかおりと魔理は疲労困憊し、当初の予定とは違うが交代で仮眠を取るとこにしていた。

 「ふふ…弓さんも一文字さんもお疲れ様でした。あとは私が見張ってますから…」

 おキヌは寝袋に包まって眠る二人に頭を下げ、月の照った夜空の下、社の外に出て周囲を見回した。

 「うわー…すごい星空。氷室の実家みたいー…」

 真っ先に見張りを買って出たのはおキヌだ。渋る二人を寝袋に押し込み、蚊取り線香を仕掛けて。
 自分の分まで働いてくれた二人が、よく眠れるように。
 交代とは言ったが、おキヌに熟睡している二人を起こす気など毛頭無かった。

 「これくらい、私がやらなきゃ。お二人に悪いです」

 まだ時刻は真夜中には程遠い。早寝のおキヌでも、起きている時間。

 「はー…ほんとに凄い星の量。なんだか、BGMとか欲しいかも…」

 見張りというより、天体観測ですが。
 ぽけーっと夜空を見上げているおキヌは呑気な感想を呟く。


 …済んだ笛の音が辺りに鳴り響いてきたのは、このときだった。


 「うわー…綺麗な音色。大きいのに、うるさくない…」

 おキヌはうっとりと両手を胸の前で組んで聞き入る。

 「なんというか、夜空に似合う音…でも…あれ? なんだか…」

 その音色に物足りなさを覚える。具体的には捉えられないのに、音に欠けているものを『感じる』。

 「なんだろう…この感覚。…って霊圧!? いけない! 二人を起こさないと…!」


 『オマエ、ユミケノモノカ』

 「ふえ!?」

 『オマエハユミノイチゾクカトキイテイル!』

 「えええええええええ!?」

 音に被せるようにして聞こえてきた声は、まるで子供のようだった。
 声の出所は…


 「え?」


 おキヌの足元。
 蓑のようなものを被った小さな影が、彼女を見上げている。


 『オトウトノフウイン、トイテモラウゾ!』


 怒りの篭った声は、瞬く間におキヌの視界をその小さな影で埋め尽くした。


 つづく


 後書き


 またオリキャラかよ! 竜の庵です。
 弓かおり編でしたねぇ…そんなつもりは無かったのですが。
 闘龍寺の設定は完全にこのSS内でのものです。今後もそれっぽい事を書くかも知れませんが、許して下さい許して下さい…ッ

 ではレス返しを。


 kurage様 > 女華姫様のアクションは、地元村民にはデフォルトなのであんまり驚きません。おキヌの今後も含め、ばら撒いた伏線が機能しているのか…不安材料だらけですな。今シリーズでは未成年者ばかりが動くのでー…泥を被るのは西条のようなオトナになるでしょう、と言っておいてみたり。


 柳野雫様 > いやいやいやいや。柳野様のレスはスランプ1の頃から頂いていて…こちらこそ恐縮なのです。えー美神ならともかく、おキヌちゃんを怪我させるのは嫌でしたよぅ…痛々しいことこの上なかったです。反省。健二が強い人間かどうか、判断は保留って感じです、作者の中では。酷い目に遭った人間がどうなるか…うふ。六女ズはいいお友達ですね。高校時代に作った友人は死ぬまで友人らしいですし。西条…うん。まぁどっかで救済されるでしょう。多分。きっと。


 亀豚様 > おキヌちゃんの幸せは個人の幸せでは留まらないでしょうね。あんだけ周囲の人間に恵まれているんですから。横島のことは、恐らく自分の体を氷壁から救い出してくれた恩人…程度でお茶を濁したのではと。親友二人にはともかく。あ、西条はすんごい迷惑かけてますよ(断言)。嫌いなキャラじゃないですが、何故か彼はそういう役回りになってしまうのです。代替できるキャラもいませんし。南無―。


 sigesan様 > 始めまして。楽しんで頂ければ本望であります。えー、仕事の依頼、と書いてますがきちんと契約して報酬を頂く仕事にはなっておりません。ボランティアみたいなもんです。じゃないとおキヌも友達に話したりしません。健二にしても、久遠梓がピアノ振り回して暴れるようなモンだったら…流石に現役女子高生には頼まなかったでしょうね。静かで穏やかな浄霊、という印象だったからこそおキヌに全部托したと。美神には…拳骨くらい落とされるでしょうなぁ…


 スケベビッチ・オンナスキー様 > おキヌちゃん効果。刺々しい空気を丸くほんわりとさせてしまうアレですね。確かにそうなのかもー…。保険医のくだりを書いてる時点では、机少女のことはこれっぽっちも考えてませんでした。そういや似てたかぁ。オカGの正確な人員数が知りたいですな。実態把握には材料が足らんくて。GS美神の世界は基本的に報われる世界と、作者は考えております。頑張れば皆幸せ、という訳ではなくて頑張った姿を必ず誰かが見てるって感じでしょうかー…うん、纏まってないな! これからも感想の送りがいのあるような作品を投稿できれば幸いです。


 以上、レス返しでした。皆様有難うございます。


 次回、今回がかおり編だったので…編です。折り返しました。もうしばらく、お付き合い頂ければ、と。
 番外編も書いております。思いついたネタは書かないと勿体無い…貧乏性なので。

 ではこの辺で。最後までお読みいただき、有難うございました!

BACK< >NEXT

△記事頭

▲記事頭

e[NECir Yahoo yV LINEf[^[z500~`I
z[y[W NWbgJ[h COiq@COsI COze