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「スランプ・スランプ!4 「神域の巫女」(第3楽章・言葉、星霜を越えて)(GS)」

竜の庵 (2006-07-31 21:08)
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 ぴーーーーーっ

 ぴぃぃーーーーーっ


 …おキヌお姉ちゃん、それなにー?

 これはね、草笛っていうのよ。綺麗な音でしょう?

 僕にも吹ける?

 ふふ、どうかなぁ?

 僕もぴぃーって鳴らしたい! おキヌお姉ちゃん教えてよぉ!

 はいはい。じゃあほら、葉っぱを取っておいで。あの木の葉っぱがいいわね。

 取ってきたー!

 じゃあこうやってお口に当てて…

 ぴぃーーーーーーーーー

 わ! 鳴ったよおキヌお姉ちゃん!

 良かったね。チヨちゃん達にも教えて、みんなで一遍に鳴らすと綺麗かな。

 うん! じゃあみんな呼んでくるね! 待っててね!

 転ばないようにねー!


 ………ああ。

 これは…生き返る前の記憶だ。300年前の記憶。

 そういえば、村の子供たちを集めて、色々な野遊びを教えたものだ。

 草笛も、その中にあった。ぴぃーーっと鳴る、それだけのものなのに、あの子たちは凄く喜んで、楽しんで…

 『音』と『音楽』…笛の音と…ピアノの音…

 草笛を鳴らして遊ぶ子供たちの笑顔の輝き。ぴぃー、ぴぃーと『音を楽しんで』いる。

 ふと見ると、手元にはネクロマンサーの笛が。

 おキヌはゆっくりと笛を唇に添えると、今までと同じように吹き鳴らし始めた。

 草笛が止んだ。子供たちの視線が、おキヌに向けられた。

 今にも泣きそうな目で、おキヌを見つめる。

 だが実際に泣いていたのはおキヌの方だった。泣きながら、必死になって笛を吹いていた。

 草笛のように、子供たちは笑顔を見せない。教えてくれとせがむ者もいない。

 子供たちが、一斉に草笛を鳴らし始める。

 ぴぃーーーーーーーっ

 かしゃん、とあっけない音と共におキヌの笛は砕けた。

 ああ…もう、なんにもないや。

 おキヌは、切なげに鳴り続ける草笛の音色を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。

 もう、何の音も聞こえてはこなくなった。


 スランプ・スランプ!4 「神域の巫女」(第3楽章・言葉、星霜を越えて)


 その地にあだなす魑魅魍魎の類を、強力な結界や札によって拘束し、しかる後に社や塚でもって封印を為す。
 強力な妖異を封じ込めた『封印の地』というのは、意外と多い。
 日本で有名なのは、なんといっても金毛白面九尾の妖狐を封印していた『殺生石』だろうが、そこまでメジャーなものはともかく。
 人知れず封印され語り継がれる事なく伝承から消えていった封印の地は、都心周辺に限っても少なくない。
 オカルトGメンの仕事の一つに、そういった『失伝の封印地』の把握確認がある。この国は狭い国土に豊潤な大地の力が満ち満ちているため、良くも悪くも強大な力をもつ異能が現れやすかった。人も、妖怪もだ。

 おらが村に強い妖怪が現れたー、どうすっぺー。
 じゃあ隣村の山本先生に退治してもらおうっぺー。
 やあやあこの山本が村を襲う大牛の化け物を封印してくれようはい封じましたー。

 みたいな。
 つまり、強力な化け物が現れても上に相談するまでもなく、近場に高い実力を誇る祓い師、退魔師が存在するので大事にならない。ちゃっちゃと封印して終わり。
 現代になって、こうした封印が間違って解かれる事態は極力避けたい。そのための把握確認なのだ。
 それに。
 以前に、死津喪比女という大妖の封印を見逃していた事も問題視された結果だ。同様事件の再発予防のためにも、オカGは踵をすり減らさなければならない。

 世界中を襲ったアシュタロス事変の後、オカルトGメンは大幅な増員を行ったのだが、何故か日本支部への実戦要員の補充は皆無だった。
 理由の一つは、件の大霊障を収拾したのが他でもない日本のGSであったということだ。優秀なGSが揃っている日本に、只でさえ人員不足で悩んでいるGメン本部は『民間GSとの密な連携を欠かさないように』、との文書一枚のみを日本支部に送りつけ、関係者の額にでっかい井桁を生み出した。
 その後も日本支部の再三の要請にも関わらず、本部は増員を渋り続けている。恐らく大霊障に関われなかった諸外国からの、やっかみやらしがらみもあるのだろう。オカG日本支部の発言力が上がったことに対する、だ。ビバ・組織の恥部。


 で、何を言いたいかとゆーと。


 「ああもう何だってこの僕がこんなフィールドワークまでやらされるのかね…」

 鬱陶しい長髪と、今は見る影もない高級ブランドのスーツに、革靴。

 「伝承収集なんてしてる場合でもないだろうに…というか、地元の警察署に頼んだほうが百倍効率的だと僕は思うのだがね」

 ぶつぶつ愚痴を零しつつ、二枚目な風貌に無精ひげを生やした西条輝彦は、山道をえっちらおっちらと歩かされていた。

 「本来なら新人の仕事だよ、これは…」

 いませんけどね?

 「分かってる、分かってるよ…くそ、本当なのかね、あのじいさんの言っていた話は…無駄足だったら本気で報われんな」

 西条は山麓の小さな町で聞いた、『金切り声を上げる牛鬼』の話を思い出していた。

 「回想してる暇があったら、足を動かせってな…全く…」

 尚も愚痴りつつ。
 西条は木の根道を登り続けていた。


 「ご迷惑をおかけしました、宮下さん。私の力不足で、あなたにまで危険が及んでしまって」

 美神除霊事務所、応接室。
 ソファに腰掛けている健二に、おキヌは深々と頭を下げていた。彼女の両手は包帯に覆われ、指を曲げる事も出来ないでいる。頬には絆創膏も貼ってある。

 「いえ、こちらこそ無理なお願いで怪我をさせてしまった上に、商売道具まで…」

 健二も頭を下げる。
 …あの夜から、2日が経過していた。
 梓の浄霊に失敗し、両手を負傷して気絶したおキヌは健二の手で近くの救急病院へと運ばれ、手当てを受けていた。念のためにと一日入院し、翌日の今日健二の車で事務所へと帰ってきたのだ。

 「…大丈夫ですか? 氷室さん…」

 「え? はい、GSのお仕事に怪我は付き物ですから」

 疲労はあるのだろうが、取り繕っているようには見えないおキヌの笑顔。健二は申し訳ない気持ちで一杯だった。

 「私のことより、久遠さんです。あの場所にいる限り、今の私では太刀打ちできません…美神さんがいたら、対処法もあると思うのですけど…」

 「久遠くん…悪霊化してしまったのですか…?」

 「…分かりません。でも、あれほどの霊圧を放つ霊が、ただの幽霊でいられる筈はない、と思います」

 「そうですか………」

 意気消沈。応接室は重苦しい空気に包まれてしまう。

 「九音堂は、とりあえず閉鎖してありますから、一般の方に被害が出ることはないと思います。あそこに今入れるのは、俺だけですから…」

 「まだ、久遠さんが悪い霊になったと決まった訳じゃないです! 私の怪我だって、半分自業自得みたいなもので…!」

 健二の消耗ぶりは、見ていて辛いほどだった。彼の中ではもう、梓は悪霊化してしまったのだろうか。おキヌは健二がおかしな方向に暴走しないよう、大きめの声で喋る。自身に対しての発破も含めて…

 「氷室さん…こうなったら、久遠くんには力ずくで成仏してもらうしか…「駄目です!!!」……でも…」

 「宮下さんがそんなことを言ったら、久遠さん可哀想です!! あんなに、あんなにお二人は想いあってるのに…宮下さんが突き放してしまったら、久遠さん、心から笑って成仏なんて出来ませんよ!!」


 はっ、と。
 おキヌはそこまで叫んでから思い当たってしまった。
 何故自分がこんなに、宮下健二と久遠梓に対して本気で感情をぶつけられるのか。
 そうだった。健二は…横島に似ているのだ。
 惚れたものを、心底から守ろうとする…横島に。

 だから。

 おキヌは見たくない。健二が、梓を天秤に載せてしまう瞬間を。愛しい人と何かを秤に載せて選択を迫られる姿を。

 もう二度と。もう二度と…!


 「…宮下さん。私にチャンスを下さいませんか?」

 「え……?」

 「今回は失敗しちゃいましたけど、必ず久遠さんを安らかに眠らせてあげる方法はあるはずです。私、調べてきます。もっともっと勉強して、必ず久遠さんを天国に送ってあげます!」

 そうだ。
 美神除霊事務所の一員として。
 一人のネクロマンサーとして。
 泣き言を言っている場合ではない。塞ぎこんでいる場合でもない。
 決めたではないか。最後まで自分の力でやり遂げる、と。自分の使えるもの、振るえる力、知識、まだまだ全てを出し尽くしたわけではない。
 まだ、何もなくなってはいない!

 「氷室さん…」

 暗闇を払拭したような、おキヌの誓い。

 これが…

 ゴーストスイーパーなのか…!

 健二はその心の強さに舌を巻いた。そうして、彼も腹を据える。

 「分かりました。正式に、久遠梓の浄霊をGS氷室キヌに依頼します。事務所の看板とは関係なく、あなた個人に惚れ込んで、ですよ」

 「あ、ありがとうございます…! 私、頑張りますから! 宮下さんは警察からの連絡を待っていてください。久遠さんの行方が分かれば、浄霊の足がかりになるはずですから!」

 頷く健二。それが遺体の発見という意味であってももう惑わない。覚悟を決めろ、と自分に言い聞かせて迷わない。

 「分かりました。何か進展があったら、事務所に連絡を入れますね。氷室さんは好きなように動いて下さい。俺は俺で、出来ることをします」

 健二は立ち上がり、おキヌに右手を差し出そうとして…あ、と苦笑する。

 「握手で締めようと思ったら…怪我してるの忘れてましたよ。どうすっかな」

 「あ、いえ…こんなのかすり傷ですよ」

 「うーーん…ふむ。よし、氷室さん」

 「はい?」

 「ちょっと、失礼しますね」

 「ふえ?」

 おキヌが首を傾げると、健二は。
 今までのような他人行儀なものとは違う自然な笑みを浮かべて、ぽんとおキヌの頭に手を置いた。

 「君みたいな子供に、全て任せちまうのは情けないんだけど。俺はあんたを信じる。久遠梓を愛する男として、彼女に本気でぶつかってくれたおキヌちゃんを」

 口調まで砕けた健二の「おキヌちゃん」発言に。
 おキヌの脳内ビジョンが錯乱して健二と横島を混同し、ピコピコぐるぐると思考が回ったり踊ったりして。

 「ふ、ひゃ、い!? ははははははいありがとうございます!」

 カチコチに固まったまま、おキヌは舌ったらずに返事をするのだった。


 「はふー…うう、宮下さん、ほんとに横島さんと似てるー…緊張しちゃった」

 健二が帰って。自室に戻ったおキヌの頬はまだ赤い。

 『おキヌさん…』

 と、申し訳なさそうな様子の人工幽霊一号が、おずおずと声をかけてきた。

 「な、何?」

 『えっと、時計をご覧下さい』

 「はい? …もうすぐ9時半ですね」

 『では、カレンダーをご覧下さい』

 「ええと…今日は…月曜……日…」

 『お伝えするべきか、迷ったのですが。おキヌさんがお元気になられたようなので一応声をかけさせて頂きました』

 「………」

 『無断遅刻でも、欠席よりは幾らかマシかと』


 「あああああーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」


 おキヌの顔色は、一瞬で真っ青になりました。…生真面目な子ですから。


 「(前略)
 …それほど昔の話じゃないんだがのう。この町の前身である二つの村がまだ現存していた頃、裏山に物凄い騒音を発して暴れる化け物が出没してのうー…二つの村の有志が集まって、山狩りを敢行したんじゃよ。雇われた退魔師の先生と一緒になって山を捜索したんじゃが、とにかくうるさくてな。
 (中略)
 …退魔師の先生が『音を食らう結界』とかいうのを張って、じわじわ包囲していったんじゃ。そうしてようやく姿を現したのが、でっかいべこの頭さ持った鬼じゃった。退魔師の先生は懸命にその鬼を調伏しようと試みたが、倒すことが出来ずにな。結局、その、なんちゃらっちゅう結界の力を利用して山に封印したっちゅう話じゃ…(後略)」


 「…200年も経っていて、それほども何もないだろうに…」

 …年寄りの話は長くていけない。
 西条が、麓の町の伝承にある、牛鬼を封印したという山に入ってかれこれ数時間。未だにその封印を見つけることが出来ずに彷徨っていた。もういい加減、足腰が悲鳴を輪唱で上げている。

 「人手不足っていうのは…言い訳にするには余りに卑劣だと思うんだがね」

 笑顔でフィールドワークを命じてきた上司の顔を思い浮かべ、西条は憎憎しげに呟く。誰も聞く者のいない山中だ、大声を上げて罵ってやりたい気分に囚われたが…
 流石に自重しました。上司…美神美智恵の腕は、想像の千倍長いのだから。どこで伝わるか分かったもんじゃない。


 …小川のせせらぎの涼やかな音が、荒んだ公務員の耳に聞こえてきたのはその時だった。

 「…休憩するか。ああくそ、もう引き返すかな…」

 水の流れる音のほうへ歩んでいく。数時間の山歩きで疲れてきたとはいえ、腐ってもオカG屈指の実力者である。まだまだ歩みに揺らぎは見られない。

 「……ん…?」

 川のほとりに辿り着くと、西条はそこに人影を見つけて訝しんだ。疲れたように川岸に座り込むその人物は、ぼさぼさの黒髪をしている。

 「こんなところで…?」

 そして、最も西条が違和感を覚えたのは。

 「あの帽子…なぜ?」

 警察官の被るような制帽、というのをその人物が被っていることだった。


 …この後に。
 西条がやらかした大ポカについて、全関係者が軽蔑・侮蔑の眼差しを向けたのは、全てが終わってからの出来事だった。


 「おキヌちゃんが遅刻たぁ、珍しいねぇー」

 「あなたと違って優等生ですからね」

 「んだと!」

 「なにか?」

 「ああああああ…一文字さんも弓さんも止めてくださいよう…」


 そこは、ある青年が屋上でラッパを吹き鳴らしたこともある、由緒ある場所だ。
 六道財閥が設立し、今日まで有能な霊能力者の数々を輩出してきた名門校。
 六道女学院・霊能科。
 おキヌはそこの2年生だった。今、彼女の前で額をくっつけあって睨み合いを続けているのは、おキヌが転校してきて以来の親友の二人である。
 霊能筋では名刹の誉れ高い闘龍寺の跡取りで、彼女自身、優秀な成績を修め続けている…弓かおり。
 才能に恵まれているとは言い難いが、持ち前の負けん気と根性でクラス代表にもなったことのある…一文字魔理。
 2時間目と3時間目の授業の合間。短い休み時間に、おキヌは教室に飛び込んできた。
 おキヌの優等生ぶりは誰もが認めるところであったので、今回の遅刻は凄く目立ってしまって…おキヌは鞄で顔を隠すようにして自分の席に着いていた。
 そこにごく自然にかおりと魔理は近づき、魔理が挨拶代わりに冷やかしたのだが。

 「って、おキヌちゃん…その手どうしたんだ!?」

 「え? あ、あはは…ちょっと失敗しちゃって」

 「大丈夫ですの? ノートが取れないわね、これじゃ。後で私のをコピーして差し上げますから」

 「えんぴつくらいは持てますよー」

 「無理すんなって! 弓のミミズみたいな字じゃ読めないかも知れねぇからよ、あたしのも貸してやるよ」

 「はあ? あなたはそもそもノート自体ろくに取らないでしょう? 無理はなさらないことね」

 「んだと!」

 「なにか?」

 エンドレスにいがみ合いが始まりそうになったが、二人はおキヌの浮かべていた表情を見て、舌鋒の応酬を一旦ストップする。

 「…氷室さん、どうしたんですの?」

 「もしかして、その怪我ひどいのか・・・!?」

 おキヌが、目の端に涙をいっぱいに溜めて、震えていたからだ。


 「う…」


 一人で全てやる、と格好つけたところで。


 「うううう………」


 こうして学校に来れば心配してくれる友人がいて。悲痛な決意で固めたはずの心が溶けて、解れてしまい…

 「ちょ、ちょっと、氷室さん? 本当に大丈夫なの?」

 「おいこれ、保健室とか連れてったほうがいいのか!?」

 心の底から気遣ってくれているのが、暖かい波動のように伝わってくる。
 今のおキヌに、その波動は…優しすぎた。


 「う…うえええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!」


 「きゃああ!? ちょ、一文字さん! この子、保健室まで担いでいくわよ!」

 「お、おう! 何なんだ一体!? どうしたってんだよおキヌちゃん!」

 慌てる女子高生二人は、おキヌをどうにかこうにか抱え上げると、一目散に教室から去っていった。
 …3時間目の授業は欠席ですね。


 六道女学院の保健室は広い。
 一般的な医薬品は勿論、霊能科という特殊なクラスのために、古今東西のヒーリングアイテムまで取り揃えてあるからだ。保険医もある程度のオカルト知識を修めているので、取り扱いに不備はない。
 そこに飛び込んできたおキヌ達三人は、驚く医師を尻目に奥のベッドへと駆け込み、カーテンを引いてこの場を隔離してしまった。かおりがそこから首を出して医師に事情を説明すると、快く初老の医師はその場を明け渡してくれた。

 「青春の悩みを打ち明けるのに保健室を用いるとは……保険医冥利に尽きる…ッ!」

 …変わった先生でした。


 「久遠梓の亡霊と、ガチンコ対決か…」

 「なぜあなたはそういう風にしか解釈できないんでしょう…」

 「私、依頼人の方に約束したんです。絶対に天国に送ってみせるって…」


 久遠梓の一件を強引に聞き出したかおりと魔理は、当然のように協力を申し出た。

 「それで? 具体的にはどうするつもりなんだ? リベンジかますんだろ?」

 「とりあえず、音楽に関わる霊障について、図書室で資料を当たってみようかと思ってます。ネクロマンサーの笛も壊れちゃったし…別の手段を見つけないと」

 「よし分かった。あたしも付き合うぜ、それ」

 魔理はおキヌの前でガッツポーズをしてみせる。ノリがどこまでもヤンキーっぽいところが彼女の難点であり美点でしょうか。少なくとも、おキヌは嫌いではない。

 「調べ物にあなたが付いていっても、足手まといにしかならないでしょうに。あなたはほら、厄珍堂でしたっけ? そこに行って、笛の在庫がないか聞いてきて下さる?」

 「んだと弓てめぇ…それじゃあたしが馬鹿みたいじゃねぇか!」

 「うちの学校の蔵書量は半端じゃありませんわよ? 六道財閥のデータベースが兼ねていますから、検索して抜き出すだけでもどれほど手順が必要か。カテゴリ・年代・霊障の種類・被害範囲・解決に至る経緯に手法。まぁあなたが全部把握できるというなら止めませんが」

 「よしひとっ走り厄珍堂まで行ってくるぜ! 弓! 調べもんは任せた!」

 脂汗を浮かべた魔理は、かおりの肩を強く叩くと滑るようにベッド際から去っていった。おキヌが何か言うタイミングも…ありません。

 「ゆ、弓さん」

 「当然、私もお付き合いします。その依頼は、美神除霊事務所ではなくて、氷室さん個人が受けたのでしょう? 困っている友人に手を貸して悪いはずがありませんわ。それとも、私達では力になれないとでも?」

 手伝って当然、というスタンスのかおり。去年に比べ、随分と角が取れたものである。余談だが、某D氏との交際も順調に続いているとか。

 「…そんなことありません。でも、久遠さん、本当に凄い方で…万が一のことがあったら…はう!?」

 かおりは、俯いているおキヌの額を平手でぺしっとはたいた。黒目がちの円らな瞳に怒りを滲ませ、顔を上げたおキヌを睨み付ける。

 「氷室さん? 今更ですわ。い・ま・さ・ら! そんなことで手を貸すのを止めるとでもお思いで? 私達の絆は……いいえ。私は、氷室さんにそんな怪我を負わせた存在に対して臆することなどありえませんわ」

 包帯に包まれた華奢な両手。頬の傷。かおりは憤りを隠さない。


 かおりと魔理がおキヌの数奇な半生の詳細を聞いたのは、去年の対抗戦が終わった頃になるが。
 その壮絶さに二人は絶句し、今、目の前で笑っていられるおキヌの強さに脱帽した。
 昼休みの、ほんの軽い話題のつもりで魔理が振ったのだが…おキヌが話し終わるころには、いつのまにかクラス中の生徒がその周りに集まり、涙を流していた。
 魔理はおキヌが転校してきてすぐに、幽霊から生き返った話は聞いていたのだが、死津喪比女や地脈堰、生贄といった深い部分までは知らなかった。
 堪らず魔理はおキヌに抱きつき、衆目の前で涙を見せたことのほとんどないかおりでさえ、流れる涙をハンカチで押さえるのに精一杯であった。

 その頃から。

 弓かおりと一文字魔理は、氷室キヌをぽややんとしたボケボケ女の子という括りから外し、一人のGS見習い・ネクロマンサーおキヌとして見るようになった。

 「弓さん………でも、これは」

 「黙らっしゃい。言葉は不要! 氷室さん、あなたには責任がある。義務がある。仕事のことではありません。使い古されたフレーズですが、敢えて私は言いましょうとも!」

 びし、とかおりの指がおキヌに突きつけられる。


 「氷室キヌは幸せになる義務がある! 周りの人間には幸せにする責任がある! 私達は、あなたが笑顔で学校生活を送れるならば、屋上でラッパだって吹いてみせますわ!!」


 たぶん一文字さんが! と付け足して。
 かおりは紅潮した顔をおキヌから背けた。


 …300年前。
 おキヌには、親友がいた。
 見た目こそ厳つい世紀末覇王のような外見だったが、心から民を案じ、国を案じる性根の清らかな姫だった。
 そんな姫との会話に、こんなものがある。

 「のうおキヌ…わらわは幸せ者じゃ。優しき父上母上に愛でられ、素晴らしい友に恵まれ。国は小さくも豊かで…民は日々を健やかに過ごしておる」

 「そーですねぇ…私も姫様とお友達になれて、凄く嬉しかったですよ」

 「しかしじゃ!」

 轟、と。姫の大声が、草原を渡って緑色の絨毯を揺らす。…数本は千切れて舞いました。

 「この世の幸福とは、絶対量が定まっておると聞く! つまり、わらわが幸せであればあるほど、どこかで不幸な境遇に陥る者が現れるということではないのか!?」

 みしみしみし、と音がするほど拳を握り締める姫。

 「わらわの幸福は、誰かの不幸で出来ておるのではないのか!? 誰かの不幸とは、わらわの幸福を生むための、犠牲なのではないのか!?」

 「姫様…」

 「おキヌ! お主とて孤児として母の温もりも知らず、辛い時期を過ごしてきたであろう! わらわはその時ですら、豪勢な城の広き温かな部屋で蝶よ華よと育てられてきたのだぞ!? お主の不幸を糧に、幸福を得ていたのやも知れぬのだぞ!!」

 血を吐くような叫びだった。
 今にも目尻から血涙を流しそうな姫に、おキヌは優しく、子供に対するような口調で自らの答えを語る。

 「姫様、いけませんよー? 幸せっていうのは、算盤で数字を出すようなものじゃないんですから。量とか、そんなのはないんです。勉学で測れるようなものじゃないんです。姫様が幸せだったのは、姫様を幸せにしたいっていうお父上やお母様の想いがそうさせたもの。ご自身の幸せを疑うってことは、そんな想いすら疑うってことになっちゃいますよー」

 「おキヌ…!」

 「それに、私が不幸でいたことが、姫様の幸せに繋がってるなんてことになったら…多分、私、干からびちゃってます。私の不幸なんてほんとにちっちゃなものですから。姫様の幸せを賄えるほどの量はありませんよっ」

 にっこりと笑って、姫の手を握るおキヌ。裏も表もない、純粋な笑顔と想い。

 「おキヌ…お主は…お主は…! くおおおおおおああああああああああ!!

 咆哮が、辺り一面をなぎ払った。何事か、と姫のほうを向く村人たち。ああ姫様か、と納得顔で農作業に戻っていきます。
 姫の両手が、がしりとおキヌの肩に食い込む。わなわなと震えるその手に、おキヌの細腕が優しく添えられた。


 「おキヌ!! お主には幸せになってもらうぞ!! わらわのはちきれんばかりに溢れる幸福をお主にも分けてやる!! そうする責任がわらわにはある!! お主は幸福になる義務があるのじゃあああああああ!!」


 「姫様痛い痛い痛い痛い!? 肩が! もげちゃいます!」

 「わらわは! わらわはーーーーーーーーーーー!!!!!」


 奇しくも遥か昔の親友と同じ事を叫んだ、現代の親友。

 「………………私は、幸せですよ、弓さん。とっても、とっても、とーーっても」

 「…お願いですから、一人でやろうとはしないで。あなたが私達を案じてくれるように、私達もあなたの事を心配しているのですから」

 「はい。有難うございます、弓さん…私、とっても嬉しいです。嬉し…い…ふ、ふえ、ふええええーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!」

 「ひぃ!? またですの!? ああああ、当身でも喰らわして眠らせ、って冗談じゃないわね!? ああもう、ほら、いつからこんな泣き虫に…」

 おろおろとハンカチでおキヌの目元を拭うかおりの様子は、言葉ほど困っているようには見えなかった。


 「良きかな、青春の日々…」


 保険医の呟きも、おキヌの泣き声でかおりの耳には届きませんでした。


 一方その頃の魔理は…!


 「くあああーーー!? 早退届出してねえじゃんあたし!! 無断でガッコ飛び出して授業フケたなんて知られたら、母ちゃんに殺される!? 頼むぞ弓!! おキヌちゃん!! 何とかごまかしてくれぇーーーーーーっ!!!」


 道の真ん中で、んな事を叫んでいらっしゃいました。
 …青春ですね?


 つづく


 後書き


 やっぱりドタバタやってるのがいいですね。竜の庵です。
 おキヌ再起動編、でしょうか。起承転結の承辺り。
 暗い雰囲気が消えていれば良いのですがー

 では、レス返しを。おおうスケ様がくれたか。ありがたやー


 スケベビッチ・オンナスキー様 > 1から10まで責任は書く側です。読んで頂いて感想をもらえるのは、とても励みになるのですし。おキヌちゃんが何を考え、どんな風に成長していくのか、きちんと理解出来るように描けるか…心配です。せっかく長めの話なので、伏線も張ってみたり。ぺたぺたん。綺麗に着地できるかどうか、どうぞ見守ってくださいませー


 以上、レス返しでした。
 正直この話はレスつかねぇと思ってた…! ブラボォー!


 次回、いろいろ考える編。
 お楽しみに、と胸を張って言いたいところです。

 それではこの辺で。最後までお読み頂き、有難うございました!

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