――氷室神社、おキヌの自室――
「ほらおキヌちゃん、ここ間違ってるだよ」
「ふぇーん! 難しいですー!」
おキヌは半泣きになりながら、早苗に教えてもらいながら問題集と格闘していた。
彼女の脇には、六道女学院のパンフレットが置かれていた。
「ここも間違ってるだ」
「ひーん!」
彼女の悲鳴をBGMに、御呂地岳の夜は更けてゆく……
『二人三脚でやり直そう』 〜第十話 超神合体!!【その3】〜
「――にしても挑戦状を叩き付けてくるとは、大胆不敵ねー」
新幹線のグリーン席に陣取った美神は、依頼主のJL東海から受け取った『挑戦状』なる手紙を広げてつぶやいた。
「GS雇われるとか、八兵衛の追跡とかを考えなかったのかしら? あるいは、たとえ戦っても絶対に勝つ自信かしらね」
「…………」
「何か言いなさいよ」
どすっ! と神通棍を足元の血まみれの何かに突き刺す。
「ぎゃふっ!?」
「まだ口が利けるってんなら、あんたの意見ぐらいは聞きたいわね」
「……そ、そっすね……」
その物体は、もぞもぞと動くとむくりと起き上がって喋りだした。今にも「早く人間になりたい!」とでも言い出しかねない姿である。
もはや説明の必要はあるまい。今まで黙っていた罰として、過剰な折檻を受けた横島である。
「九兵衛がただのバカじゃなければ、美神さんの言う通りだと思います。何かしらの切り札を用意してる場合を想定してた方がいーんじゃないっスか?」
「ふうん? あんたにしてはまともな意見じゃない? で、八兵衛。もしそうだとして、あんたはその切り札ってのに心当たりある?」
(それを仮定するのであれば、可能性があるのは超加速しかあるまいな)
美神の質問に、八兵衛が美神の心中で答える。
「超加速?」
(韋駄天の極意で、言葉通りの加速ではなく、周囲の時間を極端に遅らせる術だ。相対的に見れば、周囲からは術者が超高速で動いているようにしか見えないことには……まあ、違いないが)
「厄介な術ね。対抗策は?」
(エネルギー消費が激しすぎて、一度使えば立ち上がる力も残らない。それに超加速なら、条件次第では私にも使えないことはない。いずれにせよ、それにさえ気を付ければ、勝てぬ相手ではない)
「わかったわ。頼りにしてるわよ。……ところで、まだ私の体からは出られないの?」
(残念ながら、まだ治療は不完全だ。もう少しかかる)
「そ。じゃあ仕方ないわね……ネーミングセンスは最悪だけど、もう少し貸しておくわ」
(かたじけない)
体の中で八兵衛が頭を下げる気配がした。美神は九兵衛が現れるのを、座席の背もたれに寄り掛かって、じっと待った。
もっとも……美神は知らない。あのネーミングセンス最悪な「ミカミマン」がどのような姿で活動しているかを。
ネーミングを百歩譲って許容した美神でも、その姿までも知ったならば、その後どういうことになるかは――想像に難くない。
……願わくば、美神が最後まで自分の痴態に気付かないことを祈る。
『ふははははっ! 遅い! 遅いなああっ! やはり地上最速は俺だったのだーっ! ざまーみろーっ!』
それからしばらくして、突然窓の外から勝ち誇った声が聞こえ、美神は窓の外へ目を向けた。するとそこには、新幹線以上のスピードで疾走する四つ目の鬼――はぐれ韋駄天・九兵衛がいた。
「出たわ! 頼むわよ、八兵衛! ……心得たっ!』
瞬時に、美神と八兵衛がシフトチェンジしてミカミマンになる。
「俺も行くっス!」
言うが早いか、横島がミカミマンの腕を掴んだ。直後、すぐ横の窓を突き破り、ミカミマンは横島共々新幹線の屋根の上に躍り出た。
そして、真横を並走する九兵衛に朗々と言い放つ。
『九兵衛! 仏に仕える韋駄天一族でありながら数々の狼藉、もはや許せん! 神妙にいたせ!』
『やはり来たか八兵衛!』
が、対する九兵衛は驚いた様子もなく、その視線を不敵に受け止めた。
『なぜ俺がわざわざ挑戦状など書いたと思う!? 地上最速となるための前哨戦として、まずは貴様から先に倒すためだ! 罠にはまったな!』
瞬間――新幹線の真横を走っていた九兵衛の姿が、消えた。
そして、直後に現れたのは、ミカミマンの背後だった。
『何っ!?』
『俺はこの数日、必死に修行をしてきた……! そしてついに極意を得た! 天才だけが学べる極意「超加速」のなっ!』
『超加速……やはりか! しかし、なぜ動ける!? あれは、一度使えば……』
『そうでもないさ!』
言葉と共に、九兵衛が再び超加速に入り、ミカミマンの正面に回った。横島はもとより、背後に注意のいっていたミカミマンも対応しきれず、九兵衛が放った貫き手を真正面から受ける羽目になった。
『ぐふっ!』
うずくまるミカミマン。九兵衛はそれを、嘲笑と共に見下ろす。
『仏の飼い犬になり、のうのうとしてきた貴様たちと俺は違うのだ! 連続して超加速が使えるのも、ただひたすらに速くなることを願い、修羅の道を歩めばこそよ!
我ら韋駄天は、元々鬼……鬼に戻った俺こそが貴様らより優れているのは当然だな!』
横から両者の会話を聞いていた横島は、内容を冷静に吟味する。どうも、ミカミマンの方が不利っぽい。勢いでミカミマンにくっついて一緒に外に出た横島だったが、いくらなんでも超加速を連発するような相手に、役に立てる自信はない。
(八兵衛の言い方だと、超加速は通常一回こっきりの技……けど九兵衛は何度も使えるような口ぶりだ。どうも、雲行きが怪しくなってきたな……カオスのじーさんはまだか!?)
一度ならず二度までも超加速を使い、なお余裕な九兵衛の様子から察するに、この自信はあながち誇張というわけでもなさそうだった。こういう時のためにカオスを口先三寸で丸め込んでおいたのだが……
と――ちょうどその時、新幹線の遥か前方、一本の架線柱の上に、二つの人影が見えた。
暗くてよく見えないが、ああいう演出を好む人間はそうそういない。おそらくドクター・カオスとマリアだろう。
走り続ける新幹線は――
「わーっはっはっはっ! 待っていたぞ、はぐれ韋駄天・九兵衛ぇぇぇ!?」
その下を一瞬で通り過ぎた。
「何しに来たんだ爺さんんんんーっ!」
突っ込まずにはいられない。せっかく出てきて一瞬で退場か。まーカオスらしいっちゃーらしいが。
――と思ったその時。
ばしんっ! ばしんっ! ばしんっ! ばしんっ!
「『『うごっ! おぶっ! ぶはっ! うぼはぁっ!?』』」
その場にいた三者が、突如として連続で襲ってきた衝撃に悶絶した。特に九兵衛の方は、衝撃を受けるたび、何やら発光までしていた。
「うわーっはっはっはっ! かかったな九兵衛とやら!」
新幹線の後ろの方から、猛スピードで走るマリアにおんぶされる形で近付いてきたカオスが、勝ち誇った哄笑を上げた。
……どうでもいいが、要介護老人よろしくおんぶされながら勝ち誇っても、格好はつかんぞカオスよ。
「ぐ……いっ……てえじゃねーかじーさん! 俺らにまでダメージ当ててどーする! 何しやがったてめぇえええっ!」
何とか立ち上がり、立ち止まったマリアから降りるカオスにクレームをつける横島。しかしカオスは、グロッキーな横島を、不思議な生き物を見るような目で見て、
「というか、なぜ小僧達がダメージを受ける? 今のは破魔札じゃぞ?」
と、尋ねた。
「……破魔札?」
「うむ! 全盛期に作っておいたやつを、この高さに紐を張って何枚も垂らしておいたのじゃ! それも、架線柱ごとに何重にもな! 威力は折り紙つき! ついでに新幹線のスピードから生み出される相対的な物理的衝撃も加わり、凶悪なダメージを九兵衛に与えるという寸法じゃ!」
「その『物理的衝撃』が俺らにまで余計なダメージを与えとるんじゃあああああっ!」
横島渾身の突っ込みを受け、カオスは一瞬ぽかんとしたが――ややあって、軽く握った右拳を左の手の平にぽんと落とした。
「おお」
「おお。じゃねえええええええ!」
そこまで考えがいってなかったらしい。
しかも、紐を張ってと言っていた。それならば条件次第では、頭と胴がおさらばしていたかもしれなかった。まったくもって大迷惑な爺様である。
――とりあえず、頭の中の滅殺手帳にカオス欄1ポイント追加。
なお、現状で最多のポイント獲得者は西条輝彦である。逆行してからはまだ会ってないが。
「ふん、細かいことは気にするでない。それよりも、さっさと用を済ませるぞ。……マリア!」
「イエス・ドクター・カオス・九兵衛を捕獲します」
カオスの命令を受け、マリアがいまだ悶絶中の九兵衛にロケット・アームを飛ばす。
『なにっ!?』
突然の出来事に、九兵衛は対処できず、破魔札トラップのダメージがまだ山ほど残っている体をマリアに掴まれた。
「よし! そのまま捕まえておけ! そぉーれ捕獲ネット発射あっ!」
カオスが嬉々として、どこからか取り出したハンドサイズのバズーカっぽいものを構えて引き金を引いた。その小さなアイテムのどこに収納されていたかもわからない大きな網が、九兵衛に覆いかぶさる。
『九兵衛!?』
『お、俺を捕まえるつもりか!』
「その通り! 捕まえたぞ九兵衛! それでは、わしと共に来てもらおうか! 撤退じゃマリア!」
「イエス・ドクター・カオス」
マリアは九兵衛を捕らえたネットとカオスを抱え上げ、新幹線から飛び降りて反対方向に走って行った。
マリアの脚力はさすがに新幹線とは比べるべくもないが、それでも普通の人間が走るよりは速い。相対速度はトップスピードの新幹線と相まって、ゆうに時速300キロ超で急速に遠ざかって行く。
その後姿が完全に見えなくなった頃――
『……はっ!?』
状況についていけなかったミカミマンが、やっと状況を理解した。
『九兵衛が拉致された!?』
「みたいっスねー……」
『いかん! 追いかけねば!』
言うが早いか、ミカミマンは横島をほっといて新幹線から飛び降り、全速力で駆けて行った。まああのスピードなら、すぐに追い付くだろう。もっとも、カオスとてそれは知っているから、何かしらの手段は講じているだろうが。
と――遠くの空に、地上から伸びる飛行機雲が見えた気がした。
「……もしかしてあれ、カオスフライヤーか? あんなもんまで用意してたんか」
一人取り残された横島は、暢気につぶやいた。
とりあえず次の駅で降りて、逆のホームで新幹線に乗ってUターンしよう。そう決めて、その場であぐらをかいた。
『は、離せええぇぇぇぇええっ!』
ネットの中で九兵衛は暴れ、自分を拘束するマリアに向かって霊波砲を撃とうとし――
「おとなしく・してください」
ごきゅり。
首を変な方向に折り曲げられた。
哀れ九兵衛、泡を吹いて失神してしまいましたとさ。
『うおおおおお! どこだああああああ!』
相手が既に空の上とも知らず、ミカミマンはとにかく東京に向かって疾走していた。
―― 一時間後、東京某所――
一昨日前にも横島が連れて来られた地下実験室に、九兵衛が運び込まれた。
大掛かりな機材が設置され、怪しげな装飾のついた椅子が二つある。マリアは片方に九兵衛を座らせ、拘束具で固定する。
『……はっ!?』
そこで、九兵衛が目を覚ました。
「気が付いたか」
『な、なんだ貴様ら! 俺をどうするつもりだ! というか、床から斜め45度に立ちやがって……何をふざけている!』
「わしらが斜めに立ってるのではなく、おぬしの首が斜めなのじゃが……」
カオスの言う通り、九兵衛の首はマリアによって不自然に曲げられたままだった。
「まあ良い。教えてやろう。今おぬしが座っておるのは、わしが開発した、他人と魂を交換する装置じゃ。
最初は霊能力の高い人間を実験体として狙っておったのじゃが、都合良く下級神族の韋駄天が下界に降りておると聞いたのでな。目標を変更して、神族の体を頂こうかと思ったわけじゃ。ヨーロッパの魔王ドクター・カオスの頭脳と、韋駄天一族の霊力……この二つが合わされば、わしはより神に近付くことができる!」
つまりはそういうことである。
横島はあの時、ただ単に、カオスに対して美神以上の優良物件を紹介したに過ぎない。それで乗り気になったカオスによって、あわよくば九兵衛を倒しやすいよう場を引っ掻き回してもらえればと思ってのことだった。
横島自身はといえば、必要とあればカオスに手を貸すという約束を取り付けていたのだが――その必要もなかったようである。
で、結果はこの通り。しかし、それで拉致された九兵衛の方はたまったものではない。
『お、俺はもう神族じゃねえ! 鬼に戻ったんだよ!』
「そんなことは知っておる。わしが欲しておるのは高い霊力を持つ体じゃ。鬼となりさらに霊力を高めたというのであれば、それこそ好都合よ」
『くっ……!』
「観念せい。なに、案ずるな。ついでにおぬしの悲願も、わしが継いでやろう。……マリア、人格交換を始めるぞ。終わったら、わしが戻るまでこやつを逃がさぬようにな」
「イエス・ドクター・カオス」
『やめろーっ! やめろジョッ○ー! ぶっとばすぞーぅっ!』
九兵衛の必死の抵抗もむなしく――
がっちょん。
無情にも、マリアによって装置のレバーは下げられた。
さて、その結果どーなったかとゆーと。
ドクロの形をした巨大なキノコ雲が立ち上ったとだけ表記しておこう。
「あーやっぱり。あの機械、人外に対応してなかったか」
東京行きの新幹線の窓からそれを見た横島は、そう暢気につぶやいた。
彼はかつて、神魔族の体は精神体が皮をかぶっているようなもの、と聞いたことがある。魂と肉体の関係性が人間と違うのであれば、人間相手を想定していたあの装置で、九兵衛と魂を交換することはできないのではないか――そう思ったのだが、まったくもって予想通りだったらしい。
「今週のおしおきだべさー……ってか」
達観した表情でつぶやいて、食べかけの駅弁に再び向かい合った。
『なっ……こ、これは!?』
謎の大爆発を目撃し、現地へと飛んできたミカミマン。そこで見たのは、原型もわからないほど崩れた瓦礫の山だった。
と――その瓦礫の山から、がらがらと音を立てて立ち上がった者がいた。
『八兵衛か……』
『九兵衛……ここにいたのか。どうしたその首?』
『聞くな』
九兵衛の首は、一体いつ治るのか、いまだ斜め45度の角度を保ったままだった。
見た目ちょっとアレだが、聞いても答えてくれそうにないので、ミカミマンはとりあえず無視することにした。
『…………』
『…………』
両者、肩で息をして睨み合う。ミカミマンは東京郊外から数百キロの全力疾走で、九兵衛は崩壊した地下からの脱出で、それぞれ体力・霊力共に消耗していた。
『勝負をつけるぞ……九兵衛』
『望むところだ、八兵衛……』
互いに言うが、すぐには動かない。二人とも相手が油断ならない相手だと知っているからこそ、隙をうかがっているのだ。
(美神どの……美神どの。起きてくれ!)
(……八兵衛? どうかしたの? 状況は?)
八兵衛の呼びかけに、美神が意識を覚醒させる。
(ここは……新幹線じゃない?)
(あれから色々あって、戦いの場を移動することになってしまった。私も九兵衛も、かなり消耗している。おそらく、次の一合で勝負は決するだろうが、残念ながら今の私の力は、九兵衛にはわずかに届かないようだ)
(私に何をさせるつもり?)
(さすが、察しがいい。首都高で大怪我を負ったあなたを救うため、私はあなたと合体し、神通力を傷の治療に使ってきた。今もあなたの体の中には、大量のエネルギーが蓄積されている)
(なるほど。それを使おうってのね。けど、途中で治療をやめて、私は大丈夫なの?)
(心配いらない。傷はほとんど完治している。少し痛みはあるが、死ぬことはない)
(そう。なら――(ダンプカーに跳ね飛ばされて全身の骨にヒビが入って痙攣しているところに、コーナーに上った曙からドスンとヒッププレスをもらう感じだろうか。なーに軽い軽い)嫌に決まってるでしょアホンダラぁぁぁああああぁっ!」
あまりの喩えに、美神は思わず声に出して叫んでしまった。
が――その一瞬。
『隙が出来たぞ、八兵衛ぇぇええっ!』
吼え、超加速に入る九兵衛。
(美神どの!)
「ええい! ちゃんと入院費は払ってくれるんでしょーねっ!?」
愚痴りながらも、迷っている暇はないとばかりに体内の神通力を全て解放し、超加速に入る。
加速空間に入った瞬間、いつの間にか目前まで迫っていた九兵衛の貫き手を、無数の悪霊相手に培ってきた経験と勘と反射神経とで瞬時にブロックした。
『なにっ!?』
(よくやった美神どの!)
心中で八兵衛が賞賛した瞬間、美神と八兵衛がシフトチェンジした。
『外道焼身霊波光線!』
『バカなっ……こんな……っ!』
ずどむっ!
九兵衛は超至近距離からの光線による爆発を受け、敗北感に包まれながら、意識を手放した。
『色々迷惑をかけてすまなかった』
ぐったりとしている九兵衛を肩に担ぎ、既に美神から分離している八兵衛は、駆けつけてきた横島に詫びた。
「いや、俺今回ほとんど何もしてなかったし」
と、横島の方といえば、軽い調子でぱたぱたと手首を横に振った。
二人の後ろでは、美神が全身を痙攣させて「曙が……曙がーっ!」とうなされている。さらにその後ろでは、マリアが瓦礫から掘り起こしたカオスの襟首を掴み、「起きてください・ドクター・カオス」と呼びかけながら、がっくんがっくんと頭を揺らしている。カオスが昇天するのも時間の問題だろう。
「そーいや九兵衛ってさ」
横島はふと、かねてから疑問に思ってたことを尋ねる。
『……なんだ?』
九兵衛は気が付いていたようだ。しかし体力はもはや限界を通り越しているのだろう。八兵衛の肩に担がれたまま答えた。
「お前って、一体なんでそんなにスピードに執着するんだ? そこまで執着しなければ、こんなことにならなくて済んだだろーに」
『人間ごときに韋駄天の誇りはわからねーよ』
『九兵衛……』
『韋駄天は神界の飛脚――郵便屋だ。他の神族に比べれば大した力はない。けど、そんな韋駄天が唯一誇れるものが、足の速さだ。俺は、地上最速の一族の韋駄天であることを、誇りに思っていた。
けど……見ちまったんだよ。しばらく前、山から山へと異常なスピードで疾走する竜神を』
「……え?」
竜神、という単語に何か引っかかりを覚え、横島の頬を冷たい汗が一筋流れた。
が、九兵衛はそれに気付いた様子もなく、悔しそうに続ける。
『一瞬だった。時間にして、数秒もなかっただろう。けど、俺は確かに見たんだ。何百キロと離れた距離を――妙神山から御呂地岳へ、一瞬で駆け抜ける竜神をな。
何度も言うが、韋駄天は地上最速だ。他の神族の追随を許すどころか圧倒されることなんて、あってはならない。だから、俺はその日以来、ひたすらに速さを求めた。神族であることをやめ、鬼に戻り、修羅道を歩むことさえためらわず、ただひたすらに。
だが……へっ。結果は見ての通りだ。誇りを守るために全てを捨てたくせに、その誇りさえ守れなかったんだよ、俺は……』
『九兵衛……おぬし……』
「あー……えーと……」
だらだらだらだら。
一筋だけだった冷や汗は、滝のように流れていた。
まさかまさか。あの時(六話)に自分が叫んだ一言が、九兵衛を暴走させるきっかけになってしまっていたとは。事件の順番が狂った理由については納得がいったが、その原因が自分にあるとなっては、まったくもって落ち着かない。
――とりあえず――
「ま、まあ元気出せ」
責任の一端を感じ、どうにか慰めようとする。
「えーと……まあ、その……うん、そーだ。
九兵衛。お前がそんだけ韋駄天であることに誇りを持てるんだったら、真面目にやってりゃ絶対いい韋駄天になれるって。それこそ、鬼になるまでもなく、誰にも負けない地上最速の韋駄天にな」
『え……?』
「お前ら神族の寿命なんて、俺達人間に比べれば永遠みたいなもんだ。焦らなくても、ゆっくりと進んで行けばいいじゃないか。きっとそのうち、小りゅ……あ、いや、その竜神さまよりも速くなれるさ。な?」
『…………』
横島の言葉に、しばしぽかんとなる九兵衛。
ややあって――その四つの目のうち一つから、一滴の涙が零れ落ちた。
『そうか……そうだよな、人間……。俺は……焦りすぎていたんだな……』
『九兵衛』
『八兵衛……俺、なれるかな……? 地上最速の韋駄天に……三界一の韋駄天に……』
『あ、ああ……なれるさ。なれるとも、きっと。おぬしが韋駄天の誇りを失わない限り』
『そうか……』
「あ、あれ……? えーと……」
韋駄天たちのやり取りを目の前に、しかし横島は、やはり落ち着かなかった。思いつくままに適当に言った慰めの言葉で、ここまで改心させられるとは……相手が単純なのか、それとも知らずにいいこと言ったのか。
『人間……お前の言葉、胸に沁みた。良ければ、名前を聞かせてもらいたい』
「ええと……横島。横島忠夫」
『ヨコシマ・タダオ……覚えておくぞ、その名前。今回のことは、大変な迷惑をかけてしまった……すまない。俺は神族へと戻り、今一度初心に戻ってやり直そう』
「あー……そっか。頑張れよ」
なんとなくどーでもいい気分になり、適当に返す。
『横島君。私からも礼を言う。鬼に堕ちた韋駄天を諭すとは恐れ入った。私も、君のことは忘れない』
「い、いいってそんぐらい」
『謙遜することはない。……ではそろそろ行こうか、九兵衛』
『頼む、八兵衛。……ヨコシマ、達者でな』
それだけ残し――
九兵衛を担いだ八兵衛は、一瞬でその場から消えた。
「……地上最速の韋駄天もいいけど……まずはその首から治そうぜ、九兵衛」
後に残された横島は、既に聞こえていないと思いつつも、ぽつりとこぼした。
――こうして、韋駄天の二人が起こした騒動は、これにて幕を閉じる。
だがこの騒動は、美神令子の経歴に意外なところで深い傷を残すことになった。
いわく――
「なあ、知ってるか? 日本で指折りの実力を持つGSの美神令子だが、最近は除霊する時にコスプレするらしいぜ」
とか。
「美神令子って、実はコスプレが趣味らしいわよ。まあ、趣味は人それぞれだけど……」
とか。
「美神ってGSいるだろ? 年に二回ある東京国際展示場での大イベントには、毎回欠かさず参加するらしいぜ。今度会えるかな?」
とか。
まあ要するに、事実が噂となり、尾ビレ背ビレついでに胸ビレまでついて、瞬く間に広まったということである。
さらには、「今度いつイベントに参加するんですか?」だの「何のコスプレして行くんですか?」だの「写真撮らせてください」だのといったメールまで届く始末。しまいにゃ、唐巣から「君もいい歳なんだから、自重したまえ」とか言われてしまったり。
「おのれ八兵衛ぇぇぇええええっ!」
美神の入院している白井総合病院に彼女の絶叫が響き渡ったのは、言うまでもない。
ジャ○ニカ学習逆襲帳
1ねん1くみ みかみ れーこ
韋駄天・八兵衛。次に会ったら絶対殺す。生まれてきたことを後悔するぐらい、徹底的にすり潰す。神も悪魔も恐れる美神令子じゃないってことを、その存在全てに刻み込んであげる。うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。
――あとがき――
これにて超神合体編終了します。ちなみに壊れ表記入れてないのは、誰も原作から(壊れ方向に)逸脱した性格にはなってないからでして。美神は美神だし、八兵衛は八兵衛だし、カオスはカオスだしw
さーて次回は「ドラゴンへの道!」編。小竜姫さまをどうやって壊してみようかなーっとw
余裕があれば、おキヌちゃんの六道女学院編入試験もさらっと入れてみたいなと思ってます。
ではレス返しー。
○いりあすさん
逆行の影響っても、それほど大したものは用意してませんが^^; しかし、ダルタニ○ン物語のミレディですかー。昔、NHKでやってたアニメ三銃士は見てたんですが、あんま覚えてないっす……
○ト小さん
あー、確かにそうだったかもしれませんね。折ればいいだけのシロモノなら、わざわざ除霊依頼出したりしないでしょうし。けど確認してみましたが、原作ではその辺の説明は一切ありませんでしたね。実際はどうだったんでしょう?
○山の影さん
オリジナルイベントですか……さてどうしましょう? 個人的には「ブラインド・デート!」の話が好きなんですが、おキヌちゃんが生き返ってるからできないし、代わりの何かを用意したいなとは思ってますがw
しかし「いいなずけ」ですか……さらりと書いてて、自分で気付かなかった^^; 確かにそんな感じになってますねw
○masaさん
大・正・解!! お米券進呈します(ぇ
○ダヌさん
服までそれが縫い付けられてたら、一体美神はどうするつもりなんでしょうねw 八兵衛は美神があの状態になって難を逃れましたが、もう二度と美神の前には姿を現せませんw
○亀豚さん
横島くんは、原作でも美神のことをたびたび「あんた」呼ばわりしてましたので、あまり問題はないかと。サプライズは色々用意してますので、楽しみにしていてくださいw
○TAさん
壊れ方向に歴史がずれていくのは、おもに小竜姫さまとか小竜姫さまとか小竜姫さまとか(ぇ
まあ、あの人以外は、原作の性格のままでコメディやってもらうつもりですw
○零式さん
八兵衛、難を逃れましたw 美神の心に多大な置き土産を残してw ああ、哀れ美神。
○秋桜さん
カオスの扱いは見ての通りでした。いかがでしたでしょ?w
○寝羊さん
小錦じゃ古いので、曙にしてみましたw 衝撃は……どっちが上でしょーね?
○kurageさん
確かに、横島君でもあれは言えなかったようです。けど後の噂で……美神の冥福を祈りますw
○ローメンさん
真実を知った美神、さらに噂やら何やら耳にして、結果は見ての通りですw
○読石さん
八兵衛の命日にはなりませんでした。しかし次に美神の前に姿を現したら、その時こそ終わりでしょうw
○とろもろさん
ミカミレディの裏の意味を調べてびっくり。ピッタリじゃないで(ry
コブラが二代目かご都合主義で生き残ったのかはご想像に任せますw
○食用人外さん
三本組み合わせて別の展開にしたってわけではなく、ミカミマンが出てる間に原作イベントを消化して、ついでに冥子とカオスを登場させようと思っただけなんですよ実際^^; けど、やってみたらいつの間にかカオスが九兵衛退治に参加してて、あれ?って思っちゃいました。自分で書いたものなのにw
前回のレスで言ってた人は、あの方でしたかw あんな秀逸な人と比べられて光栄ですね^^;
○内海一弘さん
浮気したらグレートマザーにって……それじゃ、ルシオラが出てきたら死亡確定じゃないで(ry
カオスの方は、結局カオスでしたという話でw
○スケベビッチ・オンナスキーさん
やっぱ早苗は横島を嫌ってこそだと思うのでw きっと、横島が氷室神社に行ったら、喧嘩が絶えない関係になるんでしょうねー。
○長岐栄さん
シメサバ丸は平和利用の愛用品からフラグ強化アイテムにランクアップw いずれ妖包丁シメサバ丸として、おキヌちゃんの武器へ……(マテ
以上〜。では皆さん、次回第十一話でお会いしましょう♪
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