厄珍堂。古今東西のオカルトアイテムを扱う、オカルト業界きっての老舗である。
その厄珍堂に一人の女性が訪れていた。
彼女の名前は暮井緑。
画家としての成功を夢見る画家の卵である。
画家を夢見る彼女だが、出した展覧会全てに落選し、明日からは美術の臨時講師として働くことが決まっている。
彼女は教師という職業に何の魅力も感じていないのだが、画家という職業ではまだまだ食っていけないための、苦渋の選択だった。働かざるもの食うべからず、である。
「この絵の具…いい感じね…」
彼女が手にとった絵の具。
その絵の具が、彼女に転機を与えることになる。
一つの可能性 (5)
「もういいか、ルシオラ?」
「いいわよ。へへ…どう?似合うかな?」
「ああ。もう最高だ!これだけでごはん3杯はいけるぞ♪できれば夜もこの格好で…ぐはぁ!」
「もう!ヨコシマったら!」
ルシオラは今日から高校に通うことになっている。セーラー服が白い肌に映え、いつもとはまた違った印象を受ける。思わず本音を漏らしてしまい、しばかれる横島だったが、当然のように数秒で回復する。
「さてと、じゃあ行こうか?」
「ええ。楽しみね。みんなと仲良くなれるかな?」
「ルシオラだったら大丈夫さ。」
二人で登校するその姿は初々しい高校生カップルの姿であった。
二人が校門の前に着くと…そこは戦場となっていた。
きっかけは二人の姿を見つけたクラスメイトだった。あの横島が女の子と一緒に登校している姿を見た彼は動転しまい、思わず車にひかれそうになったり、突然出てきた子狐を轢きそうになったり、陣痛の始まった妊婦を病院に連れていったりしながらも、光よりも速く自転車をこぎ、学校へと駆けつけたのだ。
彼がもたらした情報は瞬く間に学校中に広がり、学校中が騒然となっていた。同じクラスのもてないクンたちはもちろん、なぜか教師たちまでが参加して、校門にはバリケードが造られていた。
二人が、何事かと思いながら近づいていくと、一斉に声がかけられる。
「横島!隣の女の子は誰だ!」
「ついに人攫いまで犯してしまったんか!」
「いや、あの子は洗脳されてるんだ!」
「貴○花のやつか!」
「正気に戻るんだ!隣の男はケダモノ以下の鬼畜だぞ!」
「横島!先生は悲しいぞ!」
「裏切り者には死を!」
「最後の牙城がぁ!」
「横島さん不憫じゃのー。」
「横島さん…これも神の与えた試練です…なんとか生き延びてください!」
「カップルで登校…青春だわ!」
あまりの反応に呆然とする二人。結局、授業が始まるまでこの騒動は続いたのだった。
昼休み。横島とルシオラは、愛子、ピート、タイガーと一緒に屋上で昼食をとっていた。
教室は、一部男子生徒たちの怨念の影響か、魔界のような空気になってしまっていたので、屋上に逃げてきたのだ。
「しかし、やっぱルシオラって頭よかったんだな。」
「当然よ。伊達に兵鬼を開発してないわ♪」
「けど、だったらなんで学校に通う気になったの?」
「んー、ヨコシマの行ってる学校というものを体験してみたかったの。社会勉強にもなるし、なによりヨコシマと一緒にいれるしね♪」
「これじゃ横島さんも覗きなんてできませんね。」
「覗き!?どういうことかしら、ヨコシマ?あれだけ私が見せてあげてるのに!」
「ピートー!余計なことを!」
なにやら叫びながら、ルシオラにどこかへ連れていかれる横島。
「青春ねー。」
ピートとタイガーは横島の冥福を祈ることしかできなかった…
「やっと最後の授業か…美術なんてヒマだし寝とこうかな。」
「美術の中尾先生今日も休みみたいですね。」
「新しい先生が来るらしいわよ。」
「へーそうなんか。美人の先生やったら嬉しいんやけどな。」
「ヨ・コ・シ・マ!」
横島がルシオラにしばかれてると、ドアが開き、一人の女性が入ってくる。
「暮井緑です。よろしく。」
手をポケットに突っ込みながら挨拶する彼女の姿からは、熱意のようなものは伝わってこない。どこか浮世離れした目で辺りを見回し、冷めた口調で挨拶をすると、すぐに授業を開始する。
「じゃ、今日は人物デッサンをやります。モデルは…そうね、そこのあなた、やってくれる?」
暮井はルシオラに声をかける。ルシオラとしては少し恥ずかしかったが、特に断る理由もなかったので、承諾したのだった。
『美神除霊事務所』には厄珍が血相を変えた表情で訪れていた。
「ドリアン・グレイの絵の具を素人に売った!?」
「そうアルよー。失敗したアルー。」
「ドリアン・グレイってなんなんですか?」
おキヌが質問する。
「早い話が分身を作るアイテムあるよ!その絵の具で肖像画を描くと、ドッペルゲンガーがモデルと入れかわるね!このことが警察にばれたらワタシ営業停止よ。そんときゃ令子ちゃんのあの件やあの件…しゃべるかもしれないアルなぁ…」
「おーけー…わかったわ。探してあげるけど…貸し一つだからね!」
さっそく情報を集めようと美神が思った時、ドアが開いて横島とルシオラが入ってくる。
「美神さん!ルシオラの様子が変なんです!」
「何があったの?」
「美術の時間でモデルになってからずっと様子が変なんですよ!話しかけても全然反応しないし!」
「モデル!?ひょっとしたらドリアン・グレイの絵の具のせいかもしれないアル!このリムーバー液をかければ確かめれるアルね。」
厄珍に渡されたリムーバー液を偽ルシオラにかけると、あっといまにその姿が消える。
「ルシオラの絵はどこにあるの!」
「あの先生が持って帰ったと思います!」
「住所を調べたらすぐに向かうわよ!」
「はい!」
一時間後。横島たちは暮井のマンションに到着していた。
「学校に来たのは浮世離れした感じの先生で…厄珍堂の方はカリカリした雰囲気の女…」
「ドッペルゲンガーが彼女と入れかわって、学校へ行ってたあるか…」
部屋の前に来るとインターホンを押す。
「返事はないわね…踏み込みましょう!みんなくれぐれも油断しないように!」
美神のその言葉と共に一同は部屋の中に入る。
「こ…これはう○た京介の絵!?しまった!ということはここは…」
「気づくのが遅かったわね。そこは私の描いただまし絵よ。」
「やられたー!?」
絵になってしまった美神たちに偽暮井が声をかける。
「私たちドッペルゲンガーの望みは、オリジナル本人になることだけ…何か悪さをする気もないけど、私の正体に気づいたあなたたちを解放するわけにはいかないわ。実験のつもりで描いたあの子も開放するわけにはいかなくなっちゃったね。」
「この先もドッペルゲンガーを作り続ける気なの!?」
「そんなことしないわ。私の正体に気づいた人間だけよ。」
「ふーん、じゃあ会う人会う人ドッペルゲンガーにしないといけないってわけね。」
「どういう意味よ?」
「あんた気づいてないみたいね。あんたと本人は中身がちっとも似てないのよ!ちょっと会っただけの厄珍と横島クンに見破られるくらいにね!つまり、あんたの作者はモチーフの正面しか見てないってこと!キャラクターの内面を描写できてないのよ!…この…ヘタクソ!!!」
その言葉にショックを受け、その影響か、絵から元に戻る横島たち。
ルシオラや暮井も絵から飛び出してくる。
美神は、ショックを受け、震えている偽暮井に対して声をかける。
「さてと…あんたもこれで終わりよ!極楽に…行かせて-」
「待って!彼女を消さないで!」
とどめをさそうとする美神を暮井が止める。
「私…自分が認められないのは周りが悪い、って思ってたけど、そうじゃなかったのね…やっと目が覚めたわ。それに気づかせてくれた彼女は、私のキャリアの転換点よ。大事にとっておきたい作品だわ。」
「ま、絵の具さえ戻れば問題ないけど…あんたそれでいいの?ややこしいことにならない?」
美神の問いに、暮井は目を輝かせて応える。
「なんで!?便利じゃん!教師なんてくされ仕事は分身にやらせて、私は絵の修行に専念できるわ!」
「わかったわ!一流画家になるまで、あなたを支えます!くされ仕事は私に任せて!」
暮井とそのドッペルゲンガーのやり取りにあきれる横島たち。
「画家としてはひと皮むけたかもしれんが…」
「教師としてはサイテーあるな…」
「芸術に殉じるってきれいごとじゃないのね…」
「愛子サンが聞いたら気が狂いそうね…」
こうして無事(?)事件は解決したのだった。
結局その日の仕事はない、ということで、帰り道についた横島とルシオラ。
ルシオラが横島に感謝の言葉を述べる。
「ヨコシマ、私の偽者を見破ってくれてありがとね。」
「まぁいつも見てるからな。雰囲気が違ったらすぐわかるって。けど偽者とはいえ、お前の姿をしているやつを消すのは辛かったな。」
「ヨコシマ…」
その言葉に自然と頬がゆるむルシオラ。
「ただ…な。」
「ただ…なに?」
「ドッペルゲンガーの方が少し胸が大きかったんだよなぁ…」
「そ…そんな…偽者に負けるなんて…」
がっくりとひざをつくルシオラ。意気消沈してしまったルシオラに横島が声をかける。
「そんな気にすんなって胸が小さくても、ルシオラはルシオラだって。全部含めて俺はルシオラを…その…まぁ…なんだ…好きなんだからよ。」
自分の言葉に照れる横島。そんな横島を見て、温かい気持ちがルシオラの胸に広がる。
「ありがと、ヨコシマ。これはお礼よ。」
二人の影が一つになる。
そんな二人をキーやんとサっちゃん、アシュタロスが優しく見守っていた…
~おまけ~
ナチズ本部。
優雅に紅茶を飲んでいた小竜姫のもとにおキヌが駆け込んでくる。
「そ…そんなに焦ってどうしたんですか、おキヌさん?」
「こ…これを見てください!」
そう言っておキヌが渡した手紙には次のような文章が書かれていた。
『胸とは人生であり、人生とは胸である。
私がバストアップという旅に出てから1年あまりの月日がたった。
1年前、南米のとある秘密基地からその旅は始まった。
あの頃は必死に大きくすることに夢中になり…
必死で大きくすることだけを目指した。
この旅がこんなに長くなるとは私自身思いも寄らなかった。
AカップからDカップになり再びAカップに戻った。
胸はどんなときも私の中心にあった。
胸は本当に多くのものを授けてくれた。
喜び、悲しみ、友、そして試練を与えてくれた。
ナチズは世界で最大の組織。
それだけに、多くの団員がいて、多くのファンがいる。
ナチズ総統は多くの期待や注目を集め、そして勝利のための責任を負う。
総統になって以来、「自分の胸は好きですか?」と問われても
「好きだよ」と素直に言えない自分がいた。
だが、そんな私にヨコシマは言ってくれた。
「胸が小さくても、ルシオラはルシオラだ」と。
その言葉を聞いた後、自分の胸を愛して止まない自分がいた。
何もできないまま、ナチズを離れることは、とても辛いことだと感じていた。
しかし、私の気持ちを分かってくれるみんなが、次のナチズを支えてくれる、と信じている。
だから今、私は、安心して旅に出ることができる。
最後にこれだけは伝えたい。
これまで一緒にナチズで闘ってきたみんな。
私が、自分を取り戻すきっかけを与えてくれたヨコシマ。
そして、これまでも、これからも共に歩み続けていく、私の胸に、心の底から一言。
“ありがとう”
るし』
「…裏切りついでに惚気ですか…おキヌさん…」
「…裏切りには死を!…ですね…」
「デタントなんかくそくらえです!行きましょう、おキヌさん!」
「ふふふ…ひき肉にしちゃいますよ…ふふふ…」
翌日、謎のマスク二人組に襲撃されたルシオラだったが、その犯人が見つかることはなかった…
あとがき
学校編と言ったわりにあまり学校のことが書けませんでした。すいません。
魔族のルシオラにあの絵の具が効くのか、と思われるでしょうが、効くってことでお願いします。魔族には効きづらいので、ちゃんとしたドッペルゲンガーが作れなかったってことにしました。
次はタマモ編の予定です。では失礼致します。
レス返し
読んでくださった皆さんありがとうございました。
○読石様
アシュ様、成仏したはずなんですけどね…今回もでてきちゃいました…
○かなりあ様
もうちょっと反応させた方がよかったですかね?
○亀豚様
感動して頂けて、すごく嬉しいです。百合子さんは、自分の中では、ものすごくかっこいい母親ってゆう印象があります。
○k82様
確かに物分りがよすぎたかもしれませんね…もうちょっと掘り下げればよかったかな、と反省してます。
○HEY2様
学校組の奮闘はできませんでした。すいません。タイガーなんて一言ですし…
誤字報告ありがとうございました!
○ローメン様
暴走ぶりはどうだったでしょうか?楽しんで頂けたら嬉しいんですが…
○SS様
すいません。全く意味ありません。一発ネタだったはずが今回もだしちゃいましたけど…
○寝羊様
あの世なのか?現世なのか?自分にもわかりません。
ナチズは…わかってる…と思います。
○TA様
はじめまして。読んで頂けて嬉しいです。
横島の不幸はあんまり描写できませんでしたが、彼はこれから毎日、浮気やらセクハラの監視をされるので、むしろ受難の日々はこれからです。