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「歩む道異聞(黒の本2)(GS)」

テイル (2006-07-24 01:26)
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 運命は一つではなく、歩むべき道も一つではない。世界は様々に広がり、あらゆる可能性を追求し続けている。
 ある世界では白であっても、別の世界は黒かもしれない。
 ある世界では生きていても、別の世界では死んでいるかもしない。
 正義と悪が反転しているかもしれない。幸福と不幸も反転しているかもしれない。
 似たり寄ったりの世界で、しかしどこかが違うのかもしれない。
 ならば語ろう、別の世界の話を。人が並行世界と呼ぶその世界のことを。
 そして示そう、別の可能性を。歩むことの出来うる、別の道を。
 それを知ってどうするか、どうなるかは、私の知ったことではないがね……。


 轟々と風を切る音が聞きながら、星はおろか月の光すら窺い知れない夜の空を、私は高速で飛び回っていた。
 蛍の化身である私の身体は淡い光を身にまとっている。その姿が夜空を踊る光景は、見るものが見れば目を奪うような美しい光景かもしれない。
 ……しかし今、地上に空を見上げるような、そんな余裕を持つ人間はいないだろう。
 眼下に広がる地上は今、耳を覆いたくなるような阿鼻叫喚の叫びに包まれていた。街には常なる灯はなく、代わりに常ならぬ悪霊や妖怪たちがひしめいている。
 まるで雲霞のごとき悪霊。そしてその悪霊どもが人間達に襲いかかる様相は、まるで地獄だ。なにせ霊力に抗し得る力を持っている人間は少ない。普通の人間には、悪霊に対しては為す術もないのだ。
 オカルトGメンや民間のGSが奮闘するだろうが、長くはもたないだろう。……このままいけば、人間は全滅してしまう。
 私は地上を阿鼻叫喚の地獄と化した元凶を見た。空からはおろか、地上からでもはっきりと見えるその威容。大きくて、威圧的で、そしてとても不可思議な建造物。
 それこそがコスモプロセッサ――アシュ様が作り上げた、因果律に食い込み運命を改変することが出来る演算機だ。その力によって、地上は地獄に変えられた。
 この事態を打開するにはコスモプロセッサを破壊するしかない。その為に彼が、ヨコシマがこの地獄のような街の中を移動しているはずだ。そしてそんなヨコシマを援護する為に、私はここでベスパをひきつけている。
 それにしてもヨコシマは大丈夫だろうか。街はひどい有様だ。無論ヨコシマとてただの人間ではないし、無事だとは思うが、心配の念は消えない……。
「!?」
 後方で霊気が収束する気配が発生した。ヨコシマのことを考えて、わずかに意識が揺らいだのか……ベスパが隙と見て行動を起こしたのだ。
 私は慌てて意識を集中する。次の瞬間、私に向かって巨大な霊波砲が放たれた。
 歯を食いしばりながら加速、回避に移る。無論その際、幻影を残すのを忘れない。
 膨大な霊力にちりちりと空気が爆ぜる音と共に、霊波砲が幻影を飲み込む様を横目で確認。これで私が霊波砲を食らって消滅したように見えるだろう。その心理的隙間を縫うようにして、死角からべスパに接近する。
 しかし不意を打とうとした私に向かってベスパが振り向いた。気配が読まれたか……。
 私は慌てて距離を置く。まともな接近戦において、ベスパに対する勝機はかけらもない。元々基本的なパワーに差があったのだが、加えてアシュ様に再調整でもされたのか、以前よりもベスパの力は上がっている。……さらに言うなら、今の私は手負いだ。
 私たちは睨みあった。荒く呼吸しながら肩を大きく上下させている私と、平然としているベスパ。それだけで私が押されていることは一目瞭然だ。
 それでも闘志をこめて私はべスパを睨んだ。まだ勝負が決まった訳じゃない。
「結構がんばるじゃないか。基本的なパワーに大きな差があるのにさ。幻術の切れだってたいしたもんだ。でも、だいぶ動きが遅いし余裕もないみたいだね。……ここに来る前に、既にダメージを負っていたんだね」
 余裕を見せるように腰に手を置きながら、べスパは私を見下ろした。私は彼女の隙を窺うが、余裕は見せていても油断はしていないようだった。
 さて、どうするか。
「姉さんに勝ち目はないよ。降参したら? ここで死ぬのが目的じゃないだろう?」
「私の目的はアシュ様を倒すこと。そして世界を救う為よ。……ヨコシマの為にね」
 その意思が揺らぐことはない。ヨコシマが好きだから。ヨコシマの為ならなんだってするし、できるから。
 その想いを悟ったか、ベスパが顔を歪めた。
「姉さん……勘違いをしているよ」
「なにがよ?」
「自分の願いを、さ。姉さんは世界を救いたいんじゃないだろう。ヨコシマの役に立ちたいだけだろ」
「そうよ。それが悪い? 惚れた男の為よ」
 言い返しながら、私は呼吸を静めていく。何故ベスパがこんな会話を始めたのかわからないが、この際目一杯休んでおく。どちらにしろ時間稼ぎぐらいしか出来ないだろうし、この状況は好都合だ。
「やっぱり勘違いしているね、姉さん。姉さんは状況に流されているだけだ。ヨコシマに喜んでもらいたい? ヨコシマの為? 嘘だろ、それ。それが姉さんの願いであるはずがない!」
「はっきり言うのね。じゃあ、私の願いって何?」
「決まっているさ。ヨコシマと共に、ヨコシマの隣で、寄り添って生きて行くことだ」
 どきり、と心臓が一度大きく跳ねた。
 思わず口を開きかけたが、何か言葉が出る前にベスパが続ける。
「好きなら、一緒にいたいと思うはずだ。一緒に生きて行きたいと思うはずだ。自分が犠牲になって格好つけるより、どんなに見苦しくても放すまいとするはずだ! ……そうじゃないかい、姉さん? それともここで死んで、救われた世界でヨコシマが別の女とくっついた方がいいってのかい!?」
「そんなことはっ!」
 あるはずがない。そんなこと、あるはずがない!
 しかし実際はどうなのだろうか。もし自分がここで死んで、世界は救われて、そしてヨコシマが生き残っていたら……どうなる?
 脳裏にある光景が浮かんだ。東京タワーで唇を交わす光景。私がヨコシマと実際にしたその光景。しかしヨコシマの中では、それと同じ言動のまま、美神さんに置き換えられていた。
 ヨコシマと美神さんの縁は強い。前世からの因縁とも聞いているし、現世でも長く行動を共にして心が通じ合っている。ヨコシマの心も、美神さんに惹かれている。
 ならば、もし自分がいなくなったならば……ヨコシマが美神さんと一緒になる可能性はとても高いではないか。
 寄り添いあって抱きあって、甘い言葉を交わし、心と身体が一つになっていく。そんな関係に、ヨコシマと美神さんがなる? 私ではなく他の女と、ヨコシマが?
 それは……とても嫌だ!
「……姉さん、アシュ様には目的があるんだよ」
 不意に、ベスパがぽつりと呟いた。
 アシュ様の目的。それは三界を滅ぼし、新たな創造神として君臨することだ。それくらいは知っている。
 しかしここであえてそう言うのならば、何か別の意図があるというのだろうか……?
 私の怪訝な表情を見て、私の疑問に気付いたのだろう。ベスパが悲しそうに笑った。今まで見たことのない表情だ。
「アシュ様はね、死にたがっておられるのさ」
 一瞬理解できなかった。
 数秒後にベスパの言葉が私の頭に染みこみ、思わず叫ぶ。
「……なん、ですって!?」
「本当だよ。アシュ様はとても優しくて、他人を傷つけるのが嫌いでさ。元々魔族に向いてないんだよ。……でも、アシュ様はとても力の強い魔神だ。私達みたいな下っ端じゃなくて、存在の意義という奴を世界から与えられてしまうような、強大な魔族なんだ。そう、たとえ死んでも……無理やり同じ存在に転生させられてしまうような、ね」
 空気がとても静かに感じた。そこここで行われているはずの戦闘音が遠くなる。ここだけ切り取られたかのように、別世界のように感じる。
「神魔が争っているような状況なら、まだ良かったんだ。悪から善へ、ひっくり返る余地があった。でもデタントが進む現在の状況では、その望みもない。だからアシュ様は行動を起こしたんだ。起こさざるを得なかったから、起こしたんだ。……三界を震撼させるような大事件を起こして、神魔や造物主にアシュ様の死を認めざるを得ない所までもっていく。これは、その為の戦いなのさ」
 ベスパはコスモプロセッサに向かって振り向いた。そこにいるであろうアシュタロスへと視線を向けた。
 それは、隙だらけの姿だった。そしてその隙だらけの姿に、私は何も出来ない。
「勝利して新たな世界の神となるか、敗北して死を迎えるか。二つに一つ。……そして願わくば死を。それがアシュ様の望みさ。死ぬ為に、あれだけの行動をしているんだよ」
「ベスパ……」
 ベスパの悲しそうな言葉。寂しそうな表情。そして狂おしいほどに伝わってくる想い……。
「気付かなかった。あなた、アシュ様が好きなのね……?」
 こくりと、ベスパは頷いた。
「そうさ。身のほど知らずかも知れない。でも、あの方をお慕いしてる」
「だから、あなたはアシュ様のそばにいるのね、アシュ様の望みを手伝う為に……」
「違うっ!!」
 激しく叫んだベスパに驚く。消沈していた意気がみるみる高揚し、覇気に溢れた表情を浮かべながら、ベスパは言った。
「さっきも言っただろう、姉さん! 本当に好きなら、見苦しくても、一緒に生きていきたいもんだってさ! あたしはアシュ様と生きたい。そばにいたい。抱きしめてもらいたい。身のほど知らずだけど、生きたあの方を愛したい! ……だから、絶対に死なさないんだ! 姉さんとは違う! 生きて幸せになりたいから、あたしは戦うんだ。命を懸けて戦うんだ。勝利を手にする為にさ!」
「ベスパ……」
「もう一度訊ねるよ、姉さん。あんた、ヨコシマが好きなんだろ? 誰にも渡したくないんだろ? 一緒に生きたいんだろ!? 姉さんが死んだら、たとえ人間側が勝ったって何にもならないだろっ!?」
 喉が渇く。からからだ。唇も震えてる。身体の芯も、とても冷たい……。
「降参しなよ、姉さん。最初に言ったけど、姉さんに勝ち目はない。それにもし降参すれば、姉さんとヨコシマを新世界のアダムとイブにしてもいいと、そうアシュ様はおっしゃったよ。しっかりと言葉に出してね……。あの方が言葉を違えないことは知っているだろう?」
「………」
「何が大切か考えるんだよ、姉さん。何が姉さんに一番大切なのかを考えるんだ。そうすれば、迷う必要なんてないじゃないか」
 最も大切なもの。
 それはヨコシマ。
 ……私の腕の中にある、ヨコシマ。
 ベスパが腕を伸ばす。魅入られたように、その腕を凝視する。
「さあ、姉さん。造られた存在でも、幸せになる権利はあるはずだ。使い捨ての道具みたいに、自分を犠牲にする必要なんてないはずだ」
 ゆっくりと腕が上がる。自分の意思じゃないみたいだ。
 ゆっくりと腕が伸ばされる。ベスパに向かってゆっくりと……。
「さあ、姉さん……行こう。こっちの世界へ」
 ベスパが笑った。にっこりと。
 私も笑った。たぶん、笑った。
 口元だけが弧を描くような、そんな笑みだったかもしれないけど。
 きっと笑った。
 もう、地上から聞こえていた断末魔の声は止んでいた。阿鼻叫喚の地獄絵図もなくなっていた。
 どうでもよくなったから、私の中から消えたのだ……。


「っ!」
 嫌な汗と共に目が覚めた。悪夢を見た時に特有の覚醒状態……。
 あたしは荒くなりそうな息を努めて抑えながら、そっと身を起こした。身体にかかっていたシーツが落ちて、夜気が素肌に触れる。
「んにゃ」
 隣で寝ていた男の腕が、あたしの腰に伸びた。そのまま軽く引っ張られ、抵抗せずに彼の腕に抱きすくめられる。……凄く、落ち着く。
「ヨコシマ……」
 小さく呼びかけたが、起きる気配はない。その代わり腰に回された手に少しだけ力がこもった。あたしは息を吐きながら、彼の頭に腕を回す。豊かな胸がヨコシマの顔にかかる。窒息させないように気をつけなくてはいけない。そんなことを考えて、微笑む。
 夢に起こされるのは、アシュタロス事変から幾度もあった。泣き叫んで目覚めることもあった。しかしそれはほとんどがあの当時の出来事の繰り返しだ。過去にあった事実が、夢という形で再現されるだけのものだった。
 しかし今夜見た夢は違う。現実とは全く違った内容の夢。しかし妙に現実感があって、そして不安が心に忍び寄るような夢。
 それは自分の代わりに姉がヨコシマに惹かれている夢だった。そしてあたしがアシュ様側についている夢だった。そのあたしの悪魔の誘惑に、姉が負ける夢だった。
 現実は違う。あの時東京タワーの上空であたしは姉と戦い、そして勝利した。再調整されていても、姉よりあたしの方が基本パワーにおいて勝っていたのだ。
 ヨコシマの文珠で短時間ながら幻術を打ち破る能力を身につけていたあたしに、姉は……ルシオラは敗北した。そしてアシュ様を打ち破り、今こうして幸せに暮らしている。
 アシュ様を、そして姉を手に掛けたことは忘れられないし、今でも魘されるけど……。
「ベスパ……」
 寝言で名前を呟かれ、私の顔に柔らかな微笑みが浮かぶ。そっと唇を寄せると、ヨコシマのものと重ねた。そしてシーツをたぐり寄せると、ヨコシマの胸に顔を埋めるようにして抱きつく。
 過去に後悔はある。ああしておけば、こうしておけば……とも思う。でもやり直そうとは思わない。どんな未来も、どんな過去も関係はないのだ。
 今ここにある現実……それを大切にしたいから。
 あたしはヨコシマの心臓の音を聞きながら、目を閉じた。そのままゆっくりとあたしの意識は沈んでいく。
 愛する男に抱きしめられながら、心地よい眠りへと落ちていく……。


 寝室に二人分の寝息が響き始めた時、暗がりでそっと壁に立てかけられていた本が音もなく倒れた。風もないのにぱらぱらとページがめくれる。しかしそこに書いてある内容は一切理解出来ないだろう。
 なぜならその本は、表紙も中身も黒一色。全てが漆黒に彩られた本だったから。
 やがて本は閉じて、ひとりでに元に位置に戻った。そして少しだけベッドに眠る二人を窺うような間を残すと、その本は闇に溶けるようにして消えた。


あとがき
 7月も終わりだというのに、天気が悪いですな。
 皆様いかがお過ごしでしょうか。

 さて相変わらず間はあいておりますが、続編です。
 残すところ後二話です。
 おつきあい頂ければ幸いw
 ではでは。 

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