インデックスに戻る(フレーム有り無し

▽レス始

「歩む道異聞(異邦者 後編)(GS)」

テイル (2006-06-07 03:34)
BACK< >NEXT

 雪は変わらず空から舞い落ちていた。その勢いは留まることを知らず、振り落ちる雪自体もまた一回り大きくなったようだった。
 足跡もタイヤ跡もない真新しい雪の上を、横島は一人歩いていた。ざくざくと雪を踏みしめ、時折灰色の空を眺めて白い息を吐き出す。
 その足が不意に止まった。道路に面する公園の前で、横島は何かに気づいたように、その視線を彼方の空へと向ける。
 はたして横島の視線の先には、灰色の空を背景にこちらに向かう小さな二つの人影があった。
「来たか。……おやおや、この世界の最高指導者も甘いこと甘いこと。助かるけどな」
 横島は公園の中へと足を進めるとその中心部分で腕を組む。そうして待ち受ける横島の元へ、人影はまっすぐに向かって来た。
 やがてその影が横島の頭上で停止する。
「見つけましたよ。霊的探査障害されていたおかげで、大分手こずりましたが」
「えっと、取りあえずまだ敵対してないからね。その辺よろしくー」
 見下ろす形でそう言ったのは、二人の少女だった。
 一人は白い薄絹の衣を身に纏い、身体のあちらこちらに目を模したアクセサリーのようなものをつけていた。きょろきょろと動くそれは、彼女の感覚器官の一つでもある。特に目立つ額のそれは、彼女本来の目と同様横島を鋭く睨んでいる。りんとした態度で、横島に隙を見せまいと気負う様が見て取れた
 もう一人は竜鱗の道服を身につけ、頭に角を生やした少女だ。のほほんとした全く気合いの抜けた雰囲気をその身に纏い、柔らかな視線を横島に向けている。しかし少女に隙など微塵もなく、加えて背に負った竜族の神剣にそっと手を触れる様子は、引き絞られた弓矢を思わせる。
「大人しく捕まってください。異邦者横島。こちらにはあなたを排除する権利、及び次の次元移動を阻止する義務があります。抵抗しないならば手荒な真似はしません」
「そうそう。私が言うのもなんだけど、争いごとって不毛なのよね。話し合いって素晴らしいと思わない?」
 二人の言葉に横島は応えない。二人を見たまま、ただ立っている。その様子に二人は顔を見合わせると、言葉を続けた。
「あなたが異世界を旅する異邦者だということはわかっているのです。異世界の最高指導者から、この世界の最高指導者に直接通達があったのですから。もちろんあなたの目的が、あなたが誕生した世界で縁深かった人達の同位体、その救済であることも承知しております」
「でも、異なる世界から異なる運命をこの世界に持ち込むのは、世界のありように沿っていないの。気持ちはわかるけど、あなたのしていることは悪いことなんだよね。とゆーわけで、捕まってくれないかなー?」
 交互にそう言って、そして二人は横島の様子を窺った。実際の所、素直に言うことを聞くとは思っていないのだが、万が一ということもある。
 果たして横島はその問いに指を二本立ててみせた。
「二つばかり質問、いいかな?」
「……どうぞ」
 横島はそれぞれ二人を指さして、問うた。
「ヒャクメに、小竜姫様?」
「そうですが……?」
「ああそうか。別の世界にも、私たちがいたんだね。だから知ってるんだ」
 首をかしげたヒャクメと、にこにこしながら納得したように頷く小竜姫。その様子に横島の顔に笑みが浮かんでいく。
「いやぁ、色々と世界を回っていたけどさ、なんか二人とも新鮮だな。冷静沈着なヒャクメと、のほほん小竜姫様か。うん、いい。いいぞ? ちょっとお近づきになりたいかも……」
 ぐふふと怪しげに笑う横島にヒャクメが顔を引きつらせ、逆に小竜姫が顔を輝かせた。
 小竜姫は身を乗り出すようにして、明るい笑みを横島に向ける。
「じゃあ、捕まってくれる?」
「はっはっは、上手いね。でもそれは駄目だよ。そもそも色々と矛盾してるだろ。排除対象なのに手荒なことをしないって所から」
 面白そうに笑いながら、同時に横島は肩をすくめて見せる。
「俺はいわゆる、次元を渡っての手配犯って奴なんだろ。手厚い対応をされるとは思えないよな?」
「確かに、あなたには神界で軟禁生活を送って頂くことになりますね。ですが安全は保証しますよ」
「あ、それに私が遊びに行くからね。楽しいよ、軟禁生活。だからさ、大人しく捕まろうよ。ね?」
 まるで幼子のような説得をしてくる小竜姫を、横島は楽しそうに見た。
「なるほどね。確かに結構楽しいかもしれない。でも、それは駄目さ」
 残念そうな表情を浮かべる小竜姫の代わりに、ヒャクメが口を開く。
「どうしてですか? 神界に行けば人界に干渉することはできなくなりますが……あなたがこの世界で成したいと思っていたことは既に成されたはずです。それを阻止するのも任務の一つだったので、不本意ですが」
「おう、それそれ」
 横島は思い出したように、指を一本立てた。
「もう一つ聞きたかった事ってのがさ、それだよ。俺がやったこと……チャラにしたりはしないだろうな」
 横島の言葉に、ヒャクメは無言でその目を彼方へと向けた。その目に映るのは小鳩のアパートの部屋だ。
 そこには元貧乏神と小鳩が抱き合っている姿があった。福の神と化した元貧乏神と、泣きながら縋り付く小鳩の姿があった。
 視線を横島に戻すと、溜息を吐いてからヒャクメは頷いた。
「あなたはこの世界の人間ではないのですから、例え運命を変えたとしてもこちらから修正は出来ません。それがたとえ、破滅の道を歩む少女の魂を救い、同時に永遠に対象者に取り憑く福の神の創造だとしても。……実際大したものです。貧乏神を滅するほどの力と、あなたの特異な能力……文珠があればこそでしょうね」
「考え得る、一番いい方法をとっただけだよ」
 そう言って、横島はにやりとした笑みを浮かべた。
 横島が小鳩のアパートで貧乏神に行ったのは、一種の転生術だった。永遠に対象に取り憑くようになった貧乏神の核に干渉し、その特性を反転させたのだ。その結果超貧乏神は死に、新たに永遠に対象者に取り憑くという特性を有した福の神が誕生した。
 小鳩を貧乏神から救い、同時に貧乏神と一緒にいられるようにする最善手だ。
 無論口で言うのは簡単だが、それを行う事がどれほど難しいのか、想像に難くない。またその存在は、本来ならば成功したとしても到底認められないものだ。世界の理から逸れている。通常なら即座に排除対象になるのだが、しかし異次元から来た横島がやったことだからこそ、逆に干渉することが出来ない。
「しかしそのせいで、あの少女には随分恨まれたようですね」
「ま、ね。でもやり方がやり方だったから仕方ない」
 試練の件では、結果的に小鳩をだます形となった。貧乏神の特性変換の時に必死で縋り付いてきた時には、胸が苦しくもなった。
 結局特性変換が終了した時、貧乏神と小鳩はそろって気を失ってしまっていた為、別れも告げずにアパートから出てきた。もちろん謝りもしてない。だが、それでいいと思う。
 自分は夢のようなもの。本来存在しないのだ。彼らの心に残る必要はない。結果さえ残せれば、それでいい。
 自分の試みが成功したことは、自分でわかっている。それで十分だった。
「さて、と。一番知りたいことも知ることが出来たし、これで本当にすることはなくなったな」
 横島のこの言葉に小竜姫は困ったように首をかしげ、そしてヒャクメの目が鋭くなる。
「大人しく神界に来てくれる……わけはないですか、やっぱり」
「まあね」
「どうしても、次の世界に行くの?」
「この世界の小鳩ちゃんみたいなのが、いるからさ……」
 小竜姫の顔が悲しそうに歪む。
「でもこの世界の小鳩さんって人も、次の世界の誰かも……あなたの知っている人じゃないんだよ? とてもよく似た、別人なんだよ? それでも、行くの?」
 その言葉に、横島の顔に優しげな笑みが浮かんだ。何かを懐かしむような、大切な何かに触れたような……そんな笑みだった。
「雰囲気は違っても、やっぱり小竜姫様だね。どの世界でも、みんな同じ事を言う……」


 交渉は決裂した。
 横島が透き通ったような笑みを浮かべたのを見て、そうヒャクメは判断した。あれは全てを過去においている者の笑みだ。己の思いに殉じる者の笑みだ。残念だけど、仕方がない……そう言う者の笑みだ。
 彼がどうしてこのような生活を送るようになったのかは定かではないし、聞いてもいない。しかし彼がこのまま同じ生活を続けるつもりであることは、はっきりと理解した。
「ヒャクメ……」
「仕方ありません。実力行使です」
「でも彼は、悪い人じゃないよ。悪いことをしているのかもしれないけど、悪い人じゃない」
 小竜姫の言葉は、武神にはあるまじきものだったろう。しかし彼女と長いつき合いであるヒャクメは、それが彼女の美点でもあることを知っている。同時にそんな一感情に支配されない、強い精神力を持つ武神であることも知っている。
 だからヒャクメは、ただ頷いた。
「……わかっています。でも、止めなくてはいけません」
 横島が右手を上げるのが見えた。その手の内に、いくつものビー玉ほどの珠が生まれる過程すら、彼女の目は捉えた。
 彼の手に生まれた物……それは圧縮した霊力に特性を持たせる事が出来る、文珠といわれる類い希な霊具だ。彼女の目は、その一つ一つに浮かんだ文字すら見て取った。

 『次』『元』『門』『開』『導』

 それらの文字から、その効果は容易に予測できる。無論発動させるわけにはいかない。
 ヒャクメが小竜姫に目を向けると、応えるように彼女の姿が消えた。
 次の瞬間には小竜姫は横島の背後に立ち、神剣をその首筋に突きつけていた。その速さは知覚など決して出来ない神の領域。
 横島が感心したように口笛を吹く。
「……お見事。やっぱり小竜姫様だね。多少の違いはあっても、能力に大幅な違いはない。超加速だろ、今の」
「降参、しない? 怪我させたくないの」
「優しいね、小竜姫様」
 そう言って微笑む横島は、およそ首に神剣を突きつけられている者の態度ではない。
 しかし理解はしているはずだ。もしその手の文珠を発動させようとした時は、小竜姫は横島に怪我をさせることも辞さないことを。……彼女は、武神なのだから。
 横島は動けないはずだ。動いた瞬間に切り伏せられるか、叩き伏せられるのは目に見えている。だから横島は、動けないはずだ。この状況を打破する手段を、彼は持っていない。
「詰みのはず……」
 ヒャクメはそう判断しながら、しかし何か落とし穴があるような気がしてならなかった。
 なぜなら横島は、変わらず笑みを浮かべたままだったから。それは余裕を見せているようすらあった。打つ手など、もう無いように見えるのに。
 そしてその予感は、当たる。

「能力が似通っているということは、その弱点も似通ってるってことだ」
 横島の言葉と同時に、小竜姫は身体の自由を奪われたことを知った。その目に映るものは何もなく、感じられる気配も何もないのに、何かが唐突に身体にからみついたかのような感覚があった。
 からみついた何かは小竜姫の身体をぐるぐる巻きに縛り、指一本すら動かすことが出来ない程に拘束する。
「小竜姫っ!」
 ヒャクメが目を見張るのが見えた。その表情から、彼女にも何が起こっているのかわからないのだろう。
「いったい何が!?」
「言ったろ。弱点は似通うんだよ。灯台下暗しと、霊波に焦点を合わせているのは相変わらずだな」
 横島は左手の指を立てた。それが合図だったかのように、雪の下から二つの文珠が現れ、彼の目線で浮遊する。その文珠にはそれぞれ『隠』と『縛』とあった。どちらも既に発動している。この『縛』の文珠の方が、小竜姫の自由を奪っているのだ。
「気がつかなかったろ」
「どうして……アパートからずっと見ていたのに」
「それが敗因だ。俺はこの世界に来た時から『隠』の文珠を発動させて、『縛』の文珠を隠し持っていたんだよ」
 ヒャクメの顔から血の気が引く。
「……私の目から逃れる為?」
「そうなるね。でも君の失敗じゃない。文珠で隠した文珠を見つける……そんなこと、隠した瞬間を見なければ不可能だよ」
 そして横島は『隠』の文珠を手に取る。その文字が『増』に変わった。途端に『縛』の文珠から放たれている高圧の霊力が感じられるようになる。その全てが小竜姫を縛ることに使われているのだ。
 横島はたった今変化させた『増』の文珠を発動させた。その効力を受けて、『縛』の文珠の霊圧がさらに上がる。
「!?」
 増した霊圧に驚いた表情を浮かべる小竜姫に、横島は謝った。
「ごめんよ。でもそろそろ『縛』を解呪するだけの霊力が練り上がりそうだったからさ」
「気づいて、たんだ。参ったなぁ」
 大人しくしながら、文珠の効果を打ち消すべく密かに練っていた霊力。しかし横島には見透かされていたらしい。
「それじゃ。俺は行くよ。結構楽しい会話だった。ありがとう」
 横島の手から複数の文珠が発動する光が漏れる。
「考え直しませんか?」
「辛い、だけだと思うよ?」
 二人の優しい言葉に笑みを浮かべ……そして横島は消えた。


『そうですか、失敗しましたか。……いえ、仕方がないでしょう。彼女たちにはご苦労と伝えておいてください。では……』
 神殿の主は念話を終えると、相手の意識が離れていくのを感じながら一つ頷いた。たった今成されたのは任務失敗の報告であったが、それは完全に予想通りの結果であった。
 人間界で次元震とある存在のロストを観測したのは、つい先ほどのことである。
『どないでっか?』
 瞑目していると、唐突に念が飛んできた。こちらも予測の範囲内であり、さして驚く様子もなく受け応える。
『ヒャクメと小竜姫は失敗しました。彼は再び次元を越えて別の世界に行ったようです。そちらでも観測していると思いますが……』
『ああ、観測したで。ちなみにあれの行く先には既にこちらから通達したよって、そっちらか何かする必要はあれへんで。故意に逃がしたのか、なんて聞かれたけどな』
『なんて応えました?』
『もちろん、偶然や。不幸な出来事が重なったって応えといた』
 飄々と発せられたその言葉に主は苦笑する。彼の最もよく知る神族を任務に就けておいて、そんな理屈が通る訳がないのだ。本当に捕まえたかったのなら、彼女たちより強大な力を持つ、そして彼の見知らぬ神族を派遣すればよかった。それなのにわざわざ彼女たちを指名したのは、隙をついてくれと言っているに等しい。神族側の落ち度と言われたら弁解のしようがない。
 とはいえこの人選が行われたのにも理由がある。そもそもどうしてあの二人が横島と親しい関係だったと知っているのか……。
 それは横島のことが通達された時に、彼の異世界の最高指導者からその情報も共にもたらされた為だった。そしておそらく今回こちら側から行った通達にも、同様の情報が含まれているのだろう。これはある意味、壮大な茶番なのかもしれない。
 彼の思考を読んだのか、思念が飛んでくる。
『ま、わいがこちらから誰かを派遣するっちゅーたら、ワルキューレとジークになっとったやろ。そしたら結果は一緒や。わいやあんさんや、別のわいらの思惑通りにな』
『そうかもしれませんね。……私達は、正しいことをしませんでしたね』
『せやけど、間違ったこともしてないやろ。単なる自己満足かもしれんが、とりあえずそれでいいやないか。……あいつは、あいつの世界の見知った他人を助けている。実際にはあいつが護りたかった当人や無いけど、それでも助けてしまう。幸せを望んでしまう。そして、その為にこの世界の運命に手を加える』
 望まぬ未来を、勝手に望ましい未来にすり替えるのだ。それは用意された道に、部外者が勝手に手を加える事に等しい。
『私は、完全に彼の味方にはなれません。彼は間違ったことをしている。しかし……それでも、彼を愛しいと感じてしまう気持ちは消せません』
『あいつは、良くも悪くも……人間やからな』
 矛盾を抱え、苦しみながら、道理にはずれた事をする。単なる自己満足の為に辛い道を歩き続ける。……なんと愚かで、そしてなんと愛しいのだろう。
 願わくは、と祈りを捧げる。捧げる対象は神などではない。運命に、祈りを捧げる。
 同時に、闇の王からも祈りが飛んだ。
『彼の行く先に、幸が多からん事を……』
『あの小僧に、いつか安息がもたらされるよう……』
 偉大なる二柱の祈りは、重なり、響き、そして虚空に消えていった。


 あとがき。

 黒の本をあと二つ。
 夢人というやつが一つ。
 それで異聞は終了です。

 おつきあい頂ければ幸い。

BACK< >NEXT

△記事頭

▲記事頭

G|Cg|C@Amazon Yahoo yV

z[y[W yVoC[UNLIMIT1~] COiq COsI