想い託す可能性へ 〜 よん 〜
その存在は猛り狂っていた。
あと一歩というところで、獲物を喰らう事が出来たのに!!
ソレは今まで何の苦労も無く、可能性の世界樹に発生する特異な可能性を食(は)んできた。ソレの行動原理はいたって単純。可能性の世界樹を急激に成長させる可能性を除くことだった。
急激に成長した枝世界は、枝が痩せ細ってしまい枯れてしまうのが常だった。そして、枯れた枝世界が属するその親枝世界を腐らせる傾向にあった。
枝世界が枯れる事は、すなわちその世界が崩壊する事を意味する。“除くモノ”は、その崩壊を促す可能性を食み、枝が枯れるのを防ぐ役割を担う益虫のような存在だった。
永く悠久とも言える時間の間、ソレは数えきれないほどの特異な可能性を喰ってきた。
その永い刻の狭間で、“除くモノ”は増える枝世界に準じるように個体数を増やす必要が出てきた。その増えていった“除くモノ”の中で、たった一つだけ突然変異体が現れた。それが今回横島達を狙った敵の正体。
この突然変異体は、ある特定の必要な可能性だけを喰う存在だった。その必要な可能性とは、不確定因子と呼ばれる者達を急成長させうる存在。
歴史上の英雄たちに多大な影響を与えた人物の非業の死は、ほぼ全てこの突然変異体に喰われてしまった事が原因だった。しかもこの変異体は性質(たち)の悪い事に、必ず悲劇を引き起こす事で目的を達成するのだ。
今まで確実に逃がす事無く喰ってきたその変異体が、初めて獲物を取り逃がしてしまったのがB世界のルシオラだった。
十中八九仕留めたハズなのにと悔しがるその変異体は、取り逃がしたルシオラを何が何でも喰わねば気が済まなかった。
しかし、B世界の横島に巧妙に隠されてしまった為に、直ぐには見つける事は叶わなかった。
執拗にルシオラを探す変異体。各枝世界のヒャクメを通して探しまくり続けた。そして、新たに出来た異様に歪な枝世界にて、とうとうB世界の横島によって隠されたルシオラは見つかってしまった。
にたり・・・・・・
ソレに表情があれば、そんな表現がぴったりな舌なめずりをした歓喜の表情を浮かべるだろう。
ヒャクメには罪は無い。無自覚に利用されているのだから。だから、おキヌちゃんを診断したヒャクメに罪は無かった。
おキヌちゃんの胎内に、ルシオラを内包する文珠が存在していた。
しかし狂った“除くモノ”は、おキヌちゃんがある存在の転生体であるが為に、彼女には手が出せなかった。
“除くモノ”は思案する。あの存在の中にある限り、あの可能性を喰う事が出来ない。これはジレンマだ。どうしたものか・・・。
“除くモノ”は、ルシオラを内包する存在に目を向けて、そこから派生する因果を調べる。
因果を遡る遡る遡る・・・。おキヌちゃんの人生を遡り、六道女子学園に通う事になった頃を遡り、霊団に追われた頃を遡り、反魂の術で生き返った頃に遡り、死津喪比女を再び封印する為の頃に遡り、令子に地脈堰の術式から解き放たれる頃に遡り、幽霊となって地脈堰付近を彷徨っている頃に遡り、地脈堰の術式に組み込まれる頃に遡り、おキヌとして生を受けた頃に遡り、とうとう前世の領域にまで遡りだした。
おキヌちゃんの前世の存在が、ある事を願って転生を決意した時代にまで遡った時点、それは人の世で神代と呼ばれる時代。そこに利用可能な存在が封印されている事を見つけた。
これを利用すれば喰える・・・
“除くモノ”が向かうは、この歪な枝世界が始まる時刻の日本で最大の墓。それは謎の大王の墓だった。
狂える“除くモノ”は再び暗い喜びに嗤った。
令子とシロにタマモ、それに美智恵は人工幽霊壱号が憑依したワンボックスカーに乗って、一路妙神山を目指していた。運転席には令子、助手席に美智恵。中央の三人掛けのシートにシロとタマモと、その二人に挟まれた虚ろな瞳のおキヌちゃんが座っていた。
「これで騙されてくれると良いんだけど・・・」
ちらりとバックミラーに視線を走らせ、後部座席のおキヌちゃんを見る令子。
「美神、私らを囮にするのは分かるんだけど、妙神山って車で行ける場所じゃなかったはずよ。どうするの?」
タマモは運転する令子を睨みながら、そう尋ねる。やはり不信感バリバリのようだ。
「ああ、タマモは知らなかったっけ?そっか・・・やど・・・ととっ・・・横島クンが、小竜姫の不利になるような事は喋る筈が無いわね。いい?妙神山には、正規の登山道とは別に秘密のルートがあるのよ。横島クンがGS試験を受ける事になった時、小竜姫と鬼門達はその秘密のルートでやってきてるのよ。その時、敵対していた魔族に彼女が動いている事を覚(さと)られないようにする為にね。まぁ、結果からして、あまり意味が無かった様だけどね。そしてそのルートを私は、ある事情で知っているの。だけど、そこに辿り着くまでには、なんとしてでも後ろから追ってくる奴を撒かなきゃね」
前を向いて運転しながら、令子は小竜姫の不祥事(根本原因は令子だが)を思い浮かべ、苦笑した。
「そう、それは分かったわ。でも、後ろから追ってきているのも神族なんじゃないの?なら、その秘密ルートとやらも知ってるかもしれないわよ?」
タマモは令子の苦笑を嘲笑と受け取ったのか、そう訊いてくる。コメカミには井桁マークが浮かんでる。
「ああ、それは無いわよ。その秘密ルートは、今も昔とは違う意味で秘密裏に使われてるからね。神族でも知っている者はごく限られた上位の神族だけのようよ」
再度質問してきたタマモの声音が気になって、ミラー越しにタマモの不機嫌な顔を見て、令子は不自然にならない程度に笑いを収めて真面目に答えた。
(まずったわね。わたしの思い出し笑いを悪い方に取られたみたいだわ。何とかフォローしないと・・・)
タマモ達が居候をするずっと以前に、令子は小竜姫が破壊した妙神山修行場をかなりの急ピッチで再建を業者に依頼している(本当に重要な所以外は、結構手抜きになってしまった)
その際に、大型重機を乗り入れするルートが小竜姫によって作られたのだ。このルートはその後も潰される事なく使用されていた。
余談だが、逆天号の爆弾によって妙神山が吹き飛ばされた時、小竜姫達が助かったのもこの秘密ルートのおかげだったりする。
その後、再建された妙神山では、当然の様にこの秘密ルートも復旧されていた。主に、斉天大聖が遊ぶゲームの最新作購入の為の抜け道として。
「そう・・・。なら、任せるわ」
(やっぱりこの美神はあの美神じゃない。あの美神なら、タダオの事を昔の呼び方で呼んだりはしない・・・。それに、あの悲しい匂いを感じない。どうシロ?)
タマモは混乱していた。先ほどの令子の笑いからは、悪意の匂いを感じられなかったからだ。嘲笑されたわけではないらしい。なのでタマモは、相棒のシロに尋ねてみた。
(うん、今の美神殿からは嫌な匂いは感じないでござるよ。むしろ懐かしい匂いがするでござる)
彼女たちは、特殊な表現方法で会話をしていた。
(ところでタマモ。おキヌ殿は無事に妙神山に着けるでござろうか?)
(大丈夫なんじゃない?美神が<隠>の文珠を小竜姫に持たせていたようだし。今は、私たちに引き付けている敵を撒く事を考えることよ)
(そうでござるな)
二人は顔を見合わせて頷くと、周囲に、より一層の警戒を向けた。
「人工幽霊壱号、後ろの敵はまだついてきてる?」
令子は敵の動向が気になり、人工幽霊壱号に聞いてみた。
『はい、付かず離れずといった具合についてきていますわ。どうも、特殊部隊といった輩とは違うように思われます。けれど、囮を一人浮き立たせ、別働隊が居る可能性も捨てきれませんわ』
「そうね、その可能性は捨てきれないわね。別働隊が居るかどうか最低限確認しないと、燻り出すかどうかの今後の方針も立てられないわ」
美知恵はそう言うと、どう確認しようかと思案しだした。
「けど、ママ。向こうから仕掛けてこない限り、こっちから仕掛けるのは無理よ。正面から戦えば、どうやったって人間は神族には敵わない。・・・ああそうか、誘うのね?」
「そうよ。まだこちらが実際に攻撃を受けたわけじゃないから、おキヌちゃん達を襲撃した敵が後ろの奴とは断定できないけれどね。とりあえず、人気の無い山のほうへ進路を向けてちょうだい」
美知恵はそう令子に言うと、また思索に耽るように黙り込んだ。
「分かったわ、ママ」
令子は頷くと、車の進路を首都高から郊外へと向けた。
一方、妙神山へと向かった小竜姫は、令子から貰った<隠>の文珠でおキヌちゃんを隠して、竜気にくるんだ彼女に負担を掛けないギリギリの速さを出して飛翔していた。
転移を行う事も最初は考慮に入れられていたのだが、発動の際はどうしても竜気が出てしまい、小竜姫の存在がバレる可能性がある。その為、転移は出来ないと結論つけられた。
(また魔気が漏れてる・・・。でも、おキヌちゃん自体には、何も影響していないのが気になる。いくら霊能力者と言っても、今の魔気の量だと人間の身体に影響が出るのが普通なのに・・・。しかも、彼女の胎内から出てるみたい・・・。これではまるで・・・まさかっ・・・・・・可能性の一つとして考えておいたほうが良いかも)
ある可能性が小竜姫の頭を過ぎる。だが、予断をもって事に当たるのは愚に値する。ヒャクメの診断結果を聞いて判断する事に小竜姫は決めた。
1時間半後に小竜姫は、何者にも邪魔されずに妙神山へと帰還した。
「姫さま。どうなされたのです?」
門の前に降り立った小竜姫に気付いた右の鬼門が問いかけた。
「おキヌさんが原因不明の敵に襲われたようです。外傷はありませんが、私の竜気による治癒を与えても昏睡したまま回復しません。ヒャクメはまだ、居ますか?」
「はっ! ヒャクメ殿は、まだ居住区の方に居ります」
小竜姫の問いに左の鬼門が答えた。
「分かりました。では、ヒャクメに至急、おキヌさんを診てもらいましょう。門を開けなさい」
「「承知」」
ぎぃ〜〜
右の鬼門の顔が張り付いた門が、人が二人並んで入れるだけの隙間を開けた。その開いた隙間を、おキヌちゃんを抱いたまま抜ける小竜姫。
バタン
(美神さん達は無事、敵を撒いたでしょうか・・・) ヒュン
門が閉まる音を背後に聞き、美神達の心配をしながらも、小竜姫は急いでヒャクメに会う為に転移した。
一方、美神達は人気の無い郊外に出たとたんに攻撃を受けていた。
「くっ、周りに人気が無くなったとたんに攻撃してくるなんて! タマモ・シロ・人工幽霊壱号、敵の数は分かる?!」
令子は必死にハンドルやアクセルを操作し、敵の光線攻撃を避ける。彼女の操る改造したワンボックスカーは、重心が高いくせに急なカーブでも安定したコーナリングをしてみせた。
『周囲500m以内には、敵は一体だけですわ』
「今のところ敵の気配は一つでござる」
「同じく一つしか感じないわ。その一つ以外に脅威は感じない」
三人(?)の索敵結果が一致した。
「分かったわ。ママっ、迎撃の指示を出してやって。わたしは回避に専念するわ!この車の武装は、ダッシュボードのPCで確認して!人工幽霊壱号、敵の位置をテレパシーでわたしに伝えなさい!」
『了解』
人工幽霊壱号は、令子の命令を忠実に実行した。
「了解。・・・今までの攻撃に載せられてる意図は、誘導って感じはしないわね。という事は、敵は一体だけとみても良いわね。人工幽霊壱号、敵のマイト数のおおよその大きさは分かるかしら?あと、気休めと思うけど、防御結界を展開して」
ダッシュボードに隠されたPCを引き出して、周辺の地図と武装をモニタで確認し、指示を出す美智恵。
『着弾時の爆発から拡散する霊波は、およそ100マイトです。およそですが、あの攻撃には最低でも700マイトの霊圧が篭められています。敵のマイト数は最低でも5000を超えていると推測しますわ。また、攻撃に含まれる神気は、日本神道系の霊波波形に酷似しています。防御結界、展開完了しました』
「ご苦労様。でも、直撃を受けたら一瞬で消し炭ね。至近弾の余波が防げるだけマシではあるけど・・・。それに神道系か・・・その辺に謎があるのかしら?おキヌちゃんの実家は神社だけど、御神体は彼女自身だったはずだし・・・なぜおキヌちゃんなのか・・・。ねぇ令子、おキヌちゃんの家ってホントに祭神は彼女だけなの?」
とりあえず、防御に専念する事で情報をより多く集めようとする美智恵。思考の途中で、気になったおキヌちゃんの実家の事を娘に尋ねた。
「だ〜〜、敵の攻撃に集中させてよ、ママ!! おキヌちゃんちの祭神は彼女ともう一柱のハズよ。もう一柱が何を祭っているのか、今は思い出せないわ!んな事より、後ろの敵をどうにかしてよっ、ママ!!」
令子の言い分は尤(もっと)もだった。
敵の攻撃はかなり激しく、改造ワンボックスカーは時折片輪走行を強制されたりして、必死に逃げ惑っている。今は分析より、生き残る事が優先だ。
「んなこと言ってもね〜。日本の神さまってだけじゃ、弱点を突こうにも難しいのよ?特定できないと、多岐に渡った神威に阻まれて攻撃が届かないし・・・。それに私たち日本人の祖神の一柱でもあるから、私達の攻撃自体が効く可能性が低いのよ」
美智恵は現状を確認して、猛る令子を静めるように冷静に答える。
「じゃ、何?わたしらは逃げ回るしかないの!?」
ぎゅあぁ〜〜っと、車の後部をスライドさせながら吼える令子。美智恵の配慮にも気付かないほど、必死になっていた。
「そんな事は無いわよ。タマモちゃん、この車の後方2メートルくらい離れた所に、この車を隠しながらこの車の偽物を幻術で出せる?(はぁ〜、もう少し冷静に状況を見極めて欲しいのよね〜)」
心うちでため息を吐いて、美智恵はタマモに問いかけた。
「難しいわね。私の幻術はヒュプノに類する物よ。光りの屈折に拠るものなら能動的に出来るでしょうけど、私の場合は相手の認識に働きかける方だからね。まぁ、やってはみるけど・・・」
そう言ってタマモは、窓を開けると狐火を車の周りに五つ出現させて、それぞれの狐火で複雑な図形を空中に描かせた。空中への魔方陣構築と、狐火による催眠誘導を同時に行っているようだ。
すると、敵の攻撃が後方に集まりだした。
「何とか効いたみたい。でも、そう長くは保たないわ。次はどうするの?」
タマモは幻術が効いた事に多少安堵した。彼女は前世での力をある程度取戻してはいるが、現状ではギリギリらしい。
「そうね。こっちからの攻撃は、私たちの位置を敵に教える事になるからなるべく一撃で決めたいし・・・。でも、最低でもどんな神さまなのか、今後の為にも知ってはおきたいわね。・・・・・・タマモちゃん、外の狐火って攻撃に使うと幻術の効果は消えちゃう?」
顎に手を当て、考えながらタマモに訊く美智恵。
「消えるわね。常に動かして光りによる催眠誘導と、魔方陣による増幅で効いてる状態だし」
「そう・・・。令子、文珠ってあといくつあるの?」
「小竜姫に1つ、おキヌちゃんの偽者に2つ使ってるから、残り5個よ(自由に使えるのはね)」
「分かったわ。タマモちゃんとシロちゃんもいくつか持ってる?」
「拙者は3つでござる」
「私は2つよ(素直に言ってどうするのよ、馬鹿犬っ)」
タマモはシロを睨みながら答えた。彼女の実際の所持量は5つだ。
「残り10個か・・・。今後の為にも、何とか文珠無しで切り抜けたいわね。今のところ、タマモちゃんの幻術で凌いでるけど、攻撃手段が無いのが痛いわね。人工幽霊壱号、敵の位置は正確に追尾できてる?」
『はい、攻撃が始まってから敵の隠行が雑になっています。また、タマモさんの幻術のおかげで敵予想位置の誤差は、プラスマイナス0.0005%です』
感情に流される事なく、冷静に報告する人工幽霊壱号。戦況分析には欠かせない存在である。
「令子、熱くなるのは構わないけど、それを表に出すのは極力控えなさい。さっきから貴女は慌て過ぎよ」
美智恵は戦の心構えを説きながら、次の手を考える。
「うっ・・・分かったわよ、精進するわ。でも実際問題として、もう燃料が厳しいわ。燃料が切れても暫くは人工幽霊壱号のサポートで動かせるけど、それも長くは続かないわ。あと攻撃の余波で、サスペンションにも無理が来てるわ」
美智恵に窘(たしな)められて一瞬落ち込む令子。だが、車体の状況を伝える事は忘れなかった。
「そうね。でも、逃げ切るには手札が少なすぎるわね。・・・・・・シロちゃん、横島君から教えられた技は霊波刀だけ?中・遠距離への攻撃手段は教わらなかった?」
思案気にシロに聞く美智恵。
車載武器では一瞬の目晦まし程度にはなっても、決定的な攻撃手段にはならないのだ。タマモには幻術で目晦ましをしてもらっている。彼女ばかりに負担を強いるわけにはいかなかった。
「先生から教わったのは、霊波刀だけではござらん。さいきっく・そーさーを攻撃に転用する術も教わってるでござる」
「それって、ただ敵に投げるだけでは無いってこと?」
シロの返答に令子は尋ねた。
「そうでござる。さいきっく・そーさーは、敵の攻撃を受け流すだけではなく、攻防一体の技でござる。先生ほど器用には操れないでござるが、攻撃だけに特化させた『そーさー』を作る事も出来るでござる。例えばこういう風に」
そう言ってシロは、形は皿ではござらんがと呟きながら手の平に霊力を集めて収束させていく。出来たのは三角錐の形をした小さな霊気の塊だった。
「それをどうするの?シロちゃん」
形からある程度の攻撃方法を頭に浮かべたが、具体的にどう使うのかを訊く美智恵。
「まず、敵から見えないところに浮かべて、頂点を軸に高速に回転させるでござるよ。これで貫通力が増すでござる。敵に向かって射出して、回避不能な距離まで接近するように操り、最後に底辺部分から最終加速用の霊気を一気に出すでござる。すると、敵の固さによるでござるが、大概は貫通するでござる。そのまま貫通させるも良し、敵の体内で止まれば爆発させてそのまま葬る事も出来るでござる。拙者は、敵の体内に潜り込ませた場合は、自動的に爆発するようにしているでござる」
実際に手の平の上で高速回転させながら説明するシロ。手の平の上に浮いた状態で、その三角錐を回転させる技術は凄いものだった。
基本的にシロは正面突破や正攻法が大好きだが、それが通用しない敵が居る事も実戦から学んでいる。当時、接近戦しか出来ない事を思い悩んでいたシロが、横島に教えを請うて授けられたのがこの技だった。
習い始めた頃、イメージを構築する事が出来ないシロを見かねて、横島はシロに三角形の物なら何をイメージできるかと尋ねた。シロは里の者が日常の狩りに使う弓矢の鏃(やじり)を思い浮かべて、鏃なら出来るでござると答えた。
それを聞いた横島は、まず自分の手の平の上に鏃をイメージして具現化させる所を見せて、彼女にもやってみせろと言った。
シロは鏃なら簡単にイメージできるようで、直ぐに手の平の上に鏃が現れた。それを見た横島は少し悔しそうな顔をしたが、シロの真剣な顔を見て技の指導を続けた。
横島はそこから鏃を三角錐に見えるように高速回転させた。後は目標に向かって射出し、自由自在に動かした後に目標に向かって最終加速させて命中させ、技の説明を終えた。
シロは手の平の上に鏃を出現させる事は比較的容易に出来たが、横島の様に高速回転させる事は難しく、何度も彼に手を添えてもらって操作の仕方を教わり徐々に出来るようになっていった。ある程度できる様になったシロが、横島に甘える手段として出来ない振りをするのはご愛嬌というものだ。
その後、射出のさせ方・射出後の自由自在に操る方法・最終加速用の霊気噴射を順に覚えていったのである。
ちなみに、横島はこの技をサイキックソーサー特化系・エクスプロージョン・ダーツと名づけている。また、投擲には振りかぶる事は必要としない。高速回転させる時に怪我をしないようにくるんでいた霊気を利用して、電磁投射の要領で反発させて敵に射出するのだ。
「あら、いい攻撃手段があるじゃない。人工幽霊壱号、シロちゃんに敵の正確な位置をテレパシーで伝える事は出来る?」
『はい、出来ますわ。シロさん、敵の位置です』
美智恵の質問に、コトも無げに答える人工幽霊壱号。
「かたじけないでござる。ふむ、なるほど。把握したでござるよ」
「人工幽霊壱号、私にも敵の位置を教えて。正確な位置が分かれば、催眠の深度も深くなるわ」
『了解しました』
「ん・・・、ありがと。これで敵を誘導する事も出来るわ。・・・あれ?なんだろう・・・? この霊波・・・、なんかかなり前に似た霊波を嗅いだ気がする・・・」
人工幽霊壱号からテレパシーを受け取って敵の正確な位置を把握したタマモは、その位置から臭う霊波に覚えがある事に戸惑った。
「前に会った事があるってこと?タマモ」
タマモの幻術によって、直接攻撃の脅威が幾分減ったので余裕が出来た令子は、後方の着弾位置を人工幽霊壱号のテレパシーによって把握し、それに合わせて車を運転しながら訊いた。
「記憶に霞が掛ったような感じだけど、これに似た霊波を嗅いだ事があるわ。しかもかなり身近だった気がする。でも、どこで会ったかは思い出せない」
記憶を探るタマモ。だが、外の狐火の動きは少しも乱れない。敵を撹乱し続けている。
「タマモちゃんが神族の霊波を身近に嗅いだ事がある?小竜姫様やヒャクメ様の神気ではないの?」
タマモの言葉に、美智恵は身近の神族の名前を挙げる。
「ううん、違うわ。小竜姫達とは全然違うもの。それくらいは判るわよ」
小竜姫達ではないと否定するタマモ。
「とりあえず、攻撃しない?このままだとジリ貧なんだけど・・・。途中で給油しないと、妙神山まで行けないわよ」
暗にガソリン切れが近い事をほのめかす令子。
「仕方ないわね。シロちゃん、お願いできるかしら?敵の正体は、その後に見極めましょう」
美智恵はシロに攻撃を促した。
「分かったでござる。タマモ、援護頼むでござる」
シロの返事を聞いた令子がサンルーフを操作する。開いた車の天井からシロは上半身を出しながら、タマモにフォローを頼んだ。
「分かったわ。しくじるんじゃないわよ」
「無論でござる。攻撃が当たったら、敵の霊波もより詳しく判る筈。おぬしこそ、しっかり思い出すでござるよ」
「分かってるわよ。良いからとっととやんなさいよ」
「承知」
ヒュゴッ
シロが答えた直後にそんな音が聞こえた気がした。
ドゥガァァアアアアアアアアアアン!!!!
盛大な爆発音が後方から届いた。
「命中したでござる。けれど、手応えが薄いでござるよ。仕留めてはいないでござる」
シートに座りなおしながら、心なしか落ち込むシロ。シロの中では必殺を期していたのだろう。
「(あれで手応えが薄いの!?)・・・シロちゃん。その技、人間相手に使っちゃダメよ?」
あまりの威力に頬を引き攣らせながら、美智恵はシロにそう言った。
令子は冷や汗を掻きながらも、何も言わずアクセルを踏み込んで車を加速させる。珍しい事だ。それだけ心の衝撃が大きいのだろう。
タマモは当然の結果と平然とし、シロの攻撃が着弾した後に人工幽霊壱号が検知した霊波をテレパシーで受け取って、記憶を探ることに集中した。おかげで狐火は虚空に消えてしまっていた。
(この霊波・・・なんか懐かしいわね・・・。遠い昔に私は、確かにこの霊波に似た人物と一緒に居た・・・。あれはいつだったかしら?・・・・・・そうよ、この霊波って鳥羽帝に似てるんだわ。でも、それだけじゃない。他にもそれ以前にも似たような霊波を持った存在に出会ってる・・・どんな奴だっけ?あれは・・・・・・そうよ、この国に初めて来た時に出会った神と同じ神気なんだわ!あいつの名前は・・・なんだか長ったらしい名前だったっていうのは覚えてるんだけど・・・う〜、思い出せない)
タマモが必死に思い出そうとしてるなか、4人(おキヌの偽物はカウントしない)を乗せたワンボックスカーは令子が発動させた<陰>の文珠によって無事に戦闘区域から脱出する事に成功し、一路妙神山へと向かった。これで令子が所持している文珠は6個になってしまった。
途中でガソリンが切れてしまったが、人工幽霊壱号のサポートにより乗り捨てる事だけは避ける事が出来た。
「うぅ、なんかわたしだけ、散財しまくってる気がする・・・」
途中で寄ったセルフガソリンスタンドで令子は愚痴る。<陰>の文珠が効いているので、普通のスタンドには寄れなかった。
「あら、そんな事は無いじゃない。車載装備はほとんど使わなかったし、攻撃はシロちゃんのサイキック・ソーサーじゃない」
美智恵がそう答える。彼女が車載装備を使わなかったのは、単に牽制に使える物がこの場合では精霊石弾頭ミサイルくらいしかなかったからだ。だが、そのミサイルすら使っていないのだ。娘の愚痴は的外れに聞こえた。
「私だけ文珠使ってるもん」
口を尖らせながら美智恵に抗議する令子。補充の当てが今のところ無い彼女にしては、切実なのだろう。
「後で、横島君から正規の金額で買えば良いじゃない。まさか、この期に及んでタダで手に入れようとするんじゃないわよ?そんな事したら分かってるわね?」
最後のところで睨む美智恵。暗に今は彼が身内じゃない事を諭し、タマモ達の信頼を取戻す事が先なのを仄めかす。
「分かってるわよ、ママ」
忘れていないと答える令子。
「うぅ、鼻が痛いでござる。何度嗅いでも、この臭いはきついでござる」
「同感・・・」
シロとタマモは、ガソリンの臭いに辟易としていた。が、彼女たちは獣族特有の会話方法で、違う事を話し合っていた。
(タマモ、美神殿はかなり丸くなっているようではござらんか?あまりに変わり過ぎてて気持ち悪いでござるよ)
(そうね。でも、気を抜くんじゃ無いわよシロ。美神がタダオを追い詰めてたのは確かなんだから)
(分かってるでござる。もう、あのような先生は見たくないでござるからな)
(なら良いわ。後で、私が持ってる文珠を美神に買わせる事にするから、邪魔しないでね)
(承知)
シロもタマモの影響か、なかなかに腹芸らしきものが出来るようになってきたらしい。このやり取りが、上記の会話のやり取りの間に交わされていた。
「ところでタマモちゃん。さっきの敵の臭いに、当たりはついた?」
美智恵は後部座席の方へ振り向き、問いかけた。
「とりあえず、似た霊波を持った人物は思い出したわ。私の前世の記憶の中に居たわ。鳥羽帝よ。でも、私はそれより以前にも、あの神気そのものにも出会ってるの。でも、そいつの名前は長ったらしくて覚えてないわ。確か、ヒコホとかニニなんとかって言ってたような気がする。楽しい奴ではあったけど・・・(そういえば、今思えばタダオに雰囲気が似てたわね)」
小首を傾げて答えるタマモ。
「鳥羽帝?ヒコホ?ニニなんとか?・・・・・・え・・・・・・まさか・・・・・・そんな・・・・・・」
タマモの答えに、思い当たった神の名が信じられない美智恵。
「ちょっと、ソレって!・・・まさか、本当に?!」
同じく思い当たった神名が信じられない令子。
「どうやら令子も同じ神名を思い浮かべたようね。でも、確証が無いわ。そんな存在が気軽に降りてくるはずがない。小竜姫様より上位の神なのだから」
「そ、そうよね。結論付けるには早いわね。妙神山で情報を集めてからね。平安時代まで生きてる筈無いわけだし・・・」
親娘ともども、あまりの事に動揺を隠せないでいた。
「何よ?心当たりあるなら教えなさいよ」
隠されたように感じ、不機嫌に言うタマモ。
「そうでござる。教えて欲しいでござる」
シロは敵の正体が早く知りたくて急かす。
「待って。今はタマモちゃんの記憶だけしか証拠が無いの。その存在が、本当に降臨しているのか確かめるのが先よ。そして、なぜおキヌちゃんを狙うのかもね・・・。とにかく、妙神山に急ぎましょう」
「分かったわ。でも、向こうではちゃんと教えてよね」
タマモはとりあえず、今は引き下がった。何より今は逃げている身なので、分析はある程度しか出来ない。
「さて、満タンになったわ。行くわよ。ここからだと、秘密ルートまでそうかからないわ。大体30分ってところかしら」
バタムと運転席のドアを閉めて、令子はエンジンを掛けながらそう言った。
タマモとシロの間に座っていたおキヌちゃんを象った式は、効力が切れて既に消えていた。式符はタマモが作り、おキヌちゃんに限りなく似せる為に文珠が2個使われていたのだ。
タマモとシロは、おキヌちゃんの偽物が消えてホッとしていた。偽物とはいえ、虚ろな瞳をしたおキヌを見るのは辛かったからだ。
令子は後方を霊視して敵が追ってきていない事を確認すると、無言で目的地へと車を走らせた。
令子達は一人として、敵が諦めたとは考えてはいなかった。
妙神山に担ぎ込まれたおキヌちゃんは、ヒャクメの診断を受けていた。未だ彼女の意識は戻っていなかった。
「ヒャクメ、おキヌさんはどうなの?」
手持ち無沙汰な小竜姫は、巨大な目が表面に描かれているカバンを開いて、中のキーボードをカタカタと叩くヒャクメに尋ねた。
「まだ、結論は出ないのね〜。イヤにプロテクトが堅くて、まだまだ時間が掛りそうなのね〜。最初見た時は楽勝って思ったんだけど・・・」
カタカタとキーボードをかなりの速さで叩きながら、ヒャクメは答える。
「ヒャクメでも難しいとなると、何が原因なのでしょうね。・・・・・・ねぇヒャクメ?私ね、ここに来る時にふと考え付いた事があるの」
小竜姫はヒャクメの作業を眺めながら、妙神山に戻ってくる途中に頭に過(よ)ぎった考えを話してみる事にした。
「なんなのね?」
小竜姫の方も見ずにヒャクメは訊いた。
「あのね?おキヌさんって、この世界の横島さんと夫婦でしたでしょ?だったら、もしかしたらルシオラさんが宿ってるんじゃないのかなーって思ったんです」
両手の人差し指をツンツンさせながら、小竜姫は言った。その表情は真っ赤である。
「あ・・・それは考えに入ってなかったのね〜。じゃ、そっち方面から攻めてみるのね〜」
ヒャクメは小竜姫の態度には見向きもせず、ルシオラが宿っている可能性を調べるべく作業に没頭した。
しばらくは二人とも無言のままに時間だけが過ぎて行き、辺りにはカタカタとキーボードを打つ音だけが響いた。
ちなみに現在、パピリオは斉天大聖と一緒にゲームをやっていて、この場には居なかった。居たら真っ先に気付いただろう、おキヌちゃんから漏れている魔気がルシオラの物だという事が。
「最初から疑ってみて、初めて分かるほどのジャミングがおキヌちゃんの胎内に掛けられてる!! しかもこのジャミングに使われている霊波は、横島さんの文珠と酷似してるのね〜!! え〜っと、このフィルターを掛けて、ここでおキヌちゃんの霊波パターンを除去して・・・文珠の霊波パターンを掛け合わせて・・・二人の霊波パターンから外れた部分を除去すれば・・・見えた!! やっぱり、小竜姫の推測は当たってたのね〜!!」
小竜姫がおキヌちゃんを妙神山へ担ぎ込んでから45分経って、ヒャクメは魔気の原因を突き止めた。
(横島さん・・・貴方という人は・・・いえ、あなた方はどちらも似た者同士なのですね・・・)
小竜姫はヒャクメの叫びを聞いて、横島とルシオラの二人が互いに相手の命の危機に対して共に同じ行動を取った事に、なんとも表現のしようの無い感情に囚われた。
(ルシオラさん、羨ましいのね。これほどまでに一人の男性に想われて。でも、あなた達二人とも、一緒には居られない運命なのかな・・・)
トランクの内側に投影されたおキヌの胎内にある文珠の中の、身体を丸めて眠っているルシオラの姿を見ながら、ヒャクメは二人の残酷な運命に悲しみを感じた。
「ヒャクメ。おキヌさんの胎内から、ルシオラさんを出す事は出来ますか?」
小竜姫はおキヌちゃんを見ながら問いかけた。
「ん〜、それはかなり難しいのね〜。無理やり摘出すると二人とも死んじゃうのね。それに・・・、おキヌちゃんの身体にも変化が起きてる。文珠が引き金になったのか、それとも別の要因があったのかはちょっと分からないけれど・・・。信じられないけど、おキヌちゃんの魂から神気が漏れてきてるのね〜」
ヒャクメは、おキヌちゃんの身体の状態を表したグラフを睨みながら、そう答えた。
「なんですって! では、おキヌさんは神族に連なる者ということですか!! はっ!! 胎内のルシオラさんは大丈夫なのですか?!」
ヒャクメの答えに驚愕する小竜姫。
「ルシオラさんは大丈夫なのね。文珠が何かしらの機能を備えてるのね〜。それにね、どうもおキヌちゃんの魂は日本の神様の一柱と同じ霊波パターンを出してるのね〜!!」
おキヌちゃんから神気が放たれているのを確認したヒャクメは、データベースを使って登録された霊波パターンの中に該当神が居ないか同時進行で調べていた。程無く答えが出てトランクに投影されている該当神の名前に、ヒャクメは驚きを隠せないでいた。
「もしかしておキヌさんは、転生を繰り返していた高位神の分御霊(わけみたま)なのですか?」
ヒャクメの驚き具合から推測して小竜姫は尋ねた。
「小竜姫、驚かないで聞いてね。おキヌちゃんの魂から放たれている神気に該当する神は、日本人の祖神の一柱にして天皇の母神である「木花之佐久夜毘売命(コノハナノサクヤヒメノミコト)」様なのね〜!」
ヒャクメ自身、信じられない面持ちで答えていた。
「国津神の中でも最高位の中に入る女神ですか・・・。ならば、おキヌさんの胎内のルシオラさんと母体の彼女に悪影響は起こりようがありませんね。伝え聞く神話の時代の日本では、神族と今の時代では魔族と定義される者との結婚でさえ起こりえていたのですから・・・。理想郷と言っても良いでしょうね、自由恋愛ではなかったとしても・・・」
感嘆のため息を吐きながら小竜姫は言った。
「そうなのね〜。コノハナノサクヤヒメ様は天孫・瓊々杵尊(テンソン・ニニギノミコト)様に奉げられた方で、元々は魔に近い御方ではあったけれど、その慈(いつくし)みの心はどの神族よりも大きい女神様なのね〜」
説明をありがとう、ヒャクメ。
「それにしても、おキヌさんを狙った神族が気になりますね。おキヌさんが、サクヤ様の分御霊と分かっていて襲ったのか。それとも他に理由があったのか・・・美神さん達がこちらに来た時に判明すると良いのですけど・・・。ヒャクメ、神界に問い合わせをした方がいいかしら?」
あまりの事に行動を決めかねて、小竜姫はヒャクメに問うた。
「ん〜、まずはサクヤ様に問い合わせた方が良いかもなのね。確か、日本の神道は分祀(ぶんし)によって分御霊を祠(まつる)事をしているけど、転生を目的とした事はまず無かったはずなのね。神界も把握していない事があるかもしれないのね」
ヒャクメも小竜姫から問われて、記憶を探ったりトランクのデータベースで検索したりしたが、該当する情報が無い為に直接本人に訊いてみようと、提案した。
「サクヤ様は富士山に居るはずよね?美神さん達と合流して、情報を整理したら行ってみましょうか」
「そうね〜、これ以上は直接お会いした方が良いかもなのね〜。じゃ、小竜姫は美神さん達が来るまで、おキヌちゃんの禊(みそぎ)を手伝ってあげて。気を失ってから、かなり時間が経ってるみたいだから」
「分かりました。では、温泉に行ってきますね」
「はーい。私もデータ整理が終わったら行くのね〜」
ヒャクメはそう言うと、キーボードをまたカタカタいわして今まで集めたデータを整理していく。
小竜姫は、一度自室に戻って着替えなどを二人分用意して、おキヌちゃんを抱きかかえて温泉へと向かった。
所変わって、ここは氷室神社。おキヌちゃんを引き取った、女華姫の子孫が暮らしている場所である。
その神社の娘である氷室早苗に、今、語りかけている存在が居た。語りかけられた彼女が硬直しているのはその霊圧の大きさになのか、それとも目の前の筋骨逞しい容姿に対してなのか(笑)
『妾(わらわ)が子孫よ、おキヌに危機が迫っておる。心して聞け』 ふしゅるるる〜〜〜〜〜
(な、なんだべこの神々しい霊気は・・・。わ、妾が子孫と言っただか? だけんど、ご先祖様に神さまなんて居なかったはずだべ。しかもこんな、雄々しく厳(いか)つい女神様?なんて(汗 )
どうやら容姿の方で硬直してるっぽい。
『どうした、妾が子孫よ? 妾の言葉は聞こえておる筈じゃ。どうして反応せぬ?』 ふしゅるるる〜〜〜〜〜
怪訝な様子で訊くその御方。ただ単に覗き込むような仕草をしているのだろうけど、威嚇(いかく)をしているとしか見えないのが悲しい。
「え、えっと。す、すまんだべ。だども、わたすのご先祖様が神さまとは知らなんだもんで。ほ、ホントにわたすらのご先祖様け?」
おずおずと尋ねる早苗。
『なんと・・・、そなたは自分の仕える社の祭神さえ感じられない未熟者であるのか・・・。む〜、妾の妹の危機であるというのに、なんということか。あの軽薄者の荒御霊が現れたというのに!』 くわっ
そうのたまい、言葉の最後で凄むその御方。
『仕方ないのう。良く聞け、妾が子孫よ。妾はそなたの先祖の一人にしてこの地の元領主の娘、女華なるぞ。またの名を、そなたらが祠(まつる)祭神の磐長媛命(イワナガヒメノミコト)である』 ふしゅるるる〜〜
威嚇するかのように名乗るその御方。そう、おキヌちゃんが元々生まれて生きていた時代の領主の姫様である、女華姫だった。
「おったまげただ!!うちの神さまがおら達のご先祖様だったとは・・・。すかす、なしておキヌちゃんが妹だか?たすか、おキヌちゃんは300年前に仏様になった時、姫様とは親友だったと言ってただよ?」
おキヌちゃんから聞いていた話と違う事に、疑問を発する早苗。
『なんとも奇妙な縁(えにし)ではあるがの。神代の昔より転生を繰り返した妾は、300年前の死津喪比女が暴れておった時代に、この地の姫として生を受けておったのよ。その時、おキヌは戦で親を亡くした子供らの纏めをやっておったのだ。妾が戦災孤児を見舞った時に、おキヌは妾の姿に物怖じせずに接してくれてのう。それからは、城に呼んで一緒に勉学を学んだりしたのじゃ。妾はおキヌと接しているうちに、いつしか姉妹のような情を持つようになったのじゃ。それなのに、死津喪比女封印の為におキヌを身代わりにしてしもうた。その際に、封印を仰せつかった道士が悠久の封印を祈願し、イワナガヒメへの祝詞を封印に組み込みおったのだ。神社の縁起にもその部分は伝わっておる筈じゃ。妾は、おキヌを身代わりにしてしもうた自責の念から、この地でおキヌを見守る為に死してなお留(とど)まるつもりじゃった。しかしのぅ、死んで自分の本質を思い出した時におキヌの魂の本質に気付いたのじゃ。神代の昔、妾の妹であったコノハナノサクヤヒメの分御霊とな。皮肉な話よ、神代の昔にはサクヤの穢れを受け持つ筈が、妾がニニギを信じられなかったが為に醜女(しこめ)としてアヤツに映り、返されてしもうて二人の死期を早めてしもうた。死津喪の時は、器量の良いおキヌでは無く、醜女の妾が贄(にえ)になる筈じゃったのに、おキヌに被せてしもうた。妾が不甲斐ないばかりにの・・・』
おキヌと女華姫の関係を語るイワナガヒメ。その姿が、時々不意に映像が歪む様に見えるのは何故だろうか?
「はぁ〜、おキヌちゃんにそだな秘密があっただべか。だども、なしてコノハナノサクヤヒメ様は分御霊を転生の輪に入れただか? 神さまとして祀(まつ)られ続けていれば、転生する必要は無いはずだべ?」
早苗は、女華姫ことイワナガヒメの話の中で疑問に思った事を聞いた。
ちなみに、一人と一柱が今居る場所は、氷室神社裏の温泉だったりする。つまり、早苗は入浴中だったのだ。
『それは判らぬ。サクヤに訊かぬ事にはの。だが、今はおキヌの身が危ないのだ。どこの馬鹿か知らぬが、ニニギの荒御霊を封印から解き放った者がおる。ニニギの荒御霊など、今の世の伝承には失伝して出ておらぬというのにどこから嗅ぎつけたのか・・・。事は一刻を争うのじゃ、おキヌを助ける為に協力してくれい』
女華姫ことイワナガヒメは、早苗に頭を下げた。
「イワナガヒメ様、頭を上げるだよ。おキヌちゃんは、わたすの妹でもあるだ。助けるに決まってるだ。待っててけろ。美神さんに頼んでみるだよ」
早苗は湯から上がると、脱衣場で手早く水気を拭い急いで母屋へと向かった。
死津喪比女が再び活動を開始した時、なぜ女華姫が表に出てこなかったのか?
それは道士の地脈堰の術式のせいだった。人間が巨大な力を有する地脈を弄(いじ)る事は難しい。いくらその当時で高名だったとはいえ、地脈堰を作った道士の力量でも、本来この術式は失敗するはずだったのだ。術式が不完全な証拠に、おキヌちゃんは術式の要なのに彷徨っていたのだから。
それがなぜ成功し、300年も保ったのか?
それはこの地にイワナガヒメの転生体である女華姫がいたからである。術式に組み込まれたイワナガヒメへの祝詞によってこの地に神威を呼び込み、その神威を受けるアンテナとして無意識に、また無自覚にその役割を成していたのである。
死後、自分の本質を思い出した女華姫は神威薄いこの地で封じを続けていたが、術式に不備があった為におキヌが自我を失いかけているのに気付いた。彼女が役割を説明されておれば、その不備も軽減されていたのであろうが、それも無かった。
何とかしておキヌを救いたいと女華姫は思ったのだが、神威薄いこの地で死津喪比女を封じる地脈堰の方に大半の力が振り向けられていた為に、おキヌが悪霊になるのを防ぐ以外の事は出来なかった。
それから300年経ったある日、運命の日が訪れた。
その日、おキヌちゃんの最低限の括りも令子によって、別の者に変えられてしまった。その為に女華姫の負担は増大した。
しかし、女華姫はおキヌちゃんを呼び戻さなかった。それは300年の長い刻の間に自我を失いつつあり、生前の心優しきおキヌが失われていくのを見守る事しか出来ず、不甲斐無い自分に代わっておキヌちゃんの優しさを取戻した横島と令子に希望を見たからだった。
術式から切り離されて、現代で心優しき者達と過ごそうとしているおキヌちゃん。
女華姫は入れ替えられたワンダーホーゲル部員を山の神として鍛える事で、後に起こる術式崩壊を防ぐ保険としたのだ。おキヌを取戻してくれた横島の魂に懐かしい霊気を感じとり、今度こそ信じてみようと決意して・・・。そして、後に女華姫ことイワナガヒメは、その賭けに勝つ事が出来た。
また、おキヌちゃんが霊団に追われた際も、女華姫はおキヌちゃんを助けていた。それは、彼女の神威を発揮する事で成していた。おキヌちゃんが逃げ周った時に、霊団に飲み込まれた者はかなりの人数に昇っていた。だが、その中で寿命が残っているものは、大怪我をしはしたが、死ぬ事も後遺症が残る事も無かった。
イワナガヒメのその神威は長寿。その神威は、彼女が穢れを引き受ける事によってもたらされる無病息災にある。霊団に飲み込まれた人々の穢れをその身に引き受ける事によって、おキヌちゃんの今生(こんじょう)の人生をも救っていたのである。
あれほどの霊団事件なのに、死者が少なかったのはそういう理由があった為である。
だが、神威薄い東京の地で無理をした為に、その後に起こったアシュタロス戦役の時には、おキヌちゃんを助ける事は叶わなかった。
女華姫は、早苗が大慌てで着物も肌蹴たまま急ぐその様子を見やると、視線をある場所へと向ける。視線が向けられた先には、霊峰富士が聳(そび)えていた。
思わぬところでおキヌちゃんを狙う敵が判明したが、それを伝える先の令子達はその時、妙神山への秘密の入り口にさしかかっていた。
忠夫が戻ってくるまであと十六時間。ルシオラを狙う敵、その為に利用される存在。襲い来る敵を退けつつ、かけがえの無い妹分とその家族を取戻す為、令子は奔走する。その令子に強力な助っ人が馳せ参じようとしていた。
続く
皆様お久しぶりです。月夜と申します。初めての方は初めまして。
想い託す可能性へ 〜よん〜 をここにお送り致します。
この話の神話に出てくる神様の名前は、浅間大社の縁起と銀鏡(しろみ)神社の縁起を元にさせていただいております。
前話までのレスは、前話の改訂時に返しております。ご容赦くださいませ。
続きも頑張って仕上げていきますが、なにぶん、時間が不定期にしか取れないものですので、早めの更新はご期待に添えないと思います。
では、また次話にて見(まみ)えるまで失礼致します。