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「想い託す可能性へ 〜 さん 〜(GS)」

月夜 (2006-06-13 20:37/2006-06-16 07:55)
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想い託す可能性へ 〜 さん 〜


 世界の改変が始まったのは、過去の美神令子が、飛び掛ってきた同じ時間軸を生きる横島に<忘>の文珠を叩きつけた事からだった。

 ここで言う過去とは、美神令子と横島忠夫が稀有(けう)な可能性の果てに伴侶となった未来からの視点による。
 この未来世界では、アシュタロスは魂の牢獄からは逃れられず、かの魔神の娘たち三姉妹と小竜姫にヒャクメ、ワルキューレとジークフリードは消滅していて存在はしていなかった。時間を掛ければ小竜姫達の復活は出来たのではあるが、令子たちが存命している間の再会は無理だった。

 そんな折、令子が十年前に解決した地下鉄失踪事件に端を発する呪毒によって、生命の危機に陥ってしまった。令子の夫である忠夫は、自分の霊能力である文珠《原》《因》《究》《明》によってその原因を知り、まずは義母の美智恵に相談した。
 しかし、美智恵の時間移動能力は神・魔族の上層部によって封印されたままであった。他に過去に飛ぶ方法は忠夫の複数文字制御の文珠しか無かったが、美智恵の能力を使えば往復で必要な文珠は二個で済む。
 忠夫にしても十四文字同時制御はギリギリの制御数だった。その為、その案は最後の手段として、美智恵の封印を解いてもらおうと美智恵と一緒に妙神山に赴いた。

 文珠で妙神山の門扉前まで転移してきた忠夫と美智恵は、鬼門たちに話しかけた。

 「よ〜、相変わらず門にでっかい顔張り付かせてるな〜。元気だったか?」

 「む?誰かと思えば横島じゃないか」

 と、右の鬼門が答えれば。

 「女連れで何しに来た。我らも暇じゃない。用が無いなら帰れ」

 と、左の鬼門はにべも無い。何気に左の鬼門に嫌われてるような気もするが・・・。

 「用があるから来たんじゃないか。そうつれなくするなよ、左の。あ、そういや妙神山の新しい管理人って誰がなったんだ?話には聞いてたけど、中々時間が取れなくてさ。教えてくれないか?」

 鬼門たちの言葉なぞ何処吹く風とばかりに尋ねる忠夫。傍(かたわ)らで美智恵が呆れていた。

 「知りたければ我らが試練を超えろ」

 と、右の鬼門。

 「いくら大戦の英雄とて、軽いおヌシを軽々しく入れるわけにはいかん!」

 と、左の鬼門。

 いや、忠夫。この二人に何やった?かなり嫌われてるようだが・・・。

 「んぁ?いや〜この前、久々に寄った時に老師と酒を酌み交わしてな〜。鬼門たちを肴にして遊んだんだわ」

 遊んだって・・・(汗

 「我らが役目を果たしておると、そこにコヤツと老師が来てな」

 と、右の鬼門が語り。

 「我らが動けない事を良い事に、門の裏に落書きをしおったのだっ!」

 と、左の鬼門が目に涙を湛(たた)え。

 「老師とコヤツに散々からかわれた挙句・・・」

 と、右の門脇の鬼門の身体が拳(こぶし)を握り締め。

 「諌めようとした我らを吹き飛ばして朝までドンちゃん騒ぎ」

 と、左の門脇の鬼門の身体がこれまた拳を握り締め。

 「「その後、傷だらけの我らは泣く泣く門の裏の落書き消しや後片付けをさせられたのだ」」

 と、二人して目の幅涙を流した。

 哀れな・・・

 「「あの時の屈辱。今、晴らしてくれるわ!!」」

 と、二人ハモって忠夫に突進した。

 「や〜、あん時は悪かったな〜。って、結構マジっぽいな」

 冷や汗をたらす忠夫。 そりゃそうだろうよ(呆れ

 「「挽肉にしてくれるわっ」」

 右の鬼門が唸りを上げて左拳を振り下ろし、左の鬼門が右足で忠夫の足を薙ぎにいった。

 忠夫はというと、チロっと横目で美智恵の位置を確認して(美智恵はいつの間にか安全圏に離れていた)、一つため息を吐くと無造作にヒョイと左の鬼門の蹴りを飛び越え、同時に迫った右鬼門の左腕を掴むと、その勢いを利用して右鬼門の脇腹を霊力の篭った左足刀で斜め下に蹴りおろし、その反動を利用して右足に発生させたサイキックソーサーを左の鬼門の右脇腹(肝臓辺り)に蹴り込んだ。

 その動きは一瞬。美智恵でさえ残像にしか見えなかった。

結果はどうなったかというと、右の鬼門は左の鬼門の不発の蹴りに足払いされたと同時に忠夫に蹴られたので宙で半回転して背中から地面に叩きつけられ、左の鬼門はサイキックソーサーの爆発で吹っ飛ばされて岩壁に大の字にめりこんだ。

 「ふ〜、いや〜参った。こいつら強化されてやがる。俺ともあろう者が拳を入れられちまった」

 最初に忠夫が立っていた場所からほとんど変わらない所に着地した彼は、右頬をさすりながらも平然とそう言った。彼の右頬は右鬼門の左拳が掠ったのだろう。軽く切れていた。

 鬼門たちの身体はピクピクと痙攣していたが、何気に左鬼門のダメージが大きいのは気のせいか?

 「お見事です」

 凛とした声がその場に響いた。

 「初めまして、美しい女神様。私はGSの横島忠夫と申します。実は折り入ってお願いがあり、取るものも取りあえずやってきました。どうか聞いてはもらえないでしょうか?」

 超加速もかくやといった速さで忠夫は、門から出て来た女性の腰に素早く腕を回して、真面目な顔で迫った。両者の顔の距離は十センチしか離れていない。

 あまりにも自然に自分の間合いに踏み込まれ、しかも腕を腰に回されるときに自分の両腕は動きを封じられ、更にキスもかくやという距離にまで顔を近づけられて、現在の妙神山の管理人である白竜姫は硬直した。

 「あ、あの・・・」

 「ああ、すみません。お名前も伺わず、ご無礼をしてしまいました。貴女様の美しさについ・・・。すみません」

 そう言って忠夫は、彼女から二歩ほど離れて斜め四十五度の角度で頭を垂れる。

 「えと、その・・・。あ、はい。私は白竜姫と言います。その、貴方は修行者の方ですか?」

 頬を真っ赤に染めて、おろおろとしながら横島に訊く白竜姫。

 (なにやらぽわぽわした感じの女神様だな。それに小竜姫さまより何気に乳が大きいな)

 忠夫は白竜姫をそう評価した。

 「あの・・・、そう凝視されると・・・、その・・・、ぶ・仏罰を下しますよ?」

 忠夫に胸を凝視されたぽわぽわの竜の姫は、左腕で胸を隠して右手で軽く神剣の柄を握った。

 (ああ、殿方とあ・あんなに近づいてしまってどうしよう・・・)

 さっきの忠夫の挨拶になかなかテンパってるようだ。

 「失礼しました。今日は修行に来たのではありません。先ほどもそこの彼が申しましたように、相談に乗ってもらおうと思いやってきました。斉天大聖老師に取り次いでいただきたいのですが、老師はいらっしゃいますか?」

 忠夫に任せていたら話が進まないのと、自分の存在を忘れられてはたまらないと、美智恵はいつの間にか忠夫の横に立って申し出た。

 「(よ・良かった。女性がいらして)老師ですか?あいにく今は天界に戻っていまして、こちらに来るのは明日なのです」

 美智恵の存在にほっとして、白竜姫はそう答えた。

 「明日か〜、なんともタイミングが悪いのか微妙な感じだな〜。どうします、美智恵さん?」

 忠夫は微妙に困った顔をして隣の義母に聞いた。彼も多少は焦っているのだ。

 「今からまた下山するのもね〜。そうそう、文珠は使いたくないし・・・」

 美智恵も困ったようで考え込んでる。

 「あの、よろしければ中でお待ちになればいかがですか?ここ最近、修行者の方が鬼門に全部追い払われてて、私も自分の修行ばかりでしたし・・・。それに・・・」

 最初は美智恵に、後半部分は忠夫を横目にチラチラ見ながら提案する白竜姫。その頬はうっすらと朱が差していた。

 「ホントですか!や〜、助かります。ささっ、では行きましょう!」

 「あ・・・(また反応できなかった・・・)」

 忠夫はすかさず白竜姫の腰に腕を回し、そのまま門の中へと一緒に入って行ってしまった。

 (たく・・・。ここ最近、令子が相手してないから忠夫クンの悪癖が出てるわね〜。それに彼女の様子だと、男性に免疫がほとんど無いようね。体術を修めた彼を止めるのはホネが折れるというのに・・・)

 美智恵さん、何気に気苦労が絶えないようだ。はぁ〜っと、一つため息を吐いてから美智恵も門の中へと入っていった。

 後には、未だにヒクついている鬼門たちが取り残されていた。


 さて、忠夫に密着されている白竜姫はというと・・・。

 (あわわ・・・、と・殿方がこんなに近くに・・・。と・とにかく離れないと・・・。あ、で・で・でも、ぶ・仏罰を下さないと〜。・・・・・・あぅ〜離れられない〜(泣)

 思い切りテンパった状態だった。しかも離れようとしているのだが、忠夫が絶妙な力加減で離さない為に顔を真っ赤にして泣きそうになってもいた。

 で、忠夫はというと。

 (や〜らかいな。ちっちゃいな〜。顔を真っ赤にして可愛いな〜。それに髪から良い匂いがするな〜。おっとと、逃げちゃダメだよ)

 なかなかに外道だった。忠夫と白竜姫の身長差は頭半分くらいで、忠夫の方が高い。しかも、今は白竜姫は俯いているから、なお低く見えた。

 「タ・ダ・オ・く〜ん?いい加減にしないと、令子にチクるわよ?」

 美智恵が後ろから見かねて声をかけた。

 かすかにビクっとした忠夫は、さりげなく白竜姫から半歩離れた。が、未だに彼の右手は彼女の腰に当てられている。

 (あ、離れてくれた。でも・・・。はっ!な・な・何を私は考えて?と・と・とにかく、仏罰ですっ!

 腰に手を当てられているのと神剣が左に差してあるので、彼女は一息で二メートルほど右斜め前に跳躍して、片足で着地すると同時に振り向きその動作でもって神剣を抜くと、そのまま忠夫の懐に飛び込んで横に薙いだ。が、そこにはもう忠夫はおらず、いきなり踏み込み足を払われてバランスを崩されてしまった。

 「ひゃっ・・・って、あれ?」

 足を払われて完全に死に体になってしまった身体が、いつまで経っても地面に打ち付けられないのを不思議に感じた彼女は恐る恐る顔を上げると、そこには困った表情をした忠夫の顔。

 「あの?「すみません、ちょっと悪ふざけが過ぎました」・・・え?」

 キョトキョトと彼女は周りを見回し、左に忠夫の胸板。前方に自分の両足が揃えられて抱えられてる。おしまいに背中に暖かい棒のような感触・・・。これが意味するところは?

 「怪我はないですね?何とか受け止められて良かった」

 と、爽やかに白竜姫をお姫様抱っこする忠夫。

 自分の今の状態に意識が追いついて・・・ボン! とたんに頭から蒸気を噴出して、白竜姫は硬直してしまった。

 (処置なしね・・・はぁ〜、完全に堕ちちゃったわ)

 美智恵は天を仰いで心でため息。

 忠夫は白竜姫をお姫様抱っこしたまま、勝手知ったる宿舎へと入っていった。

 その後、宿舎で白竜姫を寝かせた後に美智恵から説教される正座姿の忠夫が見られ、茫然自失から戻ってきた白竜姫に勝負を仕掛けられる忠夫が見られたとか。


 次の日。昼ごろにやってきた老師に忠夫は、令子の病状とその原因を取り除く為の方法を相談した。過去に戻って毒蜘蛛の毒から血清を作りたいと・・・。

 相談を受けた老師は一旦横島達を下山させると、そのままの足で天界上層部に忠夫たちの相談事を報告した。

 忠夫たちが下山する時に、白竜姫が寂しそうな顔をしたのが横島の心に残った。

 一方天界では、老師からの報告により最初難色を示していた神族だったが、あらゆる可能性を検討し、またアシュタロス戦役の功労者への褒美という事をにじませる事によって過去に行く事は許可が下りた。

 しかし、美智恵の能力の封印解除ではなく、忠夫単独による時間移動のみの許可だった。忠夫が過去に跳ぶ際には、未来の情報は忠夫の能力とその伴侶が令子だという事以外は秘匿する事を条件とされた。

 美智恵の能力が封印解除されなかった背景には、過去へ跳ぶ者を一人にする為もあったが、アシュタロス戦役前に美智恵を過去の美神令子に遭遇させた時に、それ以降の歴史が改変される危険性がかなりの確率で高いと考慮されたからであった。

 老師に相談事を持ちかけてから一週間が経った日の事。妙神山の老師より呼び出された忠夫と美智恵は、再び老師と見(まみ)える事となった。天界の答えとして美智恵の能力封印解除が成されなかったのは残念ではあったが、ともかく過去への跳躍の許可は下りた。忠夫と美智恵は老師に礼を言って、白竜姫に別れを告げて、すぐさま令子が入院している白井総合病院へと戻った。だが、白竜姫の忠夫への淡い恋心は、ここで潰える事となった。

 忠夫は、戻ってすぐに令子に自分の計画を話した。

 令子は忠夫の計画を聞くと、しばらく宙をにらむ様にして考えを纏めると便箋に何事かを認(したた)めた。その便箋を封筒に入れてしっかりと封をして(過去の令子しか開けられない様に呪を施す念の入れようだった)忠夫に持たせた。過去の自分に正体がバレたら、これを見せるようにと彼に念をおして。その後、忠夫が令子に飛び掛り、それを令子がはたき落として病室から蹴り出して彼を送り出した。


 親枝世界である十四文字もの文珠の同時制御が出来る忠夫が属する世界から、過去の美神の行動によって枝分かれする事になった改変後の世界。これをB世界と呼称する。
 このB世界の横島は元となった親世界(A世界とする)の忠夫にはならなかった。B世界の横島はA世界の忠夫より、かなり情けなくはあったが、ルシオラと出会う事で世界を救うキーマンとなれた。
 だが、そのルシオラは可能性の世界樹に寄生する“除くモノ”の格好の餌となる“可能性”でもあった。
 A世界のルシオラは、何の苦労も無く刈り取る事が出来た“除くモノ”だったが、B世界のルシオラは横島に取り込まれる事によって難を逃れた。この事態に“除くモノ”は、執拗にB世界のルシオラという可能性を摘み取る事に執心しだす。
 だが、B世界の横島には、可能性の世界樹に取り除く事を禁じられた美神令子という存在が、手放す事をコトの他恐れていた為に手を出す事が出来なかった。
 そこで“除くモノ”は一計を講じる。それは、美神令子のある部分を増長させる事。ある部分とは、“特定の人物に対して意地を張る”こと。
 その部分を増長させる事は、除く事しか出来ない存在でしかないソレにも出来る事だった。それはB世界の美神令子の“男に対する頼る心”を他の枝世界の令子より、ほんの少し多く除く事。ただそれだけを行う事によって、“除くモノ”は横島の中のルシオラを摘み取る事が出来る筈だった。“除くモノ”の姦計によって、美神令子が横島を手放したのだから・・・。
 だが、ここで誤算が生じた。B世界の横島は“除くモノ”を感知できる存在でもあったのだ。彼の中からルシオラを抜き取ろうとした“除くモノ”は、横島に感知されて不本意な戦闘状態へと陥ってしまった。
 “除くモノ”にとって、B世界の横島は少々厄介ではあるが、それほど脅威には思えなかった。だが、その認識は覆される事になる。横島は文珠使いの中でも特に稀有な、可能性の世界樹に干渉できる文珠使いだった。その為、“除くモノ”にとってこの戦闘は、思いのほか時間の掛かる物となってしまった。B世界の横島は抵抗に抵抗を重ねた。
 だが、彼には可能性の世界樹に干渉できる能力がある自覚が無かった為、終には力尽きてしまう事になった。
 自分の体力が限界に達し、最早反撃もままならなくなったB世界の横島は、それでも生存を諦めきれなかった。彼女を犠牲にして生き延びたこの命、ここで燃え尽きさせるわけにはいかなかったからだ。
 B世界の横島は抵抗しまくった。左腕が折れ、右足が吹き飛ばされても尚も生に執着した。戦闘の一番最初に文珠で逃げようとしたが、敵の能力のせいか危地からの脱出もままならなかった。
 結果、現実は厳しく彼の命はここで燃え尽きようとしている。ならば、せめて彼女の復活の道だけは残したいと、今際(いまわ)の際に彼は、自分が唯一頼りに出来る力の象徴である文珠に強く願った。
 その願いは成就される。彼の命を賭(と)した為に・・・。彼が肌身離さず持っていた蛍の化身の欠片を持っていたが為に・・・。
 B世界の横島の手に握られたヒスイ色をした、しかし丸い珠の中に黒と白の大極紋様が浮ぶ文珠。それは彼の中に取り込まれたルシオラの霊基構造と、彼が持っていた蛍の化身の欠片を内包した文珠だった。その文珠は彼の願いに従って可能性の世界樹へと潜り込む。蛍の化身がB世界の横島に与えた傷を、そのまま彼女に返した形で・・・。
 大極文珠の中で白と黒が複雑に交じり合い一瞬輝くと、その中には小さなルシオラが横たわっていた。彼女の覚醒は早かった。意識を再び取り戻したルシオラは、横島の最後の表情を見ながら可能性の世界樹へと取り込まれるのだった。

 『ヨコシマっ ヨコシマっ! ヨコシマぁ〜〜〜!!』

 文珠の内壁を叩いて叫ぶルシオラの姿は、横島にも見えていた。だから彼は聞こえないのは承知していたが呟いた。

 「また会おうな・・・、ルシオラ・・・」

 享年二十歳。それがB世界の横島の最後だった。だが、彼の最後の願いは叶えられる。無意識に願った再開を叶える文珠が彼の右手に現れ、可能性の世界樹がB世界の横島の最後の文珠を取り込む事によって。その文珠に篭められた想いによって・・・。

 世界樹は叶える。彼の無自覚に世界樹に干渉する能力による、彼が無意識に願った再開を・・・。親枝世界であるA世界と子枝世界であるB世界を融合させる事により可能性を、想いを紡ぐ事が出来るC世界を創る事によって・・・。大木の枝が途中の傷によって分かれ、しかしまた長い年月を経て一つに戻るように二つの世界を融合させる。新たな可能性を託す為に、想いを託す為に・・・。代償として、親枝世界の経験や時間を融合のエネルギーとして費やして・・・。


 「おキヌちゃん、何をそんなにそわそわしてるの?」

 タマモが不思議そうにおキヌへと尋ねる。

 「え・・・、あ・・・タマモちゃん。ううん、ちょっとね。何だか胸騒ぎがしてね。忠夫さんに何かあったのかも・・・」

 おキヌは不安そうに、そう洩らした。

 ここは、横島忠夫と横島キヌが住むマンションの一室。

 リビングのソファーで、ぐで〜っと寝そべりテレビを見ていたタマモは、ソワソワと落ち着かない雰囲気のおキヌちゃんへと見ていたテレビから視線を移した。

 「タダオの事だから大丈夫と思うけど? 私の勘には何も引っかからないし・・・」

 小首をちょこんと傾げて言うタマモ。唇に人差し指を当てている様は、昔なら可愛いと評されるだろうが、今は十代後半の容姿をしている為にその可愛さに加えて艶やかさが滲み出していた。

 「う〜ん、何というかな〜。今まで当たり前だと思ってた事が突然無くなっていくような・・・。そんな感じかな。でも、すっごい不安って感じでもないのよね。なんだか失くしていたものが見つかるような、そんな感じ」

 自分の中の違和感を表す言葉が見つからない事に、もどかしそうに答えるおキヌ。

 「ふぅん・・・。あ、もしかしてタダオが浮気してるのを感じてるんじゃ?そうだったなら、帰ってきたらトコトン問い詰めてやるわ」

 こんな美人三人を娶(めと)っててまだ足りないのかと、内心愚痴りながらこぼすタマモ。

 「ん・・・、そんな感じでもない・・・と思う。でも、もしそうなら・・・、タマモちゃんの言うとおり問い詰めなくちゃね・・・。ウフフフ・・・・・・」

 彼女の地雷を踏んだのか、柔和な表情そのままに雰囲気が一変するおキヌちゃん。

 「お・おキヌちゃん? ・・・・・・あ、ダメだ。向こうに逝っちゃった・・・。タダオ〜、今日は久しぶりに燃え尽きるかもよ〜」

 逝っちゃったおキヌを、後頭部にでっかい汗をたらして横目で見ながらタダオの今日の夜に合唱する。

 タダオとの交合はかなり好きなのだが、自分一人だと保たないくらいだと感じているタマモ。だが、今のおキヌの状態になるとシロ共々、中に入れなくなるのだ。

 (あ〜ぁ、明日はシロと二人だけか・・・。今週は週末動けないかも・・・)

 週末の予定変更を余儀なくされたタマモは、嘆息しつつ未だ逝っちゃってるおキヌちゃんを見て・・・。自分の部屋に戻っていった。

 どうやら放置する事に決めたようだ。

 「あの状態になったおキヌちゃんは怖いのよっ、情け容赦ないのよっ!」

 タマモが虚空に向かって小声で叫ぶ。 ハイ、ゴメンナサイ(どう怖いか見てみたい気もするが・・・)

 「絶対、後悔すると思うわ・・・」

 疲れた感じで答えてくるタマモ。そのまま彼女は部屋に入っていってしまった。

 どんな風なんだろ?視点をおキヌちゃんに戻してみる。・・・・・・!!!!!!!!

 ・・・・・・・・・見なかった事にしよう。(見事な黒髪が波打ちながら逆立っていて・・・・・・、こ・これ以上はとても書けやしない(怖っ)

 所変わってここはシロの部屋。

 「う〜ん、むにゃ・・・先生・・・もう飲めないでござるよ〜。・・・・・・ゆるして・・・・・・」

 彼女の表情は苦しそうな、それでいて恍惚としているような表情だった。

 どんな夢を見てるんだろう・・・・・・(汗

 これが世界融合直後のおキヌちゃん達の一コマだった。


 四時間後・・・。

 っ!!!!!!

 ガバッっと布団を跳ね除け、タマモとシロがそれぞれの部屋で飛び起きる。

 彼女らは必要最低限の身支度を整えると、リビングへと向かう扉を乱暴に開けた。

 そこには床に倒れ伏しているおキヌちゃんの姿があった。タマモとシロは慌てて彼女の側に寄って彼女を抱き起こした。

 「お、おキヌちゃんっ!! どうしたの!? ・・・シロっ! 周りを警戒して!! これは・・・尋常じゃないわっ!」

 「分ってるでござるよっ! ・・・何でござるか、これは・・・? 拙者らを取り囲むようにして、悪意が渦巻いているでござるっ!」

 タマモはおキヌちゃんの介抱をしつつ、その身体を詳細に確かめていく。

 シロは、リビングを取り巻くようにして渦巻いている気配の動きを少しも逃すまいと、霊感と氣を周囲に張り巡らせ警戒する。

 「外傷は特に無いみたいね・・・。呼吸も乱れてない。ただ、気絶してるだけ・・・みたいね・・・。でも・・・、なんだろう・・・。魔気を感じるわ」

 周囲の警戒をシロに任せたタマモは、おキヌの命に別状が無い事を確かめ少し安堵した、だが、おキヌから発する微かな魔気に気付いた。

 (どこから?)

 成長するにつれ、前世の能力も取り戻してきているタマモ。権力者の身体の異常を癒す術を以っておキヌちゃんを診断した結果、彼女の下腹辺りからその魔気が漏れているのを発見した。

 「シロっ、おキヌちゃんは大丈夫よ! ちょっと気になる事はあるけど、今は気にしてる暇は無いわ!でも、このままじゃ何も出来ない!逃げるわよっ!!」

 おキヌちゃんを抱えてシロに叫ぶタマモ。

 「了解でござるっ。向かう所はあそこしかござらんな、気は進まんでござるが・・・。タマモっ、アレは持っているでござるなっ?」

 タマモとおキヌちゃんに近寄って、シロはタマモに聞く。

 「全部で五個だけあるわ」

 「では、それは今は使わないでおくでござるよ。拙者が持っているうちの二つを使うでござる。準備は良いでござるか?」

 「いつでもっ」   キュンッ

 タマモが答えた瞬間、三人を眩い光が包み込む。

 光が消えた直後、部屋の中を暴風が吹き荒れた。まさに間一髪の所だった。暴風が収まった後には、滅茶苦茶に家具が壊れたリビングが残っているだけだった。

 そのリビングの中央。おキヌちゃんが倒れ伏していた床から、染み出すように黒い影が立ち上がってきた。その黒い物体は暫く佇んでいたが、また音も無く今度は空間に融ける様に消えていった。


 シュシュシュン・タタタ

 令子と美智恵は、令子の事務所に小竜姫と一緒に転移してきた。

 「ここは何も変ってないわね。ただいま、人工幽霊壱号。何か変った事はあった?」

 令子が部屋を見渡して、この屋敷の管理を一手に担っている人工幽霊壱号へと尋ねる。

 『お帰りなさいませ、オーナー。普段と変わりなく平穏でしたわ』

 人工幽霊壱号の答えに、おやっと小首を傾げる令子。

 (変ね。人工幽霊壱号の言葉って、もう少し固かった気がしたんだけど・・・。強いて言えば男性に近かったはず・・・)

 「人工幽霊壱号?貴方、いつもと口調が変ってない? なんか女性が喋っている様に聞こえるんだけど・・・」

 『私はいつもと変りませんよ? それに、私は無機物です。性別は当てはまりません。ですが、強いて言うなれば、私の生みの親の渋鯖男爵夫人が娘を望んでらっしゃったので、喋り方は女性に近いのは確かです』

 「!!」 「!?」 「??」

 三人の反応はそれぞれ、この建物の係わり合いに比例していた。

 (なんですって!渋鯖男爵夫人!?人工幽霊壱号の生みの親は渋鯖男爵だったはず。もしかしてこれが世界の修正!?)

 令子は驚愕の表情を美智恵と小竜姫に向けた。その二人も記憶に違う事態に戸惑っているようだ。

 『あの、オーナー。何かあったのですか?』

 「・・・ううん、なんでもないわ。それより、私の部屋の隠し金庫を見えるようにして」

 令子は、こめかみを揉むようにして気を落ち着かせ、そう命令する。

 『かしこまりました、オーナー。・・・どうぞ』

 命令を忠実にこなす人工幽霊壱号。

 「ん、ありがとう。じゃ、私は文珠を取ってくるから。ママと小竜姫は、ここで待ってて」

 「わかったわ」 「わかりました」

 令子は二人がソファーに座るのを横目で確認して、自分の部屋へと向かった。こころなしか、令子の表情には柔らかさが窺える。多少、余裕が出てきたのかもしれない。

 令子の小さな変化に、美智恵は安心したようなそれでいて寂しそうな、微妙な表情をした。

 「美智恵さん。娘さんの変化に戸惑いを覚えますか?」

 小竜姫は美智恵の表情に気付いて問いかけた。

 「・・・ええ。令子は自分の変化にあまり気付いていないようだけど、横島君と袂(たもと)を別(わか)った時のあの子と比べると雲泥の差ですわ。やはり、あの子にとって横島君の存在は無くてはならないものなのね。でも、その横島君がこの世界に、令子にとってどう認識されるのか・・・。修正はされているはずなのに、私たちの記憶は未だにおキヌちゃんと横島君が夫婦になっているし・・・」

 先が読めない不安に表情が曇る美智恵。

 「その辺は、横島さんが戻ってくるまで何とも言えないですが・・・。今はそれよりも、おキヌちゃん達の現状を把握しておく方が、今後の対策を立てる為にも必要と思います。美神さんが戻ってきたら、様子を見に行きましょう」

 小竜姫は、美智恵の不安には取り合えず目を瞑って、今後の方針を提案した。

 「・・・・・・そうですわね。確か彼女たちは、ここから近いマンションの十階に住んでいるはず。あの子達の様子を見るには時間的にも好都合ね。・・・・・・あ・・・、ひのめの事忘れてた・・・。ちょっと電話します(汗々)」

 壁の時計がたまたま目に入り時間を確認した美智恵は、次女の事がすっかり頭から蒸発していたのを恥ずかしがりながら、携帯で次女を預けていた六道家に電話をした。

 トゥルルル・・・トゥルルル・・・トゥルルル・・『はい、六道です。どなた様でしょうか?』

 「美神ひのめの母親の美智恵です。冥夜様はご在宅でしょうか?取次ぎをお願い致します」

 『はい、美智恵様でございますね。冥夜様はいらっしゃいます。少々御待ち下さい。〜〜〜♪(留守電音楽)』

 (ほっ。先生は居るようで良かったわ。このまま明日まで預かってもらうよう頼み易くなったわ)

 『お待たせ〜、美智恵ちゃ〜ん。どうしたの〜?ひのめちゃんのお迎えかしら〜?』

 しばらくして、六道家の女当主である六道冥夜(ろくどうめいや)が電話に出た。

 「あ、先生。ひのめを預かっていただいて、ありがとうございます。それが、今日は仕事が圧(お)していまして、迎えに行けそうにないんです。申し訳ありませんが、今夜一晩預かっていただけないでしょうか?」

 冥夜が電話口に出ると美智恵は一気に用件を伝えた。冥夜の喋り口調だと時間が掛かる上に、いつの間にか向こうのペースで話を進められるので、これが一番の方法だった。

 『あら〜、何か忙しそうね〜。分かったわ〜、他ならぬ美智恵ちゃんの頼みですもの〜。ひのめちゃんの事は心配しなくて良いわよ〜』

 美智恵の用件を快く了承する冥夜。ただ、その喋り方は物凄く間延びをしたものだった。

 「ありがとうございます、先生。それでは、申し訳ありませんが、仕事がありますので失礼致します」

 ピ・・・・・・

 「これでひのめは心配ないわね。小竜姫様はこの後はどうなされます?私は先ほども言った通り、令子が戻ってきたらおキヌちゃん達の様子を見てこようと思ってますが・・・」

 「そうですか。では、私も一緒に様子を見に行きましょう。ヒャクメだったら、私の竜気を簡単に見つけられるでしょうから、横島さんが戻ってきてもすぐ知らせる事ができるでしょうし」

 「わかりました。“トン・トン・トン・トン” ん、令子が戻ってきたかな?」

 こっちに向かってくる足音に気付いた美智恵がそう呟いた時だった。

 『美智恵様!リビング中央空間にて時空振感知!

    ピカッ  

 何かが転移してきます!!』

 人工幽霊壱号が言い終わらぬ内に、美智恵たちが居たリビングの中央で眩い光が突然あふれ出した。

  「な・何事です!」 「な、なんなの!?」 

 突然の出来事に美智恵は腕で顔をかばう事しか出来なかったが、小竜姫はさすがと言おうか一瞬にして戦闘体勢をとって光に相対した。その手にはいつの間に抜いたのか、神剣が切っ先を光に向けて握られていた。


 令子は自室へと向かう間に、文珠のストック数を思い出していた。

 (確か、宿六と袂を別ってからは、補充が利かないと判断して残しておいたはずなんだけど・・・。イヤダ・・・、記憶が融合したせいかあの時の悲しみ?・・・違うわね・・・これは・・・言うなれば喪失感かしら・・・。・・・・・・やり直せるなら、アイツをこの手に戻せるならこんなちゃちなプライドなんて要らないわ。もう、二度とあの感覚は要らない!! っと、感傷的になってる場合じゃ無かった。確か十個は残ってたはずなんだけど・・・)

 横島との別れがいかに自分に影響を及ぼすか、それを再確認しながら部屋に戻る令子。

 チャッ

 「ん、部屋は記憶のままだわ。って、融合してるんだから、変る事なんてないか。でも、どうしても変更前の記憶が先に出ちゃうわね。心情的に忌避してるのかしら・・・? あの出来事も自分の行動の結果なのに・・・」

 ぶつぶつと独り言を呟きながら、金庫があるベッドサイドに向かう。そこには壁にでっかくデンとした金庫の扉が現れていた。
 普段は、令子すら見る事が出来ない結界が人工幽霊壱号によって張られているその金庫に令子は近寄って、扉のダイアルを慎重に廻しだした。

 キリキリキリ・チ・チ・チ・チ・カチ   『合言葉をどうぞ』

 「横島は私の丁稚」

 『合言葉を確認しました。セキュリティーを解除します』 

 カチャ 

 何というか、令子らしい合言葉だった。

 「んっと。ん〜っと・・・、あ、あったあった。うん、確かに十個ある。さて、二個は絶対残しておくとして、残りの八個をどう使うか・・・。出来れば残しておきたいんだけど・・・。取り合えずママ達と合流するのが先かな。おキヌちゃん達の様子も見ないといけないし・・・よっと、ん、これでよし」

 ぶつぶつと独りごちて令子は金庫を閉めた。

 「人工幽霊壱号、もう良いわ。金庫を隠して」

 『了解しました、オーナー』

 人工幽霊壱号が応えると同時に金庫が透けていき、見えなくなった。

 「さて、頑張りますかっ」

 気合を入れた令子は、美智恵たちが居るリビングへと向かった。


 眩い光が収まると、そこには様子を窺いにいこうと思っていた人物たちが折り重なるようにして現れていた。

 「お、重いー。バカ犬、早くどきなさいよねっ」

 一番下にいる金髪の美少女が、その上に乗っている銀髪の和服美少女に悪態を吐く。

 「お?おぉ〜、すまぬでござるよ。よっと・・・。しかし、転移した時はタマモがおキヌ殿をだき抱えていたのに、何故に今は拙者が抱えているんでござろうな?」

 シロは未だ目を覚まさないおキヌを抱かかえ、タマモの上から降りた。

 「知らないわよっ。(きょろきょろと周りを見回して)・・・予定通りに美神の事務所に来れたようね。って、美智恵に小竜姫じゃない。どうしたの?二人そろってなんて珍しいじゃない?」

 シロの疑問に瞼(けん)もほろろに答えて、タマモは周りを見渡す。そこには美神の母親と妙神山の管理人が、片方は驚きに固まり片方は戦闘体勢を取ってこちらに相対していた。
 突然の自分らの出現に驚いての対応というのをすぐに理解したタマモは、二人の警戒を解くようにいつものように話しかけた。

 「どうしたのって・・・、こちらこそいきなり転移してきた理由を訊きたいわね。すぐそこなのに余程切羽詰った状況でも起こったの?」

 驚きから回復した美智恵がそう尋ね返す。動揺しているとはいえ、二世界融合の事はおくびにも出さない。

 「それは・・・「!! おキヌちゃんはどうされたのです!?」」

 タマモが美智恵に答えようとしたが、小竜姫がシロに抱かかえられているおキヌちゃんに気付いて事情を訊く。

 「解らぬでござるよ。妖しい気配に目が覚めて、リビングに行ってみると既に倒れていたんでござる。命に別状は無いようでござるが、緊急事態が起こったゆえ、ここに逃げて来たでござる」

 「シロの言う通りよ。それ以上の事は私も知らないわ。ただ、結界を張っていた私たちの家に容易く侵入出来たところを考えるとゾッとするわね・・・」

 タマモは、シロの状況報告に付け加えて言った。

 「とりあえず、おキヌちゃんをベッドに寝かせましょう。「何が起こったの、ママ!?」 ああ、令子。丁度良かった。おキヌちゃんを寝かせる部屋はある?」

 バタンと大きな音を立てて入ってきた令子に、美智恵は答える代わりに質問する。

 「・・・以前、おキヌちゃんが使ってた部屋が、出て行った当時そのままよ。布団もちゃんと干してあるのが押入れにあるわ。それより、おキヌちゃんはどうしたの!?」

 美智恵の質問に顔を翳(かげ)らせて答えた令子は、シロに抱きかかえられているおキヌちゃんを見て問いかける。

 「それは今から調べないと何とも言えないわね。小竜姫様、お願いできますか?」

 「ええ、解りました。では、急ぎましょう」

 小竜姫がそう言ったのを契機に、シロと美智恵が開きっぱなしのドアから出て行った。


 「人工幽霊壱号。私の頼みは、まだ聞いてくれるかしら?」

 『どうしましたタモマさん?オーナーの仲間である方々の頼みなら、多少の事は聞けますよ?』

 (今、人工幽霊壱号はなんて言った?タマモたちが私の仲間?袂を別った時から疎遠になっていたのに・・・。徐々に変わってきてるのかしら?)

 人工幽霊壱号の言葉に思わず身体がビクッとなる令子。

 その令子の様子に多少訝しく思ったが、タマモは敢えて無視して頼みを言った。

 「そう。じゃぁ、これから言う事を記録しないで欲しいの。出来る?」

 天井に向かってそういうタマモ。屋敷自体が人工幽霊壱号なのだが、声が天井から聞こえてくる為に皆一様に天井に向かって話してしまう。

 『分かりました。オーナーよろしいですね?』

 「ええ、いいわ」

 「ありがと。さてと・・・、私はまだるこっしいのは嫌いだから単刀直入に言うわ。美神・・・、いいえ私達が知ってる美神じゃないわね? 貴女一体誰?」

 やや睨むように令子を見るタマモ。令子に敵意が無い為に直接的な危機感は無いが、それでも大事な者が奪われそうな、そんな予感めいた焦燥感にかられているタマモだった。

 「誰って・・・、わたしはわたしよ。美神令子の誰でもないわ(まいったわね、タマモの直感を忘れてたわ)」

 内心タマモの直感に舌を巻いたが、そんな事は表情におくびにも出さなかった。

 「確かにアンタから匂う霊波は美神のモノ。でも、アンタは私達が知ってる美神とはどこか違う。・・・・・・そうね。私達が知ってる美神はもっと攻撃的だわ。貴女もそういう雰囲気はあるけど、もっとバランスが取れている。自分にとって大事な物を失くすほどの攻撃的な雰囲気がアンタには感じられない。・・・・・・いい加減、惚けないでよ」

 タマモの雰囲気が、だんだん剣呑なものになっていく。今にも狐火を出しそうな感じだ。

 「・・・・・・。そうね・・・、確かにあの頃のわたしはタマモの言うとおりの人間だったわね。でもね、わたしはわたしよ。奪われたモノは何が何でも取り返す美神令子よ」

 令子はタマモの視線を真っ向から受け止め、片時も逸らさない。その気迫は、横島が殺されるのを目の当たりにした中世ヨーロッパへ逆行した時の眼差しに良く似ていた。ただ違うのは憎しみの色が無く、それに代わる悲しみの色が浮いている事だった。

 「(奪われた者・・・か・・・。忠夫の事かな?)宣戦布告ってわけ?言っとくけど、忠夫はもうアンタのモノじゃないわ。私達の旦那様よ」

 令子の視線の強さに多少の動揺があったタマモ。しかし忠夫を奪うと言っているこの女に負けるわけにはいかないと、タマモは考えていた。

 「あら、わたしはやどろ・・・とと、横島君の事を言っているんじゃないわ。わたしから奪われた全てのモノを言っているのよ(その中にはタマモ、アンタも含まれてるのよ)」

 「忠夫じゃない?奪われたものって、それは」

 “チャッ”

 「おキヌちゃんの診察が終わりました。って、どうしたんです、この雰囲気は?」

 タマモが令子に詳しい事を聞こうとした矢先に、小竜姫が部屋に戻ってきた。

 (わたしの正体についてはかわせたかな?それにしてもタマモには早いうちに明かしておいたほうが良いかもね。疑われたままじゃ、何も取り返せない)

 令子はタマモの追及から逃れられた事に多少ホッとし、しかし小竜姫が戻ってきた事におキヌちゃんの容態が気にかかり緩んだ気を引き締めた。

 「なんでもないわ。ところでそっちは何か解ったの?」

 小竜姫に向かって問いかける令子。

 (なんか、うまくかわされた感じがする。けど、絶対に正体を暴いてみせるわ)

 タマモはそう決意すると、令子と同じタイミングで小竜姫へと無言の問いかけを投げた。

 二人から眼差しを受けた小竜姫は、多少困惑しながらも、おキヌちゃんの容態を告げた。

 「身体に外傷などは一切ありませんでした。魂や霊体については大まかな事しか私には分からないのですが、そちらも私が診れる分については問題ありません。ただ、何と言うか瘴気・・・になりかけた陰気がおキヌちゃんの霊体に付着・・・?していました。私がいくら祓ってもそれは一時的に消えるだけで、すぐにジワジワとまたおキヌちゃんに纏わり付くのです。これ以上はヒャクメに視て貰わないと、原因が掴めません」

 申し訳ありません・・・と、令子とタマモから目線を外してうなだれる小竜姫。

 「そう・・・、小竜姫の竜気でも祓えないモノなの・・・。ありがとう小竜姫、貴女が気に病む事はないわ。でも、参ったわね。ヒャクメを尋ねにまた妙神山にトンボ帰りになっちゃうわね・・・」

 小竜姫の報告にこれからの行動を考え、まとめようとしている令子。

 『オーナー、お話し中にすみません。正体不明の霊波動を結界外に感知しましたわ。ジャミングされていて詳しい事は分かりません。ただ、一瞬だけ感知できた霊波パターンは神族の物に類似してましたわ』

 「神族の?・・・・・・小竜姫、何か聞いてる?ジャミングするって事は、私たちには存在を知られたくないって事よね?」

 小竜姫に確認を取る令子。しかし・・・。

 「いえ、私は何も聞かされていませんよ。ここに私が居るのだって、突発的な事態ですし・・・。ああ、こんな事ならヒャクメも一緒に来てもらえば良かったです」

 闘うお姫様の小竜姫は、頭を抱えてそう愚痴りだした。

 「人工幽霊壱号、まだその神族モドキは居そう?」

 『はい。屋敷の敷地外半径50mまで探知範囲を拡げました。その中で不自然に自然な調和が保たれている場所が1箇所あります。相手にこちらが気付いている事は、まだ気取られてはいません』

 「そう・・・。どうしたものかしらね。タマモは、何か感じない?」

 令子はそう言ってタマモに聞いた。タマモの妖狐としての直感に頼ってみたのだ。

 「(この辺もあの美神とは違うわね。というか戻った?)危機感なら、相変わらず警告鳴りっ放しよ。すぐにここから安全な場所におキヌちゃんを移した方が良いわ。守りながらじゃ・・・たぶん・・・逃げられない」

 「う〜ん、逃げるにしてもね〜・・・。相手がどんな敵か、それも分かってはいないし・・・。でも、わたしの霊感にもタマモと同じ危機感は来てるし・・・。仕方ないか、逃げないと要らない損害が出そうだわ。てことで小竜姫、おキヌちゃん連れて先に妙神山に行ってもらえないかしら?」

 「それは構いませんが、私が居なくて大丈夫ですか?」

 成り行きを見守っていた小竜姫がそう答えた。

 「ん、その辺はタマモやシロ、それにママもいるから大丈夫よ。それに奥の手もあるしね。だから、先に妙神山に行って、おキヌちゃんをヒャクメに診せて欲しいのよ」

 「・・・・・・分かりました。では、直ぐにでも動きます。美智恵さんには、おキヌちゃんの部屋で説明しますね」

 「ん、よろしくね。さてと、人工幽霊壱号。あんたも一緒に来るのよ。地下の倉庫とかは、危険物あるから封印しといてね」

 『了解しましたわ、オーナー。では、ガレージのワンボックスカーにカオスフライヤー狭罎硲禅藾備を積んでおきます』

 A級装備とは、精霊石弾頭を付けた小型ミサイル(カオス謹製)等の対神魔用の装備である。

 「ありがと。さて、タマモ。シロ呼んできて。一旦、妙神山へ逃げるわよ。そこで敵の見極めをするわ」

 「美神に命令される謂われは無いんだけど・・・。まぁ、いいわ。今は従ってあげる」

 そう言って、タマモはおキヌちゃんの部屋へと向かった。

 (世界の修正力か・・・。普通なら、横島クンに助けを求める状況でしょうに。そんな事も頭に浮かばないなんてね。多分、これが世界から与えられたチャンスなんでしょうね。アイツが戻ってくるまでにこの厄介事は片付けてやろうじゃない)

 令子はそう決意すると、執務机に常備してある神通棍を腰のベルトのサックに差し、破魔札をお札入れに入れた。

 (私は美神令子。現世利益が最優先だったけど、今は、今だけは奪われたモノを取戻すのを最優先させるわ!もう、あの子達が居ない生活なんて・・・まっぴらよ!!)

 拳を握り締めて、令子は一人心の中で宣言した。


 忠夫がこの世界に戻ってくる十九時間前の出来事は、こうして混迷を迎えていった。

はたして令子は横島の隣に立つ事を世界に認めさせる事ができるのか、おキヌちゃんはどうなってしまうのか・・・。

 続く


 エイシャさま 、gogogoさま
>世界の数が分かりづらくてしょうがない
すみません。これに関しては本当にすみません。私の文章の拙さと不徳の致すところです。今回投稿させていただいた分に何とか分かりやすくしたつもりの説明を入れました。
表現力がホントに欲しいです。
お二方とも、私のお話を面白いと感じてしかもレスまでしていただいて有難うございます。やはりご指摘いただかないと、自分では気付かない事ばかりと痛感してます。


続きは、取りあえず大まかな部分は出来てるのですが、何せ時間が取れないものでいつごろアップするかも分かりません。日本神話も調べないと・・・。長い目で見守っていただけると幸いです。
(ノートには書いてるけど、PCに打ち込む時間が取れない>< これアップしたのも前回から4ヶ月過ぎてるし・・・)

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ああ、レスが4つも付いてる。本当に嬉しいです。ご指摘箇所の文章をちょっと変えてみました。確かに「だが」という反接続詞の多用で読みにくくなっています。反省しきりです><

 ゆうきさま
表現力が無くて分かりにくいようで申し訳ありません。読み応えがあって楽しいと言っていただけるだけでも嬉しいです。

 kamui08さま
ご指摘いただき有難うございます。指摘箇所の修正をしてみました。これで多少は読み易くなったと思いたいです。タマモの心情的には、何で今になってという感じですかね(汗 私が書いた令子さんを受け入れていただいたようで嬉しい限りです。

 NTさま
B世界のおキヌちゃん達は、横島君の煩悩にかなり影響を受けました(笑)そして、A世界の令子さんも忠夫の煩悩を入院前まで一身に受けてました(笑)そしてC世界・・・。さてどうしようというのが本音ですorz B世界が原作の延長なので、彼女らの意識はB世界準拠なんですけどね。

 NEO−REKAMさま
表現力無くて本当にすみません。ほぼ貴方様のご理解の通りです。
(1)その通りのタイムラインです。これをA世界と呼称してます
(2)同じくその通りです。この世界をB世界としてます。ただ、この世界で横島君とおキヌちゃんは結婚して入籍してます。シロタマは内縁の妻です。戸籍が無いので>< 美神とは袂を別っています。
(3)その通りです。この世界をC世界としています。そしてこの世界は、B世界の人物たちの認識・記憶などがA世界の人物達に上書きされ、A世界に存在していなかった者達がその存在ごと上書きされています。その上書きに使用されたエネルギーがA世界の時間と経験なのです。A世界の記憶を持っているのは文珠で防いだ二人と三柱だけです。最高指導者達でさえ防げていません。忠夫については次の投稿までお待ち下さい。なるべく早く上げたいとは思ってます。一つ言えるのは、忠夫は横島のとばっちりです(爆
私も大きな声では言えませんが、私はハーレムを取ります(^^ゞ

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