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▽レス始

「想い託す可能性へ 〜 に 〜(GS)」

月夜 (2006-02-26 04:57/2006-02-26 04:58)
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 想い託す可能性へ 〜 に 〜


 わたしはママの結論に従って、多少納得はいかなかったが小竜姫の所に電話をする事にした。(この時のわたしは、記憶の文珠をまだ使っていない)

 小竜姫らを始めとする神族は、アシュタロス戦役にほぼ参戦できなかったせいか、人界の主要拠点と連絡手段を持つようになっていた。(とは言っても、大半は個々に繋がりのある人間を通してのモノだが)

 トゥルルルル・トゥルルルル・トゥルルルル・・・「出ないわね・・・」 トゥルルルル・トゥルルルル・トゥルルルル・・・「何やってんのかしら・・・。ガチャ 『はい、こちら神族出張拠点・妙神山しゅぎょ・・・』くぉらー、いつまで待たせる気!さっさと出なさいよねっ、小竜姫!」

 やっと電話口に出た小竜姫に対して、怒鳴り込む美神。どうでもいいが、神族として彼女をもう少し敬っても良いと思うが・・・。

 「良いのよ、彼女とは友人なんだから」

 送話口に手を当てそう言ってくる美神。地の文に答えないで下さい・・・(泣

 『・・・・・・何ですか、美神さん? いきなり電話してきてそんな大声で・・・。ハッ!そちらでも何かあったのですね!?』

 最初は不審げに答えていた小竜姫だったが、美神の語調に何かを気付いたのか、逆に問い返してきた。

 「そちらでもって事は、妙神山でも何かあったの?こっちでも対処に困る事が起きてて、相談しようと思って電話したんだけど・・・」

 小竜姫の反応から、こちらの相談は無理そうだと判断しかける美神。

 『いえ、それが・・・って、ん〜電話では話し辛い事ですし・・・。美神さん、貴女や横島さんにも関係ある話なので、こちらに来て頂けませんか?コトは重大なのです。できるだけ早く来て頂きたいのですが・・・』

 「ああ、それならこっちも相談事があったから、渡りに船だわ。でも、今から妙神山に行くとしても、カオスフライヤー狭罎任眛鷸間は掛かってしまうけど・・・。ママも居るし・・・。それでも良い?」

 相談事が出来る事にホッと胸をなでおろす。だが、小竜姫のもたらす厄介事に不安を抱きながら、恐る恐る答える美神。

 『二時間ですか・・・。それはちょっと掛かり過ぎですね。美神さんは今、何処に居るのです?美神さんの事務所だったら私がそこに転移して、妙神山まで再転移してお連れしますよ?』

 「ママは事務所隣のICPOだけど、私は白井総合病院にいるのよ。ここからだと、急いでも私の事務所まで車で二十分は掛かるわ」

 頭の中に事務所までの最短ルートを思い出しながら、美神は答えた。

 『白井総合病院ですか・・・。ん〜と・・・では、こうしましょう。美神さんの事務所にはヒャクメに行って貰います。そこには、私が今から行きますので待っていて下さい。美智恵さんはヒャクメに連れてきて貰いましょう』

 ぽむっと手を叩くような様子で小竜姫は答える。実際に手を叩いて、受話器を落としそうになったのはナイショだ。    あ・・・ヒャクメが柱の影で苦笑してる。

『!! (見〜ま〜し〜た〜ね〜)

 顔を赤くした夜叉(誤字に非ず)がヒャクメを睨む。ヒャクメはその表情に怖くなって逃げ出した。 ヒュン

 (後で折檻ですっ!) どうでもいいが、八つ当たりだと思う。

 『黙りなさい!』

 送話口に手を当て虚空を睨む小竜姫。

 ハ・ハイ! こ・こわいよ〜(ガクガクブルブル)

 「(何をこそこそやってるのかしら?でも、触れない方が良さそうね) そう、わかったわ。じゃ、私は病院の屋上に行くからそこにお願い。ママには私から伝えておくわ」

 勘が告げるのか、小竜姫の無言の部分には突っ込まずに答える美神。

 『分かりました。では、後ほど・・・。ツー』 ピッ

 ピッピッ・・・トゥル「『はい、令子?』あ、ママ。小竜姫と話しはついたわ。私の事務所にヒャクメが転移してくるから、ママはヒャクメと一緒に妙神山に向かって。わたしには小竜姫が迎えに来るから、妙神山で合流しましょう」

 『分かったわ、今から事務所に向かうわ。だけど令子・・・。小竜姫さまの事、もう少しは敬えないの?』

 「最初は敬ってたんだけどね。依頼を受けてるうちに何だか友達感覚になっちゃってね。横島との事もあるし・・・」

 最後の方はもごもごと、口の中で呟く様に答える令子。

 『だからって・・・、令子も神様の在り様は識っているでしょう?いくら妙神山に括られて制限付とは言っても、神族なのだから根本的な在り様は同じなのよ?貴女ほどの霊能者から敬われれば、それだけ小竜姫様の神通力にも通じるのよ?』

 美智恵は嘆息する様に娘を諭す。

 「神族・魔族の在り様は言われずとも識っているわ。でもね、彼女はわたし達に対して、神族としての神秘性を表に出さず、ほぼ対等かホントに近所に居るお姉さんみたいに接して来るんだから。こっちもそれなりに対応が変ってきちゃうわよ。まぁ、誰のせいなのかは分かっちゃいるんだけどさ・・・って、こんな事を話してる場合じゃ無かった。わたしは小竜姫と合流するから、ママも早くわたしの事務所に向かって。たぶん、ヒャクメが途方に暮れてると思うから。じゃ、切るわよ」 ピッ

 誰かさんの愚痴になりかけた事を強引に終わらせて、令子は携帯電話を切った。すぐに入院用のガウンを脱ぎ、クローゼットから服を取って着替えると、彼女は急ぐように屋上へと向かった。

 検査入院とはいえ、病院側に何の連絡も退院手続きもせずに良いのかとも思わないでもないが・・・。

 「いいのよ、いつもの事なんだから」

 だから、地の文に答えないで下さい・・・。てか、いつもの事って・・・(汗


 所変わって、ICPO日本支部東京出張所。

 シュンッ

 「令子にも困ったものだわ。・・・ん、でも令子の言い分も分らないでもないわね。ねぇ、ヒャクメ様?」

 美智恵は美神の事務所には向かわず、ICPOの自分のデスクで独りごちた後、自分の背後に転移してきたヒャクメにそう問いかけた。

 「美神さんの所を覗いても誰も居ないから、こっちに跳んできたけど・・・。いきなりそうフランクに話しかけられると、説得力無いのね〜」

 苦笑交じりに返すヒャクメ。ICPOの事務所にも、人工幽霊壱号の結界よりも強力な結界を張っているが、ヒャクメが苦も無く転移できたのは、彼女の霊波パターンが結界に登録されているからだ。

 「ヒャクメ様?私は敬うべき対象は区別していますわよ?それを表に出すべきかどうかは、その時の判断に拠りますけどね。では、お願いします」

 微苦笑しながら美智恵は返答し、ヒャクメに転移を促す。

 「ヒ、ヒドイのね〜、みんなみんな・・・。って、今は遊んでもいられないのね・・・。仕方ないのね。名残惜しいけど、今は時間が惜しいから急ぐのね。では、美智恵さん、わたしに掴まって。じゃ、逝くのね〜〜」

 「な、なんか最後の方、字が違ったような・・・」

 キュンッ・・・

 美智恵の中途半端な突っ込みもそのままに、ヒャクメは妙神山へ向けて転移した。


 一方、こちらは白井総合病院の屋上。そこの中央付近に美神は立って小竜姫を待っていた。今の彼女は“記憶の文珠”を使っていないので、リアルタイムに現実の記憶が自覚無しに実感を伴っていく状態だった。
 おかげで妙にイライラしていた。彼女の頭の中では、”忠夫が夫”の一文に思考の大半が占められていた。何しろ、今の記憶じゃ横島はそれなりのGS(美神主観)として活躍しているが、とても自分に釣り合う様な実力(あくまでも美神の主観)の持ち主ではなかったからだ。

 現在の横島は美神の元を離れ、美智恵の計らいでICPO日本支部東京出張所の嘱託GSとなっている。彼は高校を何とか卒業した後も暫くは美神の元で見習いをやっていたが、社会人になってからも収入はコンビニ店員以下だった。
 彼は二十歳になるまでの二年間をGSとしての知識を学ぶ為の時間に充て、何とか見習いからの脱却を図った。しかし、いっこうに美神は横島の努力を認めようとはせず、逆に癇癪(かんしゃく)を起こしては横島をシバいて有耶無耶(うやむや)にしていた。
 二年の間、横島を影ながら支えたのは、おキヌちゃんこと氷室キヌを筆頭にシロ・タマモ、そして美智恵となっていた。

 結論から言うと、過去が書き変わった世界で横島の伴侶となったのは氷室キヌとシロ・タマモだ。横島が高校を卒業した後、親からの仕送りが途絶えてからの彼の生活の窮状に、おキヌは心底から心を痛めた。美神に対しても諫言(かんげん)を行ったのだが聞き入れてもらえず。それならばと、通い妻よろしく横島の世話を甲斐甲斐しく続けた。その介あって、ある事件をきっかけに横島からプロポーズをされて結婚する事になった。
 人界の法で戸籍の配偶者はおキヌだけだが、シロとタマモも横島のマンションに押し掛けて、そのまま居ついてしまっていた。
 その時にも美神令子と、それはそれはもの凄い一悶着があったが、シロとタマモが美神の所に一年間の猶予付きで残るという美智恵の提案を美神が飲む事によって、一応の解決を見た。しかしこれは、後の大噴火の下地となってしまった。この騒動があったのが、横島が卒業してちょうど一年が経った頃の話である。
 また横島は現在、氷室キヌ・シロ・タマモと一緒にICPO東京出張所に近いマンションに引っ越しているが、あのボロアパートからマンションに引っ越しが出来た背景には、美智恵の尽力が大きかった。
 美智恵は横島に対して、巨大な負い目を持っていた。言うまでも無く、それは横島独りに結果的にとはいえ代償を負わせた事。娘を救う為には必要な事だとはいえ、彼への対応がおざなりとなっていた事は否定できない事実だった。
 大戦後の横島の環境を見かねて美智恵は横島に出来るだけの便宜を図ろうと決め、横島がGSとしての知識を学びたいと訪ねてきたのを期に、彼女は動いた。その結果が、横島の住居がマンションへ変わった事であり、現在の嘱託GSとしての立場となっている。


 シュンッ・・・タッ

 「お待たせしました、美神さん」

 転移してきた小竜姫が、ちょっと険しい顔をして美神に話しかける。

 「そんなには待ってないわ。ちょっとイラついてるけど、小竜姫に対してじゃないから気にしないで」

 美神の返事に小竜姫は、ふぅっと一つため息を吐くと美神のそばに近寄った。

 「では、私に掴まって下さい。此度(このたび)の横島さんの時間移動による過去の改変について、老師からお話があります」

 「・・・そう。・・・なるほど、ね・・・。このイライラはアイツのせいなのね。今度会ったら、・・・・・・問答無用で潰すわ」

 真実を”今は”知らない美神はそう呟いて、小竜姫の肩に掴まった。

 「では、行きますよ」  シュンッ

 小竜姫はそんな美神を困ったような顔をして見たが、今はどう説明しても無駄なので、美神が肩に掴まったのを確認すると妙神山へ向けて転移した。


 妙神山の主神である老師こと斉天大聖は、気難しい顔で妙神山の一角にある異空間修行場に座り込んでいた。
 彼の渋面の原因は、横島達が行った過去への跳躍に端を発する様々な事象による。だが、この跳躍自体は神・魔の最高指導者による許可も下りていて、それほど問題とはなっていない。
 老師の中で問題となっているのは、過去で美神が過去の横島(ややこしい)に対して<忘>の文珠を使った事だった。あの行動さえ無ければ、ここまで歴史が変わる事は無かったのだ。過去の横島が<忘>の文珠を使われなかったら、多少の誤差はあれど過去が書き変わる前の状態になるはずだったのだ。

 良くも悪くも横島は素直だ。あの時、未来から来た自分自身の能力に少なからず希望を持った。それと同時に、自分が居ない所で令子やおキヌちゃんに危険が迫る事への恐怖も、漠然としてだが持ったのだ。
 そこから、彼は少しずつ変わるはずだった。セクハラは徐々になりを潜め、現実に触れた自分自身の高みを目指し、美神令子の隣に並び立とうと歩むはずだったのだ。
 しかし、結果はあの時点での横島のセクハラ行動と、美神の意地の強さを見誤った事により、神族・魔族にとって最悪とは言わないまでもかなり歴史が変わってしまった。その最たるものは、アシュタロスが自らの境遇を皮肉る為に使った言葉“魂の牢獄”からのアシュタロスの解放だった。

 (羨ましいことよの。自らの業を消す事が出来たのじゃから・・・。好き勝手やってたあの頃が懐かしいのぉ・・・。じゃが、ワシらはこの枠組みから抜けられなんだ・・・。しかし、この度の改変によって、多少は希望が持てる事になるのかのぅ?まぁ、気付いているのがワシらと最高指導者達だけではあるのじゃが・・・。しかし、この改変は変わりすぎじゃろう?のう世界樹よ・・・)

 老師は玄奘三蔵と出会う以前を思い起こし、昔を懐かしみながら改変後の世界の在り様へと考えを巡らす。

 最初の三姉妹との接触時点において横島は、改変後と同じく攫われた。しかしその理由はギャグでも何でもなく、ましてパピリオに気に入られたからではなかった。
 まず美神への襲撃の時に、横島の文珠によって思わぬ劣勢に陥った三姉妹が横島の文珠を無効化する為に、彼に麻酔をして連れ去ってしまう事が変わってしまった。
 この時点で彼が殺されなかったのは、文珠の有用性を三姉妹の長女が今後に役立てる事が出来るかもと考慮にいれたからと思われている。(彼女らの本当の思惑がどうだったのかは、歴史の闇の中だ)

 次に変わってしまったのは、小竜姫達が早々と戦線離脱をさせられた事だった。
 歴史が変わる前は妙神山のほとんどが破壊されてしまうのだが、囚われていた横島が自力で敵戦艦内の牢から脱出した際に、彼の文珠による破壊活動の為に敵の断末魔砲は不調をきたし、その威力を十分に発揮する事が出来なかった。その為、妙神山の冥界チャンネルとしての機能だけは不完全ながら残り、南極戦まで小竜姫達は戦えたのだ。
 囚われていた横島の機転によって逆転号内部が中破し、三姉妹が戦艦の修復を行っている間に人間と神・魔側は時間を稼ぐ事ができた。尚且(なおか)つ美神美智恵主導の下に人間側の戦力拡充と協力が得られた。
 横島が混乱に乗じて脱出した際に、敵の戦艦に残した追跡用の文珠<尾>と対となる文珠<行>によって敵の位置を割り出して待ち伏せ戦を仕掛け、美智恵の時間移動能力を用いた時間差攻撃によって敵の自滅を謀った。
 その作戦によって三姉妹の長女ルシオラは戦死し、その後の美智恵と三姉妹の次女との一騎打ちにより美智恵は負傷して戦線離脱を余儀なくされるが、次女ベスパを討ち取る事には成功する。
 小竜姫とヒャクメ・ワルキューレとジークはこの時、冥界チャンネルの復旧を急ぐ為に、生き残った神・魔達ともども戦闘には参加してはいなかった。
 だが、彼女達も戦闘に参加せざるを得ない事態へと情勢が動いていく。それは対策会議中に令子の命が事もあろうに同胞の人間に狙われる事に端を発した。
 人類側のトップ達は、令子の中の結晶が原因と解るやそれを消そうと画策していたのだが、美智恵や六道家による代案が先に動いた事により燻(くすぶ)っていたのだ。人類側のトップ達は敵の戦艦が撃退されたのを好機と見て、自分たちが画策した案を実行した。その計画は失敗に終わったのだが、その混乱に乗じて司令部中枢へとパピリオの眷属の侵入を許してしまった。その為、パピリオの眷属による燐粉毒によって負傷をおして会議に参加していた美智恵が昏睡状態に陥ってしまった。
 美智恵を救うには、パピリオの眷属から毒を抽出して血清を作らねばならなかった。その血清を得る為に、また世界中の原潜を手中に収めたアシュタロスの脅迫によって、極楽メンバーは魔神が指定する南極到達不能点へと赴かなければならなかった。
 それに加え、南極戦では冥界チャンネルの復旧は間に合わず、しかもアシュタロスが表に出てきた事で戦局が一気に不利に傾いてしまった事により、小竜姫やヒャクメ・ワルキューレとジークが南極戦に参加する事になったのだが、その戦闘はアシュタロスの拠点破壊と三姉妹の最後の一人であるパピリオの戦死。また、小竜姫とワルキューレ・ジーク達も戦死するという苦い結果を伴う事となった・・・。

 小竜姫達が戦死したのは、アシュタロスから美神達を守っての事だった。塔の中で戦闘の末に眠らせたパピリオが最後の最後に起きて、原潜からICBMを発射させたのだ。
 だが、人類側にとって幸運だったのは、パピリオの精神が幼かった事だった。パピリオは独断で、世界各地に照準を合わせていた目標を、復讐の為に全てを南極に変更してしまった。
 アシュタロスへの同期合体攻撃が効くことは効くが倒すまでに時間が掛かり過ぎるのと、その時間が足りない事で決定打にならず、手詰まり状態の美神たちはアシュタロスの圧倒的な力の差に逃げる事も出来なかった。だが、パピリオの独断専行にアシュタロスの気が一瞬だけ逸れ、それに乗じて小竜姫達が盾になる事によって美神達は逃げる事に成功した。
 発射されたICBMは南極の異空間に全て打ち込まれたが、爆発寸前で異空間が閉じられたので、漏れてきた僅かな衝撃波以外は全て防ぐ事が出来た。しかし、小竜姫達は魔神と相対していた為に脱出が間に合わず核の爆発に巻き込まれる事になってしまった。
 アシュタロスはこの時の戦いで拠点を失い、重傷を負ったが滅する事は無かった。魔神は回復の為に一時身を隠して、結晶奪取の為に最後の賭けを実行した。それは宇宙の卵を使った策だった。
 宇宙の卵の中で行われた策がどのようなものかは、美神令子が黙して語っていないので未だに闇の中だが、結晶は奪われてコスモプロセッサは起動された。

 美神の危機に誰よりも早く気付いた横島だったが、今一歩遅くコスモプロセッサ起動に巻き込まれて意識を失ってしまう。だが、これが功を奏したのだ。アシュタロスは最大の敵が近くで気絶しているのを知らずに勝利の美酒に酔い、戯れにプロセッサを使って世界に死と混乱を招いた。この辺りは過去が変わった後と大差は無かった。
 だが、横島はこの混乱によって起こった振動による落石で気絶から目覚め、現状を把握しようと地上に出た時にコスモプロセッサを内部から逆操作しようとしている美神を目撃して、躊躇(ためら)わずにコスモプロセッサの中に身を投じた。
 この時、彼の文珠はジャミングをされていなかった。魔神がなぜ彼の霊波そのものに妨害を掛けていなかったのかは、今でも謎の一つだ。だが、その為にコスモプロセッサ内部では早々と美神と合流でき、逆操作を行って令子の魂を復元させて。そのついでに忠夫がふと閃いた裏技。それは文珠を使って結晶を<模>させる事だった。
 本物の結晶は文珠によって隠蔽され、<模>を使った結晶が置かれた部屋で横島達はアシュタロスによって外に叩き出された。本物の結晶が横島の手にあるのにも気付かずにだ。
 横島達は美神の魂が身体に戻るのを確認して、結晶を破壊した。身体に戻る前に破壊しなかったのは、戻れない可能性もあったからだ。それは杞憂に過ぎなかったが・・・。

 アシュタロスは結晶が破壊された事により、自分の野望が潰えた事に自暴自棄となり究極魔体による世界の破壊を行おうとした。しかし、それは叶う事は無かった。
 冥界チャンネルが不完全ながらも残っていた為に、復旧に全力を挙げていた神・魔連合軍が間に合ったのだ。
 最初に顕現したのは神・魔の最高指導者達。この二柱によってアシュタロスは封滅された。
 そう、完全な消滅は許されず、魂の牢獄にまた戻されたのだ。彼の真の望みは果たされる事は無かった。その望みを知る者が居なかった為に・・・。

 これが、歴史変更前のアシュタロス戦役の全容だった。

 ところが、今回の横島の時間移動によって、かなりの変更がなされてしまった。大まかな流れは変わっていないが、最大の変更点はアシュタロスの魂の解放だった。これはかなり大きな事だ。神・魔のバランスが崩れ、黙示録級戦争が起こる可能性が増してしまうほどに・・・。
 それにもう一つ。それは神・魔が人間に借りを作ってしまった事。下級神・魔達が人間に借りを作る事は、昔から多少ならずともあった。だが、それは世界に限定的な影響を与えるものではあっても、神・魔族全てに影響を与える程のものではなかった。それは神・魔の勢力争いによって付随するものだったからだ。
 しかし、今回は違う。神・魔の最高指導者達が借りを作ってしまったのだ。人間側の当人たちはまだ気付いていないが、これは神・魔の在り方にも関る事でもあり、かなり重要な事だった。そして、その影響は既に徐々にだが現れ出していた・・・。


 ビュン・・・ッタ・スタッ

 美智恵とヒャクメは、妙神山の鬼門の前に転移してきた。

 「ヒャクメさま?今回の事件で大きく変ったのは、神・魔の対応だけですか?」

 美智恵は歴史が変る前と変った後の記憶を持っているので、人界の横島に対しての対応が酷くなり始めている事を危惧していた。

 「その事も一緒に、老師の前で話すのね。貴女も変更前の記憶を持っているのね。もしかして、横島さんの文珠で?って、こんな事出来るのはそれしかないのね」

 美智恵の言葉から、情報のある程度の共有が出来ている事に、ヒャクメは苦笑いしながら答えた。

 「ええ、咄嗟(とっさ)に出来たのは本当に奇跡ですわね。今、もう一度やれって言われてもたぶん無理ですわね。私の中では、よっぽど令子と横島君の結婚は、失う事は出来ない物事だったようですわ」

 変更後の記憶が主軸の美智恵はそう答えた。現在の美智恵は、横島に対して大きな心の負債を持っているので、どうしても思考が横島を中心にして考える事が多い。変更前の歴史に未練は無いかと言われれば大有りなのだが、今のところ何も対応策が思い浮かぶ事は無かった。

 「そう・・・。(美智恵さんには悪いけど、私は今の世界の方がいいのね)老師も待ってるから、早く行くのね美智恵さん」

 内心の想いを面には出さず、ヒャクメは美智恵を促す。

 美智恵とヒャクメは互いに頷くと、妙神山修行場に入っていった。


 シュシュン・・・タ・タ

 美智恵たち二人が修行場に入ってから十分後。今度は小竜姫と美神令子が鬼門の前に転移してきた。

 「あれからここには来てなかったけど、前とあまり変らないのね。相変わらず、鬼門達のでっかい顔が張り付いてるんだ」

 妙神山の門構えを久々に見た美神の感想がこれだった。

 「私たちの在り様は、普通は人間と同じ時間で変る事などありはしませんからね。鬼門達も、この方が落ち着くらしいのですよ」

 苦笑しながら小竜姫は美神の感想に答える。実際、妙神山再建時に門構えを新しくしようとの案も出たのだが、鬼門たちが以前の様相をと、かなり強い請願をした為に以前と同じ門構えになったのだった。

 「さ、老師がお待ちです。早く行きましょう」

 「分かったわ」

 同感と頷きながら、美神は小竜姫に続いた。

 「ただいま戻りました。鬼門たち、扉を開けなさい」

 「はっ!姫様。どうぞ、お通りを」  ギィィ〜〜〜

 「ん、ご苦労様。急ぎましょう、老師は異空間修行場にてお待ちしているはずです」

 振り返って美神を見て小竜姫はそう言った。

「わかったわ」

美神は頷くと、小竜姫と一緒に人一人分の隙間が開いた門から中へと走って入っていった。

 ギィ〜〜、ズゥゥンン〜〜〜・・・

 かなり重い音を出して閉じた扉に張り付いた右の顔が、強くなってきた風に吹かれながらポツリと・・・。

 「左の。われ等の出番は、もしかしてこれだけか?」

 「・・・・・・言うな。言われると余計悲しくなる」

 左右の門扉の顔から流れる落涙が、風に吹かれて舞い散っていく。

 今は我慢しろ鬼門たち。後々良い事もあると思うぞ。あると思う。あるといいなぁ・・・。多分・・・。


 その頃、美智恵とヒャクメは、銭湯の入り口と見紛(みまが)う造りの修行場入り口から中へと入って斉天大聖と謁見していた。

 「良く来たの、美智恵殿。お初にお目にかかる。ワシがこの妙神山の主、斉天大聖じゃ」

 外見は年食った猿だが、その雰囲気は神々しく、かつ猛々しい。だが、その瞳の奥には慈愛の光が宿っていた。

 「初めまして、斉天大聖様。単刀直入にお聞きします。此度(このたび)の件は、うちの娘が原因でございますか?」

 老師の雰囲気に気丈にも耐え、そう尋ねる美智恵。

 「その話しは小竜姫が戻ってから話そうかの。ヒャクメ、客人に茶を」

 「はい老師(な〜んか妙なのね。いつもの老師らしくないのね)」

 ヒャクメは心の中で老師の態度に首を捻りつつ、お茶の用意をする為に老師と美智恵を残して退出した。いくらヒャクメといえども、老師に覚(さと)られずに彼の思考を読む事は出来なかった。

 老師はヒャクメが退出したのを確認すると、徐(おもむろ)に態度を変えた。

 「ふ〜、やれやれ。そう固くなる事はないぞ、美智恵殿。横島なんぞはワシの事をジジィ呼ばわりじゃしの。そう強張(こわば)られると、こちらが疲れるわい」

 いきなりそうフランクに話しかけられ、美智恵は一瞬呆気(あっけ)に取られた。しかし、気を取り直して柔らかく微笑むと「ありがとうございます、老師」そう言って、幾分か雰囲気を和(やわ)らげた。

 「あの、老師?ぶしつけで申し訳ありませんが、なぜヒャクメさまが退出されて、態度を変えられたんです?」

 「なに、そう大した意味もないわい。あやつを通してこちらを見ている目を謀(たばか)るくらいしかの。それより座らんか?どうも老骨には立って話すというのは、腰にくるもんでの」

 と、とんでもない事をいう老師は、空間から椅子五つを出現させて、その一つに座った。もちろん背板付きだ。

 「そ、そんな・・・。ヒャクメ様にも気付かれずそんな事ができる存在なんて・・・。そんな途方も無い存在が実際に居るのですか?」

 驚愕も顕(あら)わにそう尋ねる美智恵。勧められた椅子にも座らずに立ち尽くす。

ヒャクメ自身に気付かれず、ヒャクメを通してこちらを見る存在・・・。はたして、どれほどの存在なのだろうか。

 「ふむ。小竜姫達が戻ってくるまでの話にはなるかの。と、言っても種を明かすと簡単な事じゃ。ワシらの世界を、と言うより全ての可能性をと言った方が適切じゃの。その可能性全てを覗き、ある特定の可能性を除く存在がいるのじゃ。そのモノは時に創造主と間違って呼ばわる事もあるが、それは大きな間違いじゃ。そのモノは可能性を除く事しか出来ん。創る事はどう逆立ちをしても出来ん存在じゃ。それが、さっきこちらを見ておった。ただそれだけじゃ」

 今は見てはおらぬがの、と最後に締めくくって、老師は驚愕の事実をなんでも無いという風に話す。

 「そ、そんな存在が居る事も驚きですが、その存在を感知できる老師もさすがと言うほかありませんわね」

 まだまだ、この世は驚く事があると思う美智恵。だが、次の老師の言葉は更にその上を行った。

 「なに、その存在を感知できるのは、最高指導者様達くらいだろうの。他の者はなんのかんのと言っても、世界の枠組みの中でしか動けないからのぅ。ワシも枠組みに囚われているモノじゃが、なぜかその理(ことわり)を岩から生まれた時から知っておったのじゃよ。まぁ、岩から生まれた時は無意識のうちじゃったがの」

 ワシは不確定因子なのじゃよ。と、不敵に笑(え)む老師。

 「あの、その除く存在とは何なのでしょうか?っと、そもそも、そんなとても大切な事を私みたいな人間に話されても大丈夫なのですか?」

 老師の話の中の得体の知れない存在に怯え、その重大な事を自分が知っても良いのかと慄(おのの)きながら美智恵は訊いた。

 「なに、こんな事を知っても感知できねば警戒しても意味の無い事じゃ。現に神・魔・人の三界の者達は普通、この存在に気付くことも無く過ごしておるしの。ただ、消される当事者にとっては、甚(はなは)だ脅威じゃ。なにせ消された当事者は、周りになんの違和感も無く死ぬ事が・・・消える事が当然と受け止められるのじゃからの。・・・・・・ふむ・・・、小竜姫はまだ戻ってこんか・・・。・・・・・・では、先ほどの美智恵殿の質問に答えるとしようかのう。ところで美智恵殿は、変更前と変更後の歴史の記憶を持っておられるかの?(コクンと頷く美智恵)・・・ならば一つ質問じゃ。歴史の変更前と変更後で変らず消えた者は誰じゃったかの?」

 大戦に参加した者だけで良いと、付け加えて老師は言った。

 「それは・・・・・・、ルシオラさんですわね」

 しばし記憶を掘り返し答える美智恵。

 「そうじゃ。変更前では三姉妹ともに消滅しておるのに、変更後はルシオラだけが滅んでおる。しかもじゃ、復活の可能性を限りなく消されておるのじゃ。思い当たる節はあるはずじゃろ?この世界の変更後の横島はワシと同じ不確定因子じゃったが、最後の最後で力及ばずルシオラと共に除くモノに消されたのじゃよ。ただ、二人同時には消されてはおらぬがの。ルシオラは復活に必要な魔族因子を消されただけじゃが、横島に至ってはとばっちりとも言えなくもないかの。あヤツに不確定因子としての自覚が無かったのも消された原因の一つじゃが、除くモノにとって、ルシオラは消さねばならぬ可能性じゃったわけじゃ。横島の中には大量にルシオラの因子が存在しておったからの。じゃが、なぜそこまでして消そうとするのか、その消す理由はワシらには解らんがの。今、過去に行っている横島は、現在に戻ってくる途中かこの世界に戻ってきてから変更後の記憶を持つ事になるじゃろう。しかもその身に、魔族因子を受ける事になるやもしれん。本人は記憶が定着するまで、自分の身に起こった事が何であるかは理解できないじゃろうが・・・。あやつの記憶が完全に定着するのは、現在の時間軸に戻ってきて一日経った頃かのぅ」

 驚愕の話を語る老師。

 「そ・そんな!?ならば、私のこの変更後の記憶はどう説明されるのです。横島君に対して返しきれない恩を持っている記憶。今までGメンでGSの基礎を教え、Gメンの嘱託として出来うる便宜を図ってきた記憶は、どう説明すると言うのです!?」

 「それはの「老師〜、お茶もって来たのね〜」・・・ふむ、この後の説明は皆が揃ってからにしようかの」

 そう言って、老師はヒャクメが茶を持ってくるまで、背板に背を預けて目を瞑(つむ)った。

 「ろ・老師・・・「あれ?美智恵さん。何をそんなに気を乱してるのね?ほら、このお茶飲んで気を落ち着けると良いのね〜」」

 老師に説明の続きを促そうとした所にヒャクメからお茶を差し出された。美智恵は先ほどの驚愕の話にとても座る事など出来なかった。取り合えず美智恵はヒャクメから湯飲みを受け取ると、お茶を飲むことも無く立ち続ける。

 「老師〜、せっかく椅子を出したんなら、卓も出してなのね〜。ん、もう」

 お茶を載せたお盆を両手に持って、ふくれるヒャクメ。頬を膨らませている姿は可愛いかもしれない。

 「私は可愛いヒャクメちゃんなのね〜」 うぅ・・・、ヒャクメまで地の文に応えてる・・・。

 「気にしない、気にしない。で、老師。寝たふりは良いから、早く卓を出してなのね。腕が痛いのね〜。それに飲み頃の温度を逃すのね〜」

 「ヒャクメよ。それくらいで急(せ)かすでない。ちと待っとれ。んむ、ほれ。そこに置け」

 老師が念じると、椅子の中央にぽんっと音がして卓が現れた。

 「は〜、やれやれ。腕が痛かったのね〜」

 ヒャクメは現れた卓にお盆を載せて、腕をブラブラさせてそう愚痴る。

 老師は我関せずという風に、のんびりと卓の上から自分用の湯飲みを取り、お茶を啜っている。今も除くモノはこちらを覗いているのであろうか?

 『なんか変なのね。もしかして・・・、老師がわたしを意識してる・・・とか?・・・・・・それは、ありえないのね。でも、ホントに老師が変なのね』

 ヒャクメは首を傾げて老師を見ていたが、考えても判らないので諦めて美智恵に話しかける事にした。

 「美智恵さん、立ちっ放しもなんなのね。座ってお茶でも飲みながら、小竜姫と美神さんを待つのね」

 「そ・そうですわね」

 美智恵はヒャクメに勧められるままに椅子に座って、手に持った湯飲みからお茶を啜った。お茶は美味しかったのだが、味を楽しむ余裕は美智恵には無かった。


 小竜姫と美神令子は鬼門をくぐり、老師の待つ異空間修行場へと足早に向かった。

 「わたし達をいきなり呼びつけて、老師は何を話すつもりなの?小竜姫。わたしも相談したい事が出来た直後だったから助かりはしたけど、それにどうして横島が過去に飛ぶ事になったの?」

 得体の知れないイライラに、美神はとことん不機嫌だった。

 「っ!! 何の為にって・・・! ・・・いえ、今の美神さんに話してもどうにもなりません。まずは老師の話を聞いてもらわないと」

 横島が美神の為に過去に飛んだ事を、恰(あたか)も悪い事のように言う美神に小竜姫は憤(いきどお)りかけたが、今の美神はその事を“知らない”。彼女は、今は何を話しても通じない事を思い出して、激昂しかけた感情を自制して美神を修行場へと促した。

 「何を隠しているのか知らないけど、それも老師が話してくれるのよね?」

 小竜姫の言葉に疑問だらけの美神は一層イライラを募らせたが、老師に聞けば良いことと自分を納得させて異空間修行場への扉を開けて中へと入っていった。

 『横島さん・・・。この世界の貴方はもういないけど、前の世界の横島さんも貴方と同じように優しいのでしょうか・・・』

 美神の背を悲しそうに見つめ、小竜姫は俯いた。自分が力を見出した存在を理不尽な力によって消された彼女は、しかしどうする事も出来ない自分に歯痒く思い身を震わせた。

 「小竜姫?どうしたのよ?早く行かないといけないんでしょう?」

 美神は、後ろからついてくる小竜姫の気配が無かったので戸口の辺りで振り返ったが、視線の先の小竜姫がわずかに震えているのを心配して話しかけた。

 「あ、いえ。何でもありません。急ぎましょう」

 小竜姫は頭(かぶり)を振ると、美神の手を取って中へと入っていく。

 「あ、ちょ、ちょっと小竜姫っ。そんなに強く引っ張らないで。ちゃんと行くから」

 美神の手を取ってズンズンと進む小竜姫は、美神の抗議に耳を貸さずに老師の待つ異空間へと向かった。


 「老師、ただいま戻りました。美神さんも一緒です」

 見渡す限りの地平線。だが、近くには円盤状の巨大な舞台があった。その近くに椅子が卓を囲んで5つ置いてあり、其のうち三つに斉天大聖・ヒャクメ・美智恵が座っていた。

 「うむ。とりあえず、そこに座っておれ。ヒャクメ、茶の代りを頼む」

 「はいなのね。小竜姫も美神さんも、空いた席に座るのね」

 傍らに置いてあったポットから、急須にお湯を注ぎゆるゆると急須を揺らした後、皆の湯飲みに注いでまわるヒャクメ。

 ヒャクメが全員にお茶を注ぎ、自分の席に着いたのを確認した老師は唐突に席を立つと、気合の声を発した。

 「どぅりゃ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

 老師の背後に端を発した空間に、集まった全員が呑まれていく。美神親子は、あまりの気迫に金縛りにあったようになり、身動(みじろ)ぎすら出来なかった。

 「ふ〜、やれやれ。これで安心して話す事ができるわい」

 老師は結界を張り終わると、腰を叩きながら椅子に座って背板に凭(もた)れた。小竜姫とヒャクメは何食わぬ顔でお茶を啜っていたが、美神親子は茫然自失といった態(てい)で固まっていた。

 「ん?おヌシら何をそんなに呆けておる。楽にしてよいぞ」

 美神親子の様子に老師は気楽に声を掛ける。

 「な・なんて気合を発するのよっ!心臓が停まるかと思ったじゃない!!」 

 いち早く正気に戻った美神が老師に怒鳴る。

 「それはすまなんだのぅ。まぁ、気付かれるわけにはいかん存在がこっちを見ておったからの。多少強引じゃが、許せよ。さて、では本題に入るかの」

 老師は美神の怒気を柳に風と受け流し、徐(おもむろ)に本題に入った。

 美神は怒りの持って行き場を失って不満顔だが、呼び出された理由を聞かされる事にとりあえず座りなおして聞く体勢を取った。

 「さて、どこから話そうかの。おっと、そうじゃ。これを訊かない事には話が進まんのじゃった。美神よ、お主の主観記憶では、横島の現在はどうなっておる?」

 「え・・・、横島の現在って・・・。あいつはGメンの嘱託GSで・・・、いえ、変ね・・・。ここ十年?(あれ?なんか変・・・なんで十年?)あいつとは顔も会わせてないわね。あれ?な、なによこの記憶。矛盾だらけじゃない。おキヌちゃんと結婚したあいつの記憶と、そうじゃなく、あの大戦の後の二年後から以降行方不明っていう記憶とごっちゃになってる・・・!?」

 先ほどまで信じていた記憶があやふやになり、その代わりに横島が今も行方不明という記憶が頭に浮かぶ事に美神は戸惑った。

 「ふむ。美智恵殿はどうかの?先ほど言っておった通りかの?」

 美神の答えに老師はあごの髭をしごきながら、美智恵に尋ねる。

 「・・・・・・っ!あ・・・、うそっ・・・、こ・こんな事って・・・。そ・そんな、横島くんがあの大戦の後から、い・居なくなってる!! で、では今までの記憶って・・・・・・。はっ!も、もしかして!!」

 「ほぅ、美智恵殿は気付いたようだの。まぁ、少し情報を与えていたのもあるが、さすがよの」

 「何よ、ママ。このおかしな記憶の原因が分かったの?」

 美神は訳が分からず、美智恵に訊いた。

 「それは、老師に説明してもらいましょう。私もさっき聞かされた話が根拠だから、検証できていないのよ」

 困惑気味に答える美智恵。その表情は真っ青になっていた。

 「よかろう。では、説明するかの。そもそもの話は美神令子、おヌシを助ける為に横島が文珠で過去へと時間移動をした事から始まるのじゃよ」

 「な! わたしの為って、わたしがどうしたっていうのよ!!」

 「それも話してやろう。少々黙っておれ。そもそも、おヌシが十年前に地下鉄の毒蜘蛛から遅効性の毒を受けたのが始まりじゃ。この毒は特殊での、十年間は生活に何の支障も出ないのじゃよ。だが、十年経つと症状が突然現れ、半年で霊基構造を破壊され死に至るというモノだったのじゃよ。まぁ、一種の呪いととってもかまわんじゃろ。なにせ、その毒の血清を作ろうにも、毒蜘蛛は滅ぼされて存在せんのじゃからの。だが、血清の作成を可能にする能力者が、その時には二人居たのじゃ。それが横島と美智恵殿じゃな」

 ここまではよいかの?と皆に確認を取る老師。

 美智恵は記憶の追加で知っているし、小竜姫とヒャクメは老師に話を聞いているので問題は無かった。ただ一人、美神だけが“知らない”事だった。

 「老師、先を続けて頂戴。それで、横島は過去に跳んだのね?」 

 美神は老師に話を進めさせる。こめかみを指で揉みながら、彼女は老師の話を頭の中で整理しているようだ。

 「結論から言うとそうじゃ。その時の美智恵殿は、神・魔によって時間移動が封じられておったし、そもそも美神一族の時間移動は歴史に干渉できないのじゃよ。むしろ、歴史に組み込まれていると言った方が良いかのぅ。じゃが、横島は違った。あやつの文珠は、歴代の文珠使いのうち二・三人しか観測されていなかった世界に干渉できるシロモノだったのじゃよ。極端な話、あやつが変えたいと思った事は、その力量さえあれば叶えられるほどのモノなのじゃよ。言わば、限定的な創造主よの。そしての、これが大事な事なんじゃが、横島はアシュタロスと違って宇宙意思に・・・と言うより、全ての平行世界の元である世界樹に愛されておるのじゃよ。あやつが瀕死の重傷を負っても、それが死に直結する事象でも、あやつが死ななかったのはそこに由来しておる。・・・っと、話が横に逸れてしまったの。横島は、お主の原因不明の病の元を自分の文珠を使って《究明》したのじゃよ。そして、あやつは過去に跳んだのじゃ。結果は、見事血清を作る事に成功したようじゃの。お主がここに居る事がその証明じゃよ。だがの、そこまでは良かったんじゃが・・・。ワシらの予想外の事が二つ起きての・・・」

 本当に予想を外しまくってくれたわいと、嘆息しながら老師は言った。

 「・・・・・・。正直、あいつがわたしに対して、そこまでするってのが信じられないんだけど・・・。って、小竜姫、なに睨んでるのよ。わたしは正直な感想を言ってるだけよ」

 あからさまに睨んでくる小竜姫に多少不機嫌になる美神。

 「老師、美神さんは《記憶の文殊》をまだ使っていないようです。先にそちらを優先した方がよろしいかと」

 美神の態度に、今は言っても意味が無いと分かっているが、それでも憤りを抑える事は難しい小竜姫は老師にそう進言した。

 「ふむ、そうよの。話してる最中に腰を折られるのも少なくなるか・・・。美神令子よ、《記憶の文珠》は今も持っておるか?」

 小竜姫の進言に少し考えてから、美神に話しかける老師。

 「持ってるわ。でも、あいつがわたしの夫っていう記憶なんでしょう?なんか使うの嫌なんだけど・・・」

 文珠を取り出しながらそう言う美神を、令子以外の女性全員が可哀想な人を見る目で見つめていた。

 「な・何よみんな。そんな人を哀れむような目で見ないでよ」

 老師以外の視線にたじろぐ美神。

 「どうします?あんな事を言ってますけど・・・。このまま使わせないのも手ではありません?そしたら、私達にも可能性はあるかもしれませんよ?」

 どことなく黒い感じで言う小竜姫。

 「そうね〜、その方がわたしも嬉しいかもなのね。何しろ横島さんは、わたしにいろいろ見られても恥ずかしがるだけで嫌悪なんて抱かないし・・・」

 小竜姫の提案に乗り気なヒャクメが言い。

 「私としては、変更前の二人の関係が望ましいんだけど。だけどそうね、いっその事ひのめと一緒にアタック掛けるのも良いかもね

 横目で娘を見ながら、美智恵もそう言い出す。

 あんた旦那居るだろうに。

 「あら、公彦さんは今も愛してるわよ。でも・・・、女としては・・・ね〜・・・

 地の文に色目使われても・・・。って言うか、もうこれデフォなんですね(泣

 「何言ってんのよ。あんたも楽しんでるくせに」 とは、美神の言。

 うぅ、楽しいけど、なんだかな〜。話が進まない・・・(悲

 「話が逸れまくっておるのじゃが・・・。お前達、少し黙っておれ。・・・で、おヌシは使うのか使わないのか、どっちなんじゃ?ちなみに使うときは慎重に使うのじゃぞ。本当に大事な物を、永遠に失ってしまうからの」

 老師は少々うんざりしながら美神以外を黙らせると、文珠に対しての心構えを説く。

 「うっ・・・。・・・・・・使うわ。で、老師たちはこの文珠をどうやって使ったの?」

 小竜姫達や老師の言葉に少々怯みながらもそういう美神。

 「ワシらは今の記憶に、その文珠に封じられている記憶を付け足すように念じながら使ったのぅ」

 「そう・・・。なら私は・・・、こう使うわっ! 文珠よ!その封じられし全てを、“美神令子”の全てに融合させてっ!!

 「なんとっ!」 「えぇ〜!!」 「み・美神さん!?」 「れ・令子!!!」

 三柱と一人が美神の行動に驚く。

 全員、今の美神は失敗するんじゃないかと危惧していたのだ。だが、当の彼女は、その考えの右斜め上を行った。この世界の“作られた”記憶に、変更前の記憶を融合させたのだ。
 だが、彼女のこの行動は、後に思わぬ事態を引き起こしていた。彼女の霊能力は神・魔も認めるほどの力。しかも使われたのは、十四文字制御をこなす変更前の横島の文珠。その効果は可能性の世界樹に少なからぬ影響を及ぼした。

 文珠の眩(まばゆ)い光に包まれた美神が、徐々に薄れる光の中から現れる。その様子は、恰(あたか)も光の泡から生まれた女神の様でもあった。

 「れ・令子?だいじょうぶ?」

 娘の様子に美智恵は心配そうな顔で(ちょっと残念そうではあったが)、尋ねる。

 「・・・・・・。大丈夫よ、ママ。それにしても・・・。なるほど・・・、この事態は・・・おそらくだけど・・・私のせいなのね・・・。まぁ、あの宿六の行動のせいでもあるんだけど・・・」

 頭痛がするのか、片手で頭を抱えて言葉を漏らす令子。

 「そ・そう。・・・で、原因は解ったのね?」

 娘の“宿六”発言で、変更前の令子だと(厳密には違うが)判断した美智恵は少し安堵した。

 「えぇ・・・、んとにもう・・・。あの手紙も大して役に立たなかった・・・訳でも無いか・・・。あれが無かったら、本気で忠夫を殺してたわね・・・」

 感慨深げにそう令子は言った。

 「で、老師。原因の一端は、わたしのせいだとは理解したわ。でも、一つ解らないの。横島の・・・、うーん・・・言い難いわね。宿六でいっか。宿六にたいする記憶が、今のわたしに複数あるのはなぜ?これじゃぁ・・・、考えたくもないけど・・・もしかして・・・もういない?

 最後は小声になっていて、老師たちには聞こえなかった。

 「ふむ。おヌシの推測がどうなのかは知らぬが、この時空に存在していた横島忠夫は、残念ながらもう居ないのじゃよ」

 老師の表情は無表情に近いものだった。だが、注意深く見れば苦悩の色が瞳に現れているのが解っただろう。そして、この場に居る者は全て、その事に気付いていた。

 「あヤツは除くモノとの戦闘で足掻きに足掻いたのじゃよ。自分が死ぬとルシオラが復活できないからの。じゃがの、その足掻きも終焉を迎えた。あヤツは最後の最後に自分の生存が無理と覚って、自分の中にあるルシオラの魔族因子を文珠に篭めた様なのじゃ。あヤツにとって、それほどまでに復活させたかったのじゃろうの。ルシオラの魔族因子が篭められたその文珠は、今も時空の狭間を漂っているようなのじゃが・・・。実を言うとな、ヒャクメに途中まで追跡させていたのじゃが、失探(ロスト)してしまったのじゃよ。今はどこかの時空に行き着いたのか、まだ時空の狭間を漂っているのか判別できない状況じゃよ」

 ヒャクメの観測によるとなんじゃがな、と締めくくって老師は話を終えた。

 「じゃあ、あいつはいつその存在を消されたの?私の記憶の中で有力なのは、おキヌちゃんと結婚してICPOの嘱託GSになってるんだけど・・・。他にもこの結界空間のせいなのか、色々な記憶が出てくるわ」

 花戸小鳩と結婚していたり、タマモを連れて世界を放浪していたり、シロと一緒にシロの里で暮らしていたりと、様々な記憶が美神の脳裏に浮かんでは消えていく。だが、その中で自分だけが伴侶となっている記憶は一つもなかった。その事にかなりショックを受けて暗い表情になる令子。

 (以前のわたしは、本当に稀有(けう)な可能性の果てにあいつと一緒になれたのかしら・・・。だとしたら・・・ううん、今はこの事態にどう対処するかを考えないと・・・・・・)

「それは簡単じゃよ。その全ての記憶の中で、大戦後におヌシと袂(たもと)を別(わか)った時期じゃよ。おヌシは自ら、それとは気付かずに横島を手放してしまったのじゃよ。そしての、消えたこの時空の横島の代わりに、変更前の横島がこの時空に戻ってきてしまうのじゃよ。可能性の世界樹が、矛盾を少しでも無くそうとしての」

「なっ!・・・・・・ぅ・・・・・・、そう、・・・そうなの・・・」

 老師の“手放した”の辺りで激昂しかけたが、令子は自分の意地っ張りを思い出し、悲痛な表情になって俯いた。

 「ワシは変更前の記憶を持っておるが、それはワシが作った結界の中に偶々(たまたま)おったからじゃ。じゃが、歴史が変更された時、横島以外の者は例外なく全て分岐したパラレルワールドに取り込まれたのじゃよ。ワシも結界から出た時に取り込まれた口じゃが、嫌な予感がしてのぅ。文珠を使って難を逃れたのじゃよ。じゃが、青年の横島が戻るべき時空は、消滅していると言っても過言ではないのじゃ。なぜなら、あヤツが覚えている世界は、ワシら以外に覚えている者はもう居ないのじゃからな・・・。可能性の世界樹が少しでも矛盾を無くそうと、強引に前代未聞の世界融合をやってしまったからじゃが・・・。しかも変更後の世界をベースにしてな。なぜワシらが属するこの枝世界と、この枝世界の親枝にあたる変更前の枝世界が選ばれたのかは、推測になるが変更前の世界の横島もまた不確定因子だったからじゃろうし、おヌシの先ほどの行動を見るにおヌシも可能性の一つかもしれんの」

 「じゃぁ、小竜姫達は変更後の存在なのね?わたしが覚えてるのは、あの大戦で戦死した方だし・・・」

 暗い顔をしたまま、令子は小竜姫達に尋ねる。

 令子は記憶にまだ混乱があるのか、融合したというのに言葉が変更前の記憶が元となっていた。

 「そうです。しかし、老師のおかげで変更前の記憶も、持ってはいるのです。冥界チャンネルが不完全だった為に老師はその存在が大きすぎて人界に来れなかったのですが、老師が南極戦に向かう私達に、ある程度の御霊分けを強制したおかげで・・・。本来なら、神通力が落ちるので戦闘の前にそんな事はしない筈なのですが、私達はなぜか復活予定の神・魔だったらしいのです・・・。ですが、南極戦以後の記憶だけはありません。あの中で、貴女達がいかにして魔神に抗い、私達がどう散ったのかは解りません・・・」

 小竜姫は多少の羨望と安堵を綯交(ないま)ぜにした表情で、令子に答えた。

 羨望とは、自分の望む戦いで散る事が出来た武人としての感情。安堵とは、横島達と同じ時間をまだ共有できる事に対しての感情だった。
 この場にいる武人としての小竜姫は、変更後の世界で大戦に臨む事が出来なかった事を無性に悔しく思っていたが、追加された変更前の記憶によって、女としての小竜姫は消滅する事無く横島たちと一緒の時間を共有できる今を大切にしたいと考えていた。

 「・・・・・・ごめん、話を戻すわね。老師の話から整理すると、ここに戻ってくる横島はわたしの宿六と考えて良いのね?けれど、融合されたこの世界には、歴史が変更された大戦後の横島は消滅していて居ないと・・・。そういう事なのね?後、消された横島には延命の為にルシオラの魔族因子が身体の中にあったけど、それは横島が消される前に彼の手によって解き放たれてるのね?」

 令子は指を折りながら話を整理していく。彼女の中で変更前と変更後の記憶が融合されているのだが、それゆえに認識があいまいな所があり、一つ一つ確認をしていく。

 (あれ?ちょっと待って・・・。文珠にルシオラの魔族因子を篭めたのだとしたら、・・・もしかして・・・。これは後で確認する必要があるわね)

 ある可能性がふと頭を過ぎった令子は、そっとその可能性を胸に仕舞う。

 変更後の横島はアシュタロスを倒した後、おキヌちゃんとシロ・タマモのおかげで立ち直り、令子と袂を別つ事にはなった。しかし、美智恵の元でGSの修行をつけて貰い細い絆は残っている事になっている。
 だが、これは可能性の世界樹が融合の為に用意した作られた事象と記憶だった。
 この世界は元々変更前の世界に、変更後の世界を上書き追加したような世界だ。ならば、その記憶も実際には経験していないのに、恰(あたか)も経験してきたかのように上書きされた記憶なのだ。しかし、上書きされたのは何も記憶だけではない。
 変更前には現時点で存在していないパピリオやべスパといった存在が上書きされている。同様の事が世界各地、神・魔・人の三界で起こっており、しかも記憶は上書きされているので文珠を使って防いだ者以外は、なんの違和感も無くこの世界に存在している。 

 二つの平行世界は、美神令子が横島忠夫に<忘>の文珠を叩きつけた行動と、美神と横島が袂を別った為に”除くモノ”に変更後の横島が消された為、可能性の世界樹が前代未聞の二世界融合を引き起こしたのだった。

 「老師、他に付け加える話はあるかしら?老師達の話は、わたし達親娘が相談したかった事と同じだったから、わたし達的には凄く助かったんだけど・・・、話はそれだけじゃないんでしょ?」

 令子は老師達を見回して言った。

 「うむ。今までは、現状の確認を行っただけにすぎんよ。じゃが、一つ付け加えるとしたら、それはおヌシらの肉体年齢の事ぐらいかの。美神よ、おヌシは今年で何歳になる?」

 老師は人差し指を立てて、令子に問いかける。

 「女性に年齢を訊くのはマナー違反よ?・・・睨まないでよ、ちょっとした冗談じゃない。良いわ答えてあげる。今年で・・・あれ?・・・えぇっ! な、なんで!? 変更前の年齢は確かに三十歳だったのに、今頭に浮かぶ年齢は二十二っ!? なんで、どうしてっ!」

 思いもしなかった認識の違いに驚き戸惑う令子。

 「ふむ・・・。自覚しておらなかったか・・・。まぁ良い。それが付け足す事じゃよ。この世界は横島が消えてそれほど時間が経っていない時期に巻き戻されておる。先ほどワシは言ったじゃろ?変更前の歴史は消滅していて、もう無いとな。可能性の世界樹も本当に無茶な事をしでかしてくれたものじゃよ」

 顎の髭をしごきながら、老師はしみじみと言う。

 令子と美智恵に至っては声も出ないほど驚きに支配されている。今まで認識していた年齢から八年も若返っている事を知って、女としての自分たちは諸手を挙げて喜んでいるが、それが横島の死と引き換えな事に果てしない罪悪感も心に浮かぶのだった。

 「さて、認識の齟齬を正せたようじゃの。そこでの、これからが本題なのじゃよ。この世界は二世界融合という前代未聞の現象によってかなり歪(いびつ)になっておってな。世界の至る所に、その歪みから人間の負の感情に侵された魑魅魍魎共が出現しておるのじゃよ。でな、おヌシらにその魑魅魍魎共を調伏して貰いたいのじゃ。調伏した後は、その歪みを横島の文珠で矯正して欲しいのじゃよ」

 驚愕から立ち直ってきた令子たちの様子を見て、老師はそう話しかける。

 「・・・・・・やってあげたいのはやまやまだけど、それって今のわたし達には手に余ると思うわ・・・。わたし達はもう、往年の力を持ってはいないわ。それに、二世界融合をされたせいで、わたしと忠夫はもう夫婦では無くなったわ。あいつは、今じゃおキヌちゃんと結婚しているのよ?幸せな家庭を築いているのよ?そう、世界に作られてしまってるのよ・・・。それなのに、忠夫と一緒にやるなんて・・・。いくらこの世界に戻ってくる忠夫が私の宿六だとしても・・・、今のおキヌちゃんを不幸にしてまであいつと一緒に居る事なんて出来ないわ。いくら仕事でもね・・・」

 令子は悲しそうな表情でそう言った。

 「ふ〜む・・・。まだ認識に齟齬があるようじゃの?往年の力とは、今まさに手にしておるその力ではないかの?その辺はしっかりと自覚しておく事じゃ、今後の為にもの。しかし困ったのぅ。どうしてもダメか?戻ってくる横島はおヌシの事を妻と認識しているし、事実その通りなのじゃぞ?それでもダメか?」

 難しい顔をして老師は言った。

 「おキヌちゃんとシロ・タマが、多分納得しないわ。だって、今のわたしは忠夫を自分の意地っ張りを通す為に見放したと見られてるからね。いみじくも老師の言ったとおりにね。そんなわたしが、おキヌちゃん達を説得できるとは思えないわ」

 暗い表情のまま令子は拒み続ける。

 「そうか・・・。おヌシはまた横島を見放すか・・・」

 老師は失望したように令子に言った。

 「な・なぜよっ!わたしには幸せに過ごしてた記憶を持ったおキヌちゃんに何かを言う事はできないわっ。それがなぜ忠夫を見捨てる事になるのよ!!」

 老師の言葉に激昂する令子。

 「ワシは先に言ったな?この融合した世界は、不確定因子の横島を基準にした融合世界じゃと。変更後の横島がどうなったかも言ったぞ。その原因ものぅ。それでもおヌシは横島を見放すか?」

 鋭い眼差しを令子に向ける老師。

 「・・・!? だけど・・・、だけど・・・

 令子は救いを求めるように美智恵を見た。

 「令子、おキヌちゃんの事を大切にしたい貴女の気持ちも解るわ。けれど、今は貴女の本当の気持ちを大事にした方が良いんじゃないかしら?令子は、本当に横島君を諦めたいの?」

 優しく令子を諭すように美智恵は言った。

 「・・・あ、諦めたくはないわよっ。でも、でも・・・、わたしはこの世界に、忠夫の妻と認められなかったのよ?そんなわたしが強引に動いたら、世界の反発が来るじゃない・・・」

 悄然(しょうぜん)とした様子の令子。

 今の美神令子は、文珠に封じられた歴史変更前の記憶と融合したせいか、変更後の意地っ張りはなりを潜めていた。

 「でも、戻ってくる横島君はどう思うかしら?彼がいつこの世界に囚われるか解らないけれども、少なくとも戻ってきてすぐにってわけじゃないと思うわ。そこに活路があるんじゃなくて?横島君の文珠は世界の在り様を変える程の力を秘めてるのよ?」

 美智恵はなおも令子を励ますように説得する。

 「それに、今の世界での貴女に関する記憶や情報は、変更後の美神さんが基準となっています。でも、今の貴女はどう見てもあの美神さんには見えないですよ(悔しいけど、あの美神さんより魅力的だわ)。その部分の修正が効いてくると思いますが・・・」

 小竜姫は多少の羨ましさを滲ませて意見を言う。だが、心の奥深い所ではツキンと針で突かれた様な痛みが走った。

 「今のおキヌちゃん達の記憶は、言うなれば作られた記憶なのねー。だって、実際には変更後の横島さんは存在していないんだから。そんなあやふやな世界の記憶なんて、文珠の力で簡単に変わるのね」

 ヒャクメが美智恵の意見を支持する様に言う。

 「・・・・・・分かったわ。わたしも忠夫を失いたくはないもの。どうやるかはまだ見当も付かないけれど、忠夫が戻ってきたら話すわ。この世界の現在の姿と、わたし達の状況をね。その後で、今後の事をどうするか忠夫と相談するわ。でもまぁ・・・、あいつの事だからなんとなく予想は付くんだけど・・・(怒 」

 横島が望むその未来を予測して、多少の怒気を孕む令子。

 「そうか。では横島が戻る前に、やれるだけの準備はしておこうかの。ヒャクメ、横島が戻ってきた時に時空震が必ず起こるはずじゃ。その時点から、あヤツがこの世界に囚われるまでの時間を、正確に予測しておくのじゃ。文珠が残っておれば、あヤツが説明を受けてその対処をどうするかの時間も稼ぐ事が出来るのじゃが、・・・・・・無い物ねだりは意味が無いのぅ。次善の策として、ワシがここに今と同じ結界を築くから、すぐにここに連れてくる事じゃの」

 老師は考え込みながら、指示を出していく。

 「文珠ならまだあるわよ。宿六のじゃないけどね・・・」

 唐突に令子が老師の言葉を遮った。

 「なんじゃと?それは真か? 美神令子」

 思いもよらぬ令子の発言に、片眉を上げて老師は尋ねた。

 「ええ、嘘じゃないわ。この世界が変更後の世界をベースにしていたとしたら、このわたしがあんな便利な道具をへそくりしていないはずがないもの。だから、必ず事務所に置いてあるわ。場所も解るし・・・」

 ちょっと複雑な表情で令子は言った。

 彼女は思い出したのだ。変更後の美神令子が、その文珠を見ながら嗚咽(おえつ)を漏らしたのを・・・。それは横島と袂を別ったその日の夜・・・。奇しくも変更後の横島が“除くモノ”によって消された時だった。

 「ふむ。では、その文珠を使って、あヤツに伝える方が確実だの。じゃが、伝える前にあヤツの記憶を文珠に移しておかないと、おヌシの伴侶が永遠に消滅する事を忘れるでないぞ」

 老師は令子にそう忠告した。

 「忠告ありがとうね、老師。・・・さてと、宿六が帰ってくるまで私は文珠の回収に動くわ。老師達の依頼は、忠夫が帰ってから改めて聞くわ。それで良いかしら?」

 令子はさばさばとした表情をして、老師に尋ねる。

 忠夫を手放さなくて良い可能性が見えてきて、彼女は安心したのだろうか。

 「違うわ。・・・カラ元気よ・・・」 

 あぅ・・・(ちゃ、茶化せない・・・)

 「美智恵さんはどうするのですか?」

 小竜姫が美智恵の今後の行動を問うた。

 「私はとりあえず、ICPO東京支部事務所に戻ります。仕事がまだ残っていますし、老師達が言われた世界の歪みによる霊障がICPOに報告されていると思いますから。そのまとめ等をやっておきますわ。それと気になる事がICPOの上層部で・・・ううん、世界のトップ達の間で動いているようなのです」

 憂いをおびた表情で答える美智恵。

 「おぉ、その事も伝えておかなければならなかったのぅ。美智恵殿の情報通り、この融合された世界では横島の立場が急速に悪くなってきておる。その原因は先ほども言った“除くモノ”じゃよ。この存在が何ゆえに横島を消したがっているのか、おぼろげな推測しか立たないのじゃが・・・。確証が取れ次第伝えよう」

 老師はポンと膝を叩いて、思い出した事を話した。

 「老師、今は情報が少なすぎて判断に困っているのです。その憶測の域を出ない考えを教えてはいただけませんか?」

 すがる様な感じで美智恵は老師に頼む。

 「ふむ・・・。本当に確証は無いのじゃよ。だが、思い当たるモノはある。それはあヤツの中にあった魔族因子じゃよ。“除くモノ”によって、ルシオラは復活の可能性を限りなく消されておる。横島の子供として転生する可能性は確かにあった。じゃが、それはあヤツの倫理観によって阻まれていたしのぅ・・・。押し付けがましい倫理観じゃったが・・・。この世界に戻ってくる横島に、その魔族因子が引っ張られる可能性は無いと言えないしの。じゃから、あヤツが狙われる唯一と言っても良い可能性がその魔族因子ではないかと、ワシは推測しておるのじゃよ。そうでなければ、横島が狙われる意味が読めぬ。まぁ、ワシらには解らぬ理由が、他にもあるやもしれぬがの」

 美智恵の請願に老師は答える。だが、その心中は・・・。

 (ワシと同じ、世界にとって不確定因子の横島を消したいのじゃろうの・・・。可能性の世界樹を敵にまわしてでも消したい不確定因子・・・。あヤツが何を成すのか見てみたいものよ)

 「なるほど、ルシオラさんの復活阻止が目的の一つっと・・・。世界の認識をも操る事が出来るなんて・・・。これは、心して掛からないといけないわね」

 老師の推測に、美智恵は表情を厳しくして、今後の行動を思索する。

 「では、お二人とも。美神さんの事務所までお送りしましょう。横島さんがこの時空に戻ってきたら、すぐに知らせますね。老師、結界を解いて下さい」

 小竜姫が話を締めくくった。

 「うむ。じゃがその前に美神令子よ、一つ忠告じゃ。この結界が解けた瞬間から、おヌシは世界に囚われる。その事によって、世界の認識も今のおヌシに合わせて多少修正されるだろうて。おヌシが何を受け入れ、何を受け入れないのか。それによって、この世界でのおヌシの在り様が決まるじゃろう。努々(ゆめゆめ)忘れるでないぞ」

 老師は、令子に向かってちょっと厳しい眼差しで忠告した。

 「・・・・・・解ったわ。わたしは、忠夫もおキヌちゃんもシロにタマモも失いたくはないわ。今のわたしを世界がどう受け取るのか知らないけど、それだけは・・・、それだけは譲れないわ。たとえ、世界が相手でもね!」

 決然と令子は老師に、いや世界に向かうように言った。

 「うむ。では、結界を解くぞ。皆、準備はよいな?」

 「いつでもどうぞ、老師」

 「いつでもいいのね〜」

 「ええ、お願いします」

 「いいわ、やってちょうだい」

 「では、ゆくぞっ。どぅりゃぁぁぁぁぁぁあああああ〜〜〜!!!!

 耳から取り出した如意金剛棒を際限なく伸ばして、老師の裂帛の気合一閃。見事に結界が真っ二つに断ち割られていった。
 結界が解かれるに伴い、今の令子を取り込んで世界が書き変わってゆく。

その世界は・・・・・・。

 忠夫が戻ってくる二十時間前の出来事は、こうしてほんの少しの世界の再改変によって幕を閉じた。


 〜あとがき〜

 こん○○は、月夜です。一話を投稿してかなり遅くなりましたが、第2話をお届けいたします。
 我ながら無茶な設定を考えたな〜っと思ってたりしますが、物語を死なせないよう頑張ります。

 〜ぽぽんさま
 お好みの設定を外されていないかちょっと心配ですが、ご感想ありがとうございます。

 〜zokutoさま
 ご感想ありがとうございます。可愛い令子さんを書きたい一心で始めた物語。完結と言うより、気力が続く限りずっと書き続けたいです。

 〜大気さま
 ご忠告ありがとうございます。また、文章の矛盾のご指摘ありがとうございます。zokutoさまの返事に書いたとおり、可愛い令子さんを書きたいが為に始めた物語。魅力的なキャラになるよう頑張ります。


 それでは、失礼致します。
 

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