GS美神 短編小説
想い託す可能性へ 〜いち〜
一人の青年がタクシーから降りると、一目散に白い建物へと突っ走る。
途中の自動ドアが開くのももどかしそうに、少し開いた隙間から身体をねじ込むようにして中へと入っていく。
「令子ーっ! 血清取ってきたぞーっ!!」
ズダダダダダダダダダダダダダダダ・・・・・・・・・
彼が目指すのは、最愛の妻である美神令子のいる病室。
最上階にあるVIPルームに向かって、階段をひた走った。エレベータを使うより、自分の足で走った方が早く着くからだ。
廊下の途中ですれ違う人々を驚かせながら、しかし、怪我をさせないようにとヨロめいた人には瞬時に支えてやってバランスを取り戻させたりしながら、ひたすらに上を目指して突っ走る。
騒々しい事この上も無いが、この病院にいる人間にはいつもの光景だった。
GSが入院する事の多いこの白井総合病院では・・・。
そう、この青年が走るような事は、青年ではなくても日常茶飯事な事であった。(一般の患者には盛大に迷惑な話だ)
今、廊下を突っ走っている彼の名は横島忠夫。十年前の過去に彼の霊能力である文珠によって飛び、ある事件を解決に導き、彼の最愛の妻である美神令子が入院している原因である毒蜘蛛の毒の血清を持ち帰ってきたところであった。
最上階の日当たりの良い場所に、そのVIPルームはあった。
ダダダダダダダダダダ
ズザザザザァ〜〜〜〜
ガチャッバン!!
彼は目指す部屋の扉に横滑りで取り付き、ノックをするのも忘れて勢い良く扉を開けた。
だが、その部屋は使用された形跡がどこにも見当たらなかった。
彼が見舞いに来た時に、ベッドの傍らにいつも活けられていた花も無く。
彼女が横たわっていたベッドには布団が敷かれていず、マットレスが三つ折に畳まれているだけだった。
横島は呆然とした。血清を作って急いで戻ってみれば、投与するべき対象が、愛すべき妻がどこにも居ないのだ。呆然とするのも無理のない事だろう。
彼は、目の前の現実が受け入れられずにしばし呆然としていたが、急に振り返り扉を出て入院患者の名前が入れてある表札を確かめた。
しかし、そこには美神令子の名前はどこにも無く・・・。
「っ!」ズダダダ! 「っ!!」ズダダダ! 「っ!!!」ズダダダ! 「っ!!!!!」
彼は同じ階の、他の病室の表札を血走った目で確かめだした。
だが、そこには目当ての名前はおろか、ただの一人の名前も掲げられていなかった。
彼はヨロヨロと、心ここにあらずといった風に最初の部屋に戻ると、壁に背を預けズルズルと崩れ落ちた。
(・・・・・・どうなってんだ?文珠で戻った所は事務所だったが、前と変わらず人工幽霊壱号が出迎えてくれたし、令子の所在を確かめてもきた。それなのに令子が部屋に居ないのはなぜなんだ?戻る前に過去の令子が、もう私とは連続してないかもと言っていたが、ここはパラレルワールドの一つとなってしまった世界なのか?だとしたら俺は!俺は!?ルシオラ達に続いて、令子までをも失ったというのかっ!!)
彼は俯き、ひざを抱えるようにして途方にくれた。泣きたいのに喚きたいのに、身体はその動作を忘れたかの様に反応してくれなかった。
しばらくして・・・。横島が絶望を感じて思考停止に陥って十分が経った頃。病室の廊下側から
コッコッコッコッ
と、ヒールの靴音のような音が響いてきた。
その靴音はなぜか優雅に聞こえたが、茫然自失の横島には聞こえてはいないようだった。
急ぐ風でもなく優雅に響いていたヒールの靴音は、横島が居る病室の前で停まった。
病室の扉は開け放たれている。
「・・・・・・や〜っぱりここに居た。少し考えれば判りそうな物なのにね。この宿六は・・・・・・」
(まぁ、無理もないか・・・。過去の私は未来であんな事になるとは思っていないはずだから、要らない知識をこいつに吹き込んでいたし・・・・・・。)
そんな事を考えながら横島に近づく見目麗しい女性。
亜麻色の髪を腰まで伸ばし、青いサテン地のスーツとスラックスを着こなした美神令子は、記憶の上では今でも夫である忠夫の前に立ち、彼を見下ろす。
彼の様子は打ちひしがれたという形容を飛び越して、人形のように感じられた。
(はぁ〜、たくっ!わたしの気配すら感じないくらい落ち込んでるみたいね。嬉しくはあるけど、こんな事で喜びを感じるなんてイヤなモノだわ。さっさと叩き起こすかな)
「くぉ〜ら、宿六っ!何黄昏てんのっ!!とっととシャキっとせんか〜!!!」
ガスッ!!
思い切り彼の頭に踵落としを決める令子。無防備な忠夫は、何の防御も出来ずに顔面から床に熱烈なキスをかました。・・・あ、ジワリと血が広がってる・・・。
「あらっ、やりすぎたかしら?」
後頭部にでっかい冷や汗を浮かべて、令子はそう呟く。
「ったくもう〜。世話焼かすんじゃないわよ」
令子はそう言いながら、未だ痙攣(けいれん)している横島を仰向けに寝かせると、持っていたハンカチで彼の鼻や口元を拭(ぬぐ)ってやり、コブが出来てる後頭部を刺激しないように顔をこちら側に向けて支えてやった。
以前の服装と違いミニスカートではないので、目覚めた彼が令子の下着を見る事は無いが、これはこれで男の妄想を掻き立てる。(横島の意識があればだが)
「ほらっ、起きなさい。あんたがやった事は無駄じゃ無かったんだから。さっさと目を覚ましなさい」
後頭部のコブの辺りに慣れないヒーリングをしながら、令子は優しく語り掛ける。自分の大きな胸が邪魔で彼の顔を見づらいが、ちょっと前かがみになって優しく彼の頭を支えてあげる令子。彼女の手には、二つの文珠が握られていて淡い光を放っている。それは文珠の発動前の光。
令子は文珠を使って彼を癒そうというのか・・・。それにしては、二つは多いと思うのだが・・・。
今しばらくはこのまま起きないでも良いかと、そんな事もふと思いながら昨日から今までの時間を令子は振り返った。
忠夫が過去に飛んですぐに、わたしの身体は劇的に治った。しかしそれに伴うように今までの記憶とは違った《身に覚えの無い記憶》も頭の中に流れ込んできた。
わたしはとっさに文珠で《今までの記憶》を文珠に封じ込んだ。今までの記憶が文珠二個の<記><憶>に書き写されるのと同時進行で、身に覚えの無い記憶が実感として定着していった。
わたしは身に覚えの無い記憶が完全に定着する前に、傍らのメモ用紙に〔過去の変更〕〔記憶の改竄(かいざん)〕〔忠夫が夫〕〔記憶の文珠〕を書き残す事に成功した。
文珠に記憶が移されるのと平行して、この作業が出来たのはホントに奇跡だと思う。よっぽど記憶の書き変わる前のわたしは、夫である忠夫を忘れたくなかったのだろうと実感している。
そう、実感しているのだ。
今のわたしは忠夫が過去に戻る前の記憶と、過去が少し書き変ってしまった記憶の二つを持っている。
書き変わる前の記憶では、アシュタロス戦役では三姉妹を苦い思いで倒して(彼女達とは和解の機会があったが、悉(ことごと)くが潰されたり誤解されたり等で失った)、その事で気に病んだ彼を励まし、またその時に更に成長した忠夫と一緒に修行を行って同期合体を更に高めてアシュタロスの究極魔体を倒した。(実際に封じ込めたのは神・魔の最高指導者だった)
途中、わたしの中の結晶を奪われたが、わたしの魂の再生後に忠夫が文珠を使ってコスモプロセッサから結晶を奪い破壊してたりする。
だけど書き変った記憶では、過去が変る前の忠夫より多少情けなくはあったが、忠夫はルシオラと恋仲(怒)になって彼女の為にアシュタロスを倒し、しかし代償にルシオラを失っていた。
その時の彼の慟哭(どうこく)が耳から離れず、また未来からやってきた忠夫の<忘>の文珠の効果が魂の再生によって打ち消され、過去に未来の忠夫がやってきて血清を持って未来に帰ったのも思い出していた。
そこで傍らのメモ用紙の箇条書きに気付き、二つの文珠を見て何が起こったのかを直感的に推察した。
過去が書き変わってもしばらくは、以前の記憶が残る事を中世の事件の時に経験していたので、推察するのはわりと簡単に出来た。しかし、書き変った記憶が膨大過ぎて、細部の検証が出来なかったのも確かだった。
わたしは、<記><憶>の文珠をすぐには使わなかった。にわかには信じられないし、今は夫でもない忠夫をその時は《夫だった》と認められなかったのだから・・・。
今、入院してるのも、昔の除霊で負った怪我の為の検査入院だったからだ。(これは書き変わった後の認識だった)
しかし霊感に引っかかったわたしは、ICPOにいるママを電話で呼び出して事情を話した。
だけど、わたしの霊感は正しかった。ママがわたしと同じ事をしていたのだから・・・。(忠夫は自分の身の回りで、気にかけている者に文珠を二個ずつ渡していたらしい)
ママは記憶の文珠と書き残されたメモを見て検証しかけたところに、わたしからの電話を受け取ったらしかった。
わたしからの話しを聞くと、ママはすぐに記憶の文珠を使った。ただし、今の記憶の上からの上書きを念じはしなかったようだ。
わたしは、その時は未だに記憶の文珠を使うのに抵抗を覚えていた。たぶん肥大化した意地っぱりのせいなのだろうと、今は思える。
『・・・・・・な・・・るほど・・・、こういう事になったわけね。横島君が過去に戻る前と戻った後では、戦闘の結果がだいぶ違ってるわね。アシュタロス消滅までの過程が三姉妹消滅から長女の不完全消滅と横島君の慟哭に変ったというわけね』
こまごましたところも変ってるようだけど・・・と、呟きながらママはそう結論付けた。
『でも、大きく変ってるのが、私達が抱える心の負債かしらね。世界がこの記憶の通りであったなら・・・いえ、それはもう望めはしないわね・・・因果応報ということかしら・・・』
「どういうこと?ママ」
文珠を使った後の、自分の母親のあまりの憔悴(しょうすい)した声に不安になりながら令子は尋ねた。
『それはね・・・て、令子もその文珠を使えば、私と同じ結論を得ると思うわよ。ただし、今の記憶の上からの上書きと念じるんじゃなく、記憶の追加を念じながら使いなさい。あ、やっぱりまだ使わない方が良いかも。小竜姫さまに相談した後が良いかもね』
これが、忠夫が戻ってくる二十三時間前の出来事だった。
初めまして、月夜といいます。
今までたまに皆様の作品にレスを返すだけの私でしたが、GSの2次小説を書いてみたくなり初めて投稿いたします。
お目汚しとは思いますが、なにとぞご容赦を(^^ゞ
更新スピードはご期待に添えないほど遅いので、長い目で読んでいただければ幸いです。
>大気さま
ご指摘ありがとございます(^^; 確かに話の流れがおかしくなっていますね。違和感の無いように修正はしてみました。
とりあえず次のお話しは推敲のみ残してる状態です。でも、これに時間がかかるんですよね(^^ゞ (1/25)