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「二人三脚でやり直そう 〜第六話〜(GS)」

いしゅたる (2006-07-23 08:28/2006-07-23 08:47)
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「うわはははは! 何人たりとも俺の前は走らせねぇーっ!」

 小笠原オフィスのワンボックスのハンドルを握り、やたらめったらハイテンションで叫ぶのは、色ボケ中年(恐妻家)の横島大樹。車の後方には、もはや数え切れないほどのパトカーが唸りを上げて追いかけてくる。大樹は心底、首都高バトルハイウェイカーチェイスを楽しんでいた。
 助手席に座る妻が、にこにこと笑いながら、烏龍茶の缶をごきゅりと握り潰しているのは……見なかったことにした方がいいかもしんない。
 後部座席に座る三人の屈強な男達――それぞれヘンリー、ジョー、ボビーというらしい――は、その夫婦(特に妻の方)の様子に、居心地の悪さっつーか身の危険をひしひしと感じていた。

「……よしっ。うまく呪いがかかったワケ」

 そのさらに後部――通常、エミが専用の呪術衣装に着替える広いスペース――で、エミが顕微鏡から顔を上げた。完成した細菌をライフル弾に詰め込み、目の前に座る横島に手渡す。

「金もない時間もないっていうこんな状況だと、これ一発が精一杯。外したら後がないワケ」

「わかってます」

 頷く横島は、左足に包帯を巻いていた。大樹とやり合った時に何をやらかしたのやら、鎮痛剤まで打っている。

「それにしても忠夫、なんで地震が起きたってだけでそんなに慌てるんだ? その死津喪比女ってのは、地震を起こす妖怪なのか?」

 せわしなくハンドルを操作しながら、運転席の大樹が問いかけてきた。

「死津喪比女は地霊だって言っただろ。あいつは300年前も、地震や噴火を起こしてたらしいんだ。今のこのタイミングであそこで地震が起きたっていったら、ほぼ間違いなくあいつの仕業だ」

 横島の説明に、大樹は「ふむ」と頷き、再びハンドル操作に没入した。

「忠夫」

 助手席の百合子は、息子を呼ぶなり何かを放り投げた。後部座席の三人組の頭上を飛び越え、それは横島の手の中に収まった。
 ボルトアクション式の対人狙撃銃――M24スナイパーライフルである。

「わかってるわね? あんたが決めなさい」

「言われなくとも」

 横島は銃に弾丸を込め、力強く頷いた。


『二人三脚でやり直そう』 〜第六話〜


「どうした? 早く行かぬか」

 死津喪は、早苗の口を使い、唐巣を急かした。言っている間にも、ぎりぎりと神主の首を絞めている。
 唐巣は「ぐ……」と唸るだけで、動こうとしない。どの道、死津喪は地脈堰を無力化すればこちらを皆殺しにするつもりだ。しかしだからといって、安易に早苗や神主を見殺しにするわけにはいかない。

(何か手があるはずだ……何か手が!)

 必死に考えを巡らせる。こういった場合、あの反則技を得意とする弟子なら、どういった手段を考え付くだろうか――そう思ったところで、真っ正直な唐巣にあの捻れ曲がりまくった思考回路をトレースできるはずもない。

「ふむ……これだけでは、その気にはなれぬかえ?」

 考えるばかりで動こうとしない唐巣に、死津喪はしびれを切らしたのか、そうつぶやいて手に持った枝を神主の胸元に当てた。
 ぐっ、と力を入れ―― 一気に引く。

「がっ!」

 その胸元に深い引っかき傷ができ、神主は短く悲鳴を上げた。

「神主さま! くっ、死津喪……貴様!」

「まだ地脈堰の方に行く気にはなれぬか? ……ふむ」

 今度は早苗のスカートの上に枝を当て、一気に真下に引いた。スカートが引き裂かれてスリットができ、その下から覗く白い太ももから、真っ赤な血を滲ませる引っかき傷が見えた。「さ、早苗!」と、夫人の悲鳴が響く。

『安心しやれ。殺しはせぬ』

 今度は、本体の方の死津喪が言った。

『殺してしまっては、人質の意味がなかろう? だが、わしの言うことが聞けぬのであれば、傷は増える一方じゃぞえ』

「くっ……!」

『ふん……その目、気に入らぬの。人質を取られてなお、反抗心はくじけぬか』

 言って、死津喪は顎に手を当て、『ふむ』と考え込んだ。
 ――ややあって。

『……ならば、先にその心を砕いてやるかえ。地脈堰に行けぬと言うならば、結界から出てこちらへ来やれ』

「なんだと?」

『二度は言わぬぞ』

 言って、早苗を操り、神主の肩に枝を深々と突き刺した。

「あがっ!」

「さ、早苗! やめて!」

『どうする?』

 試すような視線を唐巣に投げかける死津喪。唐巣は仕方ないとばかりに、苦りきった表情で鳥居をくぐり、死津喪の前まで歩いて行った。

『くく……それで良い』

 がすっ!

 言うが早いか、死津喪比女は唐巣を殴り飛ばした。

「ぐふっ……!」

 あまりの膂力(りょりょく)に吹き飛び、脇の木に背中を強打する。口の中が切れ、血を数滴吐き出した。
 だが唐巣は倒れず、聖書を開いて右手に力を集める。

「地の底に蠢く邪悪なる地霊! 主、イエス・キリストの御名において――」

『反撃する気かえ?』

 死津喪が嘲笑し、視線を神社の方へと向けた。唐巣がそちらを見ると、ちょうど早苗が枝を自分の胸元に突き立て、一気に下に引っ張ったところだった。
 今度は傷こそ付いてなかったが、制服が破けて白い下着が露になった。

『抵抗するでないぞえ。人質が心配ならばな』

「くっ……卑怯な!」

『何とでもほざくが良い。安心しろ、おぬしも殺しはせぬ。おぬしには地脈堰を壊すという役目があるからの。じゃが……抵抗する気力は根こそぎ奪わせてもらうぞえ』

「くそっ……」

『ふん……』

ずどむっ!

 呪詛を吐く唐巣の下腹に、死津喪の拳が突き刺さった。


『……っ!』

『どうした、おキヌ?』

 地脈堰に接続しているおキヌが、外に意識を向けた。その様子に、道士が何事か尋ねる。

『唐巣さんが……!』

『なに? ……ふむ、まずいな……』

 二人は地脈堰に括られているため、地脈堰による結界内とその周辺の様子を観ることができた。おキヌの言葉で、同じく外に意識を向けた道士は、唐巣の窮状を知るなり不安げに顔を伏せた。

『何か、できることはないんですか?』

『私には、結界を多少広げることぐらいしか……しかしそれでは何にもなるまい。早苗という名だったか? 彼女の強力な霊媒体質が利用され操られているようだが、死津喪の念波が届かなくなるまで結界を広げることもできん』

『そんな……』

 何かできることはないか。何か……
 おキヌは必死に考える。以前はどうしただろうか? 今の死津喪と同じように早苗の体を操り、美神にアドバイスを送った。それで、美神はコブラに憑依させていた人工幽霊壱号にミサイルを撃たせていたのだった。
 だが、その早苗が死津喪に操られ人質になっている以上、同じ手は使えない。唐巣にしても、火を使った攻撃手段は持っていたかどうか……

『どうすれば……』

 おキヌは必死に考える。どうすれば、どうすれば……


『日も暮れたか』

 すっかり暗くなった空を見て、死津喪はぽつりとこぼした。完全に日は沈み、夜の帳が辺りを覆っている。

『くくっ……いかんの。おぬしを嬲るのに夢中になり、ついぞ時間を忘れてしもうたぞえ』

 言って、目の前の男に視線を戻した。そこには、死津喪に首根っこを掴まれた唐巣が、ボロ雑巾のように血まみれなっていた。
 鳥居の中にいる早苗と神主が、さらに傷を増やしているのは、唐巣の抵抗の証か。

(くっ……もう……限界だ……)

 唐巣は体力も気力も限界まで消耗していた。抵抗するだけの余力が残っているうちに、手を打たねばならない。
 最悪の考えが脳裏をよぎる。早苗と神主が殺され、自身さえも相打ちで果てるのを覚悟で、死津喪に攻撃を仕掛けるのだ。
 もはや、それ以外に手はない――そう思い、聖書を開いて右手に力を集める。

「アーメン!」

 祈りの言葉も省略し、簡単な術を死津喪にぶつける。その衝撃で、唐巣は解放された。

『ほう……まだ抵抗するか。余程、あの親子の命が惜しくないと見える』

「もはや迷っている余裕はない! 貴様を倒すためならば、私は鬼ともなろう!」

『ふん……よくぞ言ったわ! ならばおぬしのせいで、あの親子が死ぬのを見るが良いわ!』

 死津喪が叫ぶ。同時、早苗が神主の喉に枝を突き立て――

『……なに?』

 動かなくなった。
 死津喪が唐巣から早苗に注意を向け、彼女を操るべく念波を送る。
 だが、やはり動かない。何かに邪魔されている。

「この体は完全に支配しているはず……誰じゃ! わしの邪魔をするのは!」

 口だけは動くのか、金縛り状態になった早苗が死津喪の言葉を吐いた。

「くっ……動け! 動くのじゃ! くぅっ……か、唐巣さん……今の……ま、まさかあの小娘が!? 邪魔するで……唐巣さん、今のうちに!」

 早苗の口が、二人分の言葉を吐き出す。その言葉が終わるか終わらないかのうちに、素早く状況を把握した唐巣が、結界の中へと舞い戻った。

「助かったよ、おキヌくん! 早苗くん――許したまえ!」

 唐巣が動けない早苗の額に手を当て、霊波を放出して気絶させる。
 くたりと力を失い倒れる早苗の体を受け止め、素早く簡易結界を張った。これで、邪悪な意思は早苗に干渉できない。唐巣は解放されて膝をついた神主とその妻に、早苗を預けた。
 死津喪は怒りに顔を歪ませ、唐巣達を睨んだ。

『き、貴様らああぁぁぁぁ!』

「これで、今度こそ人質は返させてもらった! あとは貴様を倒すだけだ!」

『出来ると思うか、その体で!』

「わが主イエス・キリストの名にかけて、貴様のような邪悪な存在は、この命と引き換えにしてでも許すわけにはいかない!」

『よくぞほざいたわ! ならば死ぬが良い!』

 死津喪が吼え、頭にある触角状の葉を唐巣に向かって伸ばす――その時。

「死津喪おぉぉぉぉっ!」

 その背後から躍り出る、一つの影があった。


(弾丸、OK! 装填!)

 小笠原オフィスのワンボックスカーが氷室神社へと到着したのは、日もすっかり落ちた頃だった。とんでもないスピードでもって、追ってくるパトカーも全て撒き、到着するなり横島は、M24を片手に車から飛び出した。
 石段を駆け上がりながら、弾丸を確認し、M24のボルトを操作して弾をチャンバーに送る。

(安全装置……OK!)

 引き金に指をかけ、石段の先から感じる妖気を睨む。死津喪がそこにいる――横島はそう確信していた。
 やがて、その背が見えてきた。あの背は見間違えようもない、死津喪比女のものだった。

「死津喪おぉぉぉぉっ!」

 吼え、スコープを通して死津喪の背を覗く。十字に刻まれた照準が死津喪の背を捉え――
 スコープいっぱいに、死津喪の手の平が映った。

「――っ!?」

 気付いた時には既に遅く。
 一体いつ発射されたかもわからない死津喪の腕が、離れた場所にいた横島のM24を掴んだ。

「なっ……!」

『何奴じゃ……おぬし』

 何があったのか、既に怒りの表情を浮かべている死津喪が、横島を睨みながら腕を戻した。その手に掴まれていたM24も、一緒に死津喪の元に奪われる。

「よ、横島くん!?」

 死津喪の向こう側に唐巣がいた。奴にやられたのだろう、その姿は満身創痍としか表現のしようがなかった。

『ふん……種子島か』

 種子島は火縄銃の俗称である。死津喪はM24をしげしげと観察し、つまらなさそうに吐き捨てる。そのまま、べき、とM24を握り潰した。

「…………っ!」

『これを見た瞬間、おぞ気が走った気がした……咄嗟に奪ったが、杞憂じゃったな。種子島ごときでわしが倒れるはずもないぞえ』

 M24がバラバラになり、その残骸が死津喪の足元に散らばる。

「くっ……!」

 死津喪を倒すために用意した切り札が、いきなり不発に終わった。
 以前は似たようなパターンで倒せたという経験が導いた失態とでも言うべきか、横島はここで死津喪にM24を奪われるとは思わなかった。
 そこに、背後から少し遅れて、両親と小笠原オフィスのメンバーがやってくる。彼らは初っ端から最悪の状況に陥っているのを見て閉口した。

「忠夫! 何ヘマしてんの!」

「かぁーっ! 何やってやがんだ馬鹿息子!」

「おたく、こんなとこで失敗してどーするつもりなワケ!」

「しゃーないやろが! 不意を突いたつもりが逆に不意を突かれてもーたんやから!」

 口々に罵倒され、思わず言い訳してしまう。しかし、それで背後を振り向いた一瞬の隙に、死津喪の腕が再び伸びて、横島の首根っこを掴んで引き寄せた。

「ぐっ!」

「忠夫!」

 大樹が叫ぶ。死津喪は、突然乱入してきた横島を凝視し――やがてつまらなさそうに『ふん』と鼻で笑った。

『突然やってきてわしに種子島を向けるから、どのような奴かと思えば……つまらぬ。力はあるようだが、気にかけるほどでもない。おぬし程度の力の持ち主に、用なぞないわ』

 言うなり、頭の触角状の葉を横島の首に巻きつける。そのまま、ぎりぎりと締め上げた。

『……殺すか』

「くっ……がっ……」

 圧力で気道が塞がれる。頚動脈も押さえつけられ、血も巡らなくなる。

「この……てめ……」

 横島が呪詛を吐き出す。今にも首の骨が折れそうになってるにもかかわらず、横島は闘志を失わない。

(俺は……おキヌちゃんを助けるんだ! こんなところであっさりやられてたまるもんかよ!)

 イタチの最後っ屁とばかりに、両手に霊気を集める。
 が――痛みのせいか、なかなか思ったように霊気が集まらない。

「く……う……」

『終わりじゃ』

 死津喪の冷酷な宣言――その時。

「やめて!」

 突然割って入った叫びに、死津喪の力が緩む。横島と死津喪は、その声のした方向に目を向けた。
 そこには、制服がボロボロになり、ところどころ白い肌と下着の見え隠れする、早苗の姿があった。

「さ、早苗……いや……おキヌちゃん……か……?」

 その姿に煩悩の出力が上がらないでもなかったが、白い肌に走る無数の裂傷の痛々しさ、そして何より、その中身がおキヌであることを見抜いたことが、彼の煩悩を抑えた。
 おキヌは、傷ついた早苗の体を引きずり、死津喪の方へと歩き出す。

「早苗!」

「おキヌくん……なのか? 何をするつもりかね!」

 神主と唐巣の制止の声が、その背にかかる。しかし、おキヌは歩みを止めない。

「横島さんは……やらせない!」

 だが、その歩みは背後から唐巣に羽交い絞めにされたせいで、止まることを余儀なくされた。

「離してください! 横島さんが……」

「だからといって、君が行ってどうなる!」

「けど……!」

『くく……これは面白いぞえ』

 問答する唐巣とおキヌを見て、死津喪がその顔に邪悪な微笑みを浮かべた。

『どうやら、この小僧が一番大事なようじゃな……取引じゃ、小娘。この小僧を解放してもらいたければ、地脈堰より離れるがよい。おぬしさえおらねば、地脈堰は動かぬ』

「だ、だめだおキヌちゃん!」

『おぬしは黙っておれ!』

「ぐあっ!」

 口を挟んだ横島に、死津喪は再び絞める力を強めた。

「やめてぇ!」

『ならば、地脈堰から離れ、わしを解放しやれ!』

 叫ぶ二人の視線が交錯する。そのまま数秒、二人は睨み合った。
 ふと――おキヌの視線が動く。死津喪の足元、M24の残骸だ。だがそれも一瞬のこと、彼女は視線を死津喪に戻した。

(く……なんだよこの状況! なんで俺が人質になんかなってんだ! これじゃ、妙神山で修行した意味なんてねーじゃねーか! 何の為に俺は、あんな厳しい修行を耐えたってんだ!)

 それを見て、横島は自分が情けなくて涙が出そうになった。
 今は、自分を締め上げる力はさっきほどではない。どうにか、霊気を集中させるぐらいはできそうだった。

(いつまでも捕らえられたままだと思ってんじゃねーぞ、クソ妖怪!)

 実際、これで脱出できるかどうかは賭けなのだが――と、サイキック・ソーサーを作り出そうとしたその時。

「……横島さん」

 おキヌが、彼の名を呼んだ。

「おキヌちゃん?」

「隙を作ります……必ず、死津喪比女を倒してください」

「な、何をするつもりだ、おキヌちゃん!」

 横島が止める間もなく――
 おキヌは早苗から離れ、その体は力なく地面に倒れた。
 直後、神社の本堂から、淡い光が漏れ出した。

「ま、まさか……おキヌくん!?」

 唐巣が彼女の行動を察し、青ざめる。隠し扉から漏れていると思われるその光は、十数秒続いてやっと収まった。

『く……くっくっくっ……』

 死津喪が、くぐもった笑いをこぼした。注意が逸れたのか、横島に巻き付いた葉がわずかに緩む。

(……今っ!)

「くぉんのぉぉぉぉっ!」

 どごんっ!

 超至近距離からソーサーを投げ付け、葉を焼き切って脱出する。だが死津喪は、攻撃を受けて横島を解放してしまったことさえ意に介さない様子で、しきりに笑い続けていた。

 キィィィィン……

 と――そこに突如として光が現れ、その中から黒衣の道士の姿が浮かび上がってきた。

『おキヌ……なんということを……』

 その道士は呆然とつぶやき、哄笑を続ける死津喪を見る。

「道士さま、おキヌくんは何を?」

『自ら、地脈堰との接続を切ってしまいました。長く地脈堰と繋がっていたせいやもしれませぬが……よもや、彼女にあのようなことが出来るようになっているとは。予想外でした』

「それって、ヤバいんじゃないの?」

 石段側で唐巣と道士のやり取りを聞いていたエミが、会話内容を聞きつけて戦慄した。

『そう……もはやおぬしらには、万に一つも勝ち目はなくなったぞえ』

 やっと哄笑をやめた死津喪が、余裕に満ちた笑みを顔に張り付かせ、告げる。

『あのおキヌとかいう小娘を失った地脈堰は、その機能を停止させた。これでわしは自由じゃ! おお……地脈が流れ込んでくる。力がみなぎるぞえ……!』

「……今更おせーんだよ」

 流れ込む地脈の感触に恍惚とした表情を浮かべる死津喪に、横合いから横島が冷めた言葉を投げ付けた。
 その横島は、死津喪の足元――さっきおキヌも注視していた、M24の残骸に一瞬だけ目を向けた。おキヌが気付いたことに、横島も気付いたのだ。
 死津喪は、気分を害したとばかりに振り向き、横島を睨んだ。

『なんじゃと?』

「おせーっつったんだよ。てめーは今日この場で終わる。今更地脈を吸ったところで、後の祭りだ」

『面白くない冗談じゃの』

「あながち冗談……とも言えないわよ?」

 前に出て言ったのは、百合子だった。

「あんたさっきから、随分と嫌らしいやり方してるじゃない。私、そういうの許せなくてね……あんたが妖怪だろうがジャガイモだか知らないけど、ちょーっと本気で潰したくなっちゃった」

「私も手伝うワケ。戦闘までは依頼されてないけど、プロのGSとして、アフターサービスも万全にしとかないとね」

 と、前衛にヘンリー、ジョー、ボビーの三人を配して言うのはエミ。

「昼間は息子にしてやられたんでな……今度こそ、山より高い父の強さってやつを見せてやらんと」

「地脈が開放された今、もはや引くこともできないのでね。主、イエス・キリストの御名において、この身朽ちるまで戦おう」

 大樹と唐巣が続けて言い、全員で死津喪を取り囲む。死津喪の方と言えば、横島達を順繰りに見回し、ふんと鼻で笑った。

『そうかえ。ならば、わしも本気になるとしようかえ。地脈が開放された今、地上に出せるのはこの花一輪では済まぬぞえ』

 死津喪が言うと同時――

 ぼこ。ぼこぼこぼこ。ぼこぼこぼこぼこぼこぼこ。

「「「なっ!?」」」

 地面が盛り上がり、中から真っ黒い甲虫のような妖怪が無数に現れた。甲虫の下半身は、死津喪と同じように根だか茎だかわからないものになっている。

『葉虫じゃ。力はそれほどでもないが、数だけは揃えられるからの。……ついでに』

 ぼこ。ぼこ。

 その後ろから、さらに死津喪が二体出てきた。

『ふむ……地脈が開放されて間もないならば、追加で花二輪が限界か……まあ良い』

 つまらなさそうにつぶやいたが――すぐに元の余裕たっぷりの笑みに戻る。

『おぬしらごとき、この程度でもお釣りが来る』

「うわ気持ち悪っ。あれで花なワケ?」

「花言葉はきっと『悪寒』とか『死臭』とかね」

『おぬしら……』

 エミと百合子の軽口に、死津喪はこめかみをひくつかせた。
 そして――

『皆殺しじゃ、覚悟してたもれ――!』

 吼え、死津喪三体と無数の葉虫が、一斉に襲い掛かってきた。


 激しい戦いが続いた。
 勝機は残されていた。横島と消えたおキヌ以外、気付いている人間は何人いることやら。
 その勝機とは、M24の残骸だった。弾丸を装填したチャンバー部分が、無傷で転がっているのだ。
 暴発していないから、弾丸はそのままの状態で残っているのだろう。あれを拾い上げて中から弾丸を取り出し、直接死津喪に叩き込めば――勝てる。

 エミが必殺技『霊体撃滅波』を使うべく、必要な儀式である呪的な踊りを始める。広範囲に恐ろしいほど強烈な効果を及ぼす為、こういった数に任せた奴を相手にする場合には頼りになるのだが――いかんせん、踊りに必要な時間が3分というのが長過ぎた。
 ヘンリー達が横島夫妻にそのことを伝え、ガードを手伝うよう頼む。二人は要請に従ってエミのガードに回り、三体の死津喪には横島と唐巣で当たった。

 横島は必死で、唐巣と共に死津喪の相手をした。M24をみすみす奪われた一回目、直後に捕まった二回目。三度目の正直――これ以上失敗を犯すわけにはいかない。
 激烈な死津喪の攻撃をいなしながら、横島は考える。死津喪を倒すためには、

1、地面に転がっている弾丸を回収する

2、それを死津喪に叩き込む

 この二点を達成するだけでいい。
 だがこの乱戦の中、異様に速い死津喪の攻撃を掻い潜りながら、というのはかなり無理があった。

 ――どうする?

 せめて、一瞬でも隙が出来れば――そう思ったその時。

「霊体撃滅波っ!」

 カッ――!

 エミの霊気が爆発し、まばゆい閃光が周囲を覆い尽くした。閃光を受け、葉虫達が次々と消滅していく。

(チャンス!)

 閃光で視界が奪われたせいか、若干甘くなった死津喪比女の攻撃を掻い潜り、M24の残骸へと駆ける。一瞬でチャンバー部分を拾い上げる横島。
 が――その目の前に、死津喪の腕が伸びてきた。

「くっ……!」

 舌打ちする。しかしその時、横から割り込む声が響く。

「甘いぞ忠夫!」

「うちの息子に何するんやこのクサレ妖怪がぁぁぁっ!」

 突如割り込んだ大樹がその腕を蹴り飛ばし、百合子がコークスクリューパンチをぶちかました。

『なにっ!』

 理不尽な強さを誇る一般人夫婦の攻撃に、死津喪は驚愕しながら吹っ飛んだ。

「親父! お袋!」

「忠夫、後ろや!」

 百合子の言葉に反応し、背後を振り返ったが――遅かった。

「なっ……ぐあっ!」

 別の死津喪が腕を伸ばし、横島の下腹に拳を突き入れる。息を吐いて動きを止める横島に、さらに伸びたもう一本の手が、アイアンクローばりに顔面を鷲掴みにした。
 死津喪はそのまま腕を戻し、横島を拘束する。

『ちょこまかと動き回りおって……やっと一匹、捕まえたぞえ』

「た、忠夫ー! またお前は捕まりやがって! やる気あんのかーっ!」

「うるせー! って親父! 後ろ!」

「何……? ぐっ!」

 先ほど百合子が吹き飛ばした死津喪が、反撃とばかりに腕を飛ばして大樹を殴り飛ばした。吹き飛ぶ大樹を百合子が支え、二人でその死津喪に対峙する。
 横島は周囲の状況を見た。自分を捕らえている死津喪、父と母を相手にする死津喪、そしてもう一体いたはずの死津喪は、唐巣と一対一で戦っている。葉虫は全て先ほどの霊体撃滅波で一掃されていたが、エミの方はといえば大技でだいぶ消耗しており、加勢できるかどうかは微妙なところだった。

「なら……っ!」

 先ほどと同じように、超至近距離でのサイキック・ソーサーをぶつける。が――

『同じ手をくらうとでも思うておるのかえ?』

 死津喪は、嘲笑と共に横島の腕を捻り上げた。ソーサーはそのまま横島の手を離れ、見当違いの方向へと飛んでいく。

(くそっ……! どうにか脱出しないと!)

 だがこの状況では、周囲の援護は期待できたものではない。自力での脱出も今、失敗に終わった。

(どうする……どうする!)

 こういう時にこそ、美神直伝の裏技の数々が冴えるものだ。今自分にできる裏技は、何があるのか。
 考える。考える。考える――
 ……………………。
 …………。
 ……。
 …。

(……アレを……試してみるか?)

 脳裏に閃くは、確実に成功するかどうかも怪しい最終手段。


 いやもーなんつーか。

 横島だからこそ思いついたと言うべきかもしんない。


 切り札と言うよりは、地雷と呼ぶべきか。

 だがもはや、自分もろとも地雷の爆風に死津喪を巻き込む以外、道はないのではないか。

 他に手段は思いつかない。


 ――それは、召喚の呪文に近い。


 ――普通に考えれば、成功するとも思えない。


 ――成功したとしても、「仏罰」という名の処刑は免れない。


 ――しかし、他に手がない以上、やってみる価値はあろう。


 ――おキヌちゃん、ごめん。


 ――俺、生きて帰れないかも。


 まあ、そんな悲壮な覚悟さえギャグになるしかない、アホらしい手段ではあるのだが。

 横島は覚悟を決め、思いっ切り息を吸い込み肺に空気を送る。ありったけの大声を出す為に。

 横島は腹筋に力を入れ、全身全霊をもって、張り裂けんばかりに喉を震わせた。


「小隆起さまあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」

 ……隆起さまー……さまー……

 木霊が御呂地岳の山々に響く中、唐巣神父が青ざめてだらだらと脂汗を流しているのが、視界の隅に入った。


 ―――あとがき―――

 やっちゃいました、すいませんw 最後でギャグに走ったいしゅたるです。仏罰は勘弁してくださいね、小隆起小竜姫さま。(無理
 死津喪編、次回決着です。そろそろGS美神らしいお馬鹿な展開を織り交ぜます。さーて、どれぐらいあの雰囲気を再現できることやら^^;

 ではレス返し。

○零式さん
 借金は出世払いですw 横島は高給取りのGSになれる可能性があるので、その辺は心配ないでしょう。本人に自覚があるかどうかは別としてw

○山の影さん
 毎回のレス、ありがとうございますw
 ここでの横島とおキヌちゃんは、互いに未来の記憶を共有する唯一の仲間ですので、その信頼関係は逆行前以上になるでしょうねー。
 今後、美神とエミの対決でエミが横島と再会したら、血を見ることになりそうですw

○SSさん
 おキヌと横島夫妻の会話……おキヌちゃん、今度こそグレートマザーの圧力に負けないようにねw

○亀豚さん
 毎回のレス、ありがとうございますw
 まあ、自分が告白まがいのこと言ったなんて、ぜんぜんわかってないですねぇ。横島だしw

○ソティ=ラスさん
 新技とゆーか……まあ、同じ相手には通用しない上に一度の戦闘で一発限りの博打技ですw 実用性は皆無っつーことで。

○斉貴さん
 やはり、悪役は狡猾であればあるほど、倒した時の爽快感が大きいですからw
 私の考える横島の方向性は、強くなるためにはただ力を得ればいいってのではなく、南極で横島自身がアシュに言った「力に力で対抗しようなんて、俺達みんな間違ってた」って台詞がベースになってます。なので、原作以上の力は求めてないです。

○カルさん
 はじめましてw 楽しんでいただくことができて、恐縮です。
 横島はゆっくりと、原作の力を取り戻させておきたいなぁと思ってます。死津喪編の後は、おキヌちゃんが生き返ってるから、六道女学院編が先に来るかな?w

○kamui08さん
 そうですねー。早苗ちゃんは幸運だったのかも。そういえば原作では、御呂地岳で悪霊っぽいのは39巻のライダー霊だけでしたね。おキヌちゃんが300年も悪霊に襲われずに済んでたところから察するに、地脈堰の影響でもあったのでしょうか?

○ジェミナスさん
 神父に女っ気がないのは、頭髪が原因です(酷 あの人に『いい人』は現れるのだろうか……
 決着は次回に持ち越しです。だらだらと長くなってすいません^^;

 では次回第七話、死津喪決着編でお会いしましょう。

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