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▽レス始

「Obtained from pain Shiens.1(1)(絶対可憐チルドレン)」

カル (2006-07-17 11:50)
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「す、すまなかった…僕が悪かったから…」

僕は目の前の少女たちに謝罪を続けている。
返事はない。僕を非難することもない。
ただ、ひたすらにその大きな双眸を真っ赤に腫らしながら泣きじゃくるだけ。

「頼むから泣き止んでくれ…な?」

それでも彼女たちの涙が止まることはない。
えぐえぐとくぐもった声が僕の胸を締め付ける。

―僕はいったい何時から謝り続けているのだろうか?
喉は干からびたようカラカラで声を出すのも億劫である。
でも、僕は彼女たちに謝罪を続ける。

「もう別に怒ってないから…」
熱病にうなされた様な胡乱な頭では謝る以外の選択肢が思い浮かばない。

―ただ、苦しくて
少女たちのすすり泣く声が苦しくて。
ただ苦しくて、胸の奥にたまった不快な沈殿物を吐き出す様に声を発し続けた。


Shiens.1 来訪


…ひどい夢を見た
具体的にどれほど酷かったのか口にするのも憚られる程酷い夢だった。

顔でも洗ってこようとベットから立ち上がろうとして、全身を覆うべったりとした不快感に気がつく。
卸したてのはずの寝巻きは多量の汗を吸っており、動くたび素肌に密着して非常に気持ち悪い。

―骨折した後は身体の自衛作用でかなりの熱が出るからな、自分で体験したのははじめてだけど
こんな時まで論理立てた思考をしてしまう自分に苦笑が漏れる。

立ち上がろうと力を込めた右腕に鈍い痛みが走る。
僕の右腕は、肘から下がギブスによって完全に固定されており指はというと第二関節から先が僅かに露出しているのみの状態である。

―摘むぐらいは出来そうだけど、それ以上は無理そうだ
かなり不便はすると思うが、あれほどの大怪我が僅か2週間で完治するのだ。
文句を言うのは筋違いといったところだろう。

そこまで考えると、夢の中での光景が鮮明にフラッシュバックしてきた。
目の前に浮かぶのは三人の少女。
僕の担当する特務エスパー「ザ・チルドレン」の泣きじゃくる姿。
決して全てが夢だった訳じゃない。
ぽろぽろと涙を流す姿は、昨日僕の病室で見せた彼女たちの姿そのものであった。

違いは一つ。僕が悪態をついていたか、謝っていたか。
―僕は後悔…してるんだな…
僕は多分あの時彼女たちを許してあげたかったんだろう、だからあんな夢を…
「って僕は何を考えているんだ!悪いのは全部…ほぼ全部あいつらのせいじゃないか!!僕がこんな怪我をしたのも、反省もせず部屋で暴れまわったのも!」
まくし立てるたび脳みそが沸騰していくのが自分でも分かる。
だからといって、歯止めが利きそうにはない。

「そもそも僕はあいつらの保護者なんだから、彼女たちを叱るのも役目じゃないか。多少大人気なかったかもしれないが僕は間違ったことはしていない!!」
バンッ
と力いっぱい右手で布団を叩いた。

「――――――――――――!?」
筆舌しがたい痛みが全身を駆け巡り、視界が明滅する。
激痛に悲鳴を上げたくなったが自重する。いやむしろ言葉すら出ないのだが…

「…まったく、どうかしてる」
痛みが引くのを待ち、掛け布団に顔面を突っ伏す形で呟いた。

調子が悪いのは、このうだるような発熱のせいだと独りごちて部屋を後にした。
幽鬼の様な足取りで洗面所へと向かう。
右腕に響く鈍痛が少しだけ僕の心を軽くしているのを感じていた。


正直なところ、僕は利き手が使えないことをそれほど重大には感じていなかった。
固定されているとはいえそれは肘から先の部分であって腕はきちんと曲がるし、指先だって第二関節から先なら自由に使えるのである。
ギプスも防水、抗菌加工の施されている優れもので水仕事や入浴にも不安はなかった。
脳内でこれからの生活をシュミレートしたとしても、やはり重大な損失は認められそうにはなかったのだ。

しかし、脱衣所にて自分がどれほど頭でっかちだったのか知ることになった。
ことは、上着のボタンをはずすところから難航した。
ボタンを指先で摘もうとして走る鈍い痛み。
昨日どうやってこの上着を着たのか疑わしくなってしまう。おそらく疲労で気が大きくなっていたのと、病院で打たれた痛み止めのおかげだったのだろう。
頼みの綱だった痛み止めも一晩眠ったことですっかり切れてしまっており、久しぶりにぐっすり眠ったせいか思考も十分働いている。

ギプスによって守られた右腕を見て幻視した。
―昨日この腕がUの字に折れ曲がってたんだよなぁ…
ふと思い浮かんだ言葉に、全身に冷たいものが走ったのを感じた。
そう、この腕は固定されているだけで未だ完全に折れたままなのだ。
指先を僅かに動かすたび感じる鈍い痛みと重なるように、腕の骨がコリコリとずれるような感覚さえする。
いや、分かっている。僕だって科学者の端くれなのだ、医学も少しばかりはかじっている。
これは幻覚、僕自身の恐怖が見せるさっかくなのだ。実際指を動かしたくらいで骨はずれたりなんかはしない。
そう、分かっているのだ。
しかし、いくら頭で理解したとはいっても一度感じた恐怖はそう簡単には拭えそうもないのが現実である。
最低限痛み止めでも服用しなければ、右腕を使う勇気は…僕にはない。

―しょうがない、少し行儀悪いがボタンははずさすに脱ぐことにしよう
結局そこに帰結してしまったことに嘆息しながらも、僕は上着の裾をたくし上げようと手を掛けた。そして、またも身体が硬直する。
指を動かすことが恐ろしいならば、肘を曲げることもまた恐怖以外の何者でもなかったのだ。
鏡台に映し出されたもう一人の自分が、やけに情けなさそうに僕を見つめていた。


「ふぅ、すっきりした」
なんとはなしにそんな言葉が漏れた。
未だ水分を含んだ髪を左手でわしわしと拭きながらリビングへと歩を進める。
かなり集中していたせいだろう、入浴によりさっぱりしたはずの身体はぐったりと色濃い疲労を示していた。

あれからは本当に大変だった。
爆発物処理もかくやと言わんばかりにゆっくりと精密に右腕を引き抜いていった。
その甲斐在ってか僅かながらの痛みすら感じることはなかった。
いや、普通に脱いでもそれほど痛みなど感じはしなかっただろうが。

シャワー自体にはまったく苦労などはなく、とどこうりなく済ますことが出来たことには安堵の息が漏れた。
入浴中まで気を張らなければいけない事態など考えただけでも気が滅入りそうだったからである。

そして今、僕はトレーナーにパンツルックといった極めてラフな格好でいる。
非番ということもあるし、ボタンをとめるのはもうこりごりだというのも素直な感情である。
自分の臆病さに辟易するがそこは考えないようにすることにした。


不意に目に止まった白い袋に手を伸ばす。
昨日病院でもらってきた薬の袋である。
「…日に三回毎食後に服用か」
まぁ、薬としてはスタンダートな処方である。分かりやすくていい。

そうして気が付く、…これからの食事をどうしようかと。
自分一人しかいないのだし、面倒なら食べなくても良いのだがさすがに骨折をしているのだ。早く治すためにもある程度は栄養をとっておかねばならないだろう。

思いたったと同時に、自らの城である台所へと歩みを進めていた。
そして、冷蔵庫を開けて呆然とする。
食材は十分にある、しかしそれら全ては調理しなければ食べられないようなものばかりだったのである。
いや、それははじめから分かっていたことではある。なにせここは僕のテリトリーなのであるから。
そうは言っても、改めて事実を確認させられると堪えるものがあったりするのだ。

もちろんのこと、この家にはカップ麺や冷凍食品の類は一切ない。
僕の方針で、成長期にある彼女たちにそんなものを食べさせたくなかったからである。
チルドレンたちが自分用にインスタントの食品を買ってくることはあるが、それもその場で消費されてしまうので貯蔵はまったくない。
今回はそのことが裏目に出たのである。

先に言ったように、僕の右腕は動かせない。いや動かしたくない。
そういうわけで左手一本でなんとか生活しなければならないのだが、左腕だけで調理をするのは正直かなり無理がある。
包丁を使うのも、鍋を持つのも利き腕ではない左手で行うには少々億劫である。

必然的に食事は外食にするか、簡易なインスタント食品や調理済みの物に限られてくるのだがそのようなものはこの家には存在しない。
先ほどから物事がことごとくうまくいかないことに目眩を覚えるが、気を取り直して買い物に行こうと決意した。
行く先は近所のパン屋がいいだろう、時間は9時を回ったばかり。スーパーはまだ閉まっているしコンビニはあまり好きではない。
朝食を買いにたびたび利用しているので、あそこの店員とは顔見知りである。
どうせなので愚痴の一つも聞いてもらおう。

そこまで考えると、先ほどまでの陰鬱とした気分も幾分晴れ軽い足取りで玄関に向かうことが出来た。
靴を履き、玄関の扉を勢いよく開け放つ。

「ひゃっ!」

「―――?」

唐突に響いた可愛らしい、それでいて聞きなれた声に息を呑んだ。
目も前には見慣れた少女が焦点の合わない瞳をして尻餅をついていた。

「いったったぁ」
独特のイントネーションで紡がれた言葉。

―どうして彼女はここに居るのだろうか?

長いストレートが印象的な黒髪。

「皆本はん、急にドア開けんといて…」
ずれた眼鏡をなおしながら、切れ長の瞳を涙で潤ませながら抗議の声を上げてくる。

ノースリーブの上着にミニのスカートといった活動的なスタイル。
そこから伸びるすらりとした細身の脚が、少女らしさを強調すると伴に彼女にとても似つかわしいと思わせる風貌。
僕が彼女を見間違えるはずはない。
僕の担当する特務エスパーの一人であって、昨日までこの部屋で共に生活をしていた少女。
…そして、僕の右腕を叩き折った張本人でもあるのだから。

「…葵?」

なんとはなしに言葉が漏れる。
その言葉を受けてか、彼女の顔が湯気を上げんばかりに高潮してゆく。
そして、すばやくスカートの裾を両手で下げた。

「フケツや!!皆本はんがウチをそんな目で!!ウチもうお嫁に行かれへん!」
「どうしてそういうことになる…」
反射的に突っ込みを入れてしまったが、昨日の夢のせいだろうかいつもの切れがない。
って僕はいつから自分の突っ込みを批評するようになったんだ!?
とさらに自らの思考に突っ込んでしまった。

僕は舞い上がっているのだろう。
昨日あんな風に別れてしまったが、今いつものようなやり取りが出来ているのだ。嬉しくないはずはない。
おかげで思考がちっともまとまらないのだが…

そうこう思考にふけっているうちに葵は既に立ち上がっており、その小ぶりなお尻についた誇りを払っている真っ最中であった。
「どうしたんだ急に、実家に帰ってたんじゃないのか?」
これは純粋な疑問。朧さんの話ではチルドレンたちは全員実家に帰ったはずだったのである。

「ウチ瞬間(テレ)移動(ポー)能力者(ター)やん。これくらいの距離はわけないって」
キョトンとした表情で答えてくる。
まぁそれはそうなんだが…聞きたいのはそんなことじゃない。

「これ見て分からへん?」
彼女は得意げに白いビニール袋を差し出してきた。
中には野菜などの食材がたんまりと入っている。

「差し入れか?」
気持ちは嬉しい。あのいつも手を焼かせられているこの子が気を使ってくれているのだ。
本来なら感涙の涙に咽ぶところだろう。
しかし今現在、食材は十分に足りていた。
ただ、食材があっても調理が出来ない。だから今そこのパン屋まで朝食を買いに出かけようとしていたのである。

葵は僕の答えが不服だったのだろうか、頬を膨らませ抗議の視線を向けてくる。
「ちゃうて、ウチが皆本はんのご飯作ろ思うてん。その手じゃろくに料理出来へんやろ?」

それは驚嘆に値する提案であった。
あの葵が料理をする?
正直なところ彼女の言葉は僕には信じがたい内容であったのだ。
迂闊にも表情に出ていたのだろう。葵の表情が一層険しいものへと変わっていく。

「…皆本はん、今失礼なこと考えとったやろ?ウチこれでも料理得意なんやで!皆本はん残業で遅くなった時なんかはウチが代わりに夕飯作ったりしとるんやで?」
確かにその話には聞き覚えがあった。
僕は仕事柄結構な頻度で残業がある。出来る限り早く済ませようとはしているがそれでも、彼女たちの夕飯に間に合わないことがあるのだ。
そんなときは大体朝作りおきをしているのだが、突飛な残業ではそれさえもままならない。
そんな時は仕方なく店屋物で済ますように電話をするのだが、たまに葵が自ら手を振るって料理をしているらしいのである。
僕は食べたことがないのだが…


「いや、でもな…」
別に嫌なわけではない。
さっきは勢いで自然に対応が出来たが、彼女の姿を見ていると昨日の泣き顔が頭をちらついてどうにもギクシャクしてしまう。
それにまた、昨日の様に悪態をついて彼女を傷つけるのが怖かった。
一人になって落ち着く時間がほしかったのだ。

断りの言葉を吐き出そうとして、葵の表情に暗い影が落ちたことに気が付く。
その憂いを帯びた瞳に目を奪われ言葉を飲み込んだ。

「ウチ…謝りたかってん…昨日あない変な別れかたしてもーて、皆本はんに嫌われたかと思―て眠れへんかってん。せやから今日皆本はんを一生懸命看病して…許してもらいたかってん…」
彼女の言葉が胸に沁みた。
心の中の何かが氷解していくのが確かに感じられたのだ。

「…せやけど余計なお世話だったみたいやな、ウチ帰るわ。あっ、これは差し入れや思―て食べたって…ほな」
そう言って瞬間移動の体勢に入った少女の腕を僕は掴んだ。

「―――――!?」
急速に光が収束し、彼女を包んでいた輝きが失せてゆく。

「…皆本はん?」
呟くように僕の名前を呼んだ彼女の頬には、くっきりと涙の後が刻まれていた。
その涙は自分が流させたものだという事実に心が痛んだが、それ以上に湧き上がる愛しさがあった。

「別にもう怒ってないよ。この腕じゃとてもじゃないが食事の準備は出来そうにないんだ。料理作ってくれないかな?」
自分でもこれほど優しい声が出るのかと思うほど、自然に言葉を紡ぐことが出来た。

彼女の瞳に生気が宿り、花が咲いたような満天の笑顔が僕に返ってくる。
夢の中では決して止めることの出来なかった涙はとうに止まっている。
僕の心は奇妙な充足と安堵に満たされていた。


「まかしときっ!ウチがぜーんぶやったるから皆本はんはゆっくりしたってな」
「ああ、そうさせてもらうよ」

「料理も洗濯も家事はみんなウチがやったるから、今日のウチは皆本はんのメイドさんやな♪よろしゅーな、ご主人様♪」
「な、いったいどこでそんなこと覚えてくるんだ!?」

「う〜んとな、薫の読むおっさん臭い雑誌からやな」
「まったく…あいつは…」


葵に急かされるように門を潜る。
火の消えたような室内に明かりが灯った。

「…ただいま」
不意に聞こえた言葉に思わず頬が綻ぶ。
ずっと感じていた右腕の痛みが少し和らいだ様に感じた。


「…おかえり」


あとがき
とりあえず何とか第一話投稿です。
ふぃ〜疲れた〜
結局予告通り皆本の一人称形式と相成りました。
どうにもだるい話だったことは自分でも分かっています。仕様です、ご了承下さい。
なんか、すっごい長くなりそうなんで二話に分けることにしました。
(2)では葵とひたすらラブラブする予定です。

よろしければ意見、感想なんかもらえると嬉しかったりします。
カルでした。

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