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▽レス始

「Obtained from pain(絶対可憐チルドレン)」

カル (2006-07-11 20:28)
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「だからよ〜、皆本への制裁はあたしの役目って決まってんだろ!?それをお前らが横から茶々いれっからあんなことになったんだろっ!」

「なに勝手ゆーとんのや!あんたが真っ先にやりよるやら、そう見えとるだけやないか!たまにはウチにやらせてくれたかてバチは当たらんやろっ!!」

「やめよーよ二人ともー。そもそもこの前決めた順番通りなら私の番だったはずよ。そこに二人が勝手に割り込んできたんじゃない」

三者三様の意見が白を基調とした部屋に響き渡る。
本来静寂をもっとうとしたこの部屋に彩を添えるのは彼女たちの声だけ。
別にこの空間に彼女たち三人しか居ない訳ではない。
超能力支援研究局(バベル)の局長である桐壺も、
その秘書である柏木 朧も、
皆本の同期の友人でありまた医師でもある賢木も、
そして、彼女たち「ザ・チルドレン」の話題の中心人物である皆本もまた室内にいる。
しかし、その誰もが頑なに口を開こうとはしない。

あるものは掛ける言葉が見つからず。
またあるものは苦笑を漏らすだけでそれ以上は何もせず。
そしてまたあるものは同情の視線を向けるだけである。

ベットに上半身だけを擡げる形でうつむいている皆本の表情は、ギャアギャアと罪の擦り付け合いをするチルドレンたちの雑言により刻一刻と鬼の形相へと変化していった。

知ってか知らずか、チルドレンたちの言い争いは今まさにESP戦へとその様相を変えようとしていた。

皆本の怒気が鬼気へと変貌していく様に大人たちはただ顔を引きつらせるしかなかった。

皆本には確かに聞こえていた…みちみちと堪忍袋の緒が切れる音が、いや緒どころではなく袋そのものが耐えかねる怒りによって引き裂ける一歩手前の音が…
そして、薫の念動能力の爆風が彼の頬を掠めた瞬間…彼の怒りもまた爆発した…


Prologue・受難

時刻は数時間前に遡る。
それはうららかな午後の昼下がり、青年皆本はキッチンのコンロの前に立ちスパゲティを炒めていた。
自分の昼食の為というのもあるが、大きな理由は先ほどからリビングでピィピィ雛鳥のように催促の声を上げる少女たちの期待に応える為であった。

本日は日曜日、皆本のとっては久々に訪れた非番であり小学生である彼女たちは当然の如く休み。
薫たちもまた、実家に帰ることはなくルームメイト全員そろっての休日と相成った訳である。

手際よくスパゲティを炒める合間にサラダ用の野菜をちぎりながらも、彼の視線はここではない何処か遠くを捉えていた。
正直なところ、彼は少しうんざりしていた…
皆本の仕事は「ザ・チルドレン」の運用主任だけではない。研究者としての仕事や事務、経理あらゆる仕事が彼に回ってくる。
彼はいわゆる、『出来る男』である。当然の如くそういう人物には多くの仕事が回ってくるわけで、それを皆本もまたそつなくこなしてきた。
しかしながら彼も鉄で出来ているわけではない。どうしても休みたい程疲弊しているときもある。
そうして、やっとの思いでもぎ取ってきた非番があろうことかチルドレンたちの休日と重なってしまったのである。

(どーせ、「暇だからどっか連れてけー」)
「とか、言うに決まってるよなぁ…って考えてる」
ドキッ!っと心臓を跳ね上がらせて振り向いた先には、背中に手の平を当て能力を発動させている紫穂の姿があった。

「勝手に心を読むのは止めてくれと…」
半目になって抗議の声を上げることも今となってはごく日常的な光景になってきている。そんなこと日常にしたくはないだろうが紛れもない事実なのであるから仕方ない。

「え!なに?皆本がどっか連れてってくれるって!?」
「ホンマか!?皆本はん、話がわかるわ〜。ウチ行きたいとこあってん」
「お前らなぁ、僕はそんなこと一言も…」
すかさず便乗してくる薫と葵に否定の言葉を投げかけようとして飲み込んだ。

(確かにここのところ仕事仕事で、こいつらのことをろくにかまってやれなかったもんな…ちょっと体力的にはキツイけど偶には我侭を聞いてやってもいいかもしれないな。僕はこいつらの保護者代わりなわけだし)
そう思い直して彼は出来上がったスパゲティを大皿に盛った。

「保護者としてだけ?こんな可愛い子たちとトリプルデートなのに…」
そうぼそっと呟いた紫穂を皆本はサラダにドレッシングをかけることで敢えて無視をした。


大皿を持った皆本がテーブルの前にやってくると、三人は各々の食器とフォークをもって既に席についていた。
皆本家のテーブルは二対の椅子が向かい合うように設置されており、皆本の座る椅子は大体決まっているのだがチルドレンたちの席順はランダムで変わっていたりする。

理由は明白である。二対の席が向かい合うように設置されているのだから当然誰か一人が皆本の隣に座ることになるわけである。
皆本に淡い思いを寄せる彼女たちにとってはある意味死活問題なわけで、水面下で激しい攻防が行われていたりなかったりする。
閑話休憩

「はい、お待ちどう」
そうして大皿に山盛りに盛られたナポリタンと生野菜のサラダがテーブルに置かれた。なぜナポリタンかというと、子供たちの口に合うようにとの皆本なりの配慮だったりする。

「うひょ〜!待ってました!」
「ホンマおいしそうや」
「…野菜が多いけど」
各々感想を述べて皆本が席に着くのを前にして昼食を開始した。

「んじゃ、いただきぃ〜!」
と薫は大仰に声を張り上げ、得意の念動能力でスパゲティの山の一角を持ち上げる。このような形式に食事だといつもこうなので皆本は最早なにも言わない。

「薫っ!ちょっと取りすぎや!そんならウチも」
唐突にスパゲティの山が歪み始め、葵の皿に大量の赤い物体が現れる。
なんと言うことはない、葵がナポリタンを自分の食器へと瞬間移動させたのだった。

「そんなにがっつくな!まだまだ沢山あるんだから」
「分かってるって」
「そんな意地汚いみたいにゆわんといて!皆本はん」
元気な返事が返ってくるも、皆本はいい知れぬ不安に駆られていた。
成長期真っ盛りの彼女たちの食欲はすさまじいものがあった。もちろん彼もこれまでの経験を生かし、それに見合う量を用意したつもりではあるが日々成長する彼女たちに前例などあってなき物、ただの目安にしかならない。

そこまで考え、自分の隣座っているのが紫穂だということを確認して彼はほぅ、と安堵の息をついた。
彼女は接触感応能力者であり、薫や葵のように直接的な能力を持ってはいないのだ。それに、二人に比べ食も遅い。
最悪二人に食べ散らかせれて食いっぱぐれる可能性もあるからだ。

皆本は決意を固め、両手に掲げた二本のフォークを既に半分となくなったスパゲティの山へと突き刺した。
ル○ンもかくやという勢いで器用に麺を巻き上げ自らの皿に盛った。

「あ〜!!皆本っ!お前取りすぎだぞ!」
「僕は大人だからいいんだ」
薫の言葉を半ば打ち切る形で返事をする。

(これだけ確保しておけば安心だろ)
無論彼自身の分だけのためにこれほど大量の麺を取ってきた訳ではなかった。
(毎度大変だよ。僕の分が足らないのなら後でどうにでもなるけど紫穂の分がなくなっちゃ可愛そうだからな。これで足らないようなら僕の分をあげればいい訳だし、さすがの二人も人の皿からとったりはしないだろう…いや、薫あたりはやりそうか)
苦笑を漏らしながらも、一仕事終えた安心からか彼は溜息をついた。

「?」
皆本は服の裾を摘まれた感触に隣を見下ろした。
(…ありがとう)
聴覚からではなく、直接脳に伝わる言葉。紫穂の接触感応能力だと彼はすぐさま理解する。
心に直接語りかける言葉と伴に送られたのは花のような柔らかな笑顔。
その大人びた笑みに心臓が僅かに早鐘を打つ。
そして、自分の思いを理解してくれたことが嬉しくまた報われた思いに彼は浸った。
(どういたしまして)
食事の合間に起こった、ありふれたそして暖かなひとコマであった。

(そういえば、バイキングの形式で飯を食うとき大体紫穂は隣にいるよな)
それが彼女なりの処世術なのだろうか?などど考えてしまう。
なんとも彼女らしい計算高さだなぁ、と思ったところで彼は思考を止めた。
これ以上はさすがに失礼だろうと思ったからで、思考を読み取られひどい目に合わされることが怖くなったからではない。

(下らないことを考えるのは止めて僕も食べよう…)
そうして、自らの皿に盛られたスパゲティを見て驚愕する。
信じられないほど沢山のにんじんと玉ねぎが皆本の皿を支配しているのである。つけ加えるなら中身をどれだけ探ったとしても入れたはずのウィンナーは出てこない。
(まったく…彼女にはかなわない)
その言葉が彼の思考を反芻していた。


「それで、葵はどこに行きてーんだ?」
「ほら、アレや。駅前に新しくゲームセンター出来とるやろ?あそこや」
「最新の体感ゲームが置いてあるらしいわね。前にクラスの子が言ってたわ」
「マジが!?おっしゃっ!今日はそこ行こーぜー」
「確かに薫ちゃん向きではあるかもね」
………

昼食もすっかり終わり、チルドレンたちはすっかり雑談モードでこれからの予定に花を咲かせていた。
皆本はというと食器の跡片付けもすっかり終え、今は冷蔵庫の前でなにかごそごそとやっているのだった。

「おーい、ババロアを冷やしておいたんだが食べるかー?」
と言った声が室内に響き渡る。
「食う食う♪さっすが皆本、気が利くぜー」
「ウチのも頼めるか?」
「私のもー♪」
彼女たちもまた雑談を中断させ元気に返事を返すのだった。

スプーンを口に目いっぱい咥え、幸せそうに瞳を閉じる薫が言い放った。
「く〜〜〜〜っ、う〜め〜!」
「ホンマ美味しいわ、皆本はん」
「ええ、お店に置いてあってもおかしくないかも」
二人も同調し各々賛辞の言葉を述べる。

「そうでもないさ、まぁ喜んでもらえてよかったよ」
皆本は子供たちの率直なほめ言葉が照れくさかったのか、高潮した顔をそむけ頬をかいている。
「いやいや、冗談じゃねーって。皆本はいつ嫁に行っても大丈夫だな」
冗談めかして言った薫だったが、その発言を二人聞き逃すはずはなかった。

「ほんなら、ウチの嫁さんになって〜な♪」
葵は皆本の頭上へと瞬間移動し、首に腕を巻きつけ言ったのだった。

ピキッ

紫穂もまた同時に行動を開始していた。
皆本の腕に自らの腕を絡ませ、全身を摺り寄せる形をとっていたのだ。
「皆本さんは私のお嫁さんになるのよねぇ」
台詞は子供のそれだが、その瞳は潤み上目遣いで妖艶に皆本を見つめていた。

ピキピキッ

「あのなぁ、お前ら…」
皆本はというと二人の唐突の行動にとまどい、顔を高潮させるも身体は機械仕掛けのようにギクシャクとするばかりで動く気配はないようだった。

ピキピキピキッ

(はっ!)
皆本はこの空気の割れるような感覚に身に覚えがあった。
「ザ・チツドレン」の運用主任になってから幾度となく味わってきた嫌な感覚。それは壁にめり込む寸前の雰囲気と極めて酷似したものであった。
これまでの経験が少しでもダメージを減らすため条件反射で全身の筋肉を収縮させる。瞼を固く閉じ、奥歯をかみ締める。

しかし、空気はそのままに、以前として衝撃はやってこない。
不振に思った皆本は身体は緊張させたままうっすら瞼を開く。
「…薫?」

皆本の見た薫の姿は、俯いてはいるがその様子にとりわけ変化はない。
彼はほっと心の中で嘆息をついた。
しかし、その安堵はものの数秒ももたなかった…

「お〜ま〜え〜ら〜…」
地の底から響き渡ってくるような怨鎖の声。
(しまったっ!)
彼は心の中で舌打ちする。
よく見てみみれば薫の様子に変調はあったのだ。気付いてしまえばなんてことはない、彼女の肩はわなわなと小刻みに震えていたのだ。
心なしか彼女の震えに合わせて、大気が鳴動しているように感じる。
いや、実際震えていたのだが…

「か、薫?」
意を決して話しかけた皆本の言葉が最後の引き金を引くこととなった…

「皆本は!あたしの嫁だ〜〜〜〜〜〜!!」

馬鹿でかい声でがーっとがなりあげる薫。
皆本の予想に反し彼女の念動能力は発動しなかった。
突然緊張から開放された彼の身体は弛緩し、椅子の背もたれ伝いにずるずると下がっていくのだった。
(どうして僕が嫁なんだ…)
疲弊しきった思考にはとりとめもない言葉が浮かぶばかりだった。


しかし、彼女たちが皆本を嫁と称するのは仕方のないことだったのかもしれない。
彼は一般成人男性に比べ遥かに優れた家事の能力を有していたからである。
稀有な頭脳を持つ彼は早くに親元を離れ一人暮らしを始めていた。
持ち前の几帳面さと研究者肌ともいえる凝り性が、料理、掃除、洗濯といった家事全般に反映され、今となっては某瞬間移動能力者から『おばはん』呼ばわりされる始末である。
それどころかチルドレンたちの面倒を見るようになってから彼のスキルは益々磨きが掛かってきており、最早彼の技術は『家政婦』の域に達しているといっても過言ではなかった。
閑話休憩。


「まったく…、嫁さんなら僕がもらいたいぐらいだよ…」
胡乱とした彼の思考はとんでもない爆弾発言を投下していた。
無論当の本人はそんなこと微塵も気付いてはいない。

「何だよ皆本ー♪あたしを嫁にしたいんだったらはっきり言ってくれれば良かったのによー♪♪」

「嫌やわ〜皆本はん♪いりなりプロポーズやなんてっ♪」

「パパに連絡しなくっちゃ♪」

きゃーきゃーと黄色い声を上げる少女たちを皆本は何処か遠い対岸を眺めるような眼差しで見つめていた。
彼の優れているはずの頭脳はまったくもってその機能を果たしていない。
そんな彼を他所に、彼女たちの妄想は益々ヒートアップしていくのだった。

「母ちゃんもねーちゃんも相手が皆本なら文句ないだろーしな。案外『義弟』
でも『息子』でもいっかーなんて言いそうだし♪」

「まずは実家に来てもろーてお父ちゃんとお母ちゃんに挨拶してもらわんとな♪あ、でもウチらまだ結婚出来へんからしばらくは内縁の妻ってことになるんやろかっ!?まぁ、それもええなぁ♪」

「パパも皆本さんのこと気に入ってるみたいだし大丈夫よね♪こうゆう時の挨拶ってパパの好きな菓子折りとかって必要なのかしら?」

着々とこれからのプランを立てていく彼女たちを見て、正常な思考を取り戻しつつある皆本はただ顔を引きつらせるしかなかった…
よもや、不用意に放った自分の言葉がここまで飛躍するとは夢にも思っていなかったからである。
皆本は自分の喉がカラカラに干からびていくのを感じていた。

「結婚式はバベルが主催して世界的にドーンとど派手に…」

「子供は男の子と女の子が二人ずつで…いや、あかん♪ウチまだ10歳やし…そないなこと早すぎるわ…でも、皆本はんがどうしてもってゆうんやったらウチ…」

「警視庁長官兼バベルの局長の妻…結構すごいかも♪」

あられもない人生設計を前にして皆本の思考は完全に復活を遂げた。
もとい、いつもの調子を取り戻した。
「君たちはいったい何を話しているんだ〜〜〜っ!!!」
「わっ!」
「きゃ!」
「うっ!」
烈火の如くがなり上げる皆本に少女たちは現実に引き戻される。

「何だよ皆本〜、びっくりするじゃん!」
「なんだじゃないだろ!どうしてそういう話になってるんだっ!」
薫が抗議の声を上げるも、一度火のついた皆本は止まらない。

「皆本はんがお嫁さんほしいゆーとったから、ウチがなったろーってゆーとっただけやん」
「余計なお世話だ!それにゆういう意味で言ったんじゃない!」
「皆本さん、私たちじゃ不満なの…?」
「あ〜〜〜〜っ!!そうじゃないって言ってるだろ!!」
葵や紫穂の言葉に益々彼は憤りを募らせていった。

そして皆本は禁断の言葉を口にしてしまう。
「そもそも君たちみたいなガキに興味はない!!兵部の変態と一緒にしないでくれ!!」

パッキッ

その瞬間紛れもなく空気が割れた、いや炸裂した。
(しまったっ!!)
そう思ったが時既に遅し…
彼の身体は通例同様壁にめり込んでいた。

そして悲劇はここから始まった。

皆本は自らの骨格がミシミシと軋んでしく不快な音と、信じられないほどの圧迫感に必死で耐えていた。
いい加減身体も慣れてきたはずなのだがその痛みは尋常じゃなかった…むしろ慣れていたからこそ今までとの違いを感じ取れる。
薫の加えていた力は普段の2倍強にも達していた。

霞みゆく皆本の視界が捉えたのは今まさに力を発動させようとする葵の姿だった。
(これで助かる…)
胡乱とした思考は念動力より開放される喜びに歓喜の声を上げていた。

「これでやっとこの馬鹿力ともおさらばだ、って考えてる」
その声に白みかけていた意識が現実に引き戻される。
紫穂は彼の右腕をしっかりと掴んでいた。
皆本の全身に冷たいものが一気に噴出する。

(このままだと瞬間移動に巻き込まれるっ!)
「え?」
「あかんっ!紫穂っ!」
葵は必死に能力を押さえ込もうとするが、一度起動した力は止めようがなかった。
そして皆本と紫穂は虚空に消えた。

むわっとした水蒸気が皆本の視界を塞ぐ。
彼らが送られた先はお湯のはられた風呂場だった。
(これなら何とかなるかっ!?)
そう思い彼は紫穂の位置を把握して当惑する。

彼自身は浴槽に頭から突っ込む体制であるが紫穂の位置は彼の右手の先。
このまま、自由落下に任せれば彼女は風呂場のタイルに落下してしまう。頭から落ちれば最悪大怪我は免れない。
彼にとってそれは容認することの出来ない自体だった。

落下までの僅かな時間で自分に出来ることを彼は思考する。
最早右腕を引き寄せ、彼女を抱きこむには時間が足りない。
(それなら!)
彼は水面に落下した瞬間あらん限りの力で少女の身体を上に引っ張り上げた。
柔道の受身の要領である。

バシャ、どん、と二種類の音が浴部屋に響き渡る。
「大丈夫か!?紫穂っ!?」
浴槽からすぐさま顔を出し、自分のことは後回しと言わんばかりに声を掛けた。
「ええ、皆本さんが助けてくれたから…」
紫穂はその可愛らしいお尻を撫でながら答る。
紫穂に怪我はないと悟ると、皆本は深く安堵の溜息をついた。

「?」
横目で紫穂の様子を確認した皆本は首をかしげた。
彼女の様子がおかしい、と。
顔を真っ青にさえせ口を鯉か何かのようにただパクパクさせている。

「どうした紫穂?やっぱり何処か怪我をしてたのか?」
いい知れぬ不安と、深い自責が彼の中で渾然一体となって渦巻いた。
自分ではこの子を守り切れなかったのかと。

「…違うの…皆本さん…腕…」
息も絶え絶えに彼女はやっとの思いで声を絞り出した。
(腕?僕の腕がどうか…)
そして彼の時間が止まった。

皆本の腕は、浴槽のふちに張り付くように折れ曲がっていた。
ちょうどその形は、Uの字を逆さにしたものによく酷似していただろう。

(前腕骨の橈骨と尺骨の二本ともが完全に骨折してるな…しかも二箇所も。これだけひどい怪我なのに今まで痛みを感じなかったのは人体の自衛作用のおかげか…すると…)
現実逃避のためか、彼の意識の大部分は科学者としてのそれと入れ替わっていた。
しかし、猛然と襲い来る激痛と恐怖に前に現実逃避はそう長くは続かなかった…

「がっ!!!!!」
皆本を襲った、人生のなかでも1.2位を争う痛みに彼は簡単に意識を手放した。
その後、皆本は葵の瞬間移動でバベルの医療局にすぐさま搬送されることになる。
再び意識を取り戻した皆本を待っていたのは過酷な現実であった。

「全治三ヶ月…」
皆本の悪友である賢木がカルテを叩きながら言い放った。
その言葉にチルドレンたちは動揺を隠し切れない。
当の皆本はというとベットの横に腰を下ろし、半目に涙目という実に哀愁漂う風貌で自らの悪友を睨んでいた。

「と言いたいところだが、ここはバベルだ。最新の医療機器もそろってるし、俺の治療も受けられる。大負けに負けて全治二週間ってとこだ」
いつも通りの人を食った口調で賢木は言った。

「良かったじゃねーか!大したことなくて」
「ホンマやもー、心配かけんといて」
「ね〜」
冷や汗を流しながら少女たちは皆本に擦り寄っていく、

「あぁ…本当によかったよ…、だから触らないでくれないか…痛いから」
皆本は全身から暗いオーラを出して彼女たちを拒絶した。
いつものように怒鳴り散らされて、全部を有耶無耶にしてほしかったチルドレンにとっては予想外の事態であった。
また、皆本のその行為が彼女たちに自責の念を深く抱かせる結果となった。

しかし、その自責の念は10歳の少女には重すぎた。
すぐ罪の擦り付け合いの小競り合いが始まってしまう。

「紫穂が手なんか握ってっから…」
「薫があない力入れとったから…」
「葵ちゃんが急に瞬間移動なんてさせるから…」
ここで言い負かされてしまうと皆本に嫌われてしまうのではないか?という強迫観念に縛られた少女たちは一歩も意見を譲ろうとはしなかった。
そして、小競り合いはほどなくしてESP戦へと発展した。

「なにやってんだお前ら〜〜〜っ!!君たちが無茶苦茶に能力を使ったせいで僕がこんな目にあったっていうのにまだ分かんないのか〜〜〜〜〜!!!!」
院内全てに響き渡ったのではないかと思ってしまう程の鬼気を怒号。
衝撃を受けるものの、チルドレンたちにとってみれば待ちに待った一声でもあった。
(ここで素直に謝れば皆本は許してくれる)
今までの経験がそう彼女たちに物語っていた。

「悪かったよ」
「すまへん、皆本はん」
「ごめんなさい」

「ふぅ、まったく…ホントに分かってるのかぁ」
苦笑を浮かべた優しい声が彼女たちには確かに聞こえていた。
しかし、未だ怒りを孕んだ皆本の視線にその言葉が幻想だと知った。

言葉には表せないほどの不安が彼女たちを駆け巡っていく。

(嫌われた…)

決して認めたくないその言葉が反芻し少女たちの胸を締め付ける。
呼吸も出来ない程の息苦しさのはけ口を求めるように、大粒の涙が頬を伝っていった。

「えぐっ…だってそんなことになるなんて思ってなかったんだもん…」
「ウチっ…ウチっ…ぐす」
「ごめんなさい…ごめんなさい…」

とめどなく溢れる少女たちの涙に皆本の表情が崩れる。
しかし、混濁とした彼の心は彼女たちに許しの言葉を伝えることは出来なかった。
「な、泣いたからって…むぐっ!」

吐き出しかけた言葉を、賢木の腕によって塞がれた。
「こいつもちょっと混乱してるみたいだからよ、壌ちゃんたちは先に帰りな」
じたばたと暴れる皆本を力いっぱい押さえつけながら声を掛ける。

「さ、みんなも遅くなるといけないから帰りましょ。今日はみんな自分のお家に帰りましょうね〜」
局長秘書の朧はチルドレンたちの腕を引いて歩き出した。

とすかさず局長も、
「皆本くんにはしばらく休暇をあげよう!ここの所働き詰めだったから丁度いい!いや、よかった!よかった!」
苦笑交じりに大仰にはやし立てる。


「ぶは、何すんだ!?賢木っ」
チルドレンたちが全員退室し、しばらく時間がたってからやっと彼は解放された。
「なにって、アレ以上は蛇足だろ?」
普段ちゃらけた態度をたる彼の真面目な視線に皆本も語気を緩める。

「…助かったよ」
「わかればよろしい」
皆本も冷静さを取り戻し、それからはいつもの二人だった。

「んで、これからどうすんだ?骨折は腕だけだから入院する必要はないぜ」
「それなら、帰らせてもらうよ。家でゆっくり眠りたい…」
「おう、薬出しとくぜ。後2,3日中に一回は通院しろよ」
「ああ、わかった」
それだけ会話を済ますと、彼は病室を後にした。


岐路についた彼は、少女たちの流した涙に心を痛めていた。
(なんだってんだ…まったく)


そしてこれが、彼の苦難(?)に満ちた二週間の始まりの出来事であった。


あとがき
どうもカルです。
今回二作目を投稿させていただきました。
プロローグなんでもっと短くするはずが気がつけばつらつらと…
正直三人称書きは慣れないので大変でした。
続きは、多分皆本一人称になると思います(笑)
または薫、葵、紫穂の一人称。
ただ、次の投稿までは膨大な時間が掛かりそうかも…
駄文ですが楽しんでいただければ幸いです。

自分の作品で絶チルもののSSが増えることを密かに願っていたりします。

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