……感じる。
わしの頭上、日の差す地上で、力ある退魔師がわしのことを嗅ぎ回っておる。
ならば、わしを縛めるあの忌まわしき封印に、遠からず辿り着くであろう。
丁度良い……動けぬ身なれど、ただ座して滅びを待つわしと思うでない。
許さぬぞ。わしを封じた道士も、わしを代々見張るその子孫も。
そして、道士に与して封印の一部となった、あの小娘も。
間もなくじゃ。わしは間もなく、復活してみせようぞ。
皆殺しじゃ……覚悟してたもれ!
「……いったい、どこにあるんだ?」
御呂地岳を訪れ、はや2週間。唐巣は死津喪比女の調査に行き詰っていた。
死津喪比女がどういった存在だったか、どれほどの力を持っていたかについては、文献を調べることである程度は判明した。
しかし、肝心なものが見つからない。
どこかにあるはずなのだ。死津喪比女の妖力源たる地脈の流れを堰き止め、動けぬよう封印する機能を持つ地脈堰が。
それを見つけ、調べないことには、死津喪比女への具体的な対策も立てられない。
「あるとすれば、この神社の中なんだが……」
だいたいの位置は、おキヌから聞いて把握している。問題は、その入り口だ。
『私が人身御供になった時に使った入り口は、もう塞がれてますし……私一人なら、壁抜けして行くこともできるんですけど』
とは、おキヌの弁である。
何にしろ、早いところ見つけなくてはならない。いつ横島が合流してくるかわからないから、というのもあるが、何より霊感にひっかかるものを感じていたからだ。
言うなれば――そう、誰かに見張られているような気が――
『二人三脚でやり直そう』 〜第四話〜
「どおぉぉぉりゃっ!」
ズガンッ!
横島の影法師は、禍刀羅守(カトラス)の一瞬の隙を突き、スライディングで腹の下に潜り込んで、その腹にサイキック・ソーサーを叩き付けた。禍刀羅守は衝撃でひっくり返り、起き上がれなくなる。
『ゲ……グゲゲゲーッ!』
「お見事。剛錬武(ゴーレム)に続き、よく弱点を見抜きましたね。あの子はひっくり返ったら、自分では戻れないんです。勝負あったようですね」
小竜姫が言うと同時、禍刀羅守の体は光と化し、影法師の右腕にくっついた。そのまま、光の爪へと形を変える。
ちなみに剛錬武の方はというと、赤い武者鎧へと姿を変えて影法師の体を覆っている。
「この爪は……」
「霊的攻撃力が上がったということです。原理としてはあなたの得意技である霊気の盾と同じで、それがあなたのイメージに合わせて、その姿を変えたようなものです」
「ということは、形は自由自在ってことっすか?」
「察しがいいですね。その通りです」
「やっぱり……じゃあ」
つぶやくと、横島は爪を剣の形に変えてみた。多少不安定で、形状の維持に思った以上の霊力を割かれるが、それは以前使っていた栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)によく似ていた。
……というより、そのまま劣化版の栄光の手なのだろう。
「霊波刀ですか。イメージ力も悪くないようですね」
それを見た小竜姫が感心してコメントした。
「よし! この手こそ、死津喪比女を倒し栄光を掴む英雄の手! ハンズ・オブ・グローリーと名付けよう!」
と、以前と同じ名前を付けたが、小竜姫は顔に縦線を入れて半眼で「なんですかその変な名前……」と呆れるばかりだった。
が、そうしてても始まらない。コホンと一つ咳払いして、小竜姫は真顔に戻った。
「では、最後は私が自らお相手いたします」
「え゛」
……しまった。わかっていたのに、いざ目の前で言われたら思わず間抜けな声が出てしまった。
「最後の相手は私がやります……と言いました。やはり不安ですか?」
「えー……そりゃまあ。なんたって霊格がぜんぜん違いますし」
と、一応遠慮の意を示してみたが、彼女は取り合わずに結界をくぐり、武闘場に上がってきた。
「大丈夫ですよ、手は抜いてさしあげますから。といっても修行ですので、気を抜けば命を失うぐらいには力を出させてもらいます。この2週間で、最後のパワーを授けるに足る力量を得られたかどうか……
卒業試験です。あなたの全てを出し尽くして見せなさい」
言うが早いか、小竜姫の角が激しく光ったかと思うと姿が影法師化し、横島の影法師とほぼ同じサイズになる。
「だーっ! ちょ、ちょっとタンマー!」
『行きます!』
もはや問答無用。小竜姫は一気に間合いを詰め、神剣を鞘から抜くその動きで、そのまま神剣を下から跳ね上げてきた。
「わわっ!」
栄光の手で受け止め、弾いた反動で距離を取る。しかし小竜姫は再び間合いを詰め、袈裟斬り、返す刀で逆袈裟斬りという連続攻撃を仕掛けてきた。
「うわっ! たっ!」
どうにか凌いだ横島だったが、さらにそこから続いてわき腹を狙う一撃が飛んできた。
防御が間に合うタイミングではない。横島は一か八か――
「ふんっ!」
がんっ!
硬い金属音を出し、小竜姫の剣を弾いた。小竜姫は驚き、間合いを広げて横島のわき腹を凝視した。
『……そんなところからも、霊気の盾が出せるのですか』
「ぶっつけ本番でしたっスけど」
――そう。普段手の平から出していたサイキック・ソーサーを、とっさにわき腹に出したのだ。まるで某マクロの空からやってきた宇宙戦艦のピン○イントバリアっぽい感じで。
ただ、手の平以外の場所でのソーサーの展開はイメージしづらいので、完全に使いこなすためには練習が必要になるだろうが。
『面白いですね……実戦の中で、さらに工夫するとは。そういう柔軟さは、あなたの利点ですね』
「褒めてもらえるのは光栄ですけど……それで手を抜いてもらえるってことはないんですよね?」
『当たり前です。では、続けますよ!』
剣を構え直し、小竜姫は打ち込みを再開した。対する横島は、今度は普通に手の平にソーサーを展開して、迎え撃つ。
がんっ! がんがんっ!
(ん……?)
一撃、二撃、三撃。連続で攻撃を受けて、横島は眉根を寄せた。……気のせいだろうか?
しかし深く考える暇もなく、小竜姫は休む間もなく、さらに連続で剣を繰り出してきた。
『どうしました? 防戦一方では勝てませんよ!』
小竜姫の言葉には答えず、ひたすらに防戦する横島。何度か剣を受けるうち、先ほどひっかかったことが確信に近付いていた。
(試してみるか……)
「……小竜姫さま」
『なんでしょう?』
話しかけると、剣を止めて質問に応じる姿勢になる。
「先ほど、全てを出し尽くせと言いましたよね? 本当に全て出していいんっスか?」
『もちろんです。でなければ……死にますよ?』
「それを聞いて安心しました。撤回はなしですよ? それじゃ、今度はこっちから行きます!」
宣言すると同時、小竜姫の剣を今度は受けることなく、ひらりとした動作でかわした。ソーサーは引っ込め、栄光の手を発現させる。
「!」
「蝶のように舞い……」
しかし、いささか動きが大きい。隙を見出し、小竜姫が剣を振り――
「ゴキブリのように逃げーる!」
カサカサカサカサッ!
だーっ!
横島の影法師は、言葉通りにゴキブリの真似をするかのように、気持ち悪いぐらいのスピードで逃げていった。頭に触角が生えていることもあって、そのまんまゴキブリっぽい。
本当は蛍の触角なのだが。
あんまりと言えばあまりの動きに、小竜姫は戦闘中であることも忘れて思いっ切りずっこけた。
『ちょ! 横島さん!?』
「と見せかけて……蜂のよーに刺すっ!」
がんっ!
『きゃあっ!?』
ペースを狂わせて出来た一瞬の隙を突いた横島の攻撃。栄光の手が小竜姫の脳天にヒットした。
「んで、ゴキブリのよーに逃げーる」
『ふ、ふふ、ふざけないでください!』
おちょくられてると思ったのか、小竜姫は無表情なはずの影法師の額に井桁を浮かび上がらせ、猛然と抗議してきた。
(あーやっぱりな)
が、文句を言われた方の横島としては、かなり大真面目である。
今ので確信が持てた。この小竜姫の振るう剣は、かつてメドーサに「お上品な剣」と言われた馬鹿正直な剣術なのだ。それゆえ、手加減してもらっていることを抜きにしても、攻撃の軌道が読みやすい。
それはつまり、邪道を極めたかのような美神令子ゆずりの反則技を得意とする横島は、小竜姫にとってかなり相性の悪い相手だということだ。
(小竜姫さま……悪いけど、勝たせてもらいます)
横島は内心でそう宣言し、影法師の栄光の手を引っ込めて両手を前に突き出した。
その両手の先に、サイキック・ソーサーを展開させる。
『横島さん、あまり私を舐めないでください……! 神聖な試しの場でふざけた罰として、少しだけ本気を出させてもらいます。そんな霊気の盾、簡単に貫きますよ?』
「うげ……本気っすか? でも、やってみなければわかりませんって!」
展開したサイキック・ソーサーはいつものやつだった。これでは本気宣言した小竜姫の剣を防ぐことはできないということは、十分に承知していた。
小竜姫が刺突の構えで真っ直ぐに突っ込んできた。お灸を据えてあげます、という雰囲気が、びんびんに伝わってくる。
「……ふんっ!」
インパクトの瞬間、ソーサーに込める霊力を最大限に上げ、今自分にできる一回限りの最高に頑健なソーサーへと変貌させる。
がきんっ!
硬い金属音が響いた。横島のソーサーは、小竜姫の剣を見事受け止めていた。
『やりますね……ですが、いつまで持ちますか?』
彼女の言う通り、そうそう長くは続かないだろう。何せ、全霊力をこのソーサーに込めているのだから。小竜姫はそのままじりじりと、ソーサーに神剣の切っ先を食い込ませてくる。
だが、彼女はまだ、横島忠夫という人間をわかっていない。
本体の方の横島は、影法師にソーサーを展開させたまま、ポケットから秘蔵の美神令子盗撮下着写真を取り出し、眼前に掲げた。
「煩・悩・全・開!」
小竜姫は再びずっこけた。ソーサーを貫かんとしていた剣も力を失い、しかし対する横島のソーサーは、その密度を保ったまま肥大化していった。
『な……な、な、なんですかこれはー!』
呆れるべきやら、驚くべきやら。
やがてソーサーの大きさが小竜姫の視界のほとんどを奪った時――
「どっせぇぇぇぇぇいっ!」
横島は大声を張り上げ、ソーサーで小竜姫を前に押し出した。
『うぐっ!? こ、これは――!』
「そいやっ、そいやっ、そいやっ、そいやっ!」
一体どこの神輿担ぎやら。横島はその勢いのまま、小竜姫を武闘場の結界まで押し込んだ。
ソーサーで結界にぎゅうぎゅうと押し付けられ、『む、ぐぐぐ……』と非常に窮屈な小竜姫。
そして、すぐに――
「あ、そぉーれっ!」
ぐいっ、ぐいっ……すぽんっ!
『きゃあぁっ!?』
結界から放り出され、可愛い悲鳴を上げて尻餅をつく彼女。横島はそれでさらに、煩悩の出力を少し上げたものだが――
「な、なんですか今のは! 反則じゃないですか!」
立ち上がって影法師化を解き、彼女は猛然と抗議してきた。一柱の武神として、武人らしい霊能と霊能のぶつかり合いを期待していた小竜姫としては、納得がいかないのも当然だろう。
しかし横島は涼しい顔で、
「反則って、どこがっスか?」
とスッ惚ける。
「全部です、全部! いきなりあんな奇行を繰り返したり、結界の外まで押し出したり! これは相撲じゃないんですから、押し出しなんて勝ちはあり得ません! 最初に言いましたよね、私の前で卑怯な戦い方は許さな「……それ、殺された後でも言えるんスか?」……え?」
瞬間、なんとも言えない表情でつぶやいた横島に、小竜姫は一瞬、何を言われたのかわからないといった間の抜けた表情を返した。
だが、横島は次の瞬間には普段通りの表情に戻り、
「いえ、なんでもないっす」
と軽い調子で訂正した。
「けど、『全てを出し尽くせ』って言ったのは小竜姫さまじゃないっスか。
俺の霊力源は――アホらしいと思うでしょうけど――煩悩だから、ああいう集中方法はいつものことだし、相手のペースを乱す戦い方だって昔からのことっス。
それらまとめてひっくるめたもんが、この『横島忠夫』の力の全てなんスよ。俺の霊能力なんてたかが知れてるから、まともに戦っても勝ち目がなかったわけですしね。他でカバーする以外ないわけっス」
そこまで言って、「ね?」といつもの笑顔で念を押す。膨れっ面で睨む小竜姫と、視線が交錯する。
そのまま数秒。
やがて「仕方ないですねと」ばかりにため息をつき、小竜姫が折れた。
「……わかりました。冷静に考えれば、やり方がどうあれ、一対一であなたが勝利を収めたことには変わりありません。あなたの力を認め、最後のパワーを授けましょう」
そう言って横島の影法師に手をかざすと、途端に影法師がまばゆく光り、そのまま横島の中に戻っていった。
「霊能力の総合的な出力を上げました。あらゆる点において、あなたは少なくとも中堅程度の霊能力を手に入れたことになります」
「それでも一流には届かないんスか……」
「本来なら、たいした霊能もなかったあなたが、たった2週間でここまでの力を手にした時点で異例なんです。これ以上の力となると、日々の努力次第ということになりますね」
言って、小竜姫は異界空間の出口を呼び出した。扉に手をかけ、そこで横島に視線を向ける。
「あなたの修行は、これで一旦終了となります。さっそく下山しますか?」
と問いかける小竜姫の目は、暗に「もう一晩泊まって行ったらいかがでしょうか?」と訴えていた。
「う〜ん……そうっスねぇ……それじゃ、今日一日は、死津喪比女対策について相談させてもらっていいっスか?」
「喜んで」
小竜姫はにっこりと微笑んだ。
――翌朝――
横島は小竜姫と鬼門`sに見送られ、妙神山を後にした。
『小僧。我等は貴様の戦い方を認めたわけではない』
『しかし、厳しい修行を耐え抜いた貴様の根性は認めてやろう』
「鬼門たちったら、素直じゃないんですから……でも横島さん、あなたは私の一番弟子なんですから、これからは遠慮なく訪ねて来てくださいね。死津喪比女のこと、武運を祈ってます」
という温かい言葉を受け、彼は深々と一礼し、2週間ぶりに東京へと帰って行った。
さて、目指すは御呂地岳……ではなく、『OGASAWARA GHOST SWEEP』の看板を掲げた事務所。雇い主である美神の商売敵、小笠原エミの経営するゴーストスイーパーオフィスである。
(俺がこんなとこにいるって知ったら、美神さん怒るやろーなー……)
そうは言っても、さすがに用事の内容が内容である。これから頼み込むことは完全にエミの領分であり、美神に頼むわけにもいかない。ぶっちゃけ、妖怪にだけ感染する呪い入りの特殊細菌兵器弾頭の製作である。無論、ライフル弾仕様で。
昨晩、小竜姫と色々話し合った結果、やはり花一輪でもおびき出し、細菌兵器弾を撃ち込むことによって倒すしか手はないという結論に至った。理由は極めて簡単で、どうやっても本体を直接攻撃する手段がないからである。
それならば、小笠原エミに弾頭の製作を依頼することになる。しかし横島は金がない。そう言うことなら、と小竜姫は元禄小判30枚を横島に渡した。
わざわざお金まで用意してもらうのは悪い、と一度は断った横島だったが、小竜姫は「私の初めての弟子ですから。これは修行を達成した餞別です」と言って、無理やりに小判を押し付けた。横島としても他に金の当てはなかったので、結局は受け取るしかなかったわけで。
で、その小判を引っ提げて事務所の中に通された横島は、小笠原エミに弾頭製作を依頼し――
「一発一億」
と言われて、顎がかくんと落ちた。あんた美神さんやないんやから、そんなぼったくり……と思ったが。
「日本広しといえども、この国でこの仕事ができるのは私しかいないワケ。しかも元になる細菌は、人には言えないルートを使わないと手に入れられそうにないから、自然と単価が高くなるの。おわかり?」
そう言われると、業界に詳しくない横島としては、頷くしかない。
「んじゃ、これで何発作れますか?」
「なにこれ? 元禄小判じゃない。ひぃ、ふぅ、みぃ……30枚。これじゃ足りないワケ」
「ええっ!?」
「元禄小判っていったら、美品でも一枚260万なワケ。それが30枚で、全部が美品ってわけでもないから、だいたい7000万。一発だけの製作にしても、3000万足りないワケ。出直して来なさい」
「そ、そこを何とか!」
テーブルに額をこすり付けんばかりに頭を下げた。
しかし、エミは頑として値下げには応じない。それでも粘り強く交渉した結果、後払い、あるいは弾頭の完成までに払えるのであれば応じてもいいということで、譲歩してもらった。
余談ではあるが、エミに対してはその恐ろしさを十二分に理解していたので、さすがにセクハラはしなかった。もしやっていたら、絶対に譲歩してもらえなかっただろう。
さて、そうなると残りの金をいかにして工面するか、である。しかもそこで初めて思い至ったのだが、弾頭があってもライフルがなければ意味がないのだ。
両方用意できる人間――といえば、美神令子が思い浮かぶ。というか、それしか思い浮かばん。
――だが。
(こ、怖い……! ライフルはともかく、あの人から3000万も借金!? 死ぬしかなくなるやんか!)
想像するだに恐ろしい。出来れば、他の当てが欲しいところだった。記憶にある人物を、一人ずつピックアップしてみる。
六道冥子……遠慮したい。会うだけで、物理的に命に係わる。
西条輝彦……無理。日本にGメンができるまでイギリスにいたらしい。つーか日本にいても頼みたくない。
ドクター・カオス……却下。ライフルはともかく、3000万などという金を持ってるとは思えない。そもそも、現時点で日本にいるかどうかさえ怪しい。
小竜姫……さすがにこれ以上甘えたくない。この人がライフルを持ってるはずもないし。
そもそも、小竜姫以外はまだ会ったことさえない人間だ。いきなり「金とライフル貸してくれ」なんて言ったところで警察に引き渡されるのが落ちである。
ではどうするか? やはり、美神に相談するしかないのか? それよりも良い相手はいないのだろうか?
考える、考える、考える……。
…………。
……。
…。
「…………いたよ……用意できそうな知り合いが……」
そうつぶやく横島の表情は、とても「最善策が見つかった」ようには見えなかった。
しかしあまり長く悩んではいられない。しぶしぶその『知り合い』に連絡を取ることを決定し、さっそく電話をかけると、翌日空港に迎えに行った。
『唐巣さん、お茶です〜』
「ああ、いつもすまないね、おキヌくん」
おキヌが湯飲みをお盆に載せて本堂に行くと、そこでは唐巣がしきりに頭を捻っていた。
神主一家の助けも借り、神社全体を虱潰しに調べてみた唐巣だったが、地脈堰へと続く道はまったく見つからないのだ。
『見つかりそうにないですか?』
「あるとすれば、死津喪比女を封印するために建立されたこの神社以外にないんだ。ここまで探してないとなると、あとは隠し通路の類しかないんだが……その痕跡さえ見つからない」
言って、ずず、と茶をすする。
「おキヌくんは、300年前のことを何か覚えているかい?」
『いえ、実はあまりよく覚えていないんです。死津喪比女のことで人身御供になったぐらいしか……』
「……そうか」
『あとは……子守唄ですね。
この子の可愛さ限りない
山では木の数 萱の数
尾花かるかや 萩ききょう
七草千草の数よりも
大事なこの子がねんねする
星の数よりまだ可愛い
ねんねや ねんねや おねんねや
ねんねんころりや おころりや
たぶん小さい頃、お母さんが私を寝かしつける時に歌ってたんだと思いますが……』
「温かみのある、いい子守唄だね。君はきっと、生前は愛されていたんだろう」
『どうなんでしょうか? よく覚えてませんから……。
ただ、人身御供になるって決めた時は、皆を守りたいって一心からだったのは覚えてます。愛されていたかどうかはわかりませんが……きっと私は、村の皆が大好きだったんだと思います』
「その想いこそが、君が愛されていたという何よりの証左だよ。主は『汝の隣人を愛せよ』と言いたもうたが、愛されない人間がそれをするのは非常に難しい」
『そういうものでしょうか?』
「そういうものだよ」
言って、二人同時に微笑する。
『うふふ……それにしても、神社でキリスト教の説教って、なんだか変な感じですね』
「はは。私がここにいること自体が変だからね。発言には、場所柄というものも考えた方がいいかもね」
『気にすることないですよ。……あ、もうこんな時間です。そろそろ早苗さんが下校する時間なので、迎えに行ってきますね』
本堂の外を見て、太陽の位置からだいたいの時間を推測する。ふよふよと本堂から出ようとする彼女に、
「ああ、気をつけて行って……」
唐巣のその言葉は、最後まで続かなかった。
ズズズズズズズズ…………!
突如として起こった地震が、神社を震わせた。
「地震……!?」
『あっ……!』
地震がまだ収まらないうちに、おキヌが小さな悲鳴を上げるや否や、突然その姿を消した。
「お、おキヌくん!?」
唐巣は慌てて本堂を出て、周囲を見渡す。
「おキヌくん! おキヌくん!」
霊波も一緒に探ってみたが、どこにもおキヌの姿は見当たらなかった。突然の出来事に、唐巣は困惑する。
「まさか、地脈堰か!」
タイミングからして、おキヌの神隠しは地震に連動していたように見えた。もし、地脈堰が地震に反応して、自らの一部たるおキヌを呼び戻したとしたら……!
「とするとこの地震……死津喪比女!?」
よもやあちらの方から動き出すとは。ほとんど何の準備もできていない唐巣は、悔しげに舌打ちした。
「あ……あ……あ……」
下校途中だった早苗は、地震に足を取られ、へたり込んでいた。
その視線の先には、腕を組んでこちらを見下ろす妖しい瞳。
「よ、妖怪……」
見た目は、女のようであった。しかしその下半身は、茎のような根のような姿をしており、地面から直接生えていた。
『奴の子孫かえ……娘よ、わしと共に来てもらうぞえ』
瞬間、妖怪の腕が伸び、早苗の首を鷲掴みにした。
――その頃、成田空港で人を待っている横島は、この異変に気付く由もなかった――
―――あとがき―――
急展開です。果たして横島は間に合うのか?
次回、この時点では反則級の助っ人が登場します。もう既に予想できてるかもしれませんがw
ではレス返し。
○山の影さん
>この場合、生まれてくる子供ってやっぱり「彼女」なんでしょうか?
たぶん違うでしょうねー。けど「彼女」はこれから生み出される存在ですので、横島は「今度こそは死なせない」と思っています。
○SSさん
ありがとうございますw がんばります!
○亀豚さん
>美神さんに能力のこと、秘密にするの??。 秘密にしないと、こき使われるだろうから!
給料のことその他諸々の事情により、話します。死津喪比女のことが済んだ後ですがw
○kamui08さん
>原作でも美神さんは師匠らしい事をしている所をあまり見た覚えがありません。
そうなんですよね。でも、横島は美神さんから色々な反則技を盗んでいましたしw
原作から見る私の解釈としては、霊能力の師匠は小竜姫と斉天大聖老師、商才は両親譲り、反則技の師匠は美神という感じになってます。
○万尾塚さん
はじめましてw 読んでいただいてありがとうございますw
>出会う人間全てが似て非なる他者という状況において、この絆は想像以上に強力な武器ですね。
ですねー。ですが復活後、おキヌちゃんは「彼女」が登場するまでに横島を落とすことができるのか!? がんばれおキヌちゃん!
○とろもろさん
>でも、覗きに行かなかった日があったのはなぜかな?
本文中に説明されてます^^; 覗かなかった理由のヒントは、入浴時間w
ではまた、第五話で会いましょうw
BACK< >NEXT