元気があるのは大変好ましいことです。
元気があればなんでも出来るからです。
だから、彼女は、何でもできる。
彼のためなら、何でもしようと頑張る。
そして今日もまた、彼女は彼のために駆けていく。
スランプ・スランプ!番外編 「最前線にて」
「せんせぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
「サイキック猫騙しっ!」
4畳半の部屋に轟く咆哮、広がる閃光。
時刻は午前5時半。
飛び込む少女も少女であり、瞬時に覚醒し対抗手段を取る青年も青年である。
「お前は毎度毎度、限度とか近所迷惑とか世間体とか考えられんのかぁぁ!!」
至近距離で閃光を受けた少女、犬塚シロは目を丸くして、今の今まで青年、横島忠夫の眠っていた布団の上に突っ伏していた。
「というか先生、ホントに寝ていたのでござるか? は! まさか拙者が来ることを見越してお布団に枕を2つ並べて待機していたとか!?」
「毎日毎日同じ時間に同じ方法で同じ対応してりゃ嫌でも習慣付くわぁぁぁ!!」
ごちん、と鈍い音は鉄拳制裁の香り。
「ったく、お前は本当に元気だよな。嫌味か? ってくらいによ」
「元気は人狼族の取り柄でござるからして、欠かしてはいけないふぁくたーでござるよ。シロちゃんがシロちゃんである証でござる」
「己をちゃん付けで呼ぶヤツってよ…飼い犬にちゃん付けするより百倍ムカつくよな」
横島は基本的に善人だ。スケベだし僻みっぽいし逃げ腰デフォルト仕様ではあるが、基本ステータスに善人:A というデータがきちんと備わっている。
だから、朝の5時半であろうと、自分にまっすぐ好意を向けてくるような相手を無下に追い返したりは出来ない。
毎朝の散歩は、既に何ヶ月も続いている彼の日課となっている。
さて、ここでシロの提唱する散歩の極意というのをご披露しよう。
一 駆け回ること。
二 止まらないこと。
三 跳ぶこと。
四 なるべく泳がないこと。
五 なるべく登らないこと。
六 なるべく戦わないこと。
…3つ目辺りからもうおかしいのだが、シロに問い質しても無駄だと分かりきっているため、横島は散歩の極意に一文を付け加えることで、自身の保全を図ることに成功していた。
七 他人(師匠含む)に迷惑をかけないこと。
シロと百数十回の散歩というか鉄人レースを繰り返す中で、横島は『めいわく』という言葉の意味を何度も何度も何度も教え込み、ようやく現状にまで漕ぎ着けたのである。
頑張った! 感動した! 自分にだけど!
「先生! 見ててでござるーーっ」
早朝の川沿い、堤防の遊歩道。ジョギングに興じる人々とも顔馴染みが出来たりして、横島もそれなりに朝の空気を楽しんでいた。
だらだらと歩く横島のかなり前方を弾むように歩いていたシロ。何か思いついたのか、大きく横島に手を振ってから、力を矯めるように上体を屈め、視線を川の方に向けます。
「危ないことはすんなよー」
「大丈夫でござるよ! では参る!」
一体何をする気だ、と横島もきらきらと輝く川の水面に目をやると…
人狼少女が 水面を 走って横切っていきました。
あんぐりと。横島は口を開けっ放しにして、対岸に辿り着いてガッツポーズを決めるシロを眺めるのみ。
シタタタと再び水面を蹴って帰ってきたシロは、喜色満面。
「どうでござる! この前読んだ漫画に載っていた水面歩行の極意を真似したでござるよ!!」
きっとあれだ。
右足が沈む前に左足を前に〜…という、例のです。
「………」
横島はとりあえず。
「…危ないことはすんな、って言ったよな?」
今日二度目の拳骨を、落としました。
散歩の形が初期の頃(鉄人レース)から今の形態(ちゃんとした散歩)に矯正されてから、シロは今までの散歩とは違う楽しみを見つけるようになっていた。
飛ぶように流れていた景色からでは決して見つけることの出来なかったもの。
路傍の花。
古い建物。
道路のラクガキ。
立ち止まり、観察し、質問し、ちょっとだけ戻ってみたり。
敬愛する先生と共に過ごすかけがえのない時間。
「これが…散歩の最前線なのでござるなぁ」
「なに言っとるんだお前は?」
突然呟かれたセリフに、横島は苦笑交じりの顔を向ける。シロは照れたように上を向き、大きく深呼吸して少しだけ赤くなった顔を冷ました。
ぱたぱたと揺れる尻尾が、言い切れない気持ちを代弁するかのようですが。
「何でもないでござるよ! ほらほら先生! もっと腿を上げて歩くでござるよ!」
横島の背後に回り、背中を押すシロ。
「押すな! 俺には俺のペースっちゅうもんがあるんじゃ!」
「拙者にも拙者のぺーすがあるでござるよー♪」
二人、じゃれ合うように進んでいく。
その様子はどう見ても…
「飼い主と飼い犬だよな」
「狼でござるぅぅぅぅっ!!!!」
「じゃあ飼い狼」
「なんか微妙!?」
…まぁ当然のオチですね?
おまけ。
「なあシロ…俺、お前と試したいことがあるんだ」
「へ? 拙者と…? まさか、本番もまだだというのにあぶでのーまるな緊迫したというか緊縛? な感じの先生改めご主人様と呼べなんていう展開をご所望でござるか…って、先生、その文珠は一体」
「てい」
「うきゃあ!?」
「……」
「…は、何にも変わってないでござるよ。今のは一体…」
「…シロ。本当にどこも変わってないのか?」
「はあ。いつもと同じ、元気で可愛いシロちゃんでござるよ」
「ふむ。シロ、喜べ」
「は?」
「今使った文珠はな」
「はいでござる」
「…
『犬』
だ」
「Σ (゜д゜|||)!!!???」
「だははははははは!! どんなに否定しようとお前の魂は犬であることを認めた!! お前はもう狼でござるなんて突っ込みはできんのじゃあああ!!」
「なぁああああああぁぁぁぁぁぁああ!!!!???」
「一度やってみたかったんだよなぁこれ! あーすっきりした!」
「ウソでござるううぅぅ!! 拙者は狼でござるよぉぉぉ!!!!!」
「既にそのフレーズは突っ込みではない! どちらかというとボケ! 天然も乗ったお前専用ギャグパターンじゃあ!」
「いやでごさるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!! 拙者は狼でござるぅぅぅぅ!!」
「わはははははは!! 存分にボケ倒すがよかろう!!」
「ウソだと言ってくれでござるぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
…以上、休業中の二人による、暇つぶしの情景でした。(撮影協力・人工幽霊一号)
おわり
後書き
王道が好き。竜の庵です。
短いお話を書いたので、番外という形で投稿させて頂きました。
短編をコンスタントに発表できるSS書きの方々には頭が下がる思いです…
書くこと自体は非常に楽しい作業なので、幾らでも続くのですが。独りよがりな文章になっていないか心配です。
シロのちょっとした成長とか、そんなものを感じてもらえると助かります。
それでは、レス返しをば。
SS様 > なんだかとても期待してもらえているようで、有難うございます。おキヌちゃんの話はほんとに長くなってしまったので…さすがに見直し中であります。その前に、横島妙神山修行編とか投稿するかも……かも。
柳野雫様 > 作者の考える横島像は、けっこう真面目なんですよね…シリアスとギャグの兼ね合いが難しいのです。主役級のキャラクターは性格の把握がたいへん…もっとマイナーなキャラで遊べたら、とか。横島の技は自由度が高いので、色々面白そうなことが出来ますよね。人狼妖狐のコンビの話も、掘り下げて進めたいところです。
以上、レス返しでした。励みになります、有難うございました。
次回はどうしたもんかと、悩んでいます。一応、おキヌちゃんメインの話と横島メインの話がストックとしてはあるのですが。ネタとしては、ある作品とのクロスを考えているシロ&タマモの話もあったり。
よろしければ、ご意見を寄せてもらえると嬉しい限りです。
それでは、この辺で。お読み頂き有難うございました!
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