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「人形 最後の戦い ─逆襲の美神─ (GS)」

犬雀 (2006-07-11 22:49)
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※ このお話は1年ほど前に書いた「人形シリーズ」の続編です。
以前の話を知らないと意味不明のところが多々あると思いますのがご容赦下さい。
執筆が遅れましたことお詫びいたします。

犬雀 拝


『人形 最後の戦い ─逆襲の美神?─』


最近、美神令子除霊事務所を訪ねた人たちは皆一様に奇妙な行動をとるという。
その傾向は特に美神令子の趣味とか嗜好を知る人物に顕著に見られる。
仕事の打ち合わせで訪れた西条は玄関に入った途端にアングリと口を開けたままたっぷり三分間は茫然自失としたし、ひのめとともに娘の元を訪れた美智恵にいたってはあやうく救急車騒ぎになるところだった。

それ以外にも美神令子のことをよく知らない依頼人なども玄関のドアを潜った途端に凄まじいまでの違和感に襲われて冷や汗を流していた。

理由は簡単。
美神令子除霊事務所が除霊作業という荒事をこなす最前線とはとても思えない様相を示していたからである。

誰もが先入観というものを持っている。
それはマスメディアによる印象というものもあるだろうし、各々が培ってきた経験にもよるであろう。
ましてやオカルトの世界ともなればそれなりにステロタイプ化したものが広まっているわけで、内情を知らない一般人の考える除霊事務所の印象なんて神社仏閣、またはドラキュラでも住んでいそうな古びた洋館あたりであろうか。

玄関を開けた途端に目に飛び込んでくる「ピンク地に口が×のウサギの柄の玄関マット」とか「花柄の壁紙」とか「フリフリレースのカーテン」とかから除霊事務所という場所を想像することはかなり難しいだろう。

普通こんなキーワードから連想できるのはちょいと恋愛ドリームの入った思春期の少女の部屋ぐらいである。

無論のこと、所長である美神令子の趣味ではない。
確かに彼女は派手好きだが、これは派手のベクトルが違う。
想像してみるがいい。
あの美神令子がフリフリのエプロンドレスなんか着ている姿を。
その破壊力は下手すれば子供がひきつけを起こしかねない。彼女の知人となれば尚更だ。
別に令子が不美人というわけではない。
ただ人には向き不向きがあるという話である。

では誰の趣味か?
該当しそうなのはおキヌぐらいだが、それもどうも違うみたいだ。
なぜなら彼女の趣味は意外とババ臭い…もとい地味なのである。
まあ三百年も幽霊やっていれば仕方が無いのだろう。

シロタマコンビは論外だ。
シロはもともと武士の気風を好むせいかそれともまだ子供なのか、おしゃれの類に気を使って無い節があるし、タマモも最近は居候という立場に落ち着いたとはいえ部屋を飾り立てるということに興味を持ってない。

となると誰がこれをやったのか?と言えば該当者?は一人しか残らないのである。
横島の思いつきで少女化して以来、それが癖になってしまった人工幽霊がこの惨状の犯人だった。

確かに存在が建物そのものの彼女?ならば壁紙だとかカーテンだとかを自分好みに変えるなど造作も無いこと。
多少霊力を使うが、幸いなことにここの住人は霊力が有り余っている。
その量はもしここが無人になっても300年は自分を維持できるほどだ。
その一部を使って壁や調度品をちょいと乙女チックにしたとしても彼女?の存在は揺るがない。
むしろ霊力に恋する乙女パワーが共鳴してますますパワーアップしたようにも感じられる。
それは無人なのにやたらと精力的に動き回っている掃除機の姿からも明らかだった。
時折、掃除機からモーター音の他に楽しそうな鼻歌なんかも聞こえてきて、気分はすっかり新婚若奥さんのノリである。

今日は特に機嫌が良さそうな人工幽霊だがそれにはわけがある。
実は人工幽霊は以前、令子と交渉し時給を得ることが出来るようになったのだ。
建物が何に金を使うのかといえば、それは再び人化するための新しい体の代金としてものだったらしい。

そしてついにお金が溜まり、ネット通販で注文した体 (お人形)が今日届くことになっているのである。
前回、前々回の人形は造形こそ見事だったが所詮は紙粘土。
水には致命的に弱いという欠点を持つ紙粘土。
しかし今度の人形は違う。
おキヌの協力を得てネットの海を掻い潜り、ついに目にしたそれは高級シリコン製のドール。
顔の造形は横島の好みに近いものを選んだ。人形だから違和感があるが自分が憑依してさらに文珠を使えば人間と区別できる人などいないだろう。
しかもスタイルもよい。
スペックデータでは「バスト90cm」となっている。
ぶっちゃけ巨乳だ。
これも横島の好みにピッタリだ。

そして賢明な読者の方々はもうお分かりだろうが、この人形は他の人形と比べて優れている点がある。
協力したおキヌが顔を真っ赤にしてPCの前でダクダクと泣きながらも注文した人形には…。

『下もついているのですっ!』

人工幽霊の声とともにピョコンと跳ねる掃除機。
どうやら画竜点睛が埋まったのがよほど嬉しいらしい。

『うっふっふー。これで横島さんとデートしても遅れをとることはありません!』

何に?と聞ける大人な人はこの場に居なかった。
注文したおキヌは薄々察していたかもしれないが今は自室で勉強中である。
シロタマは昼寝中、令子は事務室で書類の整理。
今ここにいるのは無人で動く面妖な掃除機だけ。
そして掃除機の操り主がこうまでも高揚しているのは、今日、新しい体の到着を横島が祝ってくれるからである。
平たく言えばデート。
横島が事務所に来るたびに『新しい体が手に入ったら街を案内してください』と頼み続けた甲斐があったというものだ。

おキヌのお古の服も三つの下僕とネズミたちの協力ですっかり新しくなった。
靴も買ってきてもらった。
化粧品や小道具の類も充分である。
用意は万全、後は新しい体、高級シリコン製のドールの到着を待つばかり。

『うっふっふっふー♪ ちゃんとリサーチ済みですー。ご休憩は二時間で5000円ですー♪』

イヤンバカンとくねる掃除機が怪しいやら艶かしいやらで、なるほどここはやっぱり幽霊屋敷であったかと思わせないでもない。
実際、配達に来た宅配便のお兄さんが真っ青な顔で固まっていたりした。


とにかくおキヌを呼んで宅配のお兄さんから荷物を受け取ると、ワクワクしながらおキヌの部屋に運んでもらう。
でっかい箱に入っているそれはいかにも高級そうで、これなら今度は水に溶けたりしないだろう。
ということは混浴もOKってな感じで膨らむ妄想。
おキヌにしてもシロたちにしても内心は複雑であるのだが、まさか人工幽霊がそこまで突っ走った野望を抱えているなど思いもよらないから嫌な予感に疼く胸を押さえつつ、日頃、何かと世話になっている人工幽霊のために一肌脱ごうと思っている。
それにこんなめちゃ高くて、ネットで見たときは「男性大喜び」と宣伝文句が上がっていた人形に興味がないわけでもない。
タマモも興味津々と言った風情でやってきて、今、おキヌの部屋ではでっかい箱を中心におキヌ、シロ、タマモ、掃除機が並んでいるという有様だった。

「えと…じゃあ開けますね。」

『よろしくです!』

力いっぱい頷く掃除機に多少引きつった笑顔を向けながらおキヌが包装紙を引き剥がす。
中から出てきたのは等身大の人形。
その造形は見る人が見れば感嘆の声を漏らすのは間違いないほど精密に出来ている。
機能的な全体のフォルム。
勇ましい肩のトゲ。
砂漠の戦いには有利そうな脚部のバーニア。
指揮官をあらわす額の角は鈍い輝きを放っている。
それよりも何よりも凄いのは大型のガトリング砲を装備したシールドまで付属していることだろう。
まさにロボット大好きな男の子なら大喜びするに間違いない立派な人形がそこには入っていた。

「これはなんでござるか?」

「ここになんか書いてあるコレって人形の名前じゃない?」

「あ…そうかも…えーと…えーと…「機動戦士ガンダム ジオン陸戦用モビルスーツ。MS−07B−3 ぐふ=かすたむ」って読むのかしら?」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

何かを堪えるように震えながら沈黙する掃除機をチラチラと見やりつつシロが慰めるように口を開く。

「格好いいでござるな…」

「そうね…」

「でも…なんか違う気が…」

別におキヌじゃなくても誰でもそう思うだろう。
横島の影響か人工幽霊は女性人格を持っているのだ。
それがモビルスーツに憑依しようとするとは思えない。
だいたいおキヌが注文したのはもっとこうなんというか人形の分際で色気が滲み出ているものだった。
間違ってもこんな色々な意味で破壊力満点のものじゃなかったような気がする。
白々とした空気が流れ、時計の秒針が無機質に三周ほどしたころ震えていた掃除機が絶叫した。

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・な…な…なんですかコレはぁぁぁ!!』

「なにって人形でござろう?」

『こ、こんなもの私は頼んでません!』

「…確かに注文してないかも…」

『でしょ! でしょ?!』

「だったらいったい誰が注文したの?」

「それは私よ!」

いつの間にかドアを開けて立っていたのは美神令子である。
その顔には彼女らしいというからしくないというか微妙な笑顔が張り付いている。
具体的に言えば夜中に見れば子供がビビる類の笑顔だ。
額には井桁が浮かんでいるし。

「み、美神さん?」

『どういうことですか! オーナー!!』

「決まっているじゃない! まがりなりにも未成年のおキヌちゃんにあんなもの買わせるんじゃないわよ! 私が注文を青少年向きに変えたわ!」

『何を言いますかオーナー! おキヌさんは300歳オーバーじゃありませんか!』

「ちょ!」

突然、人工幽霊にとんでもねーことを言われておキヌが飛び上がる。
仮にも現役女子高生に向かって300歳過ぎはねーだろと、それに300年の大部分は自分は死んでいたのである。カウントされてたまるものか!断固訂正を要求すると口を開きかけた彼女の耳に飛び込むシロの台詞。

「なんと! おキヌ殿はそんなお年でござったか! どうりで時折、ババ臭いと! うげっ!」

そちらも見ずに放った裏拳に確かな手ごたえを感じつつホッと一息つくおキヌ。
狼の少女が沈む音にあわせるように狐の少女が嘆息する。

「あいかわらず馬鹿犬ねー。おキヌちゃんが300歳なわけないでしょ。」

「そうよねタマモちゃん!」

「当然よ。こんなに若いじゃない。精神年齢はともかく。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うふふ…タマモちゃん。」

少しだけ顔に影を落としながらも笑顔でタマモに近づいていくおキヌに狐の少女も自分が何か致命的な失言を犯したことに気がついた。
逃げるべきか誤魔化すべきかと刹那悩んだタマモの頬をおキヌの白い手が菩薩の慈悲を込めて挟む。
「へ?」と首を傾げようとした瞬間、彼女の頭が僅かにぶれた。
挟んだ掌の間でミリ単位で脳を揺らされ白目をむいて崩れ落ちるタマモ。
こうして狐と狼の少女たちは二人揃って仲良くおネンネしてしまい、残ったのは天使の笑みを浮かべるおキヌと青ざめて震える掃除機と令子、そして謎の等身大モビルスーツフィギュアである。
しばしの沈黙、空気が痛いほど澄み切ってしまって呼吸をするのさえ憚られる。
だがそこはそれ呼吸の必要が無いためか真っ先に我に返ったのは人工幽霊。

『だからってなんでモビルスーツなんですか! しかもかなりマニアックなカスタム機!』

「いや機種まで知らないから…」

むしろ知っている人工幽霊の方を問いただしたい。
なんだか妙に詳しそうだし。
もしかしたらこっそり隠れて「月刊ジオンの友」とかを愛読しているのかもしれない。

『けどけど…こんなんじゃ憑依してもデートできないぃぃぃ!』

「あーら…すればいいじゃない。男の子ってロボット好きよー♪」

『くっ…そっちがその気なら私にも考えがあります!』

意地になったか一声叫んで人工幽霊はMS−07B−3へと憑依した。
赤い光と文珠のものを思わせる白い光が等身大のモビルスーツを包む。
そしてついにジオンの誇る青いカスタム機は駆動音も勇ましく大地に立った。

しかし…だけど…どういう作用であろうか?
きっとそれは横島の文珠に込められた煩悩と乙女オーラを手にいれた人工幽霊の霊力のなせる奇跡。
人の意志とはかくも偉大なのである。
立ちあがったのは箱のイラストにあるような雄々しい機体ではない。
いや見方によっては雄々しく感じられるかも知れないが、大部分の人は雄々しさよりも可愛いという印象を抱くであろう。半分以上は珍妙なというのも混じるだろうが。

今やジオンの誇るカスタム機は青い甲冑を纏った少女へとその姿を変えていた。

「ど、どういうこと?!」

予期せぬ展開に驚く令子の前で人工幽霊は部屋に置かれていた姿見に映った自分の姿をしばし見つめる。
角突きのヘルメットからはみ出た髪の毛はキラキラと日に輝き、ブレストプレートを思わせる胸部アーマーからはみ出さんばかりの乳はスイカのよう。
青いミニスカートから覗く官能的な太股。
ちょいと手が機関砲っぽいけど甲冑とはそういうものだろう。

『ふむ。これはこれでなかなか。』

「まてい!」

『コスプレと思えば問題ないかも。なんか脱げそうだし。』

「「脱げる?!」」

『ということは…脱がしてもらうもあり!! いやん♪』

「させるかっ! そんな格好で外に出て行くなんて認めないわよ!」

『人権侵害です!』、「事務所の恥でしょが!」

にらみ合う両雄の間には火花が散り始め、こりゃどうみても一戦しなきゃ収まりそうに無い。
それは当人同士も察したのか、無言のまま肩を怒らせて二人はおキヌの部屋を出て行った。
しばらく呆然としていたおキヌが、どうやら庭で決着をつける気らしいと気がついて駆けつけてみれば、両雄は背後に竜虎を従えてにらみ合っている。
すでに話し合いで解決できる状況でないのは明白だった。

『どうあってもデートの邪魔をするというのですねオーナー…』

「デートの邪魔じゃないわよ! そんな奇天烈な仮装で外を出歩かせないと言っているだけ!」

『同じことです…いきますよオーナー! 愛のために!!』

「来なさい!」

叫びとともにバッと距離をとる両雄。
先手を取ったのは戦いなれている令子。
背後に隠し持っていた霊体ボウガンを構えると狙いも定めずに発射する。
閃光のように放たれた矢はまっすぐに人工幽霊を貫くかと思われたが、彼女が背負っていた大盾に阻まれて地に落ちた。

『直撃ですか! いい腕です! 本気ですねオーナー!』

「当然よ!」

『だったら私も本気でいかせてもらいます!』

ガチョンと大盾の先を令子に向ける人工幽霊。
盾に装備された大型のガトリング砲が鈍く輝く。

「おもちゃを構えてどうするつもり!」と鼻で笑った令子だが余裕の笑みは一瞬で驚愕の表情へととって変わった。
ブォーーーンというモーターの駆動音とともに回転する銃口から放たれる無数の弾丸が文字通り弾雨となって令子を襲う。
完全に油断していた令子にはそれをかわせるはずも無く、それでも咄嗟に横に飛んだものの数発が足に当たる。

「いだっ! なにこれ!」

地面に落ちた弾丸はプラスチック製の丸まっちい玉。
いわゆるBB弾。
どうやらこのフィギュアの製作者は細部までこだわりを持っていたらしい。
木の影に退避した令子の周りに雨アラレと着弾する無数のBB弾はパチパチとやたらと痛そうな音を立てる。

『くくく…怯えなさい! 竦んでください! その体のよさを生かせないまま売れ残ればいいんです!』

「なんですってぇ!」

愛ゆえにテンションが魔道に堕ちた人工幽霊の暴言に令子のコメカミに浮かんだ血管がブチブチと異音を立てる。
しかし今飛び出せば的になるだけだ。
怒り狂っていても戦闘分析に抜かりはない。
そうでなければこの業界で生き残れない。
逆に戦いという経験において人工幽霊は令子の足元にも及ばなかった。

『あれ?』

マヌケな声とともに弾幕がやむ。
そりゃああれだけの量のBB弾を無節操にばら撒けばものの数秒で弾切れになるだろう。

「今度は私の番よ!」

飛び出し様に神通棍を抜く令子。
接近戦となれば人工幽霊に勝ち目は無いはずとの思いが神通棍の柄を握る手に力を込める。
目指すは一撃で行動不能。
大盾は厄介だが馬鹿でかいガトリング砲のおかげで細かい取り回しは出来ないだろう。
死角も増える。
ならば斬撃より刺突あるのみとまっすぐに神通棍を構えたまま吶喊する。

神通棍が一撃必殺の念をこめて突き出されるより早く人工幽霊が大盾の先端を令子に向けた。
弾切れのガトリング砲はいつの間にかパージされている。

「それで防げるつもり!   おうっ!?」

今まさに神速の突きを見舞おうとした令子の鼻面に炸裂するは大盾の内側に内蔵されていたランチャーから放たれた火球。
必死に首を捻ったおかげで顔面直撃は免れたが連続発射される火球は令子自慢の髪の毛を一束ほど焦がして飛び去るとパチパチと夏の夜空ならそれなりに綺麗な火の花を咲かせて散っていく。

「ちいぃぃ!」

ポンポンと景気が良い音とともに連射されるからには連発式の花火の類だろう。
このフィギュアの製作者はどうやら武器に関しては妥協がなかったらしい。
それでも花火ならばいずれは弾切れになるはずと距離を開け様子を伺う令子に人工幽霊は不敵な笑みとともに盾からズラリと青龍刀に似た大段平を引っこ抜いた。
自身の霊力かはたまた乙女の愛の力か、ブォンと赤く輝く大段平を正眼に構える人工幽霊。

「ちょっと! その盾はどんだけ武器が仕込んであるのよ!!」

『白兵戦仕様を射撃戦にも対応させたカスタム機ですから!』

「意味がわかんないわよっ!」

『いきまーす!』

ドタバタと騒々しい音とともに突っ込んでくる人工幽霊。
無論のことだが彼女に体術や剣術の技能は無い。
そんなものは幾度と無く死線を乗り越えてきた令子にとって一目瞭然である。
だが人工幽霊が言う「カスタム機」と言うのがどんなものかは知らないが、あの言いようであればまだ隠し武器があるかも知れないと距離をとることにした。
慎重なのに越したことは無い。
さっきの花火弾も令子だから髪の毛一束の犠牲でかわせたのである。
おキヌならアフロ化は避けられなかっただろう。

『うえっ?!』

「は?」

距離をとるために後ろに飛びさがった令子の前で人工幽霊は気の抜けた悲鳴とともにひっくりこけた。
その弾みで手からすっぽ抜けた大段平が令子目掛けて飛んでくる。

「危なっ!」

体を捻ってかわしたものの予期せぬ攻撃にバランスを崩す令子。
その瞬間、こけたままの人工幽霊の右手が大きく動いた。

風切り音とともに令子の目に映るのはかすかな煌き。
それが分銅のついたワイヤーであることを脳が判断する前に彼女の反射神経は身を屈めさせた。

慣性の法則で宙に残った幾本かの髪の毛を切断して頭の上を通り過ぎるワイヤー。
どうやらコレが最後の隠し武器だったのか人工幽霊の顔が絶望に歪む。
令子は一歩前に踏み出すと倒れたまま右手を伸ばしている人工幽霊に勝利を確信して神通棍を構えなおした。

「勝負ありね…。大人しく建物に戻りなさい!」

『いいえ…まだ負けてません。』

「負け惜しみを!」

『初撃をかわせた目のよさが命取りでしたねオーナー!!』

「なんですって?!」

出来の悪いフェイクだとは思うが目だけで周囲をうかがう令子の顔面に死角から飛来したのは先ほどの分銅。
どうやら一撃をかわされるのは計算の上、外れた分銅は近くの木にワイヤーを巻きつけ、そこを中心として円運度を続けていたらしい。
しかも木を中心としたことで半径が小さくなった分銅は人工幽霊が放った時よりも速度を増し、令子の顔面にスパカーンと小気味よい音を立てて着弾した。

その衝撃に顔の真ん中あたりからキラキラと赤い虹を撒き散らせて仰け反った令子はついに力を失い倒れ、こうして愛とプライドを賭けた死闘は終焉を告げたのである。

『ふう…手強い相手でした。さすがですねオーナー…』

鼻から流血しつつグルグル目で気絶している令子をヨロヨロと近づいてきた人工幽霊が痛ましげに見やる。
チラッと見ただけだが分銅は一応ゴムでコーティングしてあるしたいした怪我ではないだろう。
自分の住んでいる家と喧嘩して負けたとなれば令子のプライドの方はズタボロかも知れないが、人工幽霊とて乙女の愛を賭けた戦いだったのだ。
手加減は無用である。
それは戦士に対して侮辱でしかないではないか。うん。完璧。…と自己完結して彼女は時計を見た。

『あああ! もうこんな時間! 着替えている暇はありません! 横島さんをお待たせするなど万死に値する行為!』

アタフタと段平だのガトリング砲だのを回収すると呆然としたまま立ち尽くすおキヌに『オーナーをよろしく!』と言い残して人工幽霊はガッキョンガッキョンと走り去っていった。


一方、その頃。
横島は待ち合わせ場所の商店街のベンチに座ってボーッと缶コーヒーなんか飲んでいた。
夏の盛りということもあって冷えた缶コーヒーが喉を通る感触が心地よいにも関わらず彼の表情は微妙に暗い。

確かに今日は人工幽霊が新しい体を手に入れるから街を案内する約束になっている。
それに関しては異存は無い。
約束である。
しかしどんな体でやってくるかは聞かされていない。
探りを入れたら人工幽霊は『おめかししますから楽しみにしてくださいねー♪』としか言わないし、おキヌに聞いてみれば顔を真っ赤にして逃げだすという有様だ。
そんな事実が彼の不安感を極限まであおっている。
前もって渡しておいた文珠の力があるから人形のままで動き回ることは無いだろうとは思うがやはり何か不安だ。
『人』という文珠の効果である程度の時間なら普通の人間と区別つかないぐらいに人間らしく見えるようになるのは実証済み。
だが材質によってはやはり違和感が生じるのもまた事実である。
過去に作った紙粘土製の人形はコケれば鼻や乳が潰れたりもした。
もし人工幽霊の言うお人形がワラ人形だったとしたら自分はワラ人形と仲睦まじく街を徘徊するという苦行を強いられるのである。

「まあいくら何でもワラ人形は無いだろうが…」

自分を安心させるように呟いて残りのコーヒーを喉に流し込んだ途端に背後から聞こえてくるのは自分を呼ぶ声。
それと同時に聞こえるガッチョンガッチョンという異音。

振り向くべきか振り向かざるべきか。
彼とて霊能者だ。霊感はある。
そしてその霊感は「振り向かずこの場を一気に離れろ!」との警告を最大レベルで発している。
しかもよく見れば自分の前を歩く通行人たちが皆、唖然呆然と自分の背後を見ているではないか。

悪い予感はどうやら現実化しつつあるらしい。
ならば離脱しようと立ち上がった時、背後からの強烈なタックルが横島を三メートルほどぶっ飛ばした。

『ああああ…すみません横島さん! まだバーニアの使い方がよくわからなくて! お怪我はありませんか?!』

「バーニアってなんじゃい!」と振り返った横島の顎がカクンと落ちる。
そりゃあ白昼の商店街にどっかで見たような未来的な甲冑に身を包んだ乙女が居れば誰でもそういう反応をするだろう。
流石に色々と珍奇な体験をしている横島にとってもこのカスタム機仕様の乙女は思考力を消し飛ばすだけの破壊力を持っていた。

「な、な、な、なんでザクがここにいぃぃぃ!」

『ザクとは違うんです! ザクとは!!』

「んなことは聞いてないっ! なんだその格好は!!」

『これには深いわけが…』

俯きボソボソと口を動かす人工幽霊。
どんな事情があったかは知らないけど周囲から降り注ぐ視線はドンドン痛さを増してくる。
ここは見知った町内の商店街だ。
長居すればどんな噂が立つか知れたもんじゃない。

「知るかっ! 俺は帰る!」

『ええっ! デートの約束はーーー!!』

「モビルスーツとデートする謂れは無い! 見てみろ周りの人たちの痛い視線を!」

横島の抗議に人工幽霊は「我が意を得たり」とばかりに笑みを浮かべた。
その顔が少女らしくて横島の胸が一瞬ドキっと高鳴る。
だが彼女の口から出た言葉は恋する少女にしてはかなりブッ飛んでいた。
商店街の裏手にある昼だというのに華美なネオンを煌かせる宿泊施設を指差して少女は叫ぶ。

『だったら人目につかない場所へ行きましょう! 例えばほらアソコとか! 今ならご休憩で二時間5000円です! ドリンクも一本だけならサービスです! ちゃんと調べておきました!』

「あほかぁぁぁぁ! モビルスーツ相手に俺になにをすれというんじゃぁぁ!!」

『脱げますよコレ。』

「まじか?!」

一瞬で真顔に戻る横島に人工幽霊はニッコリと笑うと計算なのか天然なのかその身をすりつけてくる。

『マジです。今なら何をしてもオールオッケーですよー♪ 大サービスしちゃいますよー♪』

「ぐぬぅ…男の急所を的確に突いて来るとは…」

『ほれほれ…横島さんの文珠のおかげで柔らかいですよー。人肌ですよー♪』

例え見た目がモビルスーツでもグニュグニュと肘に押し付けられる乳の質感は、耳にかかる吐息の甘さは、横島の煩悩に火をつけるのに充分の威力を秘めていた。

「ぬおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

『きゃっ♪』

雄叫びを上げ自分をお姫様抱っこで抱きかかえ走り出す横島の首にしがみつきながら、嬉しそうに微笑んでいるモビルスーツを商店街の人々はただ口を開けたままで見送るしかなかった。


走ること数分、ついに横島と人工幽霊は男と女がラブゲームを繰り広げる特殊な宿泊施設の門を潜る。
一度割り切れば横島の煩悩は全開フルパワーである。
今回はヤったら死ぬとか消滅とか物騒な制約は無い。
しかも相手もソレを望んでいる。
無骨な甲冑に身を包んでいるとはいえ中身はすこぶるつきの美少女。
ここで引いては男がすたる。
そんな甘い男じゃないぞ俺はってなもんだ。

だがしかし、心のどこかでなけなしの理性が「これでいいのか俺よ?」と盛大に叫んでいる。
初体験が人形。
人化しているとはいえ自分の文珠で作った人形である。
ぶっちゃければそれなりの道具というか南極奥さんを使った自家発電と変わりないではないか。
そんな初体験でいいのか俺?と囁く理性。

そんなかすかな理性も物珍しそうに壁一面の鏡を見たり、ベッドサイドのボタンを弄り回している人工幽霊の前では嵐の前の蝋燭の灯火にしか過ぎなかった。

ベッドの上でプリプリと揺れるミニスカのお尻に抵抗できる男は居ない。
むしろ居てはいけない。うむ断定。
とりあえず後はどうあれ小難しいことはヤってから考えればよろしい。
偉大な先人も言っておられるではないか「案ずるよりスるが易し」と。
まずは大人の階段登るシンデレラボーイになることが先決なのだ まる。

だがタナボタのこの状況で臨機応変に対処するには横島は若すぎ、人工幽霊は未熟すぎた。
しばし不思議な建物の構造に興味を引かれたのか、ベッドから降りて壁だの鏡だの備え付けの冷蔵庫だのを弄り回していた人工幽霊の肩が突然、力強くつかまれる。
肩に伝わる男の熱さと情熱に思わず怯む人工幽霊の体がぎこちなく震える。
不安と期待に体を固くする少女に横島は遠慮会釈無しに囁いた。

「脱いでもらえませんか…モドモワゼル」

『え? あの…横島さん…ここはなんて言うかもうちょっとムードとか…あの…せめてシャワーなんか…』

『一緒にどうですか?』と言いかけて人工幽霊は理解した。
目の前の男から理性と呼ばれるものが完全に消失していることを。
ならばとうに覚悟は出来ている。
この体を…いや、前に横島に粘土の体を作ってもらい、彼とともに過ごしたほんのわずかな時間だけど、思えばその時からきっとこんな時間と空間を望んでいたのだ。
仮初でもいい。
今は彼の温もりをこの体に、いや、魂に感じたい。
その思いは嘘ではない。きっと誰にも負けない。負けたくない。
だから彼女は小さく頷くと目を閉じ、頬を染めて体を覆っている無骨な甲冑を外した。

ガチャンと金属音とともに足元に落ちる胸甲、するりと落ちるスカート。
彼の目に自分どう映るだろうか。
羞恥よりも不安に揺れる心を抱きしめて彼女は横島の言葉を待つ。

そして…


「こんなこったろーと思ったわい! ちくしょー! なんだかとってもチクショー!!」

『ふえ?』

予期せぬ台詞に恐る恐る目を開けてみれば、血涙を流しつつ身も世もあらぬとばかりにベッドの上を転げまわる横島の姿。
自分の何が彼をそんな絶望の海に叩き込んだのかと思って、鏡に映った何一つ纏わない己が裸身を見た人工幽霊もまた絶望の悲鳴を上げた。

『なんですかコレわぁあぁぁぁ!!』

そこに映っていたのはモデル並みのプロポーションを持った美女の裸身。
だが…乳首とかへその下の肝心な部分とかはすっぽりと欠落していて。
ぶっちゃけのっぺらぼう。
まあそれも当然。
元々の人形はモビルースーツのリアルフィギュアである。
甲冑少女となっていたのは横島の煩悩の固まりと人工幽霊の乙女パワーのせいなのだ。
そして当然だがモビルスーツフィギュアの製作者はこんな使い方を想定してはいない。
故に肝心な部分は横島と人工幽霊の知識によるところが大きかった。
しかしそれは複雑な事情で人化したためにかなり歪んだ形で発現し、結局のところ究極的に女体の神秘や人体に疎い二人にはリアルに再現できるはずもなく、甲冑の下は単なるノッペラへと成り果てていたのである。

もし横島が文珠を使っていれば乳首ぐらいは再現できただろうが、今となってはどうしようもない。

だから…。

二人はえぐえぐと泣きながら肩を組み「「せーの」」で声を合わせて叫ぶのだった。


『「ビデ倫の馬鹿あぁぁぁぁぁ!!!」』


その後、二人とそれをとりまく人々がどうしたか…それはまた機会があったらお話しすることにしよう。
今はただこの未熟なカップルに幸せがあるようにと祈りつつ、通りすがりの雀は一人涙を流すのである。


おしまい


後書き

ども。犬雀です。
えーと…まずはいきなり謝罪をば。

すみませんでしたー。いきなり一年前に書いた短編の続きです。
ですからこの話だけでは意味がわかりません。
投稿すべきかどうか悩みましたが、とりあえず我侭言わせて頂いて投稿させていただきます。
これで人形三部作は一応の完結ということになります。

いやもう本当に1年もほったらかしですみませんでした。


ではでは


1>k82様
ああ。そういう展開も面白そうですね。(笑

2>黒覆面(赤)様
はいです。おキヌちゃんは優しい娘なのです(笑)

3>ヒガンバナ様
ども。であります。(笑)

4>ヒロヒロ様
なるほど…確かロビンさんの息子でしたかね(笑)

5>十六夜様
白く壊すとこんな感じに(笑)

6>サスケ様
こちらでは初めましてです。
犬もサスケ様のイラストには常に鼻血を吹かせていただいております。
解釈に関しては読者様に全面的におまかせです。(笑)

7>水城様
元ネタはジェイコブスという方の小説であります。
あれは今読んでもかなり怖い話ですな。でも犬は怖い話が書けないのであります(笑)

8>ナガツキリ様
美神さんと猿の手…ある意味、嵌まりすぎというか(笑)
ちょっと考えてみたら相当怖いストーリーになっちゃいました(涙)

9>いしゅたる様
初めましてです。
そうですね栄養状態のいい現代日本では彼女の乳にもまだ未来が…(笑)

10>kamui08様
疑心暗鬼は時として人を不幸にしますものねぇ…。

11>aki様
吸肉鬼ですか?(汗)
実は美少女吸肉鬼ってなネタを考えてあるんですが、使いどころがなくて躊躇しております(笑)

12>ばやん様
さてどちらでしょう?
そこは読者の皆様の判断にお任せというか、作者投げっぱなしというか(笑)

13>柳野雫様
ベタなギャグは王道なのです!と開き直ってみる(笑)
やはりおキヌちゃんには幸せが似合うと思うのです。
犬もたまにはイジメ以外のネタを書きたいのです…と言いつつイジメネタを考えてたり(笑)

14>ncro様
うけけ…ホラーと感じてくださいましたか。犬、作者冥利につきるであります。(笑)

15>TA phoenix様
過分なお褒めありがとうございます。
GS二次創作界にはおいてはまだまだ犬は未熟者でありますれば、今後も出来る範囲で頑張ってみたいと思います(微妙に弱気)

16>純米酒様
うけけ…さて犬の真髄ってなんでしょうか?としばし考えると「エロい」と言う言葉が出てきました。
お褒めの言葉、感謝であります。

17>ヴァイゼ様
うむ…確かにやったもん勝ちですな。
ということで今回は人工幽霊にやったもん勝ちをやってもらおうとしてやってもらえませんでした(なんのこっちゃ?)

18>むーみん様
どうもありがとうございます。
山は休日に晴れていたら顔を出してます。
この間はニジマスとクマさんに50メートルほど離れて会えました。おしっこでちゃいそうでした。(汗)

19>偽バルタン様
元がホラーですのでちょっと猿の手をお茶目にしてみました。(笑)
愉しんでいただけたようで幸いです。

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