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▽レス始

「光と影のカプリス 第12話(GS)」

クロト (2006-07-04 18:06)
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 そして横島対鬼道戦の開始時刻。横島は当然コートに現れていたが、はっきり言って気が重かった。
 vs鬼道・雪之丞・勘九郎の3連戦なんて無茶すぎる。今すぐにでも逃げ出したかったが、それではGS資格を失うし、小竜姫の依頼も放り出す事になってしまう。もちろん魔鈴との夕食もパーだろう。
 というわけでかなり後ろ向きな心境で結界に入った横島に対して、相手の鬼道は実に前向き、気力も霊力も十分だった。横島とカリンの姿を見て目を細める。

「なるほど、考えはったな横島はん」

 横島とカリンは例の手甲を片方ずつ付けていたのだ。左右で一対と認められたからこその裏技である。カリンにはちょっと大きかったが、使えないという程ではない。
 おそらくカリンが素手では夜叉丸には対抗できないと踏んだのだろう。しかし手甲を両方とも渡してしまうと、今度は横島自身が無力化して格好の攻撃対象になってしまう。片方ずつ使えば2人ともそこそこ戦える、というわけだ。
 それならいっそ陰念戦の後半のように横島が1人で戦っても良さそうなものだが、たぶん自分と戦闘スタイルを合わせてきたのだろう。あるいは夜叉丸は魔装状態の陰念に比べると破壊力は劣るが速さと戦闘技術でまさるので、相性が悪いと思ったのかも知れない。
 いずれにしてもよく考えて来たものだと思う。

(しかしそれだけで夜叉丸に勝てると思ったなら甘いで……!)

 鬼道が夜叉丸を影から出して戦闘態勢に入る。奈良時代の武官のような服を着た人型の式神だ。

「試合開始!」

 審判の合図と同時に横島と鬼道が後ろに下がり、カリンと夜叉丸が前に出る。夜叉丸が体ごとぶつかるような勢いで右拳を繰り出した。

「―――!」

 カリンは素早く半身の体勢を取ると、右腕の手甲に左手を添えて夜叉丸の拳をがっちりと受け止めた。体格とパワーで劣っているので、まずは装備品を生かして武器破壊を狙ったのである。横島が煩悩全開状態ならスピードで圧倒できるのだが、残念ながら今の彼の霊力は陰念戦の時と同じぐらいだ。当然金縛りも破術も効くまい。
 激しい衝突音が響く、が夜叉丸は痛痒を感じたようには見えなかった。
 彼の手は見た目よりずっと頑丈なのだ。式神対決の時もアンチラの耳の刃を受けてもちょっと痛い程度で済んだのだから。真銀手甲をへこませるほど強くはないが、2発や3発殴ったくらいでいかれるほど弱くもないのである。

(―――重い!?)

 カリンは危うく姿勢を崩すところだったが、後ろ足を踏ん張って何とか耐えた。とはいえこんなものをまともに食らったら大ダメージになりそうだ。どう戦うべきか?
 その間に夜叉丸は次なる攻撃に出ていた。今度はボクシングのジャブのような軽快なパンチの連打である。先ほどの試合では蹴りも使っていたが今は出して来ないのは、足の方は手ほど丈夫ではないからだろうか。
 しかしカリンとていっぱしの武芸者だ。その連撃をかいくぐって鋭い後ろ回し蹴りを放つ。夜叉丸はそれを片腕でブロックした。

「ひえー、格闘マンガみたいな展開……」

 カリンの後ろで横島が情けない声をあげる。
 彼は現在特にすることがなかった。回り込んで鬼道に襲い掛かることも可能だが、不用意なマネをして夜叉丸に攻撃されたらひとたまりもない。おとなしく下がっている方が賢明であろう。
 鬼道の方も夜叉丸をコントロールするのに霊力と注意力を集中しているので、手甲をつけている横島に自分から挑む気はなかった。
 そのため、コートの中央で影法師と式神だけが殴り合いを繰り広げる、という構図になっている。

「今度はこちらから行かせてもらうぞ!」

 いったん間合いを取ったカリンが真っ直ぐ突っ込む、と見せかけて体を横に振って回り込んだ。右側から手甲付きの正拳を放つ。

「―――甘いで!」

 しかし夜叉丸の反応は速かった。
 カリンは夜叉丸より小柄かつ素早いので、相手が彼だけなら幻惑できたかも知れないが、夜叉丸には背後に鬼道が控えていた。
 鬼道の位置からだとカリンの動きは全部見えるのだ。カリンらしくないミスだったが、式神使いと戦うのは初めてなのでやむを得ないことだろう。
 夜叉丸がカリンに向き直って前蹴りで迎え撃つ。カリンはとっさに左腕で受けたものの、かなりの衝撃で後ろに吹き飛ばされた。

「い、痛ぇ!?」

 突然腕を襲った痛みに横島が悲鳴をあげる。
 影法師使いの弱点は術者が霊的に無防備になる事だけでなく、影法師が受けたダメージがそのまま術者に伝わる点にもあるのだ。
 それにもめげずに、と言うべきか。横島がさっと跳んでカリンの背中を抱きとめた。

「大丈夫か?」
「あ、ああ。すまんな、横島」

 カリンの言葉は助けてくれたお礼と自分のミスで痛い思いをさせた事への謝罪の2つの意味があったが、それを横島はどう解釈したのか。痛みのない右腕でいきなりカリンの乳房をにぎった。

「☆*¥@#〜〜〜!?」

 カリンが飛び上がって横島の腕から逃れ、その頭頂部に左拳で制裁を下す。右手を使わないのはせめてもの慈悲だった。

「し、試合中に何を考えてるんだおまえは!」
「……そやな。もう少し真面目にやってもらえるか、横島はん?」

 カリンだけでなく鬼道もあきれ返って顔全体に縦線効果が入っている。警戒するという事はそれだけ相手を評価しているという事でもあるから、情けない真似をされると失望してしまうのだ。しかし横島は昂然と顔を上げると、いたって真剣な表情で言い返した。

「俺はいつでも真面目だぜ!? さあ行けカリン!!」

 ずびしっと鬼道に指を突きつける横島。鬼道には何が何だか分からなかったが、カリンは「自分のこと」だからすぐに理解できた。

「確かにな。半分だけは真面目だぞ鬼道殿!」
「……速い!?」

 夜叉丸に突っ込んで来たカリンは、さっきまでより一回り動きが速かった。パンチも重くなっている。

「わはははは、俺は煩悩を霊力に変える男! 今の乳の感触でパワーが上がったのだ!」
「んなアホな!」

 鬼道にとって理解の範疇を超えた台詞だ。凄いんだかバカなんだか分からないが、ともかく非常識すぎる。意表を突かれた夜叉丸は胸に一撃を受けてたたらを踏んだが、横島の方も胸を1回触っただけでは煩悩パワーもそう長くは続かない。

「横島、気を抜くな! 霊力が下がったら負けるぞ」
「だって、あれだけじゃ刺激が足りんし」
「「アホかーー!」」

 カリンと鬼道の突っ込みがきれいにハモる。そして鬼道は横島をライバル視していたことを微妙に後悔しつつ、勝負を決めに出た。長期戦になったらまたどんな奇天烈な技を使ってくるか知れたものではない。多少のリスクは覚悟して、早めに試合を終わらせようと思ったのだ。

「行け、夜叉丸!」

 夜叉丸をカリンと横島を結ぶ線の延長上に移動させ、全力で突進させる。これでカリンは避けるわけにはいかなくなった。
 やむを得ず踏みとどまったカリンの顔面にパンチを打つ、と見せかけてガードしに来た右腕をつかむ。

「しまった……!」

 鬼道の意図をさとったカリンが青ざめた。右腕を取られては手甲が使えないし、フットワークも殺されてしまうではないか。

「もらったで!」
「く……!」

 夜叉丸の右膝がカリンの脇腹に迫る。カリンは肘打ちで叩き落したが、そのせいで頭部ががら空きになった。

「がっ……」

 熱い痛みが頬ではじける。夜叉丸の右拳で殴られたのだ。
 負けた、とカリンは思った。今の衝撃は横島にも伝わるから、彼は倒れてしまうだろう。
 しかし確かに横島はよろめいて跪きそうになっていたが、まだ終わってはいなかった。何故ならこのままでは相棒がサンドバッグにされてしまうから―――。

「うおおおおーーっ!!」

 横島は駆けた。ただし夜叉丸ではなく鬼道に向かって。
 鬼道を倒せば夜叉丸は影に戻るか制御を失うか、いずれにせよカリンへの意図的な攻撃は止めるはずだ。もちろん試合も横島の勝ちである。夜叉丸を攻撃するよりは勝算は高い。

「横島……!?」

 横島がまだ動けたことにカリンは驚いた。まさか自分が諦めた勝負を横島がまだ捨てていなかったとは。
 夜叉丸が再び右膝を上げてきたが、カリンは同じように肘で防いだ後、頭突きでパンチをかわすと同時に夜叉丸に一矢報いた。ここで自分がもう1発もらってしまったら、今度こそ横島は耐えられまい。せめてあの特攻が終わるまでは持ちこたえたかった。

「速い……!」

 鬼道も横島の気迫に驚いたが、彼にとって幸いなのは、その突進は1度見ているという事だった。しかも横島の攻撃は手甲を使ったパンチだと分かり切っている。
 鬼道は式神の制御については日本一と言っていい腕前だ。ぎりぎり暴走しない程度にコントロールを緩め、浮いた分の注意力を横島に回す。

「ボクだって、霊的格闘ができんわけやないんやで……!」
「おおおおっ!!」

 2人が同時に拳打を繰り出すが、打撃音は1つだった。
 やがて横島が膝からくず折れて倒れたが、立っている鬼道も息は荒い。今の攻防で心気を使い果たしたのだろう。

「横島はん……あんさん、怖かったで」

 鬼道がそう呟いて夜叉丸を影に戻した。カリンも敗北を認めて横島の中に戻る。
 審判が鬼道の手を挙げて試合終了を宣言した。

「それまで! 勝者、鬼道選手!!」

 やはりというか。いつかカリンが予想した通り、今の横島達では鬼道にはかなわなかったのである。


 横島が目を覚ましたのは、会場の中の医務室のベッドの上だった。冥子の式神のショウトラが頬を舐めてヒーリングをかけてくれている。

「負けた……んだな、俺」

 別に悔しくはなかった。年齢的にも修業量的にも負けて当然の試合だったのだから。唐巣や魔鈴なら健闘をたたえてくれるだろう。

「あ、気がついたのね〜〜〜、横島クン〜〜〜」
「はい、ありがとうございます」

 なぜか紺色のメイド服で救護班をしている冥子に横島が礼を述べる。冥子は屈託なく頷いて、

「ううん、お仕事だから〜〜〜。ところで横島クンってお姉さんいるの〜〜〜?」
「へ?」

 何の脈絡もなく妙なことを聞かれて横島は不思議そうに首をひねった。

「いえ、1人っ子ですけど……何でっスか?」
「だって寝言で〜〜〜、ねーちゃーーん!って叫んでたから〜〜〜」
「……すいません、忘れてくれると助かります」

 寝言でまで煩悩を忘れぬとは、我ながら感心するやら呆れるやら。とりあえずあまり突っ込んでほしくはなかった。

「は〜〜〜い。ところで横島クン、体は大丈夫〜〜〜?」
「あ、はい。もういいっス」

 まだ痛みはあるが、もう試合もないのだし大したことはない。

「そう〜〜〜。じゃ、冥子ほかのお仕事があるから行くね〜〜〜」

 と冥子が部屋を去るのを見送った後、横島は軽く息をついた。

「これで仕事は失敗かな?」

 横島の計画では、彼が雪之丞を医務室送りにした後、見舞いと称して唐巣と小竜姫と3人で押しかけて自白させる予定だった。しかし横島が雪之丞と対戦しないのではどうにもならない。

「ま、しょーがねーか。もともと無理があったしな。俺みたいに寝言でメドーサ様ーーー!とか叫んでくれりゃ楽なんだけど」

 お気楽にそう呟いた後、はっと気づいた。別に雪之丞や勘九郎を医務室に送り込む役は横島自身でなくてもいいのではないか。要は寝言でも何でも彼らの口からメドーサという言葉を出させればいいのだ。もちろん2人が彼女の手下と決まったわけではないが……。

「ふっふっふっ、いいことを思いついたぞーー!」

 横島は何やら危険な笑みを浮かべながら、夢遊病者のような足取りで医務室から出て行った。


 その数分後、横島はまた無人の控え室に現れていた。
 持って来たカバンから携帯電話を取り出すと、自宅の番号をプッシュする。タマモには電話は取るなと言ってあるが、横島自身からのものは当然例外である。
 優雅に午睡を楽しんでいたタマモが呼び出し音で目を覚まし、発信者番号を確認して受話器を取った。

「はい、もしもし」
「おう、タマモか。実はおまえに頼みたいことがあるんだ」
「え、私に?」

 訝しがる狐の少女に、横島は自分が考えついた策を説明した。タマモはものぐさそうに首を振って、

「何で私がそんな事しなきゃならないの? 別にそいつらが合格しても横島が失格になるわけじゃないでしょ?」
「……」

 保護者に対して何という言い草か、しかし今はタマモの力が必要だ。今夜は魔鈴とディナーを共にする約束がすでにあったが、血の涙を飲んでそれを捨てた。

「仕事が成功したら今夜は祝いに『朧寿司』に行くつもりだったんだけど、失敗になったら取りやめだな。昨日の夕飯より5倍高い店なんだが残念だ」
「何うだうだ言ってるの横島、さっさと行動に移るわよ」
「……」

 掌を返すように、という言葉の生きた見本を見せつけられた横島は激しく脱力したが、説得の成功は喜ぶべき事だ。気を取り直した横島は待ち合わせの場所を決めると、電話を切って控え室を後にした。


 武道館の裏で待っていた横島の頭上に、1羽のツバメが舞い降りる。横島の目の前でぽんっと煙を散らせたかと思うと、その後にはポニーテールを9本結わえた美少女が立っていた。言うまでもなく、彼の要請でやってきた金毛白面九尾の妖狐、タマモである。鳥に化けてここまで飛んで来たのだ。
 妖怪である彼女がGS試験会場に来るのは好ましくなかったが、もう人もだいぶ減っているし、彼女の変化を見抜ける者は少ない。それに万が一妖狐とバレても横島のそばにいれば大丈夫だろう。

「来てあげたわよ。これからどこに行くの?」
「この中だよ、もう鬼道と雪之丞の試合が始まってるからな。大丈夫だとは思うが、俺のそばから離れるなよ」
「うん」

 と並んで武道館の観客席に入っていく横タマ。
 雪之丞はすでに魔装術を発動して、夜叉丸と激しい空中戦を展開していた。ときどき離れて鬼道に霊波砲を放つが、鬼道は夜叉丸をうまく動かして防がせている。
 接近戦では夜叉丸に分があったが、彼は飛び道具を持っていない。両者ともかなり疲弊しているが、横島の目にはおおむね互角であるように見えた。

「うわ、ド派手にやってるわね。横島もあんな事したの?」

 タマモの声には多少の嫌悪感が混じっていた。
 彼女も「狐は狩人」を自認しているが、だからと言ってこんなガチバトルが好きなわけではない。狐の狩りは偽装して獲物に近づいたり、相手の好奇心を利用して誘き寄せたりといった知略を駆使した方法がメインなのだ。タマモ自身はクールで負けず嫌いな所もあるが、本質的には平和愛好者である。

「ま、仕方なくな。それより神父と小竜姫さまを探そう」

 いくら何でももう戻っているはずだ。横島が辺りを見渡すと、帽子で角を隠した小竜姫と資料を膝の上に置いた唐巣が並んで観戦しているのが目に映った。
 横島が近寄って声をかけると、唐巣は彼の接近に気づいていなかったのか、はっとした顔で振り向いた。

「ああ、横島君か。姿が見えないからどうしたのかと思っていたが……君たちの試合はどうなったのかね?」

 問われた横島は自分もピートも3回戦で敗れたことを説明した。陰念の魔装術について語ると、小竜姫も雪之丞の技がそれである事を見抜いていたようで、

「そうですね。でももし彼らが契約したのがメドーサなら、そう簡単に口には出さないと思いますが……」
「作戦があるんスよ。まずは雪之丞に医務室に行ってもらってですね……」

 と横島が小声で秘策を説明する。唐巣と小竜姫はその小狡さに呆れたが、反対できるほど状況は生易しくない。このまま手をこまねいていたら、メドーサの手下が誰であるのか全く分からないまま試験が終わってしまうのだ。
 ただその策を実行するに当たっては問題点が1つあった。

「しかし鬼道君が雪之丞に負けたらどうするんだね?」
「それは大丈夫っス。もし鬼道が負けたら小竜姫さまが雪之丞を闇討ちしてくれれば問題ないかと」
「え。そ……それは」

 その闇討ち作戦が横島の切り札だったのだが、彼に顔を向けられた小竜姫はびくっと肩を震わせた。
 彼女には「超加速」という特殊技術があるから、人に知られる事なく雪之丞を負傷させるのはたやすい。しかし仮にも神族である自分が、いまだ容疑者に過ぎない人間に大ケガをさせるのはいかがなものか。

「だってそうしないと雪之丞と勘九郎で優勝争いになっちゃいますよ。それはまずいんじゃないっスか?」
「うぐぐ……」

 確かに横島の言う通りである。他に怪しい者は見当たらなかったし、もし彼らがメドーサの手下なら優勝と準優勝を取られるのは宜しくない。
 任務と倫理観念の板挟みになってうめいている小竜姫を見かねて、唐巣が助け舟を出した。

「まあまあ小竜姫さま。まだ試合の途中ですし、しばらく様子を見ましょう」
「そ、そうですね。鬼道さんが勝ってくれれば済むことですし」

 小竜姫は自分も神族のくせに神頼みをしている様子である。しかしそれが功を奏したのか、戦況は鬼道有利になっていた。
 雪之丞もまた魔装術に時間制限がある。その限界が近づいてきたため、試合運びにあせりが出て来たのだ。
 それを見逃す鬼道ではない。しかも直接攻勢に移ることはせず、逆に守りに入って敵の自滅を待つ作戦に出た。

「ちっ、この、セコい真似してくれるじゃねーか!!」

 魔装術を解いたら勝ち目はない。やむを得ず地上に降りて正面からの特攻で勝負をかける雪之丞。全力の一撃で夜叉丸を葬ろうとしたが、何とその式神はぱっと飛び退くと鬼道の影に戻ってしまったのだ。

「な、逃げただと!?」
「隙ありやで、伊達はん!」
「!?」

 強烈な霊力をこめた拳で真横から殴られて雪之丞が吹っ飛ぶ。鬼道は横島戦と同様、式神を操る霊力を自分の拳に回して攻撃したのだ。完全な不意打ちで、雪之丞のダメージは深い。

「くっ……やられたぜ、ちくしょう」

 悔しげにそう呟いた後、雪之丞は気絶して動かなくなった。


 雪之丞がタンカで運ばれて行くのを見た横島たちはさっそく行動を開始した。
 医務室で彼にヒーリングをかけている冥子に事情の一部を話して席を外してもらい、唐巣と小竜姫には部屋の前で番をしてもらった。勘九郎が来たときに追い返してもらうためである。
 横島とタマモの2人だけが、ベッドで昏睡している雪之丞の傍らに立っていた。

「つまりこいつが起きた瞬間に、メドーサって女から式神使いに負けた罰としてきっついお仕置きを受けてるっていう幻覚を見せればいいのね?」
「ああ、派手にやってくれ」

 横島が思いついた作戦は、気絶した雪之丞が目を覚ますと同時にタマモに幻術をかけさせ、そこで喋った言葉を録音して証拠にしようというものである。
 タイミングからいって破られる恐れはないし、寝言という扱いなら「脅迫や拷問による自白」ではないから証拠として使えるはずだ。
 普通の幻術は術者が脳裏に描いたイメージを被術者に見せるものだが、タマモの術はそれとは方式が異なる。彼女が送るのは「状況の概念」だけであり、具体的なドラマは相手の知識から描かれるのだ。つまりタマモがメドーサの外見や性格を知らなくても、雪之丞が見る幻覚に現れるメドーサは「雪之丞が知っている本物」通りの振る舞いをするのである。あるいは催眠幻覚に近い術なのかも知れない。

「分かったわ。でももしこいつがメドーサのこと知らなかったら術は不発になるけどそれでもいいのね?」
「いいよ。それはそれで雪之丞が無実だって証拠になるからな」

 そしてタマモの術を受けた雪之丞はしばらくうなされていたが、やがて喉も裂けよとばかりに叫んだ。


「ぎゃーっ、そ、それだけは止めてくれ勘九郎、ケツはいやだぁぁ! お、お許しをメドーサ様ァァァ!!」

(よしっ、やった!)

 横島が口は閉じたままガッツポーズで拳を握る。妙なフレーズが一部あったが、どうせ他人事だし気にしない事にしておこう。しかしタマモは急に顔を青くして、

「こいつ、急にパワーが上がった? まずいわ、術が破られる!」

 録音されないよう、小声で横島の耳元にささやく。雪之丞はよほど嫌なモノを見ているのか、そこから逃げるために全力を振り絞っているらしい。
 横島もタマモもこんなすぐに術を破られるとは思っていなかったが、必要なものは手に入れた。

「よし、逃げるぞタマモ!」

 横島が素早く窓を開けて飛び降りる。タマモも慌ててそれに倣った。
 その数秒後、医務室で爆音が轟く。どうやら目を覚ました雪之丞が錯乱して、霊波砲か何かをぶっ放したようだ。
 横島たちが出てきた窓から雪之丞も飛び出して来て、悲鳴を上げながら走り去って行った。
 横島とタマモは木の陰に隠れて見ていたが、その哀れな姿に少し悔恨の念を抱いて、

「タマモ、おまえ何を見せたんだ?」
「私は知らないわよ。白竜会ってとこがよっぽどひどいお仕置きをしてるんじゃない?」

 白竜会における具体的な懲罰の内容は横島もタマモも知らないから、不自然にならないようあえて雪之丞自身の知識に任せていた。だからタマモが意図的に「ケツはいやだ」を見せたわけではない。

「そっか。じゃあアレは俺たちのせいじゃないんだな」
「そうね。あいつがこれからどうするかは知らないけど」

 あっさり罪の意識から脱却する横タマ。横島は今さらだが、タマモも結構いい根性をしていた。

「で、あとはこれを神父に渡せばミッションコンプリートってわけだ」
「私のおかげなんだから、約束は守ってよ?」
「ああ、分かってるって」

 別にそこまでケチる気はない。横島はタマモにそう請合うと、もう1度入り口から建物の中に駆け込むのだった。


 そして鬼道対勘九郎の決勝戦。勘九郎は雪之丞がどこにもいないのを訝しんでいたが、だからと言って試合を抜けることはできない。
 彼のことはまた後で探そう、と試合場に入ったのだが、そこに現れたGS協会の役員らしき人物に制止された。

「待て、君が試合をすることは認められない!! 」

 さらにその後ろから審判長と数名の審判が現れる。

「鎌田選手、君をGS規約の重大違反のカドで失格とする!」
「君たち白竜会の面々がメドーサという魔物と関わりがあるという証拠がある。おとなしく取調べを受けたまえ」

「……!?」

 勘九郎が困惑の色をあらわにして立ちすくんだ。いきなり「GS規約違反で失格」「メドーサと関わっている証拠がある」と決めつけられたのだから無理はない。
 自分は確かに邪悪な竜族であるメドーサの手下だが、それを勘づかれるようなヘマをした覚えはない。おそらく雪之丞か陰念が口を滑らせてしまったのだろう。それとも自分達のことは最初から漏れていたのだろうか。
 こうなった以上計画はご破算だが、さてこれからどうしよう。メドーサがいれば指示を仰ぐところだが、あいにく彼女はここには来ていない。
 おとなしく捕まって取調べを受ける、などは論外である。それならさっさとおさらばするに如くはない。勘九郎は無言で魔装術を展開すると、全速力で空中に飛び上がった。

「なっ……飛んだ!?」

 これでは審判たちは手の出しようがない。その隙に勘九郎が窓を割って武道館の外に脱出する。
 ある時系列ではここで火角結界という爆発兵器を使ったが、今の状況では特に使う理由がないので出さなかった。

「…………」

 小竜姫はその様子を黙って観客席から見送っていた。今追えば捕まえるのは容易だが、それをやると非常に目立ってしまう。メドーサ自身が現れたわけでもないのに自分だけが出張るのは、今の情勢では望ましくない。
 せっかく今まで表に出ずに済ませてきたのだし、メドーサの計画を阻止する事には成功したのだ。それに勘九郎を捕まえてメドーサの居場所を吐かせた所で、あの用心深いメドーサがその場に居残っているとは限らない。ならば今は見逃がして、自分の存在を隠しておく方が得策だろう。
 もどかしくはあったが、そんな結論を出して自制する小竜姫だった。


 決勝戦で選手の1人が欠格するというアクシデントのため、今年度の優勝者は不戦勝で式神使いの鬼道政樹と相成った。不戦勝とはいえ優勝は優勝、六道女学院でも肩身の狭い思いはしなくて済むだろう。
 横島とピートも2回戦は突破したのでGS資格取得である。小竜姫の依頼も無事果たしたし、唐巣は安堵と喜びに胸を撫で下ろしていた。
 ただピートのケガは命に別状はないが数日は起き上がれないとの話なので祝賀会という流れにはならず、事後処理に関わりのない横島はタマモと一緒に家路についていた。
 どっちみち彼は祝賀会になど出られないのだ。彼女への報酬として、豪勢な夕食を奢らねばならないのだから。行き先は『朧寿司』といって、おちゃめな美人が板前をやっている高級寿司店である。
 その帰り道。おなかいっぱい食べてご満悦のタマモがふと空を見上げると、何か黒い物がひゅっと視界を横切った。いや、そいつはめざとくも自分達を発見した模様で、軽やかな動きで降りて来る。
 しかし害意は感じないから身構える必要はなかった。箒に乗った黒衣の魔女、魔鈴めぐみである。横島との約束がお流れになったので除霊の仕事を受けて、これから出向くところなのだ。

「あ、魔鈴さん?」

 タマモは彼女と面識はないが、横島は昼間会ったばかりである。というかヤボ用があると言って夕食の誘いを断ってしまったのだが……。

「横島さん、デートのお帰りですか?」

 魔鈴はにこやかにそう言ったが、目は笑っていない。そして横島もこういう表情は美神の所にいた頃は何度か見た覚えがある。

「へ!? あ、いや、これはですね……」
「彼女がいるなら言って下されば2人分でも用意しましたのに」

 魔鈴は横島の言い訳をぴしゃりと遮った。自分の誘いを急に断って来たから何事かと思えば、まさか他の女性と会うためだったとは。それならそうと最初から言ってくれればいいものを。
 もっとも今度はきつい言葉を投げつけたりはしない。昨日それで失敗したばかりだし、横島に惚れているわけでもないのだから。

「それじゃ私は仕事がありますのでこれで。また店に来て下さいね」

 最後にそう言ってぱひゅーんと空中に去って行く魔鈴。横島にそれを追う手段はない。

「ああっ、ちょっと、魔鈴さん!? 誤解です、誤解ですってばー!!」

 しかしその声もむなしく虚空に消えていくだけ。まさかタマモにやつ当たりするわけにもいかず、がっくりと地面に手をついてうなだれる横島であった。
 どっとはらい。


 ―――つづく。

 GS試験編終了です。うーん、こんなオチでいいんでしょうか(汗)。
 タマモの幻術についてですが、原作では平安時代から転生して間も無いのに横島とおキヌにオリンピックの幻覚を見せていたので、こういうものだろうと考察しました。
 ではレス返しを。

○ミアフさん
 記憶が戻ったとかではないですねー、あくまで素質だけです。もともと知ってて練習もしてた技ですから。

○ANUBISさん
 お褒めいただきありがとうございます。
 横島がまともに戦うなんてやっぱり変ですよねぇ<マテ
>その分奇抜なアイデアで料理して下さる事でしょうし、次回の更新も楽しみにお待ちしております
 はい、横島らしい邪な戦法を全開させていきたいと思っています。

○TA phoenixさん
 今作は話の構成を色々いじくるつもりですので、先が読めないと言っていただけると嬉しいです。
 今回これでいいのかどうか自信はないですが(^^;

○KOS-MOSさん
 まあたまには真っ当に戦うのも意外性があっていいのではないかと。
>カリンからのご褒美はそのあとのお仕置きを差引いても絶対原作よりいいんでないでしょうか
 原作ではご褒美らしいご褒美は無かったですからねー。あれだけ奮戦したのに。
>ピート
 美神がいてメドーサがいなければ勝てたんですが、そこまでいい目は見られなかったようですw

○ジェミナスさん
>雪之丞
 彼もこれからどうすることやら<超マテ

○かなりあさん
 や、そこまでお褒め頂くと恐縮です。横島君ですので「カッコいい」場面はあまり多くないですが、今後ともよろしくです。

○kamui08さん
 やっぱり日頃の行いって大事ですよねぇ。とはいえたまに意外な善事を行うと点が高いのも事実ですし<マテ
>ピート
 原作でも雪之丞戦以外は省かれてましたしねぇ。
 いや、きっと名誉挽回の機会はありますとも。たぶん。

○通りすがりのヘタレさん
>ううむ…こうしてみると、美神令子もキーマンだったわけなのかナ
 仮にも原作の主人公ですから。
 そのツケは全部横島君に回ってるわけですがw
>面白い具合にバタフライ効果で事象が狂っていきますね
 今回変な方向に狂わせすぎたかとちと不安です(^^;
>トリックスターたる横島がまともに勝利したという天変地異かと思えるほどのこの事実
 10年分くらいの真面目分を使い果たしてそうです。

○whiteangelさん
 横島vs雪之丞を抜くという無謀展開に走ってしまいました(汗)。

○ゆんさん
 魔鈴さんフラグは立ったり倒れたり忙しいのです<マテ
 ユッキーは……はて(ぉぃ
>真面目×問題児。邪×純情ってなかんじw
 それを意識して書いてますですv

○遊鬼さん
>ピートは試合の描写すらなく敗退ですか(笑)
 原作と同じやられ方ですから(酷)。

○名称詐称主義さん
 お褒めいただき有り難うございます。
 今後も先読みできない話を書いていきたいと思いますので宜しくお願いします。

○鍵剣さん
>メドーサ
 余裕があるときは上品な話し方になるのかも知れませんです。
>鬼道戦
 本当に負けると予想してた方はあまりいないかと。
>横島の負担が大きい分ヒーロー化が急速に進行しているような気がします
 確かに事件解決は彼の力が大きかったのですが、ヒーロー、ヒーロー……うーん(ぉぃ

○わーくんさん
>魔鈴さんとか小竜姫さまとか
 そう都合よくいい所ばかり見せられるほど横島君はラッキーな男じゃないですからww
>マザコン王
 どうなるんでしょう<超マテ

○無虚さん
 ユッキーがいつまでメドさんについてるかは……不明です。

○内海一弘さん
 前世の記憶があるわけじゃないからねー、陰陽術を鬼道に効かせようと思ったら相当の修業が必要です。
 むしろ裏技で戦った方が勝てそうな(ぉ

○HEY2さん
>魔鈴さん
 横島君も不運な人です。
 しかしもともと勘違いでしたからねー。
>正しい使い方なのにも関わらず、違和感を感じるのは何故でしょうか?
 それはズバリ、横島君がそんな微妙な単語を使いこなす方がおかしいからかと<マテ

○SSさん
 はじめまして、今後とも宜しくお願いします。
>ピートやタイガーの存在が薄れて行ってますが
 GS美神も登場人物けっこう多いですから、筆者の腕ではみんなを活躍させるのは難しいんです○(_ _○)

○LINUSさん
>意表突いてユッキーじゃなくて勘九郎が仲間になったら
 横島よりピートの方が……いやピートも刺激を受けてそっちの方面に目覚めて以下省略です。

○とろもろさん
 楽しんでいただけたようで嬉しいです。
 横島としては満足すべき結果でしょうねぇ。資格は取って依頼も解決、魔鈴とのディナーは流れましたが代わりにタマモと一緒だったんですからw
 ピートは合格ですー。雪之丞に負けたのは3回戦ですから。
 タイガーはまだ南米かどこかのジャングルにいるはずです(ぉ

   ではまた。

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