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▽レス始

!警告!インモラル、男男の絡み有り
15禁注意

「小鳩バーガーの不適切な使用法・中編(GS+絶チル等)」

いりあす (2006-06-12 01:53/2006-06-12 01:56)
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まえがき兼注意

 中編は、前編とは比べ物にならないぐらいエゲツないので、どうぞヨロシク。


「おはよ〜……」
 さすがのおキヌも、3年5組の教室のドアを開ける際には緊張した。
「あら横島くん、おはよ。今日はずいぶんと早いじゃない」
 最初に声をかけてきたのは、机少女の愛子。まあ、彼女が朝の教室にいなかったらかえってビックリするところだろう。横島の伝言を思い出して、彼はその隣の席に着いた。
「……よ、よー……」
「で、今日は誰に起こしてもらったの? やっぱりおキヌちゃん? それともお隣の小鳩ちゃん? シロちゃんに散歩をせがまれたとか……あ、大穴で美神さんとか?」
「はい?」
 朝っぱらからもの凄い質問が飛んできたので、おキヌは固まった。
「な、な、な、なんでそんな事を?」
「だってあなた、いつもは遅刻ギリギリで校門に飛び込んで来て、ホームルーム中にコソコソ入ってくるのに、今日は余裕を持って登校したじゃない? 誰かに早く起こしてもらったって考えるのがフツーじゃない」
「え、え、え」
 いきなり危険な質問。おキヌは少し考え込んで、
「べ、別に、だ、誰だっていいだろ」
「あら、そうなの? ひょっとして、玄関前で二人ほど鉢合わせしたとか? だとしたら、青春のトライアングルよね〜……はいはい、詮索はしないでおいてあげる」
 無責任な事をのたまう愛子。考えてみると、隣が気心の知れた、しかも妖怪というのはかなりバレる危険が大きいような気がする。
「…………ジョーダンよ。そりゃ横島くんだって、朝早く起きる事だってあるわよね。モーニングコールぐらいしてもらったって、バチはあたんないし」
 おキヌの表情が硬いのに気づき、彼女は慌てて打ち消した。
(そもそも、愛子さんは横島さんの事をどう思ってるんだろ? いつかのバレンタインの犯人、愛子さんみたいだし……横島さんだって、こうやって毎日隣同士でおしゃべりしてるみたいだし……)
 何となくモヤモヤするものを、おキヌは感じずにはいられなかった。

「おはようございます……あれ? 横島さん、今日は早いですね」
「ワッシらより先に来ているなんて、珍しいノー」
 HR10分前ぐらいに、ピートとタイガーが入ってくる。
「しょ、しょーがねーだろ。たまたま朝早く起きちゃったんだから」
「ああ、たまにありますね。何となく早めに目が覚めちゃう事って」
 などと言いながら、二人は少し離れた席に着く。
「さてと、授業授業……」
(大丈夫! 期末テストの成績も悪くなかったし、一学年違う事ぐらい、科目次第で何とかごまかせるはずだよね……ええと、生徒手帳の1ページ目だっけ)
 2年生の自分が3年生の授業内容についていけるかどうか不安はあるが、それでもおキヌなりに張り切って勉強してみる事にした。
「えっと、月曜日の1時間目はっと…………う゛っ!?
 手帳に書いてある時間割を見て、おキヌは凍りついた。
「? どうしたの横島くん? 顔色悪いわよ」
「い、いえ、な、何でも…………」
 怪訝そうな表情の愛子の質問を慌てて誤魔化すおキヌの現在の心中は、たった一言である。
(ぶ……物理〜〜〜!?

 ……おキヌ、いきなり大ピンチ。


 『小鳩バーガーの不適切な使用法・中編』 Written by いりあす


「で、この時コイルAに電流を流した時に、鉄環を挟んで反対側に設置されたコイルBに接続した発光ダイオードは……」
(ううっ……ごめんなさい横島さん……全然わかりません……)
 必死でノートをとるおキヌだが、授業の内容はチンプンカンプンだった。

 確かに横島のテストの成績は、お世辞にも優等生とは言えない。そして、おキヌの成績は決して悪い方ではない。だから、学年の差は埋める事ができるとおキヌが考えたのも無理はない。
 ………が、それはあくまで同じ教科での話。違う選択教科にブチ当たった時、彼女にはなす術がなかった。

 この事について、おキヌを責めるのは酷だろう。彼女の通う六道女学院の霊能科はあくまで工業科や商業科のような職業学科に近いものであって、英・国・数・理・社の5教科、特に理・社に割く時間は普通科ほど多くないし、選択科目という概念も薄い。氷室家にいた頃通っていた高校は普通科だったが、一年生の時には選択科目なんてなかった。ちなみに、彼女が今六道女学院で受けている理科科目は“理科総合”である。
 おキヌにとっても予想外な事に、横島は理系だったりする。理・社選択科目3科目のうち2科目は“物理”と“化学”だった。なお、残り1科目は“地理”になっている。なお、除霊委員仲間のピート・タイガー・愛子の3人は科目が違うので、今この場にはいない。
「……で、この時にこの発光ダイオードは何ルクス程度の明るさで光るか? 横島、答えてみろ」
「え゛!? わ、私……じゃなかった、おれ!?」
「いや、お前以外に横島はおらんだろ」
 物理の担任教師にいきなり当てられ、おキヌはパニックを起こしかけた。聞いていてもまるで分からなかったのに、答えを言えというのだ。いっその事正体を白状しようかとまで思ったが、まだ一日が始まったばかりなのにそれでは情けなさ過ぎる。たっぷり10秒ほど考え込んでから、彼女は別な意味で正直に答える事にした。
「わ……かりません……」
「よし、その通り。このコイルの巻き方だと、発生する電流は逆向きにこう流れようとするので、発光ダイオードは電流を通さないワケだな」
 教師はどうやら“わかりません”を“光りません”と聞き間違えたらしく、そのまま勝手に納得して授業を進めてくれた。
(た……助かったあ……)
 おキヌはヘナヘナと机に崩れ落ちそうになった。
「で、この時ダイオードを通る電流は8ボルトの電圧になる。もちろんこの数値は鉄環と導線に電気抵抗がない事を前提に計算しているから、実際に実験すると若干電圧は落ちるわけで……」
(ど、どうかもう一度当たったりしませんように……)
 ハラハラしながら、それでもおキヌは真剣にノートをとり続けた。なお、筆跡は明らかに違うのでノートを見られたら明らかに不審に思われる事だろうが、これはしょうのない事だ。
(はあ……横島さん、授業真面目に受けてくれてるかなあ……今日の1時間目は、え〜っと……)


「『情けない? 彼が手を止めたのは、その情けのためだった。情けや慈悲とは、必要も無く殴ったりしないものだ。そして彼は……え〜と、酬われたのだ。彼は悪によって少ししか傷つかずに、最後にそこから逃れる事ができた。それは彼が情けを持って指輪の持ち主になったからなのだろう』」
 予習無しでスラスラと英文を訳するのは骨が折れたが、それでも横島は曲がりなりに訳しきった。
「ウェル・ダン。ミス氷室、発音も綺麗になってきましたね」
「ど……どうも」
 英語の桜井先生に賞賛され、横島は恐縮しながら席に戻った。ちなみにこの先生、このクラスの副担任も務めている。横島もかつて一度口説こうとした事があったのだが、その直後におキヌから“ニューハーフだという噂がある”と聞かされて以来半径3メートル以内に入ろうとはしない。
(六道女学院ってもっとレベルの高そうなイメージがあったけど、意外と俺たちの学校と同じっくらいのレベルだな……ま、ここは霊能科だし、普通科になるともっと進学校っぽいんだろうな〜……)
 ちなみに横島の高校は、まがりなりにも中の上レベルの進学校である。
「それでは次の分を、ミス・弓」
 少し離れた席で、おキヌの友人の一人・弓かおりが入れ替わりに立ち上がる。横島の基準で言えば、このクラスで最もルックスがいいと言える彼女。スタイルもいいし、出るところ出て引っ込むべきところ引っ込んでて、頭もいいらしい。気に入らない点と言えば、日頃の言動がどこか“ユリ”っぽいところと、すでに雪之丞とつきあっているらしいという非情な現実。いや、別に雪之丞は悪い奴ではないのだが……そう言えばもう一人の一文字さんって子はタイガーとよく会っているとかいないとか。ま、雪之丞やタイガーに彼女の一人ぐらいいてもバチは当たらないと思う。ピートや西条だったらすかさず呪いを掛けそうな自分もいるが。
「はい。"I am sorry," said……」
(おっと……)
 本当は周りの女生徒を眺めながら悦に浸りたいところなのだが、おキヌの姿になっている以上はそうも言っていられない。大体そんな事したら正体がバレるかも知れないし、バレなかったらバレなかったでおキヌの評判に関わるのだからまずい。
「……今となってはいずれにしたところで、彼は汚らわしいオークと同類の邪悪な存在ではありませんか。奴は敵以外の何者でもありません! あんな奴、死んだ方がマシに決まっております!」
「あ〜、ミス・弓、訳にミステイクはありませんが、修飾が過剰ですよ? 必要のない用語を無理に加えるのは減点の対象です」
「は、はい。申し訳ございません、つい……」
 “つい”英文の内容に入り込んでしまったらしい弓が、これまた恐縮しながら席に戻っていた。
(しかし、おキヌちゃんの方はどうなってるんだろう? 1限目はいきなり物理だし、2限目はアレだぞ? 3限目は、ん〜と……)


「は〜い、それじゃめいめい自分の作業の続きをやってなさい」
 舞台は再び切り替わって横島くんの高校(仮名)。おキヌが受ける2時間目の授業は、これまた難物の“美術”である。なぜ難物かというと、おキヌの通う六道女学院は芸術科目が選択制になっていて、おキヌの選んだ科目は“音楽”だからだ……選択科目の壁、再び。
「あ、またズレた……けっこう難しいなあ、これ……」
 確かに彼女も早苗と同じ高校だった時は美術の授業を受けた事はあったが、それはほんの短い間の事。水彩画や油彩画のさわり程度しかやっていない。300年前に手習いで水墨画をやったり凸版彫りの内職を手伝ったりした事はあったが……
「おや? 横島君、今日はミスが多いわね? 寝不足?」
 しっかりこの学校に馴染んでしまった暮井緑先生(ただし、オカルトアイテムで創られたドッペルゲンガーの方)が、おキヌの手元を怪訝そうな表情でのぞき込んだ。
「ええ、まあ、ちょっと……」
 おキヌは曖昧に答えながら、手にした針でカリカリと線を引いた。ちなみに只今のお題はドライポイント。いわゆる乾式凹版画という奴で、版材に針で点・線を彫って版画を造るという手法である。下書きはすでに横島の手で完成していて、後は下書きを裏から貼り付けた授業用のアクリル板を彫っていくだけなのだが……
(よ、横島さ〜ん……なんでこんなに精密な下書きを描けちゃうんですか〜?)
 何とコレ、いつだか撮った記念写真を元にしたらしい、美神事務所5人の肖像画なのだ。向かって中央に仁王立ちの美神、その右隣に半身でカッコつけた(つもりの)横島、二人の間に中腰で笑いかけるおキヌ、左側にお互いを押し合いへへし合いするシロとタマモ。鉛筆描きの下絵なのに、まるでポスターのような躍動感が感じられるのだから油断できない。
「吸ってみる? 慣れるまではケムいけど、眠気はバッチリ取れるわよ」
「生徒相手に勧めないで下さいっ! って言うか、授業中のくわえタバコも少しは遠慮して下さい!」
 暮井が白衣のポケットから取り出したタバコを突き出したが、さすがにおキヌは断った。少なくとも、横島がタバコに手を出したとは聞いた事がない。酒の方は、たまに美神や雪之丞から付き合いで飲まされているとか言っていたが……
「アホな割に、根っこの方はお堅い奴ね」
 つまらなそうな顔をして、暮井は次の席に歩き去っていった。
「ふう。あ、また失敗……美神さん、ゴメンなさい……」
 気を取り直して続きを書くおキヌだが、だんだんアクリル板の上の美神の輪郭が愉快な形になっていった。なぜ美神かというと、自分と横島の部分に手を入れるのが何となくためらわれたからだ。

キ―――ン、コ―――ン、カ―――ン、コ―――ン……

「はい今日はここまで、続きは来週。作品を早く仕上げるのは構わないけど、手抜きはダメだからね」
「起りーつ、れーい」
「う〜ん……横島さん、これ何とかしてくれるかなあ……」
 途中である程度やり方は分かったものの、あちこちの線が下絵からはみ出してしまったこの絵。5人の中で美神だけが変だと言われないか、おキヌは心配になりながらアクリル板をトレース紙に包んでロッカーにしまった。
「あ〜、横島君? ちょっと待って」
「はい?」
 美術室から出て行こうとするおキヌを、暮井が引き留めた。
「な、何でしょうか?」
 内心で“バレた?”と冷や汗を流しながら、おキヌは独り美術室に残る。
「この間の話だけど、引き受けてもいいわよ。私のオリジナルも、いいんじゃないかって言ってくれたし」
「え?」
 この間の話? おキヌにはさっぱり分からない。とりあえず、答えから逆にたどって“この間の話”を推測してみる事にした。

 “引き受けてもいい”←“横島さんは何かを暮井先生に頼んだらしい”←“何を頼んだか?”

 この命題におキヌは少し考えて、

 ←“お付き合いしてくれと頼んだ”

 と推測づけた。

(よ、横島さん……妖怪相手でも見境無しなんですか〜!?)
 と内心で憤然としながら、ここは横島の企みを粉砕しようと考え、

「す、スンマセンでした! あの時は勝手な頼み事しちゃって! いえいえ、そのお気持ちだけで充分です! それでは、失礼します!」
「は?」
 素早く頭をヘコヘコ下げて謝絶し、素早く回れ右して美術室を出て行った。
「……よかったのかしら? こないだの話じゃ、切実に困ってたみたいだけど……」
 ピシャリと閉められた扉を見つめながら、暮井が首をひねっていたのは誰も目撃しなかった。

「……ったく、横島さんったら私や美神さんの見てないところで……」
 プリプリしながら廊下を歩いているところへ、駆け寄ってくる人影が一つ。
「横島くん、暮井先生はどうだって?」
 駆け寄ってきたのは、相も変わらず机を担いでいる愛子である。
「え? 何が?」
「暮井先生に返事もらったんでしょ? で、どう? OKもらえた?」
「あ、いや、ちゃんと断ったけど」
「なんでっ!!?」
「え゛?」
 正直に答えたら、愛子は凄い剣幕で怒り出した。
「なんで断るのよ横島君は!? ちょっと来て!」
「え? あ、あの? ちょっと? ぐ、ぐるじい……」
 そして愛子は左手に机、右手におキヌの制服の襟をつかんで美術室に駆け戻っていった。

「ホンットになんで断っちゃうのよ!? 本人がオカルトの産物なんだから、暮井先生が一番適任なんだって前にも言ったじゃないの!」
 廊下を教室に戻る途中、横島は愛子にとっちめられていた。あの後おキヌは愛子に頭を思いっきり押さえつけられ、二人揃って暮井にペコペコ頭を下げて頼み込んでいた。
「ご、ゴメン。ちょっと、別の事と勘違いしてたみたい……だ」
「全く、何と勘違いしたんだか……」
 結局の所、暮井の話というのは、今朝横島が話していた“霊能愛好会”設立のため、暮井に顧問をやって欲しいと頼んだ事に対する返事として“引き受けてもいい”という事だったのだ。なにせ怪しげな名称のサークルだし、メンバーも曲者揃いになりそうなのでなかなか引き受けてくれる教師がいなかったのだ。その点暮井ならオカルト関係者だし、他に顧問をやってるでもないから頼みやすかろうというので、愛子が横島に説得を頼んでいたという事情なのだ。(なぜ横島が、という点はおキヌにも具体的には分からない。あるいは、横島は暮井のお気に入りなのかも知れないが……)
「ちょっと、あなた大丈夫? 美術の授業中もトチってたみたいだし、今日はえらく集中力が……、……?」
 言いかけた愛子、詮索する様な視線で横島の顔の際まで詰め寄った。
「……な、何だよ?」
「横島くん、ひょっとして昨夜…………」
「な、な、なに!?」
「あれ、横島さんに愛子さん? 何してるんですか?」
 そこにたまたま通りかかったのは、今のおキヌにとってこれまた危険かも知れない人物・花戸小鳩だった。
「ねえ小鳩ちゃん、昨日の夜……横島くん、アパートに帰って来た?」
「さあ? 私が起きている間には戻ってきてませんでしたけど……」
「なるほど! 横島くん……さてはあなた…………」
 今度こそバレた!? おキヌの背筋に寒気が走る。が、彼女の次の言葉は違った。
「昨夜、美神さんの事務所に泊まったわね!?」
「な、なぜそれを……はっ!?」
 ズバリと断定されて、これはこれで何故か焦るおキヌ。
「理由は簡単……今日の横島くんは、何だかいい匂いがするっ!! 私の嗅覚をナメちゃダメよ!」
「は?」
「この匂いは、多分香料入りの高級シャンプーおよびボディソープのものだわ! 横島くんがそういう物を自分で買って使うとは考えにくいから、美神さんのところでシャワーまたは入浴をしたと考えるのが妥当! そして、小鳩ちゃんは横島くんが部屋に戻ったところを見ても聞いてもいない!」
「横島さん……そ、そうなんですか?」
「うっ………」
 愛子と小鳩にダブルでジト目で見られ、横島でもないのに動揺するおキヌ。
「除霊の仕事が遅くなって、しょうがないのでお風呂借りて泊めてもらった…ってところなんでしょうね。思うに、『美神さ〜ん、背中流してあげます〜!』とか言いながらバスルームに乱入してはっ倒されたりしたのよ、きっと」
「ま、まさか横島さん、今朝はおキヌちゃんから『横島さ〜ん、起きてくださ〜い! 早く起きないとチューしちゃいますよ〜』なんて言われたりして……」
「せ、青春だわ! ひょっとすると、狼のシロちゃんや狐のタマモちゃんと同じ部屋で寝たりして……はっ! まさか、さっきのは美神さんやおキヌちゃんの移り香っ!?」
「そそそそそ、そんな、4人と一緒だなんて! 小鳩は、小鳩は……!」
「そんな事実はないっ!!!」
 もの凄い勢いで妄想に走ろうとしている凸凹コンビを、おキヌは一喝して止めた。
「お、お、お、おれは、昨日は除霊が午前2時までズレ込んだんで、シャワー借りてソファーで寝ただけ! それ以上の事は何も無かった! 無かったんだよ、口惜しいけど何にも!」
 勝手に横島の心理を代弁し、おキヌはこの場をさっさと離れる事にした。あまり長時間いると、何を気取られるか分かったもんじゃない。ちなみに、おキヌ本人の心理として“何にも無くて口惜しかった”かどうかは定かではない。
「あ、ちょっと横島くん、ゴメン! ちょっとふざけただけじゃない?」
「よ、横島さーん! 怒らないで下さいよ〜!」
 後ろで呼び止める二人だが、おキヌは振り返らない事にした。怒ってるわけではなく、今朝の自分の行動について、二人の邪推は少しかすっていたのが気恥ずかしかったからだ。

 おキヌが去っていった後の会話を、誰も耳にはしなかった。
「怒らせちゃいましたね……後でちゃんと謝りに行きましょうね、愛子さん」
「そうねえ……ね、小鳩ちゃん」
「はい?」
「私たち、もう脱落しちゃったのかな……?」
「そんな事は……ないと思います。でも、分が悪いかなって最近……思うようになりました」
「なら、どうする? 物分かりのいい協力者に回るって道、あると思うけど」
「その選択は……まだ、早いと思います。横島さんについては、まだ決着……ついてないんじゃないですか? 美神さんにもおキヌちゃんにも、まだ……」
「そうよね。じゃ、まずはキチンと謝っておきましょうか」
 そして二人は、苦笑混じりにため息をついたのだった。


「ぐぎぎぎ……こ、この状況は危険だ………色々な意味で………」
 3限目の休み時間。横島は猛烈に緊張し、葛藤し、かつ汗をかき、さらに言えばモジモジしていた。
「しかし、入らないわけにはいかない…何たって、ここにはコレしかないんだ…」
 今横島の目の前にあるのは……そう! トイレである。おキヌとて一年前まではともかく今は生身の人間、ご飯も食べればトイレにだって入るのだ。でもって、トイレで用を足すには……自分の手で下着をおろさなければならないわけで。スカートは一緒に下ろすのかたくし上げるのかはさしもの横島もよくは知らないが、いずれにしてもおキヌの、その、お大事を露出させなければならないわけで。
(ううう……この状況下で見ちゃったら、俺はヘンタイ街道まっしぐら? 嗚呼、よもやこんな形でおキヌちゃんの小用シーンを目撃するハメになろうとは…っ!)
 そりゃ確かに、横島はねーちゃんのちちやしりやふとももが大好きだ。だけどそれは“見る”事とか“さわる”事が好きなのであって、自分がねーちゃんになってそのヌードだの大事なところだのを眺める趣味は無い。大体、そういう嗜好があるなら文珠の“模”の能力で美神にでも変身すれば良さそうなものを、そんな行為に走った事は一切無い。
 まして今回はおキヌちゃんだよ? そんな事をしたら、自分の中の大事なものを汚してしまいそうな気がするじゃないか!? そんな事をツラツラ考えながら、それでも横島はおずおずと女子トイレ(と言うか、この学校に男子トイレなんて職員用以外には無いのだが)に入っていった。
(あ〜、居心地悪い……隣の個室を覗きたくないと言ったらウソになるけど、そんな事をしたらおキヌちゃんは間違いなく変質者のレッテルを貼られてしまう……)
 相変わらず葛藤しながら個室に入り、フタを開けて座り込む。横島にとってはシャクな事に、温水の出るウォシュレット式だ。横高(仮)じゃ各階1ヵ所ずつ洋式トイレが入っただけなのに……六女というのは、よほどお金のある学校なのだろう。ま、経営してるのが冥子の家だし。
(今日は一日中緊張しっぱなしだな〜……おキヌちゃんの寿命が縮んだら、俺彼女に顔向けできねーよな……)
 できるだけ下を見ないようにしながら、“それ”をすべく用意をする横島。数秒ほどして、

 ……〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜――――

(か、かんにんやおキヌちゃ〜ん…! 仕方がないんや、仕方がなかったんやあ〜〜! あああ、何か出るものと一緒に緊張まで抜けていくような……な、なんだか全身がフニャフニャに……あ、意識が……)
 緊張の糸が切れた横島、インモラルな感覚ゆえか何だかイケナイビジョンが脳裏に…… 

――や、やだ……横島さん、見ないでください……――
――そんな事言わないで、ほらおキヌちゃん……綺麗だよ――
――見ないで、見ないで…お―――、出ちゃう……あ、あ、ああ………――

(はっ!? お、俺は一体何を妄想した!? も、も、妄想の中で、お、お、おキヌちゃんに何をさせたんだ俺は!? うわああああ〜、や、やってしまった! は、初めて頭の中でおキヌちゃんを………俺って奴は、オレッテヤツハ〜〜〜!!!)
 横島は煩悩の権化だ。アパートの自室に戻れば、本来なら持っていてはいけないような雑誌、写真集、ビデオテープが所狭しと散らばっている。ちょくちょくやって来るおキヌ、シロ、小鳩あたりに遠慮してマロンくささは極力除去しているが、夜ごと自家発電にふけっているのもまた事実。
 で、ここからが本題になるのだが、身近な女性を“オカズ”にした事だって一度や二度ではない。美神令子に始まり、エミ、冥子、小竜姫、ワルキューレ、ヒャクメ、魔鈴、ベスパ、メドーサ、迦具夜姫とその侍従達、弓に一文字、そしてもちろん忘れちゃいけないルシオラ。
 積極的にそーゆー妄想にふけった事は無いが、睡眠中の無意識的妄想(俗に言う夢)の中に出て来てあ〜んな事やこ〜んな事をしてくれた女性達はまだまだいる。小鳩と愛子を先頭に、シロ、タマモ、早苗、化け猫の未亡人にトップレスの人食い鬼、美神美智恵に冥子の母、しまいにゃパピリオを夢ン中で抱いてしまった事さえある。ご存じの事とは言え節操のない奴だ。
 ……が! 今挙げたメンバーの中におキヌの名前は無かった。確かに、新婚生活を夢見た事はある(そして、見事に破局した)。水入らずで夕食の後むしゃぶりつく光景を空想した事もある。夢の中でキスぐらいは何度もした。が、彼女とその、念写したビデオに年齢制限が付くような光景だけは脳内で再生された事がない。アシュタロスとの戦いで脳裏にオールスターのヌード大集合を浮かべた時でさえ、彼女の位置は一番下――つまり、バストアップしか想像しなかった。それが何故なのかは分からない……と言うより、横島にこの件に関する自覚がない。正確に言えば、自覚がなかった……今の今まで。
(嗚呼、自己嫌悪………)
 終了後の身繕いを終えて、水を流しながら個室のドアを開ける横島の姿は、どこか悄然としていた……。


 一方、ほぼ同時刻。
「横島、なんでそんなに便器にピッタリ張り付いてるんだ? 今さら隠すほどのモンか?」
「い、いや、別に、その……」
 横からの視線が“横島”のソレを見るコトのないようピッタリブロックしながら、おキヌは用を足していた。
(へ〜〜ん、立ったまま用を足すなんで初めて……やっぱり感覚、違うんだなあ……わわわ、振ってしずくを切ろうとしたら何だか……うわあ、うわあ……)
 三百数十年目にして初めて体験する(と言うかこんな体験をする女の子はいない)、手探りでの(のぞき込む気にはなれなかった)男のお大事の反応にドギマギする彼女であった。


キ―――ン、コ―――ン、カ―――ン、コ―――ン……

 午後0時30分。二つの高校で同時に午前の授業が終わった。
「お、終わった……やっと半日……」
 横島はグッタリしていた。2限目の数学で面倒な3次方程式をスラスラ解いてビックリされ、3限目の古文では逆にしどろもどろな訳をしてしまった。4限目は選択してない日本史で、まともに授業について行けなかった。この後、最もやっかいな“除霊実習”が5〜6限目に待っているのに、この気疲れは何なのだろう。他人になりすますというのは、かくも面倒なものなのだろーか。
「おキヌちゃん、今日は弁当?」
 相変わらず仲のいい一文字魔理が、横島のそばに寄ってきた。
「あ、今日は、その、お弁当作ってこなかったんです。購買で何か買ってこようかなって…」
 内心で“バレませんように”と戦々恐々で、それでも横島は立ち上がった。

「おキヌちゃん達、昨夜も除霊の仕事やってたんだろ? な〜んか朝から寝不足っぽかったの、そのせい?」
「う、うん。午前2時ぐらいまで……かな?」
「やっぱり、現役でGSしながら学校通うのは大変だよね。ウチの学校、基本的にGSの仕事に就くのは卒業してからにしろってよく言うの、そういうワケなんだろうな」
「わたしの場合、学校に通う前から美神さんのお手伝いしてましたから……」
 などと会話しながら廊下を下りていく横島と一文字。ちなみに彼女は、弁当持ちなのにわざわざ買い物につきあってくれている。で、購買が見えてきたのだが。
「え、あ、あれっ?」
「あら、おキヌちゃんに一文字さん? 今日はお弁当じゃないんですか?」
「ま、魔鈴さん……?」
 何故か購買の隣には、長机に仕出しと思しき弁当箱を並べた現代の魔女・魔鈴めぐみがいた。
「あ、そうか。ここでお会いするのは初めてでしたっけ。4月から私、ここの購買にお弁当を置かせてもらう事になったんですよ。こちらの方もごひいきにして下さいね?」
「あ、はい。どうぞよろしく……じゃ、このお弁当を二つ……」
「え? いいよおキヌちゃん、あたしの弁当はちゃんとあるんだって言ったじゃん」
「あ゛!」
 慌てて横島、二つ取りかけた弁当のうち一つを机の上に戻した。
(あ、あぶねー……ついいつもの感覚で買うところだった……)
 女子校向けの小ぶりな弁当なので、普段の横島なら二つは買うところなのだ。が、今横島はおキヌになっているのだからして、彼女が二つ食べたらそりゃ不自然の極致だ。
「ご、ごめんなさい……一つください」
「ありがとうございます、500円になります♪」
「は、はい……どうぞ」
 今時の女の子らしからぬがま口から500円玉を取り出し、魔鈴に手渡した。
「週3回ほどここにお弁当持って来ますから、また来て下さいね」
「よ、よろしく……」
 極力自然な仕草をとりながら、お弁当を持って横島は回れ右した。
「あ、おキヌちゃん?」
「はいっ!?」
 教室に戻ろうとした横島を魔鈴が急に呼び止めるものだから、彼の背筋は一瞬凍りついた。
「な、なんでしょうか?」
「…………いえ、何でも」
「そ、そうですか? それじゃ……」
 今度こそ、横島はそそくさと教室に戻っていった。

「………………?」
「魔鈴ちゃん、どうかしたのかニャ? おキヌちゃんの後ろ姿をじーっと見つめちゃって」
 隣でお会計を手伝っていた使い魔の黒猫が、不思議そうに聞いてきた。
「いえ、何でもないのよ黒猫さん。ただ、何となく……」
「ニャんとなく?」
「どこかで見たような気がして……」
「はあ? おキヌちゃんにはしょっちゅう会ってるじゃニャいか? 気がするとかそういう事じゃないニャ」
「そうよね。私、どうしちゃったんだろ」
 さすがの魔鈴も、知り合いのはずなのに感じた変な既視感の正体には気づかなかった。


 ところ変わって、今度はおキヌのいる教室のお昼休み。
「ピート先ぱ〜い、このお弁当食べて下さ〜い!」
「ねえピートくん、これも食べてみてよ!」
「ブラドーさん、私のお弁当もお願いします!」
「あ、あの、ちょっと、こんなにたくさん持ってこられても……」
 相変わらずピートが差し入れ攻勢に遭っているのは、今やこのクラスの日常風景。
「あらら、今日はずいぶんと質素なお昼じゃない? 相変わらず貧乏ヒマ無し?」
「いや、別にそういうワケじゃなくって……」
 おキヌの席にあるお弁当は、購買で買ったサンドイッチと紙パックのお茶が一つずつ。別にお金が無かったわけではない。ただ、ついおキヌの食事量の感覚で買ってしまったのだ。ちなみに隣の愛子は、ちゃんと自家製のお弁当を食べている。一体どこで作ったのだろうか?
「あ、あの〜、横島さん……」
 オズオズとした調子で、ピートがおキヌのそばに寄ってきた。
「すみませんが横島さん……このお弁当、一つ食べてくれませんか?」
「へ? いや、でも……」
 ピートがもらい物の弁当箱を、一つおキヌの席に置いた。しかも、作った当人らしきクラスの女の子が、ギヌロ!といった感じの視線をこっちに向けてきている。視線は“あげた物を横島に譲ってしまうピート”ではなく、明らかに“ピートにあげた弁当を受け取ってしまう横島”に向けられるものだ。
「いつも僕のお弁当かっさらってるじゃないですか? 今日に限って断らないで下さいよ」
「あ、うん………」
 心底困惑気味のピートにイヤとは言えず、おキヌは仕方なくお弁当を受け取った。
「うおおおおおおっ!! ありがとう、ありがとうっ!! わっしは、わっしは〜〜〜!!」
 横島に負けず劣らず食生活の貧しいタイガーが、これまた弁当のお裾分けに感激していた。彼の給料は横島より格段に高いはずなのにああも貧乏なのは、身体が大きすぎて家賃の安いアパートに入居させてもらえないとか(頑丈な造りのマンションに住むハメになってるらしい)、やはり体格が災いして服が安く売ってないとか色々事情があるらしい。
「お弁当の差し入れがこうやって横島くんやタイガーくんに回される可能性は分かってるのに、あくまで“お弁当”を持ってくるのよね、女の子達って」
「別に、それって普通じゃないのか?」
「だって、彼バンパイアハーフよ? 人に回されるのがイヤなら、バラの花を持ってくればいい事じゃない。現に計算高い子はそうしてるし」
 愛子の指摘は、確かに正しい。おキヌが包みを開くと、ごく一般的な手製のお弁当が出て来た。
「やっぱり、自分の作ったお弁当で勝負したいって気持ちは大事なのかもね。そ・れ・と・も……」
「それとも?」
「直接手渡すのが恥ずかしいから、ピートくんが横島くんに回してくれる事を内心期待してたりして」
「むぐっ!?」
 先に食べているサンドイッチを喉に危うく詰まらせかけたおキヌ。冗談にしてはタチが悪すぎるし、本当の事の可能性もゼロとは言えないから大変だ。
「じょ、冗談よ冗談! ちょっと横島くん、大丈夫?」
 慌てて愛子が背中を叩いてくれたせいか、大事には至らなかった。
「……さてと。いただきま〜す……」
 サンドイッチを食べ終わった後、もらい物のお弁当に取りかかるおキヌ。幸い横島は健啖家なので、この程度なら大丈夫なはず。ふりかけご飯にタコさんウインナ、一口コロッケに卵焼き、甘辛めの煮豆に野菜炒めに口直しのリンゴ。いかにもなお弁当を、おキヌはモカモカと食べる。
(味は………まあ、普通、かな?)
 おキヌとてそんなに舌が肥えてるわけでもないが、生前や幽霊の頃も含めて料理にはわりかし自信のある方。まあ可もなく不可もない感じのお弁当を無事食べ終わった。
「………ごちそうさん」
 作り手と思しき女生徒達の方へ近づき、空のお弁当を元通りハンカチで包んで突き出した。
「……どういたしまして」
 一人の女の子が進み出て、仏頂面で空箱を受け取った。どうやら、彼女が作ったらしい。
「で、どうだった?」
「へ? 何が?」
「何がって……美味しかったとか、不味かったとか、ここが気に入らないとか……?」
「あ、うん、美味かった。とっても。文句なし」
「「「「えっ?」」」」
 おキヌが当然の礼儀として褒め言葉を言ったとたん、クラスがどよめいた。
「す、すげえ! あの横島が合格って言ったぞ!?」
「クラスで初めての合格者よ! 下手したら校内初だわ!」
「ま、まさか! 横島を唸らせるだけの料理の実力者がいたなんて!」
「う、うらやましいんジャー! わっしもあの弁当を食べてみたかった……がはっ!?」
 いらん事を言ったタイガーが、自分の食べた弁当の造り主に椅子で殴られている。が、とにかくクラスは大フィーバー状態。
「え? え? 何? 何でそんなに大騒ぎするの……んだ?」
 全く何の気ない一言が大騒ぎになったので、おキヌの目は点になっている。
「よ、横島さん……ひょっとして、自覚してなかったんですか?」
「人の弁当かっさらっておいて、アレだけ図々しく論評してたってのに……」
「ナチュラルに食にうるさかったんじゃノー……」
「でも、その横島くんが文句つけなかったって事は…あのお弁当、もの凄く出来が良かったって事よね」
「はあ?」
 目を丸くするピート、メガネ(仮名)、タイガー、愛子らクラスの面々、ついていけないおキヌ。
「だって横島さん、前に『人の弁当横取りするだけなのは礼儀にもとる』って言ってたじゃないですか」
「そうそう。それで、お弁当食べ終わってからアレはよかったここがイマイチだったって一々批評しながら返していたじゃない」
「しかも、その指摘が異様に正確だったんジャー。『こんな塩味キツくしたら身体に悪いぞ』とか『ピートに渡す弁当にニンニク入りの食材を使うな! ちゃんと材料をチェックしとけ』とか……」
「全部キッチリ食べといて『砂糖と塩を間違ってる!』って叫んだ事もあったよな」
「そ、そ、そうだっけ……?」
 全く記憶にございません……って、おキヌが知ってるわけがない。
「極めつけが2月の、マヨネーズ弁当の件よね。卒業しちゃったけどあの頃の3年生で、進学先が早めに決まってヒマだった子がお弁当を持ってきてさ……」
「うんうん、あれも青春よね。そのお弁当を横島くんが横から略奪してフタを開けるが早いかバクッと一口」
「ところがその先輩極度のマヨラーだったみたいで、ご飯からおかずまでマヨネーズまみれ!」
「考えなしに一気に頬張った横島サンはいきなりぶっ倒れ、十数秒後に虚ろな目をして起きあがって一言………」
「「「「「「『このアライを作ったのは誰だあーっ!!!!』」」」」」」
 どたっ。
 当の横島、実はおキヌが綺麗にひっくり返った。
「アレだけ味にうるさいと、料理も向上するわよね。これまで横島くんがお弁当にケチつけなかったのって、おキヌちゃんのお弁当の時だけじゃない?」
「え? わた……そうだっけか?」
 いきなり自分の名前が出てくるので、おキヌは思わず口を滑らせかけた。
「うんうん。横島って、おキヌちゃんの弁当は心底美味そうに食ってるよな」
「横島さんは面白くもなさそうな顔して食べてますけど、出てるオーラが幸せそうなんですよね」
「“料理の最高の調味料は愛情だぜ”って感じよね。ド突いてやりたくなるぐらい青春だわ」
「〜〜〜〜〜〜〜…………」
 ジト目で見られながらも、おキヌは顔が赤くなるのを止められなかった。


「ねえ、氷室さん」
「はい?」
 お弁当を食べ終わってパックのお茶を飲んでいる横島の隣に、弓かおりが座った。
「ちょっと面白い本を見つけてしまったのですけど、ちょっと読んでみません?」
「え? 面白い本、ですか?」
 “面白い本”と聞いて一瞬目を輝かせそうになる横島だが、その期待に満ち満ちた表情はすぐに消えた。いつもの高校で“面白い本”と言えばまずエロ本なのだが、ここはおキヌの普段通う女子校。そんな物が出回るはずもない。
「こういう本なのですけど。氷室さんの目にはどう映るかな……と思いまして」
「は、はあ……」
 横島がこっそり目に弓から受け取ったのは、一冊の冊子だった。見た目はマンガのようだが、それにしてはやや薄手だし、大体出版社が作ったものとは違う気がする。
「……同人誌……?」
「ま、まあ読んでみて下さいな。よろしかったらご感想を是非お願いしますわ」
 そう言って、弓はそそくさと自分の席に戻っていった。
「………? ま、いいか。弓さんが普段読むようなマンガねえ……思いつかん」
 何だか彼女、ハイネだかヴェルレーヌだかランボーだかのポエムあたりを読んでいそうなイメージを抱いていただけに意外だ。
「ま、それはそれこれはこれ。マンガの回し読みに加わるって、人のプライベートを覗くみたいだよな……」
 これまたインモラルな感性を刺激されつつ、横島はページをめくっていった。


 どこかで読んだような気がするマンガを題材にした同人誌。
 人智を超えたパワーを生まれつき備えてしまった三人の超能力者の少女と、三人に振り回されながらも温かく見守る科学者の青年。
 一方、その三人の少女を味方に引き入れ、世界転覆のリーダーに育成しようとする若作りの悪の超能力者とその一派。そんな“子供達”をめぐる二人の青年(?)の果てしなき戦い。
 が、何故か学ランを着た悪の超能力者の前に、青年と少女達は捕らわれてしまう。青年は彼を慕ってくれる少女達を救う事ができるのか…………って、あ、あれ?

 妙ちきりんな部屋の中に、何故かダブルベッドが一つ。
 でもって、何故か服をヒン剥かれた科学者の青年が、身動き取れずに投げ出されていた。

皆本『ひょ、兵部……!? 貴様、僕たちをこんな所に連れ込んで、どういうつもりだ!?』
兵部『決まってるじゃないか。今から君を手込めにするんだよ』
皆本『な、な……?』
兵部『おや、何か変かい? 愛の前には、性別の壁なんて些細なものなのさっ♪』
(何か尋常でない表情で、皆本ににじり寄る兵部)

(その部屋を窓越しに見下ろす一室に、何故か三人の姿) 
薫 『皆本、皆本ーっ! 京介――っ!! あんた、あたしの皆本になにしようってゆーんだっ!』
紫穂『葵ちゃん、あの部屋にテレポート出来ないの!?』
葵 『あ、あかん! この壁、超能力をカットする装置が組み込まれとる!』

兵部『そうだろう? この部屋には、一切の超能力による干渉が効かないのさ。さ、クイーン達はそこでゆっくり、光一クンが僕のモノになるところを見届けてくれたまえ』
皆本『な、や、やめろ! 僕にそーゆー趣味は……うあっ!』
(皆本の股間をまさぐる兵部、異様な感覚に身をよじる皆本)

皆本『ひょ、兵部……おまえ今、何の能力を……』
兵部『いーや? コレは別に超能力でも何でもない、年の功が培ったベッドテクニックって奴さ。ほーら、そんじょそこらの女の子にはこういう指使いはできないよね』
皆本『うっ、あ、やめ、やめろ! か……薫たちが見てるんだぞ!?』
兵部『見られるのが快感になるって事、あるよねえ♪』
(皆本の下着をズリ下ろして、直接アレを刺激する兵部)

兵部『おやおや……立った時の君のモノ、大したモンじゃないか。こんなモノを入れたら、クイーン達が壊れてしまうだろうねえ』
皆本『だ、誰が……うぅっ!』
兵部『こっちの方も大きいのが二つついてるし、さぞや濃いのがタップリ出るんだろうね? フフフ……』

葵 『わっ!? な、何や? アレが皆本はんの、その、ナニなんか?』
薫 『で、でかい……!?』
紫穂『葵ちゃんも薫ちゃんも、感心してる場合じゃないでしょう!?』

兵部『ほ〜らほら、我慢しないで出しちゃいなよ? 彼女たちのお守りに忙殺されて、たまってるんだろう?』
皆本『や、やめろ兵部……それ以上イジったら……で、出るっ……!!』
 どくん!

紫穂『きゃっ!? な、何? 今のって、ひょっとして……』
葵 『や、やってもうた……いわゆる、……って奴……?』
薫 『や、やだよ……あたしの皆本に、何を……あ、あう……』
(内股をモジモジさせ始める薫)
紫穂『か、薫ちゃん? あの二人に当てられちゃダメよ!』
葵 『せせせ、せや! 皆本はんがこれ以上やらしい目に遭わんうちに助けへんと……』
薫 『で、でも……あ、あたし……あんなの見せられたら……!』
(慌てる紫穂&葵、身体を震わせて荒い息をつく薫)

兵部『さーて、ここからが本番だ。君を思う存分アイシテあげよう……』
皆本『や、やめてくれ……そんな所に……そんな物を……!』
兵部『ああ、大丈夫大丈夫。一度ハマってしまえば、君も明日からヤミツキさ』
(ズボンのジッパーを下げ、皆本に負けず劣らずなアレを取り出して、兵部は皆本のその部分に……)

皆本『薫……! 葵、紫穂……! 見ちゃダメだ、兵部の狙いは多分、お前達にこの光景を……!』
兵部『アー・ユー・レディ?』
薫 『やだ、やだ、やだあ! 皆本、皆本お……!』


 バタン!!

「な、な、な、何じゃこれは…………!?」
 あまりにショッキングな内容に、横島はページ半ばで本を閉じた。
「こ、こんな物をおキヌちゃんに読ませてはいけない……つーか、俺も読みたくない……」
 うつろな表情で横島は立ち上がり、この危険な本を片手に弓の席の傍らに歩み寄った。
「あら、お気に召しませんでした?」
「ご、ごめんなさい……わたし、こういうのダメみたいです……」
 乾いた笑顔で弓にホ○同人誌を突き返し、横島は故障したマリアのような歩き方で教室を出て行った。

「ん〜……やっぱり氷室さんに読ませるには、ちょっとハード過ぎたかしら」
「あのな弓……あんたその嗜好がバレたら、雪之丞の奴引くんじゃねーの?」
 前に類似の同人を読まされた事があるらしい一文字が、ため息をついていた。


 そして、やって来た。
 横島最大の試練(?)、除霊実習のお時間が。

「…………………………………」
 横島は動揺している。何に動揺しているのか? 自分とおキヌの差異が最も強く顕れるであろう除霊実習が目の前に迫っている事に? 妙齢の女の子達が人目も憚らずに教室で体操服に着替えているという事実に? いやむしろ…………
「? おーい、おキヌちゃん何してんだ? 早くジャージに着替えなよ」
「う、うん………」
 今自分がおキヌの身体になって、下着姿になっているという事実にこそ動揺しているのだろう。
(うーん……純白というイメージがあったけど、ちょっと落ち着いた感じのアイボリーもなかなか似合う……って、そうじゃなくて!)
 今日の実習は校外に出て行うので、この先数年のうちにあらかた姿を消すだろうと言われているブルマーではなく指定ジャージに着替える。
(何となくだけど……パッと見で感じただけだけど……詳しく測った数字を見たワケじゃないけど……おキヌちゃんって……この一年で少し胸が大きくなったかな……?)
 右手でTシャツを用意しながら、左手をそっと左胸に添えてみる。上から見てみてもよく分からないが、前に見た水着姿に比べると、何となく胸の曲線が丸っこくなったように思える。
(このアングルだと分かりづらいけど、81…いや、82のB? それに、全体的に以前ほどやせっぽちというか、スレンダーな印象はなくなったような……う〜ん、16〜7くらいの女の子でも、成長するものは成長するんやな〜……)
「おキヌちゃ〜ん? 何自分の胸見ながら悦にひたってんの?」
「は、はいっ! ゴメンなさいゴメンなさい!」
「ったく、この一年で胸がデカくなったのが嬉しいのは分かるけどさ……」
 一文字の突っ込みに対してか、それともおキヌ本人に対してか。平謝りに謝りながら、横島は慌てて服を着込んだ。

「みんな揃ったか? 今日の実習は、霊障の予防についての実地研修や」
 去年度に引き続きこのクラスの霊能担当教師の鬼道政樹が、整列した2−Bの生徒に説明を始める。
「街中の公民館にオフィスビル、工場を見学して、それぞれの気や霊脈・地脈の流れを把握し、建築上の問題に対して有効な結界を作る事を勉強してもらうからな。ほな、出発や」
「「「「は〜い!」」」」
「う〜む、六女じゃこういう事もちゃんと教えてくれるんやな〜……」
 一人感心する横島。確かに横島は、こういう類のレクチャーを受けた事が無い。美神の下でさんざん実戦経験を積んだが、主に切った張ったと荷物持ちばかりこなしていたものだから、例えば不動産の霊相や風水なんかは基礎知識が欠如しているのが現状だ。美神がそういう事を教えたがらないのは、横島がそういう類の技術に向いていないと判断しているためか、彼を丁稚としてこのまま手元に置いておきたいからなのか、単に彼女が物を教えるのが下手なせいなのか。当人にそんな事を聞いたら殴られるだけだろうから、真相は当分闇の中である。


「それじゃ、この前の模試を返すぞ。出席番号順に取りに来てくれ」
 ここで視点をおキヌの側に移してみる。1時間目物理、2時間目美術、3時間目英語、4時間目現国と消化して現在5時間目・数学。この後、6時間目はこれまた難儀な化学が控えている。この学校は男女一緒くたにしてアイウエオ順に出席番号を取っているようで、出席番号1番らしき愛子を先頭に男女入り混じって答案を受け取っていた。
「おい横島、答案を提出する時はこーゆー落書きを消してからにしろ」
 最後の方になるおキヌが答案を受け取りに行くと、数学の先生がいささか冷ややかな目で彼女を睨んだ。
「そう言えば横島くん、さっさと答え書いた後で何か落書きして、その後20分ほど居眠りしてたじゃない? 寝ぼけてたんで消し忘れたんでしょ」
「そ、そうだっけ? 自慢じゃないが全く記憶にない」
 愛子に茶々を入れられながら、おキヌは苦笑混じりに机に戻って答えの書き込まれた答案をひっくり返す。
「? ……………え゛?」
 テストの点数はおキヌの予想より高い80点だったが、問題は答案の裏だった。答案のやや下、中央からやや右寄りに二人の人物が落書きされていた。左側、つまり答案用紙の真ん中に描かれているのは、ボサボサ頭とバンダナらしきものからして多分横島。そして、右側の人物は袖の大きい服に袴、そして腰まで伸ばした長髪からして――
「こ、これ、私?」
 別に思い上がるつもりはない。落書きの場所からして、逆隣に誰かを描くつもりだったのだろうとは想像がつく。現に誰かを描きかけて失敗した跡がある。居眠りさえしなければ、その上にさらに誰かを描くつもりだったのかも知れない。
 ――だとしても、最初に描かれたのはおキヌだった。横島とおキヌの二人が、並んで立っている落書きが描かれていた。
(ええと、ええと……これ、どうしよう? テストの答案にこんなに堂々と落書きしてあるのは不謹慎だし、やっぱり消すべきかも? でも消したくないし、でもでも横島さんだったらここはパッパッパと消すところかも……ど、ど、どうしよう?)
 逡巡しながらおキヌはペンケースから消しゴムを取り出し……
「あ」
 落っことした。右手から取り落とした消しゴムは机の手前から下に落ちようとして、とっさに差し出したおキヌの左手にはじかれ、見事に引き出しの中に飛び込んだ。
「あらら……」
 思わぬ展開に、おキヌは苦笑して引き出しの中に手を突っ込む。教科書とノートの隙間にあるスペースを手でまさぐっているうちに、指先に何かの感触があった。
(あれ? これ、何だろう? 手帳? カードケース?)
 消しゴムとは違うビニールの薄い物の感触に、何とはない好奇心を刺激されてそれを引っ張り出した。引き出しの中から出てきたのは、一つのフォトケースだった。おキヌは何の気無しにそれを広げて……
(!)
 三つ折りのフォトケースに、3枚の写真が収められている。一番左にあるのは、1年前に撮った写真。今の事務所の玄関前で、美神と横島と、まだ幽霊だった頃のおキヌが並んでフレームに収まっている、確か事務所引っ越し記念で撮ったものだ。真ん中には自分達3人とGS仲間達が集合した、おキヌが美神事務所に復帰した時の記念写真。そして右のもう1枚は、おキヌの初めて見る写真――
 ワケの分からない格好にマント姿で、引きつった笑いの横島を中心に、背丈の低い土偶モドキ、ピエロのような帽子にミニスカートの緑髪で小学生ぐらいの少女、ブラックレザーのボディスーツを着た長い髪の女性、そして――赤と黒のツートンカラーのレオタードもどきをまとった、ゴーグルをつけた黒髪の女性。
「ルシオラさん…………」
 アルバムなんて部屋に置いてない(少なくとも、時たま彼の部屋に上がり込んでいる彼女は見た事がない)横島にとって、数少ない手持ちの写真。その3枚のうちの2枚が自分と美神で、もう1枚が去っていってしまった在りし日の横島が恋した少女。
(そうですよね。忘れられるはず、ありませんよね……)
 あれから、横島がルシオラの事を口に出す事はほとんどない。それでもこうやって、ルシオラは横島の心の片隅に小さからぬ部分を占めているのだろう。
(でも、私の写ってる写真も一緒にとっておいてくれてるのって、自信持っていいのかな、横島さん……?)
 何となく切ない気分になって、おキヌはフォトケースを引き出しにしまった。


 さて、再びカメラは横島に戻り、着いた最初の場所は近所の公民館。水道の配管工事か何かで正面の道路と通用口の近くの敷地を掘り返しているこの建物は、授業のため借り切ってある。
「この公民館は霊相的にはここらの町内では気や地脈の都合で霊の通り道になっとるんで、ただ建てただけやと浮遊霊や雑霊が大量に入り込んでしまうんや。で、この北東角には結界札を設置して、霊が館内を避けて通るように処置されとる」
 鬼道がクラスの面々を連れてきたのは、やや奥まったところにある倉庫の前だった。ここが、いわゆる表鬼門にあたる場所らしい。
「普段は立ち入り禁止の区画やけど、区役所に許可はもらっとる。狭いところやさかい、何人かで交替して中を見てみい。待ってる連中は中を見て回ってもええけど、外には出んようにな」
 そう言って、鬼道が5〜6人ほど連れて倉庫の中に入っていった。残りの生徒は、桜井の引率で順番待ちである。
「ふ〜〜ん、建物建てるにも色々と気を使うんだなー。で、手抜かりがあったりすると美神さんのカモにされたり冥子ちゃんに木っ端にされたりするってワケか……」
 順番待ちの間に廊下やホールを眺め回す横島。周囲では、幾人もの女生徒が見学がてらウロウロしている……
「…………?」
 ふと横島は違和感を感じた。ここは確かに霊障が起きないように配慮された公民館の中のはずなのだが、何かこう妙な感じがしたのだ。何の気無しに周囲を見回した横島の視界に、一人の生徒の後ろ姿が見えた。苗字は何と言ったかあまり印象がないが、確か由美子という弓の取り巻きの女生徒のはずだ……
「!! あぶないっ!!」
「キャア!?」
 危険を感じた横島が由美子を後ろから抱え込んで横っ飛びに飛び退いたわずか2秒後、3体の霊が彼女のいた場所をなぎ払っていた。
「て、低級霊!?」
「先生を呼んで! 雑霊や低級霊が中に入り込んでる!」
 一回転してその勢いで立ち上がり、ついでに由美子も引き起こす横島。
「え、で、でも……?」
「早く!」
「う、うん!」
 いつになく鋭い、仕事モードの“おキヌ”の視線に圧され、彼女は鬼道に伝えるべく廊下を駆け出していった。が、その方向では何人かの女生徒がザワついているからまず大丈夫のはずだ。
「しかし、ネクロマンサーの笛持ってきてないな……困ったな。“栄光の手”や文珠をおキヌちゃんが使ったら、問題になるだろーし……」
 持ってきていたって、中の人が横島じゃ吹けまい。つーか、“おキヌ”がネクロマンサーの笛を吹けなかったらその方が問題になるだろう。
『キシャアアアアアアッ!!』
「わーっ!? な、なんだこの雑霊どもは!?」
「どうしてこんなに霊が館内に入り込んでいるの!?」
「ンなアホな! 結界はちゃんと機能しとるぞ!?」
「固まって! バラバラになったら襲われるわ!」
『オロロ―――――ンッ!!』
 後ろの方でも悲鳴や霊の叫びらしき物が聞こえているあたり、かなりの数の霊がいるらしい。滅多な事は無いだろうが、それでもまだ実戦経験のない女生徒たちもいるし、怪我人が出るとコトだ。
「ええい、あの子たちにケガでもさせたらそれこそおキヌちゃんに合わせる顔がない! 幸か不幸か、行き場が無くて溜まってる煩悩をここで使ってやるっ!」
 腹を決めた横島、両手に煩悩混じりの霊力を集中させる。ほんの数秒でその霊力は凝縮され、それぞれ一つずつの小さな珠になる。そしてそのうち右手の珠には“浄”の文字が浮かび上がる。
「わあっ!?」
「何や、この強い霊力!?」
「氷室さん!?」
『『『『『キャアアァ――――……』』』』』
 “おキヌ”が投げたらしい光の珠からもの凄い霊力が放たれ、この一角の霊たちをまとめて消し飛ばすのを、2−Bの面々は見た。
「み、みんな、大丈夫…ですか?」
「あ、ああ……あたし達は大丈夫……」
「よかったあ。横島…さんから貰ったこれが、役に立ったみたいです」
 何かつっこまれないうちに、横島はさっさともっともらしく説明してしまう事にして、左手に残ったもう一個の文珠をクラスの面々に見せた。
「コレってひょっとして、横島が使うっていう文珠?」
「これが? 雪之丞から話は聞いてましたけど、こんなに小さい物があんな効力を……?」
「は、はい。護身用に持ってろって言われて、この前いくつかくれたんです……」
 説得力はあるはずだ。少なくとも、横島がおキヌに取り憑いているという事実よりはよほど説得力があるはずだ。果たして、その場の一同はこの作り話を信じてくれたようだ。
「へええ〜〜、横島のヤツ、こんな大事な物をポンとおキヌちゃんにくれるんだ?」
「羨ましいというか何というか。氷室さんが日頃のろけるのも分かる気がしますわね」
 何となく弓や一文字がジト目でこっちを見ているような気もするが。

「それにしても、こりゃ一体どうしたんやろ? 先週下見に来た時は何とも無かったんやけど……」
 想定外の事態に、首をひねる鬼道。GSとしての実戦経験が浅いせいか、不測の事態にはいささか弱いらしい。その疑問に対して横島は手をアゴに当てて少し考え込み、
「……表の工事のせいじゃないでしょうか?」 
「工事?」
「ほら、表で今道路や駐車場を掘り返しているじゃないですか? ひょっとしたらそのせいで霊の通り道が一時的に変わったんじゃないかなって……」
 半分は当てずっぽだが、横島にはそれぐらいしか思い当たる節が無い。鬼道も腕組みして少し考え込み、
「…………確かこの公民館、配管工事で今壁を一部取り壊してるんやったな。もしかして、そこか?」
 工事を行っている場所にあたりをつけ、駆け出していった。もちろん、横島を含めたクラス一同もそれを追う。
「ああ、ホンマや。掘り返して出来た溝を伝って、壁に空けた穴から霊が入り込んで来てたんか。多分、霊能者がぎょうさん公民館に入ってきたんで、霊も攻撃的になってもうたんやな」
 たどり着いた調理室には壁の一部を取り壊してあって、またここから雑霊が入り込もうとしていた。
「お札か何かを貼って霊をシャットアウトしておけば、霊障の心配は無いと思いますよ。工事も一週間ぐらいで終わると思いますから」
「せやな。非常用に持ってきた結界札で応急処置しとくか。工事のせいで、土地や建てもんの霊相が一時的に変わっとるとは思わんかった」
 そう言って鬼道はポケットから3枚ほど札を取り出し、工事で空けた穴の近くの壁に貼った。
「ま、こんなもんか。すまんかったな氷室、この件はボクの不注意やった」
「い、いえ。気にしないで下さい」
 あまり詮索されても困るし。
「ありがとう氷室さん、危ないところを助けてもらって」
「どういたしまして。わたしの方こそ、気がつくのが遅くなって、ビックリさせちゃってごめんなさい」
 お礼を言う由美子に、横島も頭を下げ返す。実際、横島にも気づくのが遅れたという自覚はある。
(どうも霊力を“見る”のは得手なんだけど、肌で“感じる”のは苦手なんだよな、俺。そっちの方はむしろ、おキヌちゃんの方が得意だし)
 自惚れかも知れないが、霊力の流れを目で見るのは得意な方だ。恐らく、最初に霊能の手ほどきをつけてくれたのが小竜姫の授けてくれた心眼付きのバンダナだったからだろう。が、逆に目でよく分かるのが災いして、見えないところでの霊力の流れを感じるのはやや苦手だった。
「それにしてもさ、おキヌちゃん」
「え? な、何?」
 両脇に一文字と弓が寄ってきたので、横島は少し慌てた。
「そ〜んないい物をプレゼントしてもらったからには、プレゼントのお返しはちゃんとしたの?」
「え゛? お、お返し?」
「だってその文珠、彼しか作れない貴重なアイテムなのでしょう? そんな物を譲ってもらったからには、何かお礼をするのが筋ってものですわよ」
「え? そ、そうなんですか?」
 予想外の質問に、ビビる横島。
「ひょっとして……お礼はカ・ラ・ダ・で♪とか?」
「な、ななな……なんでそうなる…んですか!?」
「だって、そういう仲になりたいんじゃありませんの?」
「え゛……?」
 両側からささやき攻勢に遭い、横島は固まってしまった。が、変な認識を植え付けるわけにもいかず、常識的に答える事にした。
「お、お返しなんて……そんな事しなくてもいいって……」
「へえ、じゃあなんの見返りも無しにその文珠くれたのか?」
「それはそれで、無償の愛じみてますわね」
「え゛、あ゛、う゛……」
「いや、マジに受け取んなよ。ジョークだって、ジョーク」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……………………」
 身体はどうあれ、人格自体は横島であっておキヌではない。なのに、顔は赤くなっていた。


キ―――ン、コ―――ン、カ―――ン、コ―――ン……

 午後3時40分。午後のホームルームも無事終わり、横島くんの高校(仮名)の一日が過ぎようとしている。
「ふう、何とかバレずに済んだみたい……」
 カバンに課題とその関係の教科書やノートを詰め込みながら、おキヌは肩をなで下ろしていた。
(横島さん、バレずに一日を過ごしてくれたかな……あ、バレたら元に戻るからすぐにわかるんだっけ。という事は、少なくとも気付かれてはいないって事なのかな?)
「さて、もう帰ろうっと。帰ったら横島さんと元に戻って、その後は…………」
「お〜い、横島〜」
「は、はいっ!?」
 呼び止められて、少し猫背気味になっていたおキヌの背筋は反り返った。声の方向をこわごわと向くと、そこには横島の悪友のメガネ君(仮名)が立っていた。
「な、何だよ?」
「帰るんだろ? ちょっと頼みがあるんだけど、いいか?」
 彼は教室を出ながら、指で“ついて来い”というサインをこちらに送ってきた。
「お……おう…………」
 “横島”としては、断る理由は無かった。

「で、どうかしたのか?」
 おキヌが連れ出されたのは、屋上につながる階段の踊り場だった。
「別に、大した事じゃねーんだよ。ただ、その……」
 言いつつ、カバンの中をゴソゴソとまさぐるメガネ(仮名)。
「これ、お前にやるよ。何も言わずに受け取れ」
「へ?」
 彼が取り出しましたのは、何かが入った古本屋の紙袋。
「こないだ古本屋で何となく買ってはみたんだけど、何つーか気がとがめたというか……ま、何も言わずに受け取れ、でもって読んだ上で実行に移れ」
「はあ?」
「じゃ、じゃーな! おキヌちゃんにヨロシク! あばよっ!」
 そう言って、彼は脱兎のごとく階段を駆け下りていった。
「………? なんで、私に“ヨロシク”……?」
 ワケの分からない表情で、おキヌは紙袋の中身を取り出してみた。中に入っていたのは、
『恋結神社へようこそっ! 〜巫女少女あんそろじー〜』

『わっと・あ・れーちゃりー・ごーすと・がーる! 〜幽霊少女あんそろじー〜』
なる2冊のマンガ本だった。
「??? マンガ? これが何で、私に“ヨロシク”とつながるの?」
 頭の中にクエスチョンマークが一杯になったまま、おキヌはとりあえずこの本を開いてみた。

 …………彼女にミスがあったとしたら、この二冊にさり気なく“成年コミック”の表記がされているのを見落とした事だろうか。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………」
 読んじゃいました。ええ、もうバッチリと。
「うわあ……こんな格好の女の子や、幽霊の女の子がこんな事やあんな事を……」
 そのハードな(いや、もっとハードな内容の18禁コミックは世の中いくらでも存在するのだが)内容に当てられて、おキヌはすっかり茹で蛸のようになってしまった。それ以上に問題なのが、
「どどど、どうしよう……こ、こんなに大きくなっちゃった……」
 すっかりツッパッてしまった下半身の現況である。

「よ、横島さんって、コーフンするとこんなになっちゃうんだ……」
 おキヌが人目を気にしながらコソコソと逃げ込んだのは、男子トイレの個室の一つだった。相変わらず下半身はテントを張ってしまっていて、背筋を伸ばして歩くのさえ億劫になっていた。
 落ち着かせようとは思っても、脳裏には今し方流し読みしたH本の内容が飛び交っていて、全然落ち着いてくれそうにない。いつの間にか、頭の中をよぎる映像の役は、おキヌ自身にすり替わってしまっていた。
 襟の間から手を差し入れられ、胸を揉みしだかれる自分。
 袴をたくし上げられ、裾から中をまさぐられる自分。
 実体を持たないのに、宙に浮いたまま貫かれる自分。
 自分はされるがままに霊体を跳ねさせて、身体もないのに打ち震えて、その内側に横島の生命と煩悩のエネルギーの象徴が………
「っ!!」
 そういう自分のあられもない姿を想像するたびに、今の身体の下半身に電流が流れるような感じがする。すでにその部分は、すでに布地に阻まれてひん曲がりそうなほど緊張していて……
「あ……よ、横島さん……ごめんなさい…………」
 罪悪感と羞恥感にさいなまれながら、おキヌはズボンのベルトを外し、ファスナーを強引に下ろした。
「! うわ……あ……」
 そりゃ、子供時代に見た事はある。江戸時代とはいえ、子供の頃は男の子と一緒になって転げ回って遊んだ記憶はある。が、当時でいう元服以後になると男女はいったん遠ざかってしまうものだ。おキヌは婚期になる少し前にあの死津喪比女の事件に巻き込まれ―――名実共に男のシンボルになったそれを見るのは、初めてと言っていい。
「こんな凄いのが……、中に……入っちゃうんだ……」
 ギンギンのバリバリになってしまった“横島”のそれに、おキヌはおずおずと手を伸ばし……
「んっ!」
 今まで感じた事のない感覚に、腰が跳ねる。足から力が抜ける。体重が後ろに移ってしまう。腰が落ちた先は、フタがしまったままの便座。でも、手はもう止まってくれない。右手だけでなく、左手まで加わって、擬似的にその行為を模した感覚を与えていって。
「んっ……! 横島さん、横島さん……!」
 勝手に意識の片隅で絡み合っている、半裸の横島とおキヌ。身悶えするおキヌを、横島のコレが蹂躙して……!
「あっ、やだ……こんな事……自分の――でも一度しかした事、無いのに……! ふあっ、あ、あうっ!」
 自分の両手に刺激を受け続けて、時折ピクリと動くソレ、下半身を走る不思議な感じ。背筋の奥から何かがこみ上げてくるような、未体験の感覚。何かは分からないけど、何かがはじけちゃう!
「んっ、ああっ! ダメ、ダメなの……にっ! 横島さん、横島さん……!」
 止めなきゃ、でも止めたくない! 何か熱い物がこみ上げてきて、出てくる―――!
「あ、ああ…………っ!!!」

 どくっ! どくどくっ!!

 ……果ててしまった。むせ返るような匂いが、個室を満たす。
「はあ……はあ…………よこしま、さん…………」
 別に激しい運動をしたでもないのに、荒い息をつきながら、おキヌはその人の名前をポツリと漏らした。
「……やっちゃった……横島さんなのに……私じゃないのに……っ」
 ひとの身体で欲望のままに“その”行為をやってしまった。その事にひどい自己嫌悪を感じて、おキヌはしばらくの間沈み込んでいた。だから、男子トイレをこっそりと出て行く足音には気付かなかった。


“証言その1”
「個室の中から声がしててさ……なんか知らないけど、横島の名前を呼んでたんだよ。しばらくして、何だかイカくさい匂いがしたんだ。ウン、アレは間違いなく――かいてたよな」

“証言その2”
「ああ、確かにアレは男の声だった。誰の声かはさっぱり分からなかったけど、アレは男だった。しかも、艶っぽい声だった……アレは、間違いなく、横島の奴に対して本気って感じだったよな」

“証言その3”
「怖くなっちまって、すぐさまトイレからすっ飛んで逃げたね。万が一居合わせた事がバレたりしたら、タダじゃ済まないって思ったよな」

 こうして、しばらくの間“横島の尻を狙っている男子がいる”という噂でこの学校は持ちきりになり、当の横島が蒼い顔をする事になるのだが―――これはまた別の話である。


「は〜、帰ろっと……」
 そんな事とはつゆ知らぬ横島は、制服に着替えてからカバンに明日の授業のノートやテキストをしまっていた。少し遅くなったのは、今日の授業を受けていないおキヌが明日以降困らないように、今日の授業内容を細かくノートに書き込んでいたから。
「さっきの弓さんや一文字さんの話からして、俺とおキヌちゃんってそういう関係だと思われてるのかな〜……いや、おキヌちゃんの気持ちは少しは分かってるつもりだったけど……」
 そもそも、周囲の人々は自分達二人の関係をどうとらえているんだろうか。やっぱり、“友達以上、恋人未満”って表現が一番しっくりするのではないだろうか。でもそれは、客観ではなくて横島の主観に過ぎないかも知れないわけで。
(大体入れ替わるって、お互いの身体を好きにしてもいいって事だろ? 俺がそんな事するはずないって信用されてるのか、されてもいいってやっぱり思われてんのか……いずれにしても、おキヌちゃんは俺に対して少なくとも他人ではない感情があるって事だし……)
 そのおキヌが横島の身体で今何をやらかしているか、横島はトーゼン知らない。
「俺は別に、おキヌちゃんを嫌った事は無いんだよな。“好きか?”と聞かれたら、多分“好きだ”って答えしか言えないんだろうけど、“一番好きか?”と聞かれたりすると…………」
 頭の中でゴチャゴチャしてしまい、はあ………とため息をつく横島の姿は、そこだけはおキヌの仕草と酷似していた。


「まだつづきます!」byおキヌ


あとがき

 お待たせしました、いりあすより『小鳩バーガーの不適切な使用法』中編でした。結局2週間以上かかってしまいました。
 自分で書いてて何ですが、読んだら「何してんだおキヌちゃん!」と言いたくなるでしょうね(笑)。
 比較的まともに一日を過ごした横島と、すっかり“ヤってしまった”状態のおキヌちゃんがこの後何をやらかしてくれるのか? 後編も急ピッチで書きますので、どうぞヨロシク……

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