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「小鳩バーガーの不適切な使用法・前編(GS+小ネタ)」

いりあす (2006-05-28 20:52)
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「はあ……」
 と、自室の机にヒジをついて、彼女はため息をつく。
 なぜため息をつくのか、理由は明らかだ。
 と言うより、彼女のため息の理由と言えば真っ先に考えられる答えがあるのだ。

『また先生とのカンケーの事で悩んでおられるのでござるな』
 と、屋根裏部屋に住んでいる人狼の少女なら、ズバリと言ってしまうだろう。

 でもね、人を好きになるというのは、悩むものなのよ。特に、片想いというものはね。

『あの唐変木の事で延々と悩むなんて、この子も物好きなんだから』
 と、この家の主たる美貌のゴーストスイーパーなら、そう毒づくだろう。

 物好きといえば物好きなのかも知れないけど……だとしたら、この家の人たち物好きばかりじゃないですか。

『そんなに好きなら、とっとと告白でもしたら?』
 と、もう一人の屋根裏の住人である九尾の狐の少女なら、サラリと言うだろう。

 告白なら一度したのよ。けど、バカ正直な受け答えをされちゃってウヤムヤになっちゃったのよね。

「はあ……」
 と、彼女――氷室キヌこと、元幽霊少女のおキヌは考える。
 もちろん、彼女の頭の中にあるのは、片想いのお相手・横島忠夫の事である。

 二人があの道路標識の前で、運命でも偶然でも受け取り方の自由な出会いをしてから、結構な時間が経つ。横島はこの4月で高校3年生に無事進級し、おキヌも2年生になった。でも、二人の関係は幽霊の頃も生き返った後も、ある時は足踏みし、時には一歩進展して二歩後退し、三歩進んだように見えてすぐさま二歩下がったりもした。
 進展しているとは言い難いのは、彼がだらしがないのか、彼女がまだ子供なのか、それとも彼の隣にほんの短い間だけ並んでいたあの蛍の少女の影がチラついているからなのか。

 どうすれば、横島さんに私の気持ちがもっといっぱい伝わるんだろう?
 どうしたら、横島さんの気持ちをもっとはっきりわかってあげられるんだろう?
 何をすれば、横島さんの事をもっとたくさん知る事ができるんだろう?
 私のことをもっとよく横島さんに理解してもらうには、どんな事をすればいいんだろう?

 頭の中で、色々な方法を考えてみる。
 でも、その方法はあるものは決定打になりにくかったり、あるものは失敗すると危険だったり――
 いろんなモーションのかけ方をシミュレートした挙げ句――
 彼女の思考回路は、ショートしかけていた。
 考えるのがバカバカしくなったおキヌは、結局最初に考えたプランを実行に移す事にして、
 部屋にあった電話機の子機に手を伸ばした。

 トゥルルル……トゥルルル……ガチャ
『毎度ありがとうございますアル、いつもニコニコ厄珍堂アルよ』
「あ、厄珍さんですか? 私、おキヌです。実は厄珍さんのお店の…………」


      『小鳩バーガーの不適切な使用法・前編』  Written by いりあす


 この日曜日の夜の除霊が終わって一堂が美神除霊事務所に戻ってきたのは、スケジュールから2時間ほど遅れた午前2時。当初の予定より依頼物件の悪霊の数が増えていたからだった。所長の美神令子は除霊対象が増えていた事から当初契約金の3割増で報酬を受け取る事になってホクホク顔だったのだが、明日から学校の学生二人にとってこの深夜帯へずれ込んだのは痛い。もっとも横島の方は、
「あああ〜〜っ!! 楽しみにしていたナルニアGPが終わっとる〜〜っ!! 今日のレースは今年のチャンピオンを占う大一番やったのに〜〜っ!! どっちや!? どっちが勝ったんや!? ミッカネンか!? それともピューマッハかっ!? ああっ、今日に限ってクジテレビはもう放送終了してるっ!?」
 ……ごらんの通りである。
「横島さん、日曜の夜はいつもこうなんですか?」
「ああ、見てるとも! クラスの連中はヴィスコンティの事故死からこっち全然見なくなったけど、俺はちゃんと毎回毎回見てる! 去年はヴィスコンティ抜きのシーズンでピューマッハの独り勝ちだったけど、今年は最大のライバルのミッカネンがブッちぎりで速くてさ……」
「男の子ってそういうの好きなんですねえ、やっぱり……」
 おキヌの通う六道女学院は名前通りの女子校だから、モータースポーツを欠かさず見る生徒はあまりいない。一時期は結構な数の生徒がよく見ていたらしいが、日本で最も人気のあった“世界最速の男”ヴィスコンティの事故死以来、生徒たちの話題に上る事はほとんどなくなった。流行というものは、中心となる人物がいなくなると急速に去ってゆく事がままあるのである。
「おおっ、先生も“ふおみらわん”のファンなのでござるな! 拙者はあの“空飛ぶ北欧人”ミッカネン殿の、あの灰色狼のような鋭い走りが……」
「この深夜に声が大きいよ、横島にバカ犬」
 熱く語ろうとし始めたシロを、後ろからタマモが制した。

「この時間じゃ、終電ももう終わっちゃったわね。横島クン、今夜はここに泊まってきなさい」
 時計をチラリと見て、美神令子が告げた。ちなみに横島は泊まりがけになるかも知れない仕事の日は、次の日のために制服と着替えを持って来る事にしている。
 なお、アパートまで車で送るとか言わないのが美神の美神たるゆえんだろう。それがものぐさ故なのか、それとも横島がお泊まりと聞くと手放しで喜ぶシロのためなのか、はたまた彼女がナニゴトカを期待しているからなのかは分からないが。
「と……泊まっていけ……おおっ! こ、これはアレか、今夜こそ俺と愛のめくるめくアバンチュールを過ごしてくれると言うんですか!! それでは横島忠夫、吶喊します!! 美神さは〜〜〜…ごはぁ!?」
「都合のいい解釈するなっ!!」
 思いっきり拡大解釈してルパンダイブを敢行する横島をわずかに身をひねって避けつつその胴体をキャッチ、そのままキャプチュードで床に叩きつける美神。後頭部から床板に激突した横島、ゴキャッとイヤな音を立ててそのままダウンした。
「今夜はさっさとシャワー浴びて寝るわよ! 横島クン、あんた一番に入ってさっさと寝なさい! その次はおキヌちゃん、シロ、タマモの順番で! 私は最後でいいから」
「………流血が治まってから入るんで、順番遅らせちゃダメですか……?」
「文珠のストックでさっさと血止めしなさい。ついでに、穴の空いた床の修理も」
「うううっ……せっかくの日曜日の夜を……あんまりや……」
 ブチブチいいながら、それでも“癒”の文珠で止血し、“修”の文珠で床の穴を直し、律儀にも“清”の文珠で床の汚れも綺麗にしてゆく横島。なお、美神が指定した順番は横島が覗きにくい順序を想定しているのは言うまでもない。
「ベッドは余裕がないから、応接室のソファーでガマンしなさいよ。おキヌちゃん、使ってない毛布を二枚ほど持ってきてあげて」
「はーい」
 答えながら毛布を取りに行くおキヌ。その右手が小さくガッツポーズしたのを、その場にいた5人(人工幽霊壱号含む)は見逃した。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 さて、翌朝。昨夜の疲れがまだ取りきれないまま、おキヌは朝7時に目を覚ました。4時間しか寝ていないので正直なところまだ眠いのだが、学校を遅刻するわけにもいかないので眠い目をこすって体を起こした。
「ちょっと、ゆうべ遅くなっちゃったかなあ……?」 
 と独り言を言いながら、身支度を始める。ちなみに昨晩、二番目に入ったはずの彼女のシャワーがやたら長いと後の順番の3人からクレームを食らったという裏事情がある。(シャワーを済ませて爆睡した横島は、この事を知らない)
「さてと!」
 まずは洗面・歯磨きをすべく、おキヌは何やら緊張気味に私室のドアを開けた。

「横島さーん、朝ですよ〜……」
 制服に着替えて髪型もいつものように決めて、おキヌは一階応接室で眠りこけている横島のところにやって来た。美神・シロ・タマモの3人がまだ爆睡中。ま、美神の朝が遅いのはいつもの事なのだが。
「よ〜こ〜し〜ま〜さ〜ん………」
「ムニャムニャ………そこゆくねーちゃん、おれとでーと……ムニュムニュ……」
 ナンパしている夢でも見ているのか、寝言をブツブツ言っている横島。どこのどんな女の人が出ているのやらと、おキヌはちょっとだけむくれた。
「あのね、横島さん? 美神さんと除霊のお仕事したり、シロちゃんと朝の散歩をしたり、タマモちゃんと駅の立ち食いうどんを食べたり、私と晩ご飯のお買い物に行ったりするのはデートじゃないかも知れないけど……それでも女の子と二人でよく出かけたりしてるじゃないですか? なのに、夢の中では見ず知らずの女の人とデートしたいんですか?」
「う〜〜ん……ちがうんや〜〜、みかみさ〜ん……おキヌちゃん、かんにんや〜〜……」
 おキヌの苦情で無意識的に夢がイヤな展開になったらしい横島、今度はうなされだした。
「夢の中でもこんな調子なんですね、横島さんは」
「う〜〜〜〜………おれがアホなんや〜〜……いっつもこんなんで〜〜……」
 今度は勝手に自己嫌悪に陥り始めた。一体どういう内容の夢になってしまったのか、おキヌは今度は気になり始めた。
「朝ですよ横島さん……ほら、そんなにうなされてないで起きて下さいよ。ほら」

 ちゅっ。

 ちょっとだけ茶目っ気を起こしたおキヌは、寝言をまだブツブツ呟く横島のホッペに唇を軽く押しつけた。
「横島さん、起きてくださ〜い! 学校に遅れちゃいますよ〜!」
 今度は横島の肩をつかんで揺さぶる。
「んん………?」
 揺れで安眠(?)を妨害された横島、うっすらと目を開けた。
「おはようございます、横島さん。もう朝ですよ〜」
「ん……ああ、おはよ、おキヌちゃん…………わあっ!?」
 視界に映っている光景を理解した次の瞬間、横島は跳ね起きた。
「ななななな、なんでおキヌちゃんがここに……って、アレ? 事務所?」
「ひょっとして横島さん、私がアパートに勝手に入り込んだとか思いました?」
「そーいや昨夜遅かったんで泊まったんだった……忘れてた」
 人間、意外と最近の事はスッポリ記憶から抜け落ちるものだ。特にこの煩悩青少年の場合、煩悩にあふれた夢を見た翌朝なんかは特にそうなのだろう。
「さ、早く着替えないと学校に遅れちゃいますよ? 朝ごはんは作ってる時間が無いですから、買い置きで済ませますけどかまいませんよね?」
「え? ああ、いいけど……あれ? 俺の制服、おキヌちゃん見なかった?」
 横島の寝ていたソファーの傍にあったバッグからは、着替えの制服とワイシャツがなくなっていた。残っているのは、昨夜のシャワーのついでで取り替えた下着と靴下、あと最近無精ヒゲが気になってきたのでリサイクルショップで買った電気ヒゲ剃り。
「あ、制服だったらシワになるといけませんから、私の部屋のハンガーに吊してあるんでした。応接間で着替えるのも何ですから、着替えてきて下さいね」
「…………え? 着替え? おキヌちゃんの部屋で?」
「何か、まずい事でも?」
「い、いや、別に…………」
 口ごもる横島。このセリフが美神の口から出たものだったら、この男の事だから
“うおおっ! それは! それはっ! OKって事っスね!? 一緒に服を脱がしあう関係になってもいいって事っスね―――!! ぼかーもー!! ぼか――も―――っ!!!”
とか言いながら美神に飛びかかり、一本背負いで投げられつつそのヒジ関節をへし折られ、さらに頭から落下するところを後頭部に渾身のローキックを食らって地面に転がる事だろう。が、同じセリフをおキヌちゃんに言われると悲しいまでに動転してしまうのがこの男の性なのだろう。何やら怪訝そうな表情でヒゲを剃り、顔を洗い、あと歯も磨く。
(つまりこれはアレなんだろうか、おキヌちゃんにとって俺は狼とかケダモノとかそーゆー風に全く思われてなくてだから部屋に入れても全然平気とか信じ込まれちゃってるんだろーか、でも俺が衝動的に狼のケダモノになっちまうところはおキヌちゃんも知っているはずだけどそれでもおキヌちゃんに限ってそーはならないと信頼されちゃってるんだろーか、いやでもおキヌちゃんますます可愛くなって抱きつきたくなるよーな衝動に駆られる事も実はあったりするわけで、ひょっとしてそーなっても構わないとか思われてたりしたら嬉ピーんだけどまさか実行に移してから“横島さんってサイテー!!”なんて言われちゃったら俺の生きる希望が、あああおキヌちゃんの気持ちが分からないんだけど何だかいいニオイがするよーで……って、制服があった)
 葛藤しながらおキヌの部屋に上がり込んだ横島、今度は思考停止状態に陥りながらもぎこちない動きでいつものデニムルックから制服に着替え始めた。
「あー……そう言えばこの部屋入るのもおキヌちゃん達の勉強会のぞこーとした時以来かなー……」
 あの時は部屋の中なんて全く気にならなかったが(むしろ弓かおりしか見ていなかったような気がする)、大概の女の子の部屋ってこんな感じなんだろうな、と思う。多少本棚や机の上の本やノートを眺めたりベッドに体を投げ出して転がり回ってみたいような衝動に駆られるが、さすがに人工幽霊壱号が美神やおキヌに密告された時の事が怖いのでやめておく。(なお、人工幽霊壱号は住人の私室の中に対しては意識を閉ざしているのだが、横島はその事実を知らない)

 がちゃ。

「ごめんなさい、大した物が冷蔵庫になかったんです。こんな物でよかったら食べて下さい」
 部屋に戻ってきたおキヌが申し訳なさそうに差し出したのは、冷凍ものを温め直したらしいハンバーガーだった。彼女のもう片方の手には、食べかけの同じくハンバーガーが握られている。
「いやいいよ、どーせ美味そうな食材は美神さんやシロに食べられちゃうんだろーし」
 そう答えながら、横島はおキヌの用意したハンバーガーを受け取った。手近な所のクッションにそれぞれ座って、朝食の時間を始める。
「ところで横島さん、学校はどうですか? 最近そっちに行ってませんけど、変わった事とかありました?」
「最近? そうだなー、今度の新入生はピートのファンの女の子が多くて、もーあいつボロゾーキンにされてるかなー。あまりに多いんで、俺もタイガーもだんだん怒る気が失せてきたって」
 ハンバーガーをかじりながら、それでもどこか不機嫌そうな横島がどこか可笑しい。
「で、そういう女の子達が中心になって最近にわか霊能ブームになってさ? ところが、ピートの追っかけの中に『僕たちもブラドー先輩のようなGSになりたいんです』なんて意気込んでるGS志願の男子が2、3人いたんだわ(“俺みたいなGS”ってのがいなかったのはシャクだけど)。それを見た愛子が『委員会活動もいいけど、やっぱりクラブ活動が青春の象徴よね!』なんて言いだして、“除霊委員会”を発展させて“霊能愛好会”ってサークルを発足しようとやたら熱心に活動中。ま、特段変わった事はそのくらいかな」
「いいですね、楽しそうで。女の子ばっかりで学校生活をしていると、共学の学校の人たちが時々うらやましく思えるんですよ。私も生き返ってすぐの頃は共学の学校だったんですけど、時々その頃が懐かしくなったりして……いえ、別に今の学校がイヤってわけじゃないんですよ全然?」
「そう言えばおキヌちゃん、セーラー服着て自転車通学してたっけ」
「あの間一度だけ、美神さんと二人で様子を見に来てくれましたよね? 後になって気がついて、とっても嬉しかったんですよ」
「イヤあれはその、おキヌちゃんに変な虫がついてないかちょっと心配になって……って、何言ってんだ俺」
 “変な虫”がついていても、幽霊時代の記憶が無かった頃のおキヌを邪魔する事ができるわけないとは思うが。

「きっとあの頃、おキヌちゃんもててたんだろーな…」
「えー、まー、“つきあってくれ”とか言われた事はあったんですけど……全部断ってました」
「え? なんで? 俺たちの事覚えてなかった頃なんだから、別につきあっててもおかしくないのに?」
「んー……何故か分からないけど断ってました。本当になんでだったんでしょうね?」
 横島を困らせたくて、少しはぐらかしてみた。でも、あの時理由が無かったのは事実だけど、今は彼女もその理由を自覚している。
 記憶の無かった頃、でもずっと何か大事な事を忘れている様な気がしていた。あの頃誰ともおつきあいしなかったのは、“自分には好きな人がいる”ってどこかで思っていたから。心の奥深く、ちょっとやそっとでは見つけ出す事のできない深層心理で、かつて好きで好きでしょうがなかった横島以外の誰かと深い仲になる事を拒絶していた。ま、そういう事なのだろう。

「あの時もう少しわがままを言ってたら、美神さん私を横島さんの学校に転校させてくれたかも知れないなあ……ちょっと、残念な事をしたかも」
「いやいやいや、過ぎた事を思い返してもしょーがないって。むしろ俺は、六道女学院なんて高嶺の花の女子校と接点ができた事の方がウレシーぞっ! ああっ、華の女子校ライフ! 俺があの花園に足繁く通う事ができたら………!」
 おキヌちゃんの目の前で何をほざかれるのですか、この煩悩青少年は。
「通ってみますか?」
「あ、ホント? …………へ?」
 ごく自然におキヌが言うものだから、その言葉を横島が理解するのに数秒かかった。
「ホホホホホ本当に、おキヌちゃん俺をあそこに連れていってくれるの!?」
「あ、連れていくのは無理ですよ。横島さん、男の子だし」
「はい?」
 まるで何かの謎かけみたいな物言いに、横島はワケが分からなくなってハンバーガーの最後の一口を口に押し込んだ。
「それにしても、変な味のハンバーガーだったな〜……おキヌちゃんこれどこで買ったの……って、なにィ!?
 横島が驚愕したのも無理からぬ事。だって、自分の視界がどんどん高いものになっていくのだ。慌てて下を見ると、そこには何と自分とおキヌが向かい合って座っているじゃあ〜りませんか。
「たたた、魂出てる!?」
「凄いですね横島さん、一個完食してから幽体離脱しましたよ? 厄珍さん、一口で確実に霊体が出て行くって太鼓判を押していたのに」
「こ、こ、これは、貧乏神特製のチーズあんシメサババーガー!?」
 おキヌがにっこり笑って取り出した包み紙は、確かに“小鳩バーガー”ことチーズあんシメサババーガーのものだった。厄珍が必死で増産しようとしていたが、絶妙なレシピと貧乏神特有の微妙な神通力がなければ作れなかったという、今では貴重な一撃必殺幽体離脱アイテムである。
「おキヌちゃん、なんでこんなものを俺に食わせるんだよ!?」
「だって横島さん、私の学校に通いたいって言ったじゃないですか」
 そう言っておキヌは自分の分を食べ終わり(これはフェイクで用意した普通のハンバーガーである)、自分も霊体を身体から抜き出した。
「ほらほら、横島さんはこっち! 通わせてあげますから入って下さい」
「わ゛―――っ!?」
 そしておキヌは横島の霊体を捕まえて、そのまま自分の身体に押しつけてしまった。
 いつの間にか消えてしまっていた五感が、また戻ってきた。つまり、
「な、何じゃこりゃあ!? お、お、おキヌちゃんになっちまってる!?」
 腰まで伸びた艶のある黒髪、スラリと伸びる白い手、細い肩、少し控えめながらも上から見下ろすとけっこう目立つ胸のふくらみ、キュッと締まった腰、スカートから伸びている白い脚………
横島の意識は、完全におキヌの身体に入り込んでしまっていた。
「私になれば、堂々と学校に通えますよ。じゃあ私は、横島さんの学校に行きますから」
 すでにおキヌの霊体は、空っぽになった横島の身体の方に入ってしまっている。
「ちょ、ちょっと待った! そりゃ六女に行ってみたいって言ったけど、それはあくまで俺として行きたかったんや〜! おキヌちゃんとして登校するってのはまるで前提条件と違うんや〜〜!!」
 いつもの横島の仕草で煩悶するおキヌの姿は、第三者が見るとシュールに映るだろう。ついでに言えば、声優の國府○マ○子(敬称略)のような声でわめく様子もかなり違和感を感じる事だろう。
「ダメですよ、横島さん? 今あなたは“氷室キヌ”なんですから、いつもの調子で振る舞っていたらすぐにバレちゃいますよ」
 一方で、年頃の少女の仕草をしながら声優の堀川○ょう(同じく敬称略)っぽい声で優しく諭す横島の姿も、シュールさでは負けず劣らず。(作者註:読者諸賢においては、ぜひ心の中でイメージしてみて下さい)
「さ、そろそろ学校行きましょ? もう7時半になりますから、そろそろ出かけないと遅刻しちゃいます」
 横島になってしまったおキヌの方は喜々として立ち上がり、同時におキヌになった横島の手を引いて立たせる。
「じゃあ、今日一日お試し期間って事で入れ替わってみましょうね。あ、それから、取り憑いている人の正体がバレちゃったら、その場で元に戻る事になってるそうですから」
「……どういうルールなんだ、それ?」
「さあ? よくわからないんですけど、そういう決まりなんです」
 過去に一度だけ、通りすがりのツッパリのお姉さんに憑依したときの事を、おキヌは思い出した。
(そういえば私、あの時初めて“横島さんが好きだ”って自覚するようになったんだっけ……)
 だからこそ、横島と恋人同士になるための接近方法を考えていた時に、真っ先にこの方法が浮かんだのだろう。だいぶアレンジされてはいるが。


作者註:この先の本文中、入れ替わった二人の表記は基本的に中の人の名前で行いますので、読者諸賢にはご了承下さい。


 ちょっと脱力気味の横島を連れて、おキヌは階段を下りてゆく。
「じゃ〜な、人工幽霊壱号。おれ、駅までおキヌちゃんを送っていくからな」
『分かりました。昨夜は遅くまでのお仕事、お疲れ様でした』
「そ、それじゃあ…わたしも、学校行ってくるから。美神さんとシロ…ちゃんとタマモ…ちゃんには、ご飯は出前でもとって食べるように伝えておいて…ね」
 ちゃんと“横島”の口調でしゃべっているおキヌと、照れがあるのか“おキヌ”っぽい話し方を流暢にできないでいる横島。
「じゃ、行ってきま〜す!」
「い、行ってきま〜す……」
『はい、行ってらっしゃいませ』
 喜々とした表情のおキヌと引きつった表情の横島は、玄関から外へ出て行った。
「横島さん、駅まで自転車で送りますよ。乗って下さい」
 玄関の門前まで横島愛用のロードレーサーを出してきて、おキヌは本来なら御法度の二人乗りを勧めてきた。(一応通学用なのだが、実際はシロの散歩の伴走に使われる走行距離の方がずっと多い。メーターがあるわけではないので詳細は不明だが、トータルで少なくとも5000キロは走っているのではないだろうか?)
「う、うん……ありがと」
 おキヌに促されるまま、ゴムロープをグルグル巻き付けられた状態の、最近オプションで取り付けた荷台に腰を降ろし、横に設置されたフットバーに足を引っかける横島。
「二人乗りは初めてですから、しっかりつかまってて下さいね。それじゃ、出発!」
 ギアとチェーンの音も軽やかに、自転車は朝の雑踏を疾走してゆく。

(おキヌちゃんから見た俺の後ろ姿って、こんな感じに見えるんだな〜……大丈夫か? ちゃんとシャワー浴びて着替えたけど、汗臭くないだろうな? それにしても二人乗りの後ろって、けっこう心配な気分になるんだな……おキヌちゃん、バランス崩さずに運転できてるかな? やっぱり、ここはもっとギュッとしがみついた方がいいんだろうか……って、それじゃ俺が美神さんにやってる事じゃねーか……あ、でもちゃんと軽快に走ってる? うう、前が見えないってけっこう怖いぞこれ)
 おキヌの背中にしがみつき、内心でいろんな事を考える横島。
(私が横島さんにしがみつくのって、こんな感じなんだ……あ、背中に何か柔らかいものが当たってる。こ、これって、私の……胸? 美神さんみたいに大きくないけど、ちゃんと感触がわかるんだ。いいな、こういうの……今度、横島さんに後ろに乗せてもらおうっと。ふふ……)
 横島を背中に乗せ、何とはない幸福感にひたりながら自転車を走らせるおキヌ。二人とも口を開かないまま、ただ自転車のペダル、ギア、チェーン、そしてタイヤの回る音だけが優しく流れていた。

 5分ほど走ったところで、駅の正面入り口前に着いた。
「はい、着きました。定期は上着の内ポケットに入ってますよ。それから2年B組の私の席は、左から3列目の後ろから2段目です。目印は椅子に敷いてある籐のクッションですからね」
「う…うん、わかった。俺の席は一番廊下側の前から2列目、愛子の机の隣だからな」
「はい、愛子さんの隣ですね」
 おキヌの表情が一瞬だけ固まった様な気がしたが、気のせいだろう。気のせいと言ったら気のせいだ。
「それと、時間割は壁に張ってあるし、制服の胸ポケットに入れてある生徒手帳の1ページ目にも書いてあるから。え〜と、それから……あ、宿題のプリントがカバンの中に入ってる。あと、クラスの連中の顔と名前だけど……おキヌちゃん、分かるかな?」
「大丈夫ですよ、ダテに何度も横島さんのクラスに通ってませんから」
 幽霊だった頃よく訪ねて行った時の事を思い起こしながら、Vサインをするおキヌ。
「横島さんこそ、ちゃんと間違えずに受け答えできますか? 横島さんの事だから、私のクラスの女の子の名前と顔ぐらいちゃんと把握していると思いますけど」
「え、ま、まあね」
 “おキヌ”の顔を引きつらせる横島。見抜かれてしまっているが、事実なだけにぐうの音も出ない。
「じゃあ今日一日、頑張りましょう。学校が終わったら、横島さんのアパートに来て下さいね」
 そうにこやかに告げて、おキヌは鼻歌交じりに自転車で走り去っていってしまった。
「とほほ……おキヌちゃんとして今日一日を過ごすのか……嬉しいと言えば嬉しいけど、一体どうすればいいのでせう?」
 肩を落としながら、それでも横島は電車に乗るべく駅の構内へと入っていった。


 7時40分に乗り込んだ電車はこの時間帯にふさわしい満員電車で、横島は席に座る事ができずに窓際でバーに掴まって人波に揺られていた。六道女学院までは駅にして3駅、時間にして10分ほどかかる。
「まー、満員電車に乗るのは東京に住んでいる以上仕方のない事なんやけどなー……何か、電車が発車したり停車したりするたびにあっちに押されこっちに流されしてるよな……今日、そんなに混んでるか?」
 人波の中で横島が感じていた違和感。それは、恐らく身体を入れ替えた事に起因するのだろう。要するに、おキヌの身体は横島のそれに比べて格段に軽いものだから、車内の人の圧力に抗しきれないのだ。で、仕方がないので車両でも隅の方に追いやられている。
「あ〜、もうちょっと早起きすればよかった。そうすればもうちょっと空いてて……!!??」
 口の中でブツブツ愚痴っている最中に、それは突然襲ってきた。
(うわ!? な、何だ!? 後ろに誰かいる!? お、おい!?)
 後頭部に突き刺さる妙な視線、耳に吹きかかる生暖かい息、そして何よりスカートをまさぐる手。
(チ…チカン!?)
 今まで体験した事のない(ハズだ)異様な感触を受け取り、横島の背筋は粟立った。その間にも、真後ろの怪しげな手の動きが止む事は無い。
(ど、どーすんだ、これ!? ちょっと!?)
 予想外の事態に、横島の頭は混乱する。とりあえず、この場をどうする?

対応策その1…ガマンする。いやダメだ、おキヌちゃんの身体をこんな奴に好きにされてたまるか。
対応策その2…実力行使で殴る。と言ってもこの身体はおキヌちゃんのものだし、力ずくで殴ったところで効くかどうか、と言うか下手をすれば返り討ち?
対応策その3…大声をあげる。やっぱり基本はこれか? ただし、チカンに遭っている事を周りにアピールする事になるし、やってしまっていいものかどうか。

(って、考えてるうちにコイツ、スカートをまくり上げて中に手を入れてきてる!? き、気色悪いっ! ええと、まずは小声で注意してみてダメだったら大声をあげてやる!)
 逡巡している余裕が無い事を察知し、横島はとりあえず小声で制止してみる事にした。
「おい……じゃなかった、ちょっと! やめろ……て下さい! 大声をあげ…ますよ!?」
 横島の口調で言いそうになり、おキヌらしい言い回しに訂正しながら注意する。が、後ろのチカン氏は、目の前の少女がつっかえつっかえしながら悲鳴じみた声をあげてるものと勘違いしたらしい。
「へへっ……お嬢ちゃん、ヤらしい声出してるじゃんか」
 小声でそうささやきかけ、もう一方の手を前に回してきた。

ブチン!!

「いい加減にしろ、このヘンタイ野郎がぁっ!!!!」

 理性の糸が切れた横島、振り向きざま真後ろの男にありったけの力でパンチを食らわした。
「ごがっ!?」
「おキヌちゃんになんて事しやがる、このスケベ野郎!」
 顔面から血を吹き出しながら、倒れ込むワイセツ犯人。……と言うより、人中(鼻と上唇の間)あたりにパンチがクリーンヒットしたらしく、仰向けに倒れたまま気絶している。流れている血は鼻血じゃなくて…前歯が2本ほど折れたせいらしい。
「し、しまった……思わず“栄光の手”全開でぶん殴ってしまった……」
 横島自慢の霊波刀“栄光の手”(ハンズ・オブ・グローリー)は、フルパワーで集束させれば鋼鉄以上の硬度を物理的に引き出す事ができる。今思わず右手にガントレットの様に纏わせた状態で殴りつけたのだから、相手にとってはメリケンサックをつけてパンチされたようなものである。そりゃ、霊力を持たない通常人がまともに食らえば、非力なおキヌの身体でもこの程度のケガは負わせる事ができる。(あくまで霊力を物理的に具現化させているので、霊力でガードする事によってダメージは軽減される)
(……って言うか、そういう問題じゃない!?)
 満員電車の中で、“おキヌ”が男を殴り倒してしまったのだから、これは問題である。周りの乗客達は、仰天した様子でこちらを見ている。今、おキヌの名誉に関わる事をしでかした事に気づいた横島は、とりあえず誤魔化す事にした。
「ち、ち、違うんです! こ、この人が、私にいやらしい事をしたんです! それで、引っぱたいたら倒れちゃって……」
 精一杯弱々しい演技をして、被害者だということをアピールする。そして、それと併行して周囲に気づかれないように手に霊力を集中させる。
(……………よし、文珠が出た!)
「し、しっかりして下さーい! 起きてー! 死んじゃダメーっ!!」
 うっかり殴り倒したスケベ男に駆け寄り、“治”の字を込めた文珠をこっそり当てる。たちまち“治療”の属性を与えられた霊力が男の身体を駆け回り、口から流れ出す血と、ヒビ程度は入ったらしい上顎の骨を治療する。ついでに歯の折れた部分の傷まで完全に治してしまい、男は見事な歯抜けになってしまったが…まあ仕方がないのだろう。
「す、すみませーん! おまわりさん、それより先にお医者さんを呼んでくださーい!」
 おキヌに聞こえそうな口調で慌てたフリをしているうちに、運良く電車は降りる予定の駅に到着した。


「じゃ、このチカンを訴えるとか、そういう事はしないでいいんだね?」
「はい、す、すみません。どうか、今日の事は穏便にお願いします…」
 駆けつけて来た鉄道警備員に、横島はそう言って頭を下げた。今回チカンを返り討ちにした一件は、正式に訴えたりしない代わりに事を表沙汰にしない事にしてもらった。なお、これは自分(と言うよりおキヌ)の名前を出さないというニュアンスも含めている。

「放せーっ! 俺はちょっと触っただけなんだっ! なのになんで大怪我させられた俺だけが捕まらなきゃならないんだ!?」
「大怪我って、お前ちょっと口を切っただけだろうが」
「違うーっ! あの女のパンチで歯がへし折れたんだーっ!!」
「ウソをつけ! この前歯はどう見ても何年も前に折れた感じの跡だぞ」
「この歯はたった今折られたんだああああっ………」
「ほれほれ、話は署で聞くからな」
 とりあえず警察官に連れて行かれる、哀れな犯人の声が聞こえてきてはいるが。

「君、六道女学院の生徒さん? ひょっとして、霊能科の子?」
「は、はい。霊能科です」
 制服で当たりをつけたのだろう、警備員さんは正解を出してきた。
「ああ、やっぱりね。あそこの霊能科の子は訓練を受けているから、チカンを逆にやっつけちゃう事がたまにあるんだよね」
 30代後半ぐらいの人の良さそうな警備員は、ノホホンとそう言ってくれた。
「この間なんか凄かったよ。特にタチの悪い5人ばかりのグループがチカン……どころか、その、何だ、通学中の女の子を、まあ、よってたかってだね」
「それって、その、頭にレのつく3文字の行為、ですよね」
「そうそう。そういう事の常習犯の連中を霊能科の生徒さんが退治してくれたんだよ。確か3人組で、弓さんとかいう女の子が警察に突き出していたなあ」
 霊能科、女の子、3人組、弓さん? どこかで聞き覚えのある……というか、よく知った用語が並んだ。
「あ、あの…ひょっとして、あとの二人…一文字さんと氷室さんって名前じゃ…?」
「ああ、そうそう。そんな名前だったね」
「……おキヌちゃんが? チカンを退治?」
 全く想像がつかない横島。いや、弓かおりと一文字魔理の二人ならありそうな話だというのはわかるが、親友同士とはいえあのおキヌちゃんが……?


 警備員さんに詳しく聞いた話によると、これは3月ぐらいの事だったそうだ。

 その5人ほどのグループというのがタチの悪い連中で、ラッシュ時の電車内を狙って通学中の女生徒を狙ってチカン……どころか、集団で婦女暴行行為を働く事件というのが多発したらしい。“らしい”というのは、被害者の女生徒が犯行グループに脅され――“警察に届け出たら写真をバラまく”とか、そういう事らしい――、表沙汰にならない事が多いかららしい。
 さて、六道女学院の普通科の生徒にもかなりの数の女の子が辱めを受けたらしい、という噂が流れた。しかしここは六道女学院、GSの卵の通う霊能科を擁する学園である。格闘技の心得もある彼女たちが、学友の不幸を見過ごしにはできない。こうして霊能科でも腕に覚えのある女生徒達が一致団結し、犯行グループの摘発に立ち上がったのである。


 ラッシュアワーの満員電車内というのは、ある種の密室的なものがある。とにかく人が多いし、誰も彼もが時間に追われている。だから、車内で多少危険な独り言をブツブツしゃべろうが、完全犯罪の計画書を読みふけろうが、バカップルがいちゃつこうが周囲は内心はどうあれ無関心を決め込んでしまうものなのである。こういう状況の場所だからこそ、公然と性犯罪に走る不届き者もいるわけで。


「い……いやあ……やめ……やめて……おねがい……ああっ!」
 とある満員電車の片隅、一人の六道女学院の生徒が5人の男に取り囲まれていた。すでにブラウスのボタンは引きちぎられ、ずらされたブラジャーの下から露わにされたふくらみはいくつかの手にわしづかみにされている。さらに言えば彼女のヒザあたりにはズリ下ろされたショーツが引っかかっていて、
「おいおい、ここをこんなにしておいて、今さら“やめろ”なんてよく言えるよな」
「口では何だかんだ言っておいて、本当は楽しんでるんだろ? なあ、お嬢ちゃん」
「嫌あ、イヤあ……っ! ひあっ! ああっ! ああうっ!」
 内側にいる2人ばかりが、人前でお見せするのを憚るモノを取り出して何やかんやしているとお考え下さい。
 で、あとの3人は順番待ちとばかりに外の人の波を威嚇している。その右手には抜き身のバタフライナイフが握られているので、この一角は人混みから明確に隔離されていた。

 その人混みの中から、すっと抜け出てきた人影が三つ。
「ったく、見ていて虫酸が走るんだよなあ、こういう連中。まさに外道!!って感じで」
 左手前の女性にしては背の高い、少しツッパッた感じの女生徒が忌々しそうに吐き捨てた。
「全く。雪之丞の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいものですわね」
 右手前に立ったお嬢様風の女生徒は、どこを向いているのかよく分からないような双眸を狭めた。
「…………ひどい…………」
 そして中央奥にいる長髪の優しげな女生徒が、俯き気味にポツリと呟いた。
「何だよ姉ちゃん達、あの子が羨ましいのか?」
「よかったら混ぜてやろうか? 仲良くみんなで“楽しい”事させてやるぜ」
 それを見た3人は下卑た笑い方をしている。そして一番外側の長身の男が3人を威圧すべく一歩前に進み出て、一番気の強そうなツッパリ少女の目の前に立った。
「そりゃ嬉しいね。じゃ、あたしらも混ぜてもらおうか……」
 ニンマリと笑って、ツッパリ少女は右手を目の前の男の胸の少し下に当て……
「“加害者”の役でね!!」
 気合いと共に、霊波を籠めて正拳を叩きつけた。鳩尾に衝撃をモロに食らい、崩れ落ちる長身の男。
「てめえっ!」
「このアマ、ぶっ殺すぞ!?」
 それを見た後ろの二人が、ナイフを片手に突進してきた。ご丁寧に一人目を踏みつけながら、お嬢様とツッパリに襲いかかる。だが、まずツッパリは突きかかってきたナイフを、身を低くしながらナイフを握った手にパンチを下から突き上げる事で刃をかわし……
「見様見真似、裏蛇破山・朔光!!!」
「ウボァ!?」
 その相対的な勢いで、ヒジをこれまた鳩尾に叩き込む。さらにその隣では、突きかけられたナイフをお嬢様が身をひねっていなし、そのまま身体の外側から右腕を極める。そしてそのまま、
「ハっ!!!」
 ゴキゴキッ!!
「ぎゃあああっ!!」
「関節外されたぐらいで、だらしのない事ですわね」
 悶絶する男を憤然と見下ろし、お嬢様は冷たいお言葉を投げかけた。
「おわああっ!? て、テメエらなにもんだ……おぱっ!?」
「遅い!!」
 4人目は慌ててズボンをはき直して出ているモノをしまったが、それよりお嬢様が一歩踏み込む方が速かった。これまた霊波を籠めた彼女のショートアッパーが、その鳩尾にクリーンヒットしていた。鳩尾ばっかりなのは、ケガよりも失神させる事に主眼を置いているからだ。
 あと一人。だが、5人目はさすがに狡猾だった。
「て、テメーら! それ以上近づくと、この女がどーなるかわかってんだろーな!?」
「うっ……お、お願い……助けて……」
 この男、被害者の少女の両腕を後ろからねじり上げて盾にし、さらに後ろからナイフを突きつけたのだ。色んなところが丸見えになっている少女と、その後ろでお見苦しいモノを丸出しにしながらニヤリと笑う男を目の前にして、さすがにこの二人の動きも止まった。
「くっ、この野郎……」
「男の風上にも置けませんわね……」
「おい、起きろ! この女どもを……」
「わあっ!!!」
「おわあっ!?」
 いきなり頭上から逆さの人の顔が目の前に下りてきたので、さすがにビビる5人目。うっかり少女をつかんでいた左手を放してしまった。
「氷室さん、グッドタイミング!!」
「こンの、お外道さんがぁっ!!」
 幽体離脱して頭上に回り込んでいた優しげな少女の一喝に怯んだ隙に、一人の手刀が首筋に、もう一人のミドルキックがレバーあたりに、それぞれ見事に炸裂した。

「で、こいつらどうする?」
 さらに軽〜くヤキの追加を受けて転がっている5人組を、勝った二人が睨みつけている。男どもの方は、ろくに動く事もできずに床に転がっていた。
「お、おい姉ちゃん達、こんな事をしたらどうなるか分かってンだろうな!?」
 が、口と手ぐらいは動かせるらしい男の一人が、携帯電話を取り出して二人を睨み返した。
「俺たちを警察に突き出そうとしたら、今までに俺たちが撮った写真をバラ撒くぞ!? へ、へへ、いいか? 携帯から指令用のメールをパソコンに転送すれば、すぐさま写真がネットを通じて世界中に……」
「どうぞ」
「な!?」
 にべもなくお嬢が却下したので、男も凍りついた。ついでに、遠巻きに見ていた乗客達もザワついた。
「写真の出処ぐらい、調べればすぐに判りますわ。あなた方の悪事の物証が増えて、むしろ好都合というものですわよ」
「な、な、な……」
「写真をバラ撒かれる女の子達には辛い事になるかも知れませんけど、それで加害者の罪状が重くなるというのならむしろ本望なんじゃありません事? だって、自分を辱めた男に罰が下るんですもの」
 霊圧と殺気のこもった視線の直撃を食らい、凍りつく男達。その隙に、ツッパった少女が手早く携帯電話を取り上げた。
「さてと、改めてどうする? 警察に突き出す前に、骨の2、3本ぐらいはヘシ折っておこうか?」
「それも悪くありませんわね。まあ、刑罰の前渡しという事で」
「それはやり過ぎですよ、二人とも」
 指関節をポキポキ鳴らす二人の少女を、襲われた少女の身繕いを手伝っていた少女が止めた。
「そんな事をしたら、弓さんと一文字さんまで罪に問われちゃいますよ」
「いーんだよ、そんな事は! その位やらなきゃ気がすまねえ!」
「氷室さん……まさか、この方達に同情なさっているのではないでしょうね?」
 武闘派の二人は、今度は止め役の少女に不平を鳴らす。
「横島の奴がドスケベだからって、あいつらのやった事に対して寛大になる必要はないんだぜ!?」
「そうそう。氷室さんの好いた方のスケベと、これとは別問題ですわよ?」
「でも、もしお二人が暴力事件という事で退学にでもなったら……」
 あくまでも“氷室さん”が心配しているのは、二人がやり過ぎて責任を問われる事なのだが。
「そ、そうそう。お嬢ちゃん、いい事言うじゃないか? 男ってさ、スケベの虫が抑えられなくなる事があるんだよ」
「だからさ、見逃してくれたっていいだろ? 写真はちゃんと返すからさ〜」
「特に似たもの同士が集まったりすると、つい歯止めが利かなくなっちまうんだよ。あんたの彼氏だって、時々ムラムラしてこういう事する時だってあるに決まってるって」
「…………やめて下さい、そういう言い方」
 自己弁護に走る男達に、長い黒髪の少女は感情の籠もらない声で答えた。

「あの人は、確かにスケベで節操のない人です。でも、自分の性欲を満たすだけのために、罪もない女の子を汚すようなことはしません」
 無表情で彼らの眼前に歩み寄る彼女の様子を、遠くで聞いていた人は“デキの悪い人間を諭す天使の様な話し方だった”と評したという。

「あの人は誠実な人です。あなた達の様に、ためらいもなく人を煩悩の吐け口にしたりはしません。あなた達には、あの人と…………横島さんと比較される資格なんてありません」
 あくまで淡々と語りながら、目を閉じて一本の横笛を口元に運ぶ様子を、近くで見ていた人は“コンピューターの合成音の様に感情のこもらない声だった”と述懐したという。

「牢屋の中で反省しろ、なんて私は言うつもりはありません……」
 この5人組の一人が後に言ったらしい。“まるで、死刑の判決文を淡々と読み上げる裁判官の様だった”……と。

「……後悔して下さい」
 そして、彼女は初めて激しい感情をこめてその目をカッと見開き――――

 ピュリリリリリリリリ…………
「「「「「うわあああああっ!!!」」」」」


 目の前でこの光景を見た3人組のうち二人は、後にこう語ったという。

「なんつーかさ……本当に怒ってる時って、怒ってる事を外に出せないもんなんだなって思ったね」

「西洋でいう最後の審判の日にやって来る天使というのも、ああやって淡々と罪人を裁くのでしょうね……」


「………とまあ、そういうわけでその5人、未だに病院から出て来られないらしいね」
「そ、そんなにひどいケガを……?」
「うんにゃ、ケガはほとんど無いんだけど、重度のPSTDみたいな症状らしくてね。何でも、笛みたいな音を聞くと何かがフラッシュバックするみたいで、のたうち回って苦しむんだってさ」
「……ひええ…………」
 ネクロマンサーの笛は、使いようによっては恐ろしい。
(お、おキヌちゃんを本当に傷つけないように、気をつける事にしよう……)
 今までのおキヌに対する振る舞い(特に、ガルーダの館での不用意な一言が悔やまれてならない)を思い起こし、とりあえず誠実さを失わないようにしようと決意する横島であった。


 午前8時10分。
「この学校も、久しぶりかなあ……幽霊だった頃は、何の気兼ねもなく会いに来てたのにな……」
 横島が警備員の話を聞き終わって六道女学院に移動している頃、一方のおキヌは横島の高校の玄関前に一足早くたどり着いていた。
 横島がいつも(よく休んでいるが)通っているこの高校。果たして横島は、普段この中でどんな毎日を過ごしているのか、どんな事を考えているのか、そして何より自分の事をどう思っていてくれるのか。その気持ちの一端がこの学校で見つかるかも知れないと期待して。
 そして、自分が横島の事をどう思っているのか、彼が自分に成り代わって学校の一日を過ごしてくれる事で、自分の気持ちが少しでも伝わってくれればと願いをこめて。

「よ〜し! 今日一日、横島さんとしてかんばるぞ〜〜っ!!」

 おキヌは気合いを入れ、意気軒昂に玄関へと入っていった。


「つづきます!」byおキヌ


あとがき

 というわけで『“愛子”の写真』に続いて二次創作第2弾を書いてみました、いりあすです。
 予告通りのドタバタラブコメ……あれ、おかしいな? ラブというよりはエロっちいぞコレw
 今回はちょっと長めの中編として、前・中・後の3話仕立てぐらいで行きたいと思います。
 前編は“登校編”、中編は“授業編”、後編を“放課後編”あたりを企画してます。
 では、続きも大急ぎで書きますのでしばしお時間を下さいね(オイオイ……)。

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